超次元空間の戦い
生き残りのドロイド兵たちを相手にしながら、セーラーマーキュリーはポケコンを取り出し、なにやら分析を始めていた。その視線の先には、花妖魔となったアラクネがいる。
アラクネの身体は既に、三十メートルぐらいにまで増大していた。
「まずいわ………。このまま成長させると、この辺一帯が、メチャメチャに破壊されてしまう………」
マーキュリーは、ポケコンのキーを叩きながらひとり呟くと、司令室にいるはずのルナを呼び出した。
「ルナ、時間軸の計算をお願い。シールドを作るわ」
「OK!」
程なく、ルナから指示を受けたダイアナから、時間軸のデータが、マーキュリーのゴーグルに転送されてくる。
マーキュリーはパワーを集中させる。
「超次元空間現出!!」
マーキュリーを中心として、半径五百メートルの空間が、通常空間から隔離される。
超次元空間────時間と空間を歪めるだけでなく、それを特殊なシールドで包み込み、
通常空間とは全く別の次元空間を作り出す、マーキュリーの荒技である。
「ありがたい。これでおもいっきり、やれる!」
巨体の妖魔ギガンテスと戦っていたジュピターは、不敵に微笑んだ。
通常空間での彼女たちは、まわりに被害が出ることを恐れて、その本来の能力を押さえて戦っている。だが、空間がシールドされたことによって、能力をフルパワーで戦うことができる。技の威力も、当然増す。
「ジュピター・プラネット・パワー! フル・チャージ!!」
バチッ! バリバリバリバリ………。
ジュピターの全身に、力が漲る。彼女の全身から、エナジーがスパークしている。まるで、雷の鎧を纏っているようだ。
ゴアァァァ………!
妖魔ギガンテスが口から衝撃波を放つ。
バリバリバリ………!
雷の鎧は、衝撃波をものともしない。
業を煮やした妖魔ギガンテスは、ジュピターの顔面に、強烈なパンチをおみまいした。
ドカッ!
直撃だった。
だが、頬にパンチを受けたまま、ジュピターはふっと息をついた。
「お前の力は、その程度かい………」
微動だにせず、ジュピターは言う。信じられない防御力だった。
妖魔ギガンテスは咄嗟に逃げた。力の差を感じたのだ。自分とはレベルが違いすぎる。このままでは、やられてしまう。
ジュピターはじろりと妖魔ギガンテスを見ると、にやっと笑った。
「フラワー・ハリケーン!」
真っ赤な薔薇の花弁を伴ったハリケーンが、妖魔ギガンテスを包む。花吹雪とも言える、ジュピターオリジナルのめくらまし技だ。
妖魔ギガンテスは一瞬、ジュピターの姿を見失った。
それが、命取りになった。
気がついた時には、ジュピターは目の前にいた。
「うりゃぁ!!」
気合いとともに放たれた、雷の拳────サンダー・ナックルは、ギガンテスの腹部を直
撃する。
妖魔ギガンテスは衝撃で、百メートル後方まで吹っ飛ばされた。
更に拳から打ち出されたサンダー・ナックルは、妖魔を百メートル動かしただけでなく、更に腹部を貫通していた。
そして、とどめのシュープリーム・サンダー。
妖魔ギガンテスは、かけらも残さず、蒸発してしまった。
百パーセントの能力を出せるシールドの中にあって、しかし、マーズは苦戦していた。
能力的にマーズが劣っているのではない。マーズの攻撃が、相殺されてしまうのだ。
マーズの攻撃は、炎を操ったものである。反対に妖魔ブリジアは、冷気系の攻撃を得意としている。
妖魔ブリジアの口から放たれる、極低温の吹雪によって、ファイヤー・ソウルもスネーク・ファイアも、全て相殺されてしまう。動きの掴みづらい炎の鞭も、効果がなかった。
「バーニング・マンダラー!」
マーズの背後で、曼荼羅絵図のように形成された八つの炎のリングが、彼女の組み合わされた掌から発射される。
「無駄よ!」
妖魔ブリジアはすぐさま、吹雪で応戦した。八つのリング全てが、凍結してしまう。
間髪を入れずに、氷礫がマーズを襲った。
避けきれずに、数個が身体を掠めていった。
マーズは歯ぎしりをした。
そんなマーズを見て、妖魔ブリジアは高笑いする。
「ホホホホホ………。息が上がっているわよ、セーラーマーズ………。わたしはお前のちんけな炎を、全部無効にできる。炎しか使えぬお前に、わたしは倒せない」
「それはあなたも、同じじゃなくって………?」
マーズの 火炎攻撃を妖魔ブリジアが無効にできるように、妖魔ブリジアの冷気による攻撃を、マーズは無効にすることができる。
「ご心配には及ばないわ。わたしは妖魔よ。こういうこともできるの!」
妖魔ブリジアは両手の爪を、触手のように伸ばして攻撃してくる。
どこまでも伸びて、追いかけてくる爪を躱しながら、マーズは小さく笑った。
「何がおかしいの!?」
妖魔ブリジアは攻撃をやめ、苛立たしげに叫んだ。冷気攻撃の他にも様々な武器を持つ自分の方が、圧倒的に有利なはず。なのに、マーズの、あの余裕すらうかがえる笑いはなんだ? 何か秘策でもあるのか? それとも、ただ開き直っただけなのか………?
「あなた、何か勘違いしているんじゃない?」
マーズは言った。
「わたしは炎しか、使えないんじゃない。炎の技を、得意にしているだけ………」
「なんだと………!?」
「わたしだけじゃないわ。四守護神の戦士はそれぞれ、得意にしている技が違う。その技が、他人より優れているのよ。だから、わたしたちが四守護神に選ばれたのよ」
マーズは自慢げに言う。
「ま、まさか………」
妖魔ブリジアの顔色が変わった。狼狽えたように、マーズを見る。
マーズの表情からは、余裕すら感じとれた。
「そう。だから、使えないんじゃない。普段は使わないだけ………」
そこでマーズは、再び不敵に微笑むと、攻撃体勢に入った。
妖魔ブリジアは、本能的に身の危険を感じて、表情をひきつらせた。
「スパークリング・ワイド・プレッシャー!!」
マーズの右手から、アンダースローの要領で打ち出された雷撃の弾は、逃げ腰の妖魔ブリジアを直撃する。
水棲・氷結系のモンスターが、雷撃系の攻撃にモロいのは、何もR.P.G.の世界だけではない。
マーズの雷撃弾は、ジュピターほどの威力はないにしろ、妖魔ブリジアに致命傷を与えるには充分な威力があった。
「それに、わたしの炎を、甘く見てもらっては困るわ………」
とどめの一撃を加えようと、マーズは新たな技に集中する。
「マーダー・フレイム・ブラスター!!」
約二万度の超・超高熱の火炎球が、高速回転で発射される。今現在、マーズが使える最上級の火炎技である。地球上にあるもので、おそらく破壊できないものはないだろう。
妖魔ブリジアはこれをまともに食らって、跡形もなく消滅した。
危険すぎて、シールドの中でなければ使えない技だった。
マーズは小さく息をついた。
「やだぁ、どんどん大きくなるよぉ〜」
ちびムーンが泣きべそをかいた。
花妖魔と化したアラクネの身体は、百メートルを優に超えていた。
まわりのビルを破壊しながら、触手は、勝手に増殖を始めていた。
「どうしたらいいの………」
セーラームーンも困惑し、どうすることもできないでいた。
「アラクネが、妖魔のパワーを制御できないでいるわ。勝手にどんどん大きくなってゆく………」
ヒメロスは、体を硬直させている。複雑な眼差しで、成長を続けているアラクネを見つめている。
アアー! キィヤァー!! キャァー!!
悲鳴にも似たアラクネの叫び声が、神経を逆撫でする。
「悲鳴………? アラクネが、苦しんでいる………?」
セーラームーンには、そう感じられた。何の根拠もない。ただ、そう感じただけだ。だが、それは、間違いではないような気がした。
「アラクネ………」
ヴィーナスも同じ感じを受けたのだろう。攻撃の手を休め、アラクネを見上げていた。
「アラクネを助けてあげることはできないの?」
ヴィーナスはいつしか、哀れな彼女に同情してしまっていた。
「セーラームーン、銀水晶だ。銀水晶で、彼女を浄化してやるんだ」
タキシード仮面が思いついたように言う。
そうだ。銀水晶の力を借りるしかない。
マーキュリーもこれ以上シールドを維持するのは、体力的に困難だった。
時間がない。
「俺たちが援護する。いくぞ!」
言うが早いか、タキシード仮面は大地を蹴って、華麗にジャンプする。
「タキシード・ラ・スモーキング・ボンバー!」
タキシード仮面の掌から、放たれた衝撃波は、一直線にアラクネに向かう。
「ヴィーナス・ウインク・チェイン・ソード!」
ヴィーナスがそれに続く。
「マーキュリー・アクア・ミラージュ!」
無理を押して、マーキュリーも援護する。
三人の必殺技の波状攻撃に、さしものアラクネも悲鳴をあげた。
更に妖魔を倒した、マーズとジュピターが攻撃に加わる。
「マーズ・スネイク・ファイヤー!」
「ジュピター・ココナッツ・サイクロン!」
ふたりの必殺技が、頭上から降りそそぐ。
「ディザイア・アサスィネイション!!」
ヒメロスの技がそれに続いた。
バシューン! ズババババッ!!
追い打ちをかけるような必殺技の連続攻撃に、花妖魔の成長が停止した。
「今だ! セーラムーン!!」
タキシード仮面が叫ぶ。
セーラームーンはロッドを構えた。
アラクネが、だいぶ弱っている。チャンスは今しかない。
「ムーン・ヒーリング・エスカレーション!!」
セーラームーンはロッドで円を描いた。
銀水晶が輝き出す。
光は、醜く変貌したアラクネを包む。
アラクネの身体から、妖魔の部分を分離させる。妖魔は聖なる銀水晶の光を浴び、消滅していった。
人間の姿をしたアラクネが、疲れ果てたようにガックリと、その場に崩れ落ちた。
戦闘終了と同時に、マーキュリーはシールドを解いた。
懐かしい十番街の空気を、胸一杯に吸い込むと、戦士たちはセーラームーンのもとへと、集まってきた。
と、そこへ、まるで全員が集まるのを待っていたかのように、ルナから通信が入った。
「みんな、大変よ! キャッスルが落ちてくるわ!!」
「なんですって!?」
一同は思わず、見えるはずのないキャッスルを見上げた。
「航行スピードが、急に増したの。このままだと、あと二時間で地球へ落ちてくるわ」
「二時間………」
一同は絶句した。
もう既に、地球上の宇宙管制塔でも、キャッスルを確認しているだろう。キャッスルほどの質量を持った人工物が、地球へ激突したときの影響も、計算できているに違いない。そして、それが絶望的な数値であることも………。
「あたし、いくわ………」
ややあって、ヴィーナスが思い詰めた様子で言った。
「おそらく、アドニスの仕業に違いないわ。ミネルバたちも、がんばってくれているでしょうけど、彼女たちだけに、戦わせておくわけにはいかないわ。でも、もし駄目だったときは、ミレニアムにある防衛システムで、キャッスルを打ち落として!」
シルバー・ミレニアムの防衛システムは本来、地球へ落ちる巨大隕石を落下する前に、宇宙空間で破壊する目的で開発されたものだった。
かつてのメタリアの一件で、地球国王子エンディミオンの四人の親衛隊が、ミレニアムに反旗をひるがえしたのも、このシステムが月にあったためである。このシステムで、地球が攻撃されないという保証はない。むしろ、システムに、常に脅えていなくてはならない。ならば、手に入れてしまえばいい。システムが地球の管轄下に置かれれば、その心配はいらない。彼らはそう考えて、ベリルに従ったのだ。
ひとり、テレポートに入ろうとしたヴィーナスを、マーキュリーが止めた。
「アドニスを倒すのも先決だけど、最悪のことを考えて、キャッスルの人たちを、ミレニアムに避難させた方がいいわ。なにも、キャッスルの人たちごと、破壊することはないわ」
「そうだな、そうしよう」
ジュピターが同意した。セーラームーンもマーズも頷く。
「みんなでキャッスルへ乗り込んで、アドニスを倒そう。キャッスルの人たちの避難はミネルバに任せて、あたしたちはアドニスを………!」
セーラームーンが言うと、ジュピター、マーズ、マーキュリーの三人は、力強く頷いた。
「みんな………」
ヴィーナスは嬉しさのあまり、熱いものがこみ上げてくるのを押さえることができなかった。
ところが、慌てたのはルナである。
「だめよ。システムを動かせるのは、シルバー・ミレニアムの、王家の血を引く者だけなのよ。うさぎちゃんがマゼラン・キャッスルへ行っちゃったら、もしものとき、だれがシステムを作動させるのよ!」
全員がエッ?となった。そう言われれば、そうである。それにしても厄介なシステムである。王家の人間でなければ動かせないと言うことは、裏を返せば王家の人間がいなければ動かせないと言うことになる。
やっぱりセーラームーンは、そこまでは考えていなかったし、そんなシステムになっているとは知らなかった。
「じゃあ、あたしが行く」
そう言ったのは、ちびムーンだった。
「あたしだって、シルバー・ミレニアムの王家の血を引いているんだから、できるはずだもん」
一同は、ちびムーンに目をやった。ちびムーンは未来のうさぎと衛の子供である。うさぎの血を引いているのだから、当然シルバー・ミレニアムの王家専用のシステムは作動するはずである。
ちびムーンの表情には、確固たる決意の色が伺えた。
セーラームーンは頼もしげに、ちびムーンを見ると、その小さな戦士の肩に、そっと手を置いた。
「頼んだわよ」
ちびムーンは笑顔で頷く。初めて与えられた重要な役目に、ちびムーンは自分もやっと、戦士の仲間入りをさせてもらえたような気がして、とても嬉しかった。
セーラームーンは次に、タキシード仮面に目を移す。
「ちびムーンをお願い」
「分かった」
「では、わたしもミレニアムにお供します」
ヒメロスはヴィーナスに、許可を求めるような視線を向ける。
涙を拭っていたヴィーナスは、任せたという目で、大きく頷く。
それぞれは、それぞれの目的地に向けて、テレポートしていった。