キンモク星の危機
警報は騒々しかった。
夢の中にいた火球は、いきなり現実の世界に引き戻された。
ベッドから飛び起き、素早く着替えると部屋を出た。
「何が起こったのです?」
扉の外では、セイヤが待機していた。火球が部屋から出てくるのを待っていたのだ。
「隣のスカーレット星系より、SOSです」
既に廊下を歩きだしている火球の横に並んだセイヤは、早口に報告をする。
「SOS?」
火球は眉根に皺を寄せた。しかし、足は止めない。
「はい。何者かに襲われているようです」
ふたりは間もなく、王宮内部にある作戦司令室に到着した。
オペレーターたちが、躍起になって情報を収集している。指揮を執っていたヤテンとタイキが、作戦司令室に入ってきたふたりに気づいた。
「状況は?」
火球は短く尋ねた。
「詳細を確認中です。混乱していて、掴み切れていません」
答えたのはタイキだった。声が多少上擦っている。どんな状況下であっても冷静な、あのタイキが、である。つまりは、タイキが冷静さを失うほどの事態が起こっていると言うわけだ。
火球は表情を更に堅くした。
「プリンセス・スカーレットとのホットラインも使えないのですね?」
「はい。反応がありません」
今度はヤテンが答えた。顔色が紙のように白くなっている。
「………!? どうした!?」
突如タイキが声を上げた。ヘッドフォンを耳に当てる。
「繋がったのか!?」
セイヤが身を乗り出して訊いてきた。タイキは皆に静まるように、手で合図をした。相当聞き取りづらいようだ。
「プリンセス・スカーレットのセーラーガーディアンです」
タイキは小声で火球に報告する。全神経を耳に集中させながら、つまみを絞って音量を調整している。
「スピーカーに流します」
調整が取れたらしい。音声をメインのスピーカーに回した。
雑音がひどい。声もやっと聞き取れるほどに小さい。
「聞こえないぞ! これ以上大きくならないの!?」
「ノイズがひどすぎる。これ以上は無理よ!」
苛立たしげなセイヤを、タイキは強い口調で制した。
「………バケモノ………! とんでもないバケモノだわ!!」
「バケモノ!? いったい、どんなやつが出たっていうの!?」
ノイズ混じりで僅かに聞き取れた音声に対し、マイクに向かってヤテンが怒鳴った。
「し、信じられない! 星が星が喰われている!!」
通信に出ているセーラーガーディアンは、ヤテンの声などは聞こえていないようだった。一方的に話している。
「馬鹿なこと言わないで!! 星が喰われるなんて、そんな馬鹿なことがあるわけないじゃない!!」
ヤテンが再び叫ぶように訊いた。それは、この場にいる全員の疑問でもあった。
「………駄目だ! 防ぎきれない!! プリンセスぅぅぅぅぅ!!!!」
最後は絶叫だった。それきり通信は完全に途絶えてしまった。後はノイズだけが、司令室に響き渡るだけだった。
タイキが再び調整を試みたが、諦めたように首を横に振った。
「星が喰われるですって!? そんなことが………!」
あるはずがないと言いかけて、タイキは口を噤んだ。
「心当たりがあるのね?」
そのタイキの表情を、セイヤが敏感に感じ取った。
「『星を喰らうもの』………」
タイキは喉の奥から、やっとのことで声を絞り出した。
「『星を喰らうもの』って………。まさか、伝説のプラネット・イーター!?」
「星を喰らうもの」については、セイヤも耳にしたことがある。惑星を文字通り食し、自らの生命エネルギーとする、驚異の生物。それが、プラネット・イーターだった。
「でも、あれは伝説上の生物じゃなかったの?」
「いえ、実際に『いた』と言う報告書を見たことがあるわ」
緊張のため唇を僅かに振るわせながら、タイキは答えた。
「そいつが、スカーレット星を襲ったって言うの………?」
ヤテンの問いかけは、特定の誰かに向けられたものではない。呟きに近いものだ。
「セイヤ、ヤテン」
今までずっと口を噤んでいた火球だったが、ここでようやく口を開いた。名を呼ばれたセイヤとヤテンは、そろって火球に視線を向けた。
「ふたりはスカーレット星へ行き、状況を確認なさい。それとタイキ」
「はい」
「あなたは『星を喰らうもの』について、詳しく調査をなさい」
「分かりました。プリンセス」
火球の指示に、三人は同時に肯いて見せた。
瞬く星の海を、セーラースターファイターとセーラースターヒーラーは流星の如く疾駆し、スカーレット星系へとやってきた。隣の星系とは言っても、全速力で移動して丸一日はかかる。長旅である。
「おかしい」
何もない空間を見つめて、ファイターは訝しそうに首を傾げた。視界の隅には、スカーレットの太陽が捉えられている。
「太陽の位置、緑白色の恒星、赤色の三連星の位置………。間違いないはずよね?」
傍らのヒーラーに尋ねた。星図は頭の中に叩き込んである。位置を間違えているとも思えなかった。
「うん。間違いない。ここのはずよ」
答えるヒーラーも、この場所にスカーレット星があるはずだと考えていた。ヒーラーの声は、心なしか震えていた。瞳は何もない空間を見つめたまま、動かすことができないでいる。
「なくなっている………。スカーレット星そのものが………」
ファイターは声を絞り出すように言った。緊張のあまり、喉がカラカラに乾いた。
あるはずのところに、スカーレット星がないのだ。座標は間違っていない。なのに、星そのものが消えてしまっている。
「『星を喰らうもの』………。本当に、星を食べたって言うの?」
信じられないと言った風に、ファイターはかぶりを振った。破壊されたのなら、残骸が残っているはずである。しかし、そんなものは欠片もない。
「冗談じゃないわ! そんな生物が本当にいるって言うの!?」
「でなきゃ、この状況をなんて説明するの!?」
ふたりは混乱していた。理解を超えた事態なのだ。星そのものを、ひとつ丸ごと食べてしまうような生物が、本当に存在するのか? そんな巨大な生物が、本当にいると言うのか?
「『星を喰らうもの』はどこ?」
冷静さを取り戻したファイターが、周囲を見回した。周囲には静寂な空間が広がっている。
「それらしき気配は感じられないわ」
ヒーラーが答えた。生物らしき“気”は感じない。そもそもここは真空の宇宙空間なのである。有酸素呼吸をする生物は活動できない。ファイターたちもセーラー戦士に変身しているから活動できるのであって、変身していなければ生命さえ維持することもできない。
「なにか、嫌な予感がするわ」
ファイターは表情を硬くした。胸騒ぎがした。
「急いで帰るわよ、ヒーラー!」
「え!? 調査はしないの?」
火球からはスカーレット星の調査を指示されているのだ。確かにこの状態では調査しようにも何もできないのだが、このまま帰ってしまうのも問題である。事件の手掛かりくらいは探さねばならないはずだ。
「スカーレット星を襲ったのが、本当に『星を喰らうもの』だとしたら、次にどこを狙うと思う?」
ファイターは硬い表情のまま、ヒーラーに尋ねた。
「う〜ん。『星を喰らうもの( 』が仮に生物だとして、本能のまま行動しているとなると、餌を求めて次に向かうのは、一番近い星系………。ファイター! プリンセスが危ない!!」)
「ええ! 急ぎましょう! メイカーだけでは守りきれないかもしれない!」
ヒーラーもようやく、ファイターが言わんとしていることを理解した。
「全速力で戻るわよ!!」
ふたりは再び流星になった。
王宮にある資料の間で、タイキは古い文献を調べていた。
調べてみると、思った通り情報は少なかった。何せ相手は、惑星そのものを文字通り喰ってしまうようなバケモノなのである。遭遇した相手は、無事であるはずがない。
残っている資料も、事件直後に近隣の星系の調査隊が調査を行った報告書だけである。「星を喰らうもの」を実際に「見た」と言う記述は、どの資料にも記されていない。
「これでは対策の立てようがないわね………」
タイキは深い溜息を付いた。資料の間に籠もって既に丸ニ日が経過していた。膨大な資料の中から「星を喰らうもの」の記述を探すと言う地道な作業を、タイキはひとりで行っていた。
「どうですか? タイキ」
ふぅと息を吐いた瞬間に声を掛けられ、タイキは僅かに驚いた。
「プリンセス………。申し訳ありません、まだなにも………」
資料の間に入ってきた火球の気配に全く気づかなかったタイキは、自嘲気味に小さく笑みを浮かべた。もちろん、火球には見えないようにである。
「セイヤたちから連絡は?」
「電波の状態がよくないようなのです。全く連絡が取れないの」
火球はやや心配そうに言った。もし、スカーレット星の付近にまだ「星を喰らうもの」が残っているとしたら、間違いなく戦闘になるはずである。だからこそ、スカーレット星にはふたりで行かせたのである。しかし、相手は惑星そのものを食べてしまう生物である。スカーレット星には四人のセーラーガーディアンがいた。彼女たちが勝てなかった相手に、たったふたりで向かったセイヤとヤテンが勝てるだろうか。
「大丈夫ですよ、プリンセス。あのふたりは、殺されたって死ぬような人たちじゃありませんから………。今頃は、スカーレット星を調査してることでしょう」
タイキは努めて笑顔を作った。自分までもが不安そうな顔をするわけにはいかない。実際、火球の懸念と同じように心穏やかではないタイキだったが、それを表情に出すことはしなかった。
「せめて連絡が取れれば………」
「!」
タイキの脳裏で何かが弾けた。火球の言葉を無視して、分厚い文献を開いた。
「『星を喰らうもの』現れる時、大気の流れが乱れる………」
タイキは声に出して記述を読んだ。大気の乱れ、すなわち電波障害。
「プリンセス。他の星系と連絡は取れますか?」
緊張した声で、火球に尋ねた。
「いえ、試みてないから分からないわ」
「すぐに試してみましょう」
「その方がよさそうね」
火球も状況を理解したようだ。ふたりは急いで司令室へと向かう。
司令室に入るなり、通信士を呼びつけ手近な星系に連絡を試みた。
「ガーネット星系、ローズ星系共に繋がりません」
「マウ星系、コロニス星系も駄目です!」
「ギャラクシーコルドロンも沈黙! 地球とも繋がりません!!」
通信士も次第に声が上擦ってきた。相手を呼び出す様子にも、焦りが感じられる。
「!!」
火球とタイキが何かを感じた。おぞましい気配。神経を逆なでするような感覚。
「なに、この感じは………? 誰かに、見られてる………!?」
端正な火球の表情が、恐怖のために強張っていた。何者かの視線を感じるのだ。しかし、その視線には善意は感じられない。身の危険を感じる冷たい視線………。
ドドーン!!
出し抜けに王宮が揺れた。いや、王宮ではなく、キンモク星そのものが揺れたのだ。
「きゃぁぁぁぁぁぁ!!!」
両腕で自分の体を抱きしめるようにして、火球が悲鳴を上げた。
「プリンセス!?」
「な、なに!? この感じは………! 体が締め付けられる………!?」
「プリンセス! くっ! お前たち、プリンセスを頼みます!!」
タイキは後ろ髪引かれる思いで司令室を飛び出した。火球の身が心配だが、外の様子を確認しなければならない。キクモク星そのものに、何か異常な事態が起こっていると感じた。だから、火球の身に異変が起こったのだ。セーラー戦士と守護星は一心同体なのである。守護星に何か異常が起これば、直ぐさまセーラー戦士にも影響が出る。
タイキは王宮の外へと飛び出した。
「!」
思わず足が竦んだ。大きく開けられた「口」が、空一面に広がっていたのである。
タイキが、それが「口」だと咄嗟に判断できたのは、「歯」と「舌」が確認できたからである。そうでなければ、あまりにも巨大すぎて、それが何なのかはすぐには分からなかっただろう。獰猛な肉食動物のような鋭利な「歯」ではなく、どちらかと言えば草食動物を思わせる歯並びだった。
「『星を喰らうもの』………。この星に来ていたなんて………」
初めて見る生物ではあるが、タイキは目の前の生物がプラネット・イーターであると確信していた。
「星を喰らうもの」は、正にキンモク星に食い付こうしている瞬間だった。
「プリンセスは喰わせない!!」
タイキは気持ちを奮い立たせる。今戦えるのは、自分ひとりしかいないのだ。
「メイカー・クリスタル・パワー・メイク・アーップ!!」
変身すると同時に飛び上がった。
「スター・ジェントル・ユーテラス!!」
「口」目掛けて必殺技を放った。だが、「口」には傷ひとつ付かない。
「わたしの技が通用しない!?」
メイカーの表情が凍り付く。相手は惑星そのものを喰らうことのできる、巨大な生物なのである。通常レベルの技では、通用しないのも当然だった。
キンモク星が揺らいだ。「星を喰らうもの」が、ついにキンモク星に噛み付いたのである。「歯」が大地にめり込んだ。
苦しみのために絶叫をあげる火球の姿が、脳裏に浮かんだ。
「そんなに空腹だと言うのなら、わたしを喰えばいい!!」
メイカーは「星を喰らうもの」の喉へ向けて突進した。
「メイカー! 早まっては駄目!!」
自分が「喰われる」と言う苦しい状況の中、火球はメイカーの身を案じて叫んでいた。
声が届かないのを承知で。
君はいつも輝いてた
笑顔ひとつ小さな星
大切にしてたよ………
その時、火球の脳裏にメイカーの歌う「歌」が聞こえてきた。きっと、今、メイカーが口ずさんでいるのだろう。自分を捜す為に地球へ行った彼女たちが、男性アイドルグループとして活躍していた時の歌だった。
「待ちなさい! メイカー!!」
火球は絶叫した。
ふと、思い出し口ずさんだ自分たちの曲に、メイカーは自嘲気味に笑った。
「わたしにも、こんなセンチメンタルな部分があるなんて、今まで知らなかった」
思わず吹き出してしまった。そして、もう一度最初から、歌い出した。
君はいつも輝いてた
笑顔ひとつ小さな星
大切にしてたよ
変化は突然に訪れた。「星を喰らうものの」の動きが、急に止まったのである。
「なに!? どうして?」
逆にメイカーの方が戸惑ってしまった。「星を喰らうもの」が、僅かばかりキンモク星から離れたような気がした。
左右から閃光が走った。ふたつの閃光は真っ直ぐに「星を喰らうもの」突き進む。
「メイカー!!」
ファイターとヒーラーだった。ふたりはメイカーを挟んで左右に陣取った。全速力でスカーレット星系から帰ってきたふたりが、ギリギリのタイミングで間に合ったのだ。
「こいつが『星を喰らうもの』か………」
ファイターは闘志を剥き出しにして、相手を睨み据えた。
「でも、様子がヘンじゃない?」
対照的にヒーラーは不思議そうに首を傾げた。
「様子がヘンだって言うのなら好都合だわ! 三人で力を合わせれば、勝てるかもしれない!!」
ファイターは身構える。全身にパワーが漲る。戦闘準備OKだった。
「試してみたい作戦があるわ。協力してくれる?」
「了解!」
「いいわよ」
ふたりは返事をする。
「『流れ星へ』を歌いましょう」
「『流れ星作戦ね』あたしたち向けで、いいんじゃない?」
「違う。歌うのよ『流れ星へ』を。覚えてるでしょう? あたしたちの歌」
「へ!?」
「メイカー、本気で言ってるの!?」
「本気ですよ」
メイカーは大まじめな顔で、呆気に取られているふたりの顔を順に見た。
「あなたがそれだけ自信満々に言うんだから、何か根拠があるのね。いいわ、その作戦やりましょう」
「しょ、しょうがないわね!」
ファイターは納得したと言う風に、肯いて見せた。ヒーラーは少々不満げに肯いた。
「いくわよ」
三人は呼吸を整えた。
君はいつも輝いてた
笑顔ひとつ小さな星
大切にしてたよ
三人で一緒に歌うのは、本当に久しぶりだった。思わず力が入る。
「星を喰らうもの」が、またキンモク星から離れた。やはり、様子がおかしい。
きみの香りずっと
ボクの声よ届け
更に気持ちを込めた。「星を喰らうもの」が、ぐっとキンモク星から離れた。
「桂花百花繚乱( !!」)
花吹雪を纏った凄まじいエネルギーのうねりが、「星を喰らうもの」の「舌」に直撃する。
呪縛を逃れた火球が、セーラー戦士に変身して戦闘に加わってきたのだ。
「星を喰らうものが」逃げるように後退する。
「よし! 今よ!!」
「スリーライツ・シューティングスター・ブラスト!!」
三人の強烈なリンク技が炸裂した。鼻先に直撃する。体表が吹き飛んだ。ダメージを与えることができたようだ。だが、もちろん致命傷などではない。
「やつが、逃げるわ!」
急速に離れていく「星を喰らうもの」を見て、ファイターは叫ぶ。
後を追おうとした瞬間、凄まじい悪臭に体が痺れた。
「しまった、麻痺の息( だわ!」)
ヒーラーが悔しげに呻いたが、既に遅かった。全身に麻痺の息を浴びてしまい、既に体に感覚がない。
「あ、あんなやつを野放しにするわけには………」
ファイターは必死に動こうとするが、手足が言うことを聞かなかった。呼吸も苦しかった。吸い込んでしまったから、肺の機能も麻痺してしまっている。
気が遠くなった。
三人はセーラー火球の治療によって、意識を取り戻した。火球だけは麻痺の息をシールドしたようだった。
「プリンセス、やつは………?」
「逃げてしまいました」
ファイターの問いに、火球は力無く首を左右に振った。
「やつの気配を探って、逃亡した先を限定しましょう。早めに手を打てば、助かる星があると思うわ」
メイカーは言う。
「そうだね。やつはきっと腹を空かしている。だから、近いうち必ず他の星を襲うと思う」
ヒーラーも肯く。
「一度、司令室に戻りましょう」
最後にセーラー火球が言うと、ライツの三人は同時に肯いた。
オペレーターが「星を喰らうもの」の動きを完璧に記録していた。キンモク星を離れた「星を喰らうもの」は、銀河の中心方向にゆっくりと移動していたが、突然姿を消してしまったようだった。
「こ、ここは………!」
「星を喰らうもの」の姿が消滅した座標を見つめていたタイキが、思わず息を飲んだ。
「ええ、とんでもないことになったわ」
セイヤも気付いた。
「プリンセス!」
ヤテンが火球の顔を見つめた。
「ええ、分かっています。あそこにはスター・ゲートがあった。『星を喰らうもの』は、そのスター・ゲートを使って移動したと推測するのが妥当ね」
火球は一端言葉を切り、三人の顔を見つめた。
「ルナに連絡を」
傍らのオペレーターに指示を出し、再び視線を三人に戻した。
「行きましょう、地球に。手遅れになる前に」