ギルガメシュ


「二時の方向から三体! 五秒後に正面から二体。三秒遅れて、続いて二体!」
「肉体労働は専門外なんだけどなぁ!!」
 マーキュリーが発生させた霧によって、一メートル先も見えない中、ノスフェラートはマーキュリーの指示によって、手にした剣を振るう。
 右斜め前方より、霧を抜けて視界に飛び込んできたバッタ人間三体を四秒で(ほふ)り、直後に正面に接近してきた二体に対処する。一息付く間もなく、更に二体を斬り捨てた。更に一体を斬る。マーキュリーの指示にはなかった相手だ。
「水巫女! 指示が遅ぇ!!」
 ノスフェラートは剣を腰溜めに構えて、そのまま前方に走り出す。
「ダ、ダメ! こっちに退()がって!!」
「!?」
 悲鳴のようなマーキュリーの声に引っ張られるように、ノスフェラートは殆ど反射的に後方に飛び退いた。入れ替わるように、マーキュリーが自分の前に飛び出したのが分かった。次の指示を出さなかったのは、自分が自ら前面に出るつもりだったからなのだろう。
水蜃気楼(マーキュリー・アクア・ミラージュ)!!」
 だがその攻撃が不発だったということが、ノスフェラートには気配で分かった。前方から怒濤の如く迫り来る圧倒的なプレッシャーを感じた。この圧倒的なプレッシャーに対抗するためにマーキュリーが自ら前面に躍り出たこと、そして逆転を狙った彼女の技が不発だったことで、彼女自身が危険な状態になったことを、ノスフェラートは瞬時に悟った。バッタ人間たちは特殊な攻撃能力を有しているわけではないが、大地を蹴る強靱な足とあの頑強そうな顎は驚異だった。それに、やつらは対象物を“自爆”によって破壊するように意識漬けされている。
「怒るなよ、水巫女!!」
 そう断ってから、ノスフェラートはマーキュリーの右腕をむんずと掴んで、強引に自分の方に引き寄せると、無理矢理に地面に押し倒した。そのまま、マーキュリーの体を包むように覆い被さった。その上を、バッタ人間の大群が通過していく。かまびすしい羽音が耳に煩わしく、土煙で呼吸がまともにできない。背を蹴られることは殆どなかったが、皆無でもなかった。ノスフェラートは、バッタ人間たちに背を蹴られても、呻き声ひとつあげずに耐えた。バッタ人間の大群が通過しきるまで、ふたりは身を強張らせてその場で待った。僅か一分足らずの時間だったのだが、ふたりには一時間に匹敵するほどの時間だった。
 羽音が遠のいていく。
「どうなってやがる!? 倒しても倒しても、元通りに復元して復活しやがる」
 両腕を立てて上体を起こし、ノスフェラートは自分の下になっているマーキュリーに問うた。土煙が完全に治まっていないので、口を開けたことで口内に埃っぽさが広がった。マーキュリーが応じようとしていたので、とても不快そうな表情をしてから首を横に振って、少し待てと目で伝えた。唾液で口の中を洗浄しようと、ノスフェラートは口を閉じたままモゴモゴとした。
「この『歌』のせいよ。この『歌』が聞こえているかぎり、バッタ人間たちは何度でも甦るわ」
 土煙が大分治まったので、マーキュリーは口を開いた。口で呼吸をしないようにしてしゃべったので、なんだが舌足らずな口調になってしまった。
「うがいしたい気分だぜ」
 ノスフェラートは立ち上がりながらそう言うと、完全に立ち上がってから二−三度唾を吐き捨てた。背中に痛みが走ったが、表情には出さなかった。
 マーキュリーはゆっくりと身を起こしながら、気恥ずかしさを打ち消すように、突っ慳貪に「ご愁傷様」と言った。咄嗟のことだったので考える余裕がなかったが、男性に強引に押し倒された挙げ句に身を押さえ付けられたのである。場合が場合なら、悲鳴ものである。頬が紅潮していくのが分かったから、マーキュリーはバッタ人間たちの行方を追うように見せて、ノスフェラートに背中を向けた。当てずっぽうに向いた方向だったのだが、幸いにもバッタ人間たちが去っていった方向に寸分違わぬ向きだった。バベルの塔の壁面が、少し離れて見える。バッタ人間たちと戦っているうちに、随分と塔から離されてしまっていたらしい。ゴーグルで観察すると、バッタ人間たちが壁面に取り付いて自爆を始めたところだった。
「幸い、連中は俺たちは眼中にないらしいが、このままじゃギルガメシュが防衛システムを作動させちまう。巻き添えを食うぞ」
「そんなこと言ったって……。あ、待って、これは……!?」
 マーキュリーは耳を澄ますような仕草を見せた。ノスフェラートも、“それ”に気付いた。
「ん? なんだ、これ? この場に激しく似つかわしくない、綺麗なヴァイオリンの音色は」
ネプチューン(みちるさん)だわ!」

 無粋な輩だ。
 ヒアデスは思った。
 何という名の楽器の音色なのか分からないが、音色そのものはとても美しいと思った。この音色に、自分の歌を乗せてみたいとも思う。しかし、今はそんな感傷に浸っている時ではない。ハスターから受けた命を遂行せねばならない。気が進まない指示だから、ヒアデスはたっぷりと時間を掛けていた。ハスターがしびれを斬らしてくれたら、この作戦そのものが中止になるかもしれない。だから、自分のこの想いを無にするようなこの音色にのって、闘気溢れる気配が近付いてきたのを察知して、ヒアデスはがっかりした。
「この美しい音色を奏でている者は、そなたらの仲間か?」
 ふたつの気配を間近に感じたので、ヒアデスは歌を休み、そう問うた。知っている気配だった。シルバー・ミレニアムの残党どもが暮らしていた村落を襲撃したときに遭遇した、あの連中だと分かった。
「そうだけど、何かご不満でも?」
 ふたりのうちの背の高い方のセーラー戦士が、そう答えてきた。闘気がとても高い。対して、もうひとりからは、あまり闘気を感じなかった。
「いや……。そなたらの中にも、このような美しい音色を奏でる者がいることに、幾ばくか驚きを感じた故」
「みちるを誉めてくれるのは嬉しいけど、その反面、あたしたちを馬鹿にしているようでもあって、少しばかりムカッと来たんだが」
「そうお気を悪くなされませぬように……。先の言葉には、そのような意図は御座いませぬ」
 ヒアデスはニコリと笑う。
「名をお聞かせ願えますか? 我は……」
「覚えているよ。セーラーヒアデスだろう?」
 背の高い方のセーラー戦士が、馬鹿にするなとばかりに鼻を鳴らした。
「覚えていてくださったとは、光栄の至り」
「嫌いなヤツの名前は、すぐに覚えるタチでね。あたしはウラヌスだ。セーラーウラヌス」
「そなたは?」
 ウラヌスと名乗った背の高いセーラー戦士の隣で、仏頂面をしているセーラー戦士に、ヒアデスは顔を向けた。問わなければ、名乗る気がなさそうだったからだ。
「セーラーアスタルテ」
 案の定、素っ気なく名乗ってきた。
「よろしく。シルバー・ミレニアムの戦士の方々」
「へぇ、分かるんだ?」
「はい。この世で最も愚かな女王が統治していた、矮小にして劣悪なる国家の戦士たち」
「てめぇ……」
「女王セレニティは、カリスマ的な魅力に長けてはいたが、同時に臆病かつ強欲なる指導者でもあった。その証拠に、シルバー・ミレニアムに属する星の守護を受けし戦士たちの数は、全宇宙で最大。あのような小さき国家には、多すぎる数。それだけの戦士がいながら、何故滅びた?」
「!?」
「強き戦士が多く属していても、生かせなければ飾りも同然。そして、多いが故に、おのおのが充分にその能力を発揮できない。如何か?」
「……」
 ウラヌスは答えに詰まった。正にその通りなのだから。クイーン・セレニティは、外からの侵入に対して過剰なほど警戒していた。だから、能力の高いセーラー戦士たちは、外からの侵入に対して監視する任を与えられていた。直接的な外部からの侵入を監視していた自分やネプチューン。時空間を超えて侵入する敵を警戒して設けられた時空の扉には、時間の流れそのものを操ることが出来るプルートがいた。冥界からの侵入を監視する任は、カロンが就いていた。その他の重要なポジションにも、能力の高いセーラー戦士が就いていたと聞いている。しかし、王都に常駐していたのは、四守護神の四人だけ。それも、プリンセス・セレニティの教育と警護を兼ねるために集められた若い戦士たち。その結果、大した戦闘能力も持たない一握りの地球人の反逆により、僅か数時間で滅亡するといった前代未聞の結末を迎えてしまった。与えられていた任をなげうって、救援に向かう間もなかった。あまりにも呆気ない最後だったのだ。
「さてお二方。このあとは、どうされるおつもりか? 我の邪魔をするのなら、いつぞやのように見逃すわけには参りませぬよ?」
「あたしは今、すこぶる機嫌が悪い。手加減はできないよ?」
「真に愚かな。所詮は、シルバー・ミレニアムの戦士。身の程を(わきま)えよ」
「随分な言い種だね」
「そなたらでは、我には勝てぬと忠告したはず」
「少年ものの格闘漫画にありがちな、戦闘力云々な話なら願い下げだ。あたしらは機械じゃない。潜在する能力が数値で割り出せるほど、単純に出来ていない」
「すまぬが、そなたの言葉の意味が理解できぬ」
「悪い。地球の文化の話だ。あんたにゃ、分からなかったか」
 ウラヌスは肩を窄めた。
「この星の文化には興味がある。お聞かせ願えぬか? さすれば、そなたらは我と戦わずして時間を費やせるぞ? 負け戦に臨むなぞ愚の骨頂。挑戦ではなく、無謀」
「その余裕。いつまで保つかしら?」
「我は心の目を持つ者。侮っていると、痛い目を見ることになるが?」
「どうかな? このネプチューン(みちる)のヴァイオリンの音色があるかぎり、あたしたちに負けない」
 ウラヌスは余裕の笑みを浮かべた。ヒアデスの「歌」は、ネプチューンがヴァイオリンの音色で打ち消してくれる。
「……だから、愚かだと申したのだ」
 ヒアデスは失望したように、俯いてゆっくりと首を左右に振った。そして、おもむろに顔を上げる。
「では、参ります」
「!? ウラヌス(はるかさん)! 退()がって!!」
 瞬時に身の危険を察知したアスタルテは、前方にシールドを張りながら叫んだ。

 轟音は大気を揺るがせたばかりか、激しい地響きを伴っていた。
 何が起こったのかと、マーキュリーが顔をそちらに向けると、空間そのものが高熱で真っ赤に染まっている光景を目の当たりにした。まるでそこに、太陽でも出現したかのような錯覚をマーキュリーは覚えた。
「何だ!? 何が起こったんだ!?」
 ノスフェラートも舌を巻いている。全く予想していなかった展開である。バベルの塔に向かうどころではない。自分たちの場所から距離はあるが、それも今のところはという程度である。この場にいても巻き込まれないという保証はない。
「凄まじいエネルギーだわ!」
 計測された数値を見て、マーキュリーも驚きを隠せない。戦略核並のエネルギー数値だった。
『ゴメンナサイ、退避します! 御武運を!!』
 切羽詰まったようなタンプリエの声が、ひどい雑音混じりで届いた。
「タンプリエちゃん!?」
 マーキュリーは応じたが、雑音が響くだけで、タンプリエから返事が送られてくることはなかった。
「どうした!? タンプリエとの通信が快復したのか!?」
「一瞬だけ、ね……。また、繋がらなくなったわ」
 マーキュリーは力なく首を左右に振った。その落胆振りが尋常ではなかったので、ノスフェラートは眉間に皺を刻む。
「水巫女?」
「あたしたち、見捨てられちゃったみたい……。退避するって」
「タンプリエが俺たちを見捨てるだと?」
 あり得ない。ノスフェラートはそう続けてから、灼熱の空を見上げた。
「あれが原因か……。俺たちを置き去りにしなければならないような事態が起こっていると、考えるべきか」
 何が起こっているのか考えるだけで、震えが起こりそうだった。
「どうするの?」
「どちらにしても、この場に留まっていることは危険だ。ヴァイオリンの音色も聞こえなくなっちまった。間もなく、バッタ人間どもも活動を再開する。バベルの塔の中に入ることが、俺たち自身の身を守ることにも繋がる。少々、博打なところがあるが……」
 ギルガメシュが味方となる確率は、ノスフェラートの中では五分だった。しかし、退路を断たれてしまった以上は、前進するしか道はない。
「どこに行く気かなぁ? おふたりさん」
 場違いなほど軽やかな声が、ふたりに投げ掛けられた。声の主を捜してふたりがキョロキョロとしていると、人の影がひょいと左側から視界に飛び込んできた。
 小柄な人物だった。少年のような顔立ちをしていて、驚くノスフェラートとマーキュリーの顔を交互に見ると、ニイッと白い歯を見せた。
「誰だ、お前?」
 警戒色の濃い声音で、ノスフェラートは問うた。
「やだなぁ、エンキドゥだよ、ノスフェラート。忘れちゃったの?」
「なに!? エンキドゥだと!? ふざけるな! 俺はエンキドゥの顔を知っている。やつは、お前のようなガキじゃない」
「ああ、それは先代のエンキドゥだよ」
「先代だと!?」
「そう。エンキドゥは地球人だからね。時期がくれば肉体が滅んじゃうんだ。先代のエンキドゥが滅ぶと、次のエンキドゥに魂と記憶が受け継がれる。そうやって、永遠にギルガメシュを守るのが、エンキドゥの勤めなんだ。分かった、ノスフェラート?」
 少年は一気にそこまでしゃべると、また白い歯を見せて笑った。
「オーケー、分かったよ。じゃ、お前がエンキドゥということにしよう。で、俺たちの前に現れたのは、どういう了見だ?」
「もちろん、偵察」
「俺たちは敵じゃないぜ」
「ノスフェラートは敵じゃないかもしれないけどね。こっちの綺麗なお姉さんは分かんないからさ。そのスタイルは、シルバー・ミレニアム直属だろ?」
 値踏みするような目でマーキュリーを見てから、エンキドゥはノスフェラートに顔を戻して尋ねた。マーキュリーが何か言いたそうだったが、それを制してノスフェラートは答える。
「心配するな。彼女も敵じゃねぇ。驚くなよ。彼女は四守護神だ」
「え!? じゃあ、セレニティも近くにいるの!?」
 期待をはらんだ驚きようだったので、マーキュリーは胡散臭さを感じていた。この口調だと、彼(彼らか)は、プリンセス・セレニティ―――つまりは、うさぎに何らかの関心を持っているということになる。理由が判明するまでは、心を許すわけにはいかないかもしれないと、今のエンキドゥの反応を見て、マーキュリーは感じていた。
「お前らのことだ。飛空艇が来ていたのはもう分かってるな? その飛空艇に、プリンセス・セレニティが乗っている」
「ノスフェラート!?」
 何を言い出すのかと、マーキュリーは責めるような視線をノスフェラートに向けた。ノスフェラートは、「俺に任せろ」と目顔で答えてくる。マーキュリーはそれ以上は何も言わず、そのまま引き下がった。
 エンキドゥは、今のマーキュリーとノスフェラートのやり取りを、勝手に勘違いした。つまり、飛空艇に本当にセレニティが乗っていると思い込んでくれたのだ。
「セレニティには要事がある。会わせておくれよ」
「ああ、分かった。だが、その前にギルガメシュに会わせろ。訊きたいことがある」

 バッタ人間たちは再び活動を再開していた。時々微弱に感じる震動は、塔に取り付いたバッタ人間たちが、バリアの時と同じように自爆をしているからなのだろう。だが、あの程度の火力では、幾ら数で攻めて来ようとも、このバベルの塔の外壁には傷ひとつ付けられない。何故、こんな無駄なことをやっているのかと訝しんでいると、背後に複数の人物の気配を感じた。
「凄いわね。まるでプラネタリウムみたい」
 女性の感嘆した声が聞こえてきた。清らかな水のように澄んだ声だと、ギルガメシュは感想を持った。
「洒落たことを言うね、お姉さん。凄いだろ? ここの自慢なんだ」
 言葉通りの自慢げなエンキドゥの声が続いたので、ギルガメシュは体を巡らせた。
「エンキドゥ。どうしてふたりをここへ連れてきた!?」
 ギロリとエンキドゥの顔を睨むと、ニヤニヤと嬉しそうな笑みを浮かべていたエンキドゥの顔から、まるで潮が引くみたいにその笑みが消えていった。
「え? だって、このセーラー戦士のお姉さんは四守護神だって言うからさ」
 言い訳がましく、エンキドゥは答えた。ギルガメシュは厳しい表情を変えない。
「ノスフェラートの言葉など、信用に値しない。何のために、お前を向かわせたと思っているんだ!?」
 強い口調ではなかったが、エンキドゥはビクリと首を縮めた。
「ノスフェラート。あなた、全く信用がないみたいね?」
 マーキュリーは囁くようにそう言ってから、ギルガメシュという人物を観察した。髪は歌舞伎を連想させるボリュームがあった。そのボリュームのある髪を、極彩色に染め上げているので、かなり派手に見える。見てくれだけで判断すれば、マーキュリーからすればギルガメシュの方こそ信用できない相手に思える。粗野な言葉遣いをするのかと思っていたが、予想に反して比較的丁寧な言葉遣いをする人物だった。年の頃は二十代の半ばくらいだろうか。ノスフェラートより若く見える。
「全くだぜ」
 マーキュリーがギルガメシュを観察している横で、ノスフェラートは彼女の言葉に応じて、わざとらしくお手上げのポーズを取った。
「もう少し、俺を信用してもらいたいものだ。同じ、元ブラッディ・クルセイダース十三人衆じゃないか」
「お前のやる仕事(・・)は信用している。だが、お前個人は全く信用していない。蝙蝠(・・)のノスフェラート」
「嫌な通り名だな」
 ノスフェラートは渋い顔をした。マーキュリーがチラリと見ると、彼は彼女に対して初めてバツが悪そうに苦笑した。今まで、こんな表情を見せたことは一度もなかった。「蝙蝠」と言うと、やはりイメージは良くない。だが、今彼が見せた表情は、「蝙蝠」と言う名称の別の側面に対して抱いている感情のように思えた。
「さて……」
 何か言い返したそうなノスフェラートを軽くあしらい、ギルガメシュはマーキュリーに顔を向けてきた。
「あなたは、本当に四守護神なのか?」
「ええ、セーラーマーキュリーよ」
 訝しげな目で自分を見ているギルガメシュま顔を、マーキュリーは真っ直ぐに見詰め返した。ギルガメシュの瞳の色が、「怪訝」から「詰問」に変わった。
「何故、四守護神が単独で行動している?」
「色々と、事情があるのよ」
「他の四守護神とセレニティは、『方舟』にいるんだよ」
「お前は黙っていろ、エンキドゥ!」
 横槍を入れてきたエンキドゥを強い口調で制した。エンキドゥはビクリとして首を引っ込めた。この時、エンキドゥが言ったことはあながち間違いではない。うさぎたちは今現在、本当に「方舟」に乗って移動していたのだから。ただ、バベルの塔に向かっているのではなく、彼女たちは彼女たちの事情で、日本に向かっていた。
「セレニティは一緒ではないな?」
 ギルガメシュが更に問い詰めてきたから、マーキュリーは傍らのノスフェラートに視線を投げて寄越した。本当のことを言っていいのかと、目顔で尋ねる。
「バレちゃあ、しょうがねぇ」
 大岡越前に罪を暴かれた罪人が如く、ノスフェラートは目を必要以上に大きく見開きながら、首をグリグリと回した。
「騙したな、ノスフェラート!」
「騙されたお前が悪い。俺は狼少年だからな」
「さっき、蝙蝠って言われてなかったっけ?」
「水巫女! お前が突っ込むんじゃねぇ!!」
「貴様ら……」
 ギルガメシュが額に青筋を立てているが、ノスフェラートは無視をした。
「そんなことより、いいのか、このままで? 連中をこのまま野放しにしておくのか?」
 さらりと話題をすり替えた。ギルガメシュは、そんなノスフェラートの顔をチラリと見てから、鼻先でふんと笑った。ギルガメシュの嘘に対して、エンキドゥのように激高することはなかった。端から信用していないのか、それとも言葉とは裏腹に、実は信用しきっているのか、マーキュリーには推し量ることはできなかった。
「貴様に言われるまでもない。バリアの内側に侵入してきたインセクターどもは、たった今殲滅した。エンキドゥに礼を言うのだな。あのまま塔の近くにいたら、貴様たちも同じ運命を辿っていたはずだ」
「そうか、そりゃ助かった。ありがとうよ、エンキドゥ」
「ふんだ!」
 完全に機嫌を損ねてしまっているエンキドゥは、そう言うとソッポを向いてしまった。
「でも、根本的な解決にはなっていないわ」
 マーキュリーが、話に割って入った。
「バッタ人間―――あなたたちの言うインセクターを操っている者がいるわ。その者を倒さない限り、同じことの繰り返しよ」
 余裕を持つのは良い。しかし、得てして、その余裕から油断が生まれるものだ。
「ご忠告ありがとう、四守護神殿。だが、別に構うことはない。あの程度のことでは、このバベルの塔は揺るがない」
「大した自信ね……。だけど、自信過剰は……」
 マーキュリーは最後まで口に出すことはできなかった。突然襲ってきた激しい揺れによって、大きく体のバランスを崩してしまったからだ。倒れそうになるマーキュリーを、ノスフェラートが背後から支えた。
「なんだ!?」
 ギルガメシュが、初めて動揺した。