ミネルバの想い
抵抗する兵士は、ほとんどいなかった。
人々の避難は、思っていたよりスムーズにいっている。間もなく完了するだろう。
宇宙港のブロックの入口に立って、ミネルバはじっと別のブロックを見ている。
四剣士のアマトスとハポースが近づいてくるのが、気配で分かった。気配でまわりのことを探る術は、戦場で生き延びるために、最近覚えたことだった。
「ミネルバ様、避難は間もなく終了致します。ブリッジへおいでください」
アマトスが言った。
だが、ミネルバは動こうとはしない。
キャッスルが気になる。自分はこのまま、逃げ出してしまっていいのだろうか。不安になる。
「アルテミス殿が、上手くやってくれます。ミネルバ様はご心配なさらずに、事がすむのを待てばよいのです。アフロディア様も、きっと、そう望んでおられることでしょう」
ハポースが言う。
確かにそうかもしれない。
アドニスはキャッスルごと、地球上の人々も抹殺するつもりなのだ。始めから、そのつもりだったに違いない。全てを抹殺した上で、アドニスが何をやるつもりなのかは、ミネルバには分からない。ただアドニスが、その自らの野望を遂げるために犠牲になった者たちのことを考えると、このまま他人任せにしていていいのかと思う。
自分は、キャッスルの王女なのだ。
アドニスの野望を、見抜けなかった悔しさ。アドニスの手の内で踊らされていただけの自分が、情けなくてしょうがなかった。
「ミネルバ様は、キャッスルにとって、大事なお方です。お気持ちは分かりますが、今は堪えてください。わたしたちとて、皆同じ気持ちです」
そう言ったのは、アマトスだった。
そうだった。
四剣士とて、同じ気持ちのはずである。いや、それ以上かもしれない。
ミネルバはブリッジへ上がった。
発進の準備は、既に完了していた。
クピドが、ちらりとミネルバを見る。
ミネルバは頷いてみせた。
“シャンデリア”はゆっくりと動き出す。
(姉さん………)
ミネルバは、姉がキャッスルへ来たことを感じ取っていた。何の目的で来たのかも、分かるつもりだった。
「アフロディア様に、お任せしましょう」
クニードスが言った。
彼らも、アフロディアがキャッスルに来たことを、感じ取っていた。
マゼラン・キャッスルが、次第に遠ざかる。
(姉さん、どうかご無事で………)
ミネルバは、姉の無事を祈らずにはいられなかった。
キャッスルから遠ざかっていく“シャンデリア”を、スクリーンで見ながら、アドニスは苦笑した。
「月の者たちの力、甘く見すぎていたようだな………」
だが、アドニスは作戦が失敗したとは思っていなかった。
「だが、キャッスルは止められん………」
アドニスには、まだ余裕があった。負ける気がしなかった。
(わたしには、灼熱の民がついている………)
灼熱の民の怨念があるかぎり、絶対に負けることはないという、自信があった。
「さあ、来るがいい。月の者たちよ。キャッスルごと、地獄へ堕としてやる………!」
アドニスの不気味な笑い声が、司令室に響きわたった。
司令室にいた護衛隊の兵士が、ゾッとしようにアドニスを見た。アドニスは、何かに取り憑かれているのではないかと感じられるほど、尋常ではなかった。
護衛隊の兵士の中には、既に敗北を感じている者もいた。だが、どうすることもできない。アドニスに従うしか、彼らの生き延びる術はないのだ。
「心配はいらん。我らは勝つよ………」
その兵士の不安を察したのか、アドニスは自信ありげに言った。
“シャンデリア”が発進したことは、まわりの気配で分かった。
アルテミスはひとり、城が背後に見える小高い丘の上で、妖魔の大群を相手にしていた。
「城から随分放されてしまったな………」
まんまと敵の術中に嵌まってしまった、自分に苦笑する。
「妖魔の数が増えています。わたしたちを、ここに釘付けにする作戦のようです」
すうっと、エロスが近寄ってきた。
「ならば、突破してみせよう」
アルテミスの瞳が、きらりと輝く。
「のけ!! ザコが!!」
アルテミスは、勢いよく王家の剣を降り下ろした。
物凄い剣圧で、大地もろとも妖魔の大群を蹴散らす。アルテミスにとっては、初歩的な技だ。エロスのエレガント・ボーミングがそれに続く。
「ん?」
光が差し込むのが見えた。別のブロックに、外から何かが侵入してきた。
「美奈たちが来たようだ」
アルテミスは、エロスに囁くように言う。
「エロス。きみは、美奈たちの方へ行ってくれ」
「アルテミス様は?」
「このまま城に突入する。城の中で合流しよう」
「承知しました」
エロスは念を込めると、テレポートしていった。
「………さてと、ザコと遊んでいる暇はないんだ。一気にいかせてもらうぞ!」
何百という妖魔を相手にしているが、アルテミスは全く意に介さない。そればかりか、余裕すら感じられる。
「………!!」
ふいに何かを感じた。
「まずいな………」
彼の戦士としての勘が、警報を鳴らす。何か、よからぬことが起きようとしている。
「うぉりぁぁぁ!!」
王家の剣で巨大な竜巻を起こし、妖魔を一掃すると、アルテミスは城へ向かって駆け出していた。
「………!」
月の方角で、何かが光ったような気がして、ミネルバはスクリーンを見上げた。
スクリーンには、特に変わった様子は映し出されていない。だが、何かが違う。いつもの月じゃない。
ミネルバには確かな自信があった。
「ミネルバ様………?」
アマトスが訝しんだ。そのアマトスの横にいたクピドも、何かを感じていた。
「まさか、システムか………?」
クピドは、スクリーンの月を見上げる。
「月のシステムが、作動してしまったのか………!?」
ブリッジ全体を、緊張が包んだ。
「早過ぎるぞ!」
クニードスは、スクリーンにかみつくような勢いで叫んでいた。
スクリーンに映し出されている月からは、依然としてなんの変化も感じとれなかった。しかし、気配で分かる。
月の方向から、何かが来る。
「姉さん!!」
ミネルバは思わず叫んでいた。