child−19 ウルトラ・ウエイブ


 セーラームーンたちはその時、エントランスホールにいた。東展示棟へと向かう途中だった。
 その異常な空気に、セーラームーンの肌は粟立った。何とも言えぬ強烈なプレッシャーが、一定の方角から迫ってきているように感じた。
「なに? これは………」
 セーラームーンはその方向に目を向けた。しかし、目の前に見えるのは移動する人の集団だけである。ビックサイトの中で、何かが起こっているわけではないようだった。
「海が………!?」
 ネプチューンの表情が凍り付いた。深海の戦士である彼女は、海で起こっている異常を、いち早く察知していた。
「海? あの子たちね!?」
 プルートも事態を飲み込んだ。時刻は正午を指している。八尋の言うとおりならば、彼らが行動を起こす時間である。
 通信機がコールした。亜美からだった。

「ウソでしょ………!?」
 ほたるはその光景に、思わず息を飲んだ。信じられない光景を、目の当たりにしていた。
「冗談でしょ!?」
 レイの声は上擦っていた。
「まさか、これ程までとは………」
 衛も愕然としていた。
 規模が違いすぎる。自分たちの予想以上に、それ(・・)は巨大だった。
「た、高さ約百メートル。幅は………さ、三キロ!?」
 亜美はポケコンの画面に表示された数字に、背筋が凍る思いだった。
 津波だった。
 圧倒的な質量を伴って迫ってくるそれ(・・)は、巨大な津波だった。正に、壁が迫ってきていると言う感じだった。
 東京ビックサイトの外にいた人々も、その津波に気付いた。唸りを上げて迫ってくる津波を、茫然と見つめている。逃げなければないないのは分かっているが、どこに逃げたらいいのかが分からないのだ。どこに逃げたとしても、今からでは手遅れだった。
「ん!? ヘリだと!?」
 ヘリコプターが上空を旋回しているのが見えた。一機だけではない。その数は三機。その全てが、テレビ局のヘリコプターだった。
「早すぎる! 事前に誰かが連絡をしていたとしか思えない」
「あの子たちが?」
「いや………」
 レイの考えを、衛は否定した。
「あの子たちに、そこまでの知恵はないだろうし、そんなことをする理由もない。神崎零貴だと思う。お台場が全滅する様を、日本全国、いや世界中に実況中継させる気だ」
「何のために!?」
 レイは疑問を口にしたが、じっくりと考えている余裕はなかった。津波を止めなければ、本当にお台場が全滅してしまう。
「だけど、あんなもの、どうやって防ぐんです?」
 防がなくてはならないことは分かっている。しかし、その方法がほたるには思い浮かばない。
「今すぐ、ネプチューン(みちる)ジュピター(まこと)を呼べ!!」
 ウラヌスだった。高速道路上でこの事態を察知したウラヌスは、車を乗り捨てて駆け付けてきたのだ。ウラヌスには、何か策があるようだった。
「あたしとマーキュリー(あみ)ネプチューン(みちる)ジュピター(まこと)の四人であのバケモノを止める。衛、あの子たちは津波が失敗した時のことも考えて作戦を練っているはずよ。津波はあたしたちが全力で止めるから、こっちを頼むわ」
「分かった」
 衛が肯くのを確認すると、ウラヌスは亜美に視線を移した。
マーキュリー(あみ)ネプチューン(みちる)たちは?」
「今連絡を取りました。もうすぐこっちに来ます」
 亜美は早口に答えると、マーキュリーに変身をした。

「よ〜し! 行け、行けぇ!!」
 九椚は空中を猛スピードで飛び回りながら、楽しそうに叫んでいた。
 前方には、海水で作られた巨大な壁がある。九椚は自らの能力で、巨大な海水の壁を無理矢理押し出しているのである。
 東京湾の沖合百キロメートルの地点で、一美と七海のふたり掛かりで海底に大規模な地殻変動を発生させ、その爆発的なエネルギーを使って、二葉が一定方向に向けて、津波状に整えたのである。本来なら放射状に発生する津波を、強制的に一方向にまとめてしまったのだ。そして、それを風を使って後押ししているのが九椚だった。
 一美は六月を、五十鈴は二葉を抱え、八尋は背中に七海を負ぶさり、前に十球磨を抱えて、空中に浮かんで九椚の「仕事」を見ていた。飛翔する能力を持っているのは、一美、五十鈴、八尋、九椚の四人だけだった。九椚は巨大津波を押す「仕事」があるので、結果的に八尋がふたりを抱えて飛行しなければならなかった。
(どうした、ちびうさ。早く止めに来い)
 突き進む津波を見つめながら、八尋は心の中で呟いた。早く止めに来なければ、津波はお台場に到達してしまう。
(俺が止めるしかないか………)
 八尋は覚悟を決めた。大量虐殺をこのまま見過ごすわけにはいかない。セーラー戦士たちが来てくれないのならば、この巨大な津波は自分で止めなければならない。ここにいる弟妹たちと戦うことになるだろうが、仕方のないことだった。
「もうすぐね」
 二葉が呟いた。
 前方は巨大な海水の壁で遮られているので、自分たちがどの位置まで移動してきたのかが分からなかったが、確実にお台場に向かって進んでいるはずだった。間もなく、到達する頃だろう。
「おかしい………。九椚にあそこまでの力があるなんて………」
「ああ、あたしもさっきから妙だと感じていたところよ」
 訝しむ一美に、五十鈴は同意した。
「能力が爆発的に開花したってことは?」
 ふたりにそう尋ねる二葉は、自分たちが竜の遺伝子をコピーされた、作られた「竜の子供たち」であることをまだ知らなかった。
「どちらにしても、危険すぎるわ」
 不吉な予感を、一美は感じていた。
(みんな、悪い!)
 そう決断した時、
「ん?」
 八尋は前方に何かを感じた。同時に背中の七海も、
「お兄ちゃん。前に凄く大きな力を四つ感じるよ」
 怯えたようにそう言った。セーラー戦士が来たのだ。八尋はそう思った。
「九椚! 気を付けろ! セーラー戦士が来てるぞ!!」
 前方の九椚に、大声で知らせる。
「面白ぇ!! 一緒に押し潰してやる!!」
 九椚は一声吼え、パワーを全開させた。

 テレビでは報道特番が組まれていた。
 お台場に向かって突き進む巨大な津波が、ヘリコプターからの映像を通して世界中に放送されていた。
「わたしは自分の目が未だに信じられません! こんな、こんな巨大な津波が、現実に発生していいものでしょうか!?」
 男性レポーターの上擦った声が、プロペラ音と共にスピーカーから流れる。
「お台場で行楽を楽しんでいる人々は、まだこの事実を知りません! しかし、知ったからと言って、最早どうすることもできないのです!」
 いかなる交通手段を駆使しても、お台場にいる人々を津波が到達する前に全員避難させることは不可能だった。
 メンソールの煙草を銜えた零貴は、テレビに映る映像を見つめて、満足げな笑みを浮かべた。
「あっ! あれは!! あれはセーラー戦士です!! 四人のセーラー戦士が津波の前方にいます!」
 歓喜のレポーターの声を聞き、零貴は表情を歪めた。
「迫り来るこの史上空前の規模の津波を、彼女たちは防ごうと言うのか!? いや、防いでくれ! 頼むぞセーラー戦士!!」
 レポーターの声に、力が隠った。

 海水の壁が目前まで迫っていた。四人は空中に停止しに、キッと前方を睨み据えた。
 近くで見ると、一段と巨大だった。圧倒的な質量の前に、目が眩む思いだった。
 ウラヌスとジュピターが横に並び、少し離れた後方に、ネプチューンとマーキュリーがやはり横に並んで待機していた。
「あたしたちで、できるかぎり時間を稼ぐ。頼んだよ、ふたりとも」
 ウラヌスは僅かに顔を後ろに向けてそう言うと、前方の「壁」に向かって突進する。
「絶対に止める!!」
 ウラヌスは凄まじい風を巻き起こした。九椚が風で押している津波を、同じく風で押し止めようとしているのだ。
 海水の壁の向こうで、パワーが煌めいたような気がした。ウラヌスに対抗して、九椚が更にパワーを高めたのだ。
「セーラー戦士を………ナメるなぁぁぁ!!」
 ウラヌスも負けじとパワーを上げる。

「津波が止まっています! 津波が止まっています!! セーラー戦士のひとりが、津波の進行を防いでいます!! 更にその後ろで、三人の戦士が何やらパワーを充填しているようです」
 凄まじいパワーのぶつかり合いが、映像を通してでも感じ取れる。
「あの子たちと互角に戦うなんて………。セーラー戦士って、いったい何者なの!?」
 零貴はセーラー戦士の本当の正体を知らない。コスプレをしている普通の人間だとばかり思っていた。
「物凄い力と力のぶつかり合いです! がんばれ! がんばれセーラー戦士!!」
 上擦ったレポーターの声が、スピーカーから響く。
 零貴は奥歯をギリリと鳴らした。煙草を灰皿に押し付けた。

「………風よ唸れ! 巻き起これトルネード。クレイジー・ツイスターぁぁぁ!!」
 ウラヌスががんばっている間にパワーを高めていたジュピターが、超巨大竜巻を発生させた。超巨大竜巻は津波を取り込み、唸りを上げて上空へと立ち上っていく。それはまるで、天へと昇る竜の姿に似ていた。
 竜巻は成層圏にまで達していた。仕事をジュピターに受け渡したウラヌスは、ジュピターによって起こされた竜巻によって周囲に被害が出ないように、風の壁で竜巻を取り囲んだ。そうすることによって、膨大な竜巻のエネルギーが、周囲に広がらないように配慮したのだ。ウラヌスとジュピターの見事な連携である。
 こちらから「竜の子供たち」の様子を見ることはできないが、津波が消滅してしまったことで、恐らく混乱していることだろう。だが、津波を阻止しただけでは、終わりではない。阻止したと言っても、膨大な海水を竜巻によって上空に押し上げただけなのだ。竜巻を止めたら、結局は同じことだ。しかも今度は、この場所を中心に、放射状に巨大津波が広がってしまう。前より状況は悪化してしまったと言っていい。しかし、そんなことは既に計算済みだった。そのために、マーキュリーとネプチューンのふたりがこの場にいるのである。
 ふたりは、ウラヌスとジュピターが奮闘している間に、ずっとパワーを溜め込んでいた。この凄まじい水量に対抗するには、並大抵のパワーでは通用しない。全パワーを放出するつもりで、対処しなければならない。だから、パワーを溜め込んでいたのである。
 ふたりは同時に呪文に入った。
「全知全能の神々よ。この世に生きとし行けるもの全てを凍てつかせる神の息吹を、我に与えたまえ。時すらも凍てつかせる神の(まなこ)を、我に与えたまえ………。ザ・フリーズ!!」
 ネプチューンとマーキュリーのふたりは、同時に技を放った。全ての物を凍結させる絶対零度のエナジーを放出する、氷結系究極奥義である。
 ふたりが放った絶対零度のエナジーは、進行上の空間を凍結させ白い尾を引きながら、暴れ狂う竜巻に直撃する。
「パワーが足りない!?」
 その様子を見ていたウラヌスは、顔色を変えた。ふたりのパワーの方が、竜巻のパワーより僅かに弱い気がしたのだ。それもそのはずである。「竜の子供たち」のパワーを結集した巨大津波に、パワーを集中させたジュピターのクレイジー・ツイスターが加わっているのである。そのエネルギーたるや、計り知れないものがある。ふたりで同時に放った絶対零度のエナジーのはずなのだが、瞬時に全てを凍てつかせることができないでいた。
 完全に計算ミスだった。しかし、ジュピターとしても竜巻のパワーを弱めることができない。
「早くしてくれ! これ以上は竜巻が保たない!!」
 全身全霊を込めて、ジュピターは竜巻を持続させようとしているのだが、そろそろパワーが限界に来ていた。
「お願い! もう少し粘って!!」
 マーキュリーとネプチューンも必死だ。絶対零度のパワーを、渾身の力を込めて放出している。しかし、ふたりともそろそろ限界だった。
「くっ! 駄目なのか!?」
 ウラヌスが悔しげに呻いた時、
「もうひとりいるですぅ!!」
 猛吹雪を伴って、パラスがウラヌスの風の壁を突き破って突っ込んできた。
「なっ! あたしの風の壁を突き破って来ただぁ!?」
 破られるとは思っていなかった風の壁が、パラスに簡単に破られたことで、さしものウラヌスも舌を巻いた。しかし、当の本人はそんな大それたことをしたとは全く思っていない。
「ザ・フリーズ!!」
 そればかりか、パワーの集中もせずに究極奥義を放って見せたのだ。
 呆気に取られているウラヌスの目の前で、パラスのパワーが加わったエナジーが、巨大な竜巻を瞬く間に凍結させていく。
「よし!」
 三人の放ったエナジーは、ついに超巨大竜巻を凍結させた。海水を巻き上げた竜巻は完全に凍結し、氷の結晶となって周囲に飛び散った。ある部分は上空に留まって雲となり、ある部分は粉雪のように海面へと降り注ぐ。太陽の光を浴びてキラキラと光り輝き、まるで大規模なダイアモンドダストを見ているようだった。

「やるじゃねぇか、セーラー戦士」
 ハラハラと舞い散る氷の結晶を見つめながら、九椚は唇を舐めた。
「おい、五十鈴。お前の熱波でこれ全部溶かせ」
「無理ね。中心部には冷気の影響も残ってるから、あたしの熱波程度じゃすぐ冷やされちゃうわよ」
「ちっ。使えねぇなぁ………。どうするよ? 一美」
 九椚は今度は、一美に視線を向けた。
「第二プランに移るわ。ビックサイトまで飛翔(ジャンプ)するわよ。六月、十球磨、準備して」
「はぁい!」
「オッケー、一美姉ちゃん」
 一美はふたりからの返事を確認すると、六月を抱えて、先に移動して行った。二葉を抱えた五十鈴がそれに続き、七海と十球磨を連れて八尋も飛翔(ジャンプ)する。
「ちっ!」
 もう一度舌打ちすると、九椚も姉弟たちを追って飛翔(ジャンプ)して行った。

「やったわ!!」
 視界を遮っていたウラヌスの起こした暴風も収まり、前方で太陽光を受けてキラキラと輝く氷の結晶を見付けて、サターンが歓喜の声を上げた。
「喜ぶのはまだ早いわ!」
 ピアスを通して、マーキュリーの声が聞こえてきた。
「子供たちがそっちに向かったわ」
「ガスの(ブレス)を吐くやつがいたな………。今度は、そっちを使う気だな!?」
「毒ガスと石化ガスね」
 タキシード仮面の素早い判断に同調するように、マーズは言った。
「ビックサイトの中に吐かれたら、一巻の終わりだ!」
 言いながら、タキシード仮面は地面を蹴って上空に舞った。