ACT1 復活 (Part26)
朝から、湿気と暑気が織り交ざって、肌にまとわりつく。
これからテストだというのに、望ましい環境ではない。空調の整備もろくにされていない校舎を恨めしく思うのは自分だけではないであろう。
坊主憎けりゃ袈裟までの心境で、初夏の晴天を睨み上げたのは、登校途中の黄野輝鈴であった。
兎和( は果たしてテスト勉強きちんとできたであろうか。定位置の隣に不在の親友の動向が不安であった。昨日一足早く帰ったことや、ケータイがつながらないことを、それだけ勉強に専心している表れだと思いたいが、前年度の兎和の成績を知る輝鈴は今のうちから心配してしまっていた。)
それと。もうひとつ。
「火織ちゃん、具合良くなったかな」
気懸かりなのは、欠席を続けている火織であった。テストに出るに越したことはないが、病み上がりには芳しくない環境でのテストとなる。無理することがなければいいが。
そんな輝鈴の横を、この住宅街には似つかわしくないメルセデスベンツが停車した。
輝鈴には見覚えがある黒塗りの車体。
「おはよう」
車窓から顔を覗かせたのは、輝鈴が予想していたとおり、火織の知人の鍛冶谷であった。
輝鈴は礼儀正しく「おはようございます」と挨拶を返した。
「よければ、学校まで送っていきましょうか」
顔を上げた輝鈴に、鍛冶谷が申し出た。
火織を通して面識があるというだけの相手の申し出に、輝鈴は正直警戒した。仰々しいベンツにも気後れする。
その間隙を縫って、産毛のような極細の針が輝鈴の首筋に刺さった。鍛冶谷が吹き出した含み針。
気が遠くなり、鍛冶谷の手に引かれ、ベンツの後部席に倒れ込むように、半身を車内にくぐらせた輝鈴の制服の襟首を引き寄せる手があった。
「朝早くから、これからテストの中学生を誘拐なんて、いい度胸じゃない?」
その手の主が言った。女の声である。
「貴方から微弱ながら妖気を探知した、正体を現したらどう?」
別の女の声。ふたりとも、まだ少女の声域を出ないが、鍛冶谷は相手を即断していた。セーラー戦士以外に邪魔する者はいなかった。
反対側のドアから飛び出すと同時に、鍛冶谷は15センチほどの針で、エンジンを貫通させ、車体ごと爆破する。
あわよくば、エナジーの印象から変身していなかったと思われるセーラー戦士を爆殺しようと考えたが、思いどおりにそうやすやすと事は運ばなかった。
空中高く跳び上がって、爆発から回避していた鍛冶谷は、自分の背後に回り込んだエナジーを感知して振り返る。水色に煌めくショートヘアを靡かせて、手のひらの照準を定めるセーラー戦士が――セーラーマーキュリーがそこにいた。
「知を司る水星の守護を受けし、宇宙( の航海者――セーラーマーキュリー推参!水をかぶって懺悔しなさいっ!!」)
マーキュリーの掌中に召喚された聖水が、人ひとり楽に呑み込めるくらいの大きさに凝集されて撃ち出された。
「ぬうっ」
宙では身動きが取れない鍛冶谷は、水の玉に対し正面から防御に回る。受け止めた瞬間、水が弾け、下方で炎上するベンツに降りかかり、鎮火効果をもたらす。
鍛冶谷はベンツの焼跡をよけて着地するや、己の身体に浴びせられた水が帯電していることに気付く。身体を締め上げるような感覚に襲われると同時に、瞬間移動が封じられたことを悟る。
「こ、これは……」
「電波網( ……これで、アンタは逃げられない」)
新たな少女の声が介入した。
「貴様は……」
マーキュリーと反対側に立つ新たなセーラー戦士に、鍛冶谷は視線を転じた。見たことのないセーラー戦士だが、顔立ちには見覚えがある。
「能力に目覚めたか……」
一見別人と見紛うウェーブの長髪に、電光を漲らせ彼女( は立っていた。)
「木星の守護を持つ救いの戦士――セーラージュピター見参( !アンタは痺れるくらいの反省じゃ済まさない」)
律儀に「見参」の正しい読みを発したうえで、つかさことジュピターは宣戦布告をした。
鍛冶谷は舌を打つ。身体を濡らす聖水に帯びた電気に、瞬間移動に伴うエナジーの放射が妨げられていた。敵ふたりに挟み撃ちにされた格好となっている不利を打開する策がないうえに、少なくとも、もうひとりセーラー戦士はいるはずであった。
輝鈴の姿がないことから、彼女の避難役に回っているのであろう。
「マーキュリー、この男の相手は、私ひとりでする。貴女はヴィーナスたちと連絡を取って、十番中学に急いで。ただの通学では済まなくなったみたいだから」
「なに……」
鍛冶谷はジュピターの意外な言葉に一瞬呆気に取られた。
マーキュリーはさして驚いた様子はなかった。ただ、無言でジュピターの屈託のない眼差しを、ほんの一瞬で確かめると、踵を返した。
「ありがとう」
「センサーアイの解析結果をアドバイスしとく。こいつの今の姿は借り物、急所の闇水晶は心臓部よ。……十番中学のほうは、貴女が来るまでに、終わらせておいてあげるわ」
ジュピターの謝意に、マーキュリーは肩越しに振り向いて告げた。勝気な語調の一方で、表情には緊迫感が漂っていた。それから、すぐに跳躍して、その場をあとにする。
彼女の言葉に、互いに睨み合うジュピターと鍛冶谷双方の片眉が上がった。
マーキュリーのセンサーアイは、鍛冶谷のエナジー反応が以前インフェルノとの闘いに介入した『月闇』の幹部のエナジー反応と同一であることを察知していたのである。
お互いに、鋭い眼光で牽制し合うジュピターと鍛冶谷は、それ以上の反応は見せなかったが、マーキュリーが離れるのを気配で感じ取りながら、鍛冶谷はほくそ笑む。ひとりならば、打開できると踏んだからである。また――。
空高くに舞う、赤目の観察者の存在を知っているゆえに。★ 不思議な温もりが、脱力していた全身に清涼剤、栄養剤のように行き渡って、輝鈴は目を覚ます。数軒の一戸建ての屋根越しに煙が見えた。 それが、先ほど誘われたベンツが燃えた煙だとは、輝鈴が知る由もない。
ただ、先ほどまでの朦朧とする意識のなか、彼女の声を聞いた気がする――もう安心だから、と。
輝鈴は周囲の人影を確認するように、立ち上がって視線を巡らす。しかし、相手の姿はない。
「兎和( ……?」)
幼馴染の親友が、目覚めるほんの半瞬前まで、傍にいてくれたような気が確かにしたのである。★ 屋根。電柱。壁。
世間一般では、足場にすることのない場所を、走り、蹴り、跳び移り、両者は攻防を繰り広げる。
人目を避け、邪魔が入らぬように、巻き添えが出ないように。
その意味で、ジュピターは電撃を封じられていた。外せば、周辺に被害が出ることは必定だからである。例外があるとすれば、至近距離から直接電撃を流し込む。それが、ジュピターの狙いでもあった。
しかし、敵もさる者。容易に、隙を見せない。
鍛冶谷の手から、複数の針が投げられる。
ジュピターが身を翻すうちに、鍛冶谷は一定の距離を離れる。こうして、鍛冶谷はジュピターが間合を詰めることを許さない。
(このままじゃ、埒が明かない)
焦燥感でジュピターの足が止まったこの一瞬を、鍛冶谷は見逃さなかった。
空めがけて放たれた針が、無数に増えて、ジュピターめがけて急降下する。幻ではない。どれもが実物――鋭利な凶器である。
「10メートル四方包囲している、逃げられないよ」
本性である憑依者( の口調になった鍛冶谷の宣告どおり、針はジュピターの身体を貫いていく。)
ジュピターもむざむざと貫かれたわけではない。突きと蹴りを駆使して、急所を貫かれるまえに弾き落とそうと試みたが、如何せん、数が多過ぎた。
「あ、ああっ」
肩を、腕を、腿を、脇腹を、そして、肺を貫通され、ジュピターは血まみれの姿で路上に転がる。
「急所はかろうじて外したようだけど、勝負は見えた」
鍛冶谷が冷然と断言したときであった。ジュピターにとどめを刺そうと家屋から無造作に下りたところに、彼の油断があった。
ジュピターは針を一本右手に受け止めていた。それを、プラスの電極化し、鍛冶谷の心臓部に投げつける。
「がっ」
不意を突かれた鍛冶谷の胸に針は突き立った。実際、心臓に達するほど深くはない。投げつける力をセーブしていた。
間髪を入れず、ジュピターの針を投げた手からそのまま電撃が撃ち出される。プラスの電極となった針に誘導されるかのように。
「ぐっぎゃあああ」
感電した鍛冶谷が悲鳴をあげた。心臓部に黒い閃光が走り、闇水晶が浮かび上がるのと一緒に、メタルスの身体が鍛冶谷の肉体から飛び出す ように倒れ込む。メタルスの憑依から解放された鍛冶谷の身体は、仰向けに倒れた。
ジュピターは何とか起き上がろうと身体を反転させ、白日の下に暴いた怨敵を、重傷者とは思えぬオーラの滾る瞳で捉える。
「や、やっと、しょ……正体を、現し……た……」
だが、発声もままならない切れ切れの呼吸は、彼女のダメージの重さを物語る。
なのに、立ち上がれずとも這ってでも、前進を止めようとしない。闘志は未だ萎えずにいる。
「まさか、人間ごと討とうとするなんてな……」
本体を現したメタルスもまた乱れた呼吸ながら、驚きを正直に伝えた。その表情には、乾いた苦笑が浮かぶ。先ほどまで憑依先であった鍛冶谷は心臓が停止している。憑依したままであったら、自分も巻き込まれ犬死にするところであった。
目の前の女は、他人の犠牲も厭わず、自分を仕留めようとした。見誤っていたと判断せざるを得ない。いざとなれば、犠牲すら出しても構わないという心構えの、甘くない敵であった。
メタルスは感電のショックで表出した闇水晶を、裡に押し戻そうと胸を抑えて立ち上がる。呼吸も乱れがまだ収まらない。ダメージは想像以上に重い。
(これ以上、エナジーを削られては……)
女王の御心に副うことも難しくなる。
ジュピターの毅然とした眼差しが、メタルスの心に逡巡をもたらしていた。重傷の彼女に対し、威圧され必要以上に警戒していたのである。
空虚な間隙が、対峙する両者の間に置かれた。その間、微力ながら溜めた力で、ジュピターはもう一発電撃を放つ。それは鍛冶谷の遺体に突き立ったままの針に落雷する。
「成程……」
その光景を、メタルスは興味深く見た。電気ショックの要領で、鍛冶谷の心臓機能を再開させてみせたのである。冷静な女だ。
感興をそそられジュピターを改めて眺めやったメタルスの視界に、新たな人影が入った。
ジュピターもまた、背後の足音を聞きつけ、上体を捻るようにして、後ろを見返す。
その人物は、ソルジャーマース――紅堂火織の戦闘形態にほかならなかった。
「火織……」
ソルジャーマースは無言であった。足元で這いつくばる格好のジュピターを冷ややかに一瞥すると、横を通り過ぎる。その視線は、メタルスと鍛冶谷の両方を捉えていた。
「火織、わかったでしょ?アンタが慕っていた鍛冶谷は、そいつが身体を乗っ取っていたものなの……これ以上……」
出血と共に力が失われていくことを気取られぬように、搾り出すようにして言葉を紡ぐジュピターがそこまで言いかけたところで。
「勘違いしているようね」
ソルジャーマースは嘲りの混じった冷笑で、ジュピターの説得を切り捨てた。
「鍛冶谷さんの精神が別人に成り代わっていたことなど承知済み……私の眼は、そんなこと最初から見破っていたわ」
メタルスを守るように、彼の正面でソルジャーマースは全身を敵へと向き直す。
双眸には、爛々と鬼火が宿っている。
ジュピターは凝然とソルジャーマースを仰ぎ見た。
メタルスはニヤリと笑う。
(やはり、杞憂だったか)
ソルジャーマース( はメタルスの考え方に共鳴して、ここまで『月闇』に加わって来たのである。これまで接して来た鍛冶谷に、本人の意思がなかったとわかっても、問題ではないということが証明された。)
これまで鍛冶谷に成り済まして来たのは、万が一の保険である。『月闇』に引き入れた者が別人とわかって、火織の信義が揺らぐことはないか。その確証がメタルスになかったからである。
だが、眼前にある小さな修羅の背中に、その一抹の不安も払拭された。
「火織……あとは君に任せる。私に代わり、ミネルヴァ様の治世を見届けろ」
かねてからの覚悟のとおり、メタルスは遺言をソルジャーマース( に告げた。静かに、厳かに。それは彼女を己の後任として信任したからこそ、一種の儀式めいて。)
ソルジャーマースは拳を固める。薄々気付いていたことである。フォレストの最期を知っていたから。
しかし、メタルスの信頼に応えるべく、胸襟を固く閉ざして修羅に徹した、かった。
けれど、ただ一言。
「貴方の本当の名前は……?」
戦場において精一杯の心情の吐露。
「メタルス」
間を置かず、簡潔な一言が返って来た。その表情は、ソルジャーマースにはわからない。が、乞いに応えてくれただけで充分であった。今度は自分が応える番である。
ジュピターの衰弱により、瞬間移動の封印を解かれたメタルスは姿を消す。それが、今生の別れとソルジャーマースは知っている。
(メタルス……)
口のなかで繰り返した。誓いのように。もう迷わない、と。例え相手が――。
己の激情を力に転換すべく、血のアイシャドウで縁取った緋眼を閃かせる。
視線の先は、結界にあえて用意しておいた綻び。普通人には遮断されていることすら気付かない境界線からこちらに、待ち人を迎え入れるために。今度こそ決着をつけるために。
その待ち人の来訪を、ソルジャーマースの紅蓮の炯眼が見逃すはずもなかった。
「生きていたのね……。むしろ好都合よ。今度は事故ではなく、確たる私の意志をもって、貴女を殺す――」
鍛冶谷( とセーラー戦士の小競り合いを、上空から捉えていた二羽の鴉) ( を介して知覚していたソルジャーマースは、彼女) ( の生存も確認していた。)
自分が出向けば、彼女( がジュピターの援護に来ることを見通したうえで、ここに来た。そして、自分が先に進むために殺さねばならない彼女を前にして、その名を告げる。)
「セーラームーン、いえ、卯之花兎和( 」)
結界を通り抜けたセーラームーンは動揺を見せることなく、ソルジャーマースの死の宣告を受け止める。愚直なまでに欺瞞のない眼差しを返して。
「もう、殺されたりなんかしてやらない。もう、火織ちゃんを悲しませないからっ」
一度自分を殺してしまったソルジャーマース( の悲痛な表情を、セーラームーンは噛み締める。)
セレニティを殺めてしまったマース、残されたエンディミオンの悲嘆を知った今だからこそ尚更、自己犠牲は安易な逃げ口上になるとセーラームーンは思う。自分も、残された者を放棄する無責任なやり方に堕ちるところであったのを、ジュピター( が引き戻してくれた。)
そのつかさの気持ちに報いるためにも。
合流したマーキュリーのセンサーアイがソルジャーマース( を捕捉したとき、あえてひとりで戻る決断をした自分の気持ちを汲んでくれたマーキュリー) ( の信頼に応えるためにも。)
そして、巻き込んでしまった輝鈴との友情を守るためにも。
例え傷付け合ってでも、火織の頑なな心を氷解させなければいけない。それは、友であるための迷いなき誓い。★ メタルスは聖地に舞い戻っていた。
聖地は以前と様相を異にしていた。咲き誇っていた花々が、その黒い花びらを散らし精気を失った色に変色し枯れ果てている。大地も、瑞々しさを失いヒビ割れするほどに乾いている。
清浄な大気のみが息づくように、打ち震えているのがメタルスにはわかった。
女王の胎動を、聖地の全てが暗示している。
疲労感を無理矢理にでもおくびにも出さず、メタルスは神殿に登る。
借り物の身体では、実戦が長引くと消耗が激しい。
「女王の気持ちがわかるな」
肉体を借りるしかない主の心情が思い当たり、メタルスは口許で失笑した。
しかし、奥の謁見の間の扉の前に立つと、威儀を正し、唇をきつく結んだ。
「せめて最期に、極上のエナジーを添えて奉還しようと存じましたが、叶うまで到りませんでした……申し訳ございません」
エンディミオンの身体に息づく銀水晶の欠片とミネルヴァの魂をまえに、拝跪して、そこまで謝罪の言葉を述べたメタルスは、猛然と上体を起こすと自らの胸を貫き、闇水晶を引っ張り出す。
「お返し致します」
「我の中で、見届けよ。驕る強者に抗う弱者の矜持を」
エンディミオンの身体を我が物として、ミネルヴァはメタルスの前に立ち、闇水晶を受け取る。
エンディミオンの口を借りたミネルヴァの言葉は、メタルスの信条に通じるものであった。
願わくばエンディミオン本人から、生きていた頃に聞きたかった言葉であった。与えられた平和に反抗する反骨の気炎を、自分は抑えることができなかった。もし、エンディミオンがそんな戦士たちの志を慮ってくれたら、歴史は変わっていたかもしれない。走馬灯のように、太古の記憶が脳裏を駆け巡った。
メタルスは、エンディミオンの身体を媒体に、ミネルヴァに闇水晶が吸収されていく様子を、己の想念が無駄にならない証と満足して微笑み、塵へと返った。
十番中学では、始業ベルの代わりに、視聴覚室でリアルタイムに歌われるいずみの『月光』が響き渡る。あらかじめ張られていた火織の結界が、外部からの人はおろか視線、雑音の侵入を許さず、歌声を反響させる効果すらもたらしていた。
多くの者には、その無伴奏曲( は、深い眠りの闇に導く“子守歌”に聞こえた。)
そして、一部の者には。以前、火織から闇水晶を貰い受けた赤城気恵たちには。覚醒を祝福する歌声として届けられる。
肢体はよりしなやかな筋肉を得て、背にはより高く飛ぶための翼が生え、高望みして逸る心は轆轤首のような首を気恵に与えた。
祝福が届いた者たちは、それぞれ異形へと変貌を遂げていた。
(火織さんに見出された同胞たちよ。その欲望を体現し浄化された魂よ。『月闇』の尖兵として、この学び舎の眠れる“闇”を導きなさい)
気恵たちのような妖魔化は、その号令を歌声に乗せるいずみにも起こっていた。闇水晶のピアスが光る両の耳朶から後頭部が割れて、獰猛で執拗な眼光を光らせる犬の頭がふたつ出て来た。しかも、その犬の口から、遠吠えするように口をすぼめる形でいずみの声を放ち『月光』が歌われる。いずみ本来の口も、耳元まで大きく裂けた。
だが、そんな変化をいずみは気にも留めなかった。かつてない高揚感と恍惚感に全身を委ねていた。
いずみの大音声( を背景音楽に、十番中学内にいる人間のエナジーが束ねられ、送られた先は――。)
「時は満ちた。今こそ我が封印を解くとき」
ミネルヴァは独白と共に、瞼を開ける。彼女を宿すエンディミオンの群青の瞳は、金の光芒に包み隠されていた。
『月光』の旋律が運ぶエナジーを吸って、その肌は銀色の艶を玲瓏と増していく。
エンディミオンの肉体を肥沃な土壌として、銀水晶の破片を育成させたミネルヴァは自ら動くだけの力を蓄えたのであった。