成体動く


「う〜ん………。ルナが言うような生物なんて、どこにもいないわねぇ………」
 プルートはやや疲れた表情で呟くように言った。それもそのはず。丸二日間も宇宙を飛び回って、ルナが言っていた「惑星ぐらい大きな生物」を探しているのだ。
「そんなに大きな生物だったら、すぐ分かるわよねぇ………」
 サターンはぼやいた。彼女もプルート同様、表情から疲労が感じられた。惑星ほどの大きさの生物とは言っても、広い宇宙から見れば米粒よりも小さい。
「一度、報告に戻った方がいいんじゃない?」
 プルートの横顔を覗き見た。
 プルートは答えない。何か考えがあるのか、目の前の赤い惑星を見つめたままだ。赤い惑星―――火星である。
サターン(ほたる)の言うとおり、そろそろ帰ろうぜ! 俺、腹減ったよ………」
 情けない声を上げたのは、ジェダイトである。
「何言ってるのよ、勝手に付いてきて! あなたはあたしたちのお尻眺めながら飛んでるだけなんだから、お腹が空いたのくらい、我慢しなさいよね!」
 プルートはピシャリと言った。
「お、お尻見ながらって………。確かに見てたけど………」
「え!?」
 サターンは顔を真っ赤にして、スカートのお尻を押さえた。
「あ、俺がジロジロ見てたのは、プルート(せつな)の方だから………。サターン(ほたる)の方は………。まぁ、少しは見たけど………」
 ジェダイトはバツが悪そうに後頭部をボリボリと掻いた。
「どうせまた、あたしたちのお尻見て、変な想像してたんじゃないの?」
「変な想像って………。お前、俺を何だと思ってるわけ?」
「ただの変態」
「はいはいはい、ごちそうさま! じゃ、取り敢えず帰還てことでいいわね?」
 これ以上夫婦漫才を聞かされては堪らないと、サターンは地球に戻る判断を、プルートに促した。
「ええ、そうしましょう」
 プルートは真顔になってサターンに言うと、次ぎにジェダイトに顔を向けた。
「先に行って!」
「りょーかい!」
 どうやらジェダイトへのサービスは、もう終わりのようである。ジェダイトは先頭に立って、宇宙空間の移動を開始した。
 テレポートをすれば一瞬で帰れるのだが、それではパトロールの意味がなかった。
 彼女たちセーラー戦士は、その特殊能力で、宇宙空間に限り光の速度の百倍のスピードで移動することができる。もちろん、彼女たちに随行しているジェダイトも同様である。
 だから、わざわざ飛行して移動したとしても、火星からなら地球までは、それほど時間は掛からなかった。

 地球が見えてきた。その向こうに月も見える。
「ん!?」
 先頭を飛行していたジェダイトが、不意に停止した。
「どうしたの? お腹空きすぎてパワー切れ?」
 プルートの口からこんな軽口が飛び出すのも、青く輝くオアシスのような地球が目の前に見えるからだ。帰ってきたという感覚が、気分を楽にさせる。
「今、何か見えた」
 しかし、ジェダイトの表情は真剣だった。
「え!?」
 プルートは緩んでいた表情を、引き締め直した。
「どこですか?」
 サターンがジェダイトの横に並んだ。
「月の裏だ。何かが動いたように感じた………。ひょっとすると、『灯台もと暗し』だったかもしれん」
 ジェダイトの言葉は、自分たちが探すべき相手が、既に地球に到着していた可能性を示唆していた。
「見てくる。ここにいろ」
「ひとりじゃ危険よ!」
 ふたりを残して月の裏側に向かおうとしたジェダイトを、プルートは制止した。
「もし、ルナが言っていた生物だったとしたら………」
「だから、尚更だ。三人で行って、三人ともその生物に襲われるわけにはいかない。マスターたちに、報告をする者がいなきゃならん。月の裏側に、もしその生物がいて、俺がそいつに発見されて攻撃を受けたら、ふたりはとにかく逃げろ。地球に戻って、マスターたちに報告するんだ」
 ジェダイトはふたりに諭すように言った。どれ程危険な生物かは、ルナからの連絡で分かっていた。
ジェダイト(D・J)………」
 プルートは少しばかり瞳を潤ませた。このまま行かせてしまったら、もう二度と会えないような気がしたからだ。
「大丈夫だ。俺は、プルート(せつな)とエッチするまでは、死ぬつもりはない」
 ジェダイトが真顔で言ったので、プルートはその言葉の意味を理解するのに、僅かに時間が掛かった。だが、すぐにその言葉の意味を理解し、
「馬鹿ぁ!!」
 折角のいいムードをぶち壊すようなセリフを、さらりと言ったジェダイトに対し、プルートの怒りの膝蹴りが炸裂した。
「おっとっとぉ! じゃ、頼むぞ!」
 膝蹴りを軽く躱すと、ジェダイトはウインクをしてくるりと背を向けた。
プルート(ねえさん)たち、まだ(・・)、だったの………?」
 サターンの一言は、ジェダイトとプルートを一瞬だけフリーズさせた。

「こ、こいつが………」
 月の裏側へ回り込んだジェダイトは、思わず息を飲み込んだ。体を小さく丸めるようにして、正にそいつがそにこいたのである。
「寝ているのか?」
 動きはなかった。だから、ジェダイトはそう感じたのである。
 目らしきものは、どこにも見当たらなかった。瞼を閉じているのか、それとももともとないのか。プラネット・イーターそのものを初めて見たジェダイトには、判断が付かないことだった。
「取り敢えず、戻って報告だな。こんなやつ、俺たち三人だけじゃ手に負えない」
 そう考え、ジェダイトが反転しようと身を捻ったその時、プラネット・イーターが動きを見せた。
「なっ!?」
 突然、体が三倍程膨れ上がった。ジェダイトの目には、一瞬破裂したように映った程だ。
 地球よりやや小さい印象を受けたが、常識を越えた巨大な生物であることには変わりはなかった。
「行かせるかぁぁぁ!!」
 プラネット・イーターの目的は分かっている。自分の目の前で、それだけは許すことはできない。
「うおぉぉぉぉ!!」
 灼熱の剣―――プロミネンス・ブレードを右手に出現させ、ジェダイトはプラネット・イーターに突っ込んでいく。背中と思われる部分に剣を突き刺す。
「くっ! 効いてねぇ!!」
 相手は惑星ほどの大きさの生物である。剣を突き刺した程度では、何の影響も与えていないようだった。蟻が恐竜に挑んでいるようなものなのだ。プラネット・イーターは痛みすら感じていないだろう。
「くそぉ!」
 ジェダイトの善戦虚しく、プラネット・イーターは月を押しのけるようにして地球に接近すると、二本の前足でがっしりと地球を掴んだ。
 その瞬間、ジェダイトの脳裏をタキシード仮面が苦しむ姿が過ぎった。
「マスター!?」

 激震が大地を襲った。大気が振動し、地鳴りが響いた。
「うわぁぁ!!」
「きゃぁぁぁ!!!」
 タキシード仮面とセーラーアースが、同時に悲鳴を上げた。
タキシード仮面(まもちゃん)!? アース(みさお)!!」
 突然の出来事に、セーラームーンは狼狽えた。何が起こったのかが分からない。何故、突然ふたりが苦しみだしたのかが分からなかった。
「や、やつに掴まれた!!」
 苦しげな表情で、衛が呻いた。
「今の振動は、その為!?」
 アスタルテが上空を見上げるようにして言った。十番街からでは、プラネット・イーターの腕らしきものは見えない。
 タキシード仮面とセーラーアースは地球の守護者である。地球そのものに起こった変動が、ふたりに影響を与えているのである。
「先を越された!?」
 マーズは悔しげに舌打ちした。
「お前は早く戻れ!」
 ネフライトはファイターに目をやる。ファイターは肯くと、風の如くその場から立ち去った。ヒーラーの元に向かったのだ。
「俺は宇宙へ出てジェダイトたちと合流する」
「ジェダイト!? じゃ、プルート(せつなさん)たちも近くにいるの!?」
 思わぬ言葉を発したネフライトに、セーラームーンは訊いた。
「ああ。今戻ってきたところらしい。俺たちは背後からプラネット・イーター(やつ)を攻撃する」
「待ってネフライト(まさとさん)! 星野たちの方はどうなるの!?」
 慌てて訊いたのはマーズだ。星野たちの計画は、ネフライトでなければ分からないのだ。
「俺がいなくても大丈夫だ。準備が完了したら、すぐに駆け付けてくれるはずだ。………マスターを頼む!!」
 ネフライトは言うと、凄まじいスピードで上空へとジャンプしていった。
「ちょ、ちょっとぉ!」
 マーズが止める間もなかった。ネフライトの姿は、既に見えなくなってしまった。
 上空が暗闇に包まれる。周囲から恐怖の悲鳴が上がった。
「あれが、成体か………」
「でかい………!!」
 ギャラクシアは目を見開き、ジュピターは息を飲んだ。
「こんな生き物が実在するだなんて………」
 セーラーサンは信じられないと言った風に、首を大きく左右に振った。
 上空には、プラネット・イーターの「顔」が迫っていた。
「地球が喰われる。あいつに………」
 どんな状況にも動じないアスタルテだったが、流石にこの状況だけは茫然とするしかなかったようだ。敵に比べると、自分たちの存在はあまりにも小さかった。
 プラネット・イーターがガバリと大口を開けた。
 ズズーン!
 大地を揺るがす振動。
 まともに立っていることができず、全員がその場に膝を突いた。
「ぐあっ!!」
「いやぁぁぁぁぁ!!」
 タキシード仮面とアースのふたりが絶叫する。
 タキシード仮面は両膝を突く。額から脂汗が滴り落ちる。
 アースは両腕で自らの体を抱きしめるようにして、苦しみ藻掻いた。
「今度は何だ!?」
 ジュピターが喚いた。
「やつが、地球に噛み付いた!」
 ギャラクシアが答えた。このままでは、地球は本当にプラネット・イーターに喰われてしまう。
「行くぞ、セーラームーン! とにかく、やつを地球から引き剥がすんだ」
「で、でも、ふたりが………!!」
 ギャラクシアが迎撃を促したが、セーラームーンとしては、苦しむタキシード仮面とアースのふたりをこのまま放置しておくわけにはいかないのだ。
「やつを倒さない限り、ふたりを助けることはできない!」
「でも、苦しんでいるふたりを、ほおっておけないよ!」
 セーラームーンは訴えかけるように言った。ヒーリング・エスカレーションで、ふたりの苦しみを少しでも軽減してやることしか、今の彼女にはできないのだ。
「俺たちのことはいい! 早く行け、セーラームーン(うさ)!!」
「でも!」
 その時、上空から光が射し込んできた。ほのかな花の香りが漂う。懐かしい香りだった。
「この香りは、どこかで………」
 知っている香りだとジュピターは思った。
 柔らかい光が、タキシード仮面とアースを優しく包み込んだ。
「これは………!?」
 セーラーサンが目を見張った。奇跡の光を見ているような気にさえなった。
「ふたりはわたしが保護します」
 セーラー戦士達の目の前に、ふわりとひとりの人物が降り立った。
「プリンセス火球………」
 驚きの眼差しで、セーラームーンは突然現れた火球を見つめた。火球は既に、セーラー戦士の姿に変身していた。
「遅くなって申し訳ありません、セーラームーン。おふたりはわたしが保護いたします。わたしの力で、苦しみを和らげます」
「プリンセス火球。あなたが来てくれるなんて………」
「『星を喰らうもの』を逃がしてしまったのは、わたしたちの責任です。メイカーもファイターたちに合流している頃です。さぁ、協力して『星を喰らうもの』を倒しましょう」
 心強い味方だった。メイカーも来ているとなれば、ライツも三人揃ったことになる。
「ふたりをお願いします」
 セーラームーンの心には、もう迷いはなかった。
 戦う。戦ってプラネット・イーターを倒す。
「行こう、みんな!!」
 セーラームーンの号令に、セーラー戦士達は力強く肯いた。

「こいつ、ビクともしねぇ!!」
 ジェダイトは舌を巻いた。自分の攻撃も、プルートとサターンの攻撃も、硬い皮膚に跳ね返されてしまって、傷すら付けることが出来ない。
「背後は手薄だと思ったのは間違いか!」
 ネフライトも呻いた。無防備なはずの背後から攻撃すれば、プラネット・イーターに致命傷を与えられるかもしれないと思って宇宙空間のジェダイトたちと合流したのだが、甘い考えのようだった。幼生体ですら強固な皮膚を持っていたのだ。成体ともなれば、更に頑丈になるのは分かり切っていたことだった。
 プラネット・イーターは、完全に地球に噛み付いていた。大地を噛みきってしまうのは時間の問題だった。
「あたしがやります!」
 サターンがサイレンス・グレイブを構えた。
サターン(ほたる)、まさかあなた!?」
 プルートの表情が急変した。サターンはそのプルートの顔を真っ直ぐに見つめると、ゆっくり肯いた。
「あたしは破滅の戦士。その気になれば、あれくらいの生物は抹殺できる」
 サターンは鋭い眼光でプラネット・イーターを睨め付けた。その目は、普段の優しい「ほたる」の目ではなかった。
死世界変革(デス・リボーン・レボリューション)を使う気なのね!? ダメよ、あの技は危険すぎるわ! サターン(ほたる)だって無事では済まないのよ!」
「でも、それをやらなければ、地球を救うことはできないわ」
 死世界変革(デス・リボーン・レボリューション)―――かつて地球を襲ったマスターファラオ90を消滅させる際に用いた、禁断の超必殺技である。
「早まっては駄目よ、サターン(ほたる)
「みんなで協力すれば、なんとかなるって!」
 懐かしい声がした。目を向けてみる。
マーキュリー(あみさん)ヴィーナス(みなこさん)………」
 そこには、マーキュリー、ヴィーナス、エロス、ヒメロス、クンツァイト、ゾイサイト、そして人間体となったアルテミスの姿があった。
「なんだ、お前たちも宇宙(こっち)にいたのか?」
「親衛隊が四人揃っているのは都合がいいね」
 クンツァイトが苦笑しながら言うと、ゾイサイトは楽しげに微笑みながら続けた。
「だけど、こんな嘘みたいに大きな相手だとは思わなかったわ………」
 ヴィーナスは、戸惑ったような笑みを浮かべた。
「かなり強固な体表で覆われているわ。通常の攻撃では傷ひとつ付けられないわ」
 既にゴーグルを装着して成体そのものを観察していたマーキュリーは、淡々とした口調で言った。ポケコンに何やら数値を打ち込んでいたが、小さく嘆息して首を横に振った。
「一点を集中攻撃するぞ! いくら硬い皮膚でも、俺たちが全力で集中攻撃を仕掛ければ、傷を付けられるはずだ!」
 アルテミスが号令を掛けた。

 地上でもパニックになっていた。事情が分からない一般の人々が、恐怖の為に混乱していた。
「なんなんだ、これは!?」
「恐ろしい! この世の終わりだ!!」
 上空は暗雲が立ちこめ、地鳴りが鳴り響く。
 十番街からではプラネット・イーターの姿は確認できなかったが、地球上にかつてない危機が訪れていることは、火を見るより明らかだった。
「何が起こっているんだ!? ルナ!」
 ゲームセンター“クラウン”入り口に立ち、上空を見上げたままの元基は、足下のルナに尋ねた。
 ルナは司令室にいなかった。プラネット・イーターの影響で電波が乱れているために、司令室にいてもセーラー戦士たちとは連絡を取ることができないのだ。
「とんでもない生物が、今、地球に襲いかかってるの。セーラームーン(うさぎちゃん)たちが、必死に戦ってるわ」
「とんでもない生物………。この異常な現象は、その生物の影響か!?」
 時折吹く突風に体が飛ばされそうになりながらも、元基とルナは“クラウン”の中に入ろうとはしなかった。

 なるちゃんは自宅の窓から外の様子を見ていた。昼間だと言うのに、真っ暗な上空を見上げていると、時折キラリと閃光が煌めくのが確認できる。
「みんなが、戦っている!」
 なるちゃんは確信していた。この非常時に、セーラームーンたちがじっとしているはずはない。あの閃光は、この異常な現象をもたらしているものと、セーラームーンたち必死にが戦っている光に違いない。
「がんばって、みんな!!」
 なるちゃんは祈らずにはいられなかった。

 宇宙空間でプラネット・イーターと対峙しているメンバーにも、焦りが生じていた。マーキュリーとブルートと言うセーラー戦士のブレーンふたりがいるにも関わらず、有効な対策が立てられないからだ。
「こうなったら、あたしが叩き斬る!!」
 ヴィーナスは全身を光り輝かせ、フルパワーモードに入る。
「聖剣よ、我が手に!」
 右手を天に翳した。白色の目映い閃光を放ち、一振りの剣がヴィーナスの頭上に出現する。ヴィーナスが所持することを許されている「幻の銀水晶の剣」である。本来ならセーラームーンの持つべき聖剣で、銀水晶と共鳴することで最強の力を発揮する代物なのだが、銀水晶と聖剣をふたつとも所持することはあまりにも危険なので、ヴィーナスが預かっているのである。
 ヴィーナスは出現した銀水晶の剣を手にした。
「!?」
 しかし、それを振り下ろすことはできなかった。突如、プラネット・イーターの体表が波打ったかと思うと、無数の触手のようなものがヴィーナス目掛けて突き進んできた。
「きゃぁぁぁ!!」
 不意を付かれたヴィーナスは、触手に絡み付かれる。次の瞬間、恐ろしい力でプラネット・イーターの方に引き寄せられた。
ヴィーナス(みなこ)!」
 触手が戻ろうとする速度を上回る動きでクンツァイトは回り込むと、フリーズ・ブレードを一閃して触手を切断した。エロスとヒメロスがふたりの前方に出て、更に襲い来る触手を次々と破壊する。
「離れてください! サターン・サイレンス・ディストラクション!!」
 サターンが斜め後方から強烈な技を放って、触手を一掃する。その隙に、四人はプラネット・イーターから距離を取った。
「何よ、今の!?」
 やや興奮気味に、ヴィーナスは訊いてきた。クンツァイトが助けれくれなければ、どうなっていたか分からない。
 触手の攻撃は、どうやら治まったようだ。ヴィーナスは銀水晶の剣を再び封印した。
「スター・シードに反応したのよ」
 未だ興奮さめやらぬヴィーナスに、マーキュリーが答えた。
ヴィーナス(みな)がパワーをフルにしたことで、スター・シードの輝きが増して、惑星だと勘違いされたってところじゃないかしら。幼生体の時と一緒よ」
「じゃあ、あたしって、危うく食べられるところだったの?」
「たぶん、ね」
 マーキュリーが肯くと、ヴィーナスは身震いをした。
「でも、そうなると益々厄介ね」
 ブルートは深刻な表情をしていた。
「うん。フルパワーで戦えなくなる」
 ゾイサイトも表情が硬い。プラネット・イーターを倒すには、フルパワーで戦う必要がある。しかし、そうすることによって二次的な危険が増えることになるのだ。
「おい、また何かする気だぞ」
 ジェダイトがプラネット・イーターを顎で示した。

「やつが大地を噛みきる前に、口を開けさせるぞ!」
 セーラー戦士達は上空に舞い上がり、プラネット・イーターの正面に回り込んだ。
 貪り突くように大地に噛み付いているプラネット・イーターを凝視しながら、ギャラクシアが指示を出した。
「どうやって開けさせるの?」
 マーズがギャラクシアの右横に並んだ。やや遅れて、ジュピターは左側に付く。セーラームーン、セーラーサン、そしてアスタルテはやや後方に位置している。
「痛きゃ口開けて叫ぶだろ! さっきみたいに!」
 プラネット・イーターが痛みを感じるのは、先の幼生体との戦いで分かっている。ギャラクシアはパワーを全開にした。手加減する気など、毛頭ない。
「ギャラクティカ・インフレーション!!」
 いきなり超弩級の必殺技を炸裂させた。地球への影響を考えた、マーズとジュピターが止める間もない。
 強固なはずのプラネット・イーターの皮膚が裂け、真っ青な体液が噴き出す。恐らく、その真っ青な体液が、プラネット・イーターの血液なのだろう。
 惑星をも破壊可能なギャラクシアの攻撃を受けて、さしものプラネット・イーターも口を開けた。
「マーダー・フレイム・ブラスター!」
「ジュピター・オーク・エボリューション!」
 半ば自棄気味のふたりの必殺技が畳み掛ける。ふたりは、口の中に必殺技を叩き込んだ。口の中が弱点なのは、これも先程の幼生体との戦いで実証済みだ。
 空気が振動した。超音波のようだ。プラネット・イーターの悲鳴である。
「よし! もう一撃!!」
 ギャラクシアはプラネット・イーターに接近する。口の中にもう一撃、フルパワーのギャラクティカ・インフレーションを叩き込むつもりなのだ。
「近づきすぎです! ギャラクシア!!」
 地上で戦況を見つめていたセーラー火球が叫んだ。
「なに!?」
 その火球の声はテレパシーとなってギャラクシアに届いたが、一瞬遅かった。
 猛烈な異臭が、ギャラクシアを襲った。
「なっ! 麻痺の息(パラライズ・ブレス)か!?」
 先行しすぎていたギャラクシアが、プラネット・イーターが吐き出した麻痺の息をまともに浴びた。そのやや後方にいたマーズとジュピターも、避けきれなかった。
「な、なに!?」
「体が動かない!」
 体の自由が利かなくなった三人は、真っ逆様に地上に落下する。このまま地面に激突すれば、三人とも無事ではすまない。
 アスタルテが動いた。しかし、彼女ひとりでは三人を同時に救うことはできない。
アスタルテ(しんげつ)はギャラクシアを!」
 聞き覚えのある声がした。アスタルテは迷わずギャラクシアの下に回り込み、彼女をキャッチする。肺が麻痺をしてしまっているのか、ギャラクシアは既に呼吸をしていなかった。
 ギャラクシアを抱き抱えたまま、アスタルテが後方を振り向くと、ふたりのセーラー戦士がマーズとジュピターを救出しているのが見えた。
ウラヌス(はるちん)! ネプチューン(みっちょん)!!」
 満面の笑みを浮かべて、セーラームーンがやって来た。
「緊迫感がないよ、その呼び方………」
 愛称で呼ばれたウラヌスは、思わず苦笑いをした。
セーラームーン(うさぎ)。急いで三人を快復して」
 ネプチューンは早口で言った。視線はプラネット・イーターの動向を探っている。もう一度麻痺の息を吐き出されたら、ここにいる全員は全滅してしまう。
「OK!」
 セーラームーンはヒーリング・エスカレーションで三人を快復する。
「火球ぅ!!」
 息を吹き返したギャラクシアが、地上に向かって怒鳴った。
「早く言えよ!! 死ぬトコだったろう!?」
(申し訳ありません。気付くのが遅れて………)
 火球のテレパシーが返ってきた。
「わたしに恨みでもあるのか!?」
「あるだろ」
 間髪を入れずに突っ込みを入れたのは、ジュピターだった。その横で、マーズもうんうんと肯いている。
 ギャラクシアは何も言い返せない。
「もういいわ! とにかくギャラクシア(あなた)退()がっていて。どうやら、今回のあなたは“やられ役”らしいわ。これ以上出しゃばると、次は本当に死ぬことになるわよ」
 淡々とした口調でアスタルテは言うと、プラネット・イーター攻撃の為に、さっさとその場を後にしてしまった。
「ま、そう言うことらしいから、セーラームーンうさぎ)セーラーサン(もなか)の守りは任せるよ。行くよネプチューン(みちる)!」
「了解!」
 唖然としているギャラクシアの肩をポンと叩くと、ウラヌスはネプチューンを伴ってアスタルテの後を追った。
「仕方がない。あいつらにも活躍させてやるか」
 ギャラクシアは自分で自分を慰めるしかなかった。

「もう一度、プラネット・イーター(やつ)の口を開けさせて、口の中を攻撃しよう。外側は硬すぎて駄目よ!」
 先陣を切ったアスタルテは、後方の仲間たちに向かって叫んだ。
「OK!」
 代表してマーズが答えた。
「あたしが開けさせる! ここからなら、ギャラクシア(なびき)が傷付けた場所をピンポイントで狙える!!」
 ジュピターは言うと、仲間たちを残して更に上昇する。
「天よ怒れ! 邪悪なるものに裁きの鉄槌を振り下ろせ! ゴッドネス・プラズマ・バーストぉぉぉ!!」
 鼓膜が張り裂けんばかり轟音が轟くと、直視できないほどの強烈な輝きを放ついかずちが、プラネット・イーター目掛けて天空から落ち降ろされる。先のギャラクシアの攻撃によって傷付けられた場所に、寸分の狂いもなく命中する。
 真っ青な液体が、周囲に飛び散った。
 プラネット・イーターは、再び超音波の悲鳴を上げた。
「よし! 今だ!!」
 ウラヌスが叫ぶ。
「セーラー・プラネット・アターック!!」
 ウラヌス、ネプチューン、マーズ、アスタルテの四人によるプラネット・アタックが炸裂する。
 だが、次の瞬間信じられない光景が目の前に展開された。
「なに!? 幼生体が!!」
 マーズは目を見張った。
 無数の幼生体が成体の前面に集合し、プラネット・アタックが成体に直撃するのをガードしたのだ。
「マズイわ! プラネット・イーター(やつ)に近づきすぎてる!」
 絶望的な位置に自分たちがいることを、アスタルテが気付いた。今の攻撃が失敗に終わるとは考えてもいなかったので、プラネット・イーターに接近しすぎていたのだ。
 大口を開けていたプラネット・イーターは、広範囲に麻痺の息を吐き散らした。
「サ、ザブマリン・リフレクション!!」
 ネプチューンが麻痺の息を跳ね返そうと試みたが、魔力や光線ならまだしも、生物の息を跳ね返すことはできなかった。霧散させただけである。
月光障壁(ムーンライト・ウォール)!!」
「ギャラクティカ・トルネード!!」
 覚悟を決めたウラヌスたちの前方に光の壁が出現し、次いで起こった巨大な竜巻が麻痺の息を広範囲に霧散させて効力を弱めた。
「今よ、退()がって!!」
 ウラヌスたちは後方に退いて、間合いを計った。
「助かったよ、セーラームーン(うさぎ)
 ウラヌスは振り向くと、にっこりと微笑んだ。セーラームーンも微笑みを返した。
「気を抜くな! 幼生体が来る!!」
 ギャラクシアの声で全員が前方を凝視する。大小様々な幼生体が、セーラー戦士たちに向かって一斉に襲いかかってきた。