戦士たちの動揺


「うさぎちゃんたちと、連絡が取れない!?」

 司令室に戻ってきた、はるか、まこと、レイの三人は、アルテミスから報告を受けて、思わず訊き返していた。
「一緒じゃなかったのか!?」
 そうアルテミスに食ってかかるまことは、アルテミスの指示で、うさぎと美奈子が衛のマンションに行ったことを知らない。
「どういうことなの!?」
 レイもルナとアルテミスに問う。
 アルテミスはまず、まことに、うさぎたちが自分の指示で、衛のマンションに行ったことを話さなければならないと考え、そのことを先にまことに説明した。それから、三人との連絡が途絶えたことを話した。
「三人で、敵地に乗り込んだってことは、考えられないの?」
 レイが再び訊いてきた。
「それはありえないわ。敵の本拠地が別の次元にあることが分かったから、彼女たちが先に乗り込むということは、考えられない。次元を移動する能力は、セーラー戦士では、わたしにしか与えられていない能力なのよ」
 せつながレイの意見を否定した。
「………だとすると、亜美と同様に、敵に捕まったという可能性の方が高いのか………」
 自問するように、はるかは言った。考えたくないことではあったが、そう考えるのが、一番自然のように思えた。
「一概には、そうとも言い切れないと思うけど………。可能性はあるわよね」
 みちるは頷く。
「衛のマンションに行ってみようと思う。何か、手がかりがあるかもしれない」
 アルテミスはそう言うと、司令室を出るべく、出口に向かって歩き出していた。

 衛のマンションには、アルテミスとはるか、まことの三人が向かった。ルナとせつな、みちる、レイの四人は、司令室に残って、敵の動きに備えることとなった。ちびうさとダイアナは、未だ学校から戻ってはこない。
「やることが全て、後手後手にまわっているわね………」
 苛立たしげに、レイは言う。
「このままじっとして、敵の出方を伺うなんて、あたしの性に合わないわ………」
 そう言って、自慢の黒髪を掻き揚げた。
「落ち着いて、レイ………。借りを返したいと思っているのは、あなただけではなくってよ」
 たしなめるような口調で、みちるは言った。
 みちるとレイは、不覚にも敵に操られ、こともあろうに仲間たちと戦わされた。この屈辱の借りだけは、きっちりと利子を付けて返さなければならないと思っていた。
 アルテミスが、ふたりを司令室残していったのには、そういった理由があった。司令室にいれば、ルナとせつながいるために、ふたりは勝手な行動はできない。これ以上の戦力の分散は、今後非常に不利になると考えての配慮だった。
 アルテミスの判断は正しかった。ルナはそう思った。
 人の気配がした。
 四人は出入り口に、一斉に目を向けた。
「やぁ………」
 元基だった。手にはハンバーガーショップの紙袋を持っている。
「これ、なるちゃんと海野君からの差し入れ………。うさぎちゃんに『がんばって』って伝えてくれって言われたんだけど………」
 元基は司令室の中に、うさぎの姿を捜した。しかし、部屋の中に、うさぎの姿はない。
「出掛けているんです。戻ったら、伝えておきます」
 せつなは、笑顔を作って答えた。
「そうか………。じゃ、みんなもがんばってね。………でも、くれぐれも無理はするなよ」
 元基はそう言って、司令室を出ていく。
「ああいう人がいると、心強いわね」
 みちるは言う。それは、皆の感想でもあった。自分たちを助けてくれる人物がいると思うだけで、信じられないくらいの力が湧いてくる。
 レイが、差し入れのハンバーガーとジュースを、みちるとせつなに配る。
「ねぇ、ルナ。スモール・レディ、遅いわね………」
 ジュースを一口飲んでから、せつなは不安そうな表情で、ルナを見た。
「大丈夫だと思うんだけど………。念のため、もう一度連絡をしてみるわね」
 そう言って、ルナは通信機のスイッチを入れた。

 アルテミスとはるか、まことの三人は、衛のマンションに到着した。
 最近では滅多に来ることがないので、アルテミスもまことも、衛の部屋の場所に自信がなかったが、間違えることなく、部屋に着くことができた。
 まことが呼び鈴を鳴らした。
 案の定、中から返事はない。
 ドアを開けてみた。鍵は掛かっていなかった。
 カチリという乾いた音を伴って、ドアは開かれた。
 玄関には、うさぎと美奈子の靴が、置いたままになっている。だが、部屋の中には、人の気配がなかった。
 三人は、衛の部屋へと入ってゆく。
 部屋の中には、やはり、だれもいなかった。荒らされた様子もなく、もちろん、争った形跡もない。衛の奇麗好きな性格と、週に一‐二度、うさぎが掃除をしているらしいということもあってか、衛の部屋は、男の一人暮らしの部屋にしては、非常に整理整頓されていた。
(2DKか………)
 玄関から見て右側に、寝室を見つけて、はるかは思った。
 しんとした部屋の中には、確かに先ほどまで人がいたであろう、僅かな温もりが感じられた。それは、戦士である、はるかやまことだからこそ感じられる僅かな気配であり、普通の人には感じることのできないものだった。
「気に入らないな………」
 はるかは呟く。
 まことは始め、はるかは、うさぎたちが単独で敵地に乗り込んだのだろうと考え、そのことに腹を立てていると思ったのだが、すぐにその考えは、過ちであったと知らされた。
「部屋が奇麗すぎる………」
 はるかは言いながら、開けっ放しのガラス窓からバルコニーへ出て、外を眺めた。
 僅かに吹いている風が、少し汗ばんだ肌に心地好かった。
 バルコニーから、部屋の中を覗いてみた。視点を変えてみたかったのである。違った角度から見れば、別の発見があるのではないかと考えたからだった。
 アルテミスが、鋭い視線で部屋中を観察しているのが見える。
 まことは少し遠慮がちに、部屋の中を調べている。
「………ん!?」
 はるかの視線が、机の上のパソコンで止まった。
 起動しているはずなのに、ディスプレイには何も写っていない。
 はるかは、もう少しよく調べてみたいと思ったので、パソコンが置かれている机に、ゆっくりと近付いていった。
 やはり、電源は入っている。
(ディスプレイの故障か………?)
 そう考えてもみたが、よく見ると、ディスプレイには、うっすらと何かの映像が映し出されている。それが何なのか、全く判別できないほど、画面は暗かった。だから、始め見たときに、何も写っていないと感じたのだ。
「どうしたんですか………!?」
 まことが覗いてきた。ディスプレイの画面と、はるかの顔を交互に見比べている。
“我がマスターは、敵の本拠地とアクセスしてしまったのだ”
 低い声が、部屋に響いた。
 はるかとまことは、驚いて顔を上げた。アルテミスの声ではなかったからだ。この部屋には、アルテミス以外の男性はいないはずだった。
「クンツァイトか………!?」
 アルテミスは叫ぶと、気配を探った。その視線が、オーディオラックの上の、ガラスケースのところで止まった。
 ひらりと、オーディオラックの上に飛び乗る。
「どういうことなんだ!?」
 アルテミスは訊いた。
 ガラスケースの中の四つの翡翠が、弱々しく光を放つ。
“今日ほど、生身の肉体を持たぬ自分を、恨めしく思ったことはない………。マスターや、プリンセスをお守りできなかった………”
 ネフライトの声だった。悔しさのあまりか、声が幾分震えていた。
「敵にさらわれたということか!?」
“分からぬ………。ただ、別の次元に飛ばされたようにも見えたが………”
 クンツァイトは答えた。
「別の次元か………。となると、プルートの力を借りなければならないか………」
 アルテミスは、ひとり呟いている。
“すまない………。我らが不甲斐ないばかりに………”
 ネフライトが再び、悔しそうに言う。
「そんなに気にすることはないよ。あんたたちの責任じゃない」
 そんな、まことの慰めの言葉が、ネフライトの耳に届いたかどうかは分からなかった。
 まことは、視線を窓の外に移そうとして、視線を泳がせた。
 はるかが、怪訝そうにオーディオラックの上の、ガラスケースを見ているのに、まことはようやく気が付いた。
「衛さんの親衛隊だった、四人の魂が宿っている翡翠なんです」
 まことの説明に、はるかは納得したように頷いた。以前、せつなから聞いていたことを思い出した。
 はるかが頷くのを見ていたアルテミスが、再び口を開く。
「とにかく、一度司令室に戻ろう。作戦を立て直す必要がある」
 アルテミスは、はるかとまことの顔を交互に見ながら言った。
“我らも連れていってくれ”
 クンツァイトが言う。
「いいよ、あたしが連れていってやるよ………」
 まことはそう言うと、ガラスケースから四つの翡翠を丁寧に取り出すと、
「しばらく、ここで辛抱していてくれ」
 と、セーラー服の胸のポケットに、翡翠を収めた。

 十番小学校の裏庭で、うたた寝をしていたダイアナは、ルナからの二回めの呼び出しで目を覚ました。最初の呼び出しから、既に二時間を経過していた。陽もすっかり高くなっている。そろそろ、お昼時だ。
 ルナに怒られる。
 ダイアナは覚悟を決めて、首輪の通信機のスイッチを入れた。
「………ダイアナ!? なにしてたの!?」
 案の定、少し怒ったようなルナの声が聞こえた。
「ごめんなさい………」
 ダイアナは、か細い声で謝った。アルテミスなら、ここで上手い言い訳のひとつも言うのだが、生憎とダイアナは素直な子だった。下手な言い訳はしないのだ。
 通信機の向こうのルナは、だいたいの理由を推測したのだろう。小さなため息を付いている。
「………まぁ、いいわ。何事もなかったんだし………」
 ルナの呟きが流れる。
「………ごめなさい………」
 再び、ダイアナは謝った。
「いいわ、もう………。それより、急いでちびうさちゃんを連れて、司令室に来て!」
「スモール・レディは学校ですけど………」
「そんな事言っている場合じゃないの………! 緊急事態なのよ………。ちびうさちゃんには悪いけど、仮病を使って、早退してくるように伝えて………!」
「わ、分かりました………!」
 ルナの口調に、自分が居眠りをしている間に、なにやらとんでもないことが起こっていると感じたダイアナは、弾かれたように返事をすると、緊急事態の理由も聞かずに、通信機のスイッチを切ってしまった。
 ダイアナはちびうさを捜すために、校舎の中に入った。
 十番小学校は、昼休みの時間帯だった。廊下には、たくさんの生徒が歩いている。
 その中を、ダイアナはちびうさの教室を目指して走った。
 校庭で遊んでいるなどとは、考えなかった。絶対に、教室にいるような気がしたのだ。
 廊下にいる何人かの生徒たちは、全速力で走っている、その小さな生き物に興味を示していた。指を差して、何やら叫んでいる者もいれば、途中まで一緒に走る者もいた。
 ダイアナは、その全てを無視して、ちびうさの教室を目指す。
 到着した。
 昼休み中ということもあって、出入り口のドアは開けっ放しになっていた。ワイワイと騒いでいる生徒たちの声が、廊下にまで響いている。
 ダイアナは教室に入った。中の生徒たちは、まだダイアナの姿に気付いていない。
 すぐ近くの机の上に飛び乗って、ちびうさの姿を捜した。
 ………いた。
 窓際に集まって雑談している生徒たちの中に、ちびうさの姿を見つけた。
「ニャァ………!」
 ダイアナは一声すると、ぴょんぴょんと机の上を跳びはねて、ちびうさに向かってゆく。
「あれぇ………!? ダイアナちゃんだ………」
 真っ先にダイアナを発見したのは、ももちゃんだった。
 ちびうさは不思議そうに、ダイアナを見ている。
「ス………」
 思わずダイアナは、しゃべりそうになってしまって、慌てて口を押さえた。
「何だ!? こいつ………」
 そう背後で聞こえたと思うと、ダイアナは摘み上げられていた。
「よしなさいよ、九助。ちびうさちゃんの猫なんだから………」
 ダイアナに悪戯しようとした九助を、叱るような口調でももちゃんは言った。
「………ちっ」
 九助は舌打ちすると、ちびうさの前にダイアナを突き出した。
「ほらよ、ちびうさ。学校に猫なんて、連れて来るなよな………」
 ちびうさにダイアナを手渡すと、九助はぶつぶつ言いながら、教室の外に出ていってしまった。
 九助が、教室を出ていくのを目で追っていたちびうさは、腕の中でもぞもぞ動くダイアナに視線を移した。
「どうしたのよ………」
 ちびうさは言う。
「ニャー、ニャー………」
 ダイアナは、ちびうさの洋服の袖を引っ張る。しゃべれない以上、態度で分かってもらうしかなかった。
「あたしに来いって言うの………?」
 ちびうさが、囁くように訊いてきた。ダイアナは、ももちゃんたちに気付かれないように、小さく頷いた。
「ごめんね、ももちゃん。あたし、ちょっと行ってくるね………」
 ちびうさはそう言うと、そそくさと教室を出ていった。
 ももちゃんや他の生徒たちは、不思議そうに、そんなちびうさを見送っていた。

「駄目じゃない、教室に入ってきちゃ………」
 人気のない裏庭まで来ると、ようやくちびうさは、ダイアナに話しかけることができた。
「スモール・レディ、大変なんです………。ルナが呼んでるの。急いで司令室に行きましょう」
「ルナが………!? 何かあったの………?」
 ちびうさは、不安そうな表情をした。そういえば、朝からうさぎの姿を見ていない。珍しく早起きして、学校に行ったのかと思っていたが、どうやら別の目的があったようである。
「あたしも詳しいことは知らないの………。嫌な予感がするわ。司令室に急ぎましょう」
 ダイアナは、ちびうさを促す。
 ちびうさが頷いたその時、突然悲鳴があがった。
 ふたりはビクリとして、反射的に悲鳴の聞こえた方に、顔を向けた。
 裏庭には、自分たちの他には人がいない。声は、校庭の方からのようだ。
 ふたりは、校庭に出た。
 校庭自体には、何も変化がないように思えた。ただ、校庭で遊んでいた生徒たちは、そろって脅えた表情で、空を見上げている。
 ふたりも生徒たちに習って、空を見上げてみた。
「………!?」
 空には巨大なグロテスクな顔が、ひとつだけ浮かんでいた。ただ、それは今までとは比べ物にならないほど、巨大なものだった。
 グロテスクな顔は、例によってニタニタと気色悪い薄笑いを浮かべながら、上空を漂っている。
「スモール・レディ………」
 ダイアナは脅えた表情で、ちびうさを見た。
「………みんなと合流しなきゃ………」
 呟くように言うと、ちびうさはその場から駆け出してゆく。
「スモール・レディ………!」
 ダイアナは、慌ててちびうさの後を追って、走り出した。

「始まったようね………」
 外の様子を映し出しているモニター画面を見ながら、ルナは言った。
 司令室の中に、緊張が走った。
「ちびうさとダイアナは?」
「こっちへ向かっているわ」
 みちるの問いにルナは早口で答えながら、一方でアルテミスを呼び出していた。
 うさぎたちが行方不明であることは、既に連絡を受けている。後は、三人が司令室に戻ってくるのを待つだけのはずだった。
「アル、司令室には戻らなくていいわ。外で、ちびうさちゃんたちと合流して」
「………どういうことだ!?」
 合点がいかないという風な、アルテミスの返事が返ってくた。
 ルナはすぐに答える。
「行方の分からない、うさぎちゃんたちを捜している時間はないわ。敵が次の行動に移る前に、こちらから攻撃を仕掛けるしかないと思うの。このまま後手後手にまわっているだけでは、わたしたちは勝てないわ………」
「しかし………」
「分かって、アル………。それしか方法はないの………」
「………」
 アルテミスは、考えあぐねている様子だった。敵の本拠地が別次元にある以上、プルートの力が必要だった。だが、うさぎたちも異次元に飛ばされた可能性が高く、救出するには、やはりプルートの力が必要である。プルートとともに適地に乗り込むということは、うさぎたちを見捨てるということに等しい。
「………仕方がない。うさぎたちのことは、後回しにしよう………」
 結局は、そう決断せざるを得なかった。今はうさぎたち三人より、世界を救うことの方を優先させなければならない時だった。
「せつなたちを、こちらによこしてくれ………」
 沈痛な面もちで、アルテミスは小さく言った。