合流


 一の橋公園に、セーラー戦士たちは集結した。
 上空には、グロテスクな顔が我が物顔で漂っている。
「みんな、頼んだぞ!」
 アルテミスは一同を見渡す。
 全員が力強く頷いてくれた。
「がんばってください」
 ダイアナの励ましには、ちびムーンが右手の親指を立てて答えた。ジュピターがよく見せるポーズを、真似てみたのだ。
 戦士たちは、十番街の方向に顔を向けた。
 街の人々の悲鳴が響いてくる。
 空にはグロテスクな顔が、次々と出現してくる。十番街はパニックだった。いや、十番街だけではない。おそらく、世界規模でパニックになっているはずだった。
「この状態のまま『十番』を離れるのは、何だか気が引けるわね………」
 ぽつりとマーズが言う。
「仕方がないさ………」
 やや、諦めた調子でジュピターは返事をした。
 プルートを中心に置き、その他のセーラー戦士たちは円を作るように並んだ。
 準備は整った。
「ん………!?」
 アルテミスが何かの気配を感じ取った。
 シュッ! シュッ、シュッ、シュッ!!
 黒い影が、風を切り裂く音が聞こえる。“黒子”だ。
「さっそく、お出ましかい………」
 ジュピターが、指の関節をボキボキと鳴らす。肩を回して、軽い準備運動をする。 シュッ、シュッ、シュッ!!
 “黒子”が戦士たちに襲いかかる。しかし、数はそう多くはない。せいぜい四‐五体だ。六人のセーラー戦士を襲うには、少々数が少ないように思える。
「手間取っている暇はないわ! 一気にいくわよ!!」
 ウラヌスは先頭を切って陣形を崩し、ひらりと身を翻した。
 他のセーラー戦士たちも、ウラヌスに習って四方へ飛ぶ。
 ネプチューンとプルートが、ちびムーンを守るような陣形を取って身構えた。
 五体の“黒子”が、一丸となって突進してくる。
 ウラヌスがその正面に躍りでる。
「風手裏剣!!」
 ウラヌスの右手から投げられた凝縮された風が、鋭利な手裏剣となって、“黒子”たちを強襲した。
 “黒子”たちも馬鹿ではない。手裏剣を避けるために、四方に散開した。
 ウラヌスが天界震を撃たなかったのは、公園に被害を与えたくなかったためである。狭い公園で放つには、天界震は威力が強すぎた。
 それは他のセーラー戦士たちにも言えることだった。それぞれ、力をセーブして戦っている。
「破滅喘鳴!!」
 威力を押さえたプルートの一撃が、一体の“黒子”を消滅させると、間髪を入れずに、ネプチューンの深水没によって、更にもう一体が粉砕された。
「せりゃあ!!」
 ジュピターがラントニング・ストライクで、二体の“黒子”を葬った。
 残る一体は、マーズの援護を受けたちびムーンのハート・アタックで、木っ端微塵になった。
「適地に乗り込む前の、いい準備運動になったな」
 ウラヌスは言う。
 そのとき、妙な感覚が周囲を包んだ。周囲に何らかの変化が起きた。
「シールドを張られたわ!」
 プルートが悔しそうに叫ぶ。彼女たちのたちの技「ディメンション・スペース」と同種のシールドが、今瞬時に張られたのだ。
「大変よ! みんな!!」
 ダイアナの首輪の通信機から、ルナの上擦った声が響いた。
「どうしたんだ!? このシールドはだれが張ったんだ!?」
 アルテミスが喚くように訊いた。
「また敵に先手を打たれたわ! このシールドは、けた違いの規模よ!!」
「けた違いって!?」
 ジュピターとマーズが同時に訊いた。
「地球全体をシールドしちゃったのよ! とんでもないやつだわ………」
「なんだって!?」
 声を張り上げたのはアルテミスだったが、この場にいるセーラー戦士たち全員が、驚きの色を示している。
「地球全体をシールドして、全人類のエナジーを一気に奪おうって腹か………」
 ウラヌスが舌打ちする。
「どうする? 半分をこっちの世界に残しておくか?」
 続いてアルテミスに意見を求めた。
 アルテミスは沈黙して、しばし考えを巡らした。ややあって、顔を上げる。
「………いや、当初のの予定通り、全員で行ってくれ」
 ゆっくりとした口調で、アルテミスは指示を出した。
「でも………」
 マーズが何か言いたげに、彼を見る。全員で攻め込むのはいいが、この状態のこちらの世界を、どうする気なのだろうか。
「こっちは俺たちでなんとかする!」
「なんとかするって、いったい………」
“元凶を叩かなければ、この戦いは終わらないということだ”
 ジュピターの持つ、クンツァイトの翡翠が淡く輝く。マーズは言葉を飲み込んで、クンツァイトの翡翠に注目する。
“そういうことだろう………? アルテミス………”
 クンツァイトの言葉を受けて、アルテミスは頷いた。
「分かった。こっちのことは、アルテミスたちに任せよう」
 ウラヌスが決断した。
「プルート」
 そして、プルートに視線を移した。
 プルートは既に、ガーネット・ロッドを用意していた。ウラヌスに向かって頷くと、ロッドを頭上に高々と翳す。
「みんな、準備をして! 出発するわよ!!」
 セーラー戦士たちは、プルートを中心にして輪を作る。
 ガーネット・オーブが一際強い光を放つ。
「座標確認!」
 プルートが叫ぶ。
「ディメンション・ワープ!!」
 眩い光に包まれて、セーラー戦士たちは別の次元へ旅立って行った。

 アルテミスとダイアナが、司令室に戻ってくる。
 ルナが駆け寄ってきた。
「アル!」
 ルナは何事かをアルスミスに目配せする。
 アルテミスはゆっくりと頷く。
「外は俺たちふたりでなんとかする。ダイアナはもしものときのために、司令室に残っていてくれ………」
「なんとかするって………」
 ダイアナは不安げに、ルナとアルテミスの顔を見た。
「そんな心配そうな顔をしなくても大丈夫よ。死んだりしないから………」
 ルナが微笑んでみせた。
「じゃ!」
 ふたりは再び外へと飛び出す。
 外は静かになっていた。
 人々は気を失って、道ばたに倒れている。意識のある者は、全くと言っていいほどいなかった。
「気を失っているだけで、エナジーはまだ奪われていないようだ」
「やるなら、今しかないわね」
 ルナとアルテミスは顔を見合わせると、頷き逢った。
「行くぞ、ルナ!!」
「OK! アル!!」
 ふたりは眩いばかりの光を放つと、空高く急速に舞い上がってゆく。
 光が弾けた。
 ふたりの放った光が、徐々に地球を包み込んでいく。
 司令室のモニターで、ふたりの様子を観察していたダイアナが息を飲んだ。
「す、すごい!! 敵の張ったシールドの内側に、別のシールドを作ったのね! ふたりがシールドを張っている間は、敵は地球上で集めたエナジーを別の次元に運べない………」
 だが、感心してばかりはいられなかった。
「でも、無茶よ! ふたりの体力では、そう長い時間、こんな巨大なシールドは維持できないわ………!!」
 ルナとアルテミスは、その無茶を承知でシールドを張っているに違いないことも、ダイアナはよく分かっていた。
(スモール・レディ、急いで!!)
 そう、心の中で叫ばずにはいられなかった。

 セーラー戦士たちは、亜空間に突入した。
 何もない、真っ暗な世界だった。
 感覚として移動しているのは分かるのだが、果たしてどちららに移動しているのか、皆目検討も付かなかった。こんなところで迷子にでもなったら、奇跡でも起きないかぎり、一生もとの世界には戻れないだろう。
 プルートにだけは道筋が見えているのだろうか、真っ直ぐに進行方向(なのだろう)を見つめている。
「あれ? なんだろう……?」
 ちびムーンが闇の中に、何かキラリと光るものを発見した。
 目を凝らしてみる。間違いない、何かが光っている。暖かい光だ。見ていると、妙に心が安らぐ。
 あの光は、前にも見たことがある。
「………!!」
 ちびムーンの頭の中で、何かが弾けた。そうだ。あれは。あの光は………。
「銀水晶の光………」
 間違うはずはない。あの光は、正しく銀水晶の光………。
 銀水晶を持っているのは、自分以外では、ただひとりしかいない。
「うさぎだ!! プルート、うさぎが呼んでる!!」
 声を限りに叫んだ。
 プルートが空間の移動速度を制御した。
 他のセーラー戦士たちも、銀水晶の放つ光を見つけていた。
「あれは、銀水晶の光………」
 ネプチューンが呟くように言う。その手には、ディープ・アクア・ミラーが握られている。
 鏡を光の来る方向に向けた。
 ディープ・アクア・ミラーは、銀水晶の光を受ける。反射はしない。光を吸収している。ディープ・アクア・ミラーは、この光が間違いなく銀水晶のひかりであると主、に告げている。
「間違いない。うさぎよ!!」
 ネプチューンにしては、珍しく興奮していた。
「ミラーと同調するわ! うさぎのところまで、転移するわよ!!」
 
 視界が急に明るくなった。
 銀水晶の光が、間近に感じられる。
 セーラームーンとヴィーナス、そしてタキシード仮面の姿が見えた。
「みんな!!」
 セーラームーンとヴィーナスが、こちらに向かって走ってくる。
 ちびムーンがセーラームーンに飛びついた。
「よかった………。よかったよぉ………」
 セーラームーンに抱きついたまま泣きじゃくった。
「セーラームーン、彼らは………?」
 ウラヌスが、タキシード仮面の後方にかたまっている人々を顎で示した。
「七年前の事件で、行方不明になっていたひとたちよ。この空間に飛ばされていたのよ」
 ヴィーナスが説明する。
「プルート、あの人たちを、もとの世界に戻してあげて………」
 ちびムーンを抱いたままの姿で、セーラームーンがプルートに目を向けた。
「お、俺たちは助かるのか………!?」
 中年の男が、大きく目を見開く。
 プルートが頷いてみせると、人々の間から歓声があがった。
「………ですが通常空間も、今はひどく混乱しています。もうしばらく、ここで辛抱していてください」
 プルートは申し訳なさそうに言う。
「わたしたちは七年も待った。僅かの時間ならば、あなた方を信じて、ここで待つことにしよう」
 中年の男は、はやる気持ちを抑えてそう言った。
「必ずお迎えに参ります。これを持っていてください」
 ネプチューンが、ディープ・アクア・ミラーを男に手渡した。
「………これは?」
「あなたがたをトレースするために使います。その鏡が、わたしたちに、あなたがたのいるポイントを示してくれます」
 ミラーはうっすらと光を放っている。神秘的な心が温まる光だった。中年の男は、この鏡が普通の鏡ではないということを、その神秘的な光から理解した。
「分かりました。全てを終えたあなた方が、わたしたちを迎えに来てくださることを、信じています」
 男はにっこりと微笑んだ。