child−14 十球磨
「ちびうさ………。戦士って………」
八尋はちびうさのその言葉の意味が、一瞬理解できなかった。
「八尋お兄ちゃんは、あたしが守るから心配しないで」
ちびうさはもう一度笑った。
「ピンクムーン・クリスタル・パワー! メイク・アーップ!!」
「え!?」
目の前でセーラー戦士の姿に変わったちびうさを見て、八尋は目を丸くした。
「あ! またセーラー戦士だよ、兄ちゃん!!」
十球磨が指を差してきた。
「平和を乱す悪いやつ! お子様だって容赦しないわ! 愛と友情のセーラー服美少女戦士セーラーレディムーン! 月に代わって、お・し・お・き・よ!!」
ちびムーンが名乗りを上げると、待ってましたとばかりに、右斜め前方にセーラーセレス、左斜め前方にセーラーパラスがスタリと現れる。
「お子様言うな!! お前、僕たちと同じ歳くらいじゃんか!」
「うっさいわねぇ!! 細かいこと気にしてんじゃないわよ! オトコでしょ!?」
「くっそぉ、ナマイキなやつ!! 九椚兄ちゃん、やっつけちゃおう!!」
「けっこう可愛いんだけど………」
「兄ちゃん?」
「あ、いや………」
九椚はポリポリと頭を掻く。
「九椚!?」
三歳くらいの女の子を抱いた少女が、残像を伴って上空から飛来してきた。一美と七海のふたりだ。
「よう、一美。遅いぞ! 俺たちの方が先に見付けたぜ」
「何であんたたちがここにいるのよ!?」
「聞いてないのか? こいつをどっちが先に見付けるかどうか、ゲームするって。昨日に続いて、今日も俺たちの勝ちだぜ」
「今日もママからご褒美もらえるね、兄ちゃん」
「何ですって!? あなたたち、昨日も!?」
「昨日は俺たちが一番だったんだってさ」
「何てこと………」
一美は眉を吊り上げたが、九椚は意に介さない。
「あいつを連れて帰ればボーナスだ。とっとと連れて帰ろうぜ」
九椚は顎をしゃくって、八尋を示した。
「セーラー戦士がいるんだけど、どういうことかしら?」
一美は抱いていた七海を、そっと地面に降ろした。
「さぁね。何か、突然湧いて出てきた」
「ヒトを虫みたいに言わないでよ!!」
ムッとした表情で、ちびムーンが怒鳴った。パラスが激しく同意している。
「怒るなよ、カワイコちゃん。ものの喩えだよ」
「か、カワイコちゃん!?」
「お前、俺のカノジョになるんだったら、殺さないでやるよ」
「な、なんですってぇ〜〜〜!?」
この展開には、さしものちびムーンも仰天した。
「スモ〜ル・レディはプリンセスなんですぅ。お前みたいな野蛮人は不釣り合いなんですぅ」
プンプンと怒りながら、パラスが言う。
「や、野蛮人だとぉ!?」
馬鹿にされた九椚は、顔を真っ赤にして怒る。
「ぶっ殺してやる!!」
九椚は両手を振り上げた。風の剣がパラスを襲う。しかし、それはパラスの目の前に出現した炎の壁に阻まれてしまう。
「お遊びはお終い」
マーズだった。腕組みをしたまま、九椚たち四人を睨み据えている。神秘的な瞳は、灼熱の炎のような輝きを帯びていた。
「お陰で時間が稼げたわ」
全戦士が一斉に姿を現した。ダイアナからの連絡で集まっていたのだ。
「!? あの子たちは………!?」
一美と七海の姿を見付けたジュピターが顔色を変えた。
「どうしたの? ジュピター」
「後で話す」
そのジュピターに変化に気付いて声を掛けてきたマーキュリーに、ジュピターは短く答えただけだった。すぐに視線を四人に戻した。
「ヤバイよ兄ちゃん。数で負けてる」
十球磨はちょっと逃げ腰だ。
「びびるなよ。こっちは、四人もいるんだぜ」
九椚は余裕の表情で、ズラリと並んだ戦士たちを見つめる。
「こうして見ると、セーラー戦士って美人揃いだねぇ。あ、ひとりだけ男がいるよ」
「あ、ホントだ」
十球磨がタキシード仮面を指差すと、九椚も興味深げな視線を向けてくる。九椚はタキシード仮面を見つめると、物凄く意地悪そうな顔をして笑った。
「いくぞ、十球磨!」
「うん!」
自分に攻撃が来ると感じ、タキシード仮面は身構えた。
「せーの!」
九椚が号令を掛ける。
「オンナのなっかにぃ、オットコがひっとり♪ オンナのなっかにぃ、オットコがひっとり♪」
妙な調子で歌い出した。しかも振り付け付きである。
「なんか、すっげームカツクんだが………」
「まぁまぁ、相手はコドモなんだし………」
思いも寄らぬ口撃に不機嫌となったタキシード仮面を、セーラームーンが宥める。
「キミたち!」
見かねたマーキュリーが、未だに馬鹿騒ぎしている九椚たちの前にツカツカと歩み寄った。
「大人をからかうもんじゃないのよ!」
腰に両手を当て、怒った表情でふたりの男の子の顔を見る。
「別にいいじゃん」
口を尖らせた九椚だったが、すぐに、
「タァーチッ!!」
と叫んで、両手でマーキュリーの胸にタッチすると、脱兎の如くその場から遠ざかった。
「………」
マーキュリーは右の拳を握り締め、ぷるぷるさせている。セーラームーンの位置からは、マーキュリーの背中しか見ることはできないのだが、恐らく顔にはダークな縦線が入っていることだろう。
「あ、マーキュリー( 。落ち着いて、落ち着いてね」)
恐る恐るといった感じで宥めたが、
「うるぁ!! このくそガキぃ!! もう勘弁ならねぇ!!」
「わぁ〜〜〜!! マーキュリー( がキレたぁ!!」)
セーラームーンとちびムーンが、背後から必死にマーキュリーを抑え付ける。そうでもしなければ、マーキュリーの氷の鉄拳が、唸りを上げそうだったからである。
「行くぞ、十球磨!」
「がってんでぃ!!」
そんなセーラームーンたちの慌て振りを無視し、ふたりはちょこまかとコマネズミのように走り回った。セーラームーン、ちびムーン、マーキュリー、マーズ、ジュピター、ヴィーナス、そしてサターン、セレス、パラスのスカートを次々と捲り回った。
ブチッ!!
今度はサターンがキレた。沈黙の鎌を出現させ、高々と振り上げる。
「わぁ!! ダメダメ、サターン( !! デス・リボーンは駄目だってぇ!!」)
ヴィーナスとジュピターが、大慌ててサターンを抑え付ける。死世界変革( なんか放たれた日にぁ、この世が終わってしまう。)
「なんなのよ、こいつら」
ちびムーンが嘆いた。もうやられ放題である。対応に困ったのがタキシード仮面である。いい目の保養にはなったのだが、手放しで喜ぶわけにもいかない。見なかったフリをするしかない。
「あなたたち………」
「ちょっと、どういうつもり!?」
今度は、ウラヌス、ネプチューン、プルートの三人が、額に青筋を立てている。
「なんで、あたしたちのスカートは捲らないんだぁ!?」
「納得できるまで説明してもらおうじゃないの!!」
「おいおい、そういう問題じゃ………」
タキシード仮面は俯いて額を抑えた。
「じゅ〜〜〜よ〜〜〜〜〜なことよ!!」
三人に同時に迫られ、タキシード仮面は思わず後ずさった。
「だぁって、オバハンには興味ないしぃ」
小憎らしい顔で、九椚は答えた。タキシード仮面に迫っていた三人の動きが、ピタリと止まった。
「お、オバ………」
「オバ………」
「オバハンですてぇ!?」
三人が激怒するのもよく分かる。が、とても分かり易いオチである。
「もう、いつまで遊んでる気!?」
さすがに一美も呆れたらしい。ムッとした表情で、九椚と十球磨を睨み付ける。いつまでもギャグをやっているわけにもいかない。
「お姉さんたちも邪魔をしないで! あたしたちが用があるのは、彼だけなんだから」
セーラー戦士たちを一喝し、八尋を指で示した。
「何で俺なんだ………?」
ドタバタ喜劇の間もそれには惑わされず、俯いて考えを巡られていた八尋が、ようやく顔を上げた。
「俺に何の用があるって言うんだ?」
八尋が問い掛けると、一美は真っ直ぐに八尋の目を見つめた。その一美の目が輝きに染まる。
次の瞬間、八尋の前方で火花が散った。エネルギー同志がぶつかり合った、そんな感じだった。
「あなたはその力の正体が知りたいはずよ」
「………」
「持って生まれた不思議な力。誰も分かってくれない力。だけど、それは現実にある。だから、それが何なのか、あなたは知りたいはずよ」
一美は、八尋の心を見透かしているような言い方をした。
「俺のこの力の正体を、キミは知っているのか?」
「ええ、知ってるわ。それは『竜の力』よ」
「竜だって!?」
疑わしげな視線を、八尋は向けた。しかし、一美は言葉を続けた。
「夢を見たことはない? 竜に追い掛けられる夢。逃げても逃げても振り切れることはなく、だけど絶対に追い付かれることのない夢」
「何で、夢のことを!?」
「やっぱりね………」
一美は軽く瞬きをした。
「あたしたちのところへ来て。あたしたちは、あなたの求める答えを持っているわ」
一美はゆっくりと手を差し伸べてきた。八尋はその手を掴もうと、フラリと前へ進み出る。
「駄目だよ!!」
ちびムーンのその声に八尋は我に返り、足を止めた。
「行っちゃ駄目だよ!!」
八尋は振り向いた。
「答えを急ぐ必要はないわ」
プルートだった。言い終えると、一美を威嚇するような鋭い視線を投げ掛ける。だが、一美は怯まない。
「来て………。あたしには、あなたの力が必要なの。あたしは、あなたの疑問の全てに応えることができるわ」
「………」
八尋は迷っていた。行って答えを求めるべきか、それとも留まるべきか。
「答えは自分で見付けるものよ」
マーキュリーが声を掛けた。
「あなたの人生の答えは、あなた自身で導き出さなくてはいけないの。それにね、人生に『正解』なんて、ないのよ?」
プルートだった。かつてプルートが選んだ究極の選択。それが「正解」であったのかどうかは、まだ分からない。しかし、今こうしている自分を客観的に見ると、あの時の選択は少なくとも間違いではなかったと思える。
「外野、うるさいよ!」
苛立たしげに舌打ちをすると、九椚が言った。
「こいつがしたいようにさせればいいじゃん」
「もちろん、彼の意志を尊重するわ。だけど、あなたたちとだけは行動させない」
「うざってぇなぁ………。これだから大人はキライだよ。やっちまおうぜ、一美。セーラー戦士はやっつけろって、ママから言われてるんだろ?」
「騒ぎを大きくしたくないわ」
「甘いんだよ、お前は! すぐに終わらせればいいじゃん。十球磨、やれ!」
「いいの?」
「あいつなら、勝手にシールドするよ」
「オーライ!」
十球磨は大きく息を吸い込んだ。
「待ちなさい!!」
一美が制したが、十球磨は聞き入れなかった。大きな口を開けて、吸い込んだ息を一気に吐き出す。
「お前たちの攻撃方法は分かっている!!」
ウラヌスが前方に躍り出た。
「ラッシング・ウインド!!」
周囲に突風を巻き起こした。十球磨は息( を吐いたが、セーラー戦士たちに届く前にかき消されてしまった。)
「ありゃりゃ、失敗しちった………」
「へぇ、あんたも風を使うんだ」
九椚が感心したように言った。
「あんまし抵抗すると、こっちも本気出さなきゃならなくなるぜ。おい、七海。一発でかいのかましてやれよ」
そう言われた七海だったが、どうしようかと言う風に一美の顔を見上げた。一美は首を左右に振る。七海は九椚から逃れるように、一美の後ろに回り込んだ。
「ちっ!」
九椚は舌打ちする。
「気を付けて、みんな。あの小さい子は、渋谷を破壊した子よ」
セーラームーンは渋谷で一美と七海に会っていた。渋谷の街を完全に破壊したのが、七海であることを知っているのだ。七海が本気を出せば、十番街一帯は、一瞬で崩壊してしまうのだ。
「あの子が、まさか………」
ジュピターは信じられなかった。ぬいぐるみを受け取り、戯けなく微笑んでいた七海の顔を知っているからこそ、信じられなかった。
「可愛そうだが、先に仕留めるか………」
ウラヌスはスペース・ソードを出現させた。
「待ってくれ、ウラヌス( !」)
「ジュピター( ?」)
ウラヌスは、ジュピターが何故自分を止めるのかが分からなかった。
「十球磨! もう一度やれ!!」
ウラヌスが攻撃を躊躇していると、九椚の方が先手を打ってきた。十球磨が吐いた息( を 九椚が風を使って後押ししてきたのだ。)
「しまった!?」
最前線にいたウラヌスは慌てたが、息( を浴びることはなかった。十球磨の息) ( を、八尋が無意識のうちに弾いたからだ。)
「え!?」
慌てたのは十球磨だ。咄嗟に身を捩ったが、右半身に自分の息( を浴びてしまったのだ。途端にその部分が石化する。十球磨の息) ( は、石化ガスだったのである。)
「うわぁぁぁ!! 九椚兄ちゃん、助けてぇ!!」
「助けてって、自分で元に戻せないのかよ!?」
「できないんだよぉ………!!」
十球磨は泣き出した。息( は魔法とは違う。解除の呪文があるわけではないのだ。)
「くそぉ!! どうすりゃいいんだ!?」
九椚はパニックになっている。
「落ち着きなさい!!」
一美がピシャリと言った。
「九椚、十球磨を連れて今すぐホームに帰って! そのくらいなら、あたしが治してあげるわよ」
「できるのか!?」
「一美お姉ちゃんは、何でもできちゃうんだよ! だから、お姉ちゃんが一番強いんだよ!」
一美の陰から顔を出し、七海は自分のことのように、威張って言った。
「早く帰りなさい!」
「わ、分かった。十球磨、飛ぶぞ」
シュンという風切り音とともに、ふたりの姿はその場から消失した。
「戦うのはかまわないけど、この街がなくなるわよ?」
ふたりが去ったことを確認すると、一美はセーラームーンを見て言った。
「黙って見過ごせって言うの?」
「勘違いしてもらっては困るわ。見逃してあげるのは、あたしの方よ。セーラー戦士がどれくらいの力を持ってるか知らないけど、本気を出したあたしたち………いえ、あたしには太刀打ちできないわよ」
「大した自信ね」
「自信過剰は、身を滅ぼすよ」
ネプチューンとウラヌスは、戦闘態勢に入っている。
「その言葉、そっくりそのまま返すわよ。セーラー戦士のお姉さんたち」
一美は戦う気だ。
「待て!」
ウラヌスとネプチューンの前方に飛び出したジュピターが、またしてもそれを制した。
「あたしは、あんたたちとは戦いたくない」
ふたりを止めたジュピターは、ゆっくりと一美に振り向く。
「え!? まこと、さん………?」
「まこちゃんお姉ちゃん?」
七海はまことからもらったぬいぐるみを、ぎゅっと握り締めた。
「やめろ! あんたたちは、こんなこと本当はできないはずだ」
「………」
一美は俯いて、唇を噛んだ。ゆっくりと顔を上げ、今度は八尋に目を向けた。
「あたしたちのところに、来る気になった?」
「一美!!」
「お願いだから、あたしにお姉さんを攻撃させないで!!」
一美は下を見ながら叫んだ。本気で攻撃をする気なら、もう既に攻撃しているだろう。それなのに攻撃してこないということは、本当は誰も傷付けたくないと思っているのではないか。
セーラームーンはそう思ったから、一美の次の出方を待っていた。それは、タキシード仮面も同じ考えだったようである。攻撃を加えようとしたヴィーナスとマーキュリーを、そっと制した。
「どうなの?」
一美はもう一度、八尋に訊いた。
「ああ………。キミとは、もう少し話をしたい」
「八尋お兄ちゃん!?」
「ゴメン。これは俺の問題なんだ。自分で納得したい。そのためには、彼女たちから話を聞くのが一番なんだ。大丈夫。ちびうさの敵になるようなことはしない」
「ホント?」
「ああ、約束する」
八尋は言うと、一美の方に向き直った。
「聞いての通りだ。俺はキミたちのところに行くけど、キミたちと行動はしない。それでもいいのか?」
「かまわないわ。あたしはただ、あなたを連れてこいと言われただけだもの」
一美は意味ありげに笑った。八尋が自分の横まで移動してくるのを待ってから、ジュピターの方に目を向けた。
「あたしたちは、十六日の土曜日にもう一度行動を起こすわ。その時に決着を付けようよ、まことさん」
「また、昨日みたいなことをする気なのか?」
「一応ね。そうしろって言われてるから………。いろいろと、こっちにも事情があるのよ」
「阻止するよ」
「やってみて」
一美はとても悲しそうな顔で、ジュピターの顔を見た。
「あたしを殺して」
そう訴えているような表情だった。
「その指示も、神崎零貴が出しているの?」
マーズが尋ねた。一美は、僅かに潤んだ目をマーズに向けた。
「あの馬鹿たちが、零貴さんの名前を言ったの?」
「結果的に教えてくれたわ」
「そう………」
一美は言うと、右手で七海を抱え上げ、左手で八尋の手を掴んだ。僅かに考えてから、
「ねぇ、まことさん。カモメの水兵さんって歌知ってる?」
「え!?」
「あたしたちが狙うのは、人のたくさん集まるところ。今のが、次のターゲットのヒントよ。次ぎ会った時に、全てを終わらせよう。お姉さんに会って、決心が付いた。ありがとうね、まことさん。優しくしてくれて………」
そう言い残し、一美は七海と八尋を連れ、この場から去っていった。