2.偶然の重なり


 家に帰る途中うさぎは、飼っている猫を見つけた。
「ルナ!そっちは車道だから危ないわよ!!」
 しかし、聞こえなかったのかルナはそのまま車道へ向かった。うさぎが走ってルナを連れ戻そうとしたその時―――。
―――「ドンッ!」
 途中の曲がり角から歩いてくる人に気がつかなかったため、ぶつかってしまったのだ。お互い地面に座り込んで、うさぎは痛めた足を押さえながら顔を上げた。
「す、すみません・・・って、あなた!」
 目の前で腕を痛めながら座っていたのは、いつもうさぎの目の前に現れては、「おだんご頭。」と、からかっていた男―――地場 衛だった。
「痛いじゃないか!ちゃんと前見て歩けよ、おだんご頭。」
「だから!!その‘おだんご頭’って呼び名、やめてって言ってるでしょ!?」
「イタッ!」
 顔を歪めながら衛は言った。腕から少し血が出ていたのである。
「大変!血が出てるじゃない!?」
 そう言うと、うさぎはカバンからハンカチを取り出し、衛の傷口を塞ぐように結んだ。
「ごめんなさい。私のせいで怪我しちゃって・・・。」
「平気だよ。それよりお前、立てるか?」
 足を押さえながら自分の怪我を手当てしてくれているうさぎに、衛は言った。
「うん、大丈夫。平気だよ?」
 うさぎは決して平気なわけではなかった。足が真っ赤になって腫れ上がっていたのだ。きっと捻挫でもしたのだろう。歩いて帰れる状態ではなかった。しかし、自分のせいで怪我を負わせてしまった衛に、余計な心配をさせたくないと思ったうさぎは、無理に笑顔を作って平気なフリをして見せた。
 そんな優しい嘘に気付いた衛は、うさぎを‘お姫様だっこ’してみせた。
「きゃあっ!!」
「なにが‘大丈夫’だよ。こんなに腫れてるじゃないか。」
 いきなり抱き上げられたうさぎは、耳まで真っ赤にしていた。
「で、でも、私あなたに怪我させちゃったし、それに・・・。」
「いいんだよ。さっき怪我の手当てしてもらったし、そのお礼。」
 そう言うと、衛はうさぎにウィンクして見せた。そのまま歩き出すと、うさぎは何故か衛の首に両腕を絡め、そしてそのままギュッと抱きしめていた。
 
(この人の温もり・・・。暖かい・・・・・・。なんだか落ち着く・・・。)
 
(何だろう、この気持ち・・・。今まで感じた事の無い、この感覚は一体・・・・・・。)
 
 どれくらい時間が過ぎただろうか。気が付けば、そこはもう月野家の玄関前だった。
「ありがとう、ここでいいわ。」
 そう言うと、うさぎは衛から離れた。
「あなたがこんなに優しい人だったなんて、思わなかったわ。」
 うさぎは、屈託のない笑顔を衛に向けた。その笑顔を見て、衛も穏やかな気分になった。
「おだんごって呼ぶの、もうやめるよ。嫌がってるもんな。」
「い、嫌じゃないよ!私、あなたに‘おだんご頭’って呼ばれるの好きだもん!!」
 言ってから顔が真っ赤になってしまった。「好きだもん!!」の部分だけ、何故か大きな声で言ってしまったからである。慌てふためきながら弁解しようとするうさぎを見て、衛はふっと思い出したように言った。
「そうだ!そういえばあの子おだんごの友達だったよな?すまないけど、この腕時計返しておいてくれないか?」
 そう言って、衛はうさぎにレディース物の腕時計を渡した。
「あの子って?」
 嫌な予感がする。
「ほら、T・A女学院の制服の・・・、」
 お願い!!それ以上言わないで――――――――。
「火野レイさん。」
 
 
「・・・どうしてあんたがレイちゃんの腕時計を持ってるの?」
 うさぎは、急に言葉遣いが変わってしまった。
「ああ、さっきまで火野さんと会ってたんだよ。」
「ふ〜ん、そう・・・。わかった、レイちゃんに届けておくから。じゃあね。」
 急にそっけない態度をとったうさぎは、そう言うなり家に入ってしまった。
「バタンッ!」
「お、おい!おだんご!!」
 衛の言葉を聞くより早く、うさぎは家へ逃げ出してしまった。