child−10 竜
ゲームセンター“クラウン”の司令室に、全員が集合していた。皆、沈痛な面持ちで、モニター画面に映し出されている報道特番の映像を見つめていた。
「無差別テロ勃発!!」
「テロリスト東京襲撃!!」
「死傷者50000人を超える!!」
劇画調の文字が画面を華々しく躍る。必要以上に誇張された文字を見ていると、彼らは本当に人々の死を悲しんでいるのか、疑いたくなる。
教育チャンネルを覗いて、全てのチャンネルが緊急企画を組んで、東京の各所で同時に起こった惨事を報道していた。普段はどんな仕事をしているのか疑問な「専門家」たちが、この時とばかりに番組に出演し、それぞれ憶測で勝手なことをしゃべっている。
「アクセスした」
ひとり、パソコンのキーボードを操作していた衛が顔を上げた。ルナが、衛の呼び出したデータをメインのモニター画面に転送する。報道特番はサブモニターに映され、メインモニターにはデータ画面が映し出された。
「神崎清十郎。三十年前に、学会で竜の遺伝子に関するレポートを発表している」
衛はKO大学のデータバンクにアクセスしていた。本来なら外部からアクセスすることはできないのだが、ルナとアルテミスに掛かれば、どんなプロテクトも意味がない。その気になれば、国家機密を盗み見することもできる。
「どんな内容だったんですか?」
尋ねたのは亜美だ。流石の亜美も、「竜の遺伝子」に関することは知らなかったらしい。
「残念ながら、詳しい資料は残ってないな。あまりにも現実離れした話だったために、発表の途中で中止を勧告されたそうだ。その後、一部の週刊誌でそのレポートの内容全てが公表されたらしいが、何故か発売二日目にして雑誌の販売は中止。全てが回収されたとある」
「どこからか、圧力が掛かったってことですか?」
「可能性は高い。神崎はその件以来、しばらくは姿を隠していたらしい」
「しばらくは?」
亜美は鋭く突っ込む。
「十年程前に突如現れて、テレビ朝日企画の特別番組に出演。竜の遺伝子に関する話をしている。竜の遺伝子を持った特殊な人間が、現代にいるって話だ」
「あの子が『竜の力』って言ってたわね。それと何か関係ある?」
うさぎが訊いてきた。一美が口にした「竜の力」と言う言葉が、うさぎは気になっていた。
「『竜の力』? なに、それ」
うさぎの問い掛けに衛が答えるより先に、美奈子がうさぎに質問してきた。美奈子が出会った二葉たちからは、残念ながらその手の類の情報は得られなかった。
「渋谷で会った女の子が言ってたのよ。自分たちは『竜の力』を持ってるって」
「あの凄まじい力は、『竜の力』だって言うわけ?」
「う〜ん、分かんないけど………」
うさぎは助けを求めるように、衛の方を見る。
「『竜の遺伝子』を持った人間が、『竜の力』を発動させることができるのかもしれない。もう少し調べてみなければ、断定はできないが………」
「ちっちゃい子の方が、『竜の遺伝子』って言ってたような気がするよ? イントネーションが変だったんで、何を言ってたのかあの時は分からなかったけど」
ちびうさだった。ちびうさは、七海が「りゅうのいでんし」と言っていたことを思い出したのだ。七海自身、「竜の遺伝子」の意味を分かっていないので、イントネーションが滅茶苦茶だった。だから、その時は言葉自体何と言ったのか分からなかったのだが、改めて思い返すと「竜の遺伝子」と言っていたようにも思えた。
「確かに、そう言っていたような気がしますわん」
セレセレが肯いた。日本語になってませんでしたけど、と付け加えた。
「と言うことは、あたしたちが出会った子たちは、みんな『竜の遺伝子』を持ち、『竜の力』を身に着けている子たちだって言うことね」
誰に同意を求める訳でもなく、美奈子は顎に右手を当てながら呟いた。
「断定はできないけどな」
その美奈子の呟きに、アルテミスが答える。
「ただのお子サマじゃないってことだけは、確かよね」
みちるの言葉は、後を引き継ぐような形となった。
「衛。その神崎ってやつは、今どうしているんだ? 今回の事件に関わっている可能性は?」
「直接的に関わっている可能性は皆無だ」
はるかの問い掛けを受けて、衛はマウスをダブルクリックする。メインモニターの画像が切り替わった。新聞記事の切り抜きをスキャナーしたもののようだ。
「十年前に謎の死を遂げている。テレビ出演の僅か一週間後だ」
詳しくは記事を読めと言う感じで、衛は言った。
「上半身だけが灰になった状態で発見て………。信じられないわね」
素早く記事を読んだせつなが、素直な感想を口にした。
「上半身が灰になるほどの熱量を受けているにも拘わらず、下半身が全くの無傷なんてありえないわ」
レイは小さく首を横に振った。
「後楽園であたしたちが出会った女の子と、同じような“力”を持った者が手を下したとなると、あり得ない話ではなくなります。ただし、彼女ではないでしょうね。生まれたばかりか、生まれる前の事件のようですから」
超熱波を武器とする五十鈴のような能力者が手を下せば、そんな不可能なことでも可能となるかもしれないと、ほたるは考えていた。
「何にせよ、情報が少なすぎる」
これ以上の議論は平行線を辿るだけだと思ったから、アルテミスは締め括るような言い方をした。
「神崎清十郎には、ひとり娘がいる」
衛はそう言いながら、マウスをダブルクリックした。成人した女性の顔写真がメインモニターに映った。締め括るのは少し待て、と言う風に、衛はアルテミスに手で合図を送った。
「神崎零貴。生きていれば、三十四−五歳になっているはずだ」
「生きていれば?」
はるかが怪訝そうな顔をした。
「この写真が撮影された前後に、父親の友人がいる幾つかの大学に顔を出している。何のために行動していたのかは不明だが、父親の死後、行方を眩ませている」
「彼女も同じ研究をしていたのかしら………」
亜美がチラリと衛を見る。
「可能性はあるが、断言はできない」
神崎零貴に関する資料は、父親の神崎清十郎以上に少なかった。この顔写真の資料も、ネット上で殆ど偶然に発見できたと言うことだった。それでも、会議までの僅かな時間でここまで調べられる衛の能力も、大したものだった。
「だけど、何の根拠があって竜の遺伝子の研究なんてしていたのかしら。竜って言えば、伝説上のモンスターよね?」
「パラパラ絵本で見た!」
この手の情報はうさぎや美奈子が詳しいだろうと、みちるが目を向けたが、先に答えたのはパラパラだった。
「ひでおさんに退治されることが多いです」
「えいゆうって読むんだよ、パラパラぁ………」
パラパラの間違いを、ちびうさが小声で訂正する。セレセレは頭を抱えていた。
「西洋のドラゴンと東洋の竜。微妙な違いこそあれ、その外見や特徴は概ね一致しています。あたしは古代恐竜の生き残りかなんかかと考えています」
「U.M.A.ってやつか………」
亜美の意見を聞き終えると、まことがそう言った。チラリと見ると、亜美がパラパラに漢字の読み方をレクチャーしていた。
「どちらにしても、ひとりの学者が大がかりな研究をしていたのだから、何かしらの根拠はあったと考えるべきだな」
衛はキーボードをカチャチカャと叩く。また、画面が切り替わった。今度は、新聞の切り抜きをスキャンしたものだった。
「神崎清十郎は、学会で竜の遺伝子に関するレポートを発表する前に、度々遺跡の調査に行っている。日本では九州。あとは、中国や東欧。特に中国が多かったようだ」
「そこで、何かを見付けたってことかしら………」
せつなは唇を舐めた。
「かもしれない。竜の遺伝子に関する記述を発見したか、その能力を持っていたとされる者のミイラか………。竜そのものを見付けたって可能性もある」
衛は顔を上げた。
「神崎は優秀な考古学者だった。想像だけで、こんな突拍子もない発表を行ったとは思えない」
衛はそこまで言うと、深く息を吸い込んだ。
「神崎父娘に関する調査は、俺がやる。キミたちは、あの子たちがいつ行動を起こしても対応できるように、待機していてくれ」
「衛さんは、もう一度あの子たちが行動を起こすって考えているのね?」
ルナだった。衛は顔を向け、肯く。
「どのタイミングで仕掛けてくるかは分からない。しかし、もう一度同じそうに無差別に………いや、人の出の多い場所を狙って事件を起こす」
「あたしたちが絡んだことを知ってるから、慎重になると思うけど?」
「いや美奈、そうとも限らない。あの子たちは、セーラー戦士の本当の正体を知らない。恐らく、俺たちのことは眼中にない」
「あの子たちの言動を見る限りでは、そう思えるわね」
みちるが肩を竦めながら言った。池袋では、完全にコスプレイヤー扱いだった。
「ゲームって言ってたからな。遊びなんだよ。あの子たちにとって」
はるかは目を細めた。
「やめさせなきゃ」
うさぎだった。全員の顔を、順に見回す。
「遊びでやっているのだとしたら、尚更許すわけにはいかないわ。人の命の重さを教えてあげなくちゃいけないと思う」
「うさぎの言う通りね。それに、あの子たちのバックにいる人物も気になるわ」
レイはその神秘的な瞳を、僅かに伏せた。
「ママって言ってたっけ、あの子たち」
「とすると、神崎清十郎の娘の零貴ってのが怪しいか………」
美奈子とまことは、ふたり揃って顎を撫でた。
「神崎零貴は生きている。そして、『竜の力』を持つ子供たちを集めて、何かを企んでいる」
はるかは独り言のように言った。
「みんな、今日はもう遅いわ。帰って休みなさい。明日から、宜しくね」
時刻は十一時を回っていた。そろそろ家に帰さないと、家族が心配をする。
ルナが締め括ると、女の子たちは家路に付いた。
ダイアナが、メインモニターの画面をニュース番組に切り替えた。会議をしている間に、死傷者の数は七万人を超えてしまっていた。
「あたしが心配なのは、いざと言う時、みんなが今までと同じように戦えるかと言うことなのよ」
女の子たちの気配が完全になくなると、ルナは不安げな表情をしてみせた。
「分かっている。それは俺も危惧していることだ」
衛も肯いた。
「どうしてでしょうか?」
ダイアナが不思議がる。セーラー戦士は強い。まして、今度の敵は人間の子供である。いくら特別な能力を持っているからと言っても、かつての強大な敵と比べるとそれ程恐れる相手ではないとダイアナは考えていた。
「確かにあの子たちは、凄い力を持っている。しかし、所詮子供だ。どんな強大な能力を持っていても、星のパワーを持つ彼女たちの敵じゃない。うさたちが本気で戦えば負ける相手じゃないとは思う。だが、相手が子供の姿だと言うのが問題なんだ」
「あっ………」
ダイアナもようやく、その大きな問題点に気が付いたようだ。
そう、今度の敵は人間の子供なのだ。子供の姿をしている以上、うさぎたちは戦い難いはずだ。油断。戸惑い。そのどちらも、うさぎたちにとっては命取りとなる。
「その時は、衛………」
「ああ。俺が非情にならなければならない」
衛はそう決意するのだった。
「ねぇうさぎ………」
家へと向かう途中で、ちびうさは上空の星を見上げながらうさぎに声を掛けた。
「なぁに?」
うさぎも同じように星空を見上げた。
「あの子、『人類の抹殺』を計画してるって言ってた。だけど、本当にそうなのかなぁ………」
「違うって言うの?」
「あの子、とても悲しい目をしていた。多くの人の命が奪われたこと、本当は悲しんでた。あたし、あの子は違うと思う。本気で人類を抹殺しようなんて、考えてないんだと思う」
ちびうさは立ち止まって、今度はうさぎの顔を見上げた。
「なんか、事情があるんだよ。あんなことしなきゃいけない理由がさ。だから、それをあの子に訊こうよ。そしたら、戦わなくてもすむかもしれない」
「ちびうさ………」
真っ直ぐに自分の目を見つめるちびうさの表情は、真剣そのものだった。ちびうさは敵意を持った相手に関しては、とても敏感に反応する。そのちびうさがそう言っているのだから、少なくても自分たちが渋谷で会ったあの子からは、邪悪な敵意を感じないのだろう。
「できればあたしも、あの子たちとは戦いたくない。うううん。あたしだけじゃない。みんなもきっとそう思ってる。ちびうさがそう感じるのなら、きっとそうなんだと思う。あたしもできるだけ、あの子と話をするようにする」
「うん、お願い」
うさぎはちびうさのその言葉に大きく肯くと、ちびうさの頭をポンと軽く叩いて、先に立って歩き出した。
「ママが心配するから、早く帰ろ」
「うん!」
ちびうさはそのうさぎの背中を、小走りに追うのだった。