6.出会った二人
 
 うさぎは一人、街の中を彷徨っていた。
 衛さんに会って自分の気持ちを伝えたくても、衛さんが今何処にいるかわからないのだ。とりあえず街中を捜してみたものの、それらしい人影は見当たらなかった。疲れたうさぎは十番公園に来ていた。辺りは薄暗かった。ベンチに腰を下ろすと、ふうっと溜息をつき、そしていつの間にか眠ってしまった。
 
「……んご、…んご、」
 うさぎは無意識に、虫でも追い払うように手を振って見せた。
「おい!おだんご!!」
 その声に気が付くと、うさぎはバッと起き上がった。
「きゃあ!!……ま、衛さん!?」
 街中を探し回っても見つけられなかった衛に会えて、素直に喜びたいうさぎだが、こう不意をつかれると場が悪い。しかもうさぎは、寝顔を見られてしまったのだ。まともに衛の顔を見ることが出来なかった。
「しっかし、よくこんな所で寝るよな〜、仮にも女の子だろ?危ないじゃないか。」
 そう言うと衛は、うさぎの隣に座った。うさぎは、少しムッとした。
「しょうがないでしょ!?最近寝不足だったんだから。」
 ちょっと反抗的な言い方をしたうさぎの態度に、衛も少し怒りが出てきた。
「俺は、おまえの心配をしてやってるんだぞ!?こんな暗い公園で女の子が一人で寝て、どうなるかわかってるのか?たまたま俺が通りかかったから良かったものの。なのにその言い方はないんじゃないか?」
「だって!!!」
 衛が真剣に怒った事にびっくりしたのか、涙が溢れ出てしまった。
「…だって、寝不足だったんだもん……。」
 さっきと同じ事を言っているうさぎを不思議そうに見つめながら、衛は喋ろうとした。
「だから、危な……。」
「レイちゃんと………、レイちゃんと衛さんが会ってたって知った日から、私気になってしょうがなかった。レイちゃんが衛さんを好きだって事は知ってたけど……。」
 その時、衛は少し困惑した表情になった。
「衛さんも、レイちゃんの事を好きなんじゃないかって思ったら、私涙が止まらなかった。私の中に、こんな感情があったなんて知らなくて、夜もずっと眠れなかったの……。」
 衛の表情が変わった。困惑した表情は変わらないが、さっきとは何かが違っていた。
「レイちゃんに言われたの。『自分の気持ちに素直になれない人に、衛さんは任せられない』って…。レイちゃんの為にも、そして自分の為にも、私、素直に自分の気持ちを言わなきゃって思ったの。」
「おだんご……。」
 俯いたままのうさぎは、聞こえないくらいの小さな声で一言、呟いた。
「…………好き。」
 うさぎの肩が小さく震えていた。
「…………好き。」
 涙がポタポタと落ちていた。
「好き!好きなの!衛さんの事が……。」
 両手の拳をギュッと握ると、うさぎは声を大きくして言った。
「……衛さんの事が好きなのぉ!!!」
 そう叫んだ後、うさぎは喋る事が出来なかった。泣く事しか出来なかった。あれだけ泣いていても涙は枯れないものなのかと思いながら、うさぎはその場に泣き崩れてしまった。辺りは静かだった。静かな公園に時折、風が吹いた。うさぎは、その風が少し心地良かった。お互い無言の状態が続いたが、衛は重い口を開いた。
「俺とお前は歳が違い過ぎる。それに、お前は今大事な時期だ。今年は受験だってある。お前には、俺と付き合って悪い方にいって欲しくないんだ。」
 うさぎは、フラれるのか――――――と、半ば諦めの表情で衛の話を聞いていた。衛の顔が見えない。表情も伺えない。けど、衛の声が、いつもとは違って聞こえる。それだけは確かであった。
「けど、そんな事でお前を失いたくない………。」
 声が震えているように聞こえた。衛は、組んだ両手を額に当て、考え込んでいた。そして、何かを決断した様子で、深い深呼吸をした。
「………俺でいいのか?」
 そう言って、衛はうさぎに顔を向け、見つめ続けた。
 吸い込まれそうな蒼い瞳。まるで、真実を映す水晶球のようだった。
 うさぎは、目に涙を溜めながら笑顔で言った。
「衛さんじゃなきゃ……、衛さんじゃなきゃダメなの………。」
 うさぎは衛に抱き付いた。
 衛もうさぎを、力一杯抱き締めた。
 噴水が勢いよく水を噴き出した。噴水の水が、キラキラと月を映し出していた。今日は満月だった。幾つもの星々が満天に輝き、神秘的な夜が広がっていた。
 
 お互いの体が、ゆっくりと離れた。
 衛は、うさぎの涙をハンカチで拭った。
「……それっ!?」
 そのハンカチは以前、うさぎが衛の手当てをした時の物であった。
 その瞬間、彼は再び私の体を抱き締めた。
 前より増して、力一杯抱き締めてきた。
 彼の体がすこし、震えていた。
 彼は、涙を流していた。
「……………うさぎっ。」
 抑えきれない涙を流し、彼は、初めて私の名前を呼んだ。