プリンセス
「ねえ、なるちゃん。寄っていこうよォ〜」
「もう、うさぎったら信じらんない! 制服のまんまじゃないの! 着替えてからにしなさいよ」
ふたりの女子学生が、ゲームセンターの入口で立ち止まって、なにやら言い合いをしている。
そのゲームセンター“クラウン”で遊ぼうと、駄々を捏ねているのは月野うさぎ。叱っているのが、親友の大阪なるちゃんである。
放課後、よく目にする光景である。“クラウン”の前を週に何回か通る者ならば、必ず一度は目にしているはずの光景である。
なるちゃんに叱られながらも、未練たっぷりに入口の前をウロウロしているうさぎに、声をかける女の子がいた。
声のした方を向くと、右手を軽く振っている女子学生が、ふたり見えた。
うさぎの表情が明るくなる。仲間が来た。そう思った。
「ああ! 美奈子ちゃん!!」
うさぎも手を振って、ふたりに答えた。
愛野美奈子と親友の空野ひかるちゃんが、小走りに近寄ってくる。
「何してるの? こんなところで………」
美奈子が訊くと、
「うさぎったら、制服のまんまでゲームセンターに入ろうとするんだもん。なんか言ってやってよ」
と、なるちゃんが答えた。
うさぎは美奈子が「ゲームセンターぐらい、いいじゃない」と、うさぎの意見に賛成してくれるのを、目をキラキラさせながら待っていた。だが、美奈子は、うさぎの期待をみごとに裏切ってくれた。
「ダメよ、うさぎ。制服のまんまじゃ」
一瞬、目が点になった。聞き間違えたのかと思った。だが、なるちゃんやひかるちゃんの反応を見ると、どうやら聞き間違えではなかったようである。
期待に反した美奈子の言葉に、一瞬呆気にとられたうさぎだったが、すぐに気を取り直してゴマスリ声で言った。その辺の変わり身の早さは、うさぎは素晴らしく早かった。
「そんなぁ美奈子ちゃぁん。カタイこといわないでさぁ。一緒にやっていこうよぉ〜」
美奈子を味方に引き込む作戦に変更した。うさぎは美奈子に対して、猫撫で声を使った。だが、美奈子の反応は南極の氷よりも冷たかった。
「ダメよ!」
きっぱりと美奈子はそう言うと、腰に軽く手をあてた。
そんな美奈子を、横からひかるちゃんがつっついた。
「よく言うわよ。美奈だってさっきまで、あたしにゲーセンに寄っていこうって言ってたくせに………」
そのひかるちゃんの言葉を聞いたうさぎは、ナヌっという目つきで美奈子を見た。
「あ、あら………? そうだったっけ………」
美奈子は笑ってごまかす。
うさぎがジロっと睨むと、美奈子はアハアハと申し訳なさそうに笑うと、頭を掻いた。
「ねえ、それよりさ。角のケーキ屋さんが今日、食べ放題のサービスやってるはずよ。みんなで食べに行こうよ」
ダイエット中のひかるちゃんにしては珍しい、その意見に真っ先に賛成したのは、やっぱりうさぎだった。
「うさぎったら、しょうがないわねェ」
なるちゃんが飽きれたように言うと、
「まぁ、いいからいいから………」
うさぎが他人事のように言って、なるちゃんの背中を押した。制服のままゲームセンターに寄り道するのはマズイが、ケーキ屋さんにケーキを食べにいくことはいいらしい。
四人は雑談しながら、ケーキ屋へと向かっていった。
そんな四人を、上空から冷ややかな目で見下ろしている者がいた。
セルシアンブルーに輝く長い髪をなびかせ、透き通るような白い肌をした美女であった。
男心をくすぐるそのチェリーのような唇は、うっすらと笑みを浮かべていた。
人間────なのだろうか? 上空に浮かんでいると思われるその美女は、人間の姿はし
ていた。しかし、地球人ではないはずだ。地球人には空に浮く能力はない。
美女はうさぎたち四人を目で追いながら、
「呑気なものね、プリンセス………」
そう呟くと、クククッと低い声で笑った。
「きのうはお遊びだったけど、きょうはそうはいかないわよ………」
美女は残忍さを露にした瞳で、四人をじっと見つめていた。
「見つけたか………」
薄暗い部屋の中、中央にポツンと置かれているソファーに腰かけている男が、入口に立つ女性に背を向けたまま、静かに言った。
部屋はがらんとしていた。中央のソファー以外、調度らしい調度が見当たらなかった。
部屋が薄暗い分、余計に不気味な印象を与えている。
「はい……。先ほどアラクネ様より、念波が送られてまいりました」
女性は直立した姿勢のまま、ゆっくりとした口調で言った。
「うむ……」
男はおもむろに立ち上がると、どす黒いマントをひるがえし、報告に来た女性に向き直った。
「計画を実行に移すときがきたようだ。アラクネには作戦通り行うように伝えろ」
「かしこまりました」
女性は深々と頭を下げると、男の部屋を出ていった。
男はその女性の小さなお尻を見送ると、部屋の奥のコンソールパネルに近づいていき、モニターディスプレイのスイッチを入れた。
モニターディスプレイには金色の濃硫酸の雲に覆われた、灼熱の星が映し出された。男は蔑むようにその映像を見ると、今度は別のモニターのスイッチを入れた。
青く輝く、まるで宝石のような美しい星が映し出された。
男はその映像を見ると、すうっと目を細めた。
「もうすぐ手に入る………。この星がわたしのものになる………。」
青い星の画面を撫でるような仕草をし、そう呟いた。
ケーキをたらふく食べたうさぎは、既に美奈子たちとは別れ、ひとり家路を急いでいた
いつもならこの辺りで、猫のルナか、未来から来た自分の娘────ちびうさに出くわす
ところなのだが、今日に限っては、あいにくとどちらにも会わなかった。
自宅まであと少しというところまできて、うさぎは重大な事を忘れている自分に気が付いた。大好きなケーキをガツガツと食べてすっかり満足してしまっていたので、その事実をうっかり忘れていたのである。
「やっばーいっっっ!! まもちゃんと、四時に待ち合わせしてるんだったっっっ………!」
真っ青になって、腕時計を見る。とたんに血の気が失せた。
もう五時を、五分少々回っている。絶望的である。
待ち合わせ場所の有栖川公園に、今から行ったとしても、もう当然間に合わないし、一時間の遅刻とあっては、いくら衛でも待ってはいないだろう。以前はそれでも、うさぎには理解できないような難しい本を読みながら、ベンチに座って二時間ぐらいまでは待っていてくれたのだが、このごろは、三十分ぐらいしか待ってくれなくなってしまった。それもこれも、毎回遅刻するうさぎが悪いのである。自業自得なので、うさぎは文句も言えないありさまだった。
「はあ………。まもちゃん、怒ってるだろうなあ………」
がっくりと肩を落とし、うさぎはトボトボと歩き出した。
こうなると、奇麗な夕焼けも嫌味でしかないと、うさぎは思った。
アホー、アホー。
カラスの鳴き声が、いやにはっきりと、アホーと聞こえる。
二‐三歩歩いてから立ち止まると、うさぎは大きなため息をついた。
そんな彼女に、声をかける者がいた。
うさぎはキョロキョロと、まわりを見回してみた。………だれもいない。
気のせいかと思い、再び歩き出したとき、今度ははっきりと自分を呼ぶ声を聞いた。それも、普段はあまり呼ばれていない名で………。
でも、どこで呼んでいるのだろう。声の主の姿が見えない。
「こちらですよ、プリンセス・セレニティ………」
声のした方を、見上げてみた。
………いた。うさぎの斜め上────地面から五メートルぐらいの高さの空間に、女性が
ひとり浮かんでいた。
先ほどケーキ屋へと向かう、うさぎたちを見ていた絶世の美女────アラクネだった。
「ごきげんいかがですか? プリンセス・セレニティ………」
アラクネはうさぎの目の前に、ゆっくりと舞い降りた。
そのしなやかな肢体は、見る者をうっとりと見惚れさせる魅力があった。
うさぎも“セレニティ”と声をかけられさえしなければ、うっとりと見惚れていたかもしれなかった。だが………。
「あなたは、だれ!?」
うさぎは本能的に、身構えていた。うさぎの本能が、この女性は危険であると、警告を発していた。いつになく厳しい表情で、舞い降りてきた見知らぬ女性に問う。
うさぎがかつての月の王国────シルバー・ミレニアムの王女、セレニティの転生した
姿であるということを知っているのは、今ではごく一部の限られた者たちだけである。
見ず知らずの女性がそのことを知っているとなれば、当然ガードを固める。敵である可能性が高いのだ。
それに彼女は地球人ではない。彼女は空に浮いている。地球人にそんな能力はない。
この親しげな話ぶりは、味方なのだろうか? いや、こちらを油断させる作戦かもしれない。敵と考える方が、正しいか………。
うさぎは油断なく身構えながら、考えを巡らす。
そんなうさぎの心を見透かしたように、アラクネは心配ないという風に、優しく微笑んでみせた。
「あら、恐い顔………。そんなに警戒なさらないでくださいな………」
悪戯っぽく微笑む。悪女のような笑顔だった。
「申し遅れました………」
アラクネは意を次いだ。
「私の名はアラクネ。マゼラン・キャッスルに仕えている者です。空からお呼びしてしまって、たいへん申しわけありません」
そう言って、深々と頭を下げた。
そのアラクネからは、敵意は感じ取れなかった。だが、うさぎには何かが引っかかっていた。百パーセント、アラクネを信用することができなかった。
しかし、うさぎは警戒を解いた。考えてみれば、ここは住宅街である。相手もひとりならば、騒ぎを起こすような真似はしないだろう。騒ぎを起こす気ならば、もっと多人数でくるだろう。それに、自分を攻撃するつもりならば、わざわざ存在を教えるような真似は、しないはずである。不意を突こうと思えば、いつでもできたはずだ。
「マゼラン・キャッスル………?」
アラクネが言った中で、聞き慣れない単語があったので、聞き返してみた。とにかく、何か情報が欲しかった。
「お忘れですか………?」
アラクネは少し、以外そうな表情をみせた。
だが、うさぎの今ある記憶の中に、マゼラン・キャッスルという単語は、メモリーされていなかった。
うさぎは首を傾げてみせた。
「まだ、完全に覚醒したわけではないようですね………」
アラクネはまじまじと、うさぎをみた。
うさぎは嫌な感じを受けたので、二‐三歩横に移動した。
買い物籠を持ったおばさんが、胡散臭いものでも見るかのように、ふたりをじろじろ見ながら通り過ぎていった。
うさぎはそのおばさんの後ろ姿を、ちらりと見てから、再びアラクネに視線を戻した。
アラクネは一人言のように呟く。
「そう………。では、うちのプリンセスも、まだ完全に覚醒していないかもしれないわね………。きのう、確かめておけばよかったわ………」
「マゼラン・キャッスルにもプリンセスがいる────いえ、いたのね………。彼女もこの
時代に転生してきているのね………」
うさぎは探るような口調で言った。
「ええ……」
軽く頷くと、アラクネは再び空に舞った。
「いずれ、ご挨拶に伺いますよ。プリンセス・セレニティ………」
そう言うと、アラクネは上空へと舞い上がる。
ちらりとうさぎに目をやると、すうっと煙のように消えてしまった。
最後のアラクネの言葉が、妙に刺刺しく聞こえたので、うさぎは急に不安になった。
「なんか、いやだな………」
アラクネの消えた空を見上げて、うさぎはポツリと呟いた。
その夜、うさぎはベッドの上から星空を眺めていた。
あれから、家についてすぐに衛の部屋に電話を入れ、涙ながらに待ち合わせの時間に遅れたことを謝ると、いつものことながら、衛はすぐに許してくれた。となりで話を聞いていたちびうさが、それは嘘泣きだと衛にばらそうと横から口を出すが、うさぎに押さえ付けられ、さびうさの努力は徒労に終わった。もっとも、そんなことはとっくに衛にはバレているのだが、衛にとってはどうでもいいことだったのだ。
うさぎが星空を眺めていたのは、衛のことを想っていたわけではなく、夕方出会ったアラクネという、不思議な女性のことを考えていたためである。
彼女は何者なのか、なぜ自分の前に現れたのか、そしてマゼラン・キャッスルのプリンセスとは………。何かを思い出しそうなのだが、それが何であるのか、今のうさぎには皆目見当もつかなかった。
思い悩むうさぎの横に、夕食時にもいなかったルナが、ちょこんと現れる。
「ルナ、あんたどこに行ってたのよ………」
星空を眺めたまま、うさぎは言った。
「ちょっと調べものがあって、亜美ちゃんのとこに行ってたのよ」
ルナはうさぎの横に並んで、同じように星空を見る。
「そういえば亜美ちゃん、放課後用事があるって言ってすぐ帰っちゃったけど………。そういうことだったのね………。なんかあったの………?」
「まだなんとも言えないわ。それよりどうしたの? 浮かない顔して………」
ルナは、うさぎの顔を見上げた。
「ねぇルナ。ルナはマゼラン・キャッスルって知ってる?」
うさぎのその質問を聞いたルナの表情が、一瞬曇った。
「どうしてそれを………」
「知ってるのね」
ルナは頷くと、話始めた。
「マゼラン・キャッスルというのは、金星のアフロディーテ大陸の上空にある浮遊宮殿のことなの。キャッスル自体が、ひとつの王国にもなっているわ。シルバー・ミレニアムのクイーン・セレニティの妹君であられた、アフロディーテ様が治めていた国よ。アフロディーテ様がご病気で亡くなられてからは、二番目の王女が後を継いだってきいてたけど………。ミレニアムがあんなことになってからのことは、いくらあたしでもわからないわ」
ルナはそこまで言うと一旦話をやめ、うさぎの顔を覗き込んだ。
「どうしたの? うさぎちゃん………」
ルナは少し不安になった。
うさぎはルナの話を黙って聞いていたが、ルナがタイミングよく自分を見上げてくれたので、今日あった事を話してみようと思った。
「今日ね、アラクネって人に会ったの。その人、マゼラン・キャッスルのプリンセスを迎えに来たって言ってたわ。マゼラン・キャッスルのプリンセスって………」
うさぎの話を聞いていたルナの顔から、みるみるうちに血の気が引いていくのが、話しているうさぎの目からも感じとれた。
「うさぎちゃん! それ、本当!?」
「うん」
あまりにものルナの血相に、うさぎは思わず首を竦めてしまった。
だがルナは、そんなうさぎに気づかない。
「うさぎちゃん。美奈子ちゃんの家へ電話して! はやく!!」
怒鳴るように、ルナは言った。
「美奈子ちゃんの家って、ルナ、まさか………」
「そのまさかよ! とにかく、急いで!!」
うさぎは部屋を飛び出し、階段を慌ただしく駆け降りると、受話器を取った。
そのうさぎのどたばたに、既に眠っていたちびうさが、文句を言いながら階段を降りてくる。
弟の進吾が部屋から怒鳴る。
両親はいつものことかと、気にもしない。
「どうかしたの?」
ただならぬうさぎとルナの様子に、眠い目を擦りながらも、ちびうさも不安顔になる。
うさぎはそれには答えずに、ダイヤルをプッシュした。
一回、二回…。受話器の向こうでコール音が響く。…五回…。誰も受話器を取らない。
既に、時計は十一時を回っていた。もう、寝てしまったのか………?
…十回、十一回…。コール音が続けば続くほど、うさぎも不安になる。………なんで出ないの? ルナの顔をチラッと見た。ルナは黙っている。
二十回は鳴らしただろうか、うさぎも正確には数えていない。もし寝てしまっていたとしても、だれかしら気が付いてもいい数である。
「…出ない………」
受話器を持ったまま、うさぎはルナを見た。つられるようにして、ちびうさもルナを見る。
少しの間考えていたが、ルナはすぐに顔を上げた。
「美奈子ちゃんの家へ行きましょう」
言うのが早いか、ルナは既に駆け出していた。
走りながらルナが話す。
「あたしが今日、亜美ちゃんと調べていたのは、マゼラン・キャッスルのことだったのよ。アルテミスが、キャッスルがおかしな動きをしているって言うから、調査していたの」
「おかしな動き………?」
うさぎが聞き返す。
「ええ。実はね、キャッスルが金星から離れて、地球に向かって来ているの」
「プリスセスを迎えに………?」
「多分………。でも、それだけじゃないと思うわ………」
「それだけじゃないって………」
嫌な予感がして、うさぎは立ち止まった。
ルナは何かを知っていて、それでいて、そのことを隠しているように思えた。口には出さなかったが、うさぎの考えていたことは、ルナには伝わったようだった。
「後で話すわ………」
ルナはポツリと言うと、再び走り出してしまった。
ガチャーン!
食器棚から落ちた皿が、床で割れた。
衝撃波が飛ぶ。
既に壊されている居間のガラス窓から、美奈子は庭に弾き飛ばされた。
「プリンセス、私は手荒な真似はしたくないのです………」
アラクネがゆっくりと、倒れている美奈子に向かって歩を進める。
美奈子は身構えて、アラクネを睨み付ける。
「きのう、あんなふざけた真似をしてくれたのは、あなたね!?」
「さぁ………。なんのことでしょうか?」
「そうやって、とぼけているといいわ。今に化けの皮を剥いでやるから………」
美奈子はドスを利かせた声で言う。
「変身もしないで、わたしに勝てるとでも思っているのですか?」
アラクネは鼻で笑うと、攻撃に転じた。
「ニ゛ャ゛ー!!!」
隙を付いて、アルテミスが飛びかかる。
「邪魔よ!!」
アラクネは難なく払いのける。
そのアラクネに、背後から怒鳴る者がいた。
「貴様、うちの娘に何をするんだ!! 今、警察を呼んだぞ! おとなしくするんだ!!」
「パパ、ママ!」
そこには、美奈子の両親の姿があった。父親は手にゴルフクラブを、母親はほうきを持っている。美奈子からは、なんと勇ましく見えたことだろう。だが、相手は普通の人間ではなかった。
「うるさい!」
アラクネの手から衝撃波が放たれ、ふたりを吹き飛ばす。哀れふたりは壁に激しく身体をぶつけ、気を失ってしまった。
「よくもパパとママを………!」
美奈子は怒りの形相で立ち上がる。
「ヴィーナス・プラネット・パワー! メイク・アップ!!」
封印されていた力が開放され、美奈子は本来の姿へと戻ってゆく。
セーラーヴィーナスが光の中から、目覚める。
「そう、そうでなくてはね………。プリンセス………」
アラクネは身構えた。
「クレッセント・ブーメラン!」
三日月型をした光のブーメランが、アラクネを襲う。
軽い身のこなしでアラクネはブーメランを躱すと、上空へと舞った。
「待ちなさい!」
ヴィーナスが、それを追ってジャンプする。
「美奈!」
アルテミスが、ふたりを追って走り出した。
こんな状態の中でも、彼は他のセーラー戦士たちにS.O.Sを出すことを、忘れてはいなかった。
星の瞬く夜空をアラクネが舞う。
セーラーヴィーナスがそれを追う。
上空で交錯するふたつの光を、アルテミスが見失わないように追跡していた。
ふたりが向かう先には確か、小さな児童公園があるはずだった。
「よし!」
ヴィーナスなら、そこで決着を付けるはずだと確信したアルテミスは、公園に先回りすることにした。
「逃がすもんですか!」
セーラーヴィーナスが人差し指を真上に突き上げると、指の先端に光眩いエネルギーが集合する。
「クレッセント・ビーム!」
高速で飛ぶ光の筋が、アラクネを捉える。
「チッ!」
舌打ちしてビームを躱す。
更にヴィーナスは、ビームを連続して放つ。
一射、ニ射。
アラクネは、それを巧みに避ける。
三射めを躱したとき、一瞬だが、アラクネにスキができた。
ヴィーナスはその一瞬を逃さない。
「ローリング・ハート・バイブレーション!!」
ハート型のエネルギー波が、螺旋を描いて突進する。
直撃。
アラクネはきりもみ状態で落下し、地面にモロに激突する。
ふらふらと立ち上がるアラクネに対し、なおも上空からビームのシャワーが降りそそがれる。
クレッセント・ビーム・シャワーだ。
「……………!!」
もはやアラクネは立ち上がれない。
ヴィーナスは地上へ舞い降りると、深く息を吸い込んだ。
「あたしの勝ちね」
ヴィーナスは言いながら、アラクネに歩み寄ろうとする。
そのヴィーナスの、背後にエネルギー波が直撃した。モロに衝撃波を食らったヴィーナスはバランスを崩したまま吹っ飛ばされる。
「プリンセス、お転婆がすぎますぞ」
剣士の格好をした男が、ゆっくりと近づいてきてそう言うと、次に、倒れているアラクネに目をやった。
「みっともないぞアラクネ。アドニス様の片腕ともあろう戦士が、なんてザマだ」
アラクネは力なく立ち上がる。悔しげにその剣士を睨む。
一方、エネルギー波をモロに食らって吹っ飛ばされ、ジャングルジムに激突したヴィーナスに、アルテミスが駆け寄る。
ヴィーナスは激突する瞬間、咄嗟に受け身を取っていたので、大した怪我はしていないようだったが、それでも激突したショックで、しばらくはまともに動けなかった。
「アクタイオン! 何故、こんなことをする!?」
アルテミスが、男に向かって叫ぶ。
「その声はアルテミスか………」
男は驚いたようにアルテミスを見たが、すぐに口もとに薄笑いを浮かべた。
「猫の姿になったというのは、本当だったようだな………。ふん。よく似合っているぞ。ハハハハハ………」
アクタイオンの嘲笑が響く。
「ね、猫の姿………?」
上体を起こしながら、ヴィーナスはアルテミスに目をやる。
アルテミスは黙っている。
「おやおや………。アフロディア様は、まだ完全に思い出されたわけではないのか………」
「アフロディア………。それがわたしの名前なの………?」
そう尋ねながら、ヴィーナスはゆっくりと立ち上がった。
アクタイオンは頷いてみせた。
「そうです。プリンセス・アフロディア」
ヴィーナスの中のアフロディアの記憶が、一片だけフラッシュのように脳裏に浮かぶ。人の顔のようだったが、まだよく思い出せない。
「姫………」
「ヴィーナス!!」
何かを言おうとしたアクタイオンだったが、それに割って入るように、セーラームーンが駆けつける。
「セーラームーン( ………!」)
セーラームーンはヴィーナスの前に立ち、身構える。やや遅れて、ルナとちびムーンが到着する。
「プリンセス・セレニティか………」
アクタイオンはちらっとセーラームーンを見たが、すぐにセーラームーンの背後のヴィーナスの方に、視線を戻した。
「姫、キャッスルへお戻りください。ミネルバ様も会いたがっておいでです」
「ミネルバ………」
失われていたヴィーナスの記憶の一部が、そのキーワードとともにリバースする。
美しい城マゼラン・キャッスル。優しかった母、クイーン・アフロディーテ。そして、可愛い妹ミネルバ………。
「思い出されたようですな………」
アクタイオンの言葉に、ヴィーナスは頷く。
「キャッスルに、お戻りいただけますね」
再びヴィーナスは頷いた。だが、
「駄目だ、ヴィーナス( !」)
アルテミスが制した。
「余計なことを言うな、アルテミス!!」
アクタイオンが一喝する。
なおも反論しようとするアルテミスに、ヴィーナスは優しい視線を向けた。
「いいのよ、アルテミス。あたし、キャッスルに行くわ。いえ、行かなきゃいけないのよ。わかるでしょ? アルテミスだったら………」
数秒間、見つめ合った。ヴィーナスの真意を、アルテミスは分かっていた。
アルテミスには、もう止めることはできなかった。
ヴィーナスは次に、セーラームーンに視線を移した。
「セーラームーン( 、せっかく来てくれたのにゴメンネ。みんなに、よろしく言っといて………」)
「ヴィーナス( ………」)
「大丈夫よ。自分のお城に帰るだけだから。ちょっと顔見せたら、すぐに帰ってくるから」
ヴィーナスはにっこりと笑うと、ウインクしてみせた。
そのヴィーナスに、アルテミスが寄り添う。
「ルナ、後を頼む」
「アルテミス………」
ふたりはしばし見つめ会う。
アルテミスの瞳に、ひとつの決意を感じたルナは、黙って頷いた。全てを了解したのだ。
「では参りましょうか、姫」
アクタイオンの身体が光り出す。その背後のアラクネは、無言で一足先にテレポートする。
「プリンセス・セレニティ、またお会いしましょう」
「またね、セーラームーン( 」)
アクタイオンは、ヴィーナスとアルテミスを連れて、テレポートに入った。
後にはセーラームーン、ルナ、ちびムーンの三人が、ポツンと残されただけだった。
他の三人のセーラー戦士が、今ようやく到着した。