child−15 カモメの水兵さん
「分かんないよ。お前は何がやりたいんだ………」
一美たちの消えていった上空を見上げたまま、ジュピターはポツリと呟いた。
「あの子、全てを終わらせたいと思ってる。そんな気がしたわ」
「ああ、あたしもそう感じた」
ネプチューンもウラヌスも、小さく息を吐きながら言った。自分たちを制したジュピターのことを咎める気は毛頭なかった。
「あっちにはあっちの事情がある、か………」
「だけど、やめさせないと」
ジュピターが振り向いてきた。
「ああ、もちろんだ」
ウラヌスは肯いた。死傷者は既に十五万人に手が届きそうな状況になっている。行方不明者まで合わせると、二十万人を突破している。中でも一番被害が大きかったのが新宿で、次いで渋谷となっていた。
「何で、行かせちゃったのよ………?」
咎めるような視線を、ちびムーンはセーラームーンに向けていた。
「彼が決めたことよ」
「だけど………」
納得できることではなかった。自分たちの「敵」である相手のところに、みすみす行かせることはなかったのではないか、他に方法はなかったのか、ちびムーンはそう考えていた。
セーラームーンもそれは充分に理解していた。しかし、今の場合は仕方がなかったのだ。強引に引き留めたとしたら、間違いなく一美と戦闘になっただろう。そうなれば、この十番街一帯も、渋谷と同じような状態になってしまう可能性があったのだ。一瞬でケリを付けられるほどの甘い相手ではなかったと思う。
「彼は敵にはならないわ。大丈夫。あたしたちが彼と戦うことはないから」
そう言いながら、そうであって欲しいと、セーラームーンは思った。
「どう? マーキュリー。追えた?」
「駄目ね………」
ヴィーナスの問いに、ポケコンを操作していたマーキュリーは力無く首を横に振った。
「司令室にいる三人とも協力して追跡しようとしたんだけど、追えなかったわ」
残念そうに唇を噛んだ。相手の本拠地が分かれば先手が打てたのだが、残念ながら、それは無理な相談だったようである。
「プルート( は?」)
「あの子たちの移動はテレポートじゃないわ。時間も空間も歪んでないから、あたしでは追えないわ。マーキュリー( が駄目だったと言うのなら、あたしたちでは彼女を追うことは無理ね」)
淡々とした口調でプルートは答えてきた。それはつまり、一美があの移動方法を使って攻撃してきたら、自分たちでは回避できないということを暗に告げているものだった。
「フォボスとディモスの『目』でも、彼女は追えなかったわ」
両肩にフォボスとディモスを乗せて、マーズが歩み寄ってきた。フォボスとディモスは、申し訳なさそうに項垂れている。
「さて、これからどうする?」
皆に意見を求めるように、ヴィーナスは全員の顔を見渡した。
「十六日の土曜日と彼女は言った。どこを狙うと思う?」
タキシード仮面が訊いてきた。
「信用していいのかしら………。あたしたちを惑わす作戦かもしれないわ」
ヴィーナスは慎重だった。一美の言葉を、百パーセント信用するわけにはいかない。
「でも、一美のあの目は、嘘を言っているような目じゃなかった」
「それはあたしもそう思う」
ジュピターが反論すると、ウラヌスも同意して肯く。一番近くで彼女を見ていたふたりが持った感想なのだから、信用してもいいと思えた。
「テロリストに見せかけて大量虐殺を狙うのなら、それなりに人が多く集まる場所だと思いますわ」
セレスは言った。二十世紀のことをよく知らない彼女は、具体的にどのような場所に人が集まるのかは分からなかったが………。
「テロリストに見せかけているかどうかは別として、人の多く集まる場所を狙っていることは間違いないわね」
プルートだった。彼女たちが狙ったのは、新宿、渋谷、池袋、東京タワーに後楽園遊園地。何れも人の出が多い場所である。
「考えられる次のターゲットは、東京近郊で考えると、残っているのは、東京駅、上野動物園、海ほたる、少し足を伸ばせば、ディズニーランドや横浜のみなとみらいも考えられるわ」
「昨日のように同時に何ヶ所も狙うのか、それとも一箇所に限定するのか、それによってこちらの対応も変わってくる」
プルートの考えを受けて、タキシード仮面は思案する。同時に何ヶ所が襲うのであれば、こちらも戦力を分散させる必要がある。
「でも、タキシード仮面( 。彼女、決着を付けようって言っていたわ。わたしたちと戦うことも考えたら、向こうも戦力を分散させるとは考えられないわ」)
セーラームーンが遠慮がちに言ってきた。
「セーラームーン( の言う通りかもしれないわね。池袋の件もあるし、分散して戦うのは彼女たちも不利になるわ」)
マーズは、両肩のフォボスとディモスを空に放ちながら言った。
「一美のやつ、カモメの水兵さんって言ってた」
「ヒントって言ってたわね」
ネプチューンは顎を撫でた。その意味を考える。
「カモメって言ったら、海が連想できるけど………。そう考えると、海の上の海ほたるか、それともディズニーランド。みなとみらいもそうか」
「水兵さんだから、船も近くにあるんじゃない?」
セーラームーンの考えを補足するように、ちびムーンが言った。話に付いていけなくなったパラスは、フォボスとディモスと遊びだした。セレスが小声で叱っている。
「だけど、テロを警戒して、ディズニーランドや上野公園を初めとする東京近郊の行楽地は、しばらく営業を見合わせるそうです。人のいない行楽地を狙うとは思えないから、自ずとターゲットは絞られてきます」
マーキュリーだった。今朝までの間に、既にそういった情報を掴んでいたようだ。さすがはマーキュリーである。
「船が近くにあって、カモメが飛んでて………。カモメ、カモメ………。ゆりかもめ?」
「ん? ちびムーン( 、今何て言った?」)
「え? ゆりかもめ?」
「それだ!」
タキシード仮面が、声を一段高くして、叫ぶように言った。
「もしかして、東京ビックサイトですか?」
タキシード仮面の真意をいち早く感じ取った、サターンが答えた。
「え? なんで、東京ビックサイトなの?」
セーラームーンはその理由がよく分かっていない。それはセーラームーンだけではなかった。マーズも、ジュピターも、ウラヌス、ネプチューン、プルートも首を傾げた。セレスとパラスは論外である。
「セーラームーン( 。来週、ビックサイトで何がある?」)
「あっ! 夏コミ!?」
セーラームーンは、ヴィーナスと一緒に、来週のコミックマーケットに行く予定を立てていた。それをようやく思い出した。
「そうだ。東京ビックサイトなら、近くに船の科学館もある。ビックサイトをメインに、お台場一帯を狙ったとしたら、夏休みの週末ともなれば、訪れている人の数は新宿や渋谷の比じゃない」
全員の表情に緊張が走った。お台場全体をターゲットとするなら、かなり大規模な攻撃が必要となる。それに、人混みに紛れ込まれていたら、彼女たちを事前に捕捉することは不可能だ。
「どういう方法を取る気かしら………」
マーズは口元に手を当て、考える仕草を取った。
「歌詞にもヒントがあるかもしれないわ」
すぐに答えてきたのは、ネプチューンだった。
「カモメの水兵さんの歌詞を思い出してみて」
言われると同時に、ちびムーンが歌い出した。
かもめの水兵さん
ならんだ水兵さん
白い帽子 白いシャツ 白い服
波に チャップ チャップ うかんでる
かもめの水兵さん
かけあし水兵さん
白い帽子 白いシャツ 白い服
波を チャップ チャップ こえてゆく
かもめの水兵さん
ずぶぬれ水兵さん
白い帽子 白いシャツ 白い服
波で チャップ チャップ おせんたく
かもめの水兵さん
なかよし水兵さん
白い帽子 白いシャツ 白い服
波に チャップ チャップ ゆれている
(かもめの水兵さん
作詞 武内俊子
作曲 河村光陽)
「………分かったかもしれない」
ちびムーンの歌を聞いていたセーラームーンが、頬を強張らせて呟いた。全員が、セーラームーンに注目をした。
「波よ」
皆の顔を見ながら、セーラームーンはそう言った。
「そうか! やつら、巨大な津波を起こして、お台場全体を飲み込ませようって考えてるのか!?」
ウラヌスが納得顔で言ってきた。
「だけど、津波なんてそう簡単に起こせるものじゃ………」
「それができるのよ、サターン( 。ひたりだけじゃできないけどね。あの子たちの中に、水を操る子がいるの。その子と、今日の風使いのやんちゃクンと、渋谷を壊滅させた子の三人が協力すれば、とてつもなく大きな津波を作ることができるかもしれない」)
ヴィーナスは東京タワーで、二葉と遭遇していた。二葉は、水を操ることができる。ヴィーナスは身を持ってそれを体験している。
「どうしよう………。桃ちゃんたちと、ビックサイト行く約束してるんだ」
「中止しろって言っても、たぶん無理よね」
「ならば、会場に乗り込むしかないじゃない」
迷っているちびムーンとセーラームーンに、ヴィーナスは言った。
「コミケには、コスプレイヤーさんもたくさん集まるのよ」
「なるほど、あらかじめ変身してても目立たないってことか」
「そう! 分かってるじゃん、ジュピター( 。いざって時に人目を気にして変身できなくなるくらいなら、最初っから変身してればいいのよ。コスしてま〜すって顔で会場歩いてれば、それでオッケーよ」)
「会場内は、あんたたちに任せるよ。あたしたちは、外で様子を探る」
「え? ウラヌス( 、あたしも中がいいんだけど」)
「おいおい………。あたしは嫌だかんね!」
「あ、あたしもちょっと………」
「あたしも恥ずかしいです」
「コスプレイヤーになりきり作戦」にあからさまに難色を示したのは、ウラヌス、マーキュリー、サターンの三人で、マーズも遠慮したいと目で訴えている。
「タキシード仮面( は?」)
「お、俺も遠慮するよ。外で待機している」
「うん。タキ様ってコスしてる人少ないから、いるとかえって目立っちゃうかも」
したり顔でヴィーナスは言った。
「でも、本当にそこだと決めつけて大丈夫ですの?」
何やら話が脱線しそうだった雰囲気を、セレスの一言が再びその場の空気を引き締めた。
「断言するのは、確かに危険かもしれないが………」
「当日までには、まだ約一週間あるわ。ビックサイトに比率を置きつつ、もう少し検討はしてみましょう」
締め括ったのは、プルートだった。