幼生体
火川神社。
レイが巫女の姿で竹箒を手に、庭を掃除していた。
「あなた、いつまで地球にいる気よ!?」
「今のあたしは地球人だ。ここを離れる気はないね。けっこう気に入ってるんだ、地球の暮らし………」
レイの遠慮のない問い掛けに、なびきは肩を竦めながら答えた。コンビニのビニール袋から五百ミリリットルのお茶のペットボトルを取り出すと、レイに向かって放り投げた。
「あたしのおごりだ。心配するな、毒は入っていない」
「ありがと」
レイは手を休め、ペットボトルの蓋を開けるとお茶を喉に流し込んだ。
「ま、“戦力”としてのあなたは申し分ないんだけどね………」
「“個人”としては気にくわんて、聞こえるのだが………」
「そのつもりで言ったんだもの」
「はっきり言うやつだ」
なびきは苦笑する。だが言葉の節々から、口で言ってる程は、レイはなびきを嫌っていないと伺い知れた。
階段を上ってきた、まことと新月のふたりが視界に入ってきた。
「おや、珍しいツーショットだな」
並んで仲良く会話をしているレイとなびきが珍しいのか、まことはわざとらしく驚いて見せた。
「ヒトのこと言えるの?」
「確かに………」
レイに言われたまことは、新月と顔を見合わせると、僅かに苦笑した。それを受けて、新月もあいまいな笑顔を作った。
「四人は四人でも、少し前とは違うメンバーだからね」
まことは感慨深げに言った。
「みんな、どうしてるかしらね」
レイがふと、遠い目をした。海外にいる仲間たちのことを考えたのだ。
「亜美はブレーメンで医学の勉強、美奈はパリでセーラーVとして難事件を解決して活躍中、みちるさんはウィーンでヴァイオリンの猛レッスン。はるかさんは………次のレース鈴鹿だって言ってたから、もしかして日本に帰ってきてるんじゃないか?」
まことは、自分の知っている限りの仲間の情報を口にした。
「さぁ………。はるかさんの情報なら、ほたるが詳しいんじゃない?」
レイが言った。実際、はるかとみちるの情報に関しては、自分たちよりほたるの方が詳しかった。
「そのほたるを、昨日から見てないんだよねぇ」
「ああ、そう言えば学校でも見掛けてないわね………」
「ほたるなら、昨日せつなと外宇宙へ出掛けていったぞ」
ふたりの会話を聞いていたなびきが、口を挟んだ。
「え!? 外宇宙?」
「なにかを調査しに行ったようだ」
「あたしたちに内緒でか!?」
まことが不満そうに言ってきた。
「知らないって言うことは、そう言うことになるだろうね。ま、あたしも誘われなかったけどさ」
なびきは肩を竦める。
「ルナなら何か知ってるんじゃないの?」
「後で訊いてみるか………」
新月の意見に、まことは肯いた。ふたりが独自の判断で動くとはあまり考えられないので、ルナが何か知っていることは間違いないと思えた。
「レイさーん! ちょっと来てくれますかぁ?」
本堂の裏手から、雄一郎の声が聞こえた。ひどく慌てたような声だった。
その声に急かされて、四人は本堂の裏手に急ぎ足で回った。
「変な生き物がいるんですが………」
雄一郎は困ったような表情で、やってきたレイたちを見た。
「変な生き物?」
レイは眉根に皺を寄せた。わざわざ呼ぶのだから、よっぽど変な生物を発見したのだろう。
「ええ、一見カエルのようにも見えるんですが………。それにしては大きいんですよ。五十センチくらいはあります」
「体長五十センチのカエル!? や、やめてよぉ………」
レイはあからさまに不快な表情をしてみせた。大多数の女性がそうであるように、レイもは虫類系はできれば見たくない方だった。
「面白そうだな、どこにいる?」
なびきが雄一郎に訊いた。流石になびきは、は虫類程度に嫌悪する女性ではない。
「あの木の後ろに………」
雄一郎は前方の杉の木を示した。
「面白そうだ、見てみよう」
「あ、あたしも行くよ」
杉の木に向かって歩き出したなびきの後を、まことが追った。興味がないのか、それともは虫類が苦手なのか、新月は見に行こうとはしなかった。
なびきとまことが杉の木の裏手に回った。と、その時―――。
「まこと、離れろ!!」
「うわぁぁぁ!!」
まことの悲鳴。
「レイ! 彼氏を避難させろ!! 早く!」
そして、ひどく慌てたなびきの声が響いてきた。
「でも、体長五十センチのカエルだったら、確かに不気味だよな………」
「そうなのか?」
まことの言葉になびきは応じたが、いまいちピンとこない。地球のカエルなる生物は、テレビでしか見たことがないのだ。銀河なびき本人の記憶は残っているのだが、本人は嫌いだったのか、カエル自体の情報は少なかった。
「お、いたいた。あいつか………。なんだ? アレ………」
まことが素っ頓狂な声を上げた。怪訝そうな表情で、その生物を見つめている。
「アレって、カエルか? 確かに似てるけど………」
どうやらそこにいた生物は、まことの想像していた「カエル」とは少しばかり違うようだった。
(ん? どこかで見た記憶があるが………。なびきの記憶なのか? それとも、ギャラクシアの記憶なのか?)
なびきは生物を見つめたまま、記憶をまさぐった。見た記憶がある生物だったのだ。自分自身の記憶なのか、それてもなびきの記憶なのか、判然としなかった。
「人間が近づいてるってのに、逃げないな………。生きてんのか?」
まことは益々怪訝そうな表情になる。通常のカエルだったら、人間の気配を感じただけで逃げてしまうはずである。しかし、目の前の生物はまことが近づいても微動だにしない。
「『目』がないぞ………。ホントに変な生き物だなぁ」
まことはその生物を覗き込んだ。
「! 待て! まこと、離れろ!!」
「え!?」
なびきが慌てて叫ぶ。その生物が何であるのか、思い出したからだ。
まことが驚いてなびきの方を見た。まことの目の前にいた生物は、まるでまことが目を離す瞬間を待っていたかのように、巨大な口を開けてまことの右肩に噛み付いた。
「うわぁぁぁ!!」
まことは堪らず悲鳴を上げた。噛み付かれた肩から、真っ赤な血が滴り落ちる。
それが合図だったかのように、茂みから同じ生物が次々と出現してきた。その数、全部で七体。
「レイ! 彼氏を避難させろ!! 早く!」
なびきは大声で叫んだ。非戦闘員の雄一郎が近くにいては、戦いの邪魔になる。
「ギャラクシア・エターナル・パワー・メイク・アップ!!」
なびきはセーラーギャラクシアに変身すると、生物目掛けて突進する。まずは、まことを救出しなければならない。生物はまことの左肩にも噛み付いていた。出血がひどい。かなりの力で噛み付かれているようだ。このままでは肩が喰いちぎられるのは時間の問題だった。
「まこと様は我々が!!」
上空から二羽のカラスが飛来した。カラスは人間の姿になる。
「フォボス・サテライト・パワー・メイク・アップ!」
「ディモス・サテライト・パワー・メイク・アップ!」
飛来した二羽のカラス―――フォボスとディモスは、セーラー戦士に変身すると、まことの肩に噛み付いている生物に対して、ファイヤー・ソウルを放った。
残りの六体の生物は、全てギャラクシアの方に集まった。巨大な口を開けて、六方向から同時に襲いかかってきた。
「くっ! 全てはさばけないか!」
ギャラクシアは舌打ちする。火川神社を破壊しても構わないのなら、どうにでも手はあるのだが、それをするわけにはいかなかった。以前のギャラクシアなら、何の躊躇いもなく強力な技を放って周囲を廃墟にしたのだろうが、今のギャラクシア( にはそれができなかった。)
「シールドしろ! ソロモン・ジハード!!」
凄まじい衝撃波が、頭上から襲ってきた。ギャラクシアは対衝撃波シールドを張って、それを防いだ。周囲の地面がごっそりとえぐり取られる。
六体のうち、四体が一瞬のうちに消滅する。相手が二体であれば、ギャラクシアの敵ではない。ものの二秒で二体を消滅させる。
「わたしが我慢しているのに、無茶をするな!」
「だが、それではあなたを助けられなかった」
悪態を付くギャラクシアの横に、アスタルテが並んだ。無表情のまま、ジロリとギャラクシアを睨む。ギャラクシアとしては、苦笑せざるを得ない。
「まことは!?」
ギャラクシアはまことに視線を向ける。フォボスとディモスの攻撃で、一端はまことから離れたらしいが、再び彼女に向かって大口を開けて飛びかかるところだった。出血のせいなのか、まことはジュピターに変身してはいなかった。
「まことが近すぎる!」
ギャラクシアは技を放つのを躊躇った。威力が強すぎるので、まことを確実に巻き込んでしまう。まことは変身していない。巻き込まれたら、間違いなく命を落とす。
上空から炎の矢が打ち下ろされた。マーズのフレイム・スナイパーだ。そして、もう一筋の炎。二体の生物は、一瞬にして灰となった。
驚いたのはマーズだ。もう一撃フレイム・スナイパーを放とうとしていたのだが、別の誰かが技を放って生物を倒したからだ。
「なんて、こう。タイミングがいいのかしらね………」
マーズが視線を向けると、そこには懐かしい顔があった。
「セーラースターヒーラー………」
我が目を疑いたくなる思いだった。
「よし、これで大丈夫。気分は?」
ヒーラーはまことの顔を覗き込んで微笑んだ。
「助かったよ………。いや、マジで死ぬかと思った………」
まことは弱々しく笑った。両肩におった負傷は、ヒーラーによって完全に治療されていた。
「うさぎを呼ばなきゃ駄目かと思ったけど………」
安心したようにマーズは言う。マーズにもアスタルテにも、そしてギャラクシアにも治癒能力は備わっていなかった。まことを治療する為には、セーラームーンを呼ぶ必要があったかもしれなかったのだ。
「あたしは『癒す者』だからね。本来は戦いよりも、治療が専門なのよ」
ヒーラーはにっこりと笑った。
「だけど………。なんで、ギャラクシアがここにいるのよ?」
「ま、話せば長くなるんだけどね………。大丈夫よ、取り敢えず『害』はないから」
「ケンカ売ってるのか? マーズ( 」)
「あなたにケンカ売るほど、馬鹿じゃないわよ、あたしは………」
「ふん」
わざとらしく肩を竦めたマーズを横目で睨むと、ギャラクシアは不満そうに鼻を鳴らした。
「ふ〜ん。仲良しこよし、なんだ」
ヒーラーは不思議そうにふたりを見た。
「どうだかね」
まことが苦笑した。
「ところでヒーラー。なんであなたが地球( に来てるの?」)
マーズが話題を変えた。今、一番疑問に思っていることがそれだった。
「え!? ルナから何も聞いてないの?」
「ルナが何か知ってるの?」
ヒーラーとマーズは、お互いに驚いた表情をした。
「そう言えばギャラクシア。あんた、さっきの変な生物の正体を知っているような口振りだったが………」
驚いて顔を見合わせているマーズとヒーラーを横目に、まことはギャラクシアに尋ねた。
「ああ、すまない。わたしが余計な指示を出したために、お前は噛み付かれてしまったんだったな」
「いや、それは結果論だから咎める気はない。あんたは、あたしに危険を知らせてくれたわけだからな」
まことは笑顔を作った。ギャラクシアは苦笑で返す。
「で、さっきの生物のことなんだが………」
ギャラクシアは話を切りだした。
「あれは恐らく、プラネット・イーターの幼生体だ」
「プラネット・イーターですって!?」
ヒーラーは思わず声を張り上げていた。
「しかも、幼生体ってどういうこと!?」
「なに? そのプラネット・イーターって?」
今まで無言で話を聞いていたアスタルテが、無表情のまま訊いてきた。
「プラネット・イーター………。名前の通りの生物だよ」
「星を食べる生物? あんな小さいのが?」
「だから、幼生体だって言ったろう?」
ギャラクシアは二度も言わせるなと言う風に、顔をしかめた。
「お前もプラネット・イーターについて、何か知っているようだな。お前が地球に来た理由と関係があるな?」
ギャラクシアはヒーラーに射るような視線を向ける。ヒーラーは小さく息を吐くと、肯いて見せた。
「ご推察の通りよ」
ヒーラーは言葉を切り、一同を見回した。
「『星を喰らうもの』………つまり、プラネット・イーターが地球に来てるわ。でも、成体ではなく、幼生体に遭遇するとは思わなかったわ」
「何故、プラネット・イーターが地球に向かったことを知ってる?」
「キンモク星が襲われたからよ。なんとか撃退することができたけどね。だけど、やつの逃亡した方向に、地球へのスター・ゲートがあった」
「それを通って、地球に来たってわけか………」
まことが納得したように肯く。
「地球には産卵に来たってわけか………。しかし、キンモク星で『食事』をしてないとなると………」
「ええ。キンモク星にも産卵の為に来たって可能性もあるわ。『食事』はキンモク星に来る前にスカーレット星で済ませてるわ。本星と三つの衛星全部平らげてたわ」
「キンモク星は大丈夫なの?」
マーズは心配そうに尋ねた。
「タイキが残っているから大丈夫」
「タイキだけ? セイヤは?」
「地球( に来てる。あ、セイヤと連絡を取らなきゃ」)
ヒーラーは思い出したように言った。
「ファイター! 今、ドコにいるの!?」
ヘッドフォンと一体となっている通信機に向かってヒーラーは怒鳴ったが、ファイターからは反応がなかった。
「どうしたの!? ファイター返事をして!」
ヒーラーが困惑している時、まことの腕時計型通信機がコールした。
「ああ、まこちゃん。今、どこにいるの?」
ルナの声だった。
「どこって、火川神社だけど」
「じゃあ、レイちゃんも一緒ね」
「新月もいるよ。ついでに言うとなびきも」
「珍しい組み合わせね………」
「妙なトコで感心しなくていいからさ、ルナ。ところで何のようだい? こっちもルナに訊きたいことがあるんだけど」
「ちょうどよかったわ。あたしも説明しなきゃいけないことがあるのよ。司令室じゃ狭くなるから、みんなでそっちに行くわ」
「みんな? 司令室に何人か集まってるのか?」
「ええ、殆どのメンバーがね。あと、星野がいるわ」
「星野!? ヒーラー、星野は司令室にいるってよ。出てもらう?」
「あ、そう………。いいや、どうせみんなこっちに来るんでしょ?」
ヒーラーはひどく疲れたような口調で言った。まことは「ファイター」ではなく、「星野」と言った。と言うことは、変身をしていないと言うことだ。変身していなければ、彼女たちの通信機は役に立たない。
(馬鹿セイヤ!)
ヒーラーは心の中で、悪態を付いていた。