作戦会議


 火川神社にメンバーが集結していた。これだけのメンバーが一堂に会するのは、久しぶりのことだった。
「外宇宙に調査に行ったせつなとほたるから、何か連絡は?」
 衛はルナに訊いた。ルナは首を横に振った。
「あたしの判断ミスだわ………。あんな危険な生物の調査に、ふたりを行かせるべきじゃなかったわ。もし、成体と遭遇していたら………」
「ごちそうさまって、ところだろうな。プラネット・イーターにしたら、餌が向こうからやってきてくれたわけだからな」
 なびきは呆れたように言った。慎重になりすぎた為の判断ミスだった。ルナにしては、珍しいミスである。
「D・Jがくっついて行ったから、何かあればやつから連絡が入ると思うがな」
 三条院が言う。衛はその事実を知らなかったのか、小声で三条院に確認をしている。
「これから、あたしたちは何をすればいいんだ?」
 相変わらずの無表情のまま、新月はうさぎに視線を送った。指示はうさぎが出せと、無言で言っているのだ。
「レイちゃんたちからの話から考えると、そのプラネット・イーターは産卵の為に地球に来たんでしょ? 産卵を済ませたんだから、もうここにはいないんじゃないの?」
「いや、やつはキンモク星でも産卵をしている。そろそろ腹が減っている頃だ。地球ほどのおいしいごちそうを、やつが見逃すとも思えない」
 うさぎの率直な意見を受けて、星野が答えた。
「今はタイミングを計っていると言うことか………」
 衛は軽く顎をなでた。
「産み落とされた幼生体は、どのくらいいるのかしら?」
「さぁ、分からないな。夜天たちが遭遇したやつが、全てだとは思えない」
 うさぎの疑問には、再び星野が答えた。夜天も同感だと言う風に、大きく肯いた。
「だが、あんなやつをいちいち相手にしていたらキリがないぞ」
「まことの言うとおりだな」
 衛は肯く。
「プラネット・イーターの成体を倒すのが先決だろう。幼生体は、その後ゆっくり掃討すればいい」
 三条院は一同を見回しながら言った。
「同感だな。しかし、どうやってその成体とやらを探す?」
 衛である。三条院に意見を求めつつも、一度遭遇したことのある星野たちの意見も聞きたいのか、チラリと星野にも視線を向ける。
「あんなにでかい生物が、地球上に隠れられるとも思えないから、地球にほど近い宇宙空間に潜んでいると思うな」
「見たことないから、実感沸かないわね」
 夜天の言葉を聞いていたレイだったが、つい本音が口から出てしまった。
「確かに、俺だってこの目で見るまでは信じられなかったさ」
 特に咎めるわけでもなく、星野は自分の率直な意見を言った。星野とて、初めはそんな生物の存在など、信じていなかったのである。
「どお? 操。まだ見られているような感じがする?」
 もなかは操に声を掛けた。だが、操からすぐに返事は返ってこなかった。
「操?」
 いつもならすぐに軽口を返す操が、何の反応も示さなかったことに、もなかは突然不安になった。
「え!? あ、ごめん聞いてなかった。なに?」
 皆の注目が自分に集まっていることにようやく気付いた操は、夢から覚めたような表情で顔を上げた。
「まだ、見られているような感じがいるのか?」
 今度は衛が訊いた。
「うん。見つめられているっていうより、睨まれてる? ううん、狙われているって言うのかな………。とにかく、凄く嫌な感じ………」
「やはり、『星を喰らうもの(やつ)』」は、どこかで地球を見てるな」
「でも、まもちゃんは何も感じないんでしょ?」
「男と女の違いだろ? 女の方が感受性が豊かだからな。特に、人に見られていると言う感覚は、非常に敏感だろ?」
 なびきは、うさぎに説明するように言う。
「へぇ、そう?」
「あんたは、鈍いから、気が付かないだけよ」
 うさぎのボケに、レイが突っ込みを入れた。ムッとした表情でうさぎはレイを睨むが、レイは素知らぬ振りである。
「マスター、もしかすると!」
 三条院が突然声を上げた。
「操がプラネット・イーターの視線を感じているってことは、やつがすぐ近くにいるってことじゃないのか?」
「そうか! くっ! こんな簡単なことに何故今まで気が付かなかったんだ………」
 衛は悔しげに唇を咬んだ。迂闊さを呪う。
「でも、そんな大きな生物が地球のすぐ近くにいたら、NASAとかが発見してるんじゃない? 個人の観測家だって発見すると思うけど………」
 レイの疑問は最もだった。レイは衛と三条院が悔しがっている理由の全てを、理解はしていなかった。
「いや、月の裏側だ」
 衛は言った。
「月の裏側はこちらからでは見えない。プラネット・イーターは、きっとそこに潜んでいる」
「しかし、どう戦うの? 惑星ぐらい大きな生物なんでしょう?」
「新月の言うとおりだな。闇雲に戦って勝てる相手ではないだろう。こいつらは追い払っただけで、倒したわけじゃない」
 言いながら、なびきは星野と夜天のふたりを顎で示した。
「やつの弱点を知っている」
 星野の自信ありげな言葉に、その場にいたものたちは騒然となった。
「なんだ、それは?」
 代表して衛が訊いた。
「『歌』だ」
「なに!?」
「ふざけているのか?」
 衛が驚きの声を上げると同時に、なびきは不愉快そうに星野を睨んだ。
「ふざけているつもりはない。『星を喰らうもの(やつ)』は人の歌う『歌』を不快に感じるようだ。俺たちの『歌』を聞いて、明らかに『星を喰らうもの(やつ)』」は怯んだ」
「単にお前たちの『歌』とやらが、聞くに堪えなかっただけじゃないのか?」
「てめぇ、ギャラクシア!」
「ケンカしないの!!」
 うさぎが割って入った。愚かな言い争いをしている星野となびきを、うさぎにしては珍しく怒ったような視線で睨んだ。
「とにかく、星野たちの『歌』によって、プラネット・イーターが怯んだって言うのなら、星野たちに歌ってもらえばいいんだよ!」
「効果があるって言うのなら、試してみる価値はある」
 うさぎと衛がそう言ってしまえば、反論する者は誰もいない。
「準備は俺に任せてもらおう」
「何の準備だよ? 正人さん」
 何やら考えが浮かんだらしい三条院に、まことは尋ねた。
「三条院財閥の力使って、何かやらかそうって言うんじゃないの?」
 うさぎがまことに耳打ちするように言ったが、声が少しばかり大きい。明らかに、三条院に聞こえるように言っている。
「スリー・ライツが歌うんだから、それなりの準備がいるだろう?」
 何やら自信満々の三条院だったが、その場にいた者は理由が分からず、全員唖然となってしまった。

 打ち合わせは終了し、一時解散となった。行動を起こす前に、それぞれするべきことができたからだ。
 衛は火川神社の階段を下りながら、三条院と話をしていた。
「フランスにいる清宮と美園に連絡をしようか? 今度の相手は、少しばかり厄介そうだ。戦力は多い方がいいと思うが?」
「そう思ってここに来る前に連絡をしたんだが、ふたりとも電話に出ない。美奈子の守り役のふたりにも電話をしてみたが、ふたりとも留守だった。と、言うことは、美奈子もいないと考えられるな」
「なにかあったと考えるのが正しいな………」
 三条院の言葉を受けて、衛は表情を曇らせた。フランスではまだ昼間の時間である。出掛けている可能性もあるが、四人が四人とも連絡が取れないと言うのは解せない。
「プラネット・イーターは、世界中に卵を産み落としたかもしれないということか」
 衛は足を止めた。顎に手を当て、眉根を寄せて考え込んだ。
「清宮のやつ、早まらなきゃいいが………」
「それは言えるな。ドイツに行けば亜美と合流できる。亜美ならば、プラネット・イーターの成体が潜んでいる場所を、計算で割り出すだろう」
「ああ、亜美ならば可能だ………」
 三条院の考えに、衛は肯いて見せた。
「危険だな。あいつらが行動を起こす前に、俺たちも動いた方がよさそうだな、三条院」

「星野と夜天は?」
 司令室に降りてきたうさぎは、そこにいるはずのふたりの姿がないので、ルナに訊いた。
ふたりは司令室で、ルナと打ち合わせをしているはずだったのだ。
「三条院さんに呼ばれて、どっか行っちゃったわよ」
 ルナは答えた。ひどく疲れた様子だ。せつなたちから、未だに連絡が入らないからなのだろう。
 ルナのその表情を見れば、うさぎにもそれが分かったから、せつなたちのことについては、敢えて訊こうとはしなかった。
「そっかぁ………。星野とゆっくりお話したかったのになぁ………」
「衛さんがやきもち妬くわよ。それに、戦いが終わってから、ゆっくり時間を取ればいいじゃない」
「まもちゃん、やきもちなんて妬かないよ! だって、星野とはお友達だもん」
「うさぎちゃんがそう思っててもねぇ………」
「なによ!?」
「なんでもないわ」
 衛一筋のうさぎは、どうも他の男性に対して配慮が足りない。恋に関しては、ある意味鈍感だった。
「うさぎちゃんは、衛さんしか見えてないのよねぇ」
「え!? なんか、いけないの? 気になる言い方ね」
「もうちょっと、色んな男の人と付き合った方がいいわよ」
「あたしは、まもちゃんがいれば、それで充分なんだけど………」
「ま、今はそれでいいかもしれないけどね」
 ルナは小さく笑った。うさぎはその意味が分からなかったから、これ以上、この話題に触れることは止めた。
 通信機が鳴った。まことからだ。
「有栖川公園に、幼生体がいた。数は六匹」
「『いた』って、言うことは、もう片付けたってことね?」
 流石にルナは勘がいい。まことの言葉だけで、状況を把握したようだった。
「ああ、新月も一緒だったからな。それに、今度は正体が分かってるから、楽勝だったよ。だけど………」
「どうしたの?」
 まことの声のトーンが急に落ちたので、ルナは訝しんだ。
「火川神社で遭遇したやつより、でかくなってる。倍くらいの大きさだった」
「成長しているってことね………」
「でかいやつが、ゴロゴロ出てきたら厄介だぞ」
「それは、ない!」
 ルナの背後から声が声が聞こえた。司令室の入り口に、なびきとレイのふたりが立っていた。
「どう言うことだ?」
 なびきの声が通信機を通して聞こえたらしい、まことが訊いてきた。
「やつらは成体になるまでは、惑星を喰うわけじゃない」
「え!? じゃ、何を食べて成長するの?」
 質問したのはうさぎだ。
「共食いだよ」
 なびきは短く答えた。横にいるレイは、既になびきから聞いているらしく、特に驚く様子もなく黙って話を聞いている。
「考えてもみろ。あんなのが、産み落とされた数だけそのまま成長して成体になったら、宇宙中の惑星が食い尽くされてしまう」
「なるほど、幼生体はほおっておけば、勝手に数が減っていくってことね」
 新月の声が割り込んできた。
「そう言うことだ」
 なびきは肯く。
「!」
 突然、うさぎが体をビクリと振るわせた。
「どうしたの? うさぎちゃん」
 すぐ近くにいたルナが、うさぎの様子に気付いた。
「うん。なんか今、背中を誰かに撫でられたような気がしたの………」
 うさぎは表情を曇らせた。虫が這っていたとか言う感覚とはまるで違うようだった。明らかに「触られた」と言う感じがしたらしい。しかし、当然ながら、うさぎにそう言った悪戯をする者は、今この場にはいなかった。
「やはりプラネット・イーターは、月の裏側に潜んでいるようだな」
 なびきは神妙な顔で言った。
「三条院さんの方、準備はどのくらい掛かるのかしら?」
 レイがルナを見ながら言った。
「急がせるとは言っていたけど。具体的には何も言ってなかったわ。何をするかも説明されてないし………」
 ルナは少しばかり困ったような表情をした。三条院は秘密主義のところがあるのだ。
「とにかく、外へ出てもなかたちと合流しよう。ふたりとも戦闘経験が浅い。成長したプラネット・イーターの幼生体と出会したら、対処に困るだろう」
「なびきの言う通りね。もなかたちと合流して、次の指示を待って」
 ルナは一同を見回した。
「ところで、ふたりはどこにいるの?」
「え!? ゲームセンター(うえ)にいなかった?」
 もなかと操のふたりは、てっきり上のゲームセンター“クラウン”にいるものだと思っていたルナは、驚いたようにレイに聞き返した。
「見当たらなかったわよ」
「おいおい………」
 ルナは項垂れる。
「もしかしてあのコたち、幼生体探しに、フラフラ歩き回ってるのかしら………」
「ありえるわね………」
 レイは渋い顔で肯いた。
「ちっ! 世話が焼ける。行くぞ!」
 言うが早いか、なびきはとっとと司令室を後にした。
「けっこう、いい子じゃない。なびき」
 ルナが言った。なんだかんだ言っても、結局なびきは、ふたりのことが心配なのだ。
「うん。いい人だよ、なびきさんは。行こ、レイちゃん」
 うさぎは嬉しそうに微笑むと、レイを連れて司令室を出ていった。