プロローグ
西の空に星が流れた。
一瞬の出来事だったが、うさぎの目にはそれがはっきりと写っていた。
「ああ! 流れ星だ!」
うさぎは思わず喚起の声を上げた。東京で流れ星など、滅多に見られるものではない。
「うん! あたしも見た!」
並んで歩いていたなるちゃんも、興奮したような声を上げた。
「あ〜ん。突然でビックリしたから、願い事するの忘れちゃったぁ」
うさぎは地団駄を踏む。なるちゃんがクスリと笑った。
「なによぉ、うさぎ。あんたに何の願い事があるって言うのよ?」
なるちゃんは少し呆れたように言った。
「素敵な彼氏が欲しい」などと言う願い事は、うさぎには無縁のものである。まぁ、うさぎなら、「お菓子をお腹いっぱい食べたい」とか、「町内会の福引きでヨーロッパ旅行を当てたい」とか言い出しかねないのだが………。
「『まもちゃんの留学が早く終わりますように』って、お祈りしたかったのになぁ………」
うさぎは残念そうに言った。
「衛さん? 今帰ってきてるのは、留学が終わったからじゃないんだ………」
「うん。夏休みなの………。来週には、またドイツに行っちゃうんだ」
「そうなんだ………」
だから、このところ元気がないのかと、なるちゃんは思った。てっきり自分たちの夏休みが終わるからだと思っていたのだが、別の理由があったようだ。衛との楽しい時間が長ければ長いほど、別れるときは辛くなるものである。
「お正月には帰って来るんでしょ?」
「来ないって………。次ぎに会えるのは、来年の春かも………」
うさぎはすっかり気落ちしてしまった。
こう言うときは、下手に慰めない方がいい。なるちゃんは、黙ってうさぎの話を聞いてやった。
と、パチンコ店の前を通りかかった時、懐かしいメロディーが耳を打った。
「あ、この曲!」
真っ先になるちゃんが気付いた。
「あはっ! ライツだ!」
うさぎも気付いた。
メロディーは有線放送のようだった。昨年一世を風靡した三人組アイドルグループ・スリーライツの「とどかぬ想い−my friend’s love−」だった。
「突然引退しちゃったけど、どうしたんだろうね………」
なるちゃんは不思議がったが、うさぎはその理由を知っていた。彼らが引退した真実。彼ら三人がこの星に来た本当の理由を。何故アイドルグループとして、歌を歌っていたのかを。そして、今どこにいるのかを。
「そうだね。どうしているのかなぁ、星野たち。元気でいるのかなぁ………」
「そっかぁ。うさぎ、けっこう星野と仲良かったもんね」
「うん」
うさぎは薄暗くなってきた空を見上げた。見えるはずのない、彼らの星―――キンモク星を探してみた。
星野は、夜天は、大気は、そして火球は、キンモク星で平和に暮らしているだろうか。
「会いたいな。遊びに来ればいいのに………」
うさぎの小さな呟きは、なるちゃんに聞こえることはなかった。