ふたりの戦士


 ようやく、ゲームセンター“クラウン”に到着したルナとダイアナに後を任せ、プルートはひとり、KO大学へ向かった。
 シールドもそろそろ解く時間だ。衛には、十分後に解くと伝えてある。既に五分オーバーしている。あまり約束の時間をずらすと、何かあったのではないかと、いらぬ心配をさせてしまう。それに、そろそろ体力的に辛くなってきた。シールドを張るにも、エネルギーがいるのである。こんなに長い時間、シールドを張りっぱなしなのも、もちろん初めての経験だった。
「プルート!」
 不意に名を呼ばれた。男の声だった。
 セーラープルートの姿をしている自分を、「せつな」と呼ぶ人物は、まず仲間だと思って間違いはない。セーラー戦士たちは時折、親しみを込めた意味で、変身中でも地球人としての名で呼び合うことがある。
 プルートは足を止め、首を巡らした。見当たらない。
「下だよ、下」
 足もとから声がした。
 目を下に向ける。
 真っ白な猫がいた。アルテミスだ。
「アルテミス………無事だったの………」
 怪音波は、殆ど小動物には影響がない。あるのは人間に対してだけである。だが、アルテミスもルナも、もともとは人間である。今は、猫の姿(正確には、猫のような姿)をしているにすぎない。だから怪音波も、アルテミスたちに対しては、少なからず悪影響を与えていたはずである。それは、さきほど連絡が取れた、ルナから聞いたことである。ルナたちもあの怪音波で、気を失いかけたらしかった。
 アルテミスの無事な姿を確認できたプルートは、少し安心した。
「連絡が取れないから、心配してたのよ」
 プルートはしゃがみこんで、アルテミスを見た。いつまでも立ったままでいると、下から見上げる形のアルテミスが、目のやり場に困ると思ったからだ。
 セーラー戦士のスタイルは、少しばかり際どい。実際、下から声をかけてしまったアルテミスは、目のやり場に困って、視線を脇に逸らしていた。
 プルートがしゃがんでくれたおかげで、アルテミスはようやくプルートをまともに見れるようになった。
「みんなは………?」
 アルテミスは短く訊いた。彼はまだ、仲間のだれとも接触していないようだった。
「連絡が取れたのは、半分といったところね。分からないのは、はるかとレイと亜美、スモール・レディの四人よ」
 プルートは答える。ちびうさと連絡が取れないということは、彼女にとっても心配だった。
「ルナとダイアナは司令室よ」
「分かった」
 アルテミスは短く答えると、プルートに背を向けて走り出した。
 アルテミスを見送っていたプルートの耳に、僅かに炸裂音が届いた。うっかり聞き逃してしまいそうな小さな音だったが、神経を尖らせておいたおかげで、音として感じとることができた。
 風に乗って、人の叫び声のようなものも聞こえてきた。
 どこからだろうか。
 プルートは上空へと舞った。空から探したほうが、早いと判断した。
 爆発光が見えた。
 今、自分が行こうとしている、KO大学の近くだ。
 桜田通り上。赤羽橋南の交差点を、大学方面に少し行ったところだ。
 プルートはその方向に、身を踊らせた。
 交錯する、六人の人影が見えた。

 セーラームーンはじっと、歩いてくる人影を見つめた。
 ひとりは漆黒の長い髪を持ち、もうひとりはウエーブがかった髪を、肩甲骨の辺りまで伸ばしている。ふたりとも、超ミニスカートのセーラー服のようなコスチュームを身に付けている。
 セーラー戦士だ。
 セーラーマーズとセーラーネプチューンのふたりである。どこかで合流したのだろう。
 無事な姿を確認できたので、セーラームーンはホッと胸を撫で下ろした。
「マーズ! ネプチューン!」
 セーラームーンは、ふたりに向かって走り出した。
 ネプチューンの口もとが、笑みを浮かべた。冷たい笑いだった。
「待ちなさい!セーラームーン………!!」
 ウラヌスは叫んでいた。
 何かがおかしい。いつもの、みちるじゃない。ウラヌスの頭の中で、警報が鳴り響く。
 だから、セーラームーンを呼び止めた。
「え!?」
 セーラームーンは、立ち止まって振り向く。
「セーラームーン、後ろ!!」
 ヴィーナスが叫ぶ。
 セーラームーンは再び前を向き、仰天した。
 ファイヤー・ソウルの火球とディープ・サブマージの水球が、目の前まで迫ってきている。
 咄嗟に状態を大きく逸らして、それらを避けた。ブリッジの格好になった。腰が乾いた音をたてた。
 そのセーラームーンのお腹のすぐ上を、火球と水球が通過する。
 今度はセーラームーンの直線上の後方で、アスファルトの上に腰を下ろしていたヴィーナスが慌てた。
 腕の力だけで大きく右へ飛んで、ふたつの球体を躱す。
 自分の身を守ることが精一杯で、ジュピターの頭を膝の上に置いていたことを、うっかり忘れていた。
 ジュピターは後頭部をしたたかに地面に打ちつけ、その激痛のために意識を取り戻した。
「っ痛………。何だってんだよ!?」
 訳が分からないまま、ジュピターは喚いた。
「危ない! ジュピター!!」
「へ!?」
 ヴィーナスの緊迫した声が聞こえたが、ジュピターはすっとんきょうな声で返事をしていた。
「うわぁぁぁぁぁぁ………!!!」
 突然襲ってきたきた火球から、ジュピターは四つん這いのまま、這うようにして慌てて逃げた。
「マーズ! ネプチューン!?」
 ジュピターは、ようやくふたりを発見した。
「今のふたりは正気じゃない!気を付けろ!!」
 ウラヌスの声が聞こえてきた。
「気を付けろって言ったって………」
 バーニング・マンダラーの炎の輪を、ジャンプして躱した。
「どうしたのよ!? ふたりとも………」
 起き上がったセーラームーンは、マーズとネプチューンのふたりに、叫ぶようにして訊いた。
 ふたりは返事の代わりに、攻撃をしてきた。
「………!」
 セーラームーンは避けることを忘れて、その場に立ち竦んでしまった。
「セーラームーン!!」
 すぐ近くまで来ていたウラヌスが、彼女を抱えて大きくジャンプした。
「ぼおっとしてちゃだめよ。あのふたりは正気じゃないんだ」
「でも………」
「くるわ!」
 上空のふたりに向かって、ネプチューンがディープ・サブマージを放つ。
「ネプチューンのやつ………!」
 ウラヌスはセーラームーンを抱えたまま、空中で身を翻した。
 マーズのバーニング・マンダラーが、そのふたりの下で炸裂している。
 地上のふたり、ヴィーナスとジュピターを狙ったものだった。
「ちょ、ちょっとは手加減してよ!」
 ヴィーナスがぼやくが、聞き入れてくれるはずもない。
「ふたりとも、どうしたっていうんだ!?」
 ジュピターが避けながら叫ぶが、ふたりの耳には届いてはいないようだ。ふたりからは、殺気しか感じない。
「荒療治でいくか………」
 ウラヌスは、仕方ないという風に言う。
「宇宙剣乱風!!」
 自らのタリスマン“スペースソード”の力を借りた強烈なエネルギー波が、地上のマーズとネプチューンを襲う。
 その強烈なエネルギー波を、ネプチューンは同じくタリスマン“ディープ・アクア・ミラー”から放つ、深海鏡射で相殺する。
「ちっ!」
 ウラヌスは舌打ちした。相手は例え正気ではないとしても、セーラー戦士なのである。一筋縄でいく相手ではない。いや、正気でないがために、かえって戦い辛い。次の行動が読めないのだ。
 ウラヌスはふわりと地面に着地すると、セーラームーンを放した。
「どうするの? ウラヌス………」
「さて、どうしたものかな………」
 ウラヌスも攻めあぐねているのだ。
「このままじゃ、埒があかないわ」
「まいったナ………」
 ヴィーナスとジュピターのふたりが、すうっと寄ってきた。
 上空で、何かが動いた。
 ヴィーナスがウラヌスに、何事か目配せをする。一気にケリをつけようかという、合図だった。少々の危険をともなうが、こちらも本気を出そうかと伺いを立てているのだ。
 ウラヌスは頷いた。
 戦闘が長引けば、不利になるのはこちらの方だと、ウラヌスも分かっていた。決着をつけなくてはならない。
「双天界震!!」
 ウラヌスは、両手で天界震を放つ。
 同時にヴィーナスとジュピターは、左右に別れて飛んだ。
「ローリング・ハート・バイブレーション!!」
「スパークリング・ワイド・プレッシャー!!」
 同時に放った。
 マーズとネプチューンは、上に逃げるしかない。
 ふたりは、がら空きの上空に逃げたつもりだった。しかし………。
「破滅喘鳴!!」
 プルートの技が、ふたりを直撃する。
 ヴィーナスがウラヌスに目配せをしたのは、上空にプルートが来ていることを教えるためだったのだ。
 バランスを失ったマーズとネプチューンは、落下して地面に激突する。
 ふたりは、よろよろと立ち上がった。
「ヴィーナス・ラブ・ミー・チェーン!」
 腰のチェーン・ベルトを外して、ヴィーナスはマーズを攻撃する。
 チェーンがマーズの右腕に絡まった。
「ジュピター、今よ!!」
 ヴィーナスは叫ぶ。
 瞬時にヴィーナスの横まで来たジュピターは、チェーンに電流を流す。
 電気ショックだ。
 感電したマーズは、しばらく動けない。
 一方のウラヌスも、ネプチューンにタックルをお見舞していた。
 もんどり打って倒れたネプチューンを、ウラヌスは伸し掛かるようにして取り押さえた。
「ブレイン・ショック!」
 ネプチューンの額に手をかざしたウラヌスは、透かさず技を放つ。
 相手の思考を、一時的にストップさせる荒技だ。
「セーラームーン!」
 ウラヌスは、セーラームーンに目を向けた。
 セーラームーンはそれだけで、ウラヌスが何を言おうとしているのかを悟った。
 ロッドを構える。
「ムーン・ヒーリング・エスカレーション!」
 マーズとネプチューンのふたりは、淡い銀水晶の光に包まれる。銀水晶の力で、強制的に浄化してやるのである。これでふたりは、元に戻せるはずだった。
 光が収まると同時に、ふたりは目を醒ました。
「大丈夫? ふたりとも………」
 セーラームーンがふたりを覗き込んだ。
 ふたりはまだ感覚が麻痺しているのか、数秒間ぼおっとしていたが、セーラームーンに声をかけられたことによって、ようやく我に返った。
「どうだい? 気分は………」
 ウラヌスも声をかけた。
 ジュピターとヴィーナスが、ウラヌスの横に並んだ。
 ふたりはまだ、状況が飲み込めていない。
「情けないわ………。敵の術中に、まんまと嵌まってしまったみたいね………」
 ややあって、ネプチューンが言った。彼女は彼女なりに、事態を理解したようだった。
 ウラヌスは、たぶんネプチューンの考えに間違いはないと思ったので、特に改めて説明はしなかった。
 ネプチューンは申しわけなさそうに、ウラヌスの顔を見上げる。
 ウラヌスは気にするなという風に、笑みを浮かべた。
「何も覚えてないの?」
 その横で、ヴィーナスがマーズに質問している。
「学校の正門をでたところで、気を失ったと思ったんだけど………。そのあとのことが、ぜんぜん記憶にないわ………」
 マーズはまだ、完全に回復したわけではないようだ。手足の先が、まだ痺れているらしい。しきりに、気にしている。
「一度、司令室に戻りましょう。作戦を立て直す必要があるわ」
 プルートが全員を見た。反対する者はいなかった。
「シールドは、まだ張っていられる?」
 セーラームーンがプルートに訊いた。プルートは頷いてみせたが、
「……いや」
 と、ウラヌスが反対した。
「シールド内にあっても、ふたりが操られたとなると、シールドを張っていたとしても安全だとはいえないわね。敵は、思った以上に頭の切れるやつだわ。怪音波の波長を変えてみたりね………。一度シールドを解いて、敵の出方を伺った方がいいと思う」
「でも、はるかさん。それは危険じゃないですか? また、あの怪音波の餌食になるんじゃ………」
 ジュピターが反論した。
 ウラヌスは、すぐに答える。
「怪音波自体は、それほど危険じゃないわ。むしろ怖いのは、あの“黒子”たちの方だわ。怪音波とグロテスクな顔は、人の注意を“黒子”から逸らすための、小道具にすぎないようね………」
「“黒子”って………?」
 マーズが尋ねる。
「説明は、司令室に行ってからにしよう」
「そうね。ルナたちも、新しい情報を掴んでいるかもしれないわ」
 プルートは言うとシールドを解き、自らはせつなの姿に戻った。