エピローグ
西の空がオレンジ色に染まり始めた。
宵の明星―――金星が美しく輝いている。
「あたしってば、やっぱり綺麗だわ」
輝く金星を見つめながら、うっとりした表情で美奈子は言った。もちろん、周りに聞こえるように、である。
「アンタが綺麗な訳じゃなくて、金星がでしょ?」
レイはジト目で美奈子を見る。
「だいたいアンタは密入国なんだからね。用が済んだんだから、とっとと、おフランスに帰りなさいよ」
「レイちゃん………。あたしもそうなんだけど………」
消え入りそうな声で、亜美は言った。美奈子も亜美もセーラー戦士に変身して駆けつけてきたので、正式に日本に旅行に来ているわけではない。
「そんなこと言ったら、殆どの人がヤバイじゃない」
「そりゃそうだ」
うさぎの意見に星野が肯いた。
昨日、プラネット・イーターを倒し、今日は全員でディズニーランドに遊びに来ていたのだ。 夜のパレードが見たかったが、あまり遅くなるわけにはいかないので、後ろ髪引かれる思いで出てきたところだった。
「飛んで帰るのって、面倒よねぇ………」
ぼやいたのは美奈子だ。来たときと同じように、飛行するか又は更に疲れるがテレポートして帰る以外に方法はないのだ。
「いいわ、今回は特別に『転移の扉』を開いてあげるから」
柔らかい笑みを浮かべたまま、せつなが言った。
「え!? ホントに!? 『転移の扉』使わせてくれるの!?」
美奈子は飛び上がって喜んだ。「転移の扉」は空間を歪めることによって、離れた場所に一瞬で移動できる時間と空間を操るプルートならではの技である。普段なら使ってくれないのだが、本人が言うとおり今回だけ特別のようだ。
「せつなにしては、甘いのね」
いつも厳しいせつなが、進んでそう言うことを言ったのが不思議だったのか、みちるが意地悪な視線を向けてきた。
「だから、今回は特別よ」
せつなは苦笑いをする。
「あ、そうか! せつなさんに頼めば、簡単にドイツのまもちゃんに会いにいけるじゃない!」
うさぎはポンと手を叩いて言った。せつなが「しまった!」と言う表情をする。
「やぶ蛇だったわね、せつな」
はるかがせつなの肩に手を置いて言った。
「うさぎはしつこいから、大変よぉ」
みちるも同情する。せつなは項垂れるしかない。衛がドイツへ戻った後のことを考えると、今から頭が痛い。
「火球たちも、もう帰っちゃうんだよね」
うさぎは名残惜しそうに、火球に目を向けた。
「ええ。でも、今日は貴重な体験をしました」
火球が言った。楽しげな笑顔を見せている。
「キンモク星には、このような娯楽はありませんからね」
大気が言った。地球にいたとき気に入っていた、丸縁のサングラスを掛けている。
「今度、作らせましょう。こういった娯楽も必要です」
「ほ、本気ですか!? プリンセス!」
夜天が大袈裟に驚いて見せた。だが、反対はしない。ここまで楽しそうな火球を見たのは、本当に久しぶりだった。自分も心が躍っている。恐らく、星野や大気も同じ思いをしていることだろう。
「地球人の服装も、よく似合ってるよ」
衛が火球を見つめて言った。流石にプリンセスのドレス姿のまま、ディズニーランドに遊びに来るわけにはいかない。全員でお金を出し合って、火球に地球の洋服をプレゼントしたのだ。 うさぎたちからは「似合う」「可愛い」と言われてはいたが、改めて異性から誉められたのが恥ずかしかったのか、火球は顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「まもちゃん。あたしと言うものがありながら、まさか、火球を口説こうなんて思ってないわよね!?」
うさぎがズイッと衛に迫った。
「ば、馬鹿なこと言うなよ」
衛は冷や汗ものである。こんなところで機嫌を損ねられたら、たまったものではない。
「まもちゃんて、女の子の秘孔を付くようなこと、サラっと言うのよねぇ」
「秘孔じゃなくて、ツボじゃない? 美奈子ちゃん」
「そ、そうとも言うわね」
亜美に訂正された美奈子は、照れ隠しにカラ笑いをした。
「そうとしか言わないよ、美奈………」
「相変わらず苦労してんのね、アンタも………」
美奈子の足下で項垂れるアルテミスに、ルナが同情した。ふたりとも、今は猫の姿をしている。
「まもちゃん! みんなにもそう言うこと言ってるの!?」
「い、いや。俺は素直な感想を言ってるだけだよ………」
今日の衛は旗色が悪い。
「あたしも洋服誉められたことがあります。『その服、もなかに似合ってて、可愛いね』とか」
「あたしなんか、しょっちゅうよ」
「まもちゃん!!」
もなかと操の話を聞いたうさぎは、目を吊り上げて怒った。
「落ち着け、うさ! 話せば分かる!」
衛の慌てぶりが、妙に滑稽だ。
堪らず一同は笑い出す。
「さて、そろそろ戻りましょうか、プリンセス」
しばし和やかに笑ったあと、星野が火球に向き直った。火球は肯いた。
「では皆さん。名残は尽きませんが………」
「うん。ありがとう、火球。助けに来てくれて。火球たちがピンチの時は、必ずあたしたちが駆けつけるからね」
「心強いです。でも、そんな日は来て欲しくないですね」
「うん。そうだね」
ふたりは微笑み会う。戦いのない平和な日々が一番である。
「今度は、ゆっくり遊びに来いよな」
「うちの神社にも、お参りに来てよね」
まことに続き、レイは小さくウインクをしながら言った。
「必ず来るよ」
「ええ。また会いましょう」
夜天と大気が答えてくれた。
「また会おうね、星野」
「ああ。またな! お団子」
火球たち四人は、セーラー戦士へと変身する。
「では、皆さん」
火球は深々と頭を下げる。
四人は輝く流星となって、宇宙( へと駆けていった。)