scene.6
時刻は六時を回っていた。
司令室には既に、うさぎ、亜美、レイの三人が集まっていた。遅れて、まことと美奈子が現れた。
ルナとアルテミスの姿は見えなかった。
「どうしたの? 急に招集を掛けて………」
入ってきたまことと美奈子を見るなり、亜美が尋ねた。メンバーの招集を掛けたのは、まことなのだ。緊急招集と言うからにはただ事ではない。
「演劇部で、何かあったのね?」
うさぎの直感だった。まことと美奈子の顔色が優れなかったので、そう感じたのだ。それに緊急でメンバーの招集を掛けたとあっては、何らかの事件が起こったであろう事は容易に推測できる。
「演劇部!? ふたりとも演劇部だったっけ?」
レイが驚きの表情を示した。
「ええ。ふたりとも、演劇部の助っ人を頼まれたのよ」
亜美が説明した。その説明にはいささか間違い(美奈子は助っ人ではない)があったが、誰も訂正はしなかった。そんな些細なことを問題にしている場合ではなかったのだ。
「………実は、絵美菜が襲われた」
重苦しいものを吐き出すかのように、まことは言った。
「襲われた!? 大丈夫だったの? 絵美菜ちゃんは………」
うさぎは自分の血の気がサッと失せていくのが分かった。襲われたとあってはただ事ではない。更に怪我をした言うのなら、絵美菜のことを頼まれた夢に合わす顔がない。
「ああ、精神的には参っているが、怪我をしたわけじゃない。大丈夫だ」
「でも、危ないところだったんだけどね………」
まことの説明を、美奈子が補足する。
「そう………。よかった………」
うさぎは胸を撫で下ろした。
「音楽室のピアノに、毒蛇がいたんだ。明らかに故意によるものだ。絵美菜の行動を知っていて、毒蛇をピアノに潜ませたやつがいる」
「毒蛇!?」
うさぎは目を見開いて驚きを示した。
「穏やかじゃないわね………」
亜美は右手を顎に添えた。
「ちょっとぉ! あたしにも分かるように説明してくれない?」
レイは事情が飲み込めない。
「すまない。あたしが説明するよ」
まことは言うと、事のあらましをレイに説明した。
「………呪いの台本って言うのが、ちょっと気になるけど………」
話を聞き終えたレイが、神妙な顔付きで唇を噛んだ。
「あたしとしちゃあ、呪いなんてあんまり信じてないんだけどね。でも、もし仮に本当に誰かの呪いだったら、レイの力も借りなきゃならない」
まことは言った。レイの霊感は飛び抜けている。テレビのドキュメンタリー番組に出演しているような霊能力者などとはレベルが段違いなのだ。
「問題は、本当に犠牲者が出てるってことよね」
亜美も呪いのことはあまり信じていないようだった。それよりも、ここ数年で本当に死者が出ているということが問題なのだ。
「今日のことと、何か関係があるのかしら………」
「今の段階では何とも言えないわね。でも、東京都心の高校の音楽室に毒蛇だなんて、人為的だとしか思えないけどね」
うさぎの疑問に答える形で、美奈子は言った。
「毒蛇の種類は?」
「若木っちが調べてる。『まむし』じゃないかって言ってる」
「そう………。毒蛇の種類から犯人の手掛かりが掴めるかもしれないと思ったけど、『まむし』だと特定するのは難しいわよね………」
海外産の毒蛇なら購入ルートから犯人を突き止めることができるかもしれないと考えた亜美だったが、当てが外れた。国内産の「まむし」では多少の知識のある者なら、自分で捕獲することができるだろう。
「でも、若木さんが動いてくれているのは心強いわね」
「あたしが指名したのよ。あたしたちが動くとなれば、若木っちに絡んでもらった方が動きやすいしね。警察からの情報も取れるしさ。一応、セーラーVはまだ夏菜姉さん直属の秘密捜査官だから………」
美奈子は「いひひ」と妙な笑い声を漏らした。
「ある程度は自由に動いていいってことね」
「限度はあるけどね」
レイが確認すると、美奈子は僅かに肩を竦めた。自分たちの正体を知っているのは、あくまで警視総監の桜田夏菜と若木警部補のふたりだけである。自分たちの行動をフォローするにも限界があるだろう。
「間違って補導されたときに、面倒見てくれればいいわよ」
「そうね」
美奈子は肯く。
「あたし、若木さんにコンタクト取ってみるわ。ちょっと調べてることがあるし………」
「亜美ちゃんが?」
初耳だったので、うさぎは怪訝そうな表情を示した。
「演劇部の麻理恵さんと響さんて知ってる?」
「あ、ああ」
肯いたのはまことだ。
「そのふたりに頼まれたのよ………。まぁ、成り行きではあったけど」
「おいおい。大丈夫なのか? 演劇部のふたりは練習があるから、実質は亜美ひとりで動くことになるだろう?」
「海野君もいるわよ」
「あ、あいつは頭はいいけど、体力の方は頼りないからなぁ…………」
まことは渋面を作る。
「大丈夫よ。犯人に行き着きそうになったら、すぐに若木さんに連絡するから」
「わたしもまもちゃんに連絡しとく。まもちゃんの大学に、十番高校の卒業生いるかもしれないし………」
「そうね。当時の人たちからの情報は貴重だわ。あたしも明日、なるちゃんに頼んで、西園寺瑠衣さんと会うことになってるの」
「相変わらず、行動が素早いわね」
亜美が言うと、美奈子は感心したように言った。
「あたしはどうすればいい?」
メンバーの中で、レイひとりが十番高校の生徒ではない。レイが行動できる範囲も、自ずと限られてくる。
「あさっては日曜日だ。特に用事がなければ、十番高校に来てもらって、校内の霊視を頼みたい。呪いのような霊的な何かだったら、レイがくれば分かるだろう」
「分かったわ。午後からなら時間が取れる」
まことの意見に、レイは肯きながら答えた。
「レイと一緒に校内を霊視する担当は、うさぎがやってくんないか?」
レイが肯いたのを確認すると、まことは申し訳なさそうにうさぎに言った。
「え!? まこちゃんは?」
日曜日は当然衛とデートする約束になっている。うさぎとしては事件の調査も重要だが、衛とのデートもすっぽかすわけにはいかないのだ。
「あたとし美奈は、演劇部の練習があるんだよ。校内にはいるけど、一緒に行動はできない」
「う〜〜〜。し、仕方ないわね………」
友達の命が関わっているだけに、うさぎも駄々を捏ねるわけにはいかなかった。
「じゃ、明日は夕方火川神社に集合して、その日集めた情報を交換することにしよう」
美奈子がその場を締め括った。
「………と、言うことで、まもちゃん。あさってのデートはオアズケになっちゃったの。ごめんね!」
家に帰り着いたうさぎは、早速衛に電話をし、事件のことを話した。
「分かった、気にするな。じゃあ、俺の方は大学で情報を集めればいいわけだな?」
デートが一回できなくなったくらいで怒る衛ではない。既に自分がすべきことを確認している。
「うん。まもちゃんの大学にも十番高校の卒業生いると思うし………」
「分かった、その件は任せろ。後は、俺独自に過去の事件を調査してみることにしよう。亜美が調査をしているんだよな?」
「うん。亜美ちゃんと海野が中心になって、調査をしているらしいわ。警視庁の若木さんも動いてくれてる」
「そうか、ならふたりからも情報を集めて、連携して調査するようにしよう。公演までそんなに時間がないからな。無駄な動きはしたくない」
「うん、そうだね。じゃあ、亜美ちゃんのケータイの電話番号とメアドを教えておくね。パソコンの方にメール入れておく」
「すまん。そうしてくれ」
うさぎは電話を切ると、今度は自分のケータイを鞄から取り出して、衛のパソコンへ亜美のケータイの電話番号とメールアドレスを書き記したメールを素早く送った。
衛宛のメールが送信完了したと当時に、ケータイから「ムーンライト伝説」の着メロが流れて来た。液晶の画面を見ると「有栖川 夢」の文字。
「夢ちゃん?」
うさぎは直ぐに通話ボタンを押した。
「月野先輩………」
受話器の向こうの夢は泣いているようだった。その理由が分からないようなうさぎではない。
「大丈夫。夢ちゃんが心配することはないよ。あたしたちが、必ず事件を解決するから」
今は元気付けてあげるしかない。そう判断したうさぎは、力強くそう言った。
「なんにも言ってないのに、月野先輩はみんな分かってるんですね」
夢の少しばかり驚いたような声が聞こえてくる。
「月野先輩は、正義の味方だからね!」
うさぎは戯けたように言った。受話器の向こうから、夢の「くすっ」と言う笑い声が聞こえてきた。
「不思議ですね………。月野先輩と話していると、だんだんと元気が出てきます。電話する前は凄く不安だったのに、今はなんだか安心した気分です」
夢の声には元気が戻っていた。うさぎも嬉しくなる。
「勝負はあさってかな………。あたしの勘だけどね」
「あさって………。日曜日ですね。あたしも部活で学校にいます。何かあった時は、あたしも協力しますね!」
「うん。頼むわよ」
当てずっぽうで言ってはみたものの、本当に日曜日が勝負のような気がしていた。