命、消えし時


 改めて見ると、けっこうな大所帯だった。
 同行しているセーラー戦士は、マーズ、ジュピター、カロン、そしてセーラーサンの四人。それにオペラ座仮面と日暮を含む自衛隊の精鋭十人。合計十五人のパーティーだ。
 迂回して敢えて密林を進行しているのは、もちろんカモフラージュの意味もあった。日暮の提案である。
「正面から堂々と攻め込みゃあいいじゃん………」
 独り言のようなオペラ座仮面のぼやきだったが、しっかり日暮の耳に届いていたようである。先陣を切って、木々を(なた)で掻き分けて進んでいた日暮が、振り向いてギロリとした目で睨んできた。
 ルートはふたつ考えられた。ひとつは、ゴロゴロとした小さな岩ばかりの荒れ地を真っ直ぐ進むルート。しかし、このルートはすぐに却下される。身を隠す場所が、全くないからだ。ごく希に身が隠せるような大きな岩も存在するようだが、それとて正面の敵からしか身を隠す手段にしかならない。敵がもし上空から襲撃してきたとしたら、それこそ自分たちは絶好の的となってしまう。もうひとつのルートは、現在彼らが進行している密林を抜けるルートだった。荒れ地を真っ直ぐ進むルートに対し、密林を抜けるルートは大きく迂回しながら進まなければならない。それは密林の途中に、大きな池があるからだった。湖と呼べる程大きくはなかったが、それでも十キロくらいの外周はある池だった。
「中年親父は、どうしてこうも面倒くさいことをしたがるかなぁ」
「馬鹿! 余計なこと言うんじゃない!」
 横にいたカロンが、オペラ座仮面の左太腿に鋭く膝蹴りを加えた。
「敵さんも馬鹿じゃない。俺たちが『封印の神殿』に攻め入って来るだろうことは、想定しているはずだ。遠回りして、下手にやつらに時間を与えると、面倒なことになるぜ?」
「どういうことだ?」
 日暮は完全に立ち止まり、体ごとオペラ座仮面の方へ身を捻った。
「ここは敵さんの本拠地だって言ったろう? 数で言えば、敵さんの方が遥かに上だ。みすみす包囲される時間を作っているようなもんだぜ。身を隠しながら進んでいるつもりだろうが、裏を返せば、俺たちも敵の動きが全く掴めないってことにもなる」
「うっ………」
 日暮は言い返せなくなってしまった。確かに、オペラ座仮面の言うことには一理ある。
「俺たちは空中を飛んで移動することだってできる。今からでも遅くない。おっさんたちは、病院へ戻れ」
「今更、何を言い出すんだよ!?」
 ジュピターが文句を付けてきた。ここまで移動させておいて、それはないだろう。だが、ここまで彼らを引っ張ってきたのには、オペラ座仮面には考えがあってのことだ。オペラ座仮面は、十番病院が襲撃される可能性も考えていた。自衛隊の面々を連れて来ないことは簡単だ。しかし、十番病院に残すのも危険なのである。彼らはきっと、一般の人々を守るために全員戦死してしまうだろう。ここからなら、十番病院に戻るのにも時間が掛かる。時間的に、そろそろ十番病院が襲撃にあってもいい時間だ。もちろん、自分たちもである。
「俺たちだけなら、もっと有効に攻めることができる。だが、おっさんたちが一緒だとなると話は別だ」
「俺たちがいるせいで、プランが変わると言うのか?」
「そうだ」
 ジュピターがまた何か言おうとしたが、カロンに止められてしまった。カロンもオペラ座仮面の考えが分かるからだ。
「はっきり言おう。おっさんたち自衛隊は、俺たちにとっては邪魔でしかない。いるとかえって戦力ダウンだ」
「何だと!?」
 日暮の眉が跳ね上がった。自衛隊の面々も色めき立った。
「おっさんたちを見殺しにするのならば話は別だが、そうもいかない。だとすると、俺たちは常におっさんたちの身の安全を考えながら戦わなくちゃならない。おっさんたちがいるせいで、思い切った攻撃ができないケースも考えられる。何か反論は?」
「う………く………っ」
 日暮は言葉が出てこない。よくよく考えてみれば、オペラ座仮面の言うとおりなのだ。彼女たちの使う「魔法」のような技は、一度に広範囲を攻撃できるものもある。だが、その効果レンジの中に自分たちがいたとしたら、彼女たちは敵を殲滅できるチャンスがあっても、技を放つことができない。
「分かったんなら、引き返してくれ。ここから先は、俺たちだけで行く」
「そ、そうはいかない。陽子の件もある」
 だが、日暮は譲らなかった。セーラー戦士となって姿を消した娘の陽子の行方も、突き止めなければならないのだ。
「部下たちはここから帰す。だが、俺だけは同行させてくれ」
 自衛隊員たちが口々に不満を漏らしたが、日暮は手でそれを制した。
「おっさんの娘は“ラピュタ(ここ)”にはいない。そもそも、彼女はブラッディ・クルセイダースの組織にいるわけじゃないんだ」
「言っている意味がよく分からないんだが………」
「瞬。隠してること、全部話しちまいなよ。そうしないと、隊長さん納得しないよ? それに、あんたはあたしにも隠してることがあるだろ? チョロチョロ消えて、ドコ行ってたんだい? あたしやみんなが、気付いていないとでも思っているのかい?」
 カロンは斜に構えて、一気にそう(まく)し立てた。まるで喧嘩でも売っているような口調だった。
「しゃあねぇなぁ………」
 オペラ座仮面は、困ったようにボリボリと後頭部を(むさぼ)り掻いた。
「のんびりと説明している時間はないと思うんだが、それだと納得できないと言うのならば仕方ない。掻い摘んで話そう。まずは、おっさんの娘の件だ。セーラー戦士の嬢ちゃんたちも気付いていないようだが、俺たちは今のところ三つの勢力を敵にしている」
「ブラッディ・クルセイダースだけじゃないんですか?」
 セーラーサンが、声を張り上げて驚きを示した。マーズとジュピターは薄々勘付いていたのか、さして表情を変えなかった。
 オペラ座仮面はセーラーサンに「ああ」と答えてから、主要メンバーの顔を見回す。
「今現在交戦中の相手はブラッディ・クルセイダースだ。こいつが俺たちの当面の敵と言っていい。次ぎにおっさんの娘がいる組織。セーラー戦士の嬢さん方も知っているセレスなんかもそこにいる」
「なるほど。やっぱり、ブラッディ・クルセイダースとセーラーヴァルカン一派は別物と言う訳か」
 ジュピターは二度程肯いてみせた。
「さっき、『今のところ』って含みのある言い方をしたわよね?」
 マーズはその神秘的な瞳を鋭く輝かせる。
「今は関係ないが、何れは敵になるだろうという相手はいる」
「あたしやタキシード仮面(まもるさん)が遭遇した相手ね?」
「ご明察」
 オペラ座仮面は、口元をニヒルに緩める。
「取り敢えず今は関係のない相手だ。こいつらのことは、また別の機会に話す」
「勿体ぶらずに、今言え」
「話が長くなるんだよ! 夏恋(おまえ)は口を挟まなくていいから」
「はいはい。黙ってます」
 カロンは口にチャックをするような仕草をしてから、腕を組んだ。
「だけど、あたしはてっきり、セレスはブラッディ・クルセイダースの一員だと考えていた」
 ジュピターだった。ブラッディ・クルセイダースの中で、敵対する勢力同士が時折いざこざを起こしていると考えていたのだ。
「ブラッディ・クルセイダースに潜り込んでいたのは事実だよ」
「何でさ?」
「同じものを探していたからだ」
「同じもの? それって何だい?」
聖櫃(アーク)だ」
「失われた………?」
 ボカスカ!
 ボケをかましたセーラーサンを、ジュピターとマーズが折檻した。今はボケる時ではない。最も、セーラーサンはボケたつもりはない。大真面目だった。
「悪い。続けてくれ」
 ジュピターが先を促した。セーラーサンはマーズの監視下に置かれた。「お前は何もしゃべるな」と、鋭い眼光で睨み付けられている。
「こっからは少しややこしい話なんだが、ブラッディ・クルセイダースという組織も実のところ一枚岩じゃない。ブラッディ・クルセイダースそのものの目的と、大司教ホーゼンてやつの目的は全く違う」
「ホーゼンって、あのへんな(じじい)だ! うさお姉の体をジロジロと嫌らしい目で見てた、セクハラエロ(じじい)! 危なく『十八歳未満の方はご遠慮ください』の展開になっちゃいそうな時に、出てきたやつだ!」
 知っている名前だったので思わず叫んでしまったセーラーサンだったが、慌てて両手で口を押さえて首を縮める。恐れていたマーズのお(とが)めは、取り敢えずなかった。ただやはり、ギロリと怖い目で睨まれた。
「やつは、顔が十八禁………ゴホン! そうだ。だがやつに関しては、さすがの俺もよく分かっちゃいない」
 セーラーサンの軽口に乗っかってやりたいところなのだが、自分から話を脱線させるわけにもいかない。オペラ座仮面は苦渋の思いで、真面目に話を続ける。
「人間なのかどうかも定かじゃない。やつは“奈落”から、とんでもないやつを呼び出そうとしている」
「まさか………」
「残念。セーラーヴァルカンじゃない。ヴァルカンが封印されているのは聖櫃(アーク)の方だ。すなわち、セレスが探していたものだ」
「読めてきた………。それでセレスは、陽子をセーラーサンに仕立てた」
「ま、他にも理由はあるんだろうけどな」
「ホーゼンの目的は、セーラーヴァルカンじゃないって言うの?」
 今まで無言だったマーズが尋ねた。
「“奈落”の底に封印されし、超古代の大魔導士を現世に甦らせるってのが、ホーゼンの目的らしい」
「いまいちピンと来ないな。あたしたちにとっては、セーラーヴァルカンの方が問題だな。それより、ブラッディ・クルセイダースはなんだってヴァルカンの封印されている聖櫃を狙っているんだ? そこに封印されているものが何なのか、分かってて手に入れようとしているのか?」
「『破壊をもたらす者』としか知らないはずさ」
「意外と曖昧なのね………」
 マーズは小さく溜め息を付いた。
「そいつを使って何をしようと考えているのかは、組織の長であるマザー・テレサしか分からない。ただ連中が『十字軍』と名乗っていることと、何か関係があるのかもしれん」
「やつらが『十字軍』を名乗っていることに、理由があるって言うのか?」
 日暮が口を挟んできた。オペラ座仮面は、重々しく肯く。
「十字軍ってのは、簡単に言うと、キリスト教徒がエルサレムの聖地を回教徒から取り戻すために遠征を行った組織のことだ。聖地を取り戻すことがその目的。そのための戦いが聖戦(ジハード)。当初はこの“ラピュタ”を聖地と呼んでいた。それは即ち、ここに聖櫃(アーク)があったからだ。だが、どうやら違うらしいと言うことが、最近分かった」
「イライラするねぇ! 回りくどい説明をしていないで、とっととゲロしちまいな!」
 話がなかなか核心に迫らないので、とうとうカロンが剣幕を起こした。オペラ座仮面は、煙たそうな目をカロンに向ける。
「流れを追って説明してるんだよ! 頼むから、横から茶々を入れないでくれ」
 文句を言われたカロンは、ムッとしてソッポを向いてしまった。小さく咳払いをすると、オペラ座仮面は再び説明を始めた。
「“追放されし者たち”って知ってっか?」
「何それ? 初耳だけど」
「せつなの姐さんが調べている謎の天体が、恐らくその“追放されし者たち”の星だ。即ち、惑星ニビル」
「惑星ニビル!?」
「ブラッディ・クルセイダースの長マザー・テレサってのは、地球上に残ったニビルの残党の末裔らしい。十三人衆にも何人か、その末裔が混ざっているらしいが、具体的にどのくらいの人数が参加していたのかは、正直俺にもよく分からん。なんせ、最近知ったんでな。まだ調べきれてない。まぁ、ただそのニビルの末裔っやつを、ひとりだけ知ってるけどな」
「ってことは何かい? ブラッディ・クルセイダースは、地球という聖地を地球人の手から取り戻すために組織されたものだって言うのかい?」
 ジュピターは懐疑的な視線をオペラ座仮面に向けた。
「そうらしいぜ」
「冗談じゃない! 地球はあたしたちのものだ!」
「何を根拠に、そう言い切れる? 本当にそうなのか? 俺たちが知らないだけじゃないのか?」
「う、それは………」
 ジュピターは口ごもる。マーズも何も言えない。カロンは天を仰いでいる。セーラーサンは両手で口を押さえたまま、それぞれの人物の顔色を窺っていた。
「ちょっと長話をしすぎたようだ………」
 オペラ座仮面は、「ちっ」と舌打ちをする。
「おっさんたちを逃がしている時間がなくなっちまった」
 オペラ座仮面に後方をクルリと向き直って、ある一点を凝視した。密林の暗がりに、何やらゆらゆらと揺らめいている影が見える。シルエットからして、人影のようだ。
「なんておぞましい“気”なの………!?」
 マーズは頬を緊張させた。神秘的な深紫の瞳が、動揺のために小刻みに揺れている。
「本当だ。あたしでも分かる」
 ジュピターは前方を睨み据えながら、三歩程歩み出た。セーラーサンを自分の背後に回した。
「ちっ! タンクレードかよ………。よりによって、一番厄介な相手が………」
 オペラ座仮面は、苦々しく顔を歪める。
「知ってるやつか?」
「ああ、気をつけろ。十三人衆の中でも、特にイッちゃってるやつだ」
「だけど、相手はひとりよ?」
「数的不利は、やつには関係ない」
 オペラ座仮面は魔爪(まそう)を伸ばした。
「おっさん。戦闘が始まったら、自分の部隊だけを連れてここから急いで逃げろ! 全滅したくなかったらな」

 そいつは、いつの間にかそこにいた。
 戦士たちの進行方向約十メートル先。
 ひょろりと背の高い男だった。猫のように背を丸め、やや俯き加減で、こちらをぼんやりと眺め見ていた。まるで風景でも見ているかのように。
 目は死人のように、生気がなかった。ただ何が可笑しいのか、ニタニタとした笑みを終始浮かべている。
「だぁれかと思ったら、ディールじゃねぇの! 会うのは久しぶりだなぁ。神殿の方には、ちょくちょくと来てたみたいだけどさぁ。元気そうで、何よりだよぉ」
 酔っぱらってでもいるかのような口調だった。男性にしては、かなり甲高い声だ。
「せぇらぁ戦士の仲間になっていたとは、意外だったなぁ………。だけど、ジェラールのやつも寝返ったから、あり得ない話じゃないかぁ。お前とジェラールは、お友だちだったもんなぁ」
 誰に対して語りかけているのか分からなかったが、この男は間違いなくこちらに向かって話し掛けていた。ディールという名を口にしていることから、その者に対して話し掛けているのだろうが、生憎とディールという名を持つ者は仲間の中にはいない。
「ディールって誰だよ? そんなやつは、ここにはいないよ。寝ぼけてんじゃないのか?」
 凄みを利かせながら、ジュピターは言った。戦闘準備は既に整っている。
「いないだってぇ? はん! そこにいるじゃんかよぉ。元ブラッディ・クルセイダース十三人衆のぉ、魔爪(まそう)のディールがよぉ」
「何!? 魔爪だって!?」
 一同はひとりを除いて、驚きを示した。いたのだ。仲間に。魔爪を武器にしている男が。彼は今も、魔爪を伸ばして、前方の男と対峙していた。
「お前は相変わらず、(ヤク)漬けのようだな。中毒で、とっくに死んでいると思ってたぜ」
 皮肉めいた笑みを浮かべて、オペラ座仮面が言った。
「なるほど。道理でいろいろと詳しいわけだ」
 呆れたように笑うと、カロンは小さく肩を(すく)めた。オペラ座仮面はそんなカロンをチラリと見ると、口元だけでニッと笑った。

「ひの、ふの、みぃ、よっと、せぇらぁ戦士のねぇちゃんは、全部で四人かぁい。せぇらぁ戦士のねぇちゃんたちは、全部ひん剥いてから殺してやるよぉ。()っちまってもいいって、言われてるんでなぁ。だけど、ディールぅ。お前さんだけは生かしておいてやるよぉ。聞かなきゃいけないことが、山程やるからさぁ。特に、聖櫃(アーク)のこととかよぉ」
 猫背の男―――タンクレードは、相変わらずニタニタとしたしまりのない顔をしている。
「いかん下だ! 気を付けろ!!」
 オペラ座仮面が叫ぶのと、ほぼ同時だった。地面から無数の「蔦」が、突然突き出されて襲い掛かってきた。
 オペラ座仮面は風のように周囲を駆け抜け、その魔爪で次々と自衛隊員たちを襲う「蔦」を切断する。
「おっさん、下がれ!!」
 駆け抜けながら、オペラ座仮面は叫ぶ。
「後退! 後退しろ!!」
 自分たちが標的でしかないと悟った日暮は、隊員たちに後退を命じた。隊員たちは相互に庇いつつ、密林の中を後退する。
「くそっ! やつめ、俺たちは眼中にないってか!」
 タンクレードは、後退する自衛隊員たちに攻撃を加えなかった。ケタケタと甲高い笑い声を発しながら、五人の戦士を相手にしている。
「楽しんでやがる………」
 日暮はギリリと歯噛みした。五人の戦士たちは、上下左右から間断なく襲い掛かってくる「蔦」の攻撃を躱すのに精一杯の様子だ。対して、タンクレードには余裕が感じられる。
「お嬢ちゃんたちを援護だぁ! ただし、お嬢ちゃんたちには間違っても当てるなよ! 当てたヤツは、この場で俺がぶっ殺す!!」
 日暮は隊員たちに向かって怒鳴った。
 マーズとジュピターは素早く左右に展開していた。セーラーサンは、彼女の指示でジュピターの背後に回り込む。カロンはその三人の動きを援護するかのように、衝撃波を放った。
「キャーッ、ハッハッハッ!!」
 楽しそうにタンクレードは奇声を発する。彼の両足は、植物の根のように地面と一体化し、その全身からは鋭い「蔦」が伸びている。
「『蔦』は構うな! やつの本体を攻撃しろ! 核は『頭』だ!!」
 オペラ座仮面は怒鳴る。その声が聞こえたのか、無数の銃声が辺りに轟く。自衛隊の面々が、離れた位置からタンクレードの本体に攻撃を加えだしたのだ。銃弾が命中し、樹液のようなものが周囲に飛び散る。体には命中するが、なかなか「頭」を捉えることができない。
「目で見える範囲ばかりに気を取られるな! 足下にも気を配るんだ!」
 タンクレードの「蔦」は、どこから襲ってくるのか全く予測ができない。気を配れと言われても、配りきれるものではない。
「きゃあ!!」
「くっ!!」
 セーラーサンとカロンが、「蔦」の攻撃を受けた。セーラーサンは両足を絡み取られ、カロンは左足に「蔦」が絡み付く。
「ひひひぃ。よぉし、剥いてやるぅ」
「このくらいで!!」
 カロンは再度襲ってきた「蔦」を衝撃波で吹き飛ばし、更に自分の足に絡み付いている「蔦」も切断する。セーラーサンは、ジュピターが救出して事なきを得た。
「マーダー・フレイム………」
「甘いんだよぉ!」
 気を集中させて強烈な攻撃技を放とうとしたマーズだったが、タンクレードはその隙を与えない。一瞬、無防備になったマーズに、四方から「蔦」が襲い掛かる。
「!?」
 横っ飛びしてきたオペラ座仮面が、マーズを突き飛ばして「蔦」の攻撃から彼女を守った。
「うりゃあ!!」
 日暮れが無反動バズーカをぶっ放しながら突っ込んできた。二発がタンクレードに直撃する。
「ニャーッ! ハッ!」
 樹液が飛び散った。タンクレードは僅かに怯んだものの、まだまだ健在だった。破損した体は、恐るべき早さで再生する。
「なんて再生能力なんだ………!」
 ジュピターは唸った。タンクレードは、日暮の放った無反動バズーカの弾が直撃したことによって、左腕が吹き飛んでいた。しかし、その腕が瞬く間に再生していく。大きく穴の開いた腹も、もの凄いスピードで修復されてしまった。
「地面から、養分を吸い取ってやがるんだ」
 オペラ座仮面は、舌を鳴らした。
「ギハハハッ!! お前たちの攻撃なんて、痛くも痒くもないんだよぉ」
「なら、再生する間を与えなきゃいいんだろうが!!」
 日暮が至近距離から無反動バズーカを放った。オペラ座仮面が慌てる。日暮は、仲間の誰よりもタンクレードに近い位置にいたのだ。
「おっさん! 近づきすぎだ!!」
「ニャーッハハハ!!」
 だが、その瞬間、僅かだが「蔦」の攻撃が静止した。日暮の攻撃が、功を奏したのだ。体の再生にエネルギーの殆どを回しているので、「蔦」の方が疎かになっていたのだ。
「チャンスだ!」
 カロンはその隙を付いて動く。タンクレードに接近し、核である「頭」に攻撃を加えようと考えたのだ。しかし、
「うっ」
 突然カロンの動きが止まった。
「こんな時に………!」
 下腹部を押さえ、その場に膝を付く。その瞬間を、タンクレードが見逃すはずもなかった。体の再生に回していたエネルギーを、再び「蔦」に送り込む。
「ひとり、()ったぁ!!」
 タンクレードは歓声を上げる。鋭利な槍と化した「蔦」が、一斉にカロンに襲い掛かった。
カロン(かれんさん)!!」
 ジュピターもマーズも、動くことができなかった。タンクレードはふたりの動きも、しっかりと牽制していたのだ。セーラーサンが両手で顔を覆った。
「かれぇぇぇん!!」
 オペラ座仮面が身を躍らせた。カロンの前方に回り込み、(うずくま)っているカロンをその体で包み込むようにして庇った。
「ぐわぁっ!!」
 鮮血が飛び散った。
 無数の「蔦」が、オペラ座仮面の背中に深々と突き刺さる。

 その瞬間、オペラ座仮面は笑っていた。
 自分の恋人を守れたことに、誇りを持ったかのように。
 ゆっくりとオペラ座仮面の体が崩れる。
 カロンは両手を広げて、その体を受け止めていた。

「馬鹿なやつめぇ!」
 タンクレードの嘲笑が響く。罵り、高々に笑う。
「くぉのやろうぉぉぉ!!」
 ジュピターは稲妻の如く、タンクレードに肉迫する。「蔦」が左の脇腹を掠め、右腕を貫いたが、ジュピターは怯まなかった。懐深く潜り込んだジュピターは、タンクレードの首を両手でむんずと掴んだ。
「てめぇは、ぜったいに許さねぇ!!」
「馬鹿めぇ! ふたりめだぁ!!」
 動きの止まっているジュピターは、タンクレードにとっては絶好の標的だ。ジュピターの背中に、「蔦」が迫る。
「ジュピター・オーク・エボリューションっっっ!!」
 天地を揺るがす轟音。
 タンクレードの攻撃よりも早く、ジュピターの渾身の必殺技が炸裂した。
「ギャハハハハ………!!」
 凄まじい炎に全身を包まれ、狂ったように笑いを発しながら、タンクレードは瞬時に灰となった。

 オペラ座仮面の背中には、十数本の「蔦」が突き刺さっていた。そのうちの数本は、完全に体を貫いてしまっていた。
 カロンの右肩に顔を埋めるようにして、オペラ座仮面は彼女にもたれ掛かっていた。
「怪我はなかったか?」
 荒い息の中、カロンに尋ねる。カロンはすぐには答えられなかった。唇をきつく噛み締め、目を閉じて必死に心を落ち着かせようとしている。今口を開いたら、嗚咽しか出てこないような気がしたから、カロンは口を開かずに耐えていた。
「どうした? 怪我をしたか?」
 もう一度、オペラ座仮面が訊いてきた。カロンは嗚咽を無理矢理に飲み込んだ。
「………アンタが守ってくれたから、あたしはなんともないよ」
「そうか、よかったな………。ふたりとも(・・・・・)無事で、よかった………」
「!? 知ってたの!?」
 そのカロンの問い掛けには、オペラ座仮面は小さく笑っただけだった。彼は気付いていたのだ。恋人の体に、新しい生命が宿っていることに。
「ぐふっ」
 オペラ座仮面は血の塊を吐き出す。
 セーラーサンが一生懸命に、サンシャイン・リフレッシュを何度も何度も放っている。しかし、太陽の宝珠もない今の彼女には、セーラームーン程の治癒能力はない。出血は止まらず、一向に傷は塞がらない。
「サンシャイン・リフレッシュ! サンシャイン・リフレッシュ!! 治ってよ! お願いだからぁ!! サンシャイン・リフレッシュ!! 治ってってばぁ!! 治れよ、こんちくしょう!!」
 セーラーサンは泣きながらサンシャイン・リフレッシュを放っている。
 自衛隊の面々も、オペラ座仮面の元に集まってきた。
「おっさん。ナイス攻撃だった。足手まといだなんて言って、すまなかった」
「あ、ああ………」
「こんなとこで、くたばんじゃねえぞ。生きて日本に帰れよ」
「あたりめぇだ」
 日暮は肯いた。
「もなかぁ! もういい。お前の気持ちは、充分受け取った」
 オペラ座仮面はセーラーサンを呼んだ。「輪っか頭」ではなく、初めて名前で呼んで。
「レイやまことが、仲間たちを本当の名前の方で呼び合っている意味を考えろ。お前はお前なんだ。本物のセーラーサンであろうとなかろうと、そんなことは関係ない。分かるな?」
「うん………」
 鼻を啜りながら、セーラーサンは肯いた。
「レイ、まこと。ギルガメシュというやつが接触してきたら、協力してやってくれ」
「ギルガメシュ? あんたの仲間か?」
 ジュピターが傷を負った右腕を押さえながら、歩み寄ってきた。脇腹の傷はたいしたこはないが、右腕に受けた傷は深い。出血が止まらない。自衛隊のひとりが、応急処置をするために駆け寄ってきてくれた。
「その人は、信用できる人なの?」
「ああ。ニビルについての動向は、やつがよく知っている。ニビルの末裔だが、信頼できる男だ」
「分かった」
 マーズとジュピターは肯いた。そのやりとりの間に、ジュピターの手当が完了する。止血のためにロープで右腕の付け根を縛り、傷口には包帯が巻かれる。
「ぐふっ」
 オペラ座仮面は、再度血の塊を吐き出した。彼を抱き締めているカロンのセーラースーツも、血にまみれてしまっている。
「夏恋………」
 深く息を吸い込んでから、オペラ座仮面は夏恋の名を呼んだ。
「なんだよ」
 ぶっきらぼうにカロンは答える。しかし言葉とは裏腹に、もたれ掛かっているオペラ座仮面の背中を優しく抱き締めた。耳にはオペラ座仮面の苦しげな息遣いが伝わり、首筋には荒い息が掛かる。顔を見てやりたかったが、それはできなかった。涙で濡れた自分の顔を、彼に見せたくなかった。
「………楽しかったぜ」
 戸惑ったような、照れたような、オペラ座仮面の言葉だった。カロンの両目から、涙が溢れた。もう歯止めがきかなかった。
「何言ってんだよ! あたしたちは、まだまだこれからじゃないか! もっともっと、楽しもうよ。この戦いが終わったら、どこか静かなところに行ってさ、三人(・・)で一緒に、楽しく暮らそうよ!」
 抑えていた気持ちを一気に吐き出した。
「すまんな………」
「謝るなよ! 謝んないでよ!! あんたなんかに謝ってもらったって、ちょっとも嬉しくなんかないよ!!」
「迷惑ばかり、掛けちまった」
「いいんだよ! あたしは、それで楽しかったんだ。そういうあんたに気を揉んでいることが、楽しかったんだ。もっともっと、迷惑掛けてくれたっていいんだよ!」
 カロンの声は、涙声になっていた。オペラ座仮面の背中を、強く抱き締めた。オペラ座仮面は、カロンの首筋に顔を埋もれさせるようにする。そこにカロンの存在を確かめるように。
 オペラ座仮面は、大きく息を吸い込んだ。満足げに、穏やかな笑みを浮かべる。
「ああ、夏恋。お前は、いい匂いが、する、な………………」
 オペラ座仮面の体から、すうっと力が抜けていった。
「!?」
 その瞬間、時間が止まったような気がした。その場にいる者全員が、息を飲んだ。
「瞬! この、唐変木ぅ!!」
 カロンの絶叫が響いた。
「兵藤ぉ!!」
「いやぁぁぁ!!」
 日暮は全身で兵藤の名を叫んだ。セーラーサンは、両手で顔を覆った。
 オペラ座仮面の亡骸を抱いて嗚咽するカロンに、誰ひとりとして声を掛けることはできなかった。セーラーサンは、その場に泣き崩れてしまった。自衛隊の面々が、オペラ座仮面に対して最敬礼を送る。マーズとジュピターは、下唇が白くなる程強く唇を噛み締め、俯いて顔を逸らした。
「お取り込み中、悪いんだけど………」
 悲しみに暮れる空間を引き裂くように、冷淡な声が浴びせられる。
「セレス!?」
 目を向けた先にいたのは、セレスだった。その背後から、ヘルクリーナと陽子が姿を現す。
「陽子!? お前!」
 驚きの声を発する日暮を、陽子は一瞥しただけだった。
「太陽の独鈷杵をもらいに来たわ………」
 陽子は、放心したような顔で自分を見ているセーラーサンに、ゆっくりと右手を差し出した。