成長する幼生体


 ルナたちが心配していた通り、もなかと操のふたりは、プラネット・イーターの幼生体を探して、街を徘徊していた。
「火川神社と有栖川公園で確認できたところから推測すると、あいつらは雑木林のようなところを好む性質があるようだわ」
 操は自分なりに推測したことを、もなかに言った。
「単に偶然てことは………?」
「む!」
 もなかの鋭い突っ込みを受けて、操は鋭い目つきでジロリともなかを見る。
「いやいや、冗談だってばっ!」
 極力、操と揉め事を起こしたくないもなかは、言い返したいところを我慢して、操を宥めた。操は一端機嫌を損ねると、一週間ぐらいは機嫌が悪い。けっこう質が悪いのである。
「で、操の考えでは、次にどの辺りにいそうなわけ?」
「あたしの鋭い勘が言ってるわ! 狸穴公園よ!」
「狸穴公園!? ま、確かに公園の裏は山になってるけど………」
「なんか文句あるわけ!?」
 操は再び、ジロリともなかを睨む。
「いえいえ、ありませんよぉ! じゃ、狸穴公園に行きましょうか!」
 もなかは冷や汗ものである。今一度操を宥め、進路を狸穴公園に向けた。
(疲れるわ、この女………)
 もなかは敵と戦うより、操と会話をしている方が、体力の消耗が激しいことに、今初めて気付かされた。

 狸穴公園は、十番街からは少し離れている。のんびり歩いていると十分は楽に掛かってしまうのだが、今日に限っては五分ほどで到着した。
「操ぉ、急ぎすぎだよぉ〜。これじゃ戦う前に疲れちゃうよぉ」
 殆ど走ってきたような状態だったので、もなかも音を上げた。狸穴公園に到着した途端に、前を行く操を呼び止めて嘆いた。
「あたしはねぇ、早くこの気持ち悪い感じを何とかしたいのよ!」
 既に公園内に足を踏み入れていた操は、振り向いて怒鳴った。
「それは、分かるけど………」
 どうやら操は、ずっと何者かの視線を感じ続けているようだ。何者かの視線―――つまりは、プラネット・イーターだ。獲物として肉食獣から狙われているような視線を、ずっと感じていると言うわけだ。そんな視線を長時間も感じていたら、気がおかしくなってしまうこともありえる。操だから耐えられているのかもしれないのだ。
「変態男の視線を感じているのと、訳が違うモンね」
 もなかは小さく肩を竦めると、操に続いて狸穴公園に入っていった。

 狸穴公園はそれほど広い公園ではない。入り口に立てば、公園全体を見回すことができる。普段なら子供が遊んでいるのだが、今日に限っては人っ子ひとりいなかった。
「都合がいいわね」
 操は言った。もし、プラネット・イーターの幼生体がいれば戦闘になる。一般の人たちを巻き込んでしまうわけにはいかない。
「あたしたち以外は襲われないけどね………。ん? どうかした?」
 前方を歩いていた操の足が止まった。首を巡らして、周囲を伺っている。
「ねぇ、操」
「静かに! 何か聞こえない?」
 振り向いた操の表情が緊張していた。彼女がこういう表情を見せるときは、ただ事ではない。
「え!?」
 もなかも耳を澄ます。周囲の雑音が耳に飛び込んでくる。しかし、これと言って不思議な音は感じない。
 いや、何か妙な音がする。
 ピチャピチャと言う、犬や猫が餌を食べているときのような音。だが、周囲を見回してみても、それらしき小動物の類は見受けられなかった。
「なんだろ、この音………」
 何やら得体の知れない音を聞いてしまったもなかは、少しばかり怯えたような声を出した。自分たち以外人影のない狸穴公園に、不気味な音だけが響いていた。
「山の方が気になるわ………」
 狸穴公園の裏手には小山が残っている。操はそこが怪しいというのだ。
「ねぇ、みんなを呼んだ方がいいんじゃない?」
「なにビビってんのよ! わざわざ呼んで、なにもなかったら恥ずかしいじゃないの! その前に、あたしたちで調べなきゃ駄目でしょ!?」
 既に逃げ腰のもなかを、操が叱責する。そのままもなかの返事も待たずに、操はスタスタと山の方に向かっていった。
「分かったわよぉ、行くわよぉ!」
 こうなったら覚悟を決めるしかないと判断したのか、もなかは恐る恐る操の後に続いた。
「音が大きくなってきたわ」
 山に近づくにつれ、ピチャピチャと言う音が、次第に大きく聞こえてくるようになった。操は自分の考えが正しかったことへの満足感で、口元に小さな笑みを浮かべて見せた。
「いた! え!? 何やってるのよ、こいつら!?」
 操ももなかも、その光景を目の当たりにして息を飲んだ。
「これって、共食いじゃない………」
 正に凄惨な光景だった。二体の幼生体がそれぞれ一体ずつ、自分の仲間の体を貪り食っているのである。
「体が大きくなってない?」
 もなかは震える声で操に尋ねた。仲間の体を食べるごとに、徐々に体が大きくなっていっているように見えるのだ。既に、体調は三メートルくらいになっている。火川神社に現れた幼生体が約五十センチ程、有栖川公園に現れたのが一メートル程の大きさだと聞いている。彼らは、確実に成長していると言っていい。
「も、もなか! やつらに見つかる前に逃げるわよ。あんなのにいきなり襲いかかられたら、変身していないあたしたちは一溜まりもないわ」
 流石の操も、声が震えていた。まさか、これ程までに成長しているとは思わなかったのだろう。事前に変身をしておかなかったことを悔やんだ。
「変身しようよ、ヤバイよ………」
「駄目よ、今ここでセーラークリスタルを解放して変身なんかしたら、わざわざやつらに、あたしたちの存在を教えるようなものだわ」
 操の判断は正しかった。動揺はしているものの、冷静な判断力は失われてはいなかった。
 ふたりは会話をしながらも、気配を殺しながらジリジリと後退する。
「でも、こう言うときって、以外と背後にもいるものなのよね」
「不吉なことを言わないでよ、もなか!」
「!?」
「………!」
 背後で気配を感じて、ふたりは足を止めた。同時に、恐る恐る後方に顔だけ向けた。
 果たしてそこには、もなかの期待を裏切らなかった幼生体がいた。しかも、体長五メートル程の幼生体だ。
「アンタが不吉なこと言うから………」
「あたしのせいじゃないわよぉ!」
 絶体絶命の場面である。体長五メートルの幼生体が、ガバリと大口を開けたら、ふたりとも一溜まりもない。一瞬で飲み込まれてしまうだろう。
「美人薄命って言うものね………」
 操は冗談とも本気とも付かぬ様子で、一言そう呟いた。もなかにしてみれば、よくこの状態でそんな冗談が言えるものだと、ジト目で操の横顔を見る。
「!?」
 更に山側でも蠢く気配を感じた。「食事」を終えた二体の幼生体が、次なる獲物を求めて行動を開始したのだ。
「だから、みんなを呼ぼうって言ったのにぃ」
「今更遅いわよ」
 自分の判断ミスであることは既に明らかだが、今となっては手の打ちようがない。
「あたしがこの辺一体の地盤を破壊するから、あなたはその間囮になりなさい」
「無茶言わないでよぉ、相手の方が数が多いんだからね!」
 ふたり同時に変身すれば、内なるスター・シードのパワーが高い、もなかの方が狙われる確率は高いが、操が襲われないと言う保証は何一つない。博打も博打、大博打である。
「でも、このままじゃ、どっちにしろ食べられちゃうわよ」
「覚悟を決めるっきゃないか」
 こうなると開き直るしかない。
「サン・プロメテウス・パワー………」
「アース・クリスタル・パワー………」
(今、変身しては駄目です!!)
 覚悟を決めて変身しようとしたふたりの脳裏に、声が響いた。フォボスの声だった。
 その直後―――十番街が目映いばかりの閃光を放った。銀水晶の聖なる光だ。
 幼生体たちは、一斉にその方向に体を向けた。
「お姉!?」
 ふたりは呆気に取られた。と、同時に浮遊感が体を包む。セーラーフォボスとセーラーディモスが、ふたりを抱えて飛び上がっていたのだ。
 光は一瞬だった。
 光を感じなくなった幼生体たちは、その場で動かなくなってしまった。
「そうか! 銀水晶の輝きなら地球と同レベルいえ、それ以上だから、幼生体たちの注意を引きつけることができる………。でも、うさぎさんも思い切ったことをするわね」
「お前たち、馬鹿どもを助けるためだ」
 妙に感心したように言う操の背後で、ドスの利いた声が響いた。ギャラクシアだ。
「怒ってる………みたいですね。ギャラクシア(なびきさん)………」
 もなかもバツが悪そうだった。単独行動をしていた自分たちを、ギャラクシアは明らかに怒っている。
「あまり勝手なことをするな。セーラームーンがなんと言おうと、二度めは助けない。わたしはそれ程甘くはない」
 そう言うと、ギャラクシアはさっさと十番街の方向へ飛び去ってしまった。フォボスとディモスに連れられ、もなかと操も十番街へ強制送還となった。

 四人が戻ると、一の橋公園付近で戦闘が行われていた。先程のセーラームーンの銀水晶に反応し、近くにいた幼生体たちが襲ってきたようだった。
 体長は二メートル程度の幼生体で、狸穴公園に出現したやつらに比べると小振りだが、数が多い。ざっと見たところ、十体ほどは確認できる。
「もなか、あたしたちも加わるよ!」
「オッケー!! いいわ、離してくれて」
「了解!」
 フォボスとディモスは、掴んでいたもなかと操を離した。もなかと操のふたりは、地上に落下しながらセーラー戦士に変身する。
「楽しい公園で暴れ回る悪い子ちゃんは、このあたしが許さない! 夢と希望のセーラー服美少女………うわぁぁぁっ!!」
 いつものようにキメポーズを取ろうとしたセーラーサンだったが、幼生体に襲われて無様な格好で避ける羽目になった。
「間抜け! そんな能書きができる場面なのか、考えてから行動しろ!!」
 又もギャラクシアの叱責が飛んだ。流石はギャラクシアである。幼生体をいとも簡単に消滅させていく。
「邪魔にだけはなるな!」
 アスタルテだ。彼女も素早い動きで、幼生体を次々と倒している。
 マーズとジュピターのふたりは、セーラームーンの護衛に回っている。銀水晶を持つセーラームーンは、どのセーラー戦士よりも狙われやすいようだった。
「ふたりは俺たちが見ている!」
 セーラーサンとアースの前に、タキシード仮面とネフライトのふたりが現れる。襲い来る幼生体たちを次々と葬り去っていく。
「あたしたちってさぁ。もしかして、お荷物?」
「あたしたちじゃなくて、アンタがね」
 颯爽と登場した割には何もすることがないので、ふたりとも面白くない。
 最後の一体はフォボスとディモスが倒し、一の橋公園に出現した幼生体は、取り敢えず全滅させた。が、それも束の間の休息だった。
「少しばかり大きめの相手がお出ましだ」
 新手の出現に、ネフライトはどこか楽しそうだった。少しばかり、物足りなかったらしい。
 ネフライトが言うように、今現れた幼生体は、少しばかり格が違うようだ。体長は十メートル程にまで成長している。
「ダブル・ファイヤー・ソウル!!」
 真っ先に仕掛けたのは、以外にもフォボスとディモスのふたりだった。しかし、幼生体はふたりのファイヤー・ソウルを跳ね返した。
「跳ね返した!?」
「皮膚が予想以上に強固になっている!?」
 セーラーサンが驚きに目を見開けば、アスタルテは冷静に相手を分析する。
「ならば、わたしが一気に片付ける!」
 ギャラクシアはパワーを急激に上げた。強力な必殺技で消滅させようと言うのだ。
「いや、待て!」
 そのギャラクシアをタキシード仮面が制した。
「パワーを解放するのは、幼生体を呼び集める原因になる」
「なら、どうやって戦えと言うんだ!?」
「口を開けさせればいいんじゃないか!? 口の中は弱いはずよ!」
 頭上から別の声が響いた。風のように幼生体の鼻先を駆け抜け、同時に一条のレーザーを叩き込む。
ファイター(セイヤ)!」
 いつの間にか現れたセーラースターファイターは、幼生体に対し、ヒット・アンド・アウェイを繰り返している。
「なんて頑丈なの!?」
 ファイターは舌を巻いた。スター・シリアス・レイザーが、ことごとく跳ね返されてしまう。口を開けさせたくても、方法が見つからなかった。
 ちょこまかと動き回るファイターが煩いのか、幼生体は右の前足を大きく振るって、ファイターを払い除けた。
 咄嗟のことで躱せなかったファイターは、地面に叩き付けられる。セーラームーンが慌てて駆け寄った。打撲だけで、大した負傷はしていないようだった。
「背中が硬いやつってのは、たいがいお腹は弱いもんよね! アース・バリアブル………」
「わ〜〜〜〜!! 待ちなさいよ、アース(みさお)! 一の橋公園を壊す気!? 頭の上には高速道路だってあるのよ!!」
 セーラーサンがアースを背後から羽交い締めにして、必殺技を放つのを止めさせた。地脈を操る必殺技が多いアースは、ある意味迷惑極まりない。加減を間違えると、周囲が滅茶苦茶になってしまうのだ。
「俺がやる!」
 タキシード仮面が身構えた。
「聖なる剣よ、我が手に!」
 タキシード仮面の右手に、大振りの長剣が実体化される。かつてプリンス・エンディミオンが愛用していた聖剣テラブレードだ。
「はぁっ!」
 タキシード仮面は地を蹴って宙に舞う。ネフライトの反応は早かった。衝撃波を放ちながら地上を疾駆し、幼生体に肉迫する。注意を自分の方に引き付けようと言う動きだった。
 空中を流れるように移動したタキシード仮面は、テラブレードを幼生体の背中に深々と突き刺した。激痛を感じたのか、幼生体が大口を開けた。
「な、なに!?」
 セーラームーンが両耳を押さえた。不快な音波が耳に伝わってくる。幼生体の悲鳴のようだった。「声」として聞こえたというわけではなかった。通常、人間が聞き取ることのできない範囲の音域のようである。
「さっきのお返しよ! スター・エモーショナル・ビート!!」
 ファイターの指先から、強烈な閃光が放たれる。大口を開けた幼生体の正にその口の中に、閃光は吸い込まれていく。
「やったぁ!」
 大口を開けたまま絶命した幼生体を見て、セーラーサンは躍り上がって喜んだ。
「ふぅ……」
 ファイターは額に浮かんだ汗を、手の甲で拭った。
「準備してたんじゃなかったの?」
「退屈だから遊びに来たのよ」
 セーラームーンの問い掛けに、ファイターは事も無げに答えた。
「………しかし、プラネット・イーターのやつは、いったい何匹の幼生体を産み落としたんだ!?」
 ジュピターがウンザリするのも無理はなかった。倒しても倒しても、次から次へと幼生体は出現するのだ。これではいくら体があっても足りない。
「十番周辺だけでもこれだけの数だからね。地球全域だったら、天文学的な数字になるかも………」
「え!? 地球全域!?」
 セーラーサンが驚いた。
「あんた、まさか十番にしか幼生体が出現しないだなんて、お気楽な考えだったんじゃないでしょうね」
 すかさず突っ込むのはアースだ。コクリとセーラーサンは肯く。
「だって、ウルトラマンとかって、日本にしか怪獣出現しないし………。日本は怪獣に襲われやすいのかなぁって」
「それはテレビの中だけの話でしょ!!」
「こいつのセーラークリスタル、抜き取っちゃっていいか?」
 セーラーサンの馬鹿さ加減に、ギャラクシアも頭を抱えている。
「あんたが言うと、冗談に聞こえないわよ」
「確かに………」
 マーズとジュピターも苦笑いするしかない。
(あたしももなかと同じ考えだったんだけど、黙っとこ………)
 流石にこの状態では、セーラームーンもボケる気にはなれなかった。

「ところでファイター(セイヤ)。戻らないでいいの?」
 ふと思い出したように、セーラームーンは訊いた。
「あ、いけない。忘れてた」
「早く戻れ。お前たちがいなければ、作業が進まん」
 肩を竦めたファイターに、ネフライトは無愛想に言った。
「初対面だってのに、偉そうなのよね。彼………」
 ファイターは困ったように笑う。どうやらネフライトは、陰でファイターとヒーラーのふたりに、かなりの注文を付けているらしい。
「ま、強引だからね。この人は………」
 ジュピターは諦め顔だ。
「で、何をさせる気なの? ライツに」
 マーズが聞いた。やはり気になるのだろう、全員の視線がネフライトに集中した。
「………秘密だ」
 ニヒルな笑みを浮かべながら、ネフライトは短く答えた。