シルバー・ミレニアム
タキシード仮面とセーラーちびムーン、そしてセーラーヒメロスの三人は、月の晴の海にあるシルバー・ミレニアムに、テレポート・アウトした。
水晶の輝きを放つ、神秘的な都市が、視界に飛び込んできた。
ちびムーンは、自分が生まれ育ったクリスタル・トーキョーに、戻ってきてしまったような錯覚にとらわれた。
初めて来た場所なのに、妙に懐かしい気がした。
不思議と、どこになにがあるのかが分かる。
「こっち!」
ちびムーンは、まっすぐにシステムに向かって走り出した。
タキシード仮面とヒメロスは、黙って続く。
シルバー・ミレニアムのほぼ中央に、クイーン・セレニティの神殿があった。
ちびムーンは、神殿の前で立ち止まる。
タキシード仮面は、神殿を見上げた。
システムの管制室は、神殿の地下にあると聞いている。
三人が神殿の入口に差し掛かったときに、上空から幾条ものエネルギー波が、降りそそいできた。
タキシード仮面は直感でそれを悟り、ちびムーンを抱き抱えて、事前に回避行動をとっていた。
ヒメロスも素早い動きで、それを回避していた。
「待ちぶせされていた………!?」
タキシード仮面は上空を見上げた。
敵の姿は見えない。
「!」
左右から同時に、エネルギー波が襲いかかる。
「くっ!」
タキシード仮面はちびムーンを抱えたまま、ギリギリのところでこれを躱し、物陰に身を潜めた。
(敵はふたりか………?)
タキシード仮面は、神経を研ぎ澄まして、敵の動きを探ろうとする。
左右から攻撃をうけたということは、敵は最低でも、ふたりはいるということだ。しかも、かなり戦い慣れをしている。
(ドロイドや妖魔の類ではないようだ………)
だとすると、かなり厄介だ。
敵の目的はおそらく、時間かせぎだろう。
神殿に近づけば攻撃し、こちらが隠れていれば、無理なことはしてこないだろう。そうしている間に時間だけが過ぎていってしまう。
「時間がないよ………」
心細そうに、ちびムーンが言った。
そうだ。こんなところで、時間を食っているわけにはいかないのだ。
「ここを動くんじゃないぞ」
優しく、かつ、厳しい口調でタキシード仮面は、ちびムーンに言った。
物陰を飛び出し、大きくジャンプする。
エナルギー波が、三方向から飛んできた。
(敵は三人………!)
タキシード仮面は、エネルギー波を避けながら、咄嗟にそう確信した。
ヒメロスが、タキシード仮面を援護する。飛んできたエメルギー波を、正確に打ち落とす。
タキシード仮面は、エネルギー波が飛んできた地点に向けて、スモーキング・ボンバーを分散させて放つ。
この敵が、いつまでも同じところにいるとは思えなかったが、敵に次の攻撃をさせるには、それは必要な手だった。
タキシード仮面は、どこから攻撃をうけてもいいように、周囲に気を配る。
殺気!
タキシード仮面の眉間が、激しくスパークする。思考よりも先に、体が反応する。
「そこだ!」
バシュ!!
タキシード仮面の掌から、凝縮されたエネルギー弾が発射された。
パーム・ガン────スモーキング・ボンバーのエネルギーを凝縮して、音速で打ち出す応用技である。エネルギー弾が音速で飛んでくるため、避けるのは至難の技だ。
「まず、ひとり!」
タキシード仮面は、命中したことを確認しなくても、敵を倒したことを確信していた。
それは彼の、戦士としての“自信”だった。
仲間が殺られたことで、連携を崩した“敵”は、愚かにも物陰から飛び出してきた。
「タキシード・ラ・パーム・ガン!」
バシュ! バシュ!!
左右の掌から同時に発射されたパーム・ガンは、“敵”に直撃する。
しかし、自分が勝利したと確信した次の瞬間、タキシード仮面は敗北していた。
地面から急速に伸びてきた“それ”は、タキシード仮面を雁字搦めにしていたのだ。
マゼラン・キャッスルでは、アドニスの護衛隊と四剣士が、激しい鍔迫り合いをくりひろげていた。
アドニスの立て籠もる城は、目と鼻の先にある。しかし、護衛隊とドロイド兵団に阻まれてて、これ以上先には進めないでいた。
さすがの四剣士も、この大群相手では旗色が悪い。やや、押されぎみだった。
後方にいたミネルバは、立ち止まって辺りに気を巡らす。
(キャッスルの様子がおかしい………)
それはミネルバの直感だった。キャッスルの航行速度が、早まったような気がしたのだ。
城門付近で爆音が轟いた。
護衛隊の大半を蹴散らし、アルテミスとセーラーエロスが走ってくる。
「アルテミス、キャッスルがおかしいわ!」
ミネルバは叫んでいた。
アルテミスは頷く。彼は、キャッスルの異常をミネルバに伝えるために、この場にきたのだった。
「キャッスルは、あと二時間で地球に落ちます。ミネルバ様は、人々の避難を………!」
「アドニスはどうするんだ!?」
クピドが訊いてきた。アルテミスはクピドに目をやる。
「間もなく、セーラー戦士たちも来る。アドニスは俺たちに任せてくれ!」
「しかし………」
「キャッスルの人々を動かせるのは、君たちにしかできないだろう」
「分かった。………ミネルバ様、急ぎましょう」
クピドはミネルバを促した。
「もはや、これまでのようですね………」
メイン・スクリーンで戦況を見つめていた、アクタイオンが言った。しかし、アドニスは落ち着いていた。
「心配するな………。我々は、勝つよ………」
アクタイオンにはアドニスのこの自信が、どこからくるのか見当もつかなかった。
まだ、持ち駒があるというのか………。
アドニスはじっと、スクリーンを見つめている。
(エンディミオン、そいつに貴様は勝てん。貴様を倒すために、わざわざ外宇宙から召喚した、バケモノだからな………)
アドニスは万が一のために、ミレニアムに送っていた“ダイモーン”が、エンディミオンを食い尽くす様を創造して、ひとりほくそえんだ。
だが、そのアドニスの計算には、含まれていない戦士がいることを、彼は気付いていなかった。
なんとも形容しがたい、その肉の塊のようなモンスター“ダイモーン”に、いま正に、タキシード仮面は食われようとしていた。
触手のように思えたそれは、“ダイモーン”の牙が伸びたものだった。
“ダイモーン”は伸縮自在の牙に、タキシード仮面を捕らえ、じりじりと口へ運ぶ。
「はっ!!」
ヒメロスが仕掛けた。タキシード仮面を救出すべく、“ダイモーン”に突撃する。
シュルル!
牙が伸びる。それはヒメロスの右足に絡み付き、そのまま彼女を振り回した。
強烈な横Gに耐えきれず、ヒメロスは失神してしまう。
「どうしよう………!」
ちびムーンは茫然としていた。このままでは、タキシード仮面も、ヒメロスも食べられてしまう。
なんとかしなきゃ………!
そう考えても、彼女には武器がない。そして、力もない。
────遠き、我が娘、スモール・レディ………。
ちびムーンの頭の中で、誰かが呼ぶ声がする。
ママ………!? でも、なんか違う………。ママじゃないの!? あなたは誰なの………!?
だが、声は答えなかった。一方通行のテープレコーダーのように、声はただ響いていた。
────遠き、我が娘、スモール・レディ………。己の力を信じなさい………。多くの師から、学んだことを思い出しなさい………。あなたは、月と地球の希望の光………。さあ、恐れずに、己の力を使うのです………。あなたの母も、きっと、そう願っているはずですよ………。
声は途切れた。誰の声だったのか。ちびムーンには分からない。だが、その声は、彼女に勇気を与えてくれた。
(そうだ。マーズに教わった、あの技を使ってみよう………!)
ちびムーンは、三十世紀のセーラーマーズから、教わった技があったことを思い出した。
力を呼び起こすために、全神経を集中した。
「クレッセント・キャンディー・エクスカーション!!」
ちびムーンの組み合わされた掌から、バラバラと三日月型のエナジーが放たれる。
直撃。
“ダイモーン”は思いもよらぬ攻撃をうけたショックで、獲物を離してしまった。
ほおり出されたタキシード仮面は、空中で体勢を立て直す。
ちびムーンに向かう、“ダイモーン”が見えた。
「ちびムーン!」
“ダイモーン”は標的をちびムーンに変えた。獲物として、ちびムーンの方が、おいしそうに見えたからであった。
“ダイモーン”は伸縮自在の牙を、ちびムーンに伸ばした。
しかし、それはタキシード仮面が許さなかった。
「うおぉぉぉぉぉ………!!」
タキシード仮面は“ダイモーン”の触手のような牙を掴むと、渾身の力をこめて、宇宙空間へ向けてほおり投げる。
「消えろぉ!! タキシード・ラ・グレネード・バスター!!」
タキシード仮面、最大級の攻撃技が炸裂する。地球上で力をセーブしているのは、彼もまた同じであった。
一撃で惑星おも破壊できる衝撃波が、“ダイモーン”を襲う。
悲鳴をあげる間もなく、“ダイモーン”は、宇宙の塵となった。
タキシード仮面は、ちびムーンのもとへ舞い降りた。
「ちびムーン( 、助かったよ」)
「えへへ………」
タキシード仮面に頭を撫でられ、ちびムーンは少し照れ臭くなった。
続いて、タキシード仮面は、倒れているヒメロスを抱き起こす。
僅かに“気”を送り込むと、ヒメロスは意識を取り戻した。
「大丈夫か?」
「は、はい………。申し訳ありません」
少しばかり頬を赤らめ、ヒメロスは答える。
タキシード仮面は、ゆっくりとヒメロスを立たせてやる。
「思わぬところで時間を食った。急ごう!」
三人は神殿の中へと急ぐ。
神殿の中にも、敵が潜んでいることが考えられたが、よほど外の待ちぶせ隊に自信があったのだろう。神殿の中に、敵はいなかった。
中は、不気味なくらい、静まりかえっていた。自分たちの足音だけが、内部にこだまする。
歩きながら、ちびムーンは、神殿の内部が未来のクリスタル・パレスの中と、よく似ていることに気付いた。
移動床に乗ると、三人は地下のシステム管制室へ急いだ。
システムの管制室はひっそりとしていた。
管制室に足を踏み入れると、辺り一面がパアッと明るくなった。
まるでちびムーンが来たことを、歓迎しているようだった。
進化したパネルライトなのだろうか。壁全体が、淡い光を放っていた。
その中を、三人は更に奥へと歩いてゆく。
ちびムーンがいなければ、どれがシステムの稼働装置なのかわからなかっただろう。
もちろん、ちびムーンがシステムの稼働装置を知っているはずはない。ただ、それなのだろうと、思っただけだ。
ちびムーンが制御パネルに近づくと、意外にもあっさりと、システムは作動した。
システムのメイン・コンピュータが、ちびムーンをシルバー・ミレニアムの王家の者だということを、認めたのである。
作動さえしてしまえば、後はコンピュータが勝手に判断し、各装置を動かしてくれる。
照準はオートになっているのか、ターゲット・スクリーンには、地球へ急速に接近している、マゼラン・キャッスルが映し出されていた。
セーラームーンたちから、まだ何の連絡もない。キャッスルが地球に向かって進行していいると言うことは、彼女たちはアドニスをまだ倒していないということだ。
照準はキャッスルをロック・オンした。
あとは発射スイッチを押すだけである。
ちびムーンは複雑な気持ちになっていた。おそらく、うさぎたちはギリギリまで、キャッスルを停止させようと、頑張るに違いない。脱出が、間に合わない可能性だってある。
ちびムーンはできれば、システムを作動させたくないと思った。
チラッとタキシード仮面を見た。
何を考えているのだろう。タキシード仮面は、ただ無言で、地球へ接近するマゼラン・キャッスルの映像を見つめていた。