最悪の展開


 オペラ座仮面―――いや、兵藤 瞬の亡骸を埋葬し、一行は再び、「封印の神殿」を目指すべく進行を開始した。悲しむことはいつだってできる。今は兵藤の意志を継いで、自分たちが出来ることを行わなければならない。そうしなければ、死んでいった兵藤に申し訳が立たないし、もなかのためにその全てを捧げた陽子の行為も無駄になってしまう。
 三十分ほどで密林を抜けると、目の前には険しい山々が連なっていた。こうした光景を目の当たりにすると、自分たちが空に浮かぶ島にいることを、つい忘れてしまいそうになる。南海の孤島にでも迷い込んだような気分だった。
 日暮が地図を広げた。地図を広げる時、日暮はポツリと、「地図があるのはありがたいな」と呟いた。地図は兵藤が手に入れた物だ。かなり簡略化された地図だったが、何もないよりはマシだった。少なくとも、どこに何が存在するのか分かるからだ。もしかすると兵藤は、こうした事態も想定していたのかもしれない。もし自分がいなくなったとしても、仲間たちが路頭に迷うことがないように、準備をしていてくれたのかもしれなかった。兵藤は、自分の死を予感していたのかもしれない。
「神殿は、この山の向こうだな」
 地図と山を交互に見ながら、日暮は渋い顔をした。山越えをすることになるとは、思ってもいなかったからだ。地図には、この山々は丘のようにしか記されていなかった。
「この山を越えると、かなり大きな湖があることになっている。俺たちが目指す『封印の神殿』とやらは、その湖の向こう岸になるようだ」
「どちらにしても、湖は迂回しなければならないってことか………。最初っから、こっちの荒れ地を進んでいれば、こんな山を越えなくても湖畔に出れるぜ。合流する前に見てきたが、適当に身を隠せるモノリス郡が、わんさかあった」
 ジェダイトが地図の左側に記されている平原に人差し指で線を引くようにして、仮想のルートを示した。
「あ、いや………。それを言われると辛いな………」
「なんだ。この密林ルートを選択したのは、日暮隊長だったのか。すまなかった。無神経な言い方をしてしまった」
 様々な要因があるにしろ、結果的に自分が選んだルートで兵藤と陽子を失ってしまったのだ。日暮としては、複雑な心境だろう。
「あとは、さっきの衝撃が気になるな」
 気まずい空気が流れる前に、ジュピターが話題を変えた。その辺りの配慮は、さすがジュピターだった。
「地震や爆発とは、少し違う震動だったわね。強いて言えば、何かが激突したような衝撃だったわ」
 マーズは神秘的な瞳を、その時の状況を思い出すように空に向けた。
「空飛ぶ船が見えた時だな」
 日暮は腕を組んで肯いた。
「空飛ぶ船? 飛空艇か!?」
「その可能性が高いね」
「何ですか? その飛空艇って」
 何やらその空飛ぶ船について知っていそうなジェダイトとギャラクシアに、セーラーサンが尋ねた。細かい説明が嫌いなギャラクシアは、ジェダイトに目を向けた。説明してやれと、訴えている。
「いわゆる空飛ぶ船ってやつだ。ルナのところに入った連絡によると、うさぎがその飛空艇でここに向かっているらしい」
「うさお姉が!?」
 セーラーサンの表情が、にわかに明るくなる。マーズもジュピターも同様だった。
「どうやら、ヴィーナスとも合流しているらしいぞ。まぁ、ただブラッディ・クルセイダースのサラディアってやつの飛空艇に追われているって話だから、手放しで喜べるわけじゃない。来るのはいいが、“おまけ”もくっついて来る可能性もある」
 結局、ギャラクシアも説明に加わった。ルナから多くの情報をもらっているのは、ギャラクシアの方だったからだ。
「さっき見えた飛空艇が、うさぎたちが乗っているものかどうかは分からないけど、どちらにしろもうすぐ合流できる可能性があるってわけか」
 ジュピターは右の拳で、左の掌を叩いた。俄然、やる気が出てきたようだ。
「凄いね、うさぎは。名前が出ただけで、こんなにもみんなの志気が高まるなんてね」
 そう言うカロンも、先程と比べるとかなり元気が出てきたようだ。
「よし! その可能性を信じて、この山を越えちまおう!」
 日暮の号令で、一同は足を踏み出した。しかし、単純に越えられる山ではないことを、彼らはこのあと思い知らされるになる。

〈ヴィルジニテ〉は「封印の神殿」の手前の湖に、〈カテドラル〉と並んで着水していた。
 サラディアとしては、ノアの「方舟」を一気に攻め落としたいところだったのだが、大司教ホーゼンからの緊急通信でその期を逸してしまったのだ。だから、とても機嫌が悪い。通信用のスクリーンに大司教ホーゼンの顔が映っているのだが、まともに見ようともしていなかった。
「どういうつもりなのだ?」
 大司教ホーゼンのその質問は、これで三度目だった。過去二回は話を他に逸らしたが、今度こそその問い掛けに答えなければならないようだ。
「一気にケリを付けようと思ってねぇ」
 目尻に笑い皺を浮かせ、サラディアはようやく答えた。大司教ホーゼンの頬が、ピクリと撥ねた。
「何の決着だ?」
「そりゃあ、いろいろだよ」
 サラディアは、また話をはぐらかした。
「質問を変える」
 このままでは埒があかないと判断したのか、大司教ホーゼンは質問を変更してきた。
「奪われた聖櫃(アーク)の探索と、裏切り者セレスの抹殺を指示したはずだが、そなたは何故ここにいるのだ?」
「あたしにはとっても優秀な部下がいるからねぇ。指揮官は楽をしてていいのさ」
 サラディアは「優秀」と言う部分をやけに誇張した。大司教ホーゼンの表情が、更に険しくなる。
「その優秀な部下とやらからは、何か報告があったのか?」
「そろそろ来る頃じゃないかねぇ。それにしても、いつまで聖櫃(アーク)(こだわ)っている気だい? セレスだってそうさ。あんな小娘、どうだっていいじゃないか」
 蠱惑的な笑みを浮かべるサラディアに、バルバロッサが何やら耳打ちをした。僅かに、サラディアの表情が曇る。
聖櫃(アーク)の封印が解けたようだよ」
「それは、誠ですか?」
 ふたりの通信を聞いていたのだろう。マザー・テレサの声が、雑音と共に割り込んできた。大司教ホーゼンの顔が苦々しげに歪む。どちらの方向にも目を向けていないことから、マザー・テレサは大司教ホーゼンとは別の場所から通信を送っているようだ。彼女の自室に通信設備はない。音声だけなので、マザー・テレサがどこにいるのか特定はできなかった。
「間違いないようだよ。お陰であたしは、優秀な部下を三人も失ってしまったらしい」
「我らの計画も、最早ここまでか………」
 マザー・テレサの声は、ひどく落胆したものだった。意外な反応だったので、サラディアは眉間に皺を刻んだ。
「喜ぶかと思ったのに、意外な反応だねぇ」
 素直な感想だった。マザー・テレサの声が、そのサラディアの呟きに重なる。
「そなたのような素性の知れない者を、組織に入れたのがそもそもの間違いであった。我らの目的は、我らだけで遂行すべきだった」
 その言葉は、恐らく大司教ホーゼンに向けられたものなのだろう。
「だが、儂にとっては、なかなか都合の良い組織であったわ。間もなく実が熟す。ファティマという名の木に宿った“奈落”という名の実がな」
「ファティマ!? そなた、ファティマに何をした!?」
「本人を捜し出して、尋ねてみるがよい」
「大司教………! ん!? 何事じゃ!?」
 マザー・テレサの声が、急に緊張した色を出した。何か切迫した状況が発生したようだ。
「くっ!? 何じゃ!? 何が起こった!?」
 大司教ホーゼンも同様である。背後に向かって何か怒鳴っている。恐らくそこに、シスターでもいるのだろう。シスターの報告する声が微かに聞こえてくるが、その全てをマイクが拾うことができないようだ。
「殺すな! 大事な“弾”だ!!」
 その大司教ホーゼンの声を最後に、画面はブラックアウトした。直後に、神殿で爆発が観測された。
「おやおや、あっちでは揉め事が起こったようだよ」
「共に倒れてくれれば、儲けものですな」
 バルバロッサがその声に答える。
「とんだ時間を食っちまったねぇ。こっちも、一気に行こうじゃないか」
「サンザヴォワールを出しましょう。全軍を持って、空と陸から挟撃と致しましょうか」
「うん。それでいこうか」
 しかし、そのサラディアの作戦はいささかタイミングが遅かった。サンザヴォワールの機甲兵団を出撃させ、〈ヴィルジニテ〉を浮上させた時とほぼ時を同じくして、ノアの「方舟」も再び宙に舞ったからだ。

〈ヴィルジニテ〉の浮上を確認したセーラーノアは、直ちに船体を浮上させた。
「ノア。やつらにセーラームーン(うさぎ)たちを発見されるわけにはいかない。この場から引き離そう」
 アルテミスがセーラーノアに目を向ける。プレアデスも肯いた。頭上から砲弾の雨を見舞われたら、いくら彼女たちでも無傷ではすまない。
「了解致しました。善処します」
 総合的な戦闘能力は、サラディアによって強化されている〈ヴィルジニテ〉の方が格段に優れている。まともに戦っては勝ち目はないのだが、しかし、一騎打ちをしなければならないのも事実だった。
「弾幕を張ります」
 セーラーノアは、静かに言った。

「作戦は分かっているな、サンザヴォワール」
 通信機のスピーカーから、バルバロッサの野太い声が流れてきた。
「分かってるよ。そっちが抑えている間に、俺たちの部隊がやつの腹の下に回り込み、そこから船内(なか)に進入して頭脳体をひっつかまえてくるんだろ?」
「そうだ。間違っても殺すなよ」
「つまんねえ作戦だ」
「出撃させてもらえるだけ、ありがたいと思え」
「へいへい」
 サンザヴォワールを鼻を鳴らすと、通信を切った。頭上の〈ヴィルジニテ〉が前進を始めた。
「面白くねぇ」
 地面に向かって、唾を吐き捨てた。
「サンザヴォワール様」
「なんだ?」
「あの山の中腹に、複数の生命反応があります。こちらに向かって進軍しているようです」
「ん?」
 部下からのその報告に、サンザヴォワールは前方に(そび)える山を見上げた。
「組織の連中が、わざわざこんな山を越えるなんざ考えられぇな………。どのくらいの数だ?」
「総勢十六」
「ふむ……」
 サンザヴォワールは、山を見上げながらしばし考えた。〈ヴィルジニテ〉が山の向こう側に移動する様子が、視界の隅に捉えられた。
「山の中腹に向かうぞ。移動中に敵さんと遭遇したら、戦わないわけにはいかねぇもんなぁ」
 サンザヴォワールは、不気味に笑んだ。

「う〜ん………」
 観測結果のデータを見ながら、宇宙 翔は右手の拳を顎に付けた。そして、もう一度「う〜ん」と唸った。
 砂糖とミルクのいっぱい入ったコーヒーを静かに口に含むと、飲み込むと同時にそのデータが記載されているA4のプリント用紙を、斜向かいに座って頬杖を付いて上目遣いに自分の顔を見つめていたせつなに、ひょいと手渡した。
 やっと見せてもらえるのかという風に小さく息を吐くと、せつなは姿勢を正してプリント用紙を受け取った。記載されているデータに目を通す。
 今度は翔の方が、頬杖を付いて上目遣いにせつなの顔に目を向けて、彼女の反応を待っている。
 ふたりは喫茶店にいた。端から見れば、仲の良さそうなカップルなのだが、実際はそんな悠長なことを言っていられないほど、火急の事態となっていた。ふたりの様子からは、とても想像できないことではあるのだが。
「う〜ん………」
 せつなも翔と同じように、短く唸った。
「………だろ?」
 頬杖を付いたまま、翔は右に首を傾けた。童顔の翔がそういう仕草をすると、とても子供っぽく見えてしまう。せつなは自分が老けてしまったような気がして、もう一度「う〜ん」と唸った。
「どうするでしょうか? NASAは」
 せつなは観測結果のことを言っているのだ。この結果を、NASAが公の場で発表するのだろうかと、翔に暗に尋ねているのだ。
「しないだろうな、たぶん………」
 翔はNASAが、この観測結果を素直に発表するとは考えていなかった。あまりにも、衝撃的すぎるからだ。
「お得意の隠蔽ですか? 今回に限っては、これまでのようにはいかないですよ? それに、素人だって発見できるような位置に、この天体は来ています」
「望遠鏡じゃ見えないよ」
 翔は答えると、右手を頬から放してカップを取ると、そのままの姿勢で口に運んだ。今度はずずずっと、行儀の悪い音が響いた。
「データはルナに送ったのか?」
「ええ、しっかりと」
 せつなはペンダントを示した。誕生石のガーネットを(あつら)えたペンダントだ。三カラットほどのガーネットが一石、涙の雫のようにぶら下がっている。最も、それは本物のガーネットではなく、中に超々小型の高性能カメラが仕込んであるイミテーションである。せつなはそのカメラで捉えられるように、プリント用紙を見ていた。
 こんな重要なデータは、当然持ち出し禁止である。プリントアウトですら御法度だ。が、そこはそこ。翔とせつなに掛かれば、極秘資料の持ち出しは朝飯前である。バレたら即御用で警察行きとなるが、そんなミスは犯さない。犯罪に当たるが、そんなことも言っていられない。地球の存亡が掛かっているからだ。
「これはあたしの方で処分しておきます。跡形もなく………」
 せつなはそう言うと、席を立った。
「よろしく。キミなら言葉通り、『跡形もなく』処分してくれるだろうから、とっても安心できる」
 翔は姿勢を正すと、残りのコーヒーを飲み干した。

 せつなの不安が、的中する形となってしまっていた。
 翔が発見した謎の天体は、その軌道を予測すると、とんでもない結果が出てきたのだ。このまま移動を続けると、二ヶ月後には九十五パーセントの確率で、地球と衝突するという結果が出てきたのだ。こんなデータを公表すれば、パニックにならないはずがない。謎の天体の大きさは、地球の三倍強と測定されている。また、八つの衛星を従えているということまで分かっている。
 だがもっと問題なのは、その天体―――惑星に、文明があると思えることだった。それもかなり高度な文明である。地球より、遥かに高度な。
 その根拠は、その惑星自体を黙視できないように、精巧にカモフラージュしているという点だった。つまり、望遠鏡を使った観測では、発見できないということだった。実際翔も、目で見てその天体を発見したわけではない。様々なデータを元に計算を続け、そしてこの結果から、そこに何かがあると推測したにすぎない。だからNASAまで来て、NASAの保有する高性能な装置を用いて、様々な角度から再調査を行ったのだ。その結果、ほぼ完全な割り出しに成功したのだ。
「う〜ん………」
 せつなは空を見上げて、小さく唸った。その場所に行って、直接様子を見てきたい心境だった。行って来れない距離ではない。直接、自分の目で確かめることが確実なのは分かっているが、相手は惑星とその衛星郡を丸ごとカモフラージュしてしまうような科学力を持っているのだ。正面切って偵察ができるわけもないし、させてくれるとも思えない。また、ひとりで向かうなどという軽率な真似もできない。
「困ったわね………」
 せつなは行き詰まってしまった。仲間と相談をしたくとも、日本にいた仲間たちは、それぞれそんなことを相談できる状況にないらしい。頼りになりそうなはるかとみちるとも、一向に連絡が取れない。八方塞がりである。
 行方の分からなかった仲間たちの所在が判明したと、ルナから連絡が入ったのは、データを送った次の日のことだった。
「D・Jとなびきが向かったわ。うさぎちゃんと美奈子ちゃんも合流できるみたい」
 ルナの声は弾んでいた。だが、すぐにその声音は暗く変わる。
「美奈子ちゃんから、気になる情報をもらったわ」
「気になる情報?」
「“追放されし者”たちが帰ってくるって………」
「“追放されし者”たち………。あのネフィルム・エンパイアね」
「どう思う? せつなさん」
「たぶん、百パーセントの確率で、例の天体が惑星ニビルね」
 嘆息するように、せつなは言う。
「動かなくて正解だったわ………。もうこれ以上、こっちで調査することもないから、そろそろ日本に戻るわ。みんなと合流しなくちゃいけないしね」
「そうね。そうしてくれる?」
「分かったわ」
 せつなは通信を切った。

「神殿に行って、様子を見てくる」
 イズラエルの体は、不自由なく動けるくらいに回復していた。時々、建物の外に出て周囲の様子を調べていたので、自分たちのいる大まかな場所は予想できた。「封印の神殿」までは、思っていたより距離はない。
「灯台もと暗し」
 なるほど、ディールが好みそうな場所だった。
 建物も木々に埋もれるようにして存在しているので、注意して見なければ、そこに建物があるとは気付かれない。隠れるには、絶好の場所だった。
「お兄様!」
 (すが)るような顔で、ファティマは愛しい兄の顔を見た。ひとりでこの場所に残される心細さが、手に取るように伝わってくる。迷子の子供のような表情をしていた。
「何度か聞こえた爆音らしき音も気になる。戦闘が行われているのかもしれない。それに、あれからディールが姿を見せないのも気懸かりだ」
 戦闘による衝撃波は、ふたりの隠れ家にも伝わっていた。イズラエルはその震動を感じた時、戦闘が行われていると直感していた。ディールの姿が見えないことと、何か関係があるのだろうとも思う。
「わたくしも参ります。ひとりにはしないでください。ファティマは、お兄様のお側にいとう御座います」
 ファティマの瞳は、訴えかけるようだった。ファティマの心細さは分かっている。だが、連れて行くことの方が危険を伴うと感じた。ファティマを危険な目に遭わせたくはない。ましてや、自分はホーゼンがいるであろう封印の神殿に行くのである。尚更、ファティマを連れてはいけない。今の自分では、ファティマを守って戦えるだけの力を持っていない。だから、ファティマを置いていく。そう決断をしたのだ。
「案ずるな。少し様子を見てくるだけだ。すぐに戻ってくる。ここを動くんじゃないぞ」
 ファティマの頭を優しく抱き締めながらそう言い置くと、尚も(すが)るような眼差しで見つめてくるファティマを残し、イスラエルは隠れ家を後にした。
 しかし、それが最悪の結果を招いてしまう。隠れ家から出てくる姿を、事もあろうにスプリガンとワルキューレのふたりに見られてしまったのだ。ふたりは、「封印の神殿」に戻る途中で、たまたま近くを通りかかっただけだった。正に、運命の悪戯であった。
「イズラエルだと!?」
 イズラエルはスプリガンたちに気付かずに、真っ直ぐに封印の神殿のある方角へと向かっていった。
「何故、こんなところにイズラエルがいる!?」
 イズラエルは死んだと報告を受けていたから、スプリガンは驚きを隠すことができなかった。
「生き延びていたということでしょうか………。それにしても、何故このようなところに? また、どこに行ったのでしょうか」
「やつが向かった方向には『封印の神殿』がある。大方、状況を探りに行ったのだろう」
 スプリガンは顎を撫でた。撫でながら、しばし何事か思案する。
「ファティマか………」
 スプリガンはニタリとした。
「ファティマがイズラエルを(かくま)っていたとすると、姿を消した理由が説明できるな」
「逆ではないのですか?」
「イズラエルは〈レコンキスタ〉が撃沈された戦闘の際、深手を負ったことは確認できている。そのイズラエルをファティマが救出し、(かくま)って治療していたんだろうさ」
「と、言うことは、この近くにファティマがいると?」
「あそこを見てみな!」
 スプリガンは前方の木々が密集している一角を、顎で示した。
「よく見なければ分からんが、建物らしきものが確認できる。ファティマは、あそこにいると思うぜ」
「どうするのです?」
「もちろん捕らえるさ。ファティマが俺たちの手中にあれば、イズラエルを意のままに操ることができる。マザー・テレサも、迂闊に俺たちに手を出せなくなる」
「了解致しました」
「どうやら、俺たちの方に運が向いてきたようだ」
 ふたりは、不敵に笑い合った。