キャッスルの決戦


 セーラー戦士たちは、マゼラン・キャッスルの中央公園にテレポート・アウトした。
 公園には、人っ子ひとりいなかった。噴水の噴き出す水の音だけが、不気味に響いている。それもやがて、次の準備のために、止まってしまった。
「変だわ………」
 ヴィーナスが辺りを見回す。ついさっきまでいた人々は、どこへ消えてしまったのか。人の気配さえも感じない。
 先に着いているはずの、ミネルバたちの姿も見えない。
 先程まで公園にいたあの人たちは、いったいどこへ行ってしまったのだろうか。
 中央公園は、不気味なまでに静かだった。
「だれか来るわ」
 マーズが気を感じたようだった。皆に警戒するように言う。
 戦士たちは、油断なく身構える。
 前方の空間が、僅かに揺らいでいる。
 セーラー戦士たちの前に、何者かがテレポート・アウトしてきた。
「エロス………」
 テレポートしてきたのは、セーラーエロスだった。
「エロス、みんなはどうしてしまったの………?」
 ヴィーナスは心配そうに、エロスを見た。
「ご心配には及びません。既にアルテミス様がキャッスルの異常を知り、ミネルバ様が人々を脱出させております」
 さすがはアルテミス、と、セーラームーンは思った。やっぱり、ただの猫じゃない。おっと、今は人間だった。
「航行速度が、速められたんですね」
 質問したのはマーキュリーだ。エロスは重々しく頷く。
「一刻の猶予もありません。事態は緊急を要します」
 表情が硬かった。緊張した表情で、ヴィーナスに視線を移した。
 ヴィーナスがマーズ、マーキュリー、ジュピターの三人に、エロスを簡単に紹介した。
 紹介が終わってから、ヴィーナスはエロスに向き直る。
「アドニスは?」
「城におります」
 ヴィーナスの問いかけに、エロスはすぐに答えた。
「アルテミス様が、おひとりで向かっております」
「分かったわ」
 ヴィーナスは仲間たちに向き直った。
「いくわよ!」
「OK!」
 全員は頷く。アドニスと戦うことは、もとより承知していたことだった。
「わたくしも、お供いたします」
 エロスもまた、そのつもりだった。
 六人になったセーラー戦士は、城に向かって走り出した。

 城の正門には、無数のドロイド兵が待機していた。その中に、数体の妖魔の姿も見える。ドロイド兵と妖魔の混成部隊だ。この期に及んで、まだこんなにも戦力が残っているのかと、呆れるほどの数だった。
 どこにいるのだろう。アルテミスの姿は見えない。
「くそっ、なんて数だ!」
 ジュピターは舌打ちした。こんな閉鎖された場所では、充分に力が使えない。ダンジョンのなかでも、ガンガン強力な魔法が使えるのは、ゲームの中でだけの話である。実際にそんなことをすれば、ダンジョンごと崩れてしまい、自分の命も危うくなる。彼女たちだって例外ではない。こんな閉鎖されたところで、最大級のシュープリーム・サンダーを放とうものなら、キャッスルも無事ではすまない。当然、力をセーブしなければならない。そうなると、この数のドロイドを相手にするのは、体力的に辛い。
「どうする? いちいち戦っていてはキリがないわ」
 マーズが皆を見た。
「わたしに任せて」
 マーキュリーが一歩、前に出た。
「シャイン・スノー・イリュージョン!」
 マーキュリーは技を放つ。
 シャボン・スプレーのパワー・アップ・バージョンの、盲ましめくらまし技である。冷却能力が三倍、有効範囲が五倍と優れているが、有効時間が極端に短いという、欠点もあった。
 だが、彼女たちがドロイドの軍勢を突破して、城内に侵入するには、充分な時間だった。
 ドロイドの軍勢の中を通過するとき、ジュピターがついでとばかりに、七‐八体のドロイドを粉砕していった。
 狭い通路に入った。
 ドロイドたちの数は外よりも少ないが、たやすく突破できる数でもない。
 背後からも迫ってきていた。このままでは、挟み撃ちにあってしまう。
 突然、マーズ、マーキュリー、ジュピターの三人が立ち止まった。
 セーラームーンは慌てて振り向く。
「最後まで付き合うつもりだったけど、そうも言ってられないようだ」
「わたしたち、ちょっと寄り道していくわ」
「悪いけど、先に行ってて」
 三人はそれぞれそう言うと、にっこりと笑ってウインクした。
「無理しないでね………」
 セーラームーンは、そう言うしかなかった。
 ジュピターが親指を突き立てて、それに答えた。
 前方にいたドロイドたちは、ヴィーナスのラブ・ミー・チェーンとエロスのエレガント・ボーミングで、粗方片付けられていた。
 セーラームーン、ヴィーナス、エロスの三人は、更に奥へと走ってゆく。
 背後で、シャボン・スプレーを放つ、マーキュリーの声が響いた。

 セーラームーンたち三人は、更に城の奥へと向かう。しかし、そこにもドロイド兵は待ち構えていた。
「うるさい、土人形ね………!」
 苛立たしげに、ヴィーナスは言った。そして、即座に技を放つ。
「ヴィーナス・スターライト・アロー!!」
 手裏剣にも似た小型の光の矢が、前面に突き出したヴィーナスの腕の周辺から、バラバラと発射される。
 ドロイド兵はその光の矢に、次々と貫かれ、土へと還る。
「あたしも負けられないわ」
 ヴィーナスに刺激されたセーラームーンも、プリンセス・ハレーションを乱射する。
 土煙をあげて崩壊するドロイド兵団の向こうに、人影が映った。
 三人は同時に人影を発見した。
 人影は、ゆっくりと近づいてくる。
「アクタイオン………」
 ヴィーナスが、その人影の正体に気付く。
 アクタンオンは三人の前で、ピタリと立ち止まった。
「これ以上、進ませる訳にはいかないな………」
 アクタイオンは剣を構える。
「姫様たちの邪魔はさせない」
 エロスは静かに言うと、身構えた。その後ろで、セーラームーンとヴィーナスも身構える。
「アクタイオン、貴様の相手は、この俺だ」
 別の通路から声がした。
 視線を移すと、そこにはアルテミスが立っていた。手には王家の側近であることを示す、黄金の剣が握られている。
 不謹慎かもしれないが、セーラームーンはこのとき、アルテミスを本気で格好いいと思っていた。
 アルテミスの澄んだブルーの瞳は、真っ直ぐにアクタイオンに向けられている。
「一度剣を捨てたお前に、何ができる………? 俺に勝てるとでも思っているのか………?」
 皮肉たっぷりに、アクタイオンは言う。
 だが、アルテミスは動じない。剣を抜き、アクタイオンを睨みつける。
「こいつの相手は俺がやる。三人はアドニスを倒せ!」
 アルテミスは、視線をアクタイオンに向けたまま言った。
 三人が頷くと同時に、アルテミスはアクタイオンに、切りかかった。
 キン!
 剣と剣が激しくぶつかり合い、火花を散らす。
「畜生に成り下がりながらも、その腕は衰えていなかったようだな、アルテミス」
 アクタイオンは言いながら切りつける。アルテミスは無言で受け止める。
 セーラームーン、ヴィーナス、エロスの三人は、奥へと走り出した。
「これほどの腕を持ちながら、なんで剣を捨てた!?」
 アクタイオンは言う。アルテミスは依然として、答えようとはしない。無言で黄金の剣を振るう。
「猫に身を落としてまで、惚れた女の側にいたかったのか!?」
「黙れ!!」
 ヴィーナスの耳には、そう言い争うふたりの声が、遠く聞こえていた。

「あぁ!」
 妖魔の電撃を浴びて、マーキュリーは悲鳴をあげた。そのマーキュリーに容赦なく、ドロイド兵がのしかかるように攻撃する。
 ドロイドも妖魔も、まわりに被害がでることなど気にもしない。その点で、セーラー戦士たちは不利だった。
 マーキュリーがドロイド兵の中に埋もれてゆく。
マーキュリー(あみちゃん)!!」
 マーズが助けに行こうとしたが、ドロイドの大軍勢に阻まれて、全く身動きがとれない。
 先程まで奮戦していたジュピターの姿も、今はどこにも見えない。
 マーズの脳裏に、不吉な言葉が過ぎる。それを振り払うかのように大きく頭を振ると、襲ってきたドロイド兵を薙ぎ倒した。
 マーキュリーのウォーター・ストリームが一瞬見えた。が、それも一度きりだった。それっきり、マーキュリーの水流は放たれない。
 ズズズズズ………。
 地響きが突然起こった。
 足もとがビリビリと痺れる。
 ジュピターがどこかで、雷撃を放ったようだ。
ジュピター(まこ)! どこ!? 無事なの!?」
 マーズは声をかぎりに叫んだ。だが、ジュピターからの返事はない。
「うわぁぁぁ!!」
 マーズは霊気を大放出する。限界以上の霊気の放出は、身を滅ぼしてしまう。しかし、こうでもしなれれば、ドロイド兵は倒せない。
 マーズは次に、全身を炎で包んだ。炎の塊と化したマーズが、妖魔の一群へ向けてと突撃する。
 炎が弾け飛んだ。
 どこかで再び雷鳴が轟き、水流が舞った。

 セーラームーンたち三人はドアをぶち破り、司令室へと突入する。
 司令室には、アドニスと護衛隊の数人がいるだけだった
 アドニスは入ってきた三人を、横目でちらりと見る。特に驚いている様子もなく、まるで来ることが始めから分かっていたように、落ち着き払っていた。
 だが、護衛隊は違っていた。剣を抜き、油断なく身構えている。
「もう、観念なさい!」
 ヴィーナスが言った。
「観念するのは、おまえたちの方だ………」
 アドニスは静かに言った。
 負け惜しみかと、三人は思った。しかし………。
「キャッスルは、進行速度を更に早めた。あと、十分で大気圏に突入する。そうなれば、お前たちには、どうすることもできまい………」
「アドニス………!」
 ヴィーナスは歯ぎしりする。アドニスと戦っていたのでは、間に合わない。かといって、アドニスがいたのでは、キャッスルを停止させるための作業ができない。
 アドニスの嘲笑が、司令室に響く。
 その時、ロッドを構えながら、セーラームーンが一歩前に出た。
「アドニスはあたしが食い止める。ヴィーナスは、キャッスルを停止させて!!」
 その視線をアドニスに向けたまま、セーラームーンは言った。
 ヴィーナスが慌てる。アドニスの強さを、彼女はよく知っていた。今のセーラームーンには、アドニスを倒せるだけの力はない。
「無茶よ、セーラームーン(うさぎ)!」
「時間がないのよ、急いで………!」
「でも………」
ヴィーナス(みなこちゃん)でなければ、キヤッスルを止めることはできないじゃない!!」
 もう、何を言ってもセーラームーンは聞き入れないだろう。ヴィーナスは意を決した。
「頼むわね、セーラームーン(うさぎ)………」
 そう言うと、ヴィーナスは前方のコンソール・パネルに走ってゆく。
 そのヴィーナスを攻撃しようと、護衛隊が襲いかかる。
 エロスが護衛隊の前に踊り出た。
「姫様、お任せを………!」
 エロスは振り向かずに言った。
 ヴィーナスとエロスのやりとりを横目で見ながら、アドニスはゆっくりとシートから立ち上がった。
「舐められたものだな、セレニティ………。お前ごときに、わたしの相手が務まると思っているのか………?」
 セーラームーンはロッドをかざす。
「あなたの思い通りにはさせない。地球も、キャッスルも、あたしたちが守る!」
「小ざかしい!」
 アドニスは鼻で笑うと、マントを翻して、ふわりとジャンプした。
 強力な衝撃波が、セーラームーンを襲う。
 プリンセス・ハレーションでそれを相殺すると、反撃へ転じるべく、右へ大きく飛んだ。
「フン………」
 アドニスは余裕の笑みを浮かべた。
「ムン………」
 衝撃波が走る。
 セーラームーンは間一髪で避けたつもりだったが、アドニスは衝撃波を二射していた。
 その二射めを受け、セーラームーンは大きく跳ね飛ばされた。ロッドが手から離れ、床に転がる。
 だが、セーラームーンは慌てなかった。すぐさま起き上がり、反撃する。
「セイント・ムーン・リベンジ!!」
 胸の前で交差された腕から、聖なる力の衝撃波を放つ。
 アドニスはまともに食らったが、ダメージを全く受けていないようだった。
 すぐに、反撃の衝撃波を飛ばす。
 セーラームーンは左へジャンプして、衝撃波から逃げる。
「遅い!」
 アドニスはセーラームーンに急接近し、彼女の腹部を思い切り蹴り上げる。
「うげっ!」
 セーラームーンはまるでゴム毬のように宙に跳ね飛ばされると、名前も機能も分からない計器に背中をしたたかに打ち付ける。
「あうっ!」
 小さく呻いて、その場に倒れ込んだ。胃の中のものが逆流し、真っ赤な血とともに口から吐き出される。
 既に意識は朦朧としていた。セーラームーンに、アドニスの次の攻撃を躱すほどの体力は残されていない。
 アドニスは素早い動きでセーラームーンに近づくと、両手で彼女の首を締めつけてきた
「セーラームーン!!」
 エロスが助けに入ろうとしたが、護衛隊に阻まれて、行こうにも行けない。
 背後からセーラームーンの呻き声と、エロスの悲痛の叫びが聞こえてきた。
 どんな状態なのか、想像はできた。
 だが、ヴィーナスは振り向かなかった。
 ひとり、コンソール・パネルに向かい、キーボードを叩く。キャッスルが止まらない。コード番号が合わない!?
「ククク………。無駄だ。コードはわたしにしか解除できない」
 アドニスの声が聞こえる。
 そんなはずはない。アドニスの心理作戦に、引っかかってはいけない。きっと、自分でコード番号を間違えて入力したに違いない。
(落ちつかなくては………)
 ヴィーナスはパネルの操作に、集中することにした。

 システムはカウント・ダウンに入っていた。キャッスルが停止しなければ、オートで発射されてしまう。照準がロックされている以上、ふたりにはどうすることもできない。緊急時以外、手動では操作できない仕組みになっていたのだ。解除する方法もあるのだろうが、ふたりが知るはずもない。
 シルバー・ミレニアムの血を引く者は、システムを作動させるためのスイッチにすぎない。操作ができるわけではないのだ。プログラムをし直せば、第三者でも操作できるようになるのだろうが、それをやっているには時間が足りなかった。
「キャッスルが止まらないよ!」
 ちびムーンのその声は、ほとんど泣き声だった。
 タキシード仮面は、じっとモニター・スクリーンを見つめている。
 ヒメロスは唇を噛みしめたまま、悔しそうに俯く。
「うさぎ、みんな! どうしちゃったのよ………!!」
 残り、テン・カウントが表示されている。
 エネルギー・ゲージが最大を示す。もはや、手遅れだった。
 カウント・ファイブ。
 発射されてから到達するまで、多少のロス・タイムはあるだろうが、もう既に脱出していなければ、爆発に巻き込まれてしまう。
(うさ………!)
 タキシード仮面は、心の中で叫んでいた。
 彼は、自分の無能さを呪った。
「うさぎぃー!!!」
 ちびムーンの絶叫とともに、強烈なエナジーが、漆黒の宇宙へ解き放たれる。
 その先には………………。

 セーラームーンの首を絞めるアドニスの手に、更に力が加わった。
 意識が朦朧としてきた。
(苦しい………!)
 意識が次第に遠のいてゆく。身体に力が入らない。
(ああ、あたしは死ぬんだ………)
 セーラームーンは意識の中で、諦めてしまっていた。自分はもう助からない。そう認識してしまったとき、彼女から抵抗する力を奪ってしまった。それは、絶望的な判断だった。
 だが、その意識の中を、何者かの声が、閃光の如く突き抜けていった。
(うさ………!)
 たった一瞬聞こえただけの声だったが、その声は、セーラームーンに力を与えた。
(まもちゃん………!)
 セーラームーンのティアラが輝く。
「ム………、ムーン・トワイライト・フラッシュ!!」
 聖なる月の光が、アドニスの目を直撃した。
「ぐわっ!!」
 アドニスは目を押さえて、呻き声をあげる。
 セーラームーンは、床に転がっていたハート・ムーン・ロッドを、素早く拾い上げた。
 ロッドを立てたまま、前面に突き出す。
 ハレーションを放つときの、水平な構えではない。
 ロッドが輝く。
「ムーン・スパイラル・ハート・アタック!!」
 キュイィィィィン!!
 ロッドから放たれたハート型の衝撃波は、アドニスを彼方まで吹き飛ばした。
 新しいロッドでの、セーラームーン最大の技だ。
「馬鹿なぁ………!?」
 司令室から吹き飛ばされたアドニスの絶叫は、尾を引いて響き、やがて聞こえなくなった。
 アドニスに勝ったことを確信すると、セーラームーンは深く息をついた。その場にへたり込んでしまった。
 だしぬけに、ガクンという衝撃がきた。
 そして、耳をつんざく轟音。
 強烈なエナジーが、キャッスルの鼻先を掠めて、闇の彼方へ消えてゆく。
 シルバー・ミレニアムの防衛システムからの、エネルギー波だった。
 寸前のところで、マゼラン・キャッスルは停止していたのだ。
 ヴィーナスがVサインを出している。
 エロスが髪を掻き揚げた。
 護衛兵もエロスによって、全て倒されていた。
 アルテミスを先頭に、傷だらけのマーキュリー、マーズ、ジュピターの三人が、司令室に走り込んでくる。
「ああ、終わったんだ………」
 お互いの無事を確認したとき、全員が、同時にそう思った。