十番街の攻防
ゲームセンター“クラウン”の自動ドアが開き、学校帰りのうさぎが入ってきた。例によって制服姿である。どうやら今日は、なるちゃんとは別行動らしい。
うさぎは仲間を捜して辺りを見回す。その視界に元基の姿が入ってきた。
元基は人差し指で下を示した。どうやら地下の司令室にいるようだ。
うさぎは従業員用の休憩室にある、ロッカーの裏の隠し扉から、地下の司令室に向かった。なるちゃんと一緒に学校を帰らなかった理由は、ゲームセンター“クラウン”の地下にある秘密の司令室に行きたかったからである。流石に司令室にはなるちゃんを招待することはできなかった。“クラウン”のオーナーの息子である古幡元基は、ふとしたことからうさぎたちがセーラー戦士であることを知っていたし、ゲームセンターの地下に彼女たちの司令室があることも知っていた。元基は今では彼女たちのよきサポーターのひとりだった。
司令室に入ると、亜美が何やらしきりにコンピュータのキーボードを叩いている姿が、真っ先に目に飛び込んできた。
亜美の後ろから、ディスプレイを覗き込んでいたまことが、入ってきたうさぎに気付いた。
うさぎが近付くと、亜美も気づいて指を止め、深く息を吸った。
「何か分かった?」
「ええ、いろいろとね」
うさぎが尋ねると、亜美は答えてからディスプレイの画面を切り替えた。
ディスプレイには金色に輝く巨大な建造物が、コンピュータ・グラフィックスの映像で表示されている。
「マゼラン・キャッスルよ」
亜美は表示されている建造物の名を言うと、更に付け加えるように話す。
「直径五十キロの島を、人工的に浮遊させている空中都市。今の地球の科学力では、考えられない人工都市ね」
直径五十キロメートルの島と言われても、うさぎには想像もできない。ただ、とてつもなく大きいものだということは分かる。
亜美の説明のあと、ルナが補足するように話す。
「マゼラン・キャッスルは、クイーン・セレニティの妹君であられるアフロディーテ様のための都市なの。キャッスルに住む人々も、元はシルバー・ミレニアムにいた人達よ」
「美奈子ちゃんは、ここにいるのね」
うさぎはディスプレイを見つめたまま、確かめるように言った。
「乗り込むのかい?」
まことがうさぎを見た。うさぎは頷く。
「もう三日も立つもんね。何の連絡もないっていうのは、やっぱり心配だし………」
「それに、ご両親にはまこちゃんの家に泊まっていることにしているけど、そろそろ限界かもね………」
このアイディアを出した本人の亜美も、美奈子の両親にはもう隠しきれないだろうと感じていた。なにしろ、美奈子本人から両親に連絡したわけではないのだ。両親が納得してくれたこと事態不思議でならない。そろそろ、美奈子本人から家に連絡を入れなければ、問題になるだろう。ひかるちゃんにばれてしまったことは、もちろん亜美はまだ知らない。
事件そのものはルナとダイアナのふたりで、両親の記憶を操作することで事無きを得たが、問題は美奈子をどうするかだった。いないということは、どうしようもない事実だったので、何とか隠す方向で理由を考えた結果、亜美がこのアイディアを出したのだ。まことは一人暮らしだったので、何かと都合が良かった。
美奈子の両親は、まことのことはよく知らないようだったので、そういった面でも、まとの家というのはちょうどいい逃げ道だったのだ。
「美奈も連絡ぐらいすればいいのに………。この通信機じゃ、電波がとどかないのかな………」
まことは、自分の腕の通信機を指差した。
「そんな呑気なことを言ってる場合じゃないのよ………」
ルナが咎めるように言う。
皆に話すべきことがあったことを思い出して、亜美が「いけない」と、右手で口を軽く押さえた。
うさぎが「なあに?」と、亜美に訪ねる。
答えは亜美からではなく、別のコンピュータをいじっていたダイアナから返ってきた。
「キャッスルの移動スピードが早まったのです。あと二日で地球に到達します」
ダイアナの言葉に続けるように、亜美が言う。
「キャッスルの目的が分からないのよ。プリンセスを連れ戻した今、何故地球に接近するのか………」
亜美は顎に手を当てて言った。
ルナが何か言いたげにうさぎを見たが、うさぎが気付いてくれなかったので、その言葉は飲み込んでしまった。ダイアナだけがそのルナに気付いていたが、敢えて触れないことにした。ルナが言わなかったのには、何か訳があると思ったからだった。
沈黙が五秒間あった。
その沈黙を破ったのは、レイからの緊急通信だった。
スピーカーの向こうのレイの声が、ひどく慌てている。
「みんな、大変よ! 外へ出て! 早く!!」
全員が外へ出た瞬間に、上空で轟音が響いた。
無数の炎の筋が、何かに向かって突き進む。蛇にも似た炎の筋が、幾つものたうつのが見える。セーラーマーズの必殺技スネーク・ファイアだ。
上空でセーラーマーズが戦っている。何と………?
「見て!」
亜美が、マーズが戦っている上空とは別の方向を示す。
「なに? あれは………!?」
うさぎは息を飲んだ。
それはまるで、豪華なシャンデリアのようだった。その表面はキラキラと水晶の如き輝きを放ち、宝石のように散らばる赤や青、緑の点が時々明滅している。それはふわふわと漂うように上空に浮遊し、時折淡い光を放っている。
その物体の大きさも、地上からの高さも、うさぎ達の位置からでは判別できなかった。ただ、シャンデリアを思わせるような形だけが、下から確認できただけだった。
よく目を凝らして見ると、シャンデリアの下の方に、何やら無数の黒い点が見える。その無数の黒い点は、地上に向かって徐々に降下してきているように見えた。
どうやらマーズは、その無数の黒い点に向かって攻撃しているようだった。
「エイリアンか………?」
元基も“クラウン”から出てきた。上空を見上げ、巨大なシャンデリアを見て息を飲む。
街ゆく人々も皆、上空を見上げて、口々に何か喚いている。
状況はよく分からないが、とにかくマーズを援護しなくてはならない。マーズが戦っているのなら、相手は敵なのだ。
うさぎ、亜美、まことの三人は、人目を避けて変身した。
「ドロイド兵よ。気にしないで戦っていいわ」
通信機からマーズの声が響く。
「なら、遠慮はいらないな」
セーラージュピターはそう言うと、上空高くジャンプする。
セーラームーンとセーラーマーキュリー、そしてルナの三人は、降下してきたドロイド兵の一団に向かって走る。
ダイアナは再び司令室に戻るべく、元基の股を潜って“クラウン”に入っていった。
上空に飛んだジュピターが、マーズに近付いた。
「マーズ!!」
ジュピターはマーズの名を叫んだだけだったが、マーズにはそれだけでジュピターが次にとる行動が分かった。
ファイヤー・ソウルの発射の反動を利用して、一気に後方に飛び退く。
「雷雲よ集え、天の裁きよ下れ! ………ライトニング・スコール!!」
ズゥワシャッ! バリバリバリバリバリ…………!!
ジュピターが右手を天高く突き上げると、幾条もの稲妻が、空中のドロイド兵に向かって落下してくる。
更に追い打ちをかけるように、マーズが再びスネーク・ファイアを放つ。
縦と横の波状攻撃に、空中にいたドロイド兵の大半は無へと還る。
マーズとジュピターの更に上空を、轟音が掠めていった。
新手の敵かとその方向を見上げると、自衛隊の迎撃機が、“シャンデリア”に攻撃をしかけているのが見えた。
自衛隊の迎撃機という比較物ができたおかげで、シャンデリアの大まかな大きさが計算できた。
横の直径は約千五百メートル。縦は約千メートルの、ダイアモンド型をした巨大な宇宙船。
マーキュリーは自分で計算した数値に舌を巻く。
大きい。地球の科学力では考えられない。
司令室ではダイアナが、マーキュリーが送ったデータをもとに、シャンデリアの戦力を分析しているはずだった。
今度はやや低い位置で轟音が響く。
マーキュリーが見上げたその真上を、テレビ局のヘリコプターが通過していった。
うさぎはセーラームーンに変身したものの、しかし、迷っていた。
シャンデリアは本当に敵なのか? 自分たちの取っている行動は、本当に正しいのだろうか?
人々がパニックになればなるほど、うさぎの心は不安になった。
マーキュリーが元基とふたりで、人々を安全な場所へと誘導している姿が見えた。
上空ではマーズとジュピターのふたりが、新手のドロイド兵団と戦っている。
みんな頑張っているのに、自分ひとりだけ何もしないでいいのだろうか? でも、この迷いはどこからくるのか…………。
上空で閃光がきらめく。自衛隊機が撃墜されたのだ。
地上に降り立ったドロイド兵達が、避難する人々に襲いかかっている。
迷っている暇は、もうなかった。
セーラームーンはスパイラル・ハート・ムーン・ロッドを翳し、その先端をドロイド兵達に向けた。
「ムーン・プリンセス・ハレーション!!」
新しいロッドによって、パワーアップしたプリンセス・ハレーションが炸裂する。ロッドを横になぎ払うようにして、ハレーションを掃射する。ハート・アタックを仕掛けなかったのは、ハート・アタックでは一定方向しか攻撃できないからだ。ハート・アタックの方が威力は高いのだが、この場合は、連続掃射ができるハレーションの方が、効果があった。
ハレーションの直撃をうけたドロイド兵が、次々と砂へと還る。
人々の誘導を元基に任せ、マーキュリーも戦闘に参加しようとセーラームーンを捜していた。
だが、あまりにもパニックになった人々に気を取られすぎていたために、自分が仲間たちから孤立してしまっていたことに気が付かなかった。マーキュリーがうかつだった自分に気付いた時には既に、彼女は十数体のドロイド兵にぐるりを完全に取り囲まれていた。
「マーキュリー( !!」)
セーラームーンが気付いたが、もう遅かった。今からドロイドに攻撃したら、マーキュリーにもあたってしまう。
ドロイド兵が四方八方から一斉に、マーキュリーに襲いかかる。
「マーキュリー( !!」)
セーラームーンはおもわず両手で顔を覆った。
十数体のドロイド兵に一斉に飛びかかられたが、しかし、マーキュリーは冷静だった。気合い一閃、さっと両手を頭上にかざした。
「ウォーター・ストリーム!!」
マーキュリーの足もとから、水流が勢い良く噴き上がる。聖なる水の噴水が、ドロイドたちを弾き飛ばす。
攻防一体となった、セーラーマーキュリーならではの必殺技だ。
水流に弾かれたドロイドたちは、プリンセス・ハレーションに一掃される。
ハレーションを逃れた数体のドロイド兵が、体勢を立て直すと、再びマーキュリーに飛びかかろうとする。
「シャイン・アクア・イリュージョン!!」
華麗なフォームで、マーキュリーは技を放つ。
ドロイド兵は次々と、聖なる水流に飲み込まれてゆく。
「マーキュリー( 、怪我はない?」)
「ありがとう、セーラームーン( 」)
セーラームーンが、マーキュリーのもとへ駆け寄る。
「………! 何か来るわ!!」
マーキュリーが、何かの気配を感じて叫ぶ。
それを受けて、セーラームーンも油断なく身構える。
シュン! シュシュシュ………!
風を切り裂いて、三体の妖魔がふたりの前に出現した。
一体は背たけが三メートルはあろうかという、けむくじゃらの雪男のような妖魔。一体はやけに長い爪を持つ両腕とは別に、背中に蝙蝠のような羽根を持ち、両生類のようなヌメヌメとした身体をしている。もう一体は人間の女性の姿はしていたが、氷のような肌と冷血な瞳を持っていた。
「………妖魔!」
セーラームーンは三体の新手の敵が、妖魔であるということに、いささか驚きの色を示した。妖魔は、ダーク・キングダムの配下だとばかり思っていたからだった。
「気をつけてセーラームーン。この妖魔、強いわよ」
瞬時に妖魔たちの戦力を分析したマーキュリーが、鋭い口調で言った。
三体の妖魔は、じりじりとセーラームーンとマーキュリーのふたりに迫ってゆく。
「あたしたちを無視するとは、いい度胸だ」
自分たちには目もくれず、セーラームーンとマーキュリーのふたりに向かった妖魔を見て、ジュピターとマーズのふたりは不機嫌になった。
「あたしたちを無視したことを、後悔させてやろう」
ジュピターとマーズのふたりは頷き合うと、妖魔の方へ移動しようとする。
「君たちの相手は、わたしたちだ」
突如として背後から声をかけられ、ふたりは肝を冷やした。油断なく振り向くと、そこにはふたりの剣士がいた。ふたりの剣士がその気だったのなら、マーズとジュピターのふたりは、恐らくもう生きてはいなかっただろう。それほどまであっさりと、後ろを取られていたのだ。
「黒金の剣士クピド」
「わたしは青金の剣士クニードス」
ふたりの剣士は、無表情で自己紹介をした。
「自己紹介をするなんて、余裕のつもりかしら………」
マーズが皮肉たっぷりに言うと、
「こうも簡単に後ろを取れるとは思っていなかったので、いささか拍子抜けしてしまったよ。四守護神とはたいそうな名がついているが、所詮はミレニアムのわがまま王女の教育係、この程度か………」
クピドは鼻で笑った。
一方地上ではセーラームーンとマーキュリーが、三体の妖魔を相手に苦戦していた。もともと、攻撃力のあまり高くないふたりである。数の上でも不利とあっては、防戦一方にならざるを得ない。反撃すらできないでいた。
タキシード仮面も来てはいるのだが、先ほどからアクタイオンに阻まれて、助けに入れないでいる。
タキシード仮面とアクタイオンの力は、全くの互角だった。お互い決め手のないまま、つばぜり合いを繰り返していた。
「くっ………! さすがはエンディミオン………」
アクタイオン自身、こんなにも苦戦する相手は久しぶりだった。戦いを楽しんでいる余裕はなかった。気を抜けば、自分の首が危ない。
それはタキシード仮面も同じだった。しかし、アクタイオンと少し違っていたのは、タキシード仮面はセーラームーンとマーキュリーのふたりを気にしながら戦っていたということだった。タキシード仮面には、まだ少しばかり余裕があったのだ。
────早く助けに行かなければ………!
三体の妖魔に苦戦しているふたりに、ちらりと目を向け、タキシード仮面はそう考えていた。
クピドとクニードスは、容赦なく剣で切りつける。
ジュピターとマーズは、素早い動きで剣を躱す。
「動きはいいな」
クニードスは楽しそうだった。
────遊ばれている。
ジュピターとマーズは、ふたりとも同じ印象を受けた。剣士たちは、明らかに手加減をしている。ふたりは、戦士としてのプライドを傷つけられた。
「馬鹿にするなぁ!」
ジュピターは、ワイド・プレッシャーを放つ。
クピドが剣で、その雷撃球を弾く。弾かれた雷撃球は、なんとマーズを襲う。
マーズは身を翻して避けると、ダブル・ファイヤー・ソウルをお返しした。
クニードスの剣が、回転しながら飛んでくるふたつの火炎弾を、真っ二つにする。
今度は逆に、剣士たちが攻撃してきた。
物凄い剣圧がふたりを襲う。
ふたりはそれぞれ、右と左に別れて避けた。
剣士たちも左右に別れ、セーラー戦士たちを追う。
「ムーン・クレッセント・スライダー!」
前方にかざしたロッドから、セーラームーンの身長ほどもある、巨大な三日月型のエナジーが放出される。
三日月型のエナジーは、ゆっくりと回転しながら妖魔に向かう。
妖魔は難なくそれを躱すと、空中で三方向に分散して、セーラームーンとマーキュリーに攻撃を仕掛ける。
「シャボン・スプレー!」
マーキュリーが冷気を伴った霧で、妖魔の動きを制約する。しかし、蝙蝠型の妖魔の翼の羽ばたきによって、霧は全て吹き飛ばされてしまった。
ふたりは妖魔の逆襲に備えて、油断なく身構えた。
だが、妖魔は攻撃してくる気配は見せず、代わりによく通る、澄んだ美しい声が、戦場に響いた。
「プリンセス・セレニティ!」
声は、うさぎの前世での名を呼んだ。
声のする方を見上げると、この大部隊の指揮官とはとても思えないような可愛らしい少女が、ふたりの女性剣士を従えて、宇宙船から降下してくるのが見えた。