child−20 雷精
一美たちは、ビックサイトの周りにいる群衆の中に紛れ込んだ。これでセーラー戦士たちは、容易に自分たちを見付けることができないはずだ。
「呑気なもんね………」
周囲にいる群衆の様子を観察して、二葉は溜め息を吐いた。この場にいる人々は、自分たちが津波に飲み込まれて死ぬ寸前であったことに気付いていなかった。これからビックサイトに向かう者。既にお目当ての同人誌を購入して、満足顔で駅に向かっている者。購入した同人誌を、友人と見せ合っている者。そこには笑顔だけしかなかった。ビックサイトに来ている者の何人が、果たして今起こったことに気付いているだろう。家に戻り、ニュースで初めて自分たちが死の直前にいたことを知る者もいるはずだ。
中には携帯電話で連絡を受け、外の様子を眺めていた者もいたようだが、自分たちの危機が回避されたと知るや、また何喰わぬ顔でビックサイトの中に戻っていく。太陽の光を受けてキラキラと輝く氷の結晶を、カメラに収めている者までいた。
「凄かったねぇ」
その様子を見ていたらしい女子高生たちが、談笑しながら歩き去っていった。自分たちを救ってくれたセーラー戦士たちに、感謝の言葉などひとつもなかった。
「まるで、他人事ね………」
一美がポツリと言った。
「呑気に笑ってられるのも、今のうちだけさ」
九椚は性悪そうな笑みを浮かべた。
「ビックサイトの中は六月にやってもらうわ。十球磨は外よ」
「待てよ、一美」
六月と十球磨に指示をする一美の左腕を、九椚がむんずと掴んだ。
「かったるいことしてんなよ。中も外も、俺が始末してやるよ」
「九椚はもういいわ。少し休んでて。これ以上“力”を使うのは危険よ」
九椚は津波を押すために、かなりのパワーを消費している。加えてセーラー戦士との津波の押し合いで、体力の消耗は激しいはずだった。
「うるせえ!! 俺がやるって言ったら、やるんだよ!」
九椚は喚くように言うと、全身に力を込めた。
「俺の新しい能力を見せてやる! さぁ来い! 古( の精霊よ!!」)
九椚が両腕をバッと広げると、状況が一変した。無数の得体の知れない生物が、九椚の周囲に出現したのだ。
「行けぇ! 雷精ども!!」
九椚が命じると、その生物は猛スピードで四方八方に飛び散っていった。
体調は五十センチあまり。顔は耳のない蝙蝠( のようだった。昆虫の蝉) ( を思わせる体つきで、手足はなく、背中から生えている二対の半透明の羽で、高速で飛行していた。)
「雷精ですって!? 九椚、あんたどうしたのこの能力( !?」)
「ははは………! 凄いだろ? ママにもらったんだぜ! ご褒美にパワーアップしてもらったんだ!」
九椚は楽しそうに笑った。
「パワーアップですって!? 冗談じゃないわ!」
これ以上のパワーアップは、九椚の体が保たないはずだった。ここ数日、体調が悪そうだったのは、このパワーアップのせいだったのである。零貴はどうやら、今回の作戦で九椚を捨て駒にするつもりだったのだ。だから、九椚に必要以上のパワーを与えた。持っているパワーは使ってみたくなる。九椚の性格を充分計算に入れての「調整」だったようである。
「やめなさい、九椚!!」
「俺に指図すんじゃねぇ!!」
止めに入った一美を、九椚は「風」で突き飛ばした。
「さぁ、どんどん呼ぶぞぉ」
「おおっ。凄ぇ! 九椚兄ちゃん」
十球磨は興奮していた。
「ははは………! そうだろ、ぞうだろ! 行け、行けぇ!! みんなぶっ殺しちまえ!!」
九椚は次々と雷精を呼び出した。
「なに!? ガスじゃない!?」
飛び回る無数の雷精を見ながら、タキシード仮面は困惑していた。まさか、こんな得体の知れない生物を呼び出すとは思ってもいなかったからである。完全な読み違えだった。
生物は口からいかづちの息( を吐き、逃げ惑う人々を襲い始めていた。体は小さくても、息) ( は強力だった。直撃を受けた人々は、感電死して次々とその場に倒れ込んでいく。)
「雷精のようです。精霊の一種ですが、知能が低く、呼び出した者の指示にしか従いません」
サターンの“記憶”の中に、この雷精のことが記録されていた。サターンは素早く、皆に雷精の特徴を説明する。
「いけない! ビックサイトの中にも!!」
会場入り口から、雷精たちがビックサイトの中に侵入していく様を見て、マーズが叫んだ。まともに歩くこともままならないビックサイトの内部で雷精に襲われたら、それこそひとたまりもない。加えて逃げ惑う人々が、パニックを引き起こしてしまうはずだ。
「子供たちを早く見付けないと!」
マーズは“気”を集中させて、子供たちの位置を探ろうとする。しかし、雷精がそれを許してくれなかった。
「とにかく、先にこの雷精とやらを掃討するぞ! ビックサイト( のセーラームーン) ( たちにも連絡しろ!」)
タキシード仮面は言うと、パーム・ガンを連射した。
会場内に侵入した雷精は、縦横無尽に飛び回っていた。人々がひしめき合っている会場内は、完全なパニック状態だった。羽音が反響し、それだけでも気が狂いそうだった。
「これじゃ、技が撃てない!」
ロッドを構えたセーラームーンだったが、そのあとの動作に移れないでいた。迂闊に技を放てば、逃げ惑う人々にも当たってしまう。
「あたしたちの計算ミスね。こんなものが出てくるなんて、考えもしなかった………」
プルートは唇を噛むしかなかった。何もできないまま、目の前で次々と人々が雷精いかづちの息( に打たれていく。)
辛うじて雷精と戦うことができているのは、ヴィーナスひとりだった。ラブ・ミー・チェーンで一体一体叩き落としているのだが、そのくらいでは数がなかなか減らない。
「デカい技一発で、簡単に吹っ飛ばせるのに………!!」
ヴィーナスは素早い動きで、次々と雷精たちを叩き落とす。
「ちびうさも捜さないと………」
セーラームーンは、会場のどこかにいるはずのちびうさのことが心配で仕方がなかった。桃子たちが一緒では、ちびうさはセーラー戦士に変身できない。この雷精の群れを相手に、無事に逃げ切れるかどうか心配だった。
「スモール・レディはさっきからあまり移動できてないわ。セレス( が近くにいるようだけど………」)
プルートはちびうさの“気”を、ずっとトレースしてくれていたようである。助けに行きたいのは、プルートも同じ気持ちのはずである。
「セレス( だけ? パラス) ( は?」)
「パラス( は津波を止めるために向かったようね。こっちに急いで戻ってきているところだわ」)
「この変な生き物を倒すより、先に子供たちを見付けた方がよくない?」
ヴィーナスが近寄ってきて、そう言ってきた。雷精を操っているのが彼女たちだったら、彼女たちを捜し出して止めさせればいいのではないかと、ヴィーナスは考えたのだ。
「彼女たちがいるとすると、会場の外ね………」
セーラームーンは悩む。このまま会場内に留まってちびうさを捜すべきか、それとも外へ出て子供たちを捜し出すべきか。
「ま、まことさん!!」
浅沼が人並みを掻き分けるようにして走り寄ってきた。
「浅沼ちゃん!? 危険だから、どっかに隠れてて!!」
「まことさんたちが捜している子供たちらしい集団を、コスプレ広場の裏の方で見掛けました!」
転がるようにして、浅沼はジュピターの前まで辿り着いた。浅沼はそれを知らせるために、危険を承知でわざわざここまで来たらしかった。
「分かった、サンキュー! 行ってみる。セーラームーン( !」)
「うん、行こう。あの子たちを捜そう」
セーラームーンは外へ出ることを決断した。元を断たねば、被害は増える一方だからだ。
(ちびうさ………。大丈夫よね、あなたなら)
ちびうさの無事を、祈らずにはいられなかった。
「ははは………! いいぞいいぞ! もっと暴れろ!!」
九椚はノリノリだった。次から次へと雷精を呼び出し、四方八方へと送り出している。
「マズイんじゃないのか? こんな数、コントロールできるのか!?」
八尋が一美の脇に寄ってきた。雷精が襲っているのは、一般の人々だけである。自分たちに見向きもしないことから、九椚がある程度はコントロールしているのだろうと感じたのだ。
「これだけの数、もしコントロールを失ったらどうにもできないぞ」
「分かってる。だけど、九椚が止めないのよ」
何度も止めようと試みたが、九椚は一向に聞き入れなかった。
「実力行使で行くか………。九椚! もういい止めろ!!」
言葉で言って聞かない相手には、実力行使しかないと判断した八尋は、九椚に駆け寄ろうとした。
「邪魔すんじゃねぇ!!」
九椚は風の息( で、八尋の接近を阻止する。)
「邪魔すっとお前もぶっ殺すぞ! だいたい、お前は新参者ののくせにナマイキなんだよ。ちょうどいい、お前もぶっ殺してやる!!」
「九椚!?」
三匹の雷精が、八尋に襲い掛かった。いかづちの息( を八尋に向けて吐く。八尋は防御したが、衝撃で吹き飛ばされてしまった。)
「九椚! 何をするの!?」
二葉と五十鈴が、八尋を助け起こした。八尋を守るように、両サイドに陣取った。
「どけ! 二葉、五十鈴! どかないとお前たちも巻き添えを食うぞ!」
九椚は威嚇のために、雷精に息( を吐かせた。吐き出されたいかずちは、二葉と五十鈴の脇を掠める。)
「九椚お兄ちゃん! 止めないと、六月怒っちゃうよ!!」
九椚の様子を見ていた六月が、息を大きく吸い込んだ。もちろん、本気で毒の息( を吐くつもりはない。威嚇である。)
「七海も、ぷぅ!」
ぬいぐるみを抱えて、七海が頬を膨らませた。怒っているつもりなのだろうが、七海の場合はあまり怖くない。
「どけって言ってんだろ、五十鈴!!」
怒りに任せて、風の息( を吐き出した。)
「バカ九椚!!」
五十鈴が熱波の息( で対抗する。激しい力と力のぶつかり合いは、セーラー戦士たちに自分たちの居所を教えることになる。しかし、そんなことを考えている余裕はお互いになかった。)
「お前ら、俺に刃向かうつもりか!? 刃向かおうってんなら………うっ!」
九椚はビクンと体を震わせて、その場に膝を突いた。肩で大きく息を始める。
「どうしたの!? 九椚!」
一美が声を掛けたが、九椚は答えることができなかった。膝を突いたまま、苦しそうにしている。
「まさか、暴走を!?」
五十鈴の顔から血の気が引いた。
「九椚!」
「と、止まらねぇ………」
声を絞り出すようにして、九椚はようやく答えてきた。
「どうしちまったんだ!? 力が止まんねぇよ。うっ!!」
九椚は再びビクンと体を震わせる。
「うおぉぉぉ!!」
獣のような叫び声を上げて、九椚は天を仰いだ。凄まじい風が、九椚の体から放出し始めた。
「九椚兄ちゃん!!」
「駄目だ十球磨! 今近付くのはマズイ!」
九椚に駆け寄ろうとした十球磨の腕を、八尋が掴んだ。
九椚は突風の中心にいた。九椚を中心に、突風は渦を巻く。さながら、竜巻のようになった。
雷精の数が急激に増えた。
「危ない!」
五十鈴が熱波を放って、一体の雷精を仕留めた。
「見境をなくしている!?」
そう感じた。今までは九椚がある程度コントロールしていたが、今は雷精が勝手に行動しているように見えた。手当たり次第、攻撃を加えている。
「なんで六月たちが襲われなきゃいけないのぉ!?」
半ば泣きべそ状態で、六月は誰にともなく訊いた。しかし、答えられる者は誰ひとりとしていなかった。
ピンクのうさぎのぬいぐるみを抱えて、怯えたように蹲っている七海を、五十鈴と八尋で守るようにしている。と、そこへ―――。
「見付けたわよ! 雷精を鎮めなさい!!」
突然の声に、一美は驚いて声の聞こえてきた方向に顔を向けた。セーラームーンと、何人かのセーラー戦士の姿がそこにあった。
「雷精を鎮めて! でないと………」
戦わなければならない。セーラームーンはそう言うつもりだったに違いない。一美にはそれが分かったが、今はそんな状況ではなかった。
「ごめんなさい、セーラームーン。九椚が暴走してしまったの! 雷精は鎮められない。あたしたちでは、どうすることもできないの!」
「鎮められない? 暴走ってなに!?」
セーラームーンは状況が飲み込めなかった。しかし、何か異変が起こっていることだけはこの場の雰囲気で分かった。
ひとりの少年が獣のような呻き声を上げていた。その少年の周囲には、凄まじい風が渦巻いている。
八尋の姿が見えた。しかし、八尋はこちらに気付いていない。小さい女の子を守るのに、必死な様子だった。
「何がどうなってるの!? 何であなたたちがパニクってるの!?」
ヴィーナスが喚くような声で訊いてきた。少女たちが雷精と必死に戦っていた。雷精は彼女たちの手駒なはずではないのか? 何故、彼女たちが雷精と戦っているのか?
「説明するには時間がないわ。手を………」
セーラームーンの元に飛翔( してきた一美は、セーラームーンとその隣にいたヴィーナスの手を取った。必要な情報を、手を通してふたりに送る。)
「………なんてことなの!?」
ヴィーナスは吐き捨てるように言った。セーラームーンは一美の顔を真っ直ぐに見る。
「分かった。雷精たちはあたしたちがなんとかする。あなたたちも手を貸して」
「はい。分かりました」
次ぎにセーラームーンは、プルートに目を向ける。
「プルート( 、全員に連絡を。この子たちと一緒に、雷精を鎮圧するわ」)
「いいのね?」
プルートはまだ事情を知らない。しかし、セーラームーンが納得したのならば、異議を唱えるつもりはなかった。セーラームーンが肯くのを堪忍すると、プルートはガーネットオーブを浮遊させた。オーブを使って、一気に全員に指示を送る。
「ありがとう、セーラームーン」
セーラームーンが、状況を理解してくれたことが嬉しかった。嬉しさに瞳を潤ませて、一美はセーラームーンの顔を見上げる。
「彼のことは任せていい?」
セーラームーンは、暴走する九椚をチラリと見る。
「はい。あたしたちの責任です。あたしたちでどうにかします」
「あなたたちは、ここからあまり動かないで」
ヴィーナスが言ってきた。
「できるだけみんなで固まって、雷精から身を守るのよ。ガスを吐く子は、周りを充分に注意してね」
諭すように言いながら、六月に目を向ける。六月は意外そうな顔をした。何で自分がガスを吐く能力を持っているのを知っているのか、と言う顔をしていた。
ヴィーナスは小さく笑うと、次ぎに二葉に視線を移す。
「あなたにはびしょ濡れにさせられたお返しをしなくちゃいけないから、絶対に無事でいるのよ」
茶目っ気たっぷりに、そう言った。
「え!? あっ! お姉さんはあの時の!?」
「そう! 美人のお姉さんよ!」
右手の人差し指を立てて、ヴィーナスはキュートな笑みを浮かべた。
「みんな了解してくれたわ。あなたたちに危害は加えない。だけど、訊きたいことが山ほどあるから、雷精を鎮圧しても帰っちゃだめよ」
仲間たちとの連絡を取り合えたプルートが、一美を見てそう言い置いた。
一美たちがセーラームーンと会話をしている間、八尋と五十鈴は九椚の暴走を止めようと躍起になっていた。しかし、九椚の全身から吹き出す風は、収まる気配を見せなかった。
「雷精は、完全に九椚のコントロールから外れているな」
無差別に攻撃を加えている雷精をチラリと見、八尋は呻くように言った。雷精は九椚にしかコントロールはできない。雷精を鎮めるには、九椚の暴走を止めて九椚自身に止めさせるか、雷精そのものを全滅させるかのどちらかしか方法はない。雷精は暴走した九椚によって、次々と呼び出されている。倒しても倒しても湧いて出てくる雷精を全滅させるのは、かなり困難だと考えた。だから八尋は、九椚の方を止めようとしているだ。
「!?」
その時、八尋の脳裏を、ちびうさや九助の悲鳴が掠めて行った。
「ちびうさ!?」
神経を集中させると、脳裏に映像が浮かび上がった。ちびうさたちは、まだビックサイトの中にいるようだった。長い通路のような場所で、逃げ場を無くしているような様子だった。彼女たちの頭上には、何匹かの雷精が飛び交っている。
「待ってろ! すぐ行く!」
八尋は言うと、その映像の場所に跳躍( した。)
「八尋!? どこへ!?」
八尋が突然消えたので、慌てたのは五十鈴だった。しかし、追い掛けようにもどこに向かったのかが分からない。
(八尋………。あの子のところに行ったのね………)
一美は悲しげに俯いた。八尋がこの作戦を止めようとしているのは分かっていた。先程の「心の声」も、一美は盗み聞きしていた。八尋はセーラー戦士と戦うつもりはない。だが、一美はセーラー戦士と戦うつもりだった。戦って全てを終わらせよう。そう考えていた。だから、この場所のヒントも与えた。
(そうだね、八尋。あたしたちが、セーラー戦士と戦う理由なんて、どこにもなかったんだよね。あたしたちの本当の敵は、セーラー戦士じゃないものね)
何かが吹っ切れたような気がした。
「五十鈴。ここを頼むわ」
雷精の群れを相手に戦っていた五十鈴に、一美は声を掛けた。
「一美?」
思い詰めた表情の一美がそこにいた。五十鈴は表情を曇らせた。
「ここをお願いね」
「待ちなよ、一美」
飛翔( しようとした一美の右腕を、五十鈴は掴んだ。)
「あたしが行く」
五十鈴は真っ直ぐに一美の顔を見つめた。一美がどこへ行こうとしたのか、そして何をしようとしているのか、五十鈴には分かっていた。
「一美にゃ、荷が重すぎる」
「五十鈴?」
「いざって時に、何の躊躇いもなくママ………いや、零貴さんを殺せるのか?」
「五十鈴、あなた………」
「気付いてるよ。あたしも二葉も、そしてたぶん八尋も。あんたが時々見せる寂しそうな横顔、零貴さんによく似てる」
五十鈴は僅かに笑みを浮かべた。
「あたしはもうそんなに長くは保たない。自分で分かるんだ。だから、あたしが行くよ。一美は、みんなを守ってくれ」
「五十鈴………」
一美は五十鈴に、何と声を掛けていいのか分からなかった。何と声を掛けていいのか分からないから、顔を見つめるしかなかった。
「みんなと一緒に生活したこの数ヶ月。マジで楽しかったよ。孤児院なんかにいたんじゃ、味わえない楽しさだった」
五十鈴は、雷精たちと必死に戦っている姉弟たちに目を向けた。姉弟たちは、まだ五十鈴の決意を知らない。雷精と戦うことに精一杯で、ふたりの会話に耳を傾ける者は誰ひとりとしていなかった。
「零貴さんから離れたら、あの子たちがどれだけ長く生きられるか分からないけど、だけど、今よりは幸せになれると思う。あたしたちは零貴さんの道具なんかじゃない。そうだろ? 一美」
「うん………」
「あんたは今まで、あたしたちのために必死に零貴さんと戦ってくれてたんだ。とっても感謝してる。ひとつくらい、恩返しをさせてくれ」
「五十鈴………」
「じゃ、後始末は任せたよ」
五十鈴は最後ににっこりと微笑むと、上空へと消えていった。
一際風が強くなった。九椚の暴走が激しくなったようだ。