襲撃
十番病院の建物に残った者たちは、不安な時間を過ごしていた。
ここはどこなのだろう。自分たちは本当に助かるのだろうか。
時間が経てば経つほど、不安ばかりが増大していく。パニックにならないのは、一緒にセーラー戦士たちがいるためだった。彼女たちは、人々の希望だった。
「保って、あと三日です」
災害時に使用するために保管されていた非常食を確認しに行った香織が、焦燥感を漂わせた表情で戻ってきた。自分たちの置かれている環境では、食事はこの非常食に頼るしかなかった。周囲に草木はあるのだが、見たこともない品種なので、食料にできるかどうかは判断できなかった。中には果実を付けている樹木もあるのだが、例え人体に害がないと分かっても、十番病院に残されている者全員で食せるほど、豊富に実を付けているわけではなかった。
「彼女たちは、あとどのくらいで敵陣に攻め込めると思う?」
土萠教授は、傍らの自分の娘―――サターンに視線を落とした。
「オペラ座仮面の話だと、普通に徒歩で行くと、敵の神殿までは四十時間は必要だと言ってた」
「随分と掛かるのだな」
「平地を歩くわけじゃないから………。なんか、凄い密林の中を移動するみたいだし。最も、それも何事もなく辿り着ければの話だけど」
「敵もそんなに甘くはないわよね。って、飛んで行けば早いんだろうけど、日暮のおじさんたちが一緒だものね」
サターンの言葉に耳を傾けていたアースが、淡々とした口調で口を挟んできた。サターンはその彼女をチラリと見やると、小さく肯いた。
「夜明け前に発ったから、そろそろ十時間というところか………。まだまだ先は長そうだな」
土萠教授は、自分の腕時計を見つめて眉根を寄せる。マーズたちは、陽が昇る前に敵陣に向かって出発していった。この浮遊都市から安全に脱出するためには、ここにいる敵を全滅させる必要がある。それに、かなり巨大な乗り物も必要になってくる。
「だけど………」
サターンの表情が更に曇る。
「あれ程の大掛かりな魔法陣まで用意して確保した十番病院( を、敵が無視するとは思えない」)
「敵が攻めてくるって言うの?」
不安そうな視線を、香織はサターンに向けた。
「ええ、十中八九。だから、あたしがここに残ったの」
「え!? マジ!?」
アースが驚いたようにサターンを見た。アースとしては、十番病院が襲われる可能性は、それ程高くないと考えていたからだ。だから十番病院に残ったのだ。
「あら、分かってたから、あなたもここを守るために残ったのだとばかり思ってたけど?」
しれっとした顔で、サターンは言った。
「え、ええ! そ、その通りよっ。ほほほっ」
慌ててアースは調子を合わせる。読み間違えをしていたなどとは、口が裂けても言えないのだろう。プライドが高いのも困りものである。もちろんサターンは、敢えてそこを突っ込むような真似はしない。
「『噂をすれば』………ね」
溜め息混じりにサターンは言った。右手にサイレンス・グレイブを実体化させる。
「ウソ!? もう来たの!?」
「敵もそんなに甘くないってことよ」
「あたしが自分でそう言ったのよね、さっき………。はぁ………」
アースはがっくりと肩を落とした。
「やはり残っていたか、セーラー戦士………」
十番病院全体を包み込むように張り巡らされているシールドを見て、スプリガンは舌打ちした。
「あのシールド、なかなか強力です。かなりの手練れが残っているようですね。如何致しますか?」
伺いを立てたのは、十三人衆に格上げされたワルキューレである。イズラエルとファティマの行方が掴めない今となっては、“ラピュタ”に詰めている十三人衆はスプリガン、ワルキューレ、タンクレードの三人だった。
シールドはサターンが張り巡らしている強力なものである。そうやすやすと破られるものではない。
「シールドを破らんことには何もできんが、向こうから仕掛けて来ないところから推測すると、残っている戦力はさほど多くはないな。せいぜい、ひとりかふたりといったところだろう」
「シールドを張っている者の体力が尽きるまで、ここで粘るおつもりですか? スプリガン様らしくもない………」
「下手に攻め入っても、出て行った戦力が戻ってくるだけだ。後ろから攻撃されるのは、面白くない。少し待て。そろそろタンクレードが連中と接触する頃だ」
「分かりました。『封印の神殿』を攻めるために出陣して行った戦力が、タンクレード様と交戦を始めたと同時に、我々もこちらを攻めるというわけですね」
「ああ。こっちに残っている戦力は少ない。援軍も来ないともなけば、ここを陥落( とすことは容易い。楽をしようじゃないか」)
スプリガンはニタリと笑った。
「攻めて来ないわね………」
回りをキョロキョロと見回しながら、アースは言った。敵の気配を感じてから、既に三時間が経過している。だが、一向に攻めてくる気配が感じられなかった。ピリピリと肌を刺すような空気が、もう三時間も流れたままになっている。あまり好ましい空気ではないから、これ以上長引くと精神的に参ってきそうだった。
陽が一向に傾かないのは、どうやらこの「浮遊する島」が、地球の公転方向とは逆に移動しているからなのだろうと、土萠教授が推測していた。陽が沈み、視界が悪くなってしまうと戦いにくい。陽が沈まないのは、戦士たちにとっては都合が良かった。もちろん、敵にも同じことが言えるわけだが。
サターンとアースは、十番病院の正面に立っていた。いつ敵が攻めてきても対応できるように、既に臨戦態勢で待ち構えていた。
「来るんなら早く来てよね。だんだんとイライラしてきた!」
アースの額に、小さな青筋が立っていた。かなり苛ついているようだった。
「落ち着いて、アース( 。焦ったら負けよ」)
「じっと待ってるのって、あたしの性分じゃないのよね!」
アースは不服そうに鼻を鳴らす。口ではそう言っているものの、勝手に敵に仕掛けるようなことをしないところは、さすがに状況を分かっている。これがセーラーサンだったら、止めるのも聞かずに攻撃を仕掛けているところだろう。
「今攻めても、援軍が戻ってくると考えているのかもしれん」
いつ来たのか、土萠教授が背後で上空を見上げていた。敵が空から攻めてくると思っているかのようである。
「こちらの動きを、敵も掴んでいるということ?」
サターンは土萠教授に向き直った。サイレンス・グレイブは地面に突き立てられ、淡い光を放っている。
「当然だろう。ここはやつらの本拠地のようなものだからな」
「あたしはてっきり、サターン( のパワーが尽きるのを待っているかと思ったわ」)
「その可能性もあるかもしれないが、敵としてもここを攻めるために、それ程の戦力を投入して来るとは思えない。神殿の守備に、戦力の大半を割くだろうからね」
「つまりは、マーズ( たちを他の戦力で攻撃して足止めをしておいてから、こっちを攻めるというわけね。確かにそれならば、少ない戦力でここを攻撃できる。ここさえ落としてしまえば、今度はマーズ) ( たちを背後から攻撃できるし、人質もできるって寸法」)
サターンはどこか諦めたような表情をしている。
「じゃあ、早く知らせないと!」
「大丈夫よアース( 。今、知らせたわ」)
サターンは小さく笑んだ。どうやら、サイレンス・グレイブを使って、マーズに念を送っていたようだ。
「我々はどうすればいい?」
自衛隊員のひとりがサターンに尋ねた。殆どの自衛隊員が日暮と共に出発したのだが、三名の隊員が十番病院に残っていた。尋ねたのはその中でもリーダーを任されていた隊員だ。三十代前半くらいで、四角い顔に四角い体をした大柄な男だった。サターンの目線で話をすると、男の胃袋に向かって話している感じになる。隊員たちから、「平八郎さん」と呼ばれているのを耳にしたことがある。
「今は何もなさらないでください。敵が攻めてきても、病院から出ないようにお願いします」
「我々は邪魔と言うことか?」
ムスッとした表情で、「平八郎さん」は言ってきた。
「すみません。普通の人がまともに戦える相手ではないんです」
サターンは申し訳なさそうに答えた。
「『餅は餅屋』です。我々には、我々のできることがあるはずです」
土萠教授が娘をフォローした。「平八郎さん」は不満そうに鼻を鳴らした。その時、病院から香織が慌ただしく飛び出してきた。
「教授! ほたるちゃん! 東の空を見て!!」
「えっ!? 東ってどっち!?」
東がどの方向か分からず、アースは回りをキョロキョロとしてしまう。香織はサターンたちの左側を指差している。どうやらその方角が、「東」のようである。
「何!? あれは!?」
東の空に、サターンは何かを発見した。ふたつの物体が、時折閃光を放っているように見える。次第に、こちらに近付いてきているようだった。
「あっちでも何か始まったよ!」
アースが密林の一角を示した。マーズたちが向かった進行方向だ。
「なに? この感じ………」
密林で起こったのは爆発のようだった。天に一直線に昇る閃光を見た瞬間、サターンは激しい胸騒ぎを感じた。
「誰かが、倒れた………?」
強く大きな何者かの意志が、儚く消えていったように、サターンは感じていた。仲間たちの身に、何かよからぬことが起きたのかもしれない。だがサターンは、大きく頭を振ってその不吉な考えを打ち消した。
サターンが心の中で葛藤をしている間も、事態は激しく動いていた。
「こっちに突っ込んで来るよ!」
アースの表情は、緊張の為に強張っていた。ふたつの物体のうちのひとつが、噴煙を上げながら急速にこちらに近付いてくる。
「船!?」
サターンは顔を上げ、その接近して来る物体に目を凝らす。その物体は船の形をしていた。空中を飛行する船だ。
轟音が頭上を通過した。
「不時着する気か!?」
土萠教授は、その飛行する船の動きからそう予想した。
果たして、その予想は的中する。飛行する船のうちの一隻が、密林の向こう側に不時着をしたのだ。もう一隻の飛行する船が、不時着した船に追い打ちをかけるべく、急速に接近しつつあった。
密林で立ち上がった爆煙は、スプリガンたちも確認していた。
「接触したようだな」
「はい」
「タンクレードのやつが、何人のセーラー戦士を葬ってくれるか、楽しみだ」
「良いのですか? あの男、手加減というものを知りません。スプリガン様がお気に入りのセーラー戦士たちを、無差別に殺してしまいますよ?」
「惜しいがしょうがねぇだろう。こっちにもセーラー戦士は残っている。そいつで我慢するさ」
スプリガンは卑猥な笑みを浮かべたが、その笑みが急に消えた。
「如何なさいました?」
ワルキューレはすぐにスプリガンの変化に気付いた。
「面白くねぇ展開になりやがった」
憎々しげに、スプリガンは表情を歪ませた。ワルキューレはスプリガンの視線の先に目を向ける。
「飛空艇………。あのシルエットは、サラディアの〈ヴィルジニテ〉ですね。もう一隻は、初めて目にするタイプです。わたしの目の錯覚でなければ、〈ヴィルジニテ〉はもう一隻の飛空艇を、“ラピュタ( ”に追い込んでいるようにも見えるのですが………」)
ワルキューレは前方の空を見つめながら、すうっと目を細めた。
「俺にもそう見えるぜ。あの女、余計な敵を増やしてくれたんじゃないのか」
「………かもしれませんね」
スプリガンは唇を舐めながら、何事か思案する。
「気が変わった。神殿に戻るぞ」
「ここはどうされるのです?」
「どうでもよくなった。それに、そろそろ神殿の方が忙しくなるはずだ」
スプリガン意味深に笑った。
「神殿の方が忙しくなるとは、どういうことでしょうか?」
スプリガンの意図が掴めず、ワルキューレは首を捻った。
「神殿の方に仕掛けをしておいた。捕らえた連中が、騒ぎを起こす頃だ。マザーもホーゼンの爺( も、さぞや慌てるだろうぜ。その混乱に乗じて、ホーゼンの爺) ( を抹殺するってのはどうだ?」)
「さすがはスプリガン様。その作戦、乗ります」
「捕捉したようですな」
「そのようだねぇ………」
バルバロッサからの報告を、サラディアは冷淡な笑みを浮かべながら聞いていた。獲物を追い詰める肉食獣のような表情をして、スクリーンに映し出されているセーラーノアの「方舟」を見つめている。
「さすがは姉妹だよ。こんなにも早く見付けられるなんてねぇ。いい子だ」
サラディアは背後のカプセルをチラリと見やる。カプセルの中のセーラーヴィルジニテは、悔しげに唇を噛み締めた。
「姐さん。こっちはいつでも準備はOKですぜ」
コンソールに設( えている小型のモニター画面に、興奮気味のサンザヴォワールの顔が映し出された。)
「お前の出番はまだだよ!」
ピシャリと言い放つ。
「何でです? あっちに乗り込んで、中でドンパチやらかしゃあ、すぐに撃沈( とせるでやしょう?」)
「馬鹿かかい、お前は。単純に撃沈( としゃあいいってもんじゃないんだよ」)
「そうなんですかい? つまんないっすよ」
「つべこべお言いじゃないよ! あたしが指示するまで、大人しく待機してな!」
「へ、へい! 分かりやした………!」
サラディアを怒られてしまったサンザヴォワールは、親に叱られた子供のように首を縮ませると、画面から消えていった。
「ったく、あの子はどうしてあんなに頭が悪いのかねぇ」
「早くサラディア様に、一人前として認めて頂こうと必死なのでしょう」
「あと五年は無理だね」
サラディアは肩を竦めた。
「砲撃を加えます」
「一時の方向へ追い込め」
「『封印の神殿』に突っ込ませるおつもりですな?」
「さすがだねぇバルバロッサ」
サラディアはさも満足そうに笑んだ。バルバロッサの読みが、当たっているからだ。
「ですが、宜しいのですか?」
「聖櫃( のない“ラピュタ”なんぞ、ただの粗大ゴミさね。それに、大間抜けのホーゼンと使い物にならないマザーもいる。『封印の神殿』には、あたしたちの邪魔者がわんさといるんだよ」)
「一網打尽と言うことですか」
「そう言うことだよ」
お前は頭がいいねと、サラディアは目だけでバルバロッサに伝える。バルバロッサも、視線だけで返礼をする。
「スプリガンとタンクレードの位置を確認致します。サンザヴォワールで大丈夫でしょうか?」
サラディアがサンザヴォワールの機甲兵団を残しているのは、彼らを襲撃させるためだと、バルバロッサは考えていた。
「あたしの満足のいく結果が出れば、少しはあの子を見直してやるさ」
バルバロッサの その考えは、どうやら当たっているようだ。
激しい震動が、船体を大きく揺さぶった。
倒れそうになったセーラームーンを、ジェラールが支えた。
「サラディアに見つかったようだ」
淡々とした口調で、ヴィクトールは言った。
「〈ヴィルジニテ〉が、わたしの脳波を辿ったのかもしれません」
「あり得るな。だが、ある意味それは仕方がない」
申し訳なさそうに肩を落とすセーラーノアに、アルテミスが言った。セーラーノアとセーラーヴィルジニテは姉妹船である。脳波を辿られてしまうだろうということは、あらかじめ予想してある。
「振り切れるの?」
ヴィーナスが尋ねる。
「やってみます」
セーラーノアは移動速度を速めた。しかし、〈ヴィルジニテ〉はぴったりと追尾してくる。
「この砲撃、俺たちをどこかに追い込もうとしているのかもしれないぞ」
クンツァイトは、冷静に状況を分析していた。
「うむ。妙な砲撃だ。確かに、クンツァイトの言う通りかもしれない」
ネフライトが肯いた。
「サラディアにとって有利な何かが、その方向にあると言うことか?」
「敵にとって有利かどうかは分からんが、俺たちにとっては不利なものなのかもしれん」
ジェラールの問い掛けに、クンツァイトは答えた。
「前方に何かあります!」
はっとしたように、セーラーノアが顔を上げた。
「え!? 何も見えないけど?」
スクリーンには青々とした空の映像しか映っていない。ヴィーナスは首を傾げた。
「ラ、“ラピュタ”」
セーラーノアが茫然と、スクリーンを見つめている。しかし、相変わらずスクリーンには何も映っていない。
「!?」
その瞬間、何か波動を突き破ったかのような違和感を、全員が感じていた。だしぬけに、緑の大地が前方に広がる。
「なんだ!? ここは」
クンツァイトが驚きの声を上げる。眼下に見えるのは密林だった。連なる山々も見える。自分たちはかなり上空を飛んでいたはずだ。こんな一瞬で、地表に到達できる距離ではない。
「え!? 島!?」
セーラームーンは驚きの声を上げた。正にそれは、「島」と呼ぶに相応しい巨大さだった。
しかし、それは空中に浮かんでいた。つまり、浮遊する「島」だった。
「“ラピュタ”だ。間違いない」
絞り出すように、ジェラールは言った。
「これが、“ラピュタ”………」
セーラームーンもヴィーナスも、言葉を失ってしまった。
「“ラピュタ”に追い込む………。サラディアのやつ、何を考えている」
ジェラールは顎を撫でた。彼には、サラディアの考えが今ひとつ掴めなかった。自分たちは確かに“ラピュタ”に向かっていた。しかし、正確な位置を把握していたわけではない。事前に掴んでいた情報を元に、予測した空域に向かっていたのだ。その途中で、サラディアに発見された。
「教えてくれたのはありがたいが、だが、今ひとつ解せない」
ヴィクトールも同じ考えのようだった。“ラピュタ”を探索する手間が省けたのはありがたいが、釈然としないものがあった。
「だけど、どうして今まで見えなかったんだ? レーダーにも何も映っていなかった」
ゾイサイトは、ジェラールに質問を求めた。直前まで、肉眼でも“ラピュタ”を発見できなかった。レーダーにも反応はない。そこには、何も存在しないはずだったのだ。ゾイサイトがジェラールに意見を求めたのは、彼なら説明ができると思ったからだ。その考え通り、ジェラールは“ラピュタ”が何故肉眼でもレーダーでも「見えなかった」のかを知っていた。だが、それをゆっくりと説明している時間はなかった。
激震がブリッジを大きく揺さぶった。セーラーノアが悲鳴を上げる。砲弾の直撃を受けたのだ。
「“ラピュタ”に突っ込ませる気か!?」
敵の意図を悟り、アルテミスが声を上げた。
「そうか! ノア、予想進路を計測してくれ」
ジャラールの指示に、ノアは素早く対応する。スクリーンに、瞬時に作成した自分たちの予想進路のCG画像が映し出される。
「やはりそうか! サラディアは俺たちを、『封印の神殿』に突っ込ませる気だ」
「何故だ!? お前の話だと、そこには組織の中枢が集まっているのだろう?」
クンツァイトだった。
「だからだよ。あの女が考えそうなことだ。マザー・テレサと大司教ホーゼンのふたりを、この方舟を彼女たちのいる神殿に激突させることで、一気に葬るつもりだ」
「え!? でも、その人たちって、組織の偉い人たちでしょ?」
セーラームーンが疑問に感じるのも無理はない。
「あの女にとっては、邪魔な存在なのだろう。自分が組織の長に、取って代わりたいのかもしれない。とにかく、考えの読めない女だよ。サラディアという女は………」
「ノア、振り切れないの?」
「申し訳ありません、プリンセス。わたしより、〈ヴィルジニテ〉の方がスピードが上回っています」
苦しげに喘ぎながら、セーラーノアは答えたきた。「方舟」の船体と、セーラーノアの体はリンクしている。「方舟」が受けたダメージは、全てセーラーノアにもダメージとして伝わってくるのだ。また激しい振動が、船体を大きく揺さぶった。
「振り切れないのなら、“ラピュタ”に強行着陸するしかないだろう。『封印の神殿』には、恐らく拿捕された一般人が軟禁されているはずだ。突っ込むわけにはいかない。それに地上戦に持ち込めば、こちらにも勝機が出てくる」
ヴィクトールだった。しかし、それにはアルテミスが反論する。
「騎士団はいないんだぞ? 地上戦になったら、間違いなく敵は例の機甲兵団を出してくる。数で来られると………」
「心配性ね、アルテミスは。これだけのメンツが揃ってるんだから、少々のことは大丈夫だって」
「ヴィーナス( 。ロードス島では、騎士団がいたのに危なかったんだぞ?」)
「騎士団が邪魔だったんだもん。ね、クンツァイト( 」)
「まぁな。大規模な攻撃技が使えなかったのは事実だが………。だから、そのタッくんはやめろって!」
「どうするの?」
いがみ合いを始めたクンツァイトとヴィーナスを尻目に、プレアデスがセーラームーンに訊いてきた。
「リーダーはキミだよ」
ゾイサイトは、柔らかい笑みをセーラームーンに向けた。全員の視線が、セーラームーンに向けられる。
「プリンセス。ご指示を」
セーラーノアが促した。“ラピュタ”の地表は、間近まで迫ってきている。
セーラームーンは重々しく肯いた。既に考えは決まっていた。
「ノア。神殿への突入は、絶対に回避して! 多少無理な状態でも、“ラピュタ”に強行着陸をするわ! みんな、覚悟はいい?」
「“ラピュタ”に強行着陸を慣行するようですな」
「方舟」の動きを見て、バルバロッサは瞬時にそう判断した。
「賢( しいねぇ………。動力を破壊しろ。『封印の神殿』に激突させねば、“ラピュタ”に追い込んだ意味がない」)
だが、サラディアからは慌てている様子は感じられなかった。むしろ、楽しんでいるようにも見受けられる。不時着されたらされたで、殲滅する方法は幾らでもある。セーラー戦士、大司教ホーゼン、マザー・テレサを一度に葬ることはできないかもしれないが、だからといって彼女の計画に狂いが生じるわけではなかった。
進行方向右側に密林が見える。セーラーノアの「方舟」は、その密林の左側にある荒れ地に強行着陸をした。土煙に包まれるセーラーノアの「方舟」の姿が、スクリーンに映し出されていた。
「スプリガンとタンクレードの位置を補足致しました。スプリガンは現在、我が艦の真下におります。タンクレードは、スクリーンにもある密林の中にいるようです。どちらも敵対勢力の反応を同時に確認しております」
バルバロッサからの報告を受けると、サラディアは数秒間目を閉じて何事か思案を巡らせる。ややあって目を開けると、その瞳には残忍な輝きが宿っていた。
「サンザヴォワールに動いてもらうとしようかねぇ」
呟くようにそう言うと、クククっと喉を鳴らした。