ACT2 過去 (Part27)
五体に残っていた針の痕跡が閉じられていた。痛みは引いている。
針ほどの傷痕であったのが幸いして、出血も危険域にまで達さなかったようである。
ジュピターは片膝をついた状態ながら起き上がった。
彼女に背を向けて立つセーラームーンは、ソルジャーマースからジュピターの盾になる位置に立ったまま、姿勢を崩していない。
その姿勢のままセーラームーンがジュピターに治癒を施したのは間違いなかった。
触れもせず見もせずに、ここまでの治癒が出来るものなのか。ジュピターは感服したと言っていい。これまで、ジュピターは実際に戦っているセーラームーンを見たことがない。正直、変身前の学校生活における兎和( を知っているだけに、その戦力を疑問視するところがあった。)
(相当見くびっていたようね)
ジュピターが軽く瞠目していると、セーラームーンの右手が親指で何かを指し示すように動いた。
示す方向に、ジュピターは視線を転じた。
「ひっ」
場違いな上擦った悲鳴が聞こえた。ジュピターの視線の先から。
正気を取り戻した鍛冶谷( であった。セーラームーンのヒーリングで意識を回復したとジュピターは予測した。メタルスの憑依から解放された以上、ただの普通人である。怨恨の矛先がメタルスに移ったこともあり、ジュピターも彼を放っておくわけにはいかなかった。)
「く、くく、紅堂のお、鬼娘( 」)
震える唇から怯えた調子で洩れた呟き。
腰が抜けたような格好で、無様に後ずさる鍛冶谷が吐いた、その言葉。
一瞬頭( を振ったソルジャーマースの瞳には苛烈な炎が宿り――。)
三人の少女は地を蹴った。
ジュピターは渋面をつくり、鍛冶谷を引きずるようにして、この場から彼を引き離す。
自分たちのいた場所は一瞬で火の海と化していた。
「お、鬼娘だ、鬼娘。ほ、本当に鬼娘だったんだ」
歯を鳴らして鍛冶谷はうわ言のように呟いている。一般人には免疫のない異能だ、仕方のない反応かもしれない。
自分とて、異能を忌避していた。ジュピターは、鍛冶谷にカリカチュアされた自分を見るようで、苛立ちを覚えた。親友が妖魔となったとき、なす術なかった情けない自分。
「紅堂の鬼娘ってどういうこと!?ひょっとして、巻き込まれるのに、それ相応の理由があったの」
結界から外には出られない。しかし、その境まで避難したジュピターは鍛冶谷の襟元を摑みかかり、声を荒げた。
鍛冶谷は萎縮して、手を合わせた。許しを乞うように。
親友・鍛冶谷佐輔の劣等意識の根幹であった兄の醜態。裏切られたようなやるせなさが、心をますますささくれ立たせる。
ふと、ジュピターは鍛冶谷に問い質すのにかこつけて、八つ当たりをする卑屈な自分に気付く。
鍛冶谷の襟元から手を離し、ジュピターは一息ついて、再度詰問する。
「正直に話せば、助けてあげる。だから、話しなさい。紅堂の鬼娘ってどういうことか」
己にもある差別意識だからこそ、ジュピターは敏感に鍛冶谷の言葉を聞きつけた。それが、蔑みの言葉だと、鏡が映す己の言葉のように実感としてわかるから。ソルジューマース( への不当な侮蔑だとわかるから。)
自分の咎として、そのまま聞き流すわけにも、無視するわけにもいかなかったのである。
火織の母親は、所謂ホステスを生業としていた。
火織の父親となる人物と出会ったのも、紅堂錦蔵と出会ったのも、その仕事が縁であるという。
火織の父親は有名な代議士であるという。鍛冶谷が政治家の秘書を勤めていることは、彼の弟の佐輔からジュピター( は聞いた覚えがある。その政治家が火織の父親であったとは、世間というのは、案外狭い。)
錦蔵もまた、その昔、神社を基盤とした地縁に盛り立てられた代議士であった。鍛冶谷が当時を知る人物を探ったところ、錦蔵もまた、火織の母親に執心していたらしい。
父親から認知されずにいた火織を、母親の死後引き取り、政界から退いた錦蔵は、血縁関係がないことを偽り、孫娘として育てて来た。
傘下の孤児院があるのに、何故か。何故あえて傍に置いたか。
母親の代用にしようとしているのではないか。果たせなかった欲望を満たす代用品として、年頃になるまで育てて来たのではないか。
その邪推を、火織の前で披露した。火織と錦蔵の仲を決裂させようと。
火織の父親の後継者として政界に進出する野望のあった鍛冶谷は、強請の材料を探していた。スキャンダルの種を手元に確保しておけば、自分に有利なように脅迫することもできる。いざとなれば、その不道徳を告発して、世間の表舞台に立つことも可能である。それに利用できる人脈は、神童と呼ばれた学生時代から築いて来た。
その道具として、火織に目をつけたのである。
だが、アクシデントがあった。
動揺した火織が、何もないところから火を起こしたのである。禍々しい鬼火を瞳に宿らせて。
そのとき思い出したのは、「鬼娘」の噂。火織とその母親の共通点。
あらざる存在が見える。常人であらざる熱量を行使する。火織の母親が社会に馴染めず夭折したのも、それが関わっているかもしれない。
非科学的なことを信用しない無神論者を気取っていた鍛冶谷は、単なる噂だと思っていた現象を目の当たりにして動転した。火の手が、自分に危害を及ぼそうとしているのは紛れもなく現実。それが、パニックに更なる追い討ちをかけた。
それからは、今に到るまで記憶になかった。
ジュピターの仮説に過ぎないが、おそらくそのとき、火織のエナジーを嗅ぎ付けたメタルスが鍛冶谷に憑依して、火織を『月闇』に引き入れたのであろう。
それからは、鍛冶谷の身体を借りて、ジュピター( の前で彼の弟・佐輔を妖魔化するなど暗躍を続けたに違いない。)
そこまで話を聞くと、「今後紅堂家に一切関わるな!これ以上首突っ込んだら火傷じゃ済まない!」と鍛冶谷に念入りに釘を刺し、ジュピターはふたりの少女の元に急ぐ。
きっと、火織と自分はよく似ている。
信じられるものがわからなくなって、心細くなって、藁にも縋る思いで見つけた絆を大切にしたくて。ここまで来たのだ、きっと。★
セーラームーンがブロックに入った腕ごと、ソルジャーマースは彼女を薙ぎ払った。
一面火の海と化したアスファルトの道路からの火勢が届かないぎりぎりの瀬戸際で、セーラームーンは宙に静止する。
今ので、左腕は折れた。すぐに治さないと、狙われる。
激痛に涙がこみ上げてくるが、泣いている暇などない。クリアな視界でソルジャーマースを見失わないように、ひきつった顔で涙をこらえながら、 セーラームーンは相手を見上げる。
ソルジャーマースが失笑する。
「おかしな顔」
眼下の、我慢する顔がおかしくて、報われないひたむきさが滑稽で、それらを統合してセーラームーン――卯之花兎和( が稚拙なまでにあどけなくて。)
「相変わらず、可愛くないこと言うのね、火織ちゃんってば」
これが、闘いの場でなければ、友達同士の他愛のないお喋りのような調子で言い返した。
ふっとソルジャーマースは微笑を溢し、セーラームーンの足下から炎の龍を招き寄せる。「サラマンダー」
龍の群れがセーラームーンを灼熱のアスファルトの溶液に取り込もうと、縦横無尽に身体をくねらせ躍らせて火の牙を剥く。
左腕の骨折で対応が間に合わなかったセーラームーンはなす術なく、灼熱の海に呑み込まれたかのように見えた。
が、火の海は割れ、セーラームーンが球形のバリアーで身を囲み浮上する。手の甲の紋章の影に当たる部分からの黒色のエナジーの外壁が 火熱を完全にシャットアウトし、三日月部から溢れる銀光が空間内に満ちて、彼女の怪我をたちどころに治していく。
しかし、浮上するまでの一瞬の空白が、セーラームーンにソルジャーマースを見失わせた。
紅蓮の業火で包まれた手刀を構え、ソルジャーマースは襲撃を敢行する。セーラームーンのがら空きの背中を狙い澄まして。
ソルジャーマースの指先は、セーラームーンの肉を抉っていた。しかし、バリアーに威力を殺され、深く貫くまでは到らなかった。
舌を打ち、ソルジャーマースは身を退かせる。セーラームーンに手が届く範囲内にいた時点で、逆にソルジャーマースも射程内に捕まっていたと言っていい。
横殴りに片手が振られたと同時に、攻撃的な黒いエナジーが放射され、ソルジャーマースを吹き飛ばした。
それでも、ソルジャーマースは威力を押し殺し、空中に留まる。
敵の攻撃意志を己のエナジーとして吸収する彼女の特性は、エナジーを衰えさせることはなかった。しかし、身体のダメージは徐々に蓄積されている。エナジーに万全ではない身体がついていかず、逆に身体を軋ませていた。
現にソルジャーマースは息を切らし始めている。
「しぶといわね……」
「しぶといよ~。あたしの親友にまで手を出す連中を野放しにしたままで、死んでなんかいられないって開き直っちゃったから、あたしっ」
セーラームーンはエナジーの放射を止めて、ソルジャーマースと改めて対峙する。
エナジーの容量が段違いに多いとはいえ、限界がある。また、自分に対するヒーリングの場合、自分のエナジー消費に伴う体力消耗まで回復させることはセーラームーンでも不可能であった。故に、エナジーを大量に使うバリアーの使用は、攻撃的布陣に切り替えたこともあって、確実にセーラームーンの余力を削っていた。
それを気取られぬための虚勢に過ぎなかったが。
「火織ちゃんってゆー、初めてこんなに正面からぶつかる( ことできた親友を取り返すの」)
「おめでたい人ね。私は殺す気でやっているのよ。なのに、貴女……」
ソルジャーマース( は呆れて笑った。こっちは、どの攻撃も、普通なら相手が即死するレベルで放っている。せめて、苦しまないように。)
けれど、セーラームーンの攻撃には殺意がないのである。攻撃という意志はあっても、怒りや憎しみがないため、相手の敵意を己の力に転換する能力を活かせないのである。
そこに思い至り、ソルジャーマースは眉根に皺を寄せる。
「うん、あたし、おめでたいかもしンない。でも、火織ちゃんがそれで一緒にいてくれるンなら構わないよっ。昔から言うじゃない、喧嘩するほど仲がいいって」
セーラームーンは臆面なく笑った。死を乗り越えた者の、我儘を押し通すことに労力を惜しまない真摯な欲求に根付いた、他意のない笑顔であった。
命の奪い合いをしているつもりでも、セーラームーン( にとっては子供の喧嘩の範疇なのか。ソルジャーマースはくらりと頭の回る思いがした。)
「でも、火織ちゃんの言う『月闇』の民が目指す世の中じゃ、そーゆービミョーな匙加減取れなくなるよね」
いきなり核心を突かれた思いで、ソルジャーマース( は返答に詰まる。)
今の人間社会だからこそ、ひとりの人間に善悪とか色ンなモノが内在して微妙な均衡を保っているのだと兎和は思う。たまに、偏向して暴走する人がいるけれど。その均衡具合が、個性につながるのではないか。
『月闇』は色ンなモノが内在することの短所、危険性から、それをわかりやすく規格化しようとしているのではないか。
「図星、だね。人の心の、そーゆービミョーなバランスって凄くない?いらないものは何もかも捨てちゃえってやり方素っ気無いよ。捨てずにバランスを取るってコトも大事じゃないかな。そこを、長所として伸ばしていけば、何も妖魔になる必要はないと思うンだ」
ソルジャーマースの色を失った表情を見て取って、セーラームーンは言いたいことを一気に捲くし立てた。
しかし、ソルジャーマースは首を横に振った。
セーラームーン( は危険性を軽んじている。バランスが崩れた人間による、理不尽な仕打ちの犠牲者を無視している。長所として伸ばしていくまでに、そんな犠牲者がいくら出るであろう。)
「緩やかな進化を待っていては、犠牲者は増えるばかりっ。急激な革新が必要なのよっ」
ソルジャーマースは叫んで、セーラームーンに襲いかかる。
「だから、切り捨てるの?それじゃ、手に余るものは疎外しろっていう火織ちゃんが嫌いな論理と同じじゃない!?」
迎え撃つセーラームーンの反駁が、ソルジャーマースの動きを鈍らせた。
『人は己の理解・制御を超えた力を忌み嫌う。集団は異分子を排除する』という社会観は、ソルジャーマース( の幼児体験に基づくもの。自分は掌 握しきれないからといって、人の心のバランスを邪険に見て……。それでは、同じだ。)
発端に引き戻され、火織の精神的支柱の一本が折れた。
「あたしは信じる。捨てるなんて安易な逃避策を選ばずとも、人は戦いながらでも、自力で進化を勝ち取るって。だから、あたし自身、もう他人と衝突することを怖がったりしない、それで互いの気持ちを知るきっかけになるのなら」
ソルジャーマースの手を優しく握り締めて、セーラームーンは固く決意した表情を向ける。その眼差しは、幽艶ながらも凛呼たる銀の光輝を放っていた。
ソルジャーマースは泣きそうな顔でセーラームーンの手を振りほどく。
(戦い……勝ち取る……)
メタルスのことが脳裏を掠めた。
自分の目的を見失っても、メタルスから託された使命がある限り、迷いはないはずであった。
けれど、戦いそのものを放棄することなく、いかなる手段に訴えても戦局を有利に展開させ、勝利することを至上目的としていた彼に、戦い勝ち取るという選択肢がほかにあったらどうであったろう。
妖魔化とは、感情の体現化、象徴化、単純化であり、このように彼を想う気持ちを持てなくなるということである。自分は嫌だ。それなのに、他者からは失われる自覚も与えないままに取り除くのか。
ソルジャーマース( の心は自縄自縛に行き着いてしまっていた。)
茫然とする火織を案じて呼びかけるセーラームーン( の声も届かない。)
身体を揺さぶるセーラームーンの手を払いのけ、ソルジャーマースは彼女から逃げるように遠ざかる。
自決の邪魔をされないように。もう自分は、メタルスの遺言を叶えることはできない。ならば、せめて彼の記憶を捨てることなく涅槃に発とう。それぐらいしか、もう願えなくなってしまった、行動できなくなってしまった。
過日、セーラームーンを貫いた手刀を、ソルジャーマースは己の喉元に向ける。
「だめぇぇっ」
セーラームーンの悲鳴にも似た絶叫に、ソルジャーマースが開き直ったような微笑を浮かべた刹那。
青天の霹靂の如く雷光が閃いた半瞬後、ソルジャーマースの腕が麻痺を起こしていた。
ジュピターであった。ソルジャーマースが身をたじろがせた隙をついて、その正面に滑り込んだジュピターは、ソルジャーマースが物騒な真似をしないように、両手首を摑まえる。
『オークの籠手( 』が高効率の電磁波発生を可能としていた。これに、地球の磁気を作用させ、リニアモーターカーと同じ要領を得て、ジュピターは空中を滑空・浮遊した。瞬時のひらめきから即実戦投入の試みであったが、狙いどおりいって、ジュピターは若干セーラームーンとは違う意味で安堵の溜息をつく。)
「な、何で助けるのよ……」
掠れた声でソルジャーマースが訴えた。精気を失った表情で。
「私はもう何もできない。メタルスの遺命を果たすことも……できないのよ。彼を、私を初めて肯定してくれたあの人を、想う……心……大切だから。だから……ほかの人間に、その心と同質のものを犠牲にしろ、と導く資格を喪失してしまった……。で、でも、でも、彼との約束がある限り、今更、貴女たちに協力する気にもなれない」
痛切に、表情を歪ませる。
「……死ぬしかないの、よ」
「馬鹿なこと言わないでっ」
セーラームーンが怒声を張り上げた。
ほかのふたりは思わず彼女を見つめて慄然と身を固くした。
「死ぬなんて、そう簡単に言っちゃいけない、よ。全て放棄することになっちゃうンだよ、大切な人も、大切な記憶も、大切な未来( の時間も」)
何が言いたいのか、セーラームーン本人もよくわからない。けれど、ソルジャーマース( の言葉は許せなかった。インフェルノを死なせ、自分も一度は死に、前世で関わった夥しい死を見ているしかなかった無力感を知るからこそ、死を安直に選ぶ、命を軽んじる火織の言葉は聞き捨てならなかった。)
「あたし、一度やばかったでしょ。でも、相手が火織ちゃんなら尚更そのまま逝っちゃいけないって気付いたの。火織ちゃん、それ引きずって駄目になっちゃう。そう思ったから。死ぬってさ、そんな風に、友達思いやることも放棄しちゃうことなンだって、気付かせてくれたのはジュピター( さんだけど、ぎりぎりのトコまであたしを連れ戻しに来てくれて」)
無意識にでも「死」という言葉を避けて。毅然とした瞳は、濡れた光沢に覆われる。
ソルジャーマースが反問する。
「友達……?」
「断言できるよ、友達だよ、親友だよ、あたしたち」
セーラームーンは潤んだ瞳ながら歯を見せて笑った。
自分の心を和ませようという心遣いがわかった。だから、余計につらくなる。ジレンマが大きくなって。ソルジャーマースはいたたまれなくなったように身体をよじる。
その様子を見て、ジュピターが少し強引にソルジャーマースと視線を突き合わせて、でも優しく言った。
「私も、アンタとは友達になりたいよ、火織」
ソルジャーマースはきょとんと正面の相手を見た。
「セーラームーン( はアンタのために一所懸命頑張った。アンタのおじいさんも、アンタのために命を投げ出そうとした。そこまでされる人は、いい人に違いないから。それに、私ね、アンタの気持ちちょっとわかる。私、捨てられたの、親に。3歳の私ひとり残して夜逃げってヤツ」)
ソルジャーマースだけではなく、傍で聞いていたセーラームーンも息を呑む。
「他人( が信じられなかった。血が繋がった親すら自分を裏切った、何で赤の他人を信じられるって。でも、今にして思えば、一番信じられなかったのは、嫌いだったのは、自分自身だったと思うの」)
微動だに出来ず、ただソルジャーマースは食い入るようにジュピターの瞳を見つめる。
ジュピター( の実感が込められた言葉は、ソルジャーマース) ( の深奥まで確かに達していた。)
(同じ……だ。同じ、苦しみを、知る、人……)
微かに唇が震えた。
あのとき――鍛冶谷の言葉に惑わされて、祖父を一瞬でも疑った自分が穢らわしく感じた。
だから、他人に嫌われる穢れた力を持っているのか。普通の人には見えない穢れが見えるのも、自分がひと際穢れたものだからか。
誰よりも、自分が忌まわしくなったとき、業火は解かれた。自分を焼き尽くさんと。
それを止めてくれたのが、鍛冶谷の身体を借りたメタルスであった。
祖父でさえ発現そのものを禁じた、嫌った能力に対し、取り除こうとするのではなく、存在を肯定し、制御する方法を教えてくれた。言葉を介した自己暗示による力のコントロール――可能だと強く思い込むことを、できる自分を信じることを。
メタルスが、ありのままの自分を受け入れてくれたから、自分は生きてこられた。
ソルジャーマース( の目に涙が溢れた。目許の血化粧が落ちていく。捨てることなど許されない想いの結晶である。)
「アンタも出会えたわけよね。血の繋がりに頼らずに、絆を結べる相手と。血縁とかも、所詮、出会いのきっかけにすぎないのよ。酷な言い方だけど、それを重んじるかどうかは、当人たちの勝手程度の問題に過ぎない。でも、逆を言えば、血よりも濃い絆を結ぶ出会いはいくらでもあるって考えるの、私は」
曇りのない眼差しと、よどみのない口調でジュピターは持論を説いた。一片の欺瞞も挟むことなく。
「私たちじゃ駄目なの?アンタがこれからも生きるための絆となることは。アンタが生きている限り、アンタがこれまで生きてきた絆は失われない。メタルスとの絆を大切にしたいのなら、生きて」
「私は……何もできない、わよ。それでも、いいの」
「生きていてくれたら、それでいいっ」
セーラームーンが横から必死の形相でソルジャーマースに叫んだ。目にいっぱいの涙を溜めて。
「生きて、友達で、親友でいようよお~」
セーラームーンが情けないくらいに懇願の声をあげた。その拍子に、涙のダムは決壊し、彼女は駄々っ子のように泣きじゃくった。
子供みたい、とソルジャーマースは唇の端を引いて笑った。不意に舌が微かなしょっぱさを伝えて来た。涙の味だ。ソルジャーマースもまた溢れる涙を止めることができずにいたのである。
「まったく……いい子だよ、アンタたち」
ふたりの泣き顔を見回しながら、取り残された形のジュピターは呟いた。しょうがないといった風情で肩を竦めて。
アスファルト溶岩となっている道路といい、十番中学の異状といい、泣かせている暇は正直ないのだけれど、今くらいしか泣きたいだけ泣かせてやれる時間はない気がした。