child−5 三継と四吹


「な、なんだ!? 同時多発テロか!?」
 地上にあるゲームセンター“クラウン”から、文字通り転がるようにして地下司令室に降りてきた元基は、開口一番そう叫び訊いた。
「調査中よ!」
 ディスプレイの前でキーボードを叩いていたルナが、元基に顔を向けて答えてきた。司令室には、ルナ、アルテミス、ダイアナの三人がいた。三人とも人間の姿に戻っていた。キーボードを素早く操作するためには、やはり人間の「指」が必要なのだろう。
 うさぎたちの姿は、まだ見えなかった。事件が発生して間もないから、まだ誰も来ていないのかもしれない。それとも、既に現場へ向かったのか。
「事件が発生したのは、渋谷駅一帯、後楽園遊園地、秋葉原の電気街、サンシャイン60、新宿歌舞伎町一帯、東京タワーの六ヶ所だ。夏休み期間中の日曜日だから、どこも特に人出が多い」
 説明をしてくれたのはアルテミスだ。
「被害状況は?」
 空いているディスプレイの前のシートに腰を下ろし、元基は冷静な声で尋ねた。ルナもアルテミスも慌てた様子は微塵もなかった。自分ひとりで気を動転させているわけにはいかない。やらなければならないことがあるのだ。
「計測はまだできていない。だが、恐らく数万人規模で被害が出ているだろう」
「数万人………」
 これにはさすがに、元基も舌を巻いた。数万人という人の命が、一瞬にして失われたのだ。
「みんなと連絡は?」
 いつまでも驚愕しているわけにはいかない。元基はすぐに気を取り直して、そう尋ねた。
「今ダイアナが取ってるわ」
「美奈子さんからです!」
 ルナが元基に説明した直後、ダイアナの元に美奈子から連絡が入ってきたらしい。全員がダイアナに顔を向けた。
「東京タワーの現場に向かうそうです」
「ひとりでか!?」
「危険よ!」
 アルテミスとルナのふたりが慌てた。事件の概要がはっきりしていないのだ。ひとりで行動するのは危険すぎる。
「タワーは毒ガスのようなものでやられたらしいんだ。迂闊に近付くのは危険だ。亜美はどこにいる?」
 アルテミスが亜美を名指ししたのは、彼女ならポケコンを使って毒ガスの成分を分析できると考えたからだ。
「えっと、亜美さんは秋葉原で事件に遭遇。詳細を調べているところです。まことさんはパーラーでアルバイト中。レイさんは火川神社にいらっしゃいます。うさぎサマとスモール・レディは連絡が取れません」
 ダイアナが素早く答えてくる。
「レイを亜美の応援に回せ。まことのバイトは?」
「今は抜けられないそうです」
「仕方ない。タワーには俺が向かう」
 亜美が東京タワーに行けないのであれば、自分が向かうしかないとアルテミスは判断した。亜美は亜美で、事件の現場に居合わせたと言うのは、それはそれで気になるところではある。だから、レイを応援に向かわせることにしたのだ。
 シートを立って、司令室を出て行こうとしたアルテミスを、元基が呼び止めた。
「待て。俺はこれからパーラーに行って、まこちゃんとバイトを代わる。タワーにはまこちゃんに行ってもらおう。アルテミスはここに残っていてくれ」
 効率を考えたら、そうするのが最良の策だと考えた元基は、そう申し出た。アルテミスには司令室に残って、今後の対策を練ってもらいたいのだ。
「すまない」
 アルテミスは元基の提案をありがたく受け入れることにした。アルテミスがシートに座り直すのを確認すると、元基は司令室を出て行った。
「元基さんがいると、助かるわね」
「ああ」
 ルナの言葉に肯くと、アルテミスはダイアナに視線を移す。
「うさぎとちびうさに連絡が取れないと言っていたが………」
 先程から気になっていることだった。うさぎは普段から通信機を持ち歩いているはずだ。それなのに連絡が取れないと言うのは、何か特別な理由があるはずだと考えた。ちびうさも一緒に連絡が取れないと言うのも気になる。
「セレセレによると、ふたりとも事件発生直後に、渋谷に向かったそうです」
「渋谷に!?」
「どうやら、渋谷に衛サマが行っていたらしくって………」
「なるほど」
 それならば肯ける。ふたりとも衛のことになると、他のことに気が回らなくなってしまう。衛が事件に遭遇した可能性があるのならば尚更だ。
「セレセレを渋谷に向かわせてくれ。ほたるとパラパラは後楽園だ」
「池袋と新宿はどうしましょうか?」
「人出が足りない。悪いがその二箇所は後回しだ」
「了解。セレセレとパラパラに連絡します」

 初めは、天井が崩れたのではないかと錯覚した。
 線路下のスターバックスで休息を取っていた亜美は、突然の轟音に心臓が飛び出る思いだった。五秒ほどして、自分の頭上に何も変化がないことを確認すると、亜美は胸を撫で下ろした。
 店内は大騒ぎだった。窓の近くにいた大学生風の男性客が、外で何かが光ったとしきりに叫んでいる。
 何が起こったのか確かめようと店の外に飛び出した亜美は、ニ本の稲妻が、歩行者天国となっている中央通りを走る光景を目の当たりにして、肝を冷やした。
 今日は快晴だった。空には雲ひとつ見えない。稲妻が発生するような環境ではなかったはずだ。念のため上空を見上げてみたが、眩しい太陽が輝いているだけで、やはり雷雲らしいものは発見できなかった。
「雷じゃなかった?」
 稲妻が走ったように見えたのは、自分の目の錯覚だったかもしれないと考えた亜美の目の前で、三回目の稲妻が落ちた。今度も二本。錯覚でも見間違いでもなかった。JR総武線の線路がある鉄橋を寸断し、噴煙が上がった。
「違う!!」
 亜美はひとり、叫んでいた。今の稲妻は、天空から落ちてきたものではない。どこからか、放射線状に飛んできたものだった。亜美の瞳は、その軌跡を正確に捉えていた。
 これは、自然現象ではない。
 亜美はそう直感した。
 通信機がコールした。ダイアナからだった。
「亜美さん。今、どちらにいらっしゃいますか?」
「秋葉原よ」
「え!? じゃ、事件の現場にいらっしゃるんですか!? 大丈夫なんですか!?」
 ダイアナの愛くるしい声が、一段階跳ね上がった。亜美はダイアナの大きな瞳が驚きに見開かれている姿を想像しながら、
「ありがとう、大丈夫よ」
 柔らかい笑みを浮かべながら、そう答えた。
「さすが、情報が早いわね」
「はい。実は都内の何ヶ所かで同時に事件が起こって、それでみなさんを捜しているところなんです」
「秋葉原の他でも事件が起こっているの!?」
 これには亜美の方が驚いた。
「はい。渋谷駅と後楽園遊園地、東京タワー、サンシャイン60。あと、新宿の歌舞伎町でも発生しています」
「そんなに………」
 亜美は息を飲んだ。こうなるとただ事ではない。
「そんな同時に落雷だなんて………」
「落雷? いえ、毒ガスだったり爆発だったり、様々です」
「そ、それじゃテロじゃないの!!」
 声を張り上げた亜美の前方で、また稲妻が横に走った。これで連続して四回目だ。自分の見ている三回は、どれも二本同時に稲妻が走っている。
「あたしはこっちの件を調べるわ。何か分かったら連絡する」
 亜美は早口にそう言うと、ダイアナの返事も待たずに通信を切った。ぐずぐずしていたら、「犯人」に逃げられてしまうかもしれないからだ。
 亜美は自分の脳裏に刻まれている稲妻の軌跡を辿って、中央通りを御徒町方面へと向かった。
 二本の光りが、頭上を後方へと流れた。ワンテンポ遅れて、五回目の轟音が響いた。背後で爆音が炸裂する。
 緊張に頬を硬直させて、亜美は後方を振り返った。アスファルトが巡れ上がり、噴煙が舞っていた。助けを求める人々の声が、微かに耳に流れてくる。
「冗談じゃないわよ!」
 体全体でそう叫ぶと、亜美はセーラーマーキュリーに変身した。聖なる水で、全身をガードした。「音」より「光」の方が早いのだ。爆音が轟いてからシールドを張ったのでは間に合わない。「犯人」を見付ける前に、稲妻の直撃を受けて戦闘不能に陥るわけにはいかなかった。
 交差点の中央で、亜美は立ち止まった。昭和通りへと抜ける車がクラクションを鳴らして通りすぎていったが、気に掛けてなどいられなかった。
「!?」
 二本の稲妻が正面から迫ってきた。マーキュリーの両脇をすり抜けるようにして、後方へと一瞬にして流れていく。直後に轟音が前方から迫ってきた。
 「音」が見えるとは、正にこういうことだろうか。マーキュリーは恐怖に体を震わせた。しかし、いつまでも怯えているわけにはいかなかった。「犯人」は前方にいるのだ。全身を気合いで叱咤して、マーキュリーは走った。七撃目を撃たせるわけにはいかない。これ以上やられると、秋葉原の電気街が壊滅してしまう。
 蔵前橋通りとの交差点まで駆けてきた。前方に小さな人影がふたつ見える。
「子供?」
 マーキュリーは変身を解いた。驚かさないように慎重に、子供たちに向かって近づいて行った。男の子だった。亜美が変身を解いたのは、そこにいたのが子供だったからだ。マーキュリーの姿のまま詰問するのは、威圧的すぎると考えてのことだ。変身は解いたが、聖なる水のガードは解いていない。一撃だけなら、稲妻の直撃にも耐えられるはずだ。
 子供たちの周囲には誰もいなかった。いや、いなくなってしまったと言った方が正しいのかもしれない。無惨にも破壊されたアスファルトに埋もれるようにして、かつて人であったと思われる物体が、いくつも転がっていた。どれもが高熱に焼けただれ、ブスブスと燻りを上げていた。肉の焦げる嫌な匂いが鼻を突き、思わず吐き気を催した。
三継(みつぐ)。人がいるよ」
 男の子の片方が、亜美に気付いた。傍らの友だちらしい男の子に声を掛ける。
「人?」
 呼び掛けられた方の男の子が、亜美の方に顔を向けてきた。ふたりともよく似た顔立ちをしている。いや、似ていると言うより瓜二つだ。友だちなどではなく、どうやら双子の兄弟だったようである。
「ふたりとも、ここで何をしているの?」
 努めて柔らかい口調で、亜美は声を掛けた。余計な刺激を与えてはいけない。状況から判断するに、このふたりが事件に関わっている可能性は極めて高い。これだけ多くの死者が出ている中で、平然としていられるなど、常識ではあり得ないからだ。
「何って………。遊んでるんだよ。なぁ、三継」
 最初に亜美を発見した男の子の方が答えた来た。
「そう。僕ら、ゲームしてたんだ」
 三継と呼ばれた男の子が、言葉を継いできた。声もよく似ていた。聞き覚えるまでは、区別が付かないかもしれなかった。
「ゲーム? こんなところで?」
「そうだよ。なぁ、四吹(しぶき)
 同意を求めるように、三継は傍らの相棒に顔に向ける。亜美を発見した方の男の子は、四吹と言う名のようだ。よく見ると、四吹と呼ばれている男の子の方が、髪の色がやや明るかった。
 亜美は険しい表情をして、ふたりの男の子たちを見つめた。
「何の、ゲームをしていたの?」
 声のトーンを一段低くして、亜美は尋ねた。喉がカラからに乾いてきた。
「自分たちの能力(ちから)を使って、どれだけ人を殺せるかって言うゲームだよ」
 まるで自慢話でもするような口振りで、三継が答えてきた。
「………これは、あなたたちがやったって言うの?」
「そうだよ。凄いでしょ!」
 子供が親に向かって、テストの成績がよかったことを報告するような口振りで、四吹が答えた。ふたりからは、悪びれた様子は微塵も感じられなかった。
「あなたたち。自分が何をしたか、分かっているの?」
「何で怒ってんの? 僕たち、お姉さんに何か迷惑を掛けた?」
 三継は不服そうだった。テストで百点を取ったのに何で叱られなきゃいけないんだ、と言うような顔をしている。
「あたしは、そんなことを言ってるんじゃないの!」
「別にいいじゃん。僕たちの勝手でしょ」
 四吹だった。ふたりとも、亜美の言うことをまともに聞いていない。と言うより、根本的なことが理解できていない。
「あなたたち………」
 亜美は言葉を失いながら、怒りのために体を震わせていた。遊びでこんなにもたくさんの人たちの命が奪われたと言うのか。集団で飛んでいるヤブ蚊に殺虫剤でも掛けるがの如く、何の躊躇いも戸惑いもなく、同じような感覚で人を殺したような口振りだった。
「なぁ、四吹。ついでだから、このお姉さんも始末しちゃおうぜ。なんか、僕たちがやったってことバレちゃってるみたいだし、証拠隠滅ってやつで」
「うん、そうだね三継。始末しておかないと、あとでママに怒られちゃうかもしれないしね」
 ふたりは平然とそんな会話をした。同時に亜美に目を向けて、ニコッと笑ったその瞬間に、轟音が響いた。
 稲妻が横に走った。亜美に直撃する。爆音が轟いた。
「いっちょあがり〜」
 ふたりは喜々としてハイタッチを交わした。
「アレ?」
 しかし、三継の方がすぐに顔を顰めた。
「死んでないぞ」
「え?」
 三継の不思議そうな呟きを受けて、四吹も視線を戻した。ふたりは亜美のいた場所を見つめた。次第に噴煙が晴れてくる。人影らしきものが揺らめいていた。
 セーラーマーキュリーが、怒りの形相でそこに佇んでた。
「あ! そのカッコ、テレビで見たことがある! セーラー戦士ってやつだよね? ねぇ、ホンモノ? お姉さん、ホンモノのセーラー戦士!?」
 四吹が興奮気味に訊いてきた。あるでタレントにでも会ったようだ。
「あなたたちのその能力はなに!?」
 マーキュリーは鋭く尋ねた。相手が子供だからと言って、遠慮をしている場合ではなかった。見た目に惑わされてはいけないと判断した。彼らの正体を突き止める必要があるのだ。
「教えてあげてもいいけど、その代わりになんかちょーだい!」
 小憎らしい笑みを浮かべて、三継が両手を差し出してきた。
「ふざけないで!!」
「ふざけてないよ? ボクたち大真面目」
「そうそう。ギブ・アンド・テイクってやつ? 何もくれないんだったら、教えてあげないもんね」
 ふたりは揃ってソッポを向いた。
 マーキュリーは困惑した。このふたりには、まともに話をしても無駄かもしれないと考えた。
「あなたたちがそう言う態度なら、あたしも考えを改めなきゃいけないわね。聞き分けのない子には、お仕置きをしなくちゃいけないわ。水でも被って反省しなさい!」
「や〜だよっ!」
 ふたりはあくまでも反発する気のようだ。三継は憎たらしい顔でアカンベーをし、四吹はマーキュリーに向かってお尻を付きだして、「お尻ペンペン」をしている。
 ふたりの挑発には乗らず、マーキュリーは冷静にその場で身構えた。同時に攻撃をしたとしたら、少年たちの稲妻の方が自分の「水」より早い。闇雲に攻撃を仕掛けても、彼らの稲妻で蹴散らされてしまうだけだ。聖なる水のシールドは、先程の稲妻の直撃で役立たずとなってしまった。再度シールドを張る必要があるが、その間は与えてくれそうにない。だとすると、彼らの攻撃を受ける前に、自分の攻撃をふたりにヒットさせる必要がある。
「なぁんだ、攻撃して来ないの? じゃ、ボクたちの方から攻撃しちゃうよ? せっかく先に攻撃させてあげようと思ったのにさ」
「馬鹿にしてくれるわね。あたしに勝つつもりでいるの?」
「ボクたちが負けるわけないじゃん」
 三継も四吹も自信満々である。負けることなど微塵も考えていない。
「お姉さんは強いわよ?」
 挑発してみた。直後に閃光が煌めいた。二本の稲妻が同時に走る。
 しかし、マーキュリーは既にその場所にはいなかった。彼らが攻撃してくるより先に、素早くその場を移動していたのだ。
「えいっ!」
 だが、少年たちは驚くべきことをやってきた。自分たちが放った稲妻を両手で掴んで曲げてきたのである。
「!?」
 これには流石のマーキュリーも肝を冷やした。直線に飛ぶはずの稲妻が、彼らによって横に薙ぐように迫ってきたからである。
「くっ! 水鏡の盾(ウォーター・ミラー・シールド)!!」
 逃げていても埒があかないと判断したマーキュリーは、急停止して振り向きざまに技を放った。突き出されたマーキュリーの両掌を中心として、輝く水の鏡が形成される。聖なる水で形作られた神秘の盾だった。神秘の盾は、二本の稲妻を上空に反射させる。
「あっ!?」
 驚き声を上げた少年たちの頭上から、バケツをひっくり返したような水が、怒濤の如く襲い掛かる。
「うわぁっ」
 全身びしょ濡れになって、少年たちはその場に尻餅を付いた。
「だから言ったでしょ? お姉さんは強いって」
 両手を腰に当て、マーキュリーは小首を傾げて見せた。
「くっそぉ! やったなぁ!!」
 不満そうな声を同時に放ち、少年たちはマーキュリーを睨んだ。そのままの体勢から稲妻を放つつもりらしい。
「!? ダメよ! 稲妻を撃ってはダメ!!」
 マーキュリーが制止したが、一瞬遅かった。放とうとしたした稲妻が、水を伝って少年たちの周囲で大蛇の如く蠢いた。
 少年たちは何が起こったのか理解できないまま、炎に包まれる。マーキュリーは水流を放って消火をしたが、爆発的な炎のエネルギーは、一瞬で少年たちの肉体に致命的なダメージを与えていた。
 近寄って脈を取ってみたが、ふたりとも既に絶命していた。
「水は電気を通すって、学校で習わなかったの………?」
 最早悪態を付くこともできなくなってしまったふたりを、マーキュリーは静かに見下ろした。
マーキュリー(あみちゃん)
 背後でマーズの気配がした。茫然と佇んでいるマーキュリーの右側に歩み寄ってきた。
「何があったの?」
「ゴメン。もう少し考えさせて………。まだ頭の中で整理できていないの」
 焼けただれたふたつの小さな遺体を見つめながら、マーキュリーはやっと聞き取れるほどの小さな声で、そう答えた。