ACT3 理由  (Part9)

「僕ではなく藍さん巻き込んじゃったんですよ、これで何かあったら、全国規模の暴動の矛先に立たされますよ、兎和(うさぎ)先輩」
 ケータイから聞こえてくるのは、波野少年の悲鳴にも似た声である。
 兎和(とわ)は、天下のアイドル・水野藍と一緒にいる機会に恵まれながら、置いてけぼりにされた少年のやっかみに似た遠吠えと受け取った。
 連絡をとった波野少年の話を聞くと、マネージャーの息子である波野少年を仲間外れにして、兎和と藍で示し合わせたように行方をくらませたと受け取っているようであった。
 妖魔とセーラーVの戦闘の記憶が消えているのは確かなようであった。
 ただ彼の父が働く藍の事務所ビルの貯水槽が破裂して、被害が出たことは事実として残っているらしい。
「そりゃあ、マネージャーの息子だから、父親に密告して、“お忍び”を台無しにするかもしれないって危惧するのはわかりますよ。でも、うさぎ先輩は、もっと僕を信用してくれているって思ってましたっ」
 兎和は頭を抱える。波野少年は、いじけモードに入ってしまったようである。
 兎和は呆れ顔で溜息混じりに、言葉を返す。
「どーせ、あんたはアイドルといたかっただけでしょ。女の子は、女の子同士でしか話せないってもんがあるのよ」
「こんなときだけ、女性を強調しないで下さいよお、男女不平等だっ」
「ホントにもお、あんたを信用してるから、こうして電話してるんでしょ。藍さんからサイン貰ったから、あげるわよ」
「ホントですかあっ」
 現金な奴である。自分の行動パターンと照らし合わせた結果の、モノで釣って宥めるという手段であるから、自分も他人のことを言えないけど、と兎和は自嘲気味に、ひきつった笑みを洩らした。
 とにかく、波野少年を宥め終えて、兎和はケータイの通話を切る。
「ニュースでも、妖魔のことも、セーラーVのことも、東京タワーでの濃霧や銀光について全く触れていないわ。アフターケアは成功したみたいね」
 そう言って、最新の薄型テレビの大画面に映し出されるニュースを横目に、ノートパソコンに向かってインターネット上のニュース検索を通し、細部までチェックを怠らないのは、水野藍そのひとであった。無論、着替えも済ませている。
 兎和は彼女自身信じ難いことであったが、トップアイドルの自宅に招かれたのである。
 ついつい物珍しそうに、周囲を見渡し物色してしまうので、藍に対して失礼かと思い、“アフターケア”の効果の確認という断りで、波野少年に通話させてもらったのである。緊張を紛らわす手段も兼ねて。
 兎和のいる広間は、いたって簡素であった。先述のテレビと木目調の食器棚と四角いテーブルが置かれたダイニングルーム。テーブルを囲むソファーのひとつに、兎和はちょこんと気まずそうに座っていた。
 目の前にある100%天然果汁のリンゴジュースを置いてくれたのは勿論、向かいでニュースのチェックに余念がない藍である。
 公式プロフィールでは、兎和より一学年上の中学三年生で同年代が家主とはいえ、一般庶民である自分が、こうして有名人の家に上がって、ジュースまで勧められようとは、少なくとも、下校するまで思ってもみなかったことである。
 それに、今までの自分なら、単なるラッキーで、普通のミーハーとして、この機会を利用しない手はないと開き直ったに違いない。だが――。
 兎和は溜息をついて、ストローに口をつけた。
 話したいことはある。けれど、訊きづらい。故に、顔をあわせづらい。
 先刻の、セーラーVとの会話が頭を離れなかったからである。

 銀光の波紋が周囲に広がると、東京タワーを礎のようにして立ち上った同色の光の柱も瞬時に消失した。
 セーラームーン、セーラーマーキュリー、セーラーVの三人は頂上部で呆然自失の有様であった。自分たちにも不測の成り行きで、ことが終わってしまったからであった。
 ほかのふたりは勿論、セーラーVさえ、自覚のない力の拡散であった。その膨大なエナジーは四方八方に伝わっていった。そのことと、その効果だけは確信できた。
 最初に口を開いたのは、藍ことマーキュリーであった。
「これが、銀水晶の力、大したものね」
 セーラーVが警戒するようにマーキュリーを睨み返した。銀水晶の存在を、現在のマーキュリーは知らないと思っていたからである。
「銀水晶は、あたしのものって言われたわけじゃないからね。在り処だけわかれば充分。どうやら、貴女たちと付き合っていれば、理由がわかりそうね」
 そう嘯くマーキュリーは、ごまかすように視線を泳がせた。

『銀水晶が解き放たれたとき、貴女たちが幸せであってほしい。だからこそ、過酷な試練になろうと、奪われた貴女のスタークリスタルを取り戻しなさい。貴女たちの幸せを守るために』

 マーキュリーは夢に現れた女神の啓示を、声に出さず、口の中で繰り返した。そうしながら、もうひとつの手がかりであろうアクアの存在を思い起こし、知らず知らずのうちに拳に力を込めていた。
 セーラーVは立ち上がって、再度、マーキュリーを見た。
「怪盗セーラーマーキュリー……いえ、水野藍さん」
 その言葉に、間に置かれる格好になっていたセーラームーンはぎょっとして、両者の顔を交互に見つめる。
 マーキュリーの瞳がやや大きく見開かれた。
「あたしだってトップアイドル・水野藍ぐらい知っているわ。セーラームーンとの会話や、ゴーグルを外した貴女の素顔を検討すれば、わかることよ」
 そう言ってセーラーVは踵を返す。
「今回は助けてもらったから見逃すわ。でも……泥棒を続けるのなら、容赦はしない。戦士の面汚しは、尚更捕まえる。全国のファンを悲しませるような真似は、もうやめることね」
 セーラーVは棘のある口調で、そう言い残すと、跳び降りるようにして姿を消した。
 そのセーラーVの言葉に、セーラームーンは卯之花兎和という報道志望の14歳の少女として厳しい現実を突きつけられたのである。
 今朝までは、水野藍も怪盗セーラーマーキュリーも雲の上の存在であった。
 だが、いま一大スキャンダルを目の前にしているという生々しい現実が兎和には突きつけられている。
 このまま見過ごせば、アナウンサーである母親譲りの「真実を知らせる者」としてもポリシーに反するという葛藤が、彼女の心に陰を落とした。
 だが、図らずも自分だって世間や家族に、秘密を抱えてしまった。――セーラームーンとしての自分。妖魔との闘い。
 今の自分に、真実を明らかにする権利があるのだろうか。

 そんな自問を続けながらも、兎和の頭は藍への疑問でいっぱいであった。
(どうして怪盗なんか)
(どうして正体ばらしてまで、あたしを助けて闘おうとしたの)
 怪盗セーラーマーキュリー=水野藍という存在に対し、義理と良心の呵責で板挟みになって、その疑問を口に出すのを憚っている自分がいる。
「あーもううっっあたしらしくないっ」
 思わず兎和が髪をかきむしるようにして呻いた。しかし、向かいに座る藍は、さして動じた様子はなく、冷静に尋ねる。
「どうしたの?」
「い、いえ何でも」
 兎和は慌てながらも、ばつの悪い顔をやや俯かせて姿勢を正す。
 そんな兎和に、神妙な顔で藍は問いかけた。
「あたしのせいよね、うさぎちゃんが元気ないの」
「え」
「今日初めに、ハンカチ貸してくれたときと別人みたいに、歯切れがよくないわ」
 真摯な顔をつくって言い切る藍に、兎和は口をつぐむ。自分でも、自覚している。
 そんな彼女を見透かすように、藍は続ける。
「泥棒だもんね、あたし――あたしが怪盗セーラーマーキュリーって、やっぱりショック?」
 藍は努めて平静を装いながら、兎和に問うた。兎和を挑発するかのような傍若無人な態度をあえて意識して。
 無神経な問いかけは、兎和にこれまで溜めていた感情を吐き出させた。
「当たり前でしょ。犯罪でしょ。ファンは貴女の歌が好きで聞いて応援しているのに、それを裏切ってるんだもん。ファンのこと考えれば、セーラーVが言ったように、応援を無駄にするような行為できないはずよ、なのに、なのに……貴女はっ」
 兎和は声を詰まらせた。捕まってしまえば、もう音楽活動できなくなってしまうかもしれないのに。ファンにしたって悲しいことなのに。そんなハイリスクを冒してまで、泥棒をする必要性が藍にあるとは思えない。
 ただの娯楽の一環でやっているのでは、と疑いたくなるほどに。
「何で、あたしたちに正体ばれるリスクを冒してまで、あたしたちを助けようとしたの?そんなことしなかったら、あたしは知らずに済んだのに」
 こんなに悩むことなかったのに。
 激昂のあまり、兎和は涙目になる。
 藍は兎和の眼差しを痛ましく思った。それでも、目をそらさなかった。ファンを欺いている、せめてもの報いとして受け入れる心構えであったから。
 現実から目を背けない覚悟ができたから、せめてそれを――。
「あたしはこれまでセーラーマーキュリーとしての自分、歌手・水野藍としての自分を別物として割り切っていた。だから、セーラーマーキュリーの行動が水野藍のファンを裏切っているという方向へ思考することを停止していたの」
 先ほどまで腰を浮かすような姿勢になっていた兎和は、決然と話し始めた藍の言葉に静かに聞くことができるように、ソファーに腰を落ち着けた。
「だけど、セーラーマーキュリーである以前に、水野藍として貴女を助けたかったの、うさぎちゃん。貴女の存在が、セーラーマーキュリーを水野藍に引き戻してくれた、セーラーマーキュリーも水野藍であると教えてくれた。だから、闘えたの、あんなに怖かったのに」
 闘いの怖さ、それは兎和もわかっている。その覚悟をすることが、いかに困難かわかっている。兎和自身、その場の行掛かり上の感情に任せて行動し、覚悟という結論を後回しにしているのである。
 だから、兎和は口をつぐむしかなかった。何も言えなかった。
 そんな折、藍が回想するように遠い目をしたことに、兎和は気づく。藍は再び口を開いた。
「あたしが泥棒を始めた理由はね、何で、この能力を身につけたか知るためよ」
「え」
「生来、こんな能力を持っていたわけじゃない……そう、歌手・水野藍として広く世間に認められるようになった頃ね。毎晩夢の中に、女性が現れるようになった」
 そこまで言って、藍ははっとして息を飲み、兎和に対して瞠目した。
 銀色に輝く女神と表現できる、夢に現れる女性のイメージと、セーラームーンとなった銀髪の兎和が重なったのである。
 兎和が首を傾げるので、藍は、その発見をひとまず頭の隅に追いやり、本題を続けた。
「彼女は毎晩同じことを言う、『銀水晶が解き放たれたとき、貴女たちが幸せであってほしい。だからこそ、過酷な試練になろうと、奪われた貴女のスタークリスタルを取り戻しなさい。貴女たちの幸せを守るために』と。いつのまにか、あたしはそれを女神の啓示として受け止めるようになった。そして、マーキュリーとしての能力を身につけたことに気づいた。あたしは、銀水晶、スタークリスタルを見つけるための能力と理解したわ、そして、そのふたつを見つけたとき、この能力を持つ自分の存在理由もわかる、と」
 藍はそう言って、顔の前で開いた両手を握りしめる。
「だけど、手がかりらしいものなんてない。だから、珍しいと噂される宝石を手に入れることにしたの――それが、怪盗セーラーマーキュリーの誕生理由よ」
「……でも、今日、セーラーVちゃんに言いましたよね、貴女たちと付き合っていれば、理由がわかるって。セーラーVちゃんや妖魔と関連があった、それも、闘いに参加を決めた理由なの?」
 兎和が震える声で口を挟んだ。
「これからはそう」
 そう言って藍は首肯する。言外に、今日兎和たちを助けたのは、そんな利を求めたわけではないという意味を込めて。
「じゃあ、泥棒しなくてもいいですよね?」
 そう尋ねる兎和に、藍は「ああそうか」と思う。彼女は、これ以上自分に反社会的な行為を続けて欲しくないのだ。胸が痛んだ。
 藍は兎和の胸中を察し、悲痛な後悔の念を抱えながら、つくり笑顔で答える。
「ええ、もう怪盗としてのセーラーマーキュリーは卒業よ」
 藍のその言葉が、兎和にはせめてもの救いであった。

 兎和が後輩への手土産に、自分のサイン入りポスターを抱えながら帰っていくのをベランダから見送りながら、藍は後悔の念を噛みしめる。
 自分にとって歌手としての活動は、そんなに重要な位置を占めてはいなかった。ただの生きる手段であった。だからこそ、安易に、怪盗セーラーマーキュリーという選択をしてしまった、と今にして思う。
 両親が離婚して、自分の才覚で生きる手段を得る、生きる場所を見つける、それができれば自分は存在していてもいいのだと思える、ただそれだけの思いで、歌手としての仕事を続けてきた。本当のところ、世間の評価が大事で、ファンの気持ちなど顧みなかった。
 兎和に言えることではなかった。
 罪の責任はとらなけばならない。あの日から始まった全てに、決着をつけたら。
 藍は、女神の夢を見るようになったあの日のことを思い返す。
 現在の人気が確立した頃、プロモーションビデオのロケ先選択の自由も利くようになった。
 それで、最初に選んだ場所がアララト山――トルコの東の端、イランとの国境近くにそびえる夏でも山頂に雪を被った標高5156mの山。創世記では洪水の後ノアの箱舟が漂着した山ということになっている。――母と別れた父が、よく行きたいと話していた場所。
 治安問題から、1999年秋までアララト山への登山は禁じられており、離婚する以前の父が訪れるのは難しかった。
 父は世界を駆けるジャーナリストであった。母は旅行会社の海外専門の添乗員を務めていた折、父に出会ったと子供の頃聞かされた。母は結婚退職すると、好んで父の海外取材に同行した。だが、娘である自分が生まれてから、ふたりはそんな自由を失った。母は自分にかかりっきりになり、国内での生活を選んだ。父にとっても、身の安否を顧みない国際的ジャーナリストとしては、家族が増えたことは却って負担となった。――そして、家族に亀裂が入っていった。
 父との何気ない会話が懐かしかった。行ってみたくなった。会うこともなくなった父の仕事を、気持ちを理解したいという思いがあった。
 そして、その地に立ったとき、藍は別の懐かしさを憶えた。後の夢に見ることになる銀色の女神の顔や、見慣れないビジョンが脳裏を閃いた。――見知らぬ機械的な舟、把握しきれなかったが、人々の顔。
 あの日を境に、藍は別の人生を歩むことになった。

 兎和は駅を出て、ポスターを脇に、家路をとぼとぼ歩きながら思う。
 藍が泥棒をやめると言ってくれたのはよかった。
 そして、藍の苦悩がわかったから。
 兎和の個人的な見解であるが、苦悩の末に彼女が選択した道の行く末を見届けたかった。水野藍という人間の真実として。
 一方で、兎和自身も選択を迫られているという事態に、頭を痛めていた。
 自分には、セーラーVのような生死を賭けた覚悟も、藍のような闘う理由もない。
 ただ、目先の事態を黙殺できなかっただけである。
 そんな浮ついた気持ちだから――。
(あんなことしちゃうのよ、ただ成り行きでなんて言い訳できないことを)
 ソルジャーマースの喉元にナイフを突きつけた自分を思い出して、兎和は恐怖と後悔で、思わず涙ぐむ。
 涙がこぼれないように、空を見上げた。
 街の灯火に、夜空は明るかった。こんな時間には珍しく、二羽の鴉が宙を舞っていたのが、兎和の目に映った。
 不意に夜の鴉が不気味に覚えた兎和は、家路を急いだ。
 が、家に帰っても、今日のことが頭を離れない兎和は、普段難しいことを考え慣れない頭だけに、明日から二日間熱を出して学校を休む羽目に陥るのであった。

 4メートル四方ほどの部屋のベッドに、インフェルノは横たわっていた。
 窓からは喧騒とした街の光が、闇の中で灯っているように見えた。
 額に浮き出ているかのような闇水晶が脈打つように震えると同時に、インフェルノの身体の傷口は黒いオーラで閉じていった。
 そのベッドの横に据え置きのソファーで、ひとりの男性が腰をかけ、キャンドルを模したようなスタンドの光で新聞を読んでいた。
 銀色のフレームの細長い眼鏡から、無感情に、紙面を映す切れ長の瞳が覗く。
 男性のものらしい背広とネクタイが無造作に、彼が身を預けるソファーの背もたれにかけられ、着たままのワイシャツのボタンも胸元まで外れている。
 一見すると、仕事帰りで休んでいるようにも見える。
 インフェルノは頭痛を覚え、目を覚ました。
 彼が頭を抑えながら、上体を起こすと同時に額の闇水晶も、額の肉に沈むように消えていった。
 新聞から目を上げた男性が、それを見やりながら、わざとらしく感心したような息をつく。
「さすが闇水晶――いや女王のご加護に守られた身体だな」
 そう言われたメタルスは訝しげな表情で、相手を睨みつけた。
 感じられる気配と、眼前にいる人物の姿が異なることに違和感をおぼえたのである。しかし、姿を変えるのは、頭に浮かんだ相手の得意とするところであったことを思い出し、苦笑して、その名を口にする。
「メタルス……今はその身体を宿にしているということですか?」
 視線を移したインフェルノは、彼の普通人と変わらないワイシャツ姿と手にある新聞に眉をひそめる。
「ここまで、人間生活に馴染んでいらっしゃるとは……急な任務もない御身が羨ましい」
 冷笑するインフェルノの慇懃無礼な態度に、メタルスはうっすらとした笑みを返した。
「普段の調子は取り戻せたようだな」
 笑みとは裏腹な、何もかも見通すかのような鋭い視線に、居心地の悪さを感じたインフェルノは早々と立ち上がる。
 メタルスのほうへ振りかえりざまに、束髪が荒荒しくなびいた。
「助けてもらった礼は言いましょう。ただし、奴等の始末は私がつける」
「まあ、そう言うな。こっちも隠密活動のなかで、妨害に遭っている話は、お前も知っているだろう」
 メタルスはそう言って、新聞を部屋の隅にあるデスクに投げ捨て、血管の浮き出たこめかみを指先で抑えた。冷静を装っているが、彼もまたセーラー戦士に煮え湯を飲まされ、腸が煮え繰り返っているらしい。
 そんなメタルスを見下ろしながら、インフェルノは共感を覚え、ひとまず足を止めた。
 メタルスの任務は人間世界の諜報・隠密活動。インフェルノのように大掛かりではなく、密かにエナジーを奪ったり、優秀な()になりそうな人間を妖魔に引き込む任務であった。
 メタルスが人間に憑依して、その人間になりすます術「アロイ」を心得ている故の任務であったが。
 そのなかで、彼はセーラーVの妨害を経験し、この敵の存在を本拠に報告してきた。
 個々で任務に当たっている自分たちにとって、知らさなければそれで済む失敗の報告を、メタルスがしてきたことで、自分たちはセーラー戦士を“脅威”として認識した。
「まさか、エンディミオンが率いていたとはな。下級妖魔だけでは太刀打ちできんわけだ」
 メタルスは自嘲気味に、仇敵の名を口にした。
 インフェルノもひきつった笑みで表情を歪めた。敗北感と屈辱感に、頭痛すらもよおす。それを悟られんがため無理していることは容易に推察できた。
「だが、こっちも無駄に潜伏していたわけではない」
 不敵な笑みを浮かべ、メタルスは言う。
「面白い逸材を手に入れた。そろそろ来る頃だ」
 メタルスの視線につられ、インフェルノも壁時計に目をやった。――8時55分。
 部屋のドアをノックする音が聞こえた。メタルスがドアに視線を転じると、ひとりでにドアのロックが解除され、ひとりの少女が入って来た。
 インフェルノは息を呑んだ。魅入られるかのように、その少女を凝視した。
巫女(シャーマン)……!)
 肩に届くくらいに切り揃えられたストレートの黒髪。幼さと清楚さを併せ持つ顔立ち。華奢な身体にそぐわない紅蓮の烱眼。
 インフェルノは知らない、彼女が例のセーラー戦士と一戦を交えてきたばかりということを。
「よく来たね、火織(かおる)さん」
 メタルスは柔和な顔つきになって立ち上がり、その少女の肩にいかにも恭しく手をやる。そして、もう一方の手でインフェルノを示して言う。
「彼は私の友人でね、貴女の協力を必要としているんだ」
 先刻までソルジャーマースであった火織という少女は、無言でインフェルノを見つめた。
「この少女を……」
 ひとりごちたインフェルノも、我知らず彼女の瞳に見入っていた。
 すると、火織はわずかに悲しそうに目を伏せて、口を開いた。
「貴方の目にも、悲しい焦燥の色が見える。同じですね、貴方も」
 年齢に不釣合いなくらい、落ち着いた響きのある声であった。
 インフェルノに、助けを断る理由はなかった。このエナジーを利用しない手はなかった。この少女に、あのセーラー戦士三人を任せて、自分はエンディミオンへの復讐に集中する。
 火織は肩に乗せられていたメタルスの手を慈しむような目をしながらも外し、ベッドに座るインフェルノに歩み寄る。
「私の名前は紅堂(くどう)火織。貴方の名前は?」
 火織は粛然と背筋を伸ばしたまま問いかける。秘められた力に裏打ちされたような威厳を放っていた。
 インフェルノは主従が逆転しているように思えても、割り切ったように、素直に己の名前を答え、メタルスの提案に応じることを示した。今の彼にとってエンディミオンを討ち、形容の仕様のない苛立ちを鎮めることが第一であったから。
 メタルスの口許には薄く笑みが浮かぶ。自らの思い通りに駒が動くことに。