scene.7


「じゃあすまないが、そっちの件はふたりに頼む」
 KO大学の豪華な正門の前で、衛はふたりの女性と向き合っていた。ふたりともかなりの美人である。うさぎが見たら、絶対にやきもちを焼く場面だ。
「オッケー、地場くん! あたしたちに任せて!!」
 にっこりと笑って、宇佐宮(うさみや)セレは衛にウインクした。普通の男ならイチコロなキュートなウインクなのだが、衛には全く効果がなかった。
「すまない」
 衛は無反応のまま、まじめな表情で答えていた。
「気にしないで! あたしたちと地場くんの仲じゃない!」
 セレは言うと、再度キュートなウインクをして見せる。
「セレちゃん、モーション掛けるだけ無駄な努力だって………」
 セレの背後から、親友の阿井戸(あいと)こちが、冷めたような声で彼女の左肩に手を置いた。
「はぁ、やっぱし………」
 セレはがっくりと項垂れる。
 そんなふたりのやり取りを見ても、衛は相変わらずクールな表情を崩さなかった。ある意味B型ではないかと思えるほどのマイペースな衛なのだが、彼の血液型は歴としたA型だった。
「じゃあ、頼むぞ」
 そんなふたりのやり取りを衛はさらりと聞き流すと、そう言ってその場を立ち去ろうとした。
「ところで地場くん」
 その衛を、セレが呼び止める。
「地場くんてさ、今ドイツに留学中のはずじゃなかったっけ?」
 わざわざ言わなければ誰も気付かないようなことを、セレは訊いてきた。確かに「血色の十字軍」によると、衛はドイツに留学中のはずである。
「気にするな。これはスペシャル企画だ」
 衛はあくまでもクールだった。

 ゲームセンター“クラウン”前。
 衛とここで落ち合う約束をしていたうさぎは、珍しく店の外で待っていた。店内に元基の姿がなく、知らない顔のヲタクっぽい大学生がバイトをしているので、店内に居づらかったためだった。
「あれぇ、うさお姉!? なんで中に入らないの?」
 そのうさぎに、底抜けに明るい声が掛けられた。
「あら、もなかじゃない」
 声を掛けてきたのは、学校帰りのもなかだった。途中で合流したのか、ほたるの姿も見える。うさぎの知らない友人も連れている。十番中学の制服を着ているから、もなかの友人なのだろう。
「同じクラスの馨ちゃんと絵美ちゃん、それと鈴子ちゃん」
「王花 馨です」
「高梨絵美です」
「鈴鹿鈴子です」
 紹介された三人の友人は、ちょこんと頭を下げた。揃いも揃って美少女揃いである。
「アンタのクラスって、可愛い子多いのね」
 うさぎは三人には聞こえないように、もなかに耳打ちする。
「おおおおおっっっ〜〜〜〜〜!!!」
 紹介された三人のうちのひとり―――確か、鈴鹿鈴子と名乗った―――が、うさぎの顔をマジマジと見つめて興奮していた。
「な、なに!?」
「あ、あなたがウワサの月野うさぎさんですね! 十番中学伝説の人物!!」
「十番中学伝説の人物ぅ!? あたしが!?」
 もちろん初耳である。自分の名前が伝説として語り継がれているなど、少しばかり恥ずかしいし照れくさい。
「はいっ! 月野さんの連続遅刻記録は、未だに破られていません! ですけど、強敵が出現しましたぁ!」
 鈴子は両の拳を握り締め、ずいっとうさぎに迫った。うさぎはたじろいで、三歩後退する。
「強敵が誰だか、知りたくはないですかっ!?」
「きょ、強敵?」
 さすがのうさぎも圧倒されている。鈴子恐るべし!
「リンリ〜ン………」
 もなかが困ったような表情を見せる。「リンリン」と言うのは、鈴子の愛称のようだった。
「い、いいわ………。なんとなく、想像付いちゃった………」
 うさぎは嘆息しながら、今にも泣きそうなもなかの顔をチラリと見た。自分の記録を塗り替えるかもしれない強敵と言うのは、十中八九もなかだと思う。願わくば、さっさと塗り替えてもらいたい。そんな記録、伝説として語り継がれても嬉しくもない。
「もなかの髪型も面白いですけど、月野さんの髪型も変わってますね」
 お団子にしているうさぎの髪型を見て、馨が言った。いいタイミングで、話題が切り替わった。うさぎももなかも、ホッとして胸を撫で下ろした。
「あたしのトレードマークだから………」
 お団子頭は、月野うさぎにして月野うさぎたらしめる所以(ゆえん)である。休日は、最近は気分で髪型を変更することもたまにあるが、それ以外は殆ど同じ髪型をしていた。自分でも気に入っているし、何よりも衛が気に入ってくれているからだ。衛が気に入ってくれているかぎり、お団子頭を変更するつもりはない。
「ポニーテールのうさぎさんも、見てみたい気もしますよね」
 そう言ったのはほたるだ。まことのようなポニーテールもたまにはいいと思うのだが、髪が長すぎてポニーテールにならないのだ。
 ほたるだけT・A女学院の制服を着ている。当たり前と言えば当たり前なのだが、四人の十番中学生にひとりだけT・A女学院生が混ざるという図式は、何か自分たちを見ているような気にさせられる。
「お姉もあたしみたいに、輪っかにしてみる?」
「あたしが輪っかにして、もなかがお団子にしてみるとか………」
 と、ここまで会話を進めていたうさぎだが、ふと何かを思い付いて首を傾げた。
「どうしたの? うさお姉………」
「そう言えばさ。なんでもなかが出演できるの? これは春先の話だから、あたしたちはまだ出会ってないはずなんだけど………」
「いいんですよ。スペシャルなんだから!」
 あっけらかんともなかは言う。どうやらスペシャル企画の場合は、何でも許されるらしい。読者の方々も、細かいことはあまり気にしないで読み続けて頂きたい。(笑)

 水野亜美と美少女探偵団+1が、喫茶店に集結していた。昨日、絵美菜が毒蛇に襲われた事件について、意見を交換するためだ。
「思っていたより、危険なことになりそうだわ」
 亜美の表情は硬かった。昨日の事件から判断するに、犯人は人を殺すことと何とも思っていないような人種であることが分かる。自分はセーラー戦士としての究極の能力があるが、麻理恵を初めとした他のメンバーは、そんな特別の能力を持たない普通の人間なのだ。何か予期せぬ出来事が起こった場合、最悪は命を落としかねない。
「僕たちが事件を調査していることが犯人にバレルると、何をされるか分かりませんね」
「ビビってんの? 瓶底眼鏡」
 海野は麻理恵たちの身を心配して言ったのだが、響はそうとは取らなかったようである。
「殺されそうになったら、殺し返すだけよ!」
「あ、あのね………」
 拳を作って力説する響を見て、なるちゃんが少しばかり慌てる。確かに、響はちょっと無茶苦茶なことを言っている。
「でも、昨日の事件ではっきりしたことがひとつだけあるわ」
 麻理恵が言った。少しばかり熱くなっている響に対し、麻理恵は冷静であった。亜美は視線だけ、麻理恵に向ける。
「毒蛇は意図的に音楽室に放された可能性が高い。と、言うことはそこに人間が間違いなく絡んでいる。『呪い』を隠れ蓑にして、何か知られてはマズイことを、必死に隠そうとしているやつがいる」
「麻理恵さんの言うとおりにね」
 麻理恵の考えに、亜美は同調する。亜美も同様の考えを持っていたからだ。
 亜美は端から『呪い』などは信じていない。事件が起こっている以上、そこに人間の意志があると考えていた。だから、個人的に調査をする気になったのだ。
「事件の原点は十年前にある。そうよね?」
「ええ。そう思うわ」
 麻理恵が亜美に同意を求めるように訊いてきた。もちろん、亜美は肯く。
「でも、危険であることに変わりないですよ。充分に気を付けないと」
「分かってるよ、瓶底眼鏡クン」
 何か言いたげな響を制して、麻理恵は言った。
「大丈夫。あたしたちには、水の守護神が付いているからね。そうでしょ? 天才少女」
 麻理恵は亜美に視線を送った。亜美はそれには具体的に答えず、小さな笑みを浮かべただけだった。
 麻理恵は亜美が特別な能力(ちから)を持っていると言うことに、潜在的に気づいているのかもしれなかった。

「愛野先輩。そこの台詞、間違ってます。」
「ごめ〜ん!」
 台詞の間違いを志帆に指摘され、美奈子はバツが悪そうに苦笑した。台詞の間違いは、今日は二度目だった。
「アイドル女優目指してるんなら、台詞くらい覚えてくれよぉ………」
 まことが嘆く。美奈子はけっこう台詞覚えが悪かった。時にはアドリブを入れて誤魔化すのだが、(まれ)にトンチンカンなアドリブを入れるので、ストーリーが変な方向に進みそうになることもしばしばだった。
「美奈。あんたさぁ、アイドル女優目指すより、バラエティ番組の司会かコメンテーターやった方がウケがいいかもよ」
 絵美菜が冗談交じりに言う。今日の絵美菜は普段と変わらなかった。いつもの元気さを取り戻しているようなのだが、皆を心配させないようにするための演技かもしれなかった。
「バラドルね………。それもいいかも♪」
 絵美菜は冗談で言ったのだが、美奈子は本気で受け止めてしまったようだ。目がマジである。
「こいつ、本気でバラドル目指すかもしんない………」
 まことが再び嘆いたが、美奈子には聞こえなかった。
「どうだ? 進んでるか?」
 部室のドアがガラリと開き、皆本が様子を見に現れた。
「先生、すみません。あたしがこの台本をやろうと言ったばかりに、先生にまで迷惑が掛かってしまって………」
 入ってきた皆本に小走りに近寄ると、絵美菜は深々と頭を下げた。
「生徒が教師の心配をするなんざ、一億年早い! 変な心配をしてないで、お前は舞台を成功させることだけを考えていればいい」
 皆本は絵美菜の頭に手を置くと、ぐしゃぐしゃと撫で回した。
「ところで、結城と橘の姿が見えないが?」
「ふたりとも買い出しに行ってます」
 部室に麻理恵と響の姿がないことに気付いた皆本に、即座に説明をしたのは和恵だった。
「そうか」
 納得をした皆本だったが、ふたりが事件の調査をしているなどとは思ってもいなかった。

 麻理恵たちと喫茶店で打ち合わせを行った後、亜美は十番高校の図書室に来ていた。麻理恵たちの部活が終了するのを待つためだ。先程は買い出しにの為に一端部活を抜けてきただけなので、充分に打ち合わせができなかった。
 海野は独自のルートを駆使して調査を続行すると言ってどこかに消えてしまい、なるちゃんはまことの代打としてパーラー“クラウン”へ行ってしまったので、仕方なく十番高校まで戻ってくることとなったわけだ。
 図書室にいる生徒は、亜美を含めて三人しかいなかった。亜美の他はふたりとも男子生徒だった。ふたりとも面識がない。
 退屈なのか、カウンターにいる図書委員の女生徒は居眠りをしていた。
 壁の時計に目を向けた。間もなく十八時になろうとしていた。図書室は十八時には閉められてしまう。そろそろ出なくてはならない。
 演劇部の練習も、もうじき終わるだろう。亜美は読んでいた参考書を鞄にしまった。
 図書室を出ると、廊下をウロウロとしている神部と出会した。
「水野か………。こんな時間に校内にいるとは、珍しいこともあるもんだ」
 亜美がこの時間まで校内に残っていたのが余程珍しかったのか、神部は大袈裟に驚いてみせた。
「毎日塾に行っているわけではありませんから………。今日は図書室で調べものをしていました」
 もちろん嘘である。しかし、本当のことを言えるわけもない。
「そうか………」
 神部は納得したように肯いてから、
「水野、お前『呪いの台本』について調べているんじゃないだろうな?」
 唐突に訊いてきた。
「どうしてそんなことを訊くんですか?」
「いや、ちょっと小耳に挟んでね」
「そうですか………」
 少しばかり驚いた亜美だったが、そんな心の動揺は表情には出さずに答えていた。できるかぎり慎重に行動をしているので、自分たちが事件を調べていることは仲間以外には知られていないと思っていた。しかし、今の神部の口振りからすると、自分たちの行動が外部の者にも知られている可能性がある。真犯人に知られると行動がしずらくなるばかりか、身に危険が及ぶ可能性が高くなる。こうして話している神部が、真犯人だと言う可能性もあるのだ。何しろ神部は、十年前に起こった事件の時、十番高校で教鞭を振るっていたのだ。
「興味はありますが、そんなことをしている時間はありません」
 いかにも優等生っぽい口調で、亜美は言ってみた。神部の反応を待つ。
「事件に首を突っ込んでいないのなら、それていい」
 神部は言うと、亜美に背を向けた。別の反応を期待していた亜美は、少しばかり拍子抜けしてしまった。どうやら外れのようである。
 亜美が小さく嘆息したその時、歩き去ろうしていた神部の足が止まった。
「水野、俺は忠告したはずだぞ。これ以上、事件には関わるなよ」
 亜美に背を向けたままそう言うと、そのまま歩き出してしまった。
「やはり、神部先生は何かを知っている」
 亜美は遠ざかる神部の背中を見つめたまま、小さく呟くのだった。

「意外とみんな知らないんだね………」
 KO大学の豪華な正門の前で、こちはあきらめたように言うと嘆息した。
「学校って言うのは封鎖された社会だもんね。しかも、学校側が体裁を気にしているなら、尚更情報は外部に漏れないわよ」
 セレがそれに答える。ふたりは衛から依頼を受けた後、ずっと校内で情報を取っていたのだが、有益な情報は全く得られなかった。十番高校の卒業生はけっこういたのだが、事件そのものを知らない学生が多かったのだ。事件が公表されていないことが、やはり原因だと感じられた。
「思っていたより、厄介だね」
「そうね」
 ふたりが揃って溜め息を付くと、こちらに向かってスタスタと歩いてくる人影が見えた。
「あれれ、地場くんだ」
 こちが素早く衛に気付いた。
「どうだ?」
 どうやら衛は調査の進展状況を聞きに来たらしい。進展のないことを説明すると、さっさとその場から立ち去ってしまった。
「………で、彼は結局何しに出てきたわけ?」
 一瞬だけ現れて去っていってしまった衛の背中を見つめながら、こちは独り言のように疑問を口にした。
「単に出番がほしかった………だけってことはないよね、たぶん」
 セレが答える。
 地場 衛ともあろう男が、そんな単純な理由で現れるわけはないと思う。たぶん。

「ふぅ………。遅くなっちゃったわね………」
 麻理恵と響のふたりが部活が終わるのを待ってから、調査を開始したので、帰宅する時間が少しばかり遅くなってしまった。
 麻理恵と響とは家の方向が違うため、ふたりとは正門を出たところで別れた。既に辺りは薄暗くなっている。自然と歩調も早くなる。周囲に人影は見えなかった。少しばかり不安になる。
 うさぎたちとはこれから、火川神社で事件についての打ち合わせをすることになっている。おのおのが今日一日で得た情報を交換するのだ。その日のうちに得た情報はその日のうちに整理しておかないと、無駄足を踏む結果になることもある。そう提案したのは、他でもない亜美自身だった。
 仲間たちには麻理恵たちと別れた直後に、これから向かう旨を通信機で連絡していた。
 暗闇坂に差し掛かった。その名の通り、昼間でも暗い不気味な坂である。江戸時代には男性の幽霊が出没していたと言う、曰くのある坂である。できればこんな時間には通りたくはないが、他の道に回っていたのでは遠回りになってしまう。
 ガサッ。木々が擦れるような音が背後で響いた。亜美はドキリとして、その場に足を止めた。
 その瞬間、背後から野太い腕で喉元を締め付けられた。
「ぐっ!」
 声を上げる間もなかった。強烈な力で喉を締め付けられているので、もはや声を出すことができなかった。
「騒ぐな!」
 何とも機械的な奇妙な声だった。
(合成音!? 何かの装置を使って、声を変えている!?)
 亜美は苦しい息の中にあっても、冷静だった。いざとなれば変身すればいいのだ。喉を締め付けられ、ろくに動けない状態ではあるが、変身することはできる。ただ、変身の際のメテモルフォーゼ・パワーは凄まじいエナジーの奔流だった。普通の人間が浴びてしまった場合、命の保証はできない。だから、変身して回避するのは本当に最終手段だった。
「騒ぐと殺す!」
 視界にサバイバルナイフが飛び込んできた。男(断定はできないが)は、左手にサバイバルナイフを持っていたのだ。
「!?」
 流石の亜美も恐怖した。変身を試みた瞬間に刺されでもしたら………。腕を振り解こうと試みたが、徒労に終わった。非力な亜美では、男性らしいこの暴漢の腕を振り解くことはできない。
「十年前の事件を嗅ぎ回っているようだが、余計な真似はするな。次は本当に殺すぞ」
男はそう言うと、亜美のみぞおちを殴打した。亜美の意識は、真っ白になった。

 亜美が目を覚ましたのは、それから約一時間後のことだった。場所は、レイの部屋である。
 心配そうに覗き込んでいる仲間の顔が、真っ先に視界に飛び込んできた。
「よかったぁ! 亜美ちゃぁ〜〜〜ん!!」
 うさぎが抱き付いて、声を上げてうれし泣きを始めた。亜美はまだ状況が飲み込めていない。
「見たところ特に目立つような外傷はないよ」
 困惑している亜美に、衛が優しく声を掛けた。後で聞いた話なのだが、倒れていた自分を火川神社のレイの部屋まで運んでくれたのは、衛だったらしい。
「時間になっても亜美が来ないしさ。絵美菜経由で麻理恵に連絡を取ってもらったら、とっくに亜美とは別れたって言ってたって聞いて、心配になって捜しに行ったら、暗闇坂のところで倒れてたってわけだ」
 まことが説明してくれた。少し前の記憶が甦ってくる。
「………そっか、あたし襲われたんだ」
「お、襲われたぁ!? 変質者に!?」
 声を張り上げたのは美奈子だ。本当に変質者に襲われたのだとしたら、警察に届けなければならない。
「手遅れにならないうちに、病院へ行かないと! 変質者の子供なんて、ぜったいに産んじゃダメよ!!」
 美奈子の想像は既に妙な方向へと飛躍している。
「恐らく、今度の事件の犯人よ………」
 アホな美奈子は全く無視して、亜美は衛に向かって言った。尚も美奈子がとても台詞として書くことができないようなことを口走っていたが、それは全員で無視をした。
「え!? 事件の犯人?」
 亜美に抱き付いていたうさぎが、泣くのをやめて顔を上げた。
「犯人だって!?」
 まことの表情も険しくなる。
「確証はないけど、たぶん間違いないわ」
 亜美は言った。直感ではあるが、間違っているとも思えなかった。
「気を付けた方がいいわ。犯人はあたしたちが事件を調査していることを知っているわ」
「と、言うと、校内に真犯人がいる可能性が高いと言うことか」
 衛は右手で顎を撫でた。視線を落として、何事か思案を巡らしている。
「犯人の声は聞いたの? 十番高校の関係者なら、その声を頼りに真犯人を捜せるんじゃないの?」
 巫女装束のレイが訊いてきた。亜美は首を横に振る。
「何か機械を使って、声を変えていたわ」
「それじゃ、分からないか………」
 まことが落胆したように言う。衛が顔を上げ、
「なるほど、十番高校の関係者である可能性が高いと言うわけか」
 そう言いながら亜美の目を見つめた。亜美は肯く。
「え? どうして?」
 うさぎは亜美から離れると、合点がいかない表情で衛に目を向けた。
「十番高校の関係者であれば、『声』で自分が誰であるかバレてしまう可能性がある。だから、犯人は機械を使って『声』を変えた」
「心理的にそう思わせようとしているって可能性は?」
「まこの言うことも考えられるけど、部外者があたしたちのことを知るには、時間が早すぎるわ。あたしたちが本格的に動き出したのって、昨日からだもの」
 日数が経過していれば、情報が外部に漏れたと考えることもできるが、真犯人が二日で亜美に辿り着いたとなると、校内で情報を得たと考える方が妥当だと思えた。
「明日からは、もっと慎重に行動する必要があるな。決してひとりにはなるなよ」
 衛が念を押した。
「亜美ちゃん、一緒に病院に行こう」
 真剣な眼差しで、美奈子は亜美に言う。亜美の左肩に右手を乗せ、大きく肯いた。
 美奈子はひとり、いまだ妄想の中にいたようだ。

「なるほど………。で、うさぎたちが何事か調べてるってわけね」
 ほたるからの報告を聞き終えたはるかが、神妙な顔付きで言った。
 場所は網代公園。時刻は午前零時。
 静まりかえった公園はどこか不気味なのだが、商店街のすぐ裏手にある網代公園は、夜更けだと言ってもそれ程静かなわけではなかった。
「あたしたちに何も言ってこないのは、事件が高校の内部で起こっているからなのね」
 合点がいったように、みちるは言う。今回の事件については、はるかもみちるも、そしてせつなも何の相談も受けてはいなかった。
外部(・・)のあたしたちには、関係ないってことかしら………」
「姉さん、ソレじゃ駄洒落だって………」
 せつなの呟きに鋭い突っ込みを入れたのは、ほたるである。(こだわ)りを持って言えば、外部太陽系三戦士とサターン。ミュージカル風に言えば外部太陽系四戦士の彼女たちは、文字通り今回は外部(・・)の人間なのである。
「もしかすると、これは一大事かもしれない………」
「どうしてそう思うの? はるか」
 更に深刻な表情となったはるかに、みちるは不安げな視線を送る。
「あたしたちの出番は、もしかするとこのシーンしかないかもしれないってことよ」
「う………。しかもこのシーン、はっきり言うとなくてもいいシーンよね」
 せつなも神妙な表情になる。
「筆者のお情けで書かれたシーンてこと?」
 ほたるはその可愛らしい顔を、困惑したように歪めた。
 果たして彼女たちは、この後活躍の場があるのだろうか。(汗)