アドニスの野望
何か冷たいものが、頬を伝わった。
冷たい………。何だろう………。
意識がまだ、朦朧としていた。
ゆっくりと目を開けてみる。何も見えない。
ここはどこだろう………。わたしは、なにをしているんだろう………。
薄暗い部屋の中らしかった。さっきの“冷たいもの”は、天井から落ちてきた滴なのだろう。
黴臭い匂いがした。
また一滴、今度はおでこの上に落ちてきて、ピチャッと跳ねた。
冷たかった。
おかげて意識がはっきりとした。
首を少し動かしてみた。
どうやら、ベッドの上に寝かされているようだった。
でも身動きがとれない。手足を拘束されている。
頭もろくに動かせないので、自分がいったいどういう格好でいるのかわからなかった。
身体を動かしてみた。やはり、自由がきかない。手足の拘束は、そう簡単には外れそうにない。
「お目覚めかな………? プリンセス・セレニティ………」
部屋の奥の方から声がした。足音が近づいてくる。
その声によって、うさぎは意識を完全に取り戻すことができた。
思い出したくない記憶が甦る。
ビルの残骸に飲まれていくタキシード仮面の姿に、我を失って呆然としたあと、何者かに下腹部を殴打されて気を失ったのだ。
「ようこそ、マゼラン・キャッスルへ………」
ゆっくりと近付いてきた男は、視界の悪い、うさぎの真横まで移動してくると、恭しく頭を下げてみせた。
「あなたは、だれ………?」
うさぎは、自分を見下ろすようにしている男に、問いかけた。
ほんの数秒、間を取ってから、男は答えた。
「わたしはアドニス。今回の作戦の指揮をとっている」
アドニスは一語一語を区切るようにいうと、うさぎに視線を落とした。
「アドニス! アドニスはいないの!?」
作戦司令室に荒々しく、ミネルバが入ってくる。
アドニスの護衛兵を含めた司令室のオペレーション・スタッフが、一斉にミネルバに目を向けた。
「何事ですかな? ミネルバ様………」
護衛兵のひとり、隊長のダヌーが声をかけた。
「アドニスはどこにいるの?」
ミネルバは咎めるような口調で言った。
「私も、存じません」
ダヌーはさらりと言った。知っていはいるが、お前などには話せないといった風である。
だがミネルバも、このまま引き下がっては、プリンセスとしてのプライドが許さない。
「話があります。捜しなさい」
ミネルバは威厳を持った口調で言った。
「私は、存じません」
ダヌーは抑揚のない声で言った。あくまでも、しらを切るつもりらしい。
「では、捕らえたセレニティはどこです?」
ミネルバは苛立たしげに訊いた。ここまで馬鹿にされては、プリンセスとしての威厳もあったものではない。
「その件に尽きましても、私は存じ上げておりません」
しかし、ダヌーから返ってきた言葉は、先ほどと何ら変わるものではなかった。
ミネルバを唇をワナワナと震わせた。これでは何の情報も得ることはできない。
自分は必要とされていない。
そう感じたのは、姉アフロディアがシルバー・ミレニアムへ行き、その一年後に母アフロディアが急な病で亡くなってからだった。母が亡くなる少し前に、アドニスが軍事参謀になってから、マゼラン・キャッスルは変わってしまった。ミネルバは国のシンボルとして掲げられ、政治的介入はいっさい認めてもらえなくなってしまった。
だからなのである。今回の作戦に参加したのは………。作戦に参加することで、キャッスルの兵に自分の存在をアピールしたかったのである。
「お散歩がてら、ご自分でお捜しになってはいかがですかな………」
ダヌーの口調は、完全にミネルバを馬鹿にしているものだった。護衛兵の中にも、鼻で笑っている者がいる。
ミネルバは無言できびすを返すと、司令室をあとにした。悔し涙が止め度もなく、頬を伝わっていた。
「うさぎが………!?」
アルテミスから話を聞いた美奈子は、愕然としてしまった。
「早くうさぎを助けないと、アドニスに………!!」
あとの言葉を続けることはできなかった。美奈子の脳裏には、アドニスの嫌らしげな笑みが浮かぶ。アドニスの意図は、だいたいが想像がつく。うさぎはそのための人質だろう。だが、その人質が無事でいる確率は極めて低い。
「うさぎを捜さないと!」
美奈子はドレスを翻して、部屋を出て行こうとする。
その美奈子左腕を、アルテミスが掴む。
「落ち着け、美奈。うさぎのところには、既に“彼女たち”が向かっている。“彼女たち”ならば、上手くやってくれる」
アルテミスは美奈子の気を静めるように、ゆっくりとした口調で告げた。
「でも………」
「今、俺たちが表立って動くのはマズイ。それは美奈も分かっているだろう?」
歯痒いが仕方がないことだった。美奈子は唇を咬んで、俯くことしかできなかった。うさぎのことは、アルテミスが言うように“彼女たちに”任せるしかない。
(ふたりとも、うさぎを守ってね)
美奈子は心の中でそう祈っていた。
「あたしをどうするつもりなの………?」
うさぎはアドニスを睨むように見た。
アドニスは喉の奥の方で笑うと、低く冷たい声で答えた。
「お前はアフロディアに勝手な行動をとらせないための、人質になってもらう」
「人質ですって………!?」
うさぎは声を張り上げた。
アドニスは蔑むように、うさぎを見下ろす。
「この部屋はアフロディアは知らないのでな、監禁場所には丁度いい」
アドニスは再び喉の奥で笑った。
「もうじき地球も手に入る。そうなればお前には用はない」
アドニスはそこまで言うと膝を付き、うさぎに顔を近づける。
「そんなことはさせないわ! 地球には仲間がいる。仲間が地球を守ってくれるわ!」
うさぎは精一杯強がってみせた。だが、アドニスはおかしくてたまらないといった風に笑った。
「気を失っていたから、分からないのも無理はないな。三人の守護神は死んだよ。というより、力を失ったというほうが正しいかな………。これが何だか分かるか?」
アドニスはうさぎに、三つの宝石のようなブローチを見せた。
うさぎはそれが何であるのか、すぐに分かった。もちろん、見覚えがある。
「まさか………」
うさぎは信じられないものを見るように、その三つのブローチを見つめた。
「三人の守護神のパワーの源、守護のオーブだ。これがなければやつらはただの地球人だ。何もできん。そしてセレニティ、お前もな………」
アドニスはハート・ムーン・コンパクトを見せた。
うさぎはここで初めて、自分の変身が解けていることを知った。セーラームーンであったのなら、逃げ出すチャンスを作ることも可能だったが、地球人の姿では、その可能性は不可能に近い。
「それに小煩いエンディミオンは死んだしな………」
追い打ちをかけるような、アドニスの言葉だった。
うさぎの脳裏に、あの残酷な映像がよぎる。苦しい。胸が張り裂けそうになる。
だが、うさぎは泣かなかった。泣けば、タキシード仮面が死んだということを、認めてしまう。タキシード仮面は生きている。きっと助けにきてくれる。うさぎはそう思うことにした。
うさぎはキッと鋭い視線でアドニスを睨む。
「あなたの思いどうりにはさせない」
それを聞いたアドニスは大声で笑った。おかしくて仕方がないという、笑い声だった。
「まだ自分の立場が分かっていないようだな………」
アドニスはうさぎの頬を撫でる。恐ろしく、冷たい手だった。
うさぎは生理的に、貞操の危機を感じた。手足を拘束されていては抵抗もできない。
「いや、やめて………!」
うさぎには叫ぶことしかできない。
「抵抗できぬまま辱められる気分を、味合わせてやるよ」
アドニスは無表情で言った。左手は胸を、右手は太股をまさぐる。
わざとじらして、うさぎの恐怖を煽る。
左手は乱暴に胸を揉みしだく。腿をまさぐっている右手が、徐々に上へと移動してくる。
「…………!!」
うさぎは声にならない悲鳴をあげた。このまま辱めをうけるしかないのか。
身を捩り、必死に抵抗を試みるが、無意味だった。
かえってアドニスを楽しませてしまうだけだった。
アドニスの手が、うさぎのスカートの中に伸びる。
アドニスの冷たい手が、うさぎの太股に触れた。
その手のあまりの冷たさに、思わず身をピクンと震わせる。
アドニスが、鼻で笑ったような気がした。
「………!」
アドニスの手が、無造作に太股をまさぐる。
うさぎの目から、涙が溢れた。
アドニスの身体が無遠慮に、うさぎの身体の上にのしかかってくる。うさぎの白くほっそりとした首筋にキスをした。
「いやぁ!!!」
うさぎの絶叫が、薄暗い部屋に響く。
「アドニス様」
だしぬけに声がした。
アドニスは手を止め、声のしたほうに目をやる。
「アラクネか………。何の用だ………」
アドニスはうさぎを見てフッと笑うと、ベッドから離れ、アラクネの方に歩み寄った。
アラクネは一礼すると、小声で言った。
「ミネルバが、アドニス様を捜しておりますが………」
「ミネルバなど、ほおっておけばよかろう。あの小娘には、なにもできんよ」
折角の楽しみの場面に水を差され、アドニスは少しばかり気分を害している様子だった。アラクネに対する態度が、刺々しい。
「ですが、アフロディアの方も、妙な動きをしているようです」
「アフロディアが………? ちっ………!」
アドニスは舌打ちすると、足早に部屋を出ていった。
そのアドニスを深々と頭を下げて見送ると、アラクネはうさぎのベッドに近づいてきた。
「いいわ、アドニスの気配は消えたわ」
どこからともなく声がした。
アラクネはその声に肯くと、手早くうさぎの拘束を解く。
「間に合ってよかった」
独り言のように呟き、うさぎを見てにっこりと笑った。
うさぎは怪訝顔をしている。何故、敵であるはずのアラクネが、自分を助けたりするのであろうか? それとも何かの罠なのか………?
「あ、いけない………」
警戒している、うさぎに気づいたアラクネは、チロッと舌を出して肩を竦めた。
「この姿では、驚かれるのも無理はないですね………」
そう言うと、アラクネの姿は眩いばかりの光に包まれる。やがて光が収まると、そこには全く別の女性が立っていた。
セーラー戦士の姿はしていたが、自分たちのコスチュームとは少し違っていた。
「お初にお目にかかります。プリンセス・セレニティ。私はセーラーエロス」
セーラーエロスと名乗ったその女性は、肩膝を付いて畏まった。
彼女に手伝ってもらい、ベットから身を起こした。
「セーラーエロス………?」
うさぎは首をかしげた。セーラープルートの他にも、まだ自分の知らないセーラー戦士がいたなんて………。
マーキュリーやプルートと同じ、ノースリーブのデザインのセーラー服で、襟元とスカートは薄いラベンダー色をしている。対照的に、胸と腰のリボンは鮮やかな赤である。自分たちのリボンに比べると、エロスのものの方が、少しばかり大きい。形も若干違う。襟には黄色で、細く四本のラインが走っていた。胸のリボンのブローチは薄いラベンダー色をしていて、ハート型をしている。オーブというより、クリスタルの輝きに近い。
ロゼ色の髪は、肩胛骨の辺りで内側にカールされていて、揉み上げの長めの髪は、左側だけ小さな三つ網にしてある。三つ網にされた髪の先に、黄色いリボンが結んであった。
深く神秘的な紫色の瞳が、うさぎを見つめている。
「私をご存じないのも、無理はありません。私は、シルバー・ミレニアムの管轄ではありませんでしたから………」
エロスはそう言って、立ち上がった。
「セーラー戦士とは本来、クイーン・セレニティによって、特殊な使命を与えられた戦士のことをいうのです。ですが、私はクイーン・アフロディーテによって選ばれた戦士なのです。プリンセス・アフロディアの警護が、私の本来の使命です」
エロスはそこまで言うと、うさぎの手を取った。
「アドニスが戻る前に、この場から逃げましょう。アフロディア様も、心配していらっしやいます」
うさぎはセーラーエロスに連れられて、秘密の通路を通り、美奈子の部屋へとやってきた。三‐四日会っていないだけなのだが、もう何年も会っていなかったような気がした。
豪華なドレスを身につけてはいるが、その部屋にいたのは、間違いなく美奈子だった。
ふたりは抱き合って、お互いの無事を確認しあい、再会を喜んだ。
が、そう長くも再会を喜んではいられない。しなければならないことが、山ほどある。
美奈子の部屋の監視カメラは、全て見つけて細工をしたものの、いつバレるともわからない。それに、うさぎが逃げたことをアドニスが知れば、真っ先に疑われるのは美奈子である。なるべく早く、行動を起こさなくてはならない。
美奈子が急に、真顔になって言った。
「ごめんね、うさぎ………。今回の一件は、全部あたしの責任だわ。まさかこんなことになるなんて、思ってもいなかった。あたしの軽はずみな行動で、とんでもないことになってしまった………」
美奈子は俯いてしまった。
うさぎは優しく、手を差し伸べる。
「そんなことないよ、美奈子ちゃん」
うさぎはかぶりを振った。
「うううん。やっぱり、あたしの責任よ………」
だが、美奈子も首を横に振った。うさぎには慰める言葉が、もうなかった。
「三人にも迷惑をかけてしまったわ。それに………」
「自分を責めているだけでは、何も解決しないぞ、美奈」
美奈子は更に何かを言おうとしたが、部屋の奥から発せられた声に、制されてしまった。
足音が、こちらに近づいてくる。
「とにかく今は、奪われた銀水晶と、戦士のオーブを取り戻すことが先決だ」
そう言いながら、純白の皮鎧を着た剣士が、シルクのマントを揺らしながら、つかつかと大股で歩いてくるのが見えた。その剣士に少し遅れて、セーラー戦士が歩み寄ってくる。
ふたりとも、うさぎは知らない。
うさぎは目を、きょとんとさせて、ふたりを見た。剣士の方は初めて会ったはずなのに、なぜか知っている人物のような気がした。それも、随分親しい友人のような………。
必死に考えを巡らすが、うさぎの記憶の中に、目の前の剣士はいなかった。
「やあ………。うさぎ」
剣士はうさぎの名を知っていた。それで、余計に分からなくなった。
エロスが横で、くすっと笑った。
「アルテミスよ」
たまりかねて、美奈子が剣士を紹介した。
「はあ………。あるてみすさんていうの………。どこかで、お会いしましたっけ?」
うさぎはまだ分かっていない。
「やだァ、うさぎ。アルテミスよ、ア・ル・テ・ミ・ス」
「あるてみすさんよね………。えぇ!? ア、アルテミスゥ!? アルテミスって、猫のアルテミスのこと!?」
うさぎは声を張り上げた。
「だって、この人、人間よ………!」
「だからぁ、人間の姿に戻ったのよ」
美奈子が言う。
うさぎの目が、更に丸くなった。まじまじと見つめてしまう。アルテミスって、こんなにかっこよかったんだ………。
「やだなァ………うさぎ………。そんなに見つめるなよ………。照れるじゃないか………」
アルテミスは照れ臭そうに、後頭部を掻いた。
エロスがクスクスと笑っている。
「アルテミス、耳が真っ赤よ………。あ、そうだ、うさぎ。彼女も紹介しないとね」
美奈子は、アルテミスの背後のセーラー戦士に視線を向けた。
「セーラーヒメロスよ」
美奈子に紹介されたセーラーヒメロスは、微笑みながら会釈をした。
膝下まであるクリーム・イエローの長い髪が、さらりと揺れた。よく見ると、髪は首筋のあたりでふたつに分けられていた。うさぎは思わず、キングギドラの尻尾を連想してしまった。コスチュームは、エロスと色違いである。襟とスカートは、薄いエメラルドグリーンで、リボンはやはり対照的に、鮮やかなブルーである。明るいブラウンの瞳が、とても美しかった。
「よろしく。プリセス・セレニティ」
ヒメロスが微笑んだ。声に聞き覚えがあった。エロスが助けに来たときに、どこからとこなく聞こえてきた声にそっくりだった。恐らく、彼女は部屋の外で周囲を監視していたのだろう。
「さっきは助けてくれてありがとう」
「いいえ」
うさぎかエロスとヒメロスに改めて礼を言うと、ふたりは照れたような笑みを浮かべた。
しばし、和やかな雰囲気に包まれた。が、うさぎは急に真顔になって、美奈子に訪ねた
「美奈子ちゃん、美奈子ちゃんが人質だったって本当なの?」
美奈子は、すぐにはうさぎの質問の意味が分からなかった。が、その質問の意味を程なく感じ取った美奈子は、大きくかぶりを振った。
「違うわ。実はね、うさぎ。あたしはミレニアムに行く以前から、アドニスの計画を知っていたの。しばらくは、クイーン・アフロディーテがいたせいで、アドニスも迂闊には動けなかったみたいだけど、本格的に行動を起こすらしいという情報を得てね、エロスとアルテミスに相談して、ミレニアムのクイーン・セレニティに、全てを話してみることにしたの」
美奈子は言葉を切ると、うさぎを見つめた。
「ちょうどクイーン・セレニティも、プリンセスを守る優秀な戦士を捜していたわ。そこであたしをリーダーとして四守護神が結成されたってわけ。表向きには、あたしがリーダーとして、わざわざ迎えられたってことになっているけど、本当はあたしの方からお願いしてリーダーにしてもらったの。ルナがリーダーになるはずだったんだけど、事情を説明したら分かってくれたわ。あたしがミレニアムにいれば、アドニスは迂闊には動けないと思っていたのに………」
美奈子は唇を噛み締めた。アルテミスがその続きを話す。
「キャッスルを思っての美奈の行動だったんだが、アドニスにとっては逆に美奈がいないほうが、都合がよかったんだ。手始めにやつは、軍部の連中を全て、自分の息のかかった者と入れ替えてしまった。そして、殆どの実権を握った所で、邪魔だったもうひとりの人物、クイーン・アフロディーテを病死と見せかけて暗殺した。最後の仕上げは、地球移民計画を唱えてきた自分を脅迫するために、ミレニアムはキャッスルの王女を人質に取ったと国民に訴え、自分の意見を正当化してしまった」
わざと感情を押さえ込んで話しているようだったが、声が幾分震えていた。
アルテミスは言葉を切り、美奈子を見た。美奈子は肯定するように頷く。
美奈子の中のアフロディアも、アルテミスと同じ気持ちのようだった。
「私たちの力も足りなかったのです。クイーンをお救いすることができませんでした………。私たちが、アドニスの計画に気付いていれば………」
セーラーエロスが肩を落とす。
「ふたりとも、そんなに自分を責めないで………」
美奈子はエロスの肩に、軽く自分の手をのせた。
うさぎには、全てが初耳だった。四守護神の結成の裏に、そんな事実があったことや、キャッスルの反乱の計画など、当時のうさぎ、いや、プリンセス・セレニティは全く知らなかった。と、言うより、誰も話さなかったのだろう。
「さて、そろそろこっちも動きださないとな………」
頃あいを見て、アルテミスが切り出した。
「銀水晶と戦士のオーブは、俺とエロスとヒメロスで取り戻す。美奈とうさぎは、取り敢えずここを脱出することを考えてくれ」
「ふたりも戦えるの?」
うさぎが訊いた。とぼけた質問だったので、ふたりのセーラー戦士は一瞬唖然としたが、すぐに笑顔で答えた。
「ご心配には及びません。わたしたちも守護星を持っていますから、ミレニアムのセーラー戦士と同様に戦えます」
「ふたりの守護星って………?」
「金星の衛星エロスです」
「わたしは、衛星ヒメロスが守護星です」
「金星に衛星なんてあったっけ………?」
うさぎは美奈子に、瞳で助けを求めた。美奈子は自分に振るなと、首を振る。
ヒメロスは、クスっと小さく笑ってから説明した。
「地球では、まだふたつとも発見されていないようですね。地球からは見えにくいところにありますから………。でも、ふたつともれっきとした金星の衛星です」」
「そうなんだ………」
ふたりは、とりあえず納得することにした。天文学的なことは、ふたりには全く分からない。あると言われれば、納得せざるを得ない。言われてみれば、確かにふたりから自分たちと同じく、星の輝きを感じる。
「わたしたちの存在と同じです。いつも他人の姿を借りていますから、本当のわたしたちを知る者は少ないのです。今では、アフロディア様とアルテミス様のおふたりしか、わたしたちを知っている方はおりません」
「今まで、寂しくなかった?」
うさぎが尋ねた。
ふたりは曖昧に微笑んだだけだった。
「さあ、行こう」
アルテミスが促した。
五人は二手に別れて、行動を開始した。
アドニスが、うさぎが逃げたことを知ったのは、もう少し後になってからだった。