最終決戦
タキシード仮面とセーラーアースは、セーラー火球の癒しの光の中で、取り敢えず無事ではいるが、完全に苦しみから解放されている訳ではなかった。
「だ、駄目ぇ! もうあたし、耐えらんない!!」
どんな時にも気丈に振る舞うアースだったが、ついに音を上げた。苦しみを降り払うように体を大きく震わせて、泣き叫んだ。
「耐えろ、アース! セーラームーン( たちが必ず何とかしてくれる!!」)
アースを必死に励ますタキシード仮面だったが、彼とて苦しいのは同じなのだ。しかし、アースの苦しみを少しでも和らげてあげようと、癒しの光を彼女に向けて放っている。
「セイヤ、タイキ、ヤテン! まだなのですか!?」
火球は未だに姿を表さない仲間たちに向かって、祈るように叫んでいた。
「くっ! こいつ、自分を守る為に更に幼生体を産みやがった!」
自分たちに襲いかかってきた幼生体の大半が、五十センチ程度の小型の幼生体であることを確認し、ジュピターは吐き捨てるように言った。
「プラネット・イーターにとって、子供は兵隊ってわけね」
アスタルテも不機嫌そうに鼻を鳴らした。
数的に言えば、圧倒的に不利な状況だった。この場にマーキュリーがいれば、数的な戦力差を即座に割り出してくれるのだろうが、今回に限っては調べて貰いたいとも思わなかった。聞くだけで、気が滅入りそうだったからだ。
「成体は倒せない。ザコは増える一方。これじゃ、あたしたちの体力の方が先に底を付いちゃいます!」
セーラーサンがウンザリしたような口調で言った。
「何寝ぼけたことを言っている!? お前、全然働いてないだろうが!」
ギャラクシアがセーラーサンの頭を軽く小突いた。
「じゃ、働きます! サンシャイン・フラーッシュ!!」
セーラーサンは前面に出て、目眩ましの閃光を放つ。が、効果がなかった。小型の幼生体が、セーラーサンの鼻先まで迫っていた。それをジュピターが、サンダー・ナックルで打ち落とす。
「間抜け! 『目』のない相手に、目眩ましの技使ってどうするんだ!?」
「ごめんなさい〜〜〜!!」
セーラーサンは脱兎の如く後退すると、セーラームーンの背後に隠れるようにした。
「プリンセス! 成体が!!」
フォボスとディモスが同時に叫んだ。幼生体に気を取られている隙に、成体が再び地球に噛み付いたのである。
タキシード仮面とアースの絶叫が、テレパシーとなって戦士達の脳裏を貫いた。
「くそっ! 何だよ、このちいせぇのは!?」
プロミネンス・ブレードで幼生体を一刀両断したジェダイトは、誰に問うともなしに叫んでいた。
「プラネット・イーターの幼生体です。自らを守るために、たった今産み落としたようです」
答えたのはマーキュリーだった。プラネット・イーターに関しての知識は、エロスとヒメロスから聞かされ、ある程度は把握していた。
「この空間には、約千匹の幼生体がいます」
ついでに数も報告した。
「冗談キツイぜ!」
ジェダイトはあからさまに不快な表情をした。
「マーキュリー( 、時には真実を伏せておくことも大事よぉ………」)
ヴィーナスが、生真面目に報告をしたマーキュリーの肩に手を置いて、首を数回横に振った。
「どうだ、プルート。地球には戻れそうか!?」
三匹の幼生体をフリーズ・ブレードで瞬く間に切り捨てたクンツァイトは、プルートに向かって叫び訊いた。
「駄目ね、プラネット・イーターが強力な結界を張っているわ! あたしの能力( でも破れないわ!」)
プルートは首を横に振る。地球に戻って仲間たちと合流したくても、地球に戻れないのが、今の彼女たちの現状なのだ。
「どうする? これ以上、手の打ちようがないよ」
ゾイサイトの表情からは、焦燥感が感じられる。このままでは、悪戯に時間だけが過ぎていくばかりだった。
(まだか!? スリー・ライツ!?)
地球を真っ直ぐに見つめて、ネフライトは心の中で叫んでいた。スリー・ライツの作戦が、もはや頼みの綱なのだ。
「あたしがやるわ!!」
セーラームーンは胸の前に銀水晶を出現させる。銀水晶のパワーで、一気にカタを付けようと言うのだ。
「無茶よ、セーラームーン( ! 自殺行為だわ!!」)
セーラーサンが慌てた。銀水晶のパワーは確かに強力だが、それ故にリスクを伴う。自分に跳ね返ってくる反動が強すぎるのだ。パワーを発揮すればするほど、その反動は大きい。最悪は命を落としかねない、諸刃の剣なのだ。
「でも、なんとかしないと、このままじゃタキシード仮面( たちが!!」)
セーラームーンは地上に視線を落とした。ここからでは見えないが、きっと今も苦しんでいるはずである。火球もがんばってくれているだろうが、完全にシャットアウトできるものではない。それに、火球の体力にも限界がある。
「とにかく、あたしが道を切り開く! 後を頼むわよ、みんな!!」
「ダメ! セーラームーン( !」)
「やめろ! セーラームーン( !!」)
マーズとジュピターが制止をしたが、セーラームーンは聞き入れなかった。銀水晶に自分のパワーを注ぎ込む。
と、その時―――。
Search for Your LOVE………
「あ、このイントロ………」
セーラーサンが耳を澄ました。
Search for Your LOVE………
「これは………!?」
マーズとジュピターも気付いた。
「ライツだ!!」
セーラームーンの表情が明るくなる。
きみはいつも かがやいてた
笑顔ひとつ 小さな星
スリー・ライツの歌声が、大空に響き渡った。
「どこにいるの!?」
セーラーサンが周囲をキョロキョロと見回す。
耳を澄ますと、スリー・ライツの歌声に混ざって、ヘリコプターのプロペラ音が微かに聞こえた。
「あそこに!」
ディモスが指を差した。
五機の自衛隊のヘリコプターが、何かを吊り下げて運んでいる。
「ステージ!?」
フォボスが目を見張った。
自衛隊のヘリコプターが運んでいたのは、特設ステージだったのである。ステージの中央で、セーラー戦士に変身したスリー・ライツが「流れ星へ」を熱唱している。
先頭のヘリコプターのコパイロットシートに、見知った顔があった。無精髭を生やした気の優しそうな中年男性が、こちらを見てサムズアップすると、にかっと笑った。
「そう言うことか………。ネフライトのやつ、なかなか面白いことを考える」
アスタルテは彼女にしては珍しく、楽しげに微笑した。
プラネット・イーターたちに変化が訪れた。幼生体たちは怯えたように右往左往し、成体は不快そうな声を発した。
「なるほど………。スリー・ライツ( の歌が、こいつらは余程キライだとみえる………」)
ギャラクシアは、さも愉快そうに笑った。
「よし、チャンスだ! 畳み掛けるぞ!!」
いつまでも笑っているギャラクシアではなかった。仲間たちに号令を掛けると、自分は先陣を切って、幼生体たちを次々に消滅させる。
「あ、この歌………」
自宅の窓から上空を見上げていたなるちゃんも、スリー・ライツの歌に気付いた。
「ライツの歌声だ………。どこから聞こえてくるんだろう………」
耳を澄ましてみるが、どこから聞こえてくるのか、さっぱりと分からなかった。天から歌が降り注いでいるようにも感じた。
「不思議………。この歌を聞いていると、不安がなくなっていく」
なるちゃんだけではなかった。スリー・ライツの歌声を聞いた人々は皆、恐怖から解放されてゆく。
「帰って来たんだ、ライツが………」
人々は知らず知らずのうちに、そう呟いていた。
きみの香りずっと
ぼくの声を届け
ライツの歌声は、セーラー戦士全員に勇気を与えてくれる。
成体が地球から離れた。結界が消滅したらしく、宇宙空間にいた戦士たちがセーラームーンの元に集った。
「マーキュリー( 、ヴィーナス) ( !? 来てたの!?」)
「当然よ!」
ヴィーナスはウインクをし、マーキュリーは優しく微笑んだ。ふたりの後ろには、エロスとヒメロスの姿も見える。
「セーラームーン( !」)
プラネット・イーターの呪縛から解き放たれたタキシード仮面と、アースのふたりが戦列に加わった。ふたりを守っていた火球も合流する。
「マスター!!」
四人の親衛隊が、タキシード仮面の元に集った。四人の顔をそれぞれ見つめると、タキシード仮面はゆっくりと肯く。
「ギングダムのナイト、全員集合ね」
アースは嬉しそうに言った。
「全員の力を集結して、一気にカタを付けよう!」
ウラヌスは既にパワーを全開にしている。仲間たちが集結したことで、全員の士気が向上していた。
「よし! 俺が囮になってプラネット・イーター( の口を開けさせる!」)
ゴールデン・クリスタルのパワーを解放すれば、プラネット・イーターは惑星と間違えて大口を開けるだろうと考えたのだ。タイミングが命の、一か八かの作戦だった。攻撃が遅れればタキシード仮面が喰われてしまうし、脱出するタイミングを間違えると、味方の攻撃をモロに受けることになる。
タキシード仮面はセーラームーンの瞳を真っ直ぐに見つめる。セーラームーンはゆっくりと肯いた。タキシード仮面も肯き返す。ふたりの意志は固まった。
スリー・ライツの歌声が、セーラー戦士全員に無限の力を与えてくれる。自分たちの後ろでライツが歌っている限り、絶対に負けることはない。全員がそう確信していた。
タキシード仮面はゴールデン・クリスタルを出現させると、プラネット・イーターに向かって突進した。四人の親衛隊が、タキシード仮面を中心にして四方に展開する。
「さぁ、餌だ! 口を開けろ!」
タキシード仮面は、プラネット・イーターの鼻先でゴールデン・クリスタルのパワーを解放した。黄金の凄まじい閃光が周囲に放たれる。幼生体たちも反応するが、それは四親衛隊がことごとく撃破する。
プラネット・イーターが、がばりと大口を開けた。
「散れ!!」
タキシード仮面は親衛隊の四人に向かって怒鳴った。自らはスモーキング・ボンバーを放った反動で、プラネット・イーターから一気に離れる。
「シルバー・ムーン・クリスタル・エターナル・パワー!!」
セーラー戦士たちのパワーが一気に上昇した。
「行くよ!!」
セーラームーンの号令で、戦士たちの心がひとつになる。
「セーラー・プラネット・スーパー・アターック!!!」
スリー・ライツを除いた全セーラー戦士の放つ凄まじいエネルギーの奔流は、プラネット・イーターの口の中に吸い込まれた。
「シールドを張るぞ!!」
プラネット・イーターが断末魔の悲鳴を上げると同時に、タキシード仮面は叫んだ。タキシード仮面を中心にして、再び四人の親衛隊が集結する。
プラネット・イーターは膨張し、幼生体を巻き込んで大音響と共に爆発する。
「ナイツ・オブ・グレート・シールド!!」
前方に巨大な光の盾を出現させ、プラネット・イーターの爆発からセーラー戦士たちと地球を守った。
「よし! やったわ!!」
ステージの上で、ファイターが躍り上がって喜んだ。自衛隊のヘリコプターに乗っている無精髭の男性も、狭い機内で大はしゃぎしている。
「流石は、セーラームーンですね」
メイカーもガッツポーズをする。自衛隊のヘリコプターは光のモールス信号で、セーラー戦士たちの勇気を称えていた。
「あたしたちも歌があったればこそだけどね」
ヒーラーは他のふたりに向かって、軽くウインクした。
プラネット・イーターの破片が太陽の光を反射して、キラキラと煌めいていた。
(ごめんね………。あなたも、生きるために必死だったんだよね………)
プラネット・イーターは自らの本能のまま、宇宙を渡り歩いていたに過ぎない。目の前に食事があったからそれを口をしたに過ぎないのだ。罪がある訳ではない。しかし、プラネット・イーターを排除しなければもっと多くの命が消えることになる。時には、ひとつの命を犠牲のすることで、もっと多くの命を守らなければならない場合がある。どちらも救おうなどと言うのは、エゴに過ぎない。それが分かっていたから、セーラームーンは胸が痛んだ。
セーラームーンはプラネット・イーターが消滅した空間を見つめ、黙祷を捧げた。ギャラクシアと火球のふたりだけが、そんなセーラームーンに気付いた。ギャラクシアは優しげな表情で小さく微笑み、火球はセーラームーンに習って、同じく黙祷を捧げた。