child−6 五十鈴
「ひどい………。いったい、何が起こったって言うの………?」
後楽園遊園地に到着したほたるは、その惨状を目の当たりにして息を飲んだ。
「ひどすきますぅ………」
横に並んでその光景を目にしたパラパラも、同く言葉を無くす。
ここには、焼けただれた人―――であったであろう―――物体が、無造作にそこかしこに転がっていた。いったいどれだけの熱量で焼かれれば、こんな状態になるのであろうか。体の一部が、完全に灰になってしまっている遺体もあった。どの遺体も痛みが激しい。にも拘わらず、建造物にはいっさいの損傷が見られなかった。これだけの熱量が発生したのならば、大火災が起こっていて当然なのだが、煙が燻っている箇所はどこにも見受けられない。人間だけが完全に死に絶えているという、異常な状況だった。
少し前までは歓声と悲鳴が上がっていたであろう後楽園遊園地は、今は有線で流れているアイドル歌手の曲だけしか聞こえない。静寂の遊園地内にあって、普段はあまり気に留めることのない有線放送の曲が、今はうるさいくらいに辺りに響いている。
無人のコーヒーカップやメリーゴーランドが、軽やかなメロディーに合わせて、虚しく動いていた。
「ルナ、聞こえる?」
殆ど無意識のうちに、ほたるは通信機のスイッチを入れていた。
「聞こえるわ。どう? そっちの状況は」
「何て言ったらいいのか、分からないわ………。人間だけが、完全に焼死しているの」
「焼死? 火災でもあったの? でも、人間だけってどういうこと?」
「あたしにも分からないわ。こっちが説明して欲しいくらいよ………。建物はいっさい無事なの。それらしい跡もないわ。だけど、人間だけは焼けただれた状態なのよ。見た感じだと、一瞬うちに物凄い熱量を浴びたって感じで………。火炎放射器を使ったって、こうはならないと思うの」
「テロリストの仕業じゃないってこと?」
ルナの声のトーンが、一段下がった。
「こんなことができる人間がいたら、教えて欲しいわ………」
ルナと話をする中、ほたるはどうして自分がこんなにも冷静でいられるのだろうかと考えていた。あまりにも現実離れした光景に、感覚が麻痺しているのかもしれなかった。
「ほたほた、前………」
パラパラの震える声が耳を打った。ほたるは反射的に顔を上げ、前方に目を向けた。
少女がひとり、佇んでいた。とても背の高い少女だった。恐らく、自分よりも高い。しかし、顔立ちはやけに幼かった。シルエットだけだったら、少女だとは判断できなかっただろう。
「生存者?」
一瞬そう考えだが、ほたるの直感がそれをすぐさま否定した。
笑っていたのだ。その少女は。
この悲惨な光景を眺めて、楽しそうに笑っていたのだ。
少女がこちらに気付いた。不思議そうな視線を送ってくる。
「あれぇ、おっかしいなぁ………。全部殺したと思ったんだけど………。やっぱ、人だけを狙い撃ちするってのは、無理があったかな」
その少女は、驚くべき言葉を紡いだ。ほたるは我が耳を疑った。
「あなたがやったって言うの………?」
しばらく経ってから、ほたるはやっとそう尋ねることができた。パラパラは怯えたように、ほたるの背後にその身を隠そうとしている。
「うん。そうよ。凄いでしょ?」
少女は胸を張って見せた。自慢をしているのだ。自分のしたことを。
パラパラはほたるの背後から顔だけを覗かせるようにして、大きな目をより一層に見開いて、その少女の顔を見つめている。
少女がパラパラをチラリと見ると、パラパラは小さく悲鳴を上げてほたるの背後に隠れるようにした。
「本当にあなたがやったの?」
「そうよ。あたしがやったの。そう言うことあたしに訊くってことは、お姉さんたちは今来たってことね。よかった。撃ち漏らしたわけじゃなかったんだ」
安心したように、少女はにっこりと笑った。
ほたるは理解に苦しんだ。これだけの大虐殺を行って尚かつ、平然としているこの少女の様子に。普通の精神状態ではないのかもしれないと考えた。そして、それよりもいったいどういう方法を取ればこんなことができるのか。
「いったい、どうやったって言うの?」
「見たい? 見せてもいいけど、タダじゃ嫌よ」
「ケチ!」
ほたるの背後から首だけを伸ばして、パラパラが罵った。そのパラパラを少女の瞳が捉えた。
「!? パラパラ!!」
パラパラの身の危険をほたるが察知して背後を振り向いた時には、既にパラパラの体は炎に包まれていた。
「パラパラ!!」
どうしたらいいのか分からなかった。火を消さなくてはならないのだが、どうやったら消せるのかが分からない。
「どう? 凄いでしょ?」
自慢げな少女の声が、背中に投じられてきた。
「び、びっくりしたぁ………」
半透明の球体に包まれたパラパラが、キョトンとしながら言った。炎は消失している。
「え!? ウソ!!」
少女は背後で驚きの声を上げている。
「ガーネット・ボール!?」
パラパラの体を包んでいる球体に、ほたるは見覚えがあった。仲間のひとりが得意とする防御のシールドだった。
「油断は禁物よ」
頭上で低い声が響いた。防御のシールドを放ってパラパラを救った人物―――セーラープルートが、上空からふわりと地面に降り立った。ほたるたちと謎の少女のちょうど中間辺りだった。
「あなたのその能力はなに!?」
鋭い視線を向け、プルートはピシャリとした鋭い口調で問い質した。
「おっどろいたぁ………。セーラー戦士だよぉ………。本当にいたんだ。でも、ニュースで見たやつとはちょっと違うかも。コスプレイヤーさん? 今日、レイヤーさんの集いの日だったの? あ。でも今、空からドスンって降りてきたわね」
目を真ん丸に見開いて、少女はプルートを見つめた。
「あたしの質問に答えて!」
どうやら、「ドスン」と言う擬音にカチリと来たらしい。右の頬がピクリと波打った。
「えっとぉ、どんな質問だったっけ?」
「………!」
薄ら惚けた少女の言葉に、プルートの眉が跳ね上がった。
「うわっ。怖い顔ぉ。そんなに怒らないでよ。あたしは子供なんだからさ。こんなんで腹立てるなんて、大人げないよぉ?」
「あなたね………」
プルートの額に青筋が立ったのが、後ろ姿でも分かった。キレる寸前である。
「ね、姉さん。冷静にね、冷静に」
慌ててほたるが、努めてゆっくりした口調でフォローする。このままだと、子供相手でもいきなりクロノス・タイフーンを放ちかねない。
「あんまり怒ると、皺が増えるわよ。オ・バ・サ・ン」
ブチッ。
キレた。プルートが。少女は一番言ってはいけないことを言ってしまった。
ほたるの制止も間に合わず、ねっとりとした笑いを浮かべたプルートは、デッド・スクリームを放った。(一応、手加減はしたつもりらしい)
「ふぎゃっ」
衝撃で少女は、後方へ跳ね飛ばされた。
「ガードした!?」
ほたるは驚きの声を上げた。デッド・スクリームは、ある限定された空間に無数のかまいたち現象を発生させる技である。最大級で放てば殺傷能力は高いが、キレてはいたが、プルートは手加減をした。しかし、傷ひとつ負わず後方へ跳ね飛ばされたと言うことは、かまいたちが発生する空間内に捕らわれずに、空間自体を弾いたと言うことなのだ。その反動で、少女は後方へ跳ね飛ばされた。
「ただのお子様じゃないってことよね、やっぱり………」
冷静さを取り戻したプルートが言った。
「いたい〜〜〜。暴力ハンタイ!」
服に付いた汚れをパタパタと叩きながら、少女はよっこいしょと立ち上がった。
「え? 六月?」
突然天を仰いだ。まるでそこに、誰かがいるように。
「うん、五十鈴だよ。こっちは完了。八重の応援? うん、分かった」
そこにいる友だちと会話をしているかのように、少女は天を仰ぎ見ながら声を上げた。会話が終わると、少女は再びこちらに目を向けた。
「急用ができちゃったから、また今度ね!」
にっこりと笑ってそう言うと、少女の姿は一瞬にしてその場から消滅した。
「テレポート!?」
「いえ、違うわ。空間が歪んでいない。別の方法で移動したのね」
プルートは振り向いて、ほたるに言った。
「どこに行ったの? 逃げちゃったのかな?」
恐る恐るといった風に、パラパラが尋ねて来た。
「池袋に移動したみたいね。今、はるかたちから連絡が来たわ。やっかいなお嬢さんがやってきたって言ってるから、たぶん今の子ね
「はるか姉さんたち、日本に帰ってきてたの!?」
ほたるとしては、海外在住のはるかとみちるが、日本にいることの方が驚きだった。事前に何の知らせも聞いていない。
「たまの休みに日本に帰ってきて事件に巻き込まれるなんて、よくよく運のない人たちよね」
プルートは同情気味にそう言った。