狙われる地球
「な〜んか、日々退屈で死にそ………」
十番商店街を歩きながら、操が大きなあくびをする。
「まぁまぁ、あたしたちが暇ってことは、平和だってことじゃない」
もなかが操の肩をポンポンと叩く。
「こういう平和なご時世は、あたしの性に合わないわ!!」
「相変わらず、おっそろしいことをあっさりと言うのね、アンタ」
もなかはジト目で操の横顔を見る。
ふたりが向かっているのはゲームセンター“クラウン”である。親友の奈々が流行の風邪で寝込んでしまったので、暇を持て余したもなかが、操を遊びに誘ったのだ。折角の夏休みに、家でじっとしているのはもったいない。
「なんか、あたしの度肝を抜くとんでもない敵が現れないもんかしら………」
「だからぁ、なんで平和じゃいけないのよぉ………」
やっぱりこいつの思考パターンは理解できんと、もなかは内心思った。
「はっ!」
突然、操は体を震わせた。周囲にキョロキョロと視線を走らせる。
「なに? どうしたの?」
「なんかさー。みょ〜な視線を感じたんだけど………。それらしい男は見あたらないわねぇ」
「なんで男だって分かるのよ!」
「この可愛い操ちゃんを見つめるのは、男に決まってるわよ!」
「ひとりで言ってなさいよ」
もなかはわざとらしく嘆息した。
「あれ?」
前方に見えるゲームセンター“クラウン”の入り口に、長身の青年が佇んでいるのを、もなかは発見した。青年は“クラウン”の看板を、じっと見上げていた。サングラスを掛けているので、表情まではよく分からない。
「あら、けっこうかっこいい!」
青年を見つめるもなかの目が、ハートマークになる。
「星の輝きを感じるわ。でも、太陽系外の人ね」
舞い上がっているもなかとは正反対に、操は表情を硬くしていた。
「なんでそんなことが分かるの!?」
「分かるわよ、普通。鍛錬しなさいよ、アンタも」
「う゛〜〜〜〜〜〜」
操の嫌味に、もなかは唸るしかない。分からなかったのは事実だから、反論ができないのだ。
もなかが唸っている間に、操の方は足早に青年に近づいていった。
「ちょ、ちょっと操〜〜〜〜!!」
もなかが慌てた。相手が本当に外宇宙の人間で、しかも敵だったとしたら、自分たちふたりだけでは対処できない可能性がある。
「ちょっと、あなた!」
操はもなかが止めるのも聞かずに、青年の背後から声を掛けた。青年はゆっくりと振り向く。
「地球( に何の用?」)
やや挑戦的な言い方をした。
「ゲームセンターに食事にくるやつがいると思うかい?」
突然妙なことを訊かれたにも関わらず、青年はにこりと笑って、軽口で答えた。
「違うわよ。この星に何のようかって訊いてるの。不法侵入のお兄さん」
「お前、何モンだ?」
ここで初めて、青年の口調が変わった。サングラスの奥の瞳が、僅かに険しくなったように感じた。
「あたしはこの星を守護する者よ」
「なに!? セーラームーンはどうしたんだ!?」
「プリンセスを知っているの!?」
「星野!?」
驚きの声が、背後から響いてきた。青年は振り向くと、そこにはお団子頭の女子高生と、スラリと背の高い青年が並んで立っていた。声を掛けてきたのは、お団子頭の女子高生の方だ。驚きの表情でこちらを見ている。
「お団子………」
「やっぱり、星野なの?」
お団子頭の女子高生―――うさぎは驚きに目を見開いて、青年を見上げた。
「お姉、知ってるの!? この人………」
今度はもなかが驚く番だった。操も少しばかり驚いたような表情を、うさぎの並んでいた衛に向けた。衛は無言で肯く。
「どうして、地球に………?」
「ルナから何も聞いてないのか?」
「ううん。ルナが何か知ってるの?」
「緊急事態か?」
星野の様子から尋常ならざるものを感じ取った衛が、幾分表情を険しくして訊いた。
「ああ。とんでもないやつが、やってくる。ここに………」
「司令室で聞こう」
衛はこの場にいる者全員に、“クラウン”の地下司令室に行くように促した。
「惑星を丸ごと食べる生物ですって!? そんな馬鹿げた話を信じろって言うの!?」
星野の話を聞き終えた操が、あからさまに不快な表情をする。
「夢物語を語るために、わざわざこんなところまで来たりはしない」
今度ばかりは、流石に星野も不愉快そうに顔を歪めた。
「操、お前は黙っていろ。すまない、話を続けてくれ」
衛が操を叱り、星野に詫びた。星野はふぅと小さく息を吐くと、小刻みに二回肯いた。
「古い文献には、『星を喰らうもの』として記されている。………とんでもないやつだよ」「その様子だと、会ってるな? そいつに」
流石は衛である。星野の言葉の裏に隠された真実を、即座に見透かしていた。
「ああ、キンモク星も襲われた」
星野は肯く。
「火球は!?」
うさぎの顔が真っ青になる。
「大丈夫だ、追い返すことができた。だが、そいつはキンモク星の近くにあるスター・ゲートに向かってしまった」
「太陽系と繋がっているスター・ゲートだな? それを通って、キミが言う生物がこっちに来たって言うのか?」
「ああ、間違いない」
星野は重々しく肯いた。
「そんな大事なこと、何で黙ってたの?」
うさぎはルナに咎めるように訊いた。
「ゴメン。まだ確信が持てなかったから………。せつなさんたちには動いてもらってるんだけどね、まだ発見できないのよ」
ルナは項垂れた。
「そう簡単には見つからないよ。それより、他の星系とは連絡が取れるか?」
「ううん。駄目みたい………。キンモク星とも連絡が取れないわ」
「なら、やつは来てるよ。間違いなく近くにいる。やつの出現前には激しい電波障害が起こる。キンモク星でもそうだった。」
「でも、太陽系にはたくさん星がありますよ。どうして地球が狙われるって分かるんですか?」
今まで黙って話を聞いていたもなかが、疑問を投げかけてきた。確かにもなかの言うとおりである。太陽系には地球を含め、大小様々な惑星が無数にある。
「やつはグルメなんだよ………」
「え?」
「グルメ?」
思いも掛けない星野の発言に、もなかとうさぎが驚きを示した。
「その星系で一番美しく輝いている星を真っ先に思う。喰われてしまったスカーレット星も、他の惑星は残っている。キクモク星だってそうだ。俺たちを無視して、真っ先にキンモク星を狙ってきた」
「その星系で最も美しい星………。やっばり、美人は狙われる運命にあるのね………」
操は陶酔しきった表情で、あらぬ方向を見上げた。
「!」
突然、その操がビクリと体を震わせた。
「どうしたの?」
「なんだか、嫌な視線を感じたんだけど………。気のせいだったみたい」
「さっきも言ってたわよね?」
もなかは“クラウン”に来る前にも、操が同じことを言ってたのを思い出した。
「プリンセスも『星を喰らうもの( 』に襲われる前に、同じような視線を感じたと言っていた」)
星野は言う。皆が深刻な表情になる。実際、襲われなければ対処ができないのも事実なのだ。
「とにかく、調べに行っているせつなさんとほたるちゃんの報告を待ちましょう」
ルナが言った。
美園は空を見上げていた。
美しい青空が広がっている。
「なにボーッとしてるんだ?」
背後でトーンの低い声がした。振り向くと、清宮と美奈子のふたりが、物珍しそうな視線で自分の方を見ていた。
「おやおや、デート中?」
美園はやんわりと笑って、幸せそうなカップルに言った。
「馬鹿言うな、こいつが勝手にくっついてくるだけだ!」
清宮がさも不満そうに言うが、照れ隠しなのは分かっていた。横で美奈子が頬を膨らませている。
「なんか、不満そうだな」
「いいえ、別にぃ………」
美奈子はそっぽを向くついでに、清宮の弁慶の泣き所を蹴飛ばす。
「何かさ、嫌な気配を感じなかった?」
仲むつまじく口げんかをしているふたりに、美園は真剣な眼差しで訊いてきた。
「え!? 怪しい気配?」
美奈子の方が先に反応した。次いで清宮が、怪訝そうに眉間に皺を寄せた。
「俺は何も感じないが………」
「はっきりと感じたわけじゃ、ないんだけどね。でも、このざわついた感触、気になるのよ」
美園は感性豊かな人物だ。何か異常な気配を感じ取ったのかもしれなかった。
「一応、アルテミスのことろへ行ってみようか」
「ああ、そうしよう。美園の嫌な予感は、よく当たるからな」
清宮はそう言うと、美園がしていたように、空を見上げた。
「セイヤたちから連絡は?」
司令室に入ってきた火球は、通信士の前で深刻な表情をしていたタイキに尋ねた。
「地球と連絡が途絶えました」
タイキは唇を噛む。
「『星を喰らうもの』が、地球に向かったのは間違いがないようですね」
火球は残念そうに首を振った。自分たちの予想が的中してしまったことに、火球は焦燥感を感じていた。外れてくれればいいと願っていたのだ。
「プリンセス!」
衛兵のひとりが、不意に火球を呼んだ。火球はその衛兵に向かって首を巡らせた。
「市民の通報により向かった場所で、奇妙な生き物を捕獲しました」
畏まった様子で、その衛兵は報告した。
「奇妙な生き物?」
タイキが怪訝そうに眉根を寄せた。
「キンモク星では確認されたことがない生物です。ご覧になりますか?」
「ええ、見たいわ。案内して」
タイキが言うと、
「わたくしも行きます」
興味が沸いたのだろう、火球も同行を申し出た。
捕獲したと言う生物は、王宮の中庭にいた。仮設された檻の中で、じっとして動かなかった。
体調は五十センチ程。円に近い体に、一対の足(手かもしれない)が生えている。お尻には短い尾があった。恐らくこの尾でバランスを取っているのだろう。足が一対しかないので、円状の体を支えるのは少々バランスが悪そうだった。退化しているのか、「目」はなかった。全体の印象としては、おたまじゃくしとカエルの中間のような生物に感じられた。ただ、発達しているのが後ろ足ではなく、前足だと言うことがカエルとは違っていた。
「何をしても全く動かないので、危険はないようなんですが………。なにぶん、未知の生物ですので………」
実際、捕獲も容易だったらしい。ただ、衛兵は処理に困っていると言う顔で、火球とタイキに目線を送った。
「危険がないかどうかは、すぐには判断できないわね。取り敢えず、至急関係施設へ送りましょう。専門家に任せるのが一番だわ」
タイキは肩を竦める。未知の生物なら、動物学者に預けるのが一番である。了承を求めるように火球に視線を向けた。火球は肯く。
「それにしても、ヘンな生き物ね………」
檻の中の奇怪な生物を、タイキはマジマジと見つめた。その時だった。
グワッ。
突然その奇妙な生き物が大口を開けて襲ってきた。檻を食い破り、中庭へと飛び出す。正に急変である。今まで大人しくしていた生物が、突然凶暴になったのだ。
王宮の中庭に悲鳴が上がる。
衛兵たちが生物から火球を守るべく、彼女の前面に出た。
「こ、こいつはまさか!?」
タイキはこの大口を開けたこの生物に、見覚えがあった。大きさこそ全く違うが、この生物は、
「プラネット・イーター!!」
タイキは素早くスター・メイカーに変身する。火球の位置を確認する。三メートル程後方にいた。プラネット・イーターからは少し距離がある。自分の方が近い。
既に火球も変身していた。戦闘態勢は整っている。プリンセスと言えど、ただ衛兵に守られるようなことはない。戦える状態ならば自らも戦う。それが火球である。
「はっ!」
メイカーが仕掛けた。素早い動きでプラネット・イーターに接近し、手刀を振るった。だが驚くべきことに、プラネット・イーターはその手刀に向かって噛み付いてきたのだ。
「う、うわぁぁぁぁ!!」
右腕にガブリと噛み付かれ、メイカーは悲鳴を上げた。メイカーの悲鳴に呼び寄せられたのか、どこからともなく、同じ生物が二体出現した。
「メイカー!」
しかし、動きの止まったプラネット・イーターは、火球の絶好の的となった。一筋の光線が、プラネット・イーターの体を貫通する。
ニ‐三度痙攣し、プラネット・イーターは地面にボトリと落ちた。
「なんてやつなの………!?」
右腕は激しく出血していた。火球がその治癒能力で、メイカーの傷を治療する。
残りは二体。衛兵たちが混乱している。ひとりの衛兵の目の前に、プラネット・イーターが接近した。しかし、衛兵には見向きもせずに、火球とメイカーのいる方向に体を巡らせた。
「フラワー・ダイナマイト!」
火球の手のひらから、小さな火の玉が打ち出される。小さな火の玉は、プラネット・イーターの眼前で突然膨れあがると炸裂した。
「スター・ジェントル・ユーテラス!!」
トドメはメイカーの仕事だ。火球の攻撃によって怯んだプラネット・イーターは、メイカーの攻撃によって一瞬のうちに消滅した。
「この生き物はまさか………」
「ええ、プリンセス。『星を喰らうもの( 』の子供だと思います」)
タイキは自分の言った言葉の重大さに、表情を硬くした。
「もし、『星を喰らうもの( 』が産卵のためにキンモク星にやってきたのだとしたら、かなり厄介です。今のような子供が、無数にいる可能性があります」)
「ええ、直ちに調べさせましょう」
「ですが、何故さっきのやつは、突然凶暴になったんでしょう。衛兵が目の前にいたのに、見向きもしなかったのが気になります」
「衛兵たちになくて、わたしたちにあるもの………恐らく、スター・シードに反応したのかもしれません」
「わたしたちを惑星そのものと勘違いしたと?」
「ええ、そう思います」
火球はゆっくりと顎を引いた。
「ならば、『星を喰らうもの( 』の子供たちの対策は立てやすいですね」)
「ええ。幸いスター・シードを持たない者たちを襲うことはないようですから、市民にも協力してもらいましょう。一刻も早く掃討して、わたしたちも地球へ向かいましょう」
火球は変身を解くと、足早に司令室へと戻っていった。