ACT3 別離 (Part28)
「この件も終わってテストも終わったら、きりんも入れて玉砕パーティーね、約束ね」
鼻をすすって気を取り直したように、セーラームーンは学生気分をアピールする。あえて。帰らねばならない理由を増やし、己を鼓舞するように。
「玉砕って、多分……兎和( ちゃんだけよ」)
泣き腫らして若干充血した目を向けて、火織はセーラームーン( をたしなめた。)
「え~。ジュピター( さんは勿論きりんも成績優秀だけどぉ、火織ちゃんは勉強してないでしょ」)
ソルジャーマースの変身を解いた火織と共に、セーラームーンとジュピターは五階建のアパートの屋上に移っていた。結界を解除したので、人目につかないように。アスファルトがどろどろに融けてしまった舗道も、付近の住民が通報したようである。
「それなりに勉強してるわよ。私が赤点取るのって、画的に駄目でしょ?」
「う、う~ん」
火織の展開した理屈に、セーラームーンは首を傾げる。視点がどっかズレている、気がする。
「今日からでも、うさぎちゃんが試験勉強に専念できるように、邪魔者をささっと片付けに行きましょうか」
十番中学の方角に身体を向けて、ジュピターが肩越しにセーラームーンを眺めやった。
「今更勉強……手遅れじゃない?」
火織の鋭い舌鋒が割り込んだ。
「人のやる気削がないでよ~」
「最初( から『玉砕』なんてのたまう人が何言ってるの」)
反撃の余地無し。そうだ火織( はこーゆーヤツだった、とセーラームーンは肩を落とす。)
「必ず……勝つって思わないと」
火織がふと言った。それはテストの助言のようでいて、真意は別のところにある。
『月闇』に属していた以上、軽はずみに言うものならば、あっさりと鞍替えする軽薄さを喧伝するような一言であったけれど。セーラームーンもジュピターも、そんな意地の悪さとは無縁であった。
逆に、押し出された一言の重みを察する。そうやすやすと割り切って、恩人の遺命に背き、仲間を裏切れるものではない。まだ、実際には動けないという自縛の態が、彼女の辛苦を物語っていた。
「十番中学は、尖兵となる妖魔のプラントになっているわ、気をつけて」
まだ共に戦えるほど心の整理ができていない。情報を言い添えて、背中を後押しすることが、今の火織には精一杯であった。
しかし、それで充分火織の気持ちは伝わっていた。痛いほどに。
「さくっと勝って、幸先良くテストにチャレンジするからね」
「その意気その意気」
見送る火織と笑顔を交わし、ふたりのセーラー戦士は、十番中学へと出発した。フルスピードで。★
今日は普通に、本来自分が通う芝中学校に行くつもりであった美菜子は、藍から連絡を受けて連日の十番中学通いの羽目に陥った。
火川学院で寝泊まりした翌日なだけに、真面目に登校しようと思ったのだが。ヘタに母親を心配させると、泊まり先が悪かったと勘繰られかねない。楽しかったから。母親にそういう風に見られたくない。初めて仲間たちと過ごした一夜を。
こうした理由で、突然の十番中学行きにぶつぶつ言っていた美菜子であるが、鞄から彼女を観察していたエンは、彼女が戦士としての重圧から解放されたように見えた。好ましい傾向である。まだ13歳の女の子なのだ。
エンは見ている。十番中学急行を伝える内容には文句をこぼしながら、藍から電話があったこと自体には密かにはしゃぐ美菜子を。
仲間を得たことは、大きい。
「13歳でしょう。今から髪傷ませちゃ、いけないわよ」
昨晩、一緒にお風呂に入り終えたつかさから、脱衣所で髪を梳かしてもらいながら、美菜子はそう言われた。
ふたりずつ分かれてお風呂に入った。院内には、風呂場はふたつ設けてあり、浴槽は大人ふたり一緒に入れるくらいのスペースということで。みんなそれぞれ汗をかいていたから、来生たちが気を遣って新しくお湯を張ってくれた。兎和と藍、美菜子とつかさという組分けで。結局、お風呂に入ったら、いい気持ちになって、なし崩し的にみんなでお泊まりということになるのだが(言いだしっぺは兎和である。生還したばかりだから、無理して帰って体力使いたくないとか言って。なら、入浴と夜更かしはいいのかとツッコミたくもなるが)。
「ちゃんと食べていないのでしょう?だから、栄養が毛先まで行き届かないのよ」
「そうかも」
いたわってくれるようなつかさの声に、美菜子は答えた。本人も意外であったが、ちょっと甘えるような調子で、するりと唇から洩れた。
お風呂に入っている間、つかさは教えてくれた。3歳のときから、この火川学院にお世話になっていること。おかげで、炊事洗濯家裁、おまけに無免許だけど自動車バイクの運転まで覚えたということ。
自分よりずっと苦労しているのに、それを表に出さない。それどころか、笑い飛ばして、それを糧に色々なことを学習している。大人だと美菜子は思った。自分にはなかった、不幸を笑い飛ばす心の余裕を持った大人。
だから、つい甘えてしまったのかもしれない。
皆が寝静まったあと、美菜子は布団に潜りながら、胸に抱くエンに小声で囁く。
「今度ね、つかさ姉( が栄養満点の節約料理教えてくれるんだって。ママに作ってあげたら喜ぶかな、いい点数稼ぎになるよね」)
最後の一言がなければ孝行娘の科白になるのに、とエンは苦笑する。まあ、勝手に学校を休んだり脱け出したりしている非行っぷりのカバーは、切実な問題であるから。
つかさが料理してくれた夕食を思い出しながら、あんな風に手際よくおいしい料理を出せる自分を想像して、美菜子はわくわくする。
「おいしかったんだよ~、つかさ姉の料理。しかも栄養満点で安い」
牛の骨髄モアロ入りの、すり潰した魚肉ソーセージと小麦粉をつなぎに使って、微塵切りにしたキャベツ・玉葱の油炒めをまとめたグリーンハンバーグ、新鮮な自家栽培トマトの甘みと香りを活かした自家製ケチャップかけ。それと、日保ちがいいから前もってまとめて作っておいた、長時間煮込んで柔らかくした牛スジとこんにゃくの甘煮。
よだれが出そうになった口許に、思わず美菜子は手のへりを当て拭う仕草をする。
「全部にカタがついて、エン――エンディミオンが人間に戻ったら、おいしい料理作ってあげるからね」
美菜子はエンの頬を両手で挟んで顔の正面まで持って来て、言った。ひとつの誓約のように。生きるのだ、と。
美菜子の変化が、ここに象徴されていた。以前の美菜子にはないものである、生きて帰るという執念は。死んでも使命を全うするという気持ちは、一歩間違えれば安易に命を投げ出す軽率な自殺行為につながる。これまで履き違えていた戦士の責任を、美菜子は正しく身につけたのである。
美菜子はエンと共に十番中学を見張っている最中である。敷地の角のコンクリート塀に、背を預けながら。
先ほどまで張られていた人除けの結界は解除されていた。おそらく、火織のものであったから、何かしらの動きがあったのであろう。
校舎に渦巻く妖気がひしひしと伝わって来る。
藍との打ち合わせのとおり、合流して潜入したほうが無難である。藍のセンサーアイ( があれば、闇雲に敵地を動き回ることもない。)
「美菜子、危ない」
切羽詰まった藍の叫び声がした。唐突に。
振り向きざま、拳銃が目に入った。質感ある重苦しい光沢が本物であることを直観的に伝えた。サイレンサーを施されたベレッタ92F。米軍から横流しされた密輸品、警察で摘発したものを持ち出した――そんな入手経路を、美菜子が知るはずはない。
ただ、発砲されたことはわかった。変身前の生身の自分に。
「う、そ……」
エンが鞄から飛び出して、盾代わりになった。エナジーを弾丸の当たる腹部に集中して。
一発目の貫通をかろうじてくい止めて、エンは地面に転がり落ちる。
この間に、マーキュリー( が散弾銃のような威力を込めて水しぶきを放ち、銃撃犯の連射を妨げていた。相手は人とは思えぬ跳躍で、手短な校庭の公孫樹のてっぺんまで身を翻す。)
「妖魔っ」
マーキュリーは奥歯をぎりっと鳴らす。
妖魔を見上げたまま、エンを抱き上げて狼狽する美菜子に声をかける。
「美菜子、エンの容態は!?」
「様子が変だよ、あたしじゃ、あたしじゃどうにもならない」
美菜子が涙声で、マーキュリーの背中に訴えた。
マーキュリーは眼光で妖魔を牽制しながら、バンドで喉元に吊り下げていたセンサーアイを装着する。
「美菜子、なら貴女が敵を引きつけて。あたしがエンの容態を解析する」
視線を敵に固定したまま、マーキュリーは努めて冷静に、鋭く指示を出す。
美菜子は一秒エンをじっと見下ろした。戦闘中にあって、何もできないパートナーの無力を詫びるために要した時間。涙を拭って、駆け出す。敵を睨み上げながら。
マーキュリーの横を走り抜きざま、彼女の腕に、エンを託すと同時に叫ぶ。
「メイクアップ」
美菜子にしろ、兎和にしろ、つかさにしろ、セーラー戦士への変身にメタモルフォーゼペンを使う必要はもうなくなっていた。今の彼女たちの意志は、変身願望を叶えるぐらいしかできない水晶片( に頼らずとも、自分で願いを実現しようという毅さを持っている。)
金色のオーラを燃焼させて変身しながら、美菜子は妖魔めがけて駆け上がる。
だが、敵妖魔の顔を肉眼に捉えたとき、ヴィーナス( は躊躇した。)
「あ、貴方は……」
見たことある顔であった。以前、アクアとの戦闘で自分を助けようとしてくれた人物の顔を、美菜子は忘れるはずがなかった。地鎮( という苗字の、怪盗セーラーマーキュリーを追っていた警部。)
突然、校舎から、火織のものとは別の結界が肥大し、十番中学を包んだ。
結界の外にいるにも関わらず、近くにいるだけで冷たい刃物を突きつけられたような圧迫感。この異質な感覚に、ヴィーナスは覚えがあった。
(ミネルヴァ)
その間に、妖魔・地鎮は更なる変貌を遂げていた。右手が手中の拳銃と一体化し、五本の指から弾丸が撃ち出される。
「美菜子、受けちゃ駄目。その弾( はエナジーそのものに侵食する」)
「え」
地上からのマーキュリーの声。だが、上方から放たれた弾丸を避けるには間に合わない。
ヴィーナスは、両手を前に出して、盾を錬成する。錬成する速度が以前よりも速くなっていることを自覚しての、咄嗟の判断であった。――『朱雀』が裡で滾っている、自分の怒りを餌に。
次の瞬間、ヴィーナスは驚愕する。防ぐには防いだが、弾丸を受けたところから、盾が霧消していく。盾を構成するエナジーが消化されていく、そんな感じである。
「浄化の“闇”バージョンってこと?」
ヴィーナスは顔をしかめる。
“正”と“負”のエナジーの相殺。それなりにエナジーを練り込まなければ不可能な芸当である。今まで相手をして来た妖魔とは、明らかに違う。
礑と気付く。言うなれば、エンは実体がない。ぬいぐるみのボディを一時的に借りている、いわば魂のみの存在――エナジーの集合体に過ぎない。そんなエンが、こんな凶弾を受けてしまったら。
美菜子は急いで地上を見下ろした。
「美菜子」
マーキュリーがエンを抱えながら、注意を促した。敵から目を外してはいけない。
そんなことわかっている。
地鎮が懐から予備の弾丸を片手いっぱいに取り出し、まるで錠剤を飲み込むように、喉に流し込む。肩と脇腹が隆起した。腕が生えた。阿修羅の如く六本の腕。その各々の指先が銃口となって、ヴィーナスに照準を合わせた。
五月蠅い。
弾丸が連射されるに及び、ヴィーナスは思いを口にする。煩わしそうに。
「五月蠅い」
真紅のリボンに束ねられた黄金の髪が閃いた。冷徹な眼( で敵の攻撃を捕捉する。無数の黄金の短剣が、まるで広げられた孔雀の羽のような華麗さで放たれた。)
「孔雀刃( 」)
ヴィーナスが酷薄な呟きを告げたときには、光刃の洪水が、弾幕を、殺虫剤を浴びせられた虫けらの如く一網打尽にして、地鎮の身体を攫っていた。
黄金の短剣は、地鎮の体内に入り込み、“負”のエナジーを打ち消していく。
孔雀刃はそのまま地鎮の身体を地上に寝かせる。彼の身体に打ち込まれた短剣が、自然落下の勢いを殺す楔として働き、ふわりと。
一見ぼろぼろのようだが、肉体そのものに傷はない。孔雀刃は体内に巣食っていた闇水晶と負のエナジーのみを粉砕したのである。結界のプレッシャーもあって、常人に戻った意識は失われたままであるが、結界の主を倒せば解決する。
それを一瞥して確認すると、ヴィーナスはマーキュリーの横に着地する。
一部始終を見ていたマーキュリーは呆気に取られていた。センサーアイを通してであったから、ヴィーナスが何をしたのかよくわかる。平然と凄いことをやってのけた。物理的打撃の用途のままでは、妖魔となった人間も殺傷することになる。その性質を、浄化の仲介へ瞬時に切り替えるコントロール。今までのヴィーナスのレベルとは異なる。
「藍姉( 、エ、エンは、エンはどう!?」)
慌てすぎてつかえそうになりながら、ヴィーナスが訊いた。冷厳たる戦士の表情から、心許( ない少女の面持ちに戻って。)
マーキュリーは我に返って、渋面で視線を、エンに、そしてヴィーナスへと戻す。
「エナジーを固定できない。エナジーが何処かに奪われていっている……それを止められない」
声を震わせて。そこまで言うと、マーキュリーは俯く。
言葉を失った。ヴィーナスは膝を落として、マーキュリーの腕に抱かれたエンの顔を覗き込む。エンの頬をなぞりながら、指を彼の目許に持って行く。意識を確かめるように。
「ミネルヴァね。ミネルヴァが、貴方のエナジーを奪っているのね」
一帯を覆うミネルヴァの気配に、ヴィーナスは確信する。
「待ってて。ミネルヴァを倒して、絶対貴方を、助ける」
何者も寄せ付けぬ峻厳たる空気を纏って、ヴィーナスは立ち上がって、十番中学を見る。
至近距離で味わったその威圧感に、絶句してしまったマーキュリーだが、事態を分析する怜悧さまでは停止させない。ヴィーナスの無謀な動向を予期し、彼女の片手首を摑み、敵地への突入を阻む。
「頭を冷やしなさいっ。今の貴女が行っても、敵の術中に嵌まるだけよ」
「だけど、エンがっ」
マーキュリーの諫言に、ヴィーナスは焦燥を隠せない声をかぶせる。
わかるのだ。間に合わないと。セーラームーンのヒーリングでも、魂そのものが奪われているエンを留めることはできない。しかし、だからといって、じっとしていられるはずがない。それが無意味でも。
「大丈夫だ、美菜子」
弱々しい声で、エンが言った。ふたりは反射的に彼を見下ろす。
「持って行かれているだけだ……死ぬわけじゃない。ミネルヴァを倒せば、きっと……大丈夫だ」
「ほ、本当なの」
膝立ちになったヴィーナスは、縋るようにエンに顔を近付け、問い詰める。不安と心細さで揺れる心を懸命に律しながら。
そんな彼女を健気に思い、エンは沈毅たる態度で応じる。
「ああ……。むしろ、俺は、これからの戦いで足手まといだったろう……。却って都合がいい。美菜子、お前は強くなった。今のお前が、仲間たちと力を合わせればきっと――」
言葉が途切れた。
ヴィーナスの表情が凍りつく。マーキュリーが間髪を入れず彼女の肩を強く抱いて、胸元に引き寄せた。
「大丈夫だから。ミネルヴァを倒せば、彼の言うとおり、何事もなかったように、一緒にいられるから」
囁く。分別がつかない幼児( を宥めるように。)
マーキュリーの残る一方の腕に抱かれた白猫のぬいぐるみからは、何の反応もないことをセンサーアイが裏付けている。残酷に。
「だから、焦らないで。貴女は、ひとりじゃないから」
ヴィーナスの手がぎこちなくマーキュリーの腕に触れる。
血の気が引いたように冷たいヴィーナスの手、身体をマーキュリーの体温が温める。
「ありがとう」
蒼くなった唇が掠れた声で礼を言った。
いつまでたっても別離に馴れることができない。一緒についていこうとしてしまう見境ない子供( を、捕まえてくれる手があることを。彼がいなくなっても、その手があることを。)
ヴィーナスは感謝する。仲間の温もりが、本当に有難かった。
礼を言う落ち着きは残っているヴィーナスに安心して表情を和らげるマーキュリーは、センサーアイの反応に上空を見上げる。
「さあ、ミネルヴァを倒しにいくわよ」
マーキュリーは力強くヴィーナスに語りかけた。
マーキュリーの視線は、セーラームーンとジュピターの到着を知らせていた。★
仄かな光に照らされて、意識が覚醒する。
「おはよう、エンディミオン」
女の声――忘れようのない女の声が耳に届いた。
だが、見上げた視界に入ってきたのは、己の顔。エンディミオンの肉体の顔。
「ミネルヴァ、貴様……」
ぬいぐるみの身体から切り離されたエン――エンディミオンの意識は水晶に閉じ込められていた。まだ“闇”に染まっていない無垢なる結晶の檻。エンディミオンの肉体を乗っ取ったミネルヴァの掌中に収まるくらいの水晶の多面体。
エンディミオンは事態を理解する。エナジーと一緒に意識も運ばれたのである、ミネルヴァの下( へ。意図的に。)
「懐かしかろう。其方( の神殿だ、地球を統べる其方の」)
玉座から立ち上がり、なお水晶を高々と掲げて、ミネルヴァはエンディミオンに周辺を見渡させる。
望郷の念がこみ上げたが、今は感傷に浸っている場合ではない。
「俺をどうするつもりだ」
「其方とは共に治めていきたいのだよ、この地球( を」)
「なに」
エンディミオンは耳を疑った。
「無論、この肉体は返す。やはり、我が性( は女である故、しっくりと来ぬ。間もなく、別な肉体が手に入るであろうから、その儀式まで、手荒な真似はしたくない」)
悠然とミネルヴァは笑う。
「見込まれたものだ」
エンディミオンは皮肉めいた言葉を吐いた。
「兄を慕う妹の気持ちに、もっと理解を示してくれてもよかろうに」
ミネルヴァは拗ねたように溜息をついて、玉座深くに腰を下ろす。
「……言うな」
押し殺した声で、エンディミオンが返す。若干の悩乱の気配が漂うことをミネルヴァは見抜いていた。
「以前、其方は我がエアを唆したと言ったが、我をエアと認めぬことは、現実を見ないことぞ。王として狭量ではないか」
突きつける。残酷に。事実を。
「我は、其方が真の王たらんことを望んでいる。昔も今も」
兄に伝わることのなかった、妹( としての叱責。)
これ以上述懐する言葉を持たなかった。これ以上は、敵を前に惨めになるだけとエンディミオンにもわかっていた。
妹が自ずから裏切ったことを、裏切りを押し留めることのできなかった不甲斐ない兄( を直視することができなかった。認めてしまったら、哀れすぎるから――同じ絆を持っていた、美菜子) ( が。)
それ故に、かろうじて声に乗せることができたのは、その絆を質すこと。
「ならば、兄として訊ねたい。お前は、ガイアに肉親の情を持ち合わせなかったのか」
一片も。
もしあるのなら、この不毛な戦いを終わらせる一縷の望みとなる。この戦場の主として、この戦いを収める責任を背負って、エンディミオンは問うた。
エンディミオンを見つめミネルヴァは答える、森厳たる威風を顕して。
「ガイアがヴィーナスとして覚醒しなければ、エアもミネルヴァ( の人格を取り戻すことはなかった。我欲に忠実な月の専横がなければ、案外、仲睦まじい姉妹として終われたかもしれぬ。だが、本性を失念したまま生きるなぞ無価値。我は感謝している。全ての業を招いた月に従順と仕えることなく、抗う術を選べたことを。……その喜びに比べれば、一時の愛情など瑣末なことよ」)