残された者たち


 その喫茶店は日比谷にあった。
 大道寺は、そこが指定された喫茶店であることを手帳を開いて確認すると、地下へと続く階段を下りた。
 ガラス製のドアは大道寺がドアの前に立つよりも先に、まるで客があらかじめ来ることが分かっていたかのように、滑るように横に開いた。
 店内に足を踏み入れると、「ピンポ〜ン」と妙に間延びした電子音が響いた。ウエイトレスの「いらっしゃいませ」の声をBGMに、大道寺は店内を眺め見た。
「お一人様ですか?」
 二十歳前後のウエイトレスが、笑顔で尋ねてくる。美人ではなかったが、笑顔がなかなかキュートだった。
「待ち合わせ」
 ぶっきらぼうに大道寺は答えると、そのまま奥へと歩を進めた。いつもなら、ウエイトレスに対して軽薄なジョークを飛ばすところなのだが、今日はそんな気分ではなかった。
 入り口からは想像もできなかったが、店内は思ったより広かった。百席くらいはあるだろうか。入り口近くに、椅子が九つある長方形のテーブルがある他は、テーブルとテーブルの間を板―――と言っても、見たところブラスチック製だが―――で仕切っている四人掛けと二人掛けのボックス席が、綺麗に配置されていた。仕切り板の高さは、大人が席に座った状態で、首が隠れる程度だ。客はビジネスマンが多かった。書類を広げ、客らしき年配のビジネスマンと打ち合わせを行っている、若いビジネスマンの姿もある。場所柄か、それとも店の雰囲気からなのか、学生の姿は全く見掛けなかった。
「ああ、今日は木曜日か」
 曜日の感覚があまりない大道寺は、壁に掛けられている日めくりカレンダーを見て、今日は八月十日の木曜日であることを知った。
 ボックス席というのは、待ち合わせの場合は、あまり良い席ではない。しっかりと仕切られているので、見渡しても席に座る人物の顔をまともに見ることができない。特にこの店は、プラスチック製の仕切り板のせいで、さながら個室のような雰囲気を醸し出している。周りの目をあまり気にせずに商談もできるわけだから、ビジネスマンに人気があるのも分からないではない。
 結局大道寺は、通路を歩きながらチラチラと席を覗いて回らなければならなかった。
 また客が入ってきたのか、「ピンポ〜ン」という間延びした電子音が店内に響く。
「五分の遅刻です」
 幾つかのボックス席を通り過ぎた時、背後から声が投じられた。てっきり二人掛けのボックス席にいるのかと思い、四人掛けのボックス席はよく見なかったので、見落としてしまったようだった。五十歳前後の四角い顔をした紳士が、待ちくたびれたという顔を大道寺に向けていた。濃いめのグレーのスーツを、上品に着こなしている。だが、ネクタイの趣味はあまりいいとは言えなかった。
「店の入り口には、時間通りに着いたはずだ」
 平たい口調でそう言うと、大道寺は紳士の向かい側の席に腰を殺した。シートはビニール製で、お世辞にも座り心地がいいとは言えない代物だった。一時間が限界だなと、大道寺は心の中で思う。店側としては敢えて座り心地の悪い席を使用して、長居しようとする客を牽制しているのかもしれなかった。
「約束の期限前に呼び出されるとは思いませんでしたよ、美童さん」
 狙い澄ましたかのように注文を取りにしたウエイトレスにアイスコーヒーを注文し、シャナリシャナリとした腰つきで去っていく彼女のお尻をしばし眺めたあと、大道寺は正面に向き直った。
進捗(しんちょく)状況を聞かせてほしいと思ってね。わたしも慈善事業を行う程裕福ではない。君が本来の仕事もせずにブラブラしているようだと契約を破棄せねばならない。もちろん、その際は君が立て替えている必要経費は払うことは出来ない」
「慎重なこって」
「当然だろう」
「ま、そうですね」
「で、どうなのだ?」
 大道寺の皮肉めいた笑いを無視し、美童と呼ばれた紳士は先を促した。
「お嬢さんの陽子さんのことなんですがね………」
 大道寺はパラパラと(めく)っていた手帳を、パタンと音を立てて閉じた。アイスコーヒーをトレイに乗せて運んできたウエイトレスが、ドキリと驚いたように動きを停止する。
「失礼」
 大道寺が頬を緩めると、ウエイトレスも笑みを返し、大道寺の前にアイスコーヒーを置く。
「ご注文の品は、以上でよろしいでしょうか?」
「ありがとう」
 大道寺の返事を確認すると、ウエイトレスは伝票を置いて去っていった。今度は大道寺は、彼女のお尻を目で追わなかった。
「娘の居場所が、分かったのか?」
「まぁ、分かったと言えば、分かったことになるのかな」
 大道寺はアイスコーヒーにミルクだけ僅かに注ぐと、かき混ぜもせず、ストローを抜き取ってグラスを直接口に運んだ。一口、口に含んだ。
「ひとつ、訊いてもいいかい?」
「なんだ?」
「捜している陽子ってのは、美童さんの本当のお嬢さんなんですかね?」
「ん? どういうことだ?」
 美童の顔が翳った。
「いろいろと調査しているうちに、面白いことが分かってきましてね。確かに、あなたには陽子と言う名の娘がいた。だけど、その陽子は十年も前に死んでいる。最も、その陽子って娘は、あんたの正規の娘じゃない。愛人の娘だ」
「何かと思えば、そんなことか。その陽子は別の陽子だ。わたしが捜している娘とは違う」
「だけど、妙な話だ。その陽子って娘は死んでいるはずなんだが、正式に死亡届が提出されていない。つまり、公的にはまだ生きている(・・・・・)ことになってる。何でそんなことをする必要があった?」
「知らん。初めて聞いた話だ」
「惚けるのがお上手で」
「勝手にそう思っていろ。それが今回のわたしの依頼と、何の関係があると言うのだ? わたしがいもしない娘の調査を、高い金を払って探偵になど依頼すると思っているのかね?」
「いや、思わないね」
「ではそう言うことだ。くだらん憶測を立てる材料を探してばかりいるようなら、この場で契約を破棄させてもらうが?」
 困るのはそっちではないのか、と言う顔を、美童は向けてきた。大道寺は間を取るために、アイスコーヒーを飲んだ。
「もうひとつ。面白い事実が分かったんです」
「今度は何だ?」
「いえね。俺の知り合いに、T・A女学院に通ってる学生がいてね。美童陽子という名の学生と知り合いなんですよ」
 美童の顔色が、明らかに変わる。
「驚いたよ。君たち父子は、意外に優秀だ」
「ほう。同姓同名の人違いだとか言って、今度も惚けるかと思ったけど、あっさりと認めちゃうんだ?」
 大道寺は、少しばかり残念そうに言った。あっさりと認められてしまったので、拍子抜けしたようだ。
「陽子を送り込んだ火野レイの知り合いと言うことになると、惚けても無駄だと思ってね」
「なに!?」
 今度は、大道寺が驚く番だった。
「貴様、火野レイが何者かを知っていて、陽子を送り込んだな?」
「わたしは頭のいいヤツは大好きだ」
 美童は大きな声で笑った。
「それよりも、火野レイが何者かを知っている君の正体の方が、わたしは興味がある」
 美童は形ばかりの背もたれに背を押し付けて、好奇の眼差しを大道寺に向けた。大道寺は気持ちを落ち着けるために、深く息を吸い込んだ。
「………親父を、何故殺した?」
「ふ………、ははは………! 益々気に入ったよ、大道寺くん」
 美童はもう一度大声で笑ったが、今度は目は笑っていなかった。
「君はとても優秀だ。だが、優秀すぎるのもよくない。命を縮めることになる。君の父上も、なかなか優秀な探偵だった」
「だから、殺したのか?」
「いや、わたしが手を下すまでもなかった。君の父上は知りすぎたがために、とある組織に殺された」
「ブラッディ・クルセイダースか………」
「なんと! もうそこまで調べが付いていたのか。君への評価を、改めなければならんな」
「そりゃどうも」
 大道寺は苦々しげに笑んだ。
「その組織の………赤城とか言ったかな。若造に殺されたよ。わたしの目の前でね」
「へえ………。あんたは、あの赤城吾郎とも通じていたのか。けっこう顔が広いんだな」
「天文台から情報を得る必要があってね。買収した。単純な男だよ。頭も悪い。まぁその分、使いやすいがね。なるほど、赤城も知っていたか………。そう言えば、最近あの男とコンタクトが取れない。何か知っているかね?」
 美童は楽しそうだった。
「死んだよ」
 大道寺は言葉を吐き捨てた。
「俺が始末した。そうか、やつが親父の仇だったか」
「あの男を倒しただと!? 驚いた。あの男は普通の人間ではない」
「と言うことは、俺も普通の人間じゃないってことだ」
 大道寺は余裕の笑みを見せた。
「君は面白い男だ。部下に欲しいくらいだよ」
「悪いな。俺は既に、ある人に仕えている」
「幾ら欲しい? 望み通りの金を支払おうじゃないか」
「俺は金で雇われているわけじゃない」
「交渉決裂か。馬鹿な男だ。わたしの部下になれば、少なくともこの場で死ぬことはなかっただろうに」
「一戦交えるか?」
「わたしは構わないが?」
 美童はわざとらしく、周囲を見回した。店内には多くの客や従業員がいる。ここで戦うということは、彼らを巻き込んでしまうということだった。
「ちっ」
 大道寺は舌打ちするしかない。仕掛ける場所を、間違えたようだ。
「もう少し場所を考えて、わたしに挑むべきだったな。他人を巻き込むことを恐れていたら、長生きはできない。だが、わたしは違う。この店にいる他の者がどうなろうと知ったことではない」
「………」
 大道寺は無言で歯噛みした。逆に美童は余裕の笑みを浮かべる。立場は一瞬にして逆転してしまったようだ。
「もう一度だけ考えるチャンスをやろう。どうだ? わたしの部下となり、わたしのために働く気はないか?」
「やなこった」
「ふん」
 美童は鼻先で一笑した。
「………では、死んでもらうよ」
 美童が残忍な笑みを浮かべた時、背後から伸びてきた細い腕が、美童の首に絡み付いてきた。
「ぐっ!?」
 身を乗り出そうとしていた美童は、背もたれに押さえ付けられてしまう。見事なヘッドロックが決まっている。正面に座ったままの大道寺が、ニヤリと笑った。
「俺はあんたにひとりで会いに来るほど、間抜けじゃない」
「ぐぬっ!?」
 美童は苦しげに顔を歪めた。長い髪が頬を(くすぐ)っている。上品なコロンの香りが漂う。自分の首を締め付けている相手は、女のようだった。
「美童のおじさま。おイタはいけませんわよ」
「な、なに!? その声は!?」
 美童の表情に、明らかに動揺の色が浮かんでいた。
「世間は狭いね、美童さんよ。まぁ、俺も驚いたけど」
 大道寺は笑う。ウエイトレスが訝しげに通り過ぎていったが、特にそれ以上の反応はなかった。
「俺と彼女の立場が逆だったら、警察を呼ばれているところだろうけどな」
 大道寺が美童の首を締め付けていたら問題だが、その女性がそれをやっていると、父親もしくは叔父にじゃれついている娘に見える。
「それはそれで、面白いと思うけど?」
「おっかないな、あんたは………」
「な、なびきお嬢様。あなたは、いったい………」
 美童は苦しげに問うた。自分の置かれている立場が、まだ理解できていないように、視線は宙を漂っている。
「悪いね。あたしはあいつと知り合いだったんだ。おっと! ごめんなさい、おじさま。わたくし、この方と顔見知りでしたの」
「似合わねぇよ、なびき」
 大道寺はゲラゲラと笑っている。美童は何が何だか分からず、困惑するばかりだ。
「さて、用が済んだから、俺たちは退散するか。ここの支払いは頼むぜ。もちろん、なびきお嬢様の分もな」
 そう言って、大道寺はその場からテレポートして去っていった。美童の首を締め付けていたなびきも、無言でテレポートしていく。
「お、おのれ! 青二才が!!」
 美童は拳でテーブルを叩いた。店中に凄まじい音が響き渡った。

 喫茶店から出てきた美童の形相は、鬼気迫るものがあった。レジで応対したウエイトレスも、さぞかし怖い思いをしたことだろう。
「ちゃんと支払いをすませてくるとは、律儀な人だな………」
 階段を上がりきった美童に、人を小馬鹿にしたような声が投げ掛けられた。
「だ、大道寺!? 貴様、まだこんなところにいたのか!? わたしに殺されるために、待っていたのか?」
「赤の他人にご馳走になったときは、きちんとお礼を言いなさいって、死んだ婆ちゃんに言われててね」
 大道寺は戯けてみせた。その態度が、益々美童の苛立っている神経を逆撫でする。
「いいだろう。ふたりまとめて、地獄へ送ってやる」
 美童は大道寺と、そしてその後ろで無言のまま腕組みをしているなびきを交互に見ながら、挑むように言った。
「面白い冗談ね」
 なびきは薄く笑った。腕を組むのをやめ、斜に構えて美童と対峙する。
 美童は大道寺となびきを、憎しみを込めた視線で交互に見つめると、
「わたしの本当の正体を見せてやる」
 喉から絞り出すような低い声で、そう言った。目が異様な輝きを放つ。
「おいおい、巨大化すんじゃないだろうな? なんとか星人とか言ってさ。だとしたら、ウルトラセブンを呼ばなくちゃな」
「ウルトラマンじゃいけないのか?」
「俺はセブンの方が好きなんだ」
「軽口を叩けるのも今のうちだけだ」
 美童は凄んでみせると、全身に気合いを込めた。
 黒々とした髪は鮮やかな青に変色し、きっちりと着こなしていたスーツは、ゆったりとしたローブのような服装に変化する。右手には禍々しい形状の樫の木の杖が握られていた。
「我が名は大魔導士アイネイアス。セーラーヴァルカン様が配下。七魔将がひとり」
「なんだか、随分と動きにくそうな服だな。さっきのスーツの方が、まだマシだったんじゃないのか?」
「ほざけ!」
 美童、いやアイネイアスは左手を前方に突き出した。漆黒の雷球が、続けざまに打ち出された。
「おっと!」
 大道寺はジェダイトの姿に変身すると、雷球をことごとく上空へと弾いた。
「日比谷の真ん中でドンパチをやらかすわけにはいかねぇ。ずらかるぞ!」
 ジェダイトは、地上に残ったままのなびきに声を投げ掛けた。
「そこに公園があるぞ?」
「日比谷公園をぶっ潰すつもりかよ………」
「ちっ。仕方ないね………。それでは美童のおじさま、ご機嫌よう」
 なびきは、社交的なお辞儀を芝居っぽくしてみせた。
「そうはいきません。わたしの正体を見たからには、なびきお嬢様、申し訳ないが、ここで死んで頂きます」
 アイネイアスは両手を左右に広げる。杖の先端が閃光を放ち、不規則に複数の雷球が宙を踊る。四方八方から、雷球はなびきに襲い掛かった。逃げ道はない。
「おいおい」
 上空のジェダイトが慌てた。雷球の全てが、なびきに命中したように見えたからだ。雷球が破裂する凄まじい轟音が、日比谷一帯に轟いた。通行人が腰を抜かして、その様を見ている。
「大道寺。次は貴様だ!」
 アイネイアスは上空を見上げた。
「こんな攻撃で、あたしを倒したつもりでいるのか?」
「な、何だと!?」
 間近で聞こえてきた声に、アイネイアスはギョッとなって顔を正面に戻した。
「セーラー戦士!?」
 黄金のセーラー戦士がそこにいた。ギャラクシアである。
「ふん!」
 ギャラクシアは気合いを込めて、右手を突き出した。見えない圧力によって、アイネイアスは後方へ弾き飛ばされる。
「ぐぬっ」
 すぐさま起き上がり前方を睨み返したが、既にギャラクシアの姿はそこになかった。
「今日のところは、見逃してやるよ」
 投げ捨てるような言葉を残し、ギャラクシアはその場から去っていく。ジェダイトもその後を追う。
「逃がすか!」
 アイネイアスは上空を睨め付けた。ふたりを追おうとしたが、
「待てよ!」
 千切って投げられたようなその声に、反射的にその場に踏み止まった。
「お前か………」
 声の主を見付けて、アイネイアスは苦々しく笑む。
「熱くなりなさんなって、アイネイアス。招集が掛かったぜ」
 飄々とした口調で言いながら、身長が二メートルはありそうな巨漢の青年が、大股で歩み寄ってきた。ボロボロのジーンズに、くしゃくしゃのオープンシャツをラフに着こなしている。がっしりとした体格で、はだけたシャツの間から覗ける筋肉は、はち切れんばかりに隆々としていた。
「招集だと? 誰が掛けたと言うのだ、アキレウス」
「パンドラだ。すぐに来いってさ」
 アキレウスと呼ばれた巨漢の青年は、皮肉ったような笑みを浮かべている。アイネイアスと比べると、かなり若い印象を受ける。二十代の後半がいいところだろう。彫りの深い顔に、ひどく窪んだ目が、ポッカリと穴が空いたように付いている。「アキレウス」と本当の名前の方で呼ばれてはいるが、彼は地球人としての姿のままだった。アイネイアスのような異様な出で立ちはしていない。
「あの小娘、何様のつもりなのだ? わたしが仕えているのはヴァルカン様だ。パンドラではない。従って、その招集には応じられないな」
 毒々しい笑みを浮かべて、アイネイアスは答えた。アキレウスはニイッと笑った。
「仲間がいてよかったぜ」
 それはアキレウスも、パンドラの招集には応じるつもりはないと言う意思表示だった。
「で、どうする気だい?」
 アキレウスは重ねて訊いた。
「ヴァルカン様のお目覚めの時は近い。それまでは、好きにやらせてもらう」
「さっきの連中か?」
「見過ごせない相手だ。この屈辱、倍にして返さねばわたしの修まりが付かない」
 アイネイアスは自らの顔の横で、右の拳をギリリと握り締めた。
「手を貸そうか?」
「いらん。お前の借りは高く付く」
「安くしとくよ、今回は。体がナマってしょうがない」
「これはわたしの問題だ」
「相変わらずのカタブツだねぇ」
 アキレウスは方を竦め、やれやれといった風にポーズを作った。
 パトカーのサイレンが近付いてくる。先程の騒ぎを見ていた通行人が、警察に通報したのだろう。この場にこれ以上留まるのは、余計な揉め事を増やすだけのようだ。

 ジェダイトとギャラクシアは、火川神社の境内へと戻ってきていた。境内に入ると同時に変身を解き、人が殆ど来ることがない裏手に回る。フォボスとディモスが、人間体でふたりを待っていた。
「閃光が見えましたが………」
 ディモスが表情を曇らせている。日比谷方面で発した閃光を、フォボスとディモスも確認していたようだ。
「調べていたやつが、ヴァルカンの配下でね。ちょっとやり合った。まぁ、場所が場所だったんで、とっとと退散してきたんだが」
「ヴァルカンの手の者が………」
 ふたりは緊張し、日比谷の方向に顔を向けた。心配ないという風に、ジェダイトは軽く手を挙げると、
「それより、何か連絡があるんだろう?」
 先に話を進めろとばかりに、僅かに顎をしゃくった。
「あ、はい。ルナから連絡が入りました」
 報告をしてきたのはフォボスだった。表情が明るいから、良い報せなのだろう。大道寺となびきは、無言で先を促した。
「皆様が転移されられたポイントの割り出しに、成功したそうです」
 それを受けて、大道寺はひゅうと口を鳴らす。
「さすがはルナ。伊達に司令室に隠っていたわけじゃないようだな」
「お陰で、日にちの感覚がゼロよ………」
「へ!?」
 足下から気怠そうな声が聞こえてきたので、大道寺は慌てて視線を下に降ろした。ネコの姿のルナが、気怠そうな表情でこちらを見上げていた。
「なんだ。ルナ、いたのかここに………」
「フォボスとディモスは通信機を持っていないから、彼女たちに連絡するためにはあたしが来なきゃいけないのよ………。全員の分の通信機を作っている時間もないしね。まぁ、そのお陰で久しぶりに太陽の光を浴びれたけどね。あんまりにも久しぶりなんで、太陽の光が眩しいわ肌に痛いわで、思わず灰になるかと思っちゃったわ」
「あんたはヴァンパイアかい」
 ルナが軽口を叩いているので、大道寺もそれに合わせた。軽口を叩く余裕があると言うことは、かなりの高確率で仲間たちの居所が分かったと言うことなのだろう。昨日までなら、軽口を叩こうものなら、逆に怒鳴られていたところだ。
「ところでルナ。うさぎの居所は分かっているのか?」
 急かすような口調で、なびきが訊いてきた。なびきとしては、うさぎの位置も把握しておきたいところだ。
「やっと連絡が来たわ。うさぎちゃんの方もいろいろ大変だったみたい。いつの間にか、美奈子ちゃんと合流してるし」
「美奈子?」
「ヴィーナスね」
 なびきは仲間全員の地球人としての名前を知らない。単に「美奈子」と言われても、誰のことだか分からないのだ。ルナの説明を受けたなびきは、「ああ、あのでかい赤いリボンを付けているやつか」と言って、合点がいったように肯いた。顔が思い出せたらしい。
「あ、そうそう」
 ルナはなびきに対して肯いてから、大道寺に顔を向け直した。
「三条院さんから伝えてくれって言われてたことがあったんだ」
「なんだい?」
「クンツァイトと出会えたって」
「ふむ」
 大道寺はさして驚かない。
「なるほど。ってことは、クンツァイトはやっぱりヴィーナスのところだったか」
「知ってたの?」
「予想してただけ。だけど、正解だったな」
「ルナ、まだ質問に答えてもらっていない」
 なびきの声のトーンが、先程より少し下がっていた。自分の質問から話が逸れてしまったことで、少しばかり気分を害しているようだ。
「ああ、ゴメン」
 ルナは「しまった」というように、チロリと舌を出す。
「それがさぁ、うさぎちゃんたち、どうやらレイちゃんたちのところに向かっているようなのよね。“ラピュタ”って言ってたらしら。うさぎちゃんたちは、うさぎちゃんたちの目的があってそこに行くらしいんだけど、あたしが調べたところによると、どうやらうさぎちゃんたちが向かっている“ラピュタ”ってところが、レイちゃんたちのいるところのようなの」
「おやおや、面白い展開だ」
 なびきは楽しそうな笑みを浮かべた。
「行くのかい?」
「こっちで、のほほんと退屈な生活を送っているのにも飽きてきたところだ。それに、そろそろあのおマメちゃんが、エクレアを恋しく思っているいる頃だろうしな」
 なびきはニッと笑った。