☆第五話☆


「あ、ベリルさん!」
 アースは、壁を砕いていた手を止めて、精一杯にっこりとした。
「もう、待ちくたびれちゃって、ちょっと遊んでたんです。気にしないで下さいね!!」
 それは、遊んでたのではないような気が、ひしひしとするのだが・・・(爆)
 そんなことはともかく、アースとベリルは、やっと二人きりで会えたのだ。
「プリンセスは、とってもおちゃめなかたですのね。・・・ところで、どうして私をお呼びになったのです?」
 どこをどう見たらおちゃめなのか良くわからないが、ベリルは本題に入ろうとしていた。もし、自分の正体がわかったのならば、速やかに始末するか、催眠術で操るかしないといけなかったからだ。このプリンセスに、果たしてプリンスのような知恵があるのかどうか、見分けるチャンスでもあった。
「ベリルさんって、女の方なのに、すごく強いでしょ?だから、私も見習いたいなぁ、と思って。」
 アースは純真な顔つきで言った。そこには、強い憧れの念しかなかった。
 正直、ベリルはがっかりした。兄のプリンスはとても賢いと評判だったからだ。妹のプリンセスは普通だった。評判にならないはずである。
「どうしたら、そんな風になれるの?」
「別に、特別なことはしていません。自分の正しいと思った道を、歩くまでですわ。」
 ベリルは、このプリンセスをこちら側に引き入れることにした。ただし、相手が気づかないよう、こっそりと、だが。
「プリンセス、そんなに強くなりたいのでしたら、お守りを上げますわ。」
 ベリルはふところから、紫色の小さな巾着袋のようなものを出した。
「これは?」
 興味津々という顔で見るアース。
「これは“夢小袋”というもので、夢の中で自分を正しい道へ導いてくれますの。これをもって寝れば、心が自然と強くなりますわ。」
「ありがとう!」
 満面の笑みで去っていくアースを見つめながら、ベリルは低く笑っていた。


−☆−
 夜・・・。
 ベリルは早速アースの夢を見る準備にかかった。あの“夢小袋”は持ち主の夢を見たり、都合のいいように書き換えたりできるようにする代物だった。
「□※○∞§#・・・。」
 なにやら呪文を唱えている。
ユラッ・・・
 ベリルの前にある水鏡がゆれた、と思うと、そこには眠っているアースの姿が映し出された。
「@▽♂#∞&*▽■・・・」
 また呪文を唱えだすベリル。
パシャン!
 ベリルが持っていた杖で水面をたたくと、水鏡に映っていたアースの姿が消え、一人の少年の姿が映された。
(ん?こいつは・・・?)
 王宮の中で、一度も見たことのない顔だった。
 じっと水鏡を見ていると、場面が変わっていった。アースとその少年は楽しそうに花輪を作っている。
〔そやつは、地球国を中から守る、エリオスというやつだ・・・。〕
 どこからともなく不気味な声が聞こえてくる。
「エリオス?」
〔そやつの存在を逆手に取り、小娘をこちらに引き入れるのだ。よいな?〕
 姿も顔も見えない。けれど、ピリピリと当たる視線が痛い。返答如何では、お前はここから出られないと空気がいっていた。
「・・・はっ。」
 だんだん強くなっていくあのお方・・・。
 無性に怖くなった。
 けれど、そんなことは言って入られない。ベリルはアースの夢を書き換えた。なかなかの出来だった。

−☆−
 アースは夢を見ていた。
 途中までは、楽しい夢だった。
 エリオスと野原で遊んでいた。
 花輪を作ったり、追いかけっこをしたりした。
 けれど、急にエリオスが融けた。融けたとしか、言いようがなかった。
 どろっと、顔の肉がもげ、苦しそうにうめき、自分に手を伸ばしてきた。
 何も考えずに、のけぞった。
 怖かった。
 一生懸命逃げた。
振り返れなかった。
 途中、はっと気が付いた。
 自分には、逃げることしかできていなかった。助けることも、手を差し伸べることもできなかった。
 悔しかった。
 自分には、何もできない。
 人を助けることも、手を差し伸べることも、すべて、できない。
 悔しい。
 悔しい、悔しい、悔しい!!!
 そこで、目が覚めた。
 気が付くと、ベリルからもらった“夢小袋”をしっかりと握り締めていた。

−☆−
「どうでした?プリンセス。」
 ベリルはにこやかに話しかけてくる。
「ベリルさん・・・。すごくいやな夢を見たの・・・。好きな人が融けていって、助けてっていってるのに、あたしは手を差し伸べられなかったの。」
 うつむきながら話すアース。よっぽどショックだったようだ。
「それは、何かの表れかもしれません。その人には近づかないほうがいいでしょう。」
 心配そうに言うベリル。けれど、その夢はベリルが作り出したもの。せりふは決まっていた。
「えっ!でも、そんな・・・。」
 狼狽するアース。
「もう少し、詳しく教えてください。そうすれば、正しい道がわかりますわ。」
 アースはその言葉にこっくりとうなずいた。
 やはり、あの少年はあのお方の言うとおり、地球の守護祭司、エリオルだった。なんでもアースが言うには、あの少年はいつでも自分たちを見守ってくれている、というのだ。
「プリンセス、・・・お気の毒ですが、それはうそでしょう。」
「うそ!?」
 思わず叫んでしまうアース。
「はい。エリオスはあなたの力を奪うためにあなたに近づいてきたのです。純粋なあなたなら、すぐだませると思ったのでしょう。こいつは、夢の中から侵入してきて、あなたの力を奪おうとしたのですわ。けれど、私が上げた“夢小袋”のおかげで、化けの皮がはがれたのです。夢の中で、あなたが逃げたのは良い選択でした。」
「そんな・・・。そんなこと、あなたがいうことでも信じたくない!!!」
 アースは、そう叫ぶと走り去っていった。
 信じていなくても、ただ、心にさざ波を立てるだけでいい。それだけで、疑う心は広がるのだから。
 ベリルは笑っていた。
 その笑いは、うまくいったという笑いだけでなく、なにかを嘲る笑いも含まれていた。