パニック・イン・秋葉原


 よく晴れた日曜日、亜美は仲間たちと、秋葉原に買い物にきていた。
 秋葉原は日本で有数の電気街である。秋葉原には置いていない電化製品はないとまで言われ、遠くから足を運ぶ人も多い。ツアーで訪れる外国人も多く、当然そう言った外国人のための免税店などが数店舗存在する。半導体などの電子部品のみを扱う店舗もあり、バブルの全盛期の頃は何やら怪しげな外国人が数多く徘徊していたが、バブル崩壊後はその数も極端に減ってしまった。家電を中心とした専門店が以前は数多く建ち並んでいたが、時代と共に次第に変化を遂げ、現在はパソコンショップとゲーム関係の専門店が多くなっている。以前からの家電専門店も、パソコンを中心としたデジタル機器を専門に扱う店舗などを増えしてきていた。
 秋葉原に実際に用事があったのは、亜美とレイのふたりだけだったのだが、どこからか話を聞き付けた、うさぎや美奈子、まことの三人と、更にはちびうさとももちゃんもくっ付いてきた。もちろん、レイが文句を言ったが、多数決で、レイの意見は却下された。
 総勢七人の女の子の集団が、秋葉原の電気街口の改札を出たときには、さすがに一般の買い物客の注目を浴びてしまった。
 改札を出てすぐのイベントゾーンで、パソコンの新機種の紹介イベントをやっている過激なコスチュームのお姉さんたちに、五分ほど捕まっていたが、程なく開放され、改札の右手の方から電気街へ出た。左側に行かなかったのは、一輪だけのバラの花を持ったおじさんが、よっぱらって大声で演歌を歌っていたからだ。おじさんがじろりと彼女たちを見たので、逃げるように左へ移動したのだ。
 駅前広場で、スケートボードの練習に精を出している、かっこいいお兄さんたちに手を振りつつ、彼女たちの視線は駅デパートの入口脇の、ソフトクリーム屋の方に向けられていた。
 人数分のソフトクリームを買って一休みしていると、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「あら、うさぎじゃない!」
「珍しいところで逢いますねぇ………」
「あれぇ〜? なるちゃん、海野ぉ………」
 うさぎはいつもの如く、すっとんきょうな声を出した。
「みんなも来てたんだ………」
 なるちゃんが明るく言う。
 なるちゃんと海野のふたりも、パソコンの周辺機器を買いに、秋葉原に来たようだった。
「うさぎたちは、いつ来たの?」
「ちょっと前だよ」
「じゃあ、僕たちと一緒ぐらいですね」
 海野は自分の顔の前で、右手人差し指を軽く立てながら言った。なにか言うときの、彼の癖だった。
「なるちゃんたちも、一緒に行こうよ。大勢いたほうが楽しいし」
 ちびうさが言う。
 ももちゃんは、両親と何度か秋葉原に来たことがあると言っていたが、ちびうさは初めてのはずだった。三十世紀の未来に、現代と同じ秋葉原があるとは思えなかったので、ちびうさにとっては恐らく、初めての体験なのだろう。見るもの全てが新鮮で、珍しいものばかりなのだろう。ちびうさの瞳はキラキラと輝いていて、とても楽しそうに見える。
「でも、すごい大人数になっちゃったわね。何かのツアーみたい………」
 亜美とふたりだけで買い物にくるはずだったレイは、予定外の多人数になったことを嘆いた。
 なるちゃんと海野が加わることに、特に抵抗はなかったが、問題はうさぎたちの方だった。
「………で、何を買いに来たんだっけ?」
 案の定、美奈子が惚けた質問をしてきた。
 レイは殴ってやろうかと思ったが、その場はなんとか堪えた。ただ、拳だけは、プルプルと震えてしまっている。
「レイちゃんが、中古のパソコンを欲しいって言うから、買いに来たのよ」
 きのう、ちゃんと説明したにも関わらず、すっかり忘れている美奈子に、亜美は再び説明した。しかも非常に簡潔である。本当のところはレイがパソコンを必要としているわけではなく、火川神社として一台導入が決まったのである。データベースの管理やら神社としての入出金の管理なんかを、全てパソコンでやってしまおうと言うことになったのだ。
 レイは亜美のこういうところを、偉いと思う。自分だったら、絶対に説明なんかしてやらない。
「ふ〜ん。レイちゃん、パソコン買うんだ………」
 感心したように言ったのは、うさぎである。
「へえ〜」
 と、ちびうさとももちゃん、まことまでも感心していた。
 結局はみんな、秋葉原に何をしにきたのか、分かっていなかったのである。
 レイは再び、殴ってやろうかと、俯いて拳をプルプルさせた。

 二手に別れた。
 買い物組とお遊び組である。
 駅デパート入口のソフトクリーム屋から大通りを挟んで、ほぼ正面に見える大きなゲームセンターを、うさぎが目敏く見つけた。
 ゲームセンターに行くと言ううさぎに、美奈子は即座に同意をした。まことも、パソコンのことはよく分からないからという理由で、うさぎたちと行動をともにする意思を示した。
 ちびうさとももちゃんは、せっかく秋葉原まで来たんだから街を見物したいと言って、亜美たちの買い物組に参加した。
 なるちゃんと海野も、もともとはパソコンの周辺機器を買いに来ていたので、当然、亜美たちと行動を共にすることになった。
 結局、買い物がすんだら、亜美たちがゲームセンターへうさぎたちを迎えに来るということで、話がまとまった。
 うさぎと別れることになって、一番喜んでいたのは、他でもないレイだった。
「レイちゃん。あたしと別行動とるのが、そんなに嬉しい?」
 と、半ば非難するような眼差しでレイを見たうさぎに対し、レイは、
「頭を使うパソコンより、なぁ〜んも考えずにできるゲームの方が、あんたにはお似合いよ」
 などと、嫌味のひとつも言いたくなった。
「ゲームだって、けっこう頭使うのよ!」
 と、うさぎは主張したが、レイはその意見は却下した。

 秋葉原の駅から、上野方面に歩いて交差点をひとつ越えたところで、レイは知った顔を見つけたので、すぐ前を歩いていた亜美に教えた。
 すぐに亜美も、レイの示す人物を見つけた。
 見知った顔は、インテリアの専門店の前で、キョロキョロと回りを見回している。
 ややあって、向こうもこちらを見つけたようだった。見知った顔はこちらを見て、驚いたような表情をしている。
「珍しいところで逢いますね」
 向こうが先に、口を開いた。海野が先程、うさぎに対して言ったのと、同じ台詞だった。
「浅沼君こそ、どうしたのよ? だれかを捜してるの?」
 レイが尋ねた。
 インテリアの専門店の前で見つけた人物は、衛の後輩の浅沼一等だった。
 キョロキョロとまわりを見ていたところを見ると、だれかを捜していたのだろう。
「更科部長に付き合って、超常研で使うゲームを探しに来たんですけど………。はぐれちゃったんです。火野さん、部長を見かけませんでした?」
 浅沼は、心細そうに言った。
 彼の言う超常研とは、レイの通うT・A女学院にある部活動のことで、正式には、超常現象研究部という。浅沼は、自分の通う、元麻布中のSF研究部に籍を置いていることもあって、以前から超常研とは交流があった。T・A女学院の学際で、超常研に毎年協力しており、学院にも何度か出入りしていた。
 もともと浅沼は、パーラー“クラウン”によく出入りしていて、同じく常連だったまことと知り合いになったことで、彼女を通じてレイも紹介されていた。
「超常研で、どうしてゲームが必要なの?」
 レイが不思議がった。
「僕に聞かれても困りますよ………。オカルトもののゲームらしいんですけど、今では中古も手に入れるのも難しいらしいんです。ネットで、秋葉原で見かけたって情報を入手したようなんですよ。きっと、今度の学際で使うんでしょうけど………」
 浅沼も首を傾げた。
 部長の更科ことのの考えることは、いつも突拍子もなくて、レイには理解できないことが多い。
 きっと、浅沼も同じなのだろうと思った。
「ことの部長にばかり付き合ってると、まこちゃんが怒るわよ」
 少しげびた口調で、レイは言った。
 予期せぬ口撃を受けたので、浅沼はモロにその答えを顔に出してしまった。
「ぼ、僕とまことさんは、そんな関係じゃなくって、あの、その………」
 ドギマギして答える浅沼は、顔が真っ赤になっていた。
 亜美となるちゃんがクスクスと笑う。
 ちびうさがももちゃんに、何か耳打ちをしている。ももちゃんは、ふ〜んという表情で、浅沼を見る。
 ひとり鈍感な海野は、訳が分からず、浅沼と女の子たちを交互に見比べている。
 哀れ浅沼は、言い訳をすればするほど、墓穴を掘っていたが、それでも言い訳することをやめなかった。その仕草があまりにもおかしいので、女の子たちは悪いと思いながらも、声を出して笑ってしまった。
 相変わらず鈍感な海野は、話題から取り残され、ボーッとその場に立ち尽くしていた。

 悲鳴があがった。
 出し抜けだった。
 数人の通行人が上空を見上げ、恐怖に顔を引きつらせている。
 レイたちも“それ”に気づいた。
 ももちゃんが悲鳴をあげた。
 浅沼が、表情を強張らせた。
 海野が、口から泡を吹いて倒れた。
 なるちゃんが、茫然と立ち竦んだ。
 レイと亜美は即座に反応した。
 ちびうさをその場に残し、“それ”に向かって走った。
 周囲のほとんどの人々が、上空の“それ”に気付いた。
 ふたりは変身をするべく、身を隠す物陰を探した。
 と、そのとき、上空の“それ”に変化があった。
「オロカナ人間ドモヨ………」
 “それ”は、音声合成で作られたような声を発した。
「しゃべったぞ!!」
 学生らしき青年が叫んだ。
 “それ”は、正に人間の顔そのものだった。オカルト映画にでも出てきそうな、異様な顔をしていた。髪の毛はなく、いわゆるスキンヘッドというやつだ。全体的に深い緑色の肌をしていて、触ったらヌルヌルしていそうなほどに、いやな照かり方をしていた。目はぎょろりとしていて、耳は悪魔の耳のような先が尖った形をしている。その悪魔の耳元まで裂けている大きな口は、薄笑いを浮かべていた。
 異様なほどにグロテスクな、その顔だけの物体が、上空に漂うように浮かんでいる。
 十メートルはあろうかという、巨大なグロテスクな顔が、ニタリと笑った。
 亜美は、背筋に冷たい物が走ったような気がして、思わず身を震わせていた。
 だが、レイは、妙な違和感を感じていた。
 あのグロテスクな顔から、妖気を感じないのである。
「どういことよ………」
 レイは自分の能力を疑いたくなった。あんなにもおぞましいものから、全く妖気を感じないなんて、どうかしている。恐怖のために、自分の探知能力が鈍っているのかとも、考えてみたくなる。
「レイちゃん、あそこ!」
 亜美が指さす。
 レイはその方向に、視線を向けた。
 五メートルほど前方のゲームソフト専門店の前に、腰を抜かしている更科ことのを見つけた。
 ふたりは人並みをすり抜けるようにして、ことのの側まで走ってゆく。
「ことの部長!」
「ひ、火野さぁ〜ん………」
 レイを見つけたことのは、泣きべそをかいた。こんなところで会った偶然に驚くより先に、見知った顔に合ったと言う安心感の方が強かったのだろう。ことのはレイに思わず抱き付いていた。
 亜美とレイは、ふたり掛かりでことのを抱え上げる。完全に腰が抜けてしまって、自力では立てないようだった。
「ワレハ審判ヲ下ス者ナリ………」
 グロテスクな顔だけの“それ”は、低く、地の底から響いてくるような、不気味な声を発した。
「我ハ宣言スル。本日ヨリ三日以内ニ、全人類ヲ粛正スル………」
「なんなのよ、いったい………」
 さすがのことのも、声が震えている。腰を抜かしていたのだから、無理もない。
 グロテスクな顔だけの“それ”は、一方的に喋ると、まるでテレビの電源を切ったときのように突然に、スッと消えてしまった。
「け、警告だわ、これは………」
 ことのは脅えたように言った。
 レイは不可思議な面持ちで、グロテスクな顔がいた空を見上げている。
 だしぬけに、今度は背後で悲鳴があがった。
 三人は同時に振り向くと、その光景にギョッとなった。
 先ほどのグロテスクな顔が、空一面を覆っていたのである。
 数十、いや数百、数千だろうか、全く同じな巨大なグロテスクな顔が、全く同じにニタニタと笑っているのである。声は聞こえてこない。声を出さずに、その表情だけで、ニタニタと笑っているのだ。それがかえって不気味だった。人に与えるには、充分過ぎるほどの恐怖感があった。
 ことのが気を失った。
 いや、ことのばかりではない。まわりにいた人々も、そのあまりにもの恐怖のために、バタバタと気を失って、地面に倒れていった。
 前方、少し離れた地点から、上空のグロテスクな顔に向かって、一条の光が走った。
 ふたりにはそれが何であるのか、すぐに分かった。
「ちびうさちゃんたちと合流しましょう」
 亜美は言った。
 とりあえず、気を失ったことのを何とかしなければならない。
 残してきたちびうさたちのグループの中にも、先に倒れた海野以外にも、気を失っている者がいるかもしれない。
 亜美とレイのふたりは、ことのを抱えたまま、今来た道を戻った。

 ゲームセンターに入ったうさぎは、目敏く今流行の格闘ゲームを見付けた。三十九インチのワイド画面で、対戦のできる優れ者のゲーム機だった。
 たった今座ろうとしていた、おたくっぽい学生を睨みひとつで譲らせると、うさぎと美奈子はシートに腰を降ろした。
 まことは見物である。
 ふたりは同じキャラクターを選んだ。カンフー使いの女の子である。
 キャラクターが同じならば、勝負はお互いの技量で決まる。
 お互いに、ゲームの天才を自負するふたりの対抗意識は、嫌がおうにも高まった。
「こてんぱんにしてやるわ………」
 と、美奈子が言うと、
「ケチョンケチョンにのしてあげる………」
 と、うさぎは既に、死語になっているような形容詞をつけた言葉を返した。
 いつになく真剣なふたりを見て、まことがたじろいだ。
 ふたりの周りを、激しいオーラが炸裂している。
「な、なんなんだよ、このふたりの闘気は………」
 ふだんの戦いのときにさえ見せない闘気に、さすがのまことも圧倒されてしまった。戦いのオーラが見えるようだ。
 戦いが開始された。
 お互い一歩も引かぬ攻防が続く。
 その白熱した一戦に、まわりの人々が引き寄せられてくる。
 お互い超秘技を連発するのだが、すんでのところでガードされてしまうため、決定打がでない。
 時間は無制限の勝負である。したがって、引き分けがない。どちらかの体力ゲージがゼロにならなければ、勝負は終わらない。
 五分が経過した。
 ふたりは額にびっしょりと汗を浮かべながら、レバーやボタンを目まぐるしく操作する。
 決着がつかない。
 まわりにいた野次馬たちの間から、どよめきが起こった。
 美奈子が超秘技を出したのである。コマンド入力が難しすぎて、滅多に出せない大技だった。それを、いとも簡単に出した。
 うさぎが躱した。
 滅多にお目にかかれない大技を、するりと躱した。
 野次馬たちの間から、再びどよめきが起こった。
「よく、躱したわね………」
「脅かさないでよね………」
 ふたりには、まだ余裕があった。お互い、究極の技を出すタイミングを図っている。一撃で決まる奥義があるのを、ふたりは知っていた。だが、コマンド入力が困難で、技を出すのは事実上不可能とされている、究極奥義だった。仕掛けるタイミングが勝負だった。一歩間違えると、無防備状態となる。
 野次馬たちが、ゴクリと生唾を飲み込む。
 まことも思わず身を乗り出してしまった。
 プツッ。
 突然、画面がブラックアウトした。
 その場にいた者たちが全員、一瞬何が起こったのか、理解できなかった。
 うさぎと美奈子も、惚けたように目をパチクリさせた。
 ややあって、事態を飲み込んだ美奈子が、怒鳴り声をあげた。
「ちょっとぉ!どういうことよ!!」
 白熱の好勝負に水を注されたので、野次馬たちも一斉にブーイングを飛ばした。
「責任者、出てきなさい!」
 うさぎも、暴れ出さんばかりの勢いだ。
 程なく、血相を変えて店員が走ってくる。
 ゲーム機の調子を見る。
 首を傾げた。
「おかしいな、どこも悪くない………」
 ぽつりと呟いた。
 その呟きを、美奈子は聞き逃さなかった。
「どこも悪くないわけないじゃない!画面が消えちゃったんだから………。もっとよく調べなさいよ!!」
 食ってかかった。
 そうだ、そうだと野次馬たちが応援する。
 店員は、今にも泣き出しそうになった。
「ん? もどったんじゃないか?」
 画面に光が差したような気がしたので、まことが言った。
 全員の視線が、画面に戻る。
 映像が回復した。
 だが、そこに映っていたのは、先ほどのゲームの画面ではなく、グロテスクな人の顔だった。
 グロテスクな顔は、一同を見るようにしてから、ニタリと笑った。
「うぇ〜。気持ち悪〜い」
 うさぎが肩を窄ませて言った。
「決着がつかないと、こんな画面が出るのかい?」
 まことが店員に尋ねた。
 店員は、そんな筈はないと答える。
 悲鳴が聞こえた。
 外からだった。
 何事かと、外へ出てみてギョッとした。
 空一面を、先程のゲーム機の画面に出現した、グロテスクな顔と同じ顔が覆っていた。
 物凄い数だった。
 それが同時にニタニタと笑っている。
 まわりの人々は皆、上空を見上げている。
 三人は頷き合った。
「メイク・アッープ!!」
 パワーを開放し、セーラー戦士へと変身する。
 物陰で変身しなかったにもかかわらず、彼女たちの変化に気付く者は、だれひとりとしていなかった。誰もが上空のグロテスクな顔に注目していたが為に、変身した彼女たちに気が付かなかったのだ。
「せっかく、楽しんでたのにぃ〜!!」
 ヴィーナスは激怒していた。
 上空の顔の一群へ向けて、クレッセント・ビームを放った。
 直撃。
 ………したかに見えた。だが、ビームはグロテスクな顔を素通りしてしまった。
「うそ………。どういうことよ………」
 ヴィーナスは狼狽して、仲間たちを見た。
 セーラームーンもジュピターも、首を傾げた。分析は、ふたりとも苦手である。
 グロテスクな顔が、呻き声をあげた。この世のものとは思えないような声だった。
「うわぁ………」
 その場にいた者たちは全員、耳を押さえてうずくまった。まともに聞いていると、気が変になりそうだった。
「な、何よ、これ………」
 セーラームーンが苦しそうに言う。神経を逆撫でされるような感じだった。
 気を失う者も出てきた。
「ム、ムーン・スパイラル………」
「待って、セーラームーン!!」
 セーラームーンは、声のした方に目を向けた。
 耳を押さえながら走ってくる、セーラーマーキュリーとマーズの姿が見えた。
「あれは映像よ、攻撃しても意味がないわ!!」
 マーキュリーが叫ぶ。
 ハート・アタックを放とうとしたセーラームーンは、その手を止めた。
「映像って、アレが………?」
 三人が三人とも、驚いた表情で、上空のグロテスクな顔の一群を見上げた。とても、そうは見えなかった。
 顔の一群は、別に攻撃してくる様子もなく、だだ意味もなくフワフワと空中を漂っているだけだった。
 ただし、その口から発せられているおどろおどろしい声だけは、とてもじゃないが、我慢できるものではなかった。
「この声は、どうやってるの?」
 ヴィーナスが訊く。
 映像ならば、何か種があるはずだ。
「おそらくスピーカーで、どこからか流しているのよ」
 素早くマーキュリーは答えた。
「どうすればいいのよ………」
 セーラームーンは困惑してしまった。なす術がないとは、正にこのことだった。
「映像を投影しているものが、どこかにあるはずよ。それを探さなければどうにもならないわ」
「声を流しているスピーカーも、同じ場所にある可能性が高いってわけね」
 マーキュリーに続いて、マーズが言う。
 マーズの意見に、マーキュリーは頷いてみせた。
 不気味な声のボルテージが、一層高まった。
 まわりの人々が、バタバタと気を失って倒れてゆく。
「くそっ!こっちの身がもたない………」
 ジュピターが舌打ちした。
 気が変になりそうだった。
 声のボルテージが更にあがる。
 セーラームーンが悲鳴をあげた。
 ヴィーナスとマーズも、苦しそうに呻いた。もう、限界だった。
「セーラームーン………!」
 ヨロヨロとよろめきながら、なるちゃんが近付いてくる。彼女もひどく苦しそうだ。
「あそこに人影が………」
 なるちゃんが指差す。
 見ると、明らかに普通では行けそうのないビルの屋上に、ちらりと人影らしきものが見えた。
 人影は自分が発見されたことに気付き、すうっと身を隠した。
「あそこか………!!」
 ジュピターが、その場に向かってジャンプする。
 ヴィーナスとマーズがそれに続いた。
 マーキュリーはゴーグルのスイッチを入れ、探索を開始した。
 データが少なすぎる。今の人影が、この事件に関係しているのかどうかは分からない。もちろん、可能性がないわけでもない。
 セーラームーンが、倒れそうになったなるちゃんを支えた。
 ジュピターたちセーラー戦士が、ビルの屋上に到着する。
 人影は見えなかった。映像を投影しているはずの、映写機も見当たらない。
 だが、人がいたであろう、微かな気は感じられた。
「………ん!?」
 旧ホームの解体現場の方で、何かが動いたような気がした。
 ジュピターが大きくジャンプして、駅を飛び越え、旧ホームの解体現場へと移動する。
 マーズとヴィーナスのふたりも、ジュピターに続いた。
瓦礫の上に立ち、ジュピターは首を巡らす。
「逃がしたか………?」
 ジュピターはマーズを見た。
 マーズは気を探る能力に長けている。彼女にこの辺一帯をサーチしてもらえば、怪しい気の持ち主がいるかどうかが判る。
 マーズは目を閉じ、気を集中させる。
 数秒ののち、再び目を開けたマーズは、首を横に振った。
「逃げ足の早いやつね………」
 ヴィーナスが言う。
 マーズが、この辺一帯に怪しい気を持つ者がいないと判断したなら、敵はいないと見て、ほぼ間違いはない。それほど、彼女の能力は信頼できる。
「顔が消えた………」
 ジュピターが空を見上げた。
 見ると、先程まで空一面を埋めつくしていたグロテスクな顔が、もうひとつもない。
「“声”も聞こえなくなったわね………」
 ヴィーナスも言う。
 澄んだ青空が広がっている。
 秋葉原は再び、その本来の姿に戻っていた。