封印の神殿
衛や謙之たちの集団は、徐々にメンバーを増やしながら神殿内を移動していた。既に人数は五十人を数える程になっていた。時折シスターと戦闘になったが、幸い脅威となるような人数のシスターとは遭遇しなかった。疑心暗鬼に駆られながらも、とにかく逃げるしか手立てのない彼らは、ひたすら外を目指して移動していた。
勘を頼りに移動しているので、果たして本当に外に向かっているのか疑わしいところだったが、最深部に向かっているような気配も感じなかった。さすがに最深部ともなると、守りに就いているシスターの数も多いはずだ。出会すシスターが少ないと言うことは、確実に外に向かっている。と言うのが、飯塚の考えだった。
「ホントにそう思う?」
熱弁を振るっていた飯塚の姿が見えなくなると、忍は衛に耳打ちするように訊いてきた。これから、しばらくは休息を取るのだそうだ。そんなに悠長に構えていていいものだろうかと思うのだが、子供や老人の疲労が激しいので、無理はできない。
「決めつけるのは危険だな」
衛はそれほど、楽観視していない。抵抗するシスターの数が少ないことには、必ず理由があるはずだと考えていた。外に近ければ近いほど、自分たちを逃がすまいとするシスターの一団と遭遇してもいいはずだ。
「わたしもそう思う」
ふたりの会話を聞いていたのだろう、謙之が話に加わってきた。
「あの時は頼りになりそうだったから、あのおじさんにリーダーを頼んだんだけど、なんか心配になって来ちゃったわ」
忍は大袈裟に肩を竦める。少し声を小さくしろと、謙之が両手でゼスチャーをした。忍は首を窄( めて、チロリと舌を出した。)
「逆に、最初はとっても頼りないと思っていたあなたが、実は意外と頼りになる人だとは、正直驚きだわ。あたしも人を見る目がないってことかしらね」
「意外と、ね………」
衛と謙之は、顔を見合わせると苦笑し合った。その時―――。
―――レイさん、聞こえますか?
地を伝う微かな声を、衛は拾っていた。
(何だ!? 今の声は)
衛はもう少しはっきりと声を感じ取ろうと、その場で右膝を付いて同じ側の手を床に押し当てた。衛はそうやって、周囲の情報を感じ取る能力を持っていた。
「どうしたの?」
突然おかしな行動を取った衛に、忍は怪訝そうな視線を向けた。
「静かにしていてくれ」
穏やかだが、有無を言わせぬ響きを持たせて、衛は忍を制した。目を閉じ、“気”を集中させた。
―――聞こえるわ。どうしたの? ほたる。
―――こちらにも敵が現れました。ですが、一向に攻撃してくる気配がありません。恐らく、別働隊がレイさんたちを攻撃するタイミングを見計らっているのだと感じます。
―――そうか。同時に襲撃すれば、どちらも援護に向かえない。敵もそれは同じ条件だけど、敢えてそうすると言うことは、どちらもそれなりの敵が襲ってくるということね。
―――恐らく。
―――分かった。こっちも気を付ける。何か変化があったら、また教えて頂戴。
―――了解です。
声はそこで途切れた。“気”を送る会話が終了したのだろう。
(レイとほたるの会話か………。ほたるがサイレンス・グレイブを使って、レイに“気”を送ったのか)
衛は立ち上がった。
「あと少しの辛抱かもしれません」
衛は謙之に言った。今のふたりの会話から、少なくとも複数の仲間が近くに来ているということが分かった。彼女たちは何か行動を起こしている。だとすると、何かのタイミングでこちらの状況を彼女たちに伝えれば、救出に来てくれるかもしれない。
「キミにそう言われると、何故かとても安心する」
謙之はホッとしたような笑みを浮かべた。
大司教ホーゼンは歯噛みしていた。どうしてこのような事態になってしまったのか、検討も付かなかったからだ。
「何故、やつらが逃げた? いや、そもそも、どうやってこんな暴動を起こしたのだ………」
全く予期していない事態だった。捕らえていた人々が、突如暴動を起こしたのだ。兆しは確かに感じていた。しかし、行動を起こすだけの「決め手」を、彼らは持っていなかったはずなのだ。そもそも、彼らはここがどういう場所なのか分かっていない。暴動を起こすのは簡単だが、脱出まで計画するとなると、まずここがどういう場所なのか知る必要がある。彼らにそれを知る術はなかったはずなのだ。
「“毛むくじゃら( ”は出すな! 誤って連中を殺してしまうかもしれん」)
大司教ホーゼンは傍らのシスターに怒鳴りながらも、表情を歪める。こうした事態を想定して、「駒」を残しておくべきだったと後悔をしたが、今となってはどうすることもできない。
―――殺すな! “弾”は多ければ多い方がよい。
頭の中に声が響いた。掠( れたような囁くような、ひどく耳障りな不思議な声音だが、威圧的な強い声だ。)
「分かっております。アビス様………」
マザー・テレサは“囚人”たちの暴動に、一時は驚きはしたものの、慌てはしなかった。
「しかし、手際が良すぎる。何者か、暴動を指揮している者がいるやもしれんな」
大司教ホーゼンよりは冷静に、物事を判断していた。最早、組織などどうでもよくなっていたからかもしれない。それよりも今は、娘のファティマの安否が心配であった。
「どこにおる、ファティマ………」
姿が消えてから数日しか経っていないはずなのに、数年も会っていないように感じていた。
「ラムラ、リテネ。おるか?」
「お側に控えております。テレサ様」
マザー・テレサの背後に、シスターの姿をした女性がふたり、どこからともなく現れた。その身に着けている法衣は、血のように澱んだ赤い色をしていた。ふたりとも、宝石のように美しい青い瞳を持っていた。太めの黒いアイラインを入れているので、白い肌に目だけがやけに浮き上がったように見える。ラムラは鮮やかな青の、リテネは鮮やかな緑のルージュを引いていた。
「時折ファティマ様の“気”を感じます故、お近くにはいるものと推測されます」
「誠か!? リテネ」
「ですが、お近くにイズラエル様の“気”も感じます」
「なに!? イズラエルとな!? 死んだと聞いていたが、生きておったのか。もしや、イズラエルがファティマを………」
「分かりません。ですが、ディールも一枚噛んでいるようです。『封印の神殿』内も、時折徘徊をしておりました」
「ディール………。あの男か………」
マザー・テレサは、ディールの顔を思い浮かべるように、視線をやや上方に泳がせた。
「組織を離反したのちも、ジェラールやセントルイスと通じていた節が御座います」
リテネに代わって、ラムラが口を開いた。声はラムラの方が少し高い。
「恐らく、ギルガメシュも」
リテネが補足した。
「………驚かれていないようですね」
表情を変えないマザー・テレサに、ラムラは尋ねた。
「いや、驚いている」
口元をやや緩め、マザー・テレサは答えた。だがやはり、言葉ほど驚いているようには見えなかった。
地場 衛の状態で戦うには、限界があった。派手にサイコメトラーを使うわけにはいかないからだ。謙之の存在が、衛のアキレス腱になってしまっていた。魔力を放出して、派手にシスターを薙ぎ倒している忍を見て、衛は苦笑せざるを得ない。
T・A女学院の生徒の一群と接触していた。十数人の一団だった。接触した途端に、シスターが襲撃してきた。どうやらそのT・A女学院の生徒たちは、シスターたちに追われていたらしい。
「後輩じゃ、見捨てるわけにはいかないわね!」
どうやら忍は、T・A女学院の卒業生らしい。在学中の短大というのも、T・A女学院なのかもしれなかった。
「そこの人! あたくしをお守りなさい!!」
背後から投げ掛けられた声に、衛は振り向いた。T・A女学院の学生だ。
「あなたに、あたくしを守る栄誉を与えます」
とても高飛車な学生だった。衛もしばし、呆気に取られてしまう。
「邪魔よ! 大人しくしてなさい!!」
偉そうにふんぞり返っていたその女学生のお尻を足蹴にすると、忍は衛の横に並んだ。
「取り敢えず、片付いたようね」
「ああ、こっちはもう大丈夫だろう」
見える範囲に、シスターの姿はなかった。どうやら撃退できたらしい。
「ちょおっと、そこの方!」
忍に足蹴にされた女学生は、しばし自分の身に起こった出来事が理解できなかったらしいが、どうやらやっと気付いたようだ。あからさまに険が含まれた声が投じられてくる。
「あたくしを学院の女王・弥勒院麗子と知って、足蹴になさいましたの!?」
「女王だが女郎だか知んないけど、邪魔するならここに置いていくよ! さっさと仲間たちのところに行ってな!」
忍が一括すると、
「お、覚えてらっしゃい!!」
その学院の女王様は血相を変えてその場から逃げ去った。
「何だ? あたしの顔に、何か付いているの?」
「いや………。頼もしいと思ってな」
「心にもないことを」
忍はそう言ったが、少し照れているようだった。
「おい! こっちを手伝ってくれ! 手強いシスターがいる」
飯塚だった。左腕を負傷していた。
「飯塚さん! 月野さんは!?」
「あいつはまだ向こうだ。子供を助けようとして、孤立した」
「なんですって!?」
その瞬間、衛は駆け出していた。謙之を助けなくてはならない。
「待ちなよ! あたしも行く」
忍は衛の後を追い掛ける。衛の足は速い。あっという間に見失ってしまった。
「どこよ!? どっちへ行ったのよ!?」
忍はその場で立ち往生してしまった。
謙之の背後には、ふたりの子供がいた。小学校高学年くらいの女の子と、低学年くらいの男の子の姉弟だった。他の大人たちと逃げていたのだが、転んでしまった弟を助けようとしたために、置いてきぼりを食ってしまったのだ。一緒に逃げていた大人たちは、子供が転んだことに気付いていたが、シスターたちが迫っていたので、見捨てて逃げてしまった。謙之はその一部始終を離れた位置から見ていた。姉弟たちのところまでは距離があったが、飯塚の制止を振り切って、姉弟を助けるために敵陣へ突っ込んでいったのだ。武器は逃走途中で拾った鉄パイプだった。
謙之はそれを振り回してシスターを蹴散らし、姉弟の元に辿り着いた。
「大丈夫か!? 怪我はないか!?」
謙之の問い掛けに、ふたりは揃って肯いた。姉の方は、弟を庇うように抱き締めている。弟の方は転んだ時に作ったものなのだろう、膝小僧を擦り剥いていたが、大した怪我をしている様子はなかった。歩けないわけではないのだろうが、足が竦んでしまって動けないようだ。
「お父さんとお母さんはどうした?」
「分かんない。はぐれちゃったの」
姉の方が答えてきた。彼女たちを見捨てた大人たちの中に、彼女たちの両親はいなかったのだろうか。謙之としては、いなかったと思いたい。
この子たちを守らなければならない。
謙之は決心した。姉弟だったということもある。自分の子供たち―――うさぎと進悟がダブって見える。
「もう一度、お前たちに会えるのだろうか………」
無意識のうちにそう呟いてから、激しく頭を振って、その考えを打ち消した。そんな弱気ではいけない。生きて、日本に帰らなければならない。
シスターのひとりが、自分たちに気付いた。漆黒の法衣を纏っている。日常的に見掛けていた濃紺の法衣を纏ったシスターとは、雰囲気がガラリと違う。
「!?」
シスターは床を滑るように移動してくると、両腕を振り上げた。謙之はがむしゃらに鉄パイプを振り回す。手応えがあった。
「痛いね」
シスターは左腕で鉄パイプを受け止めていた。空いた右腕を突き出して、謙之を押し退ける。
謙之は二メートルほど後方に吹き飛ばされた。
「面倒だから、見せしめにこの子たちを八つ裂きにしてやろうか。そうすれば、この辺の連中は大人しくなるかしらね」
シスターは形の良い唇を歪めた。姉弟は恐怖のために、その場から動けない。
「うおぉぉぉ!!」
起き上がった謙之は鉄パイプを振り上げて、シスターに襲い掛かった。
「うるさいね! お前の方を八つ裂きにしてやるよ」
シスターの目が、迫ってくる謙之を捉えた。目が閃光を放った。
シスターの目が光った瞬間、謙之は自分の死を悟っていた。人智を越えた相手に、自分はあまりにも無力だった。笑顔の家族の顔が、フラッシュの如く脳裏に浮かんだ。
―――パパ!?
やけに近くに、うさぎの存在を感じた。うさぎがすぐ近くにいるような気がした。
錯覚だ。
謙之は思う。死を目前にして、自分の頭はおかしくなってしまった。そう思った。
不意に視界を闇が覆った。
自分は死んだ。そう理解した。
「退( がってください!」)
その声に、謙之は我に返った。自分の視界を覆った闇が、黒いマントだということに気が付いた。
「この子たちは、俺が助けます」
黒いマントが翻( った。目にも留まらぬ早さでシスターに肉迫すると、不可思議な力でシスターを弾き飛ばした。)
「何だ!? 貴様は………」
ヨロヨロと立ち上がり、シスターは表情を歪めた。
「お前のようなやつに、名乗る名前はない」
ピシャリと言い放つと、
「タキシード・ラ・スモーキング・ボンバー!!」
一瞬で勝負を付けた。シスターはスモーキング・ボンバーの直撃を受けると、断末魔の悲鳴を上げながら消滅していった。
「早く合流を!」
タキシード仮面は謙之にそう言うと、そのまま姿を消した。
正に危機一髪だった。あと一歩遅かったら、謙之は殺されていただろう。
「ふぅ………」
タキシード仮面から衛の姿に戻ると、壁にもたれ掛かって大きく息を吐いた。
「ふぅん。なるほどね」
「!?」
声に驚き顔を向けると、忍がこちらを見つめていた。ツカツカと歩み寄ってくる。
「変身ヒーローってのは、本当にいるんだ」
「俺はヒーローじゃない」
軽くいなすように笑ってから、衛は平たい口調で答えた。
「能ある鷹はなんとかってね。あまり目立っては動き辛いか。それに、恋人の父親の前じゃ堂々と『変身』するわけにもいかないってわけか。けっこう面倒な柵( だね」)
忍は自分で言って、ひとりで納得をする。
「黙っとくわ」
「そうしてくれ」
衛は突っ慳貪にそう言うと、姉弟を連れて走ってきた謙之の方に視線を移した。
ジェラールとヴィクトールのふたりが交流してからの、戦士たちの行動は素早かった。
セーラームーンのヒーリング・エスカレーションによって一命を取り留めた自衛隊の面々は、日暮と共に十番病院に引き返すことになった。自分たちが足手まといでしかないことを、ここまでの戦いで思い知らせれたからでもあった。それにサラディア本人、及び機甲兵団が全滅したことにより、敵の戦力が大幅にダウンした可能性が高いということもある。特に後者は、それによって、十番病院を襲撃するだけの部隊を敵が組織できない可能性が高まったのだ。セーラー戦士がいなくても、充分に防ぎきれる可能性が出てきたのだ。十番病院が自衛隊の面々だけで守れるとなれば、現在守りに就いているサターンとアースをこちらに回すこともできる。それに、とっくにネフライトとゾイサイトが到着しているはずだ。もしかすると、何か策を練っているかもしれない。そうしたこともあり、日暮を初めとした自衛隊の面々は、戦線を離脱することとなったのだ。
「『封印の神殿』って言うからには、何かが封印されていたんでしょ?」
強い風を受けて乱れた髪を整えながら、ヴィーナスはジェラールに訊いた。眼下には広い湖が広がっていた。対岸に近い湖面に浮遊戦艦カテドラルが着水し、不気味に沈黙を保っている。その浮遊戦艦の陰に隠れるような位置に、小高い丘が見える。その丘の上に、巨大な建造物が見えた。ジェラールの言う「封印の神殿」だった。自分たちの最終目的地である。
「聖櫃( とやらが封印されていたのが、あの神殿なわけだな?」)
重ねてクンツァイトが尋ねた。ジェラールは肯く。
「ああ、あそこに聖櫃( はあった。ディールが持ち出した聖櫃) ( が、結局どこに安置されていたのかは分からず終いだが、その封印が解けてしまったことだけは間違いないのだな?」)
ジェラールはチラリとセーラーサンを見た。彼女の覚醒の際の経緯は既に聞いている。聖櫃( に封印されていたとする破壊をもたらす者が、セーラーヴァルカンであることは疑いようのない事実だった。)
「だが分からないことがある」
ギャラクシアは腕を組み、「封印の神殿」を見下ろしたまま言う。
「封印から解き放たれたセーラーヴァルカンが、何故未だにあたしたちの前に姿を見せない? アポロンの話………と言っても、その時のアポロンが本物だったかどうかは今となっては分からないことなんだろうが、そのアポロンの話からすると、セーラーヴァルカンはシルバー・ミレニアム………いや、クイーン・セレニティの一族を激しく恨んでいるはずだ。復活したのなら、真っ先にセーラームーンに復讐をするはずだ」
「え? そうなの?」
「あ、いや、あたしならそうするだろうなぁと………」
「じゃ、そうなんだ」
「こいつ、何も考えてないだろ?」
ギャラクシアはセーラームーンを指差しながら、ジュピターとマーズに顔を向けた。ふたりは真顔で、首を一回だけ大きく縦に振った。
「馬鹿がもうひとり増えたような気がするのは、あたしだけだろうか………」
セーラーサンの方をチラリと見てから、ギャラクシアは小さく嘆いた。いや、もうひとりいると思う。と、マーズとジュピターはチロっとヴィーナスの方に目を向けたが、口には出さなかった。
「何にせよ、ヴァルカンてやつが来ないのは喜ばしいことだ」
話が横道にどんどんとズレそうだったので、ヴィクトールが舵を取り直した。
「敵は少ないに超したことはないしな」
ジェダイトは同意する。そのままジェラールに顔を向ける。
「神殿にいる戦力は分かるか?」
「残っているのはシスターと、ルガー・ルー………キミたちが“毛むくじゃら”と呼んでいるものだけだと思う。十三人衆で残っているのは、スプリガンの一派だと思われるが、恐らくそれもワルキューレという女性ひとりだけだろう。マザー・テレサの腹心のふたりのシスターは手強いが、これだけの戦力があるのだから、我々の方に分がある。厄介なのは、大司教のホーゼンだろう」
「セーラームーンとセーラーサンは一度戦ったことがあるんだよね?」
ちょっと引いたような口調で、カロンはふたりに尋ねた。「あたしもだ」とギャラクシアが口を挟んだ。
「手強かったわね。まともじゃないわ」
「目が飛び出てきたんですよぉ! びよ〜〜〜んと!」
セーラーサンが目玉がびょ〜んと飛び出るようなゼスチャーをしてみせたが、初めて聞いた者は彼女のお得意の冗談だと思った。
「いや、マジよヴィーナス( 」)
「マジ!?」
「大マジ」
「ホーゼンって人、ロボットだとか?」
「人間じゃないかもしれんが、よくは分からん」
ヴィーナスに尋ねられたジェラールだったが、肩を竦めるしかなかった。
―――もう一度。お前たちに会えるのだろうか………。
その声は、唐突にセーラームーンの脳裏に響いた。セーラームーンはビクリと体を震わせた。聞こえたのはセーラームーンひとりだったようだ。仲間たちに反応はない。
シスターに襲われる謙之の姿が、一瞬脳裏に映った。
「パパ!?」
セーラームーンは思わず叫んでいた。神殿で爆発が起こったのは、その直後だった。
「爆発だと!?」
「俺たち以外の誰かが、神殿に攻撃を仕掛けたのか!?」
「いや、違う! 爆発は神殿の内部からだ!」
驚くヴィクトールとクンツァイトに、ジェラールは冷静に観察をして答えた。
―――早く合流を!
先程とは違う声が、セーラームーンの脳裏を閃光の如く貫いた。
「まもちゃん!?」
セーラームーンは弾かれたように「封印の神殿」に顔を向けた。その声は「封印の神殿」から飛んできたように感じられたからだ。
「俺たちにも聞こえた………」
「ああ、間違いない。マスターの声だ」
ジェダイトとクンツァイトは、張り詰めた表情で唸るように言った。
「あそこにいるのね、まもちゃんも、パパも………」
セーラームーンは「封印の神殿」を見つめる。爆発は一度きりだった。その後は静まりかえっている。だが確かに、「封印の神殿」内部で何かが起こっている。
「あたしの中のカロンが、急げと言っている。何か嫌な予感がする」
カロンは二の腕をさすりながら言った。この後の展開を予想しているかの如く、その表情は暗く沈んでいた。
マザー・テレサはラムラとリテネを従え、「封印の神殿」内部の大ホールに来ていた。“囚人”たちからエナジーを吸い上げていたこのホールを、今は不気味な静寂が包んでいた。
マザー・テレサはゆっくりとホール全体を見回した。
「ここはもう必要ありませんね………。『破壊をもたらす者』の封印も解けてしまったようです。わたくしの“仕事”は失敗をしました」
マザー・テレサは、ラムラとリテネのふたりに話し掛けていた。ふたりは口を噤んだまま、マザー・テレサの言葉に耳を傾けていた。
「ラムラ、リテネ。皇帝陛下にご報告を。テレサの計画は失敗したと………」
「テレサ様は如何なされます!?」
やや慌てた口調で、ラムラが問い返した。
「ファティマが気懸かりです。わたくしは、ここに残ります。それに、この不始末の後始末をせねばなりません」
「では、わたしがお供を致します」
「いいえ」
申し出てきたリテネに顔を向け、マザー・テレサはゆっくりと頭を振った。優しくはあったが、確固たる拒否が感じられた。
「これはわたくしの責任です。皇帝陛下へのご報告は、ラムラがなさい。リテネ、あなたはこの星に残っている同士たちを集めるのです」
「畏まりました。そのお言葉に従います」
ふたりは慇懃に頭を下げると、まるで初めからそこにいなかったかのように、唐突に姿を消していった。
「儂の知らぬ配下を隠し持っていたか………」
ふたりが消えるタイミングを見計らっていたかのように、マザー・テレサに声が投じられた。大司教ホーゼンの声だった。
「組織の全てを、そなたが知る必要はない。それに、そなたもわたしの知らぬ部下を隠し持っていたであろう?」
マザー・テレサの声は、鋭い矢のようであった。
「ふっ。お互い様と言うわけか」
大司教ホーゼンは口元だけを緩めた。
「そなた、何者ぞ?」
マザー・テレサはすうっと目を細めた。体をゆっくりと、大司教ホーゼンの方に向けた。
「知ってどうなる………」
大司教ホーゼンは口元を緩めない。それは、余裕の表れのようでもあった。