鬼の五
時間は少し前に戻る。
うさぎとまことが、衛や若木と共に御入手村に向かったころ、亜美と美奈子は沢田兄の圭介と、木村が通っている大学のキャンバスを訪ねていた。中学校に先に向かうことを避けたのは、火野勝の存在が大きかった。彼とまともに話をするためには、どうしてもレイの力が必要になる。しかしレイは、今日も連絡が取れない状況だった。そのため、ふたりは先に大学生の方から話を聞こうと考えたのだ。
「沢田と木村? ああ、知ってるよ。だけど、今日は見掛けてないなぁ。おい、お前あいつら見たか?」
「いや、俺も今日はどっちも見てない」
亜美と美奈子のふたりが、手当たり次第に声を掛けた何人目かで、ようやく沢田たちと交流のある学生を見付けることができた。そのふたりの学生は、それなりに沢田たちと親しいらしく、時々一緒に飲みに行くこともあるということだった。
「ところでキミたち。あいつらの何なの?」
「あいつらに引っ掛けられて強引にヤられちゃったんで、仕返しを考えてるって言うのなら、相談に乗るよ?」
ふたりの大学生たちは、亜美と美奈子をジロジロと見ながら下卑た笑いを発した。紳士的な態度を取っていたと思ったら、急に態度を変えてきたのである。
「お生憎様。そんな用事じゃないわ」
相手が態度を変えてきたのなら、こちらも態度を変える。下手に出てしおらしく演技をしていたのだが、どうやらここで終了のようである。目には目を、歯に歯をが美奈子のモットーなのだ。
「まぁ、どうでもいいや。どう? これからカラオケでもいかない? 俺たちがおごってあげるよ」
「あたしたちを誘うには、かなり役不足よ、お兄さん。じゃあね! もう用はないわ」
美奈子は亜美の手を取ると、呆気に取られている大学生たちの前から、さっさと歩き去っていく。彼らは追って来なかった。さすがに大学のキャンバス内で揉め事を起こす気はないようだ。馬鹿面をしていたが、本当の馬鹿ではなかったようだ(美奈子談)。
「どうしよっか……。あんまり派手に聞き込みして、彼らの耳にでも入ってしまったら、ちょっと厄介よね」
「それはそうなんだけどね。でも、せめてふたりがよく出入りしているお店くらいは、調べておきたいわね」
やはり亜美は、手ぶらで帰る気はないようだ。何か行動を起こすからには、必ず収穫を得なければ気が済まない質なのだ。
「風車でもピッと飛んできて、情報でもくれないかな……」
と、美奈子が嘆いているところに、本当に「弥七」さんが現れた。
「知ってるわよ。ふたりが行きそうなトコ」
しかも女性の「弥七」さんだった。なので、さしずめ「お銀さん」と言ったところか。通な人は「おしんさん」と言うかもしれないが。え? 「おしんさん」を知らない? 弥七さんの奥さんですよ。
「あなたたちが何でふたりを捜してるのか詮索はしないけど、何か訳ありって感じだしね」
その「お銀さん」によると、駅前のゲームセンターか、その近くのコーヒーショップにふたりはよく出入りしていると言うことだった。「お銀さん」が何でそんな情報をくれたのかは分からないが、ふたりは礼を言ってその場から離れた。ひとまずゲームセンターの方に向かうことにした。
「遊びに行くんじゃないのよ?」
意気揚々と向かう美奈子に、亜美は念のため釘を刺しておいた。一瞬固まったところから推測すると、やはり美奈子は情報収集を理由に遊ぶつもりだったらしい。釘を刺しておいて正解だったようである。
“クラウン”でだいぶ慣れているとは言っても、亜美にとってはどうもゲームセンターという場所は苦手だった。その場その場で雰囲気も違うため、一口でゲームセンターと言っても、店舗が違うとまるで別世界のような印象を受ける。亜美が店先で尻込みしてしまったので、結局は美奈子が主導権を握ることになる。
入り口付近には、プリクラやらUFOキャッチャーやらのお決まりの筐体が狭い空間に無理矢理並んで設置され、店内は店内で、これまたかなり強引にテレビゲームの筐体がひしめき合っていた。入って右側の壁沿いに、レーシングゲームが四台並んでいるが、これも配置的にはかなり無理がある。店内は移動するための「通路」のスペースが、全くと言っていいほどない。
「よっしゃあ!」
血が騒ぐのか、美奈子は盛大に気合いを入れて一歩を踏み出すと、
「何が?」
と、亜美は冷めた表情ですかさずツッコミを入れた。目を離したら、美奈子は本当にゲームに没頭しそうである。
店内をしばらく徘徊してみたが、沢田と木村の姿を見付けることはできなかった。あまり派手に聞き込みをするわけにもいかないので、男性という男性の顔を盗み見て回ることしかできなかった。彼らの知り合いがいるかもしれないが、見て回っているだけではそれも分からない。
「いい男いないわねぇ」
残念そうに美奈子は呟く。この女、やはり何か勘違いをしている。
「美奈……」
「冗談よ! 冗談! そんな怖い顔しないでよ、亜美ちゃあん」
絶対に嘘だと思いながらも、それ以上美奈子に突っ込むことはやめた。
「コーヒーショップの方を覗いてみて、いなかったら今日は諦めましょう」
亜美はふぅと息を吐く。美奈子と一緒に行動をしていると、とても体力を消耗するのだ。
「いるかなぁ……」
「分かんないけどね」
亜美は肩を竦める。正直なところ、亜美は彼らがコーヒーシップにもいないかもしれないと考えていた。よくよく考えれば、彼らが余程の馬鹿でない限り、自分たちが鬼の腕を盗み出したことが原因で、一緒に行動した仲間たちが変死を遂げているのかもしれないということに気付いているだろう。呑気に大学や盛り場などに来ているとは思えない。自分たちの命が危ういかもしれないと言うのに、呑気に遊んでいる程馬鹿ではないはずだ。だとすると、中学の方へ行っても空振りに終わる可能性が高い。
だけど木村は、亜美が考えている以上に図太い神経の持ち主だった。ふたりが諦めてゲームセンターを出ると、入り口でその木村とばったり鉢合わせしたのだ。亜美と美奈子のふたりは、思わず木村の顔を指差して、「あっ!!」と叫んでしまった。
「へ!? どっかで会ったっけ?」
木村が驚くのも当然である。木村は、どこでナンパした女の子だろうと、あそこでもないここでもないと、ブツブツ言いながら悩んでいる。
「木村さんに少し、お伺いしたいことがあるんですが……」
亜美が話を切り出すと、木村は鳩が豆鉄砲でも食らったような顔を向けてきた。そんな丁寧な言葉を掛けてこられるとは、夢にも思わなかったという風だ。
「お、お伺いしたいことって!?」
声が裏返ってしまっている。
「鬼の腕について……」
亜美は回りくどい言い方を避けた。単刀直入に質問する。
「何だと!?」
木村の表情が、急に険しくなる。戦闘的な目の色に変わった。ヘラヘラした笑いは、まるで後退りでもするかのように、すうっと引っ込んでいった。
「何でそんなことを俺に訊くんだ? ってか、そんなことを聞いてどうするつもりだ!? お前ら、何モンだ!?」
木村の瞳は警戒色を強めた。いつでも逃走できるように周囲の状況を把握しようと、チラチラと視線が泳いでいる。
「あたしの親友の弟が、それに関わっているからよ」
美奈子が威嚇をするように、ずいっと一歩前に出た。亜美を守る意味もあった。木村は無意識のうちに、一歩後退をした。
「親友の弟!?」
「火野勝ってのが、仲間にいるでしょ?」
あっという間の出来事だった。美奈子の口から「火野勝」の名前が出た瞬間、木村は脱兎の如くその場から掛け出していた。ふたりが状況を認識したときには、既に木村の姿は人混みに紛れてしまって、どちらへ逃走したのか完全に分からなくなってしまっていた。
「怪しいな。俺たちが知らない何かを、木村は知っている可能性があるな」
一の橋公園で亜美と美奈子と合流し、お互いの情報を交換し終えた後、若木はそう言って渋い顔をした。
間もなく、午後の十一時になろうとしていた。御入手村から戻る途中で時間を予測し、十時半に一の橋公園で待ち合わせをした。若木がハンドル操作を誤ったりしていたので、結果的に行きより帰りの方が所要時間が掛かってしまった。
「誰かに口止めされているか、それとも……」
「言っても信じてもらえないから、話さない……とか?」
美奈子の言葉を受け継ぐようにして、うさぎは言った。
「彼らを監視していた方がいいかもしれないな」
衛は「警護」ではなく、「監視」と言う言葉を使った。
「鬼が本当に腕を取り返しに来ているのだとすれば、彼らが襲われる可能性は充分にある」
「だが、今の段階では警察は動けない」
「分かっています」
衛は全てを承知しているという顔をした。
「事件が起こらなければ、警察は動かないってわけか」
「そう言うなよ、美奈子ちゃん。ましてや本件の犯人は、人間じゃない可能性が高いんだ。そんな非現実的な要素で、頭の固い連中が首を縦に振るわけもない」
「お偉いさんたちが、みんな夏菜お姉さんみたいだといいんだけど」
「いや、それはそれで問題があると思うんだが……」
若木は複雑そうに笑んでみせた。
「若木さん。取り敢えず、俺たちが手分けをして彼らを監視……警護します。四人の住所は?」
「あたしが持っている資料に載っています」
亜美は小さなバッグから、警視庁で若木から受け取った資料を広げて、衛に見せた。
「亜美と美奈は顔を知られている。キミたちが周囲にいることに気付けば、目の届かないところに身を隠してしまう恐れがある。ふたりは、沢田兄弟の方へ回ってくれ」
「了解!」
「分かりました」
「まこは火野だ。俺は木村を見る」
「分かった」
「まもちゃん、あたしは? ハブんちょ?」
うさぎは自分を指差す。今の振り分けに、自分が含まれていないからだ。
「ルナと連携して、何としてでもレイと接触してくれ。ルナには、後で俺から事情を説明する」
「うん。分かった」
「若木さんは例の件をお願いします。俺たちの知らない第三者が、この件に絡んでいるような気がしてならないんです」
「了解だ。だが、くれぐれも無茶はしないでくれよ。君たちの力を信用していないわけじゃないが、相手は本物の鬼である可能性が高いんだ」