ノアとヴィルジニテ
「〈ヴィルジニテ〉が!!」
アルテミスとプレアデスを乗せたノアの「方舟」が、ゆっくりと浮上していく様子を見つめていたセーラームーンだったが、緊迫したヴィーナスのその声にビクリと身を震わせて、彼女が指し示す方向に顔を向けた。
〈ヴィルジニテ〉が、凶暴なまでの速度で迫ってくる。獲物を発見し、襲い掛かる女豹のようだ。
砲撃が加えられた。ノアの「方舟」は、その砲弾を回避しつつ、高度を取った。
〈ヴィルジニテ〉に向かって五秒間攻撃を加えると、こちらへ来いとばかりに“ラピュタ”の「前方」へと急加速で移動した。
セーラームーンたちがサラディアに発見されて爆撃を受けないように、囮になって引きつける気なのだ。逃げる者こそ追いたがる、サラディアの性格を突いてのセーラーノアの作戦だった。そういった情報は、セーラーヴィルジニテから密かに伝えられていた。セーラーヴィルジニテはサラディアの監視下にあるものの、僅かながら自分の意志で行動をすることができる。実際、セーラーヴィルジニテ自身はセーラームーンたちのことを発見していたのだが、サラディアに伝わらないように情報を操作していた。
「ここから急いで移動しよう。あいつらの行為が無駄にならないようにな」
「うむ。では、『封印の神殿』とやらで、また会おう」
「セーラームーン。では、のちほど」
クンツァイトが言い放つと、ネフライトとゾイサイトは、すぐさまその場から姿を消した。ふたりは十番病院へ向かったのだ。
「あたしたちも行こう」
セーラームーンたちも山の麓を目指して、急ぎ移動を開始するのだった。
〈ヴィルジニテ〉のブリッジで、豪華なシートにもたれ掛かっているサラディアは、ひとりほくそ笑む。
「お逃げ、お逃げ。こっちの方がスピードが上なんだ。逃げ切れるもんじゃないんだよ」
猟奇的な眼差しで、サラディアはスクリーンに映る逃げるノアの「方舟」を見つめる。楽しくて仕方がなかった。弱者をいたぶるのは、至高の喜びだった。許しを請う者に鞭を振るっている瞬間は、彼女にとって至福の時だ。サラディアの目には、ノアの「方舟」は、山猫に追い立て回されるウサギの如く映っていた。
「仲間だからって、手加減はさせないよ」
サラディアは、背後のカプセルに拘束しているセーラーヴィルジニテを肩越しに覗き見る。セーラーノアを攻撃することに対し、必死に抵抗を試みるかと思われていたセーラーヴィルジニテは、意外も大人しくしていた。サラディアにとっては、それが面白くない。抵抗するセーラーヴィルジニテに、鞭を振るいたくてウズウズしているのだ。抵抗してくれなければ、楽しさが半減する。
「何とか言ったらどうなんだい!?」
苛立たしげに、サラディアは怒鳴る。しかし、依然としてセーラーヴィルジニテは無言だった。それがある意味、彼女の「抵抗」なのだ。
サラディアは舌を打つ。
「こやつの目の前に、あの船の守護者を引き立てて処刑せしめれば、嫌でも口を開くでしょう。サンザヴォワールのやつが、うまくやってくれるでしょう」
これ以上苛立たせることは得策でないと判断したのか、バルバロッサが提案してきた。ひきつっていたサラディアの表情が、幾分和らいだ。
「そうさねぇ。ヴィルジニテの目の前で、あの船の守護者をバラバラにするとしようかねぇ」
サラディアはその様子を想像し、愉快そうに肩を揺すった。
「いつまでも持ち堪えられるもんじゃないぞ!」
アルテミスは怒鳴る。〈ヴィルジニテ〉は、こちらの思惑通り、セーラームーンたちには目もくれず、追撃してきてくれた。しかし、火力も走力も、セーラーヴィルジニテの方がセーラーノアを上回っていた。長期戦になればなるほど、セーラーノアの方が不利になる。だが、アルテミスにもプレアデスにも、有効な戦術は思い付かなかった。ノアの「方舟」に中では、ふたりに出来ることは何もない。セーラーノアに任せるしかないのが現状だった。それに、ふたりとも対艦戦に関しては、全くのど素人だった。
セーラーノアも迷っていた。実際、どう戦ったらいいのか分からないからだ。相手は姉妹艦の〈ヴィルジニテ〉だ。できることから、サラディアの呪縛から救ってあげたい。
そんなセーラーノアの思いが伝わったのか、セーラーヴィルジニテの“声”が聞こえてきた。
『主砲を使って、ノア! 主砲であたしを撃つのよ! あたしが誘導する。ブリッジを狙い撃つの』
「そんな………。主砲の直撃を受けたら、あなたはどうなるの!? 無事ではすまないのよ!?」
『気にしないで、ノア………』
セーラーヴィルジニテの声は、優しく諭すように伝わってくる。
『あたしはもう、自分の意志ではどうすることもできないの。あたしは、既に死んでいるのよ、ノア』
「でも! でも、目の前にいるわ! こうして話をしてるじゃない! あなたは、死んでなんかいないわ!」
僅かに沈黙が流れた。セーラーヴィルジニテが戸惑っているのだろうと感じられた。そして、その僅かな沈黙を破ったのは、セーラーヴィルジニテだった。
『………わたしを助けて、ノア。わたしはもう疲れてしまった。あたしをこいつらの呪縛から、解きはなって欲しいの。他の人じゃ嫌なの。あなたにやって欲しいのよ』
セーラーヴィルジニテの言葉が、セーラーノアの心に深く沁み渡る。
「ヴィルジニテ………」
『僅かな時間なら、わたしでも体をコントロールをすることができる。砲撃を停止して、あなたの目の前に出るわ』
「………」
『お願いよ、ノア』
セーラーノアは一分間、目を閉じて考えていた。とても長い一分間だった。
アルテミスにもプレアデスにも、セーラーヴィルジニテの声は届いていた。プレアデスは、セーラーヴィルジニテの悲しい決断に涙している。何も出来ない自分たちが、とても悔しかった。ふたりは無言で、セーラーノアの決断を待った。
「分かった」
意を決して、セーラーノアは肯いた。両目を大きく見開いて、セーラーノアは〈ヴィルジニテ〉を見つめた。まるでその姿を、瞳に焼き付けるかのように。
船首に一本だけ突き出た細い砲身が、ノア「方舟」の主砲だった。高出力のエネルギーを収束して放つ、ノアの「方舟」の切り札だった。エネルギーを収束させる必要があるため、一定時間無防備なってしまう。また、その性質上、連射することができない。正に、一撃必殺のための砲塔だった。破壊力が絶大なだけに、その分リスクも大きいのだ。
「やるわ。ヴィルジニテ」
ノアは自らの船首を〈ヴィルジニテ〉に向けた。
ノアの「方舟」のその動きは、サラディアの目には当然不可解な行動として映っていた。逃げていたはずのノアの「方舟」が、突然停止して自分たちの方に船首を向けてきたのだ。不思議に思って当然だろう。バルバロッサも同じだったらしく、
「妙ですな。きゃつめ、何を考えているのでしょう………」
厳つい顔を歪ませ、右手は顎の赤い髭を撫でる。
「簡単に諦めてもらっちゃ、面白くないんだけどねぇ」
サラディアは不満そうに、口をへの字に曲げた。ノアの「方舟」は反撃を止めている。現在は〈ヴィルジニテ〉の砲撃をモロに食らっている状態だ。いくらなんでも、そう長い時間耐えられるものではないはずだ。
「根性がないね。諦めるのが、早いんだよ!」
サラディアは明らかに苛立っていた。抵抗しない者を痛めつけても、楽しくもなんともない。ただ退屈なだけだ。弱者が泣き叫び、無駄とは分かっていても必死に抗( う姿を見るのが、サラディアは好きなのだ。)
「サラディア様。きゃつめはどうやら、先端の砲を撃つ気のようですな。そのための準備をしているのではないでしょうか?」
さすがはバルバロッサだった。すぐさま、ノアの「方舟」の行動の不可解さを、的確に推測している。
「もういい。興醒めだ。撃つ前に撃ち落とせ。あたしたちと心中する気だろうが、そうは問屋が卸さないさね」
「サンザヴォワールが乗り込んでいるやもしれませんが?」
「遅すぎるんだよ。あたしはもう待てない。なぁに、大丈夫さ。あの子は逃げ足だけは速いから」
「承知致しました。全砲門! 敵艦を集中攻撃!! ただし、ブリッジへの直撃は避けろ!」
バルバロッサの素早く的確な指示に、サラディアは満足そうに笑みを浮かべた。
アルテミスとプレアデスは、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「ヴィルジニテ………」
吐息のような声をセーラーノアが漏らした瞬間、〈ヴィルジニテ〉の砲撃が停止した。ノアの「方舟」と〈ヴィルジニテ〉は、見つめ合うように宙空に停止している。
セーラーノアはターゲットをロックオンする。狙いはブリッジだ。セーラーヴィルジニテのホログラフィーが、ブリッジの前方に投影されている。両手を大きく広げている。
『あたしは、ここよ。ノア』
セーラーヴィルジニテの声が聞こえる。
パワーが臨界に達した。
「何だ!? どうした!?」
思わぬ事態に、さしものサラディアも狼狽した。砲撃が停止してしまっている。このまま砲撃を続ければ、ものの数秒でノアの「方舟」は沈められるはずだ。なのに、お互い向き合ったまま、停止してしまった。
「どうした!? 砲撃手! 何故、砲撃を止めた!?」
バルバロッサの叱責が飛んだ。砲撃を停止させる理由はない。
「コ、コントロールがききません! トリガースイッチは押していますが、反応がありません!!」
砲撃手の上擦った声が返ってきた。困惑しているのは、砲撃手も同じだった。
「お前だね!?」
サラディアは事態を掌握した。シートから立ち上がり、後方のカプセルに怒りの眼差しを向ける。
「すぐにコントロールをこっちへお戻し! さもないと、痛い目を見ることになるよ!?」
サラディアは、カプセルの中に拘束しているセーラーヴィルジニテを恫喝する。しかし、コントロールはセーラーヴィルジニテが押さえたままだ。一向に戻ってくる気配がない。
「聞こえなかったのかい!? コントロールをお戻し!!」
ブリッジ全体がビリビリと震動するような、ヒステリックなまでのサラディアの声だった。
「あなたを、地獄までお連れ致します」
澄ましたような、セーラーヴィルジニテの声が返ってきた。
「それがわたしの最後の旅です」
「なに!?」
「サラディア様!!」
サラディアは、バルバロッサの狼狽えた声を初めて聞いた。
ゆっくりと顔を正面に向けた。
巨大な光が、眼前に広がっていた。
ビクリと船体が波打った。それはまるで、人間が何かを感じた時の動きに、よく似ていた。
「どうかしたのか?」
どこにいるとも分からぬセーラータンプリエに、はるかは声を投じた。
「な、何かを感じました………」
か細いセーラータンプリエの声が、どこからともなく聞こえてくる。
「敵?」
新月は短く問うた。飛空艇に搭乗したままで敵に遭遇した場合、自分たちはどういう行動を取ればいいのか、まだ一度もシミュレーションをしていなかった。
「違います」
だが、セーラータンプリエは否定してきた。敵の存在を感じたわけではないようだ。
「あたしに近い者が、消滅したような感じを受けました………」
そのタンプリエの声には、いつもの元気がない。
「近い者? 味方ということ?」
「いえ、でも周囲には何もありません」
みちるがセーラータンプリエに尋ね帰した時、亜美が答えてきた。亜美はセーラーマーキュリーに変身し、ゴーグルで周囲を索敵していた。マーキュリーのゴーグルで見える範囲には、敵も味方もいないということだった。
「地球にはタンプリエのような守護戦士を持つ飛空艇が、何隻か眠っているらしい。もしかすると、そのうちの一隻に何かが起こったのかもしれんな」
ノスフェラートは腕を組んだまま、前方を見つめている。あたかもそこに、答えが書いてあるかのように。
「誰かが、泣いてる………」
セーラータンプリエは、セーラーノアの慟哭を受信していたのだ。
ノアの「方舟」の主砲は、〈ヴィルジニテ〉のブリッジを直撃していた。凄まじいエネルギーの直撃に、〈ヴィルジニテ〉の船体も悲鳴を上げる。
『ありがとう、ノア………』
セーラーヴィルジニテの声が、そよ風のように優しく、頭の中を流れていった。
ブリッジを破壊された〈ヴィルジニテ〉は、誘爆を繰り返しながら“ラピュタ”の大地へと激突する。衝撃で、船体が真っ二つに折れた。
「ノア。ヴィルジニテ( の横に、着陸してくれ」)
放心状態のセーラーノアに、アルテミスは言葉を掛けた。
〈ヴィルジニテ〉は激突の衝撃で、船体が二つに折れてしまっていたが、辛うじて原型は留めていた。セーラーノアが主砲のパワーを拡散放射せず、ブリッジに一点集中で放ったため、船体が破壊されずに残ったようだ。本来なら、船体も完全に吹き飛んでいるところだ。それ程、ノアの「方舟」の主砲の威力は凄まじいものなのだ。
「セーラーヴィルジニテの核( が残っていればいいが………」)
アルテミスは目の前の〈ヴィルジニテ〉の残骸を見つめながら、難しいかもしれないな、と思った。
「みんなは、無事に合流できたかしら」
プレアデスは全く別の質問を口にした。彼女もまた、アルテミスと同じ感想を持ったからだ。別のことを口にして、目の前の現実から遠ざかりたかったのだ。
セーラーノアはひとり、ブリッジで待機していた。今はひとりにしてあげた方がいい。下手な言葉や優しさは、彼女をかえって傷付けるだけだ。
「大丈夫だ。彼女たちなら、心配はいらない」
軽く笑んで答えたアルテミスだったが、その表情が急に険しくなる。
「こっちの身を心配しなきゃいけないようだ………」
腰の鞘から、魔剣ヴァンホールを抜いた。プレアデスも、すぐにその気配を感じ取っていた。背後の〈ヴィルジニテ〉の残骸の中からだった。激しい憎悪を伴うおぞましい気配だった。できることならば、拘わりたくはない。
「はぁ………。なんか、最悪って感じ」
プレアデスは深い溜め息を付き、額に手を当てた。
「このまま、見せ場なしのまま終わるかと思っていたけど、ちゃんと見せ場が用意されていたようだ」
「嬉しそうね、アルテミス。あたしは、ちっとも嬉しくないよ………」
そう言いながら、プレアデスはアルテミスの横に並んだ。〈ヴィルジニテ〉の残骸に目を向ける。
その気配を放つものは、〈ヴィルジニテ〉の破片を押し退けるようにして姿を現した。女性だと思われた。しかし、全身は醜く焼けただれ、思わず顔を背けたくなるほどだった。その体型から、辛うじて「女性」だろうと判断できるだけであって、断定できる要素は何ひとつなかった。
変わり果てたサラディアの姿だった。
セーラーノアが主砲を放った際、バルバロッサがその身を犠牲にして、サラディアを守った。サラディアの前面で強固なシールドを張り、ノアの「方舟」の主砲の強力なエネルギーを防ごうとしたのだ。しかし、それでも彼女を五体満足の姿で守り通すことは叶わなかった。サラディアが、こうして生きていること自体が奇跡だと言っていい。本来なら、その凄まじい熱量によって、痕跡さえも残さず蒸発しているところなのだ。事実、彼女を守ったバルバロッサは、完全に消滅してしまった。
「こ、殺してやる………」
サラディアは血走った目を、アルテミスとプレアデスに向けた。おぼつかない足取りで、ヨロヨロと前進してくる。しかし、その殺気だった気配は、そんな瀕死の状態であることが、とても連想できるようなものではなかった。気をしっかり保っていないと、押し潰されてしまうほどの強大で凶悪な“気”だった。
「油断するなよ」
アルテミスは自分にも言い聞かせるように、低く呻くように言った。相手は、あの主砲の直撃にも耐えきっているのだ。瀕死の見た目に、騙されてはいけない。
「分かってる」
プレアデスも低く答えた。足を引きずるようにして自分たちに迫ってくる、サラディアを直視する。動きは緩慢だが、あの目は獲物を狙う女豹のそれだ。爛々と輝く瞳は、ボロボロの肉体にあって、そこだけが全く別の生き物のような感じさえ受ける。
「!?」
サラディアがニタリと笑ったかと思うと、背中から一対の翼がニョキリと顔を出した。蝙蝠の翼を思わせる羽は巨大で、広げると翼長五メートルにもなる。
翼を羽ばたかせ、サラディアは飛んだ。
「マジかよ!?」
その姿を目で追いながら、アルテミスは毒突いた。翼は全くの無傷である。目で追うことが困難なほどのスピードで、サラディアは旋回する。
急降下でふたりに迫ってきたかと思うと、襲いもせずまた急上昇をしていく。しかし、うねるような風圧が、ふたりに襲い掛かる。ソニック・ブームだ。
「離れるな! ひとりになったら、狙われる!」
左へ跳躍しようとしたプレアデスを、アルテミスは大声で制した。たった一度のサラディアの行動で、アルテミスは彼女の狙いを読み取っていた。ソニック・ブームによってふたりを分断し、その後ひとりずつを正確に攻撃しようと言う作戦だと感じたのだ。
そのアルテミスの考えは当たっていた。二度目のソニック・ブームを仕掛けた時、ふたりが無理な体勢でもその場に留まった姿を見て、サラディアは憎々しげに舌を打つ。
「ならば、ふたり同時に相手をしてやるよ!」
サラディアはドリルのように体を回転させ、ふたりの間に割ってはいるように突入してきた。
かまいたちのような風圧が、ふたりを襲う。
「あうっ!」
体を切り刻まれるような力を、プレアデスは身を強張らせて必死にガードする。
「背中を借りるぞ。プレアデス( 」)
「へ!?」
アルテミスの声が聞こえたが、姿を見付けることができなかった。ただ、背中に何かが触れているような感触がある。
「ちょ、ちょっとぉ! あたしを盾にする気!?」
「前を見ろ、前を! やつが来るぞ!!」
「あ、あたしに一直線!? 女の子を盾にするなんて、この人でなしぃ!!」
猛スピードで迫ってくるサラディアの姿を確認し、プレアデスは毒突いた。
「ん!? 男の方はどこに行った!?」
ドリル回転でかまいたち攻撃を仕掛けた後、上空で一旦停止をしたサラディアは、下方にいるのが女ひとりであることに、疑問を抱いた。男の姿が、どこにも見えない。
「あの一瞬で、あたしの視界から消えるほどの距離を動いたとも思えないが………」
移動して視界から外れたのではないとすると、透明人間にでもなったというのか。だが、サラディアはそれ以上、深くは考えなかった。ひとりだけ残った女が、ひどく慌てている姿が見えたからだ。恐らく、ひとりだけ残されて嘆いているのだろう。サラディアは猟奇的な笑みを浮かべる。絶好の獲物だった。
「じっくりいたぶってから、殺してあげるよ」
サラディアはプレアデスに向かって急加速で降下する。今度はまた、ソニック・ブームを仕掛けるつもりだった。プレアデスは今度は、身を翻して避けた。しかし、凄まじい風圧にバランスを崩し、移動した先で倒れ込んでしまう。
「馬鹿が! 狙い通りだよ!」
サラディアが歓喜の声を上げた時、
「全く、その通りだよ」
背中で男の声がした。
「なに!?」
サラディアは我が耳を疑った。そんなところから、男の声が聞こえてくるはずがなかったからだ。慌てて振り返る。しかし、そこには男の姿はない。
「俺の作戦勝ちだ」
もう一度背中から声がした。次の瞬間、背中と胸に焼けるような痛みが走る。同時に、ズシリとした重たい感触が伝わってくる。
アルテミスはネコの姿になって、プレアデスの背中に隠れていたのだ。相手がひとりになれば、再びソニック・ブームを仕掛けてくると読んでのアルテミスの策だった。正にその考え通り、サラディアはソニック・ブームを仕掛けてきた。プレアデスと交差する瞬間、急加速してきたサラディアは今度は急上昇するために体の角度を変える瞬間、僅かに隙が生じる。その一瞬の隙を付いて、アルテミスはネコの姿のまま、サラディアの背中に飛び移ったのだ。そしてプレアデスから充分離れたこの瞬間、人間の姿に戻って、サラディアの背中に魔剣ヴァンホールを突き立てたのだ。
魔剣ヴァンホールは背中から胸へと、サラディアの体を貫く。
「プレアデス( ! 今だ!!」)
サラディアのどす黒い返り血を浴びながら、アルテミスは叫ぶ。立ち上がったプレアデスは、上空のサラディアを睨む。サラディアの動きは停止している。
「食らえぇぇぇ!! クラスター・キャノン!!」
突き出された右手から、巨大なエネルギー波が放たれる。
「うがぁっ!!」
プレアデスの右手からクラスター・キャノンが放たれる直前、アルテミスはサラディアの背中に突き刺していた魔剣ヴァンホール横に薙いだ。どす黒い血が噴き出す。直後、クラスター・キャノンが直撃する。しかし、それでもサラディアは健在だった。更なる大ダメージを受けたものの、その肉体は滅ばなかった。
もとより、アルテミスも今の攻撃でトドメを刺せるとは思っていない。サラディアの背中を踏み台にして更に上空にジャンプしていたアルテミスは、クラスター・キャノンの直撃を耐えきったサラディアの脳天に、頭上から魔剣ヴァンホールを突き刺した。落下速度が加わった魔剣ヴァンホールは、サラディアの頭蓋骨を容易に砕いた。
「がっ!?」
サラディアは体をビクリと震わせただけだった。アルテミスは素早く離脱する。トドメを放ったのはセーラーノアだった。サラディアはアルテミスたちの戦いに夢中で、ノアの「方舟」の動きに全く気付いていなかったのだ。間近で放たれた主砲の直撃を浴び、サラディアはその存在を永遠に消滅させた。
ノアの「方舟」のブリッジに、アルテミスとプレアデスが戻ってくる。プレアデスは両手で大事そうに、ハンドボールほどの大きさの光の珠を抱えていた。淡く儚げに、珠は光を放っていた。
セーラーヴィルジニテの核( だった。)
プレアデスは無言で、セーラーノアに核( を渡した。受け取ったセーラーノアは、愛おしそうにその核を見つめる。)
「また、一緒に、宇宙( を飛びましょう。ヴィルジニテ」)
セーラーノアの涙の滴が、核にハラリと落ちた。
(あたしも同じ想いをするのかしら………)
未だ会えぬ友に想いを馳せ、プレアデスは漠然とだが、そう感じていた。