星空の下


 陽は落ちていた。上空は満天の星空と、白く輝く丸い月。
“ラピュタ”へと転移された十番病院の屋上に腰を下ろし、日暮はぼんやりと星空を眺めていた。
「こんなところにいたのかい………」
 背後から掛けられた言葉に、日暮はおもむろに首を巡らせる。
「あんたか………」
 屋上の出入り口に、カロンが佇んでいる。彼女たちセーラー戦士は、ここへ転移させられてからずっと、変身を解いていない。いつ敵が襲ってくる状態か分からなかったし、何よりもこの病院には一般の人々が多すぎる。そんな人々の前で、堂々と変身をするわけにもいかない。恐らく気の休まる時は一時たりともないのだろうが、彼女たちは弱音ひとつ吐かなかった。そんな彼女たちを、日暮は「強い」と思っていた。彼女たちの勇気に、自分も何度も救われている。
「教授が捜してたよ」
 カロンはそう言いながら、日暮の左側に、つかつかと歩み寄ってきた。日暮はそんなカロンの横顔を、物言いだけに見上げていた。
「なんだい? あたしの顔に何か付いてる?」
「いや………。俺がここにいる理由を訊かれると思って待ち構えていたら、何も訊いてこないのでな。肩透かしを食らった気分になってたところだ」
「訊くだけヤボだろ?」
 日暮を見下ろし、カロンは笑った。そのまま日暮の隣りに腰を下ろす。首を傾け星を見上げる。日暮も同様に、星を見上げた。
「若い女性と並んで星空を見上げるってのは、なんか照れ臭いな」
 ややあって、日暮は笑い混じりに言った。
「嬉しいね。あたしのこと、若いと思ってくれてるんだ」
「ははは。周りに学生が多いからなぁ。学生のパワーには付いていけないっか? あんただって、俺から比べりゃぁ充分若い」
「そりゃそうだ」
 カロンは声を上げて笑った。
「俺はさぁ………」
 日暮はポツリと言葉を(こぼ)す。
「未だに夢を見ているような気分だよ。毛むくじゃらのバケモンが世に出回ったと思ったら、訳の分からんカルト教団のような組織が裏で世界征服を企んでいると言う。おまけにセーラー戦士の正体は普通の学生だ。挙げ句の果てには空中に浮かぶ巨大な島ときた。よしんば無事に帰投して上に報告書を提出したところで、頭がイカレちまったとしか思われんだろうさ。物語の世界だな、こりゃ」
「確かにそうだろうね」
 カロンは真顔で肯く。
「あたしだってそうさ。自分がこんな姿をしていることが、今でも信じられない。夢を見ているような思いってのは、あたしも同じさ」
「あの子たちもそれぞれ、いろんなドラマを抱えてここまで来たんだろうな。普通の人間にはない凄い力………。羨ましいと思うのは、平和ポケした考え方だってことを、あの子たちと知り合って思い知らされたよ」
 日暮は星空を見上げたまま、大きく息を吐き出す。
「陽子はどうなる?」
「彼女が何を考えているのか、あたしには分からないよ。だけど、彼女は何故かもなかと同じ力を持ってる。あたしにはよく分からないんだけど、セーラー戦士のパワーの源であるらしいセーラークリスタルって輝きを、両方から感じるらしい。ってことは、ふたりとも歴としたセーラー戦士ってことだ。戦士は転生するって言っていたから、何か特別な要因が働いて、本来ひとつだった魂が、ふたつに別れてしまったのか………。あるいは、ふたりでなければならない理由があったのか………。もなかと陽子が名乗っているセーラーサンってのは、太古の昔、猛威を振るったセーラーヴァルカンてやつの封印のキーらしい。あるいは、そこに関係があるのかもしれない」
 カロンは言い終えたあと、「全部レイからの受け売りだけどさ」と付け加えた。
「益々、漫画の世界の話だよ………」
 日暮は諦めたような笑みを浮かべて、頭を大きく振った。
 カロンはそんな日暮の横顔をしばし見つめたのち、
「実の娘じゃないって言ってたよね?」
 そう尋ねた。
「ああ。俺が当時住んでいたアパートの前に、あいつは置き去りにされていた。あいつさ、驚いて覗き込んだ俺を見て、笑いやがったんだよ。嬉しそうによ。太陽のような、明るい笑顔だった。眩しかったぜ」
「なるほど、それで陽子か」
「初めは養うつもりなんて全くなかった。だけど、俺から離れると泣くんだよ。見捨てないでくれって言われてるみたいでな。悩んだ挙げ句に、未婚の父だ」
 日暮は、がははと豪快に笑った。
「今考えれば、おかしなことは多かったよ。だけど、何であいつは、俺んトコに来たんだろうな」
「さぁ………。案外、隊長さんは大昔のセーラーサンの父親の生まれ変わりだったりしてね」
「はっ? 俺には、そんな大層な力はねぇよ」
 日暮は俯く。
「娘ひとり救うことができない。情けない父親さ………。おっと、教授が捜してるんだったな」
 日暮はそう言うと、思い出したように立ち上がった。
「ありがとう。少し気分が楽になった。あんた、良い医者になるよ」
「カウンセリングは、あまり得意じゃないんだけどね」
 カロンは照れたように笑う。
「陽子と戦うことになるかもしれないよ?」
 カロンは日暮の背中に告げる。
「分かってる」
 日暮は振り向かなかった。
「できるだけ説得してみるよ。あんたの娘だ。話して分からないような子じゃないだろう?」
「ああ、たぶんな。だが、あいつはもう、俺の知っている陽子じゃないかもしれん………。あんたたちに危害を加えるようなら、せめて俺のこの手で………」
「そんなことはさせない。悲しいことを言うな」
「ありがとう」
 日暮はそう告げると、階下へと消えていった。
 日暮と入れ違いに、香織が屋上に上がってきた。
「おや? あんたは教授と一緒じゃなくていいのかい?」
 香織も一緒に、土萠教授や日暮と打ち合わせを行うと思っていたカロンは、自分に歩み寄ってくる香織の姿を見て、不思議そうに首を傾けた。
「あたしも日暮さんを捜しにここに来たの。日暮さんとは、そこですれ違ったわ」
「打ち合わせには行かなくていいのかい?」
「行くけど………。夏恋さんがいたから、ちょっと話をしたくてね」
 実際には香織の方が年上なのだが、香織は夏恋のことを「さん」付けで呼んでいた。
「珍しいこともあるもんだ」
 自分と話をしたかったという香織に驚きはしたが、嬉しくもあった。
「明朝、出発よね?」
 香織はおもむろに確認した。明朝、戦士たちは敵の神殿に向けて出発する手筈になっていた。
「ああ。いよいよだね」
「夏恋さんも行くのよね?」
「当然」
「あたしは、残った方がいいと思うんだけど………」
「なんで?」
 理由が分からなかったから、カロンは聞き返した。
「なんでって………。マズイでしょ?」
 香織は意味深に笑んでみせた。カロンはドキリとする。
「どうして分かった?」
「あたしも女だもの………」
「そっか。だけど、ナイショにしててほしいな。みんなが変に気を使う」
 香織は、カロンの身に何が起こっているのか、同性の勘で気付いてしまったようだ。
「それはいいけど………。やっぱり行くの? あたしは勧めないな」
「そうはいかないよ。あの唐変木をひとりにできない」
「大変ね」
「そうでもないさ。けっこう楽しいよ」
 カロンは笑った。
「羨ましいな」
 香織は少し寂しそうにした。
「そうかい? あんたの方も順調だと思うけど? ほたるは、あんたを母親だと認めてるようだし」
「え!? そうなの?」
「自分のことには、鈍感なんだね」
 カロンは楽しそうに声を出して笑った。

 十番病院から僅かに離れた池の畔に、セーラーサンはいた。
 周りの景色だけを見ていると、ここが空中に浮かんでいるとはとても思えなかった。
 近くには雑木林もあり、少し離れれば広い平原もある。屋上から景色を眺めた時は、小高い丘が見えた。遠くには山らしき影も見えた。目の前には美しい池があり、オペラ座仮面の持ってきた地図によると、山の向こうには湖まであるらしい。
 水面には白く美しい月が映り込んでいた。魚だろうか。ピチャリと撥ねるような音が聞こえたかと思うと、水面に波紋が広がる。
「おいおい、あんまり病院から離れると危ないぞ。どこに敵が潜んでいるか分かりゃしねぇんだからな」
 オペラ座仮面の声だった。セーラーサンはその声の聞こえた来た方向には目を向けず、水面に広がる波紋をじっと見つめたままだった。
「陽子のことを考えているのか?」
 足音が次第に近付いてくる。セーラーサンは無言のままコクリと肯いた。
「お供のネコはどうした?」
 今度は首を横に振る。二日ほど前から、アポロンの姿が見えなかった。“ラピュタ”に転移させられた直後には、確かにアポロンもいた。しかし、突然いなくなってしまったのだ。周囲を捜してみたのだが、とうとう見つからなかった。
「パートナーがいないのは不安か?」
 無言のまま、コクリと首を縦に動かす。元気のないそのセーラーサンの様子を見て、オペラ座仮面は彼女に見えないような位置で肩を竦めた。
「一番長く行動を共にしてきたネコの姿が見えなくて、心細いのは分かるが、お前の仲間はネコだけじゃないだろう?」
 そのオペラ坂面の言葉に、セーラーサンはようやく顔を上げた。首を巡らせ、傍らまで歩み寄ってきたオペラ坂面の顔を見上げる。
「きっとあいつも、この“ラピュタ”のことを調査してるんだろうさ。そのうち、ひょっこり帰ってくるよ」
「うん………」
 セーラーサンは肯く。オペラ坂面は、そのセーラーサンの右肩をポンと叩いた。
「あんまり夜更かしするなよ。明朝には出発だからな」
「はい。いよいよ決戦ですね。………だけど、あたしたちだけで、勝てるでしょうか?」
「『勝てる』じゃない。『勝つ』んだよ」
 オペラ坂面の口元が、笑みを浮かべる。白磁の仮面で覆われているので、なかなか表情を読み取ることができないのだが、口元を見ればだいたい検討が付く。
オペラ座仮面(あいつ)と話すときは、口元を見な」
 カロンが教えてくれたことだ。
「案外、最終決戦までには、仲間がもっと集まってくるかもしれんぜ?」
 予言めいたようにオペラ坂面は言うと、意味深に笑った。

「優しいんだな」
 十番病院へと戻ってきたオペラ座仮面を出迎えたのは、三人のセーラー戦士だった。その中のひとり、中央に立っているポニーテールの戦士が、声を掛けてきたようだ。
「見てたのか?」
「見てなきゃ、こんなことは言わない」
「それもそうか」
 オペラ座仮面は、声を出して笑った。
「おかっぱ頭ちゃんは一緒じゃないのか?」
サターン(ほたる)は教授と一緒にいるわ」
 三人の戦士たちの顔を物色するように見ながらオペラ座仮面が言うと、マーズが即座に答えてきた。
 オペラ座仮面は、しばらくの間三人の視線を受けていたが、やがて、
「………で、何の用だ?」
 諦めたように肩を竦めると、そう問い掛けてきた。三人の戦士たちは、自分に用があって待っていたのだ。オペラ座仮面はそのことに気付き、惚けてそのまま立ち去ろうとするつもりだったのだが、予想以上に強い視線だったので、逃げ切れないと感じたようだった。
「そろそろ、あなたの正体が知りたいんだけど?」
 マーズの神秘的な瞳が、鋭い輝きを放つ。オペラ座仮面は視線を避けるように、足下に顔を向けながら後頭部をボリボリと掻いた。
「オペラ座仮面は即ち兵藤 瞬。………なんて、正体が知りたいわけじゃないよな、きっと」
「当然」
 ジュピターはやや体を傾けながら、腰に両手を当てた。アースは無言のまま、視線だけで促してくる。
「なぁんで、俺の正体なんて知りたいんだ?」
「なんとなく、かしらね」
「え? そうなの!?」
 戯けた仕草で答えたマーズに、アースは拍子抜けしたような顔を向ける。
「なんか、すっごい謎解きがあるかと思って付いてきたら………」
「お前は興味本位でここにいたのか?」
 落胆したようなアースに、オペラ座仮面が突っ込みを入れてきた。
「そうよ! だって、退屈だったんだもん」
 あっけらかんと、アースは答えた。ジュピターもマーズも苦笑している。
「明日の移動中に、退屈しのぎに話してやるよ。ただし、そんな時間があれば、だけどな」
「へぇ、楽しみだ」
 ジュピターは白い歯を見せた。

 周囲は密林に囲まれていた。
 楕円形にぽっかりと空いたその場所は、透き通った水が溢れている。湧き水によって、長い年月を掛けて自然に作られた池なのだろう。
「ここにいたのか」
 見るとはなしに水面を見つめていた陽子の背後から、声が掛けられた。振り向くと、五メートル程後方に、セレスが佇んでいた。
「何をしていた………?」
「別に………」
 特に何かをしていたわけでもないから、陽子はそう答えるしかない。
「“ラピュタ”に向かう」
 陽子が何も話そうとしないと見るや、セレスはそう告げてきた。
「ヴァルカンの封印を解くつもりね」
「聖櫃の場所はだいたい分かっている。正確な位置が分からずとも、封印さえ解ければ、ヴァルカン様を捜すのは容易い」
「あの子を殺すのね」
「セーラーサンはふたりもいらない。お前が宝珠を使えるのなら、お前が“本物”だ。“偽物”には消えてもらう」
 セレスはゆっくりとした足取りで、陽子の傍らに歩み寄ってきた。何事か陽子に話そうとしたセレスだったが、背後で気配を感じたので口を(つぐ)んだ。
「アンドロメダが来た。ミーティングをする」
 青白い顔が、ユラユラと揺らめいていた。夜の闇の中にあっては、よりいっそう不気味に見える。
「へぇ………。アンドロメダが動いたんだ」
「“ねぐら”でパンドラと待っている。早く来い」
「プロキオンからの連絡は?」
「下手に連絡をすると、その存在がバレてしまう。やつもそのくらいは分かっている」
「なるほどね………。残りのふたりは?」
「ヴァルカン様が目覚めるまで、動かんとさ」
「怠け者め」
 セレスは舌打ちすると、
「行くよ」
 陽子を促して、密林の中に消えていく。
「いよいよか………」
 陽子は呟くと、そのセレスの後を追っていった。

「それでは、〈シャトー・ブラン〉をお預かり致します」
 畏まった口調で一礼したのは、赤い甲冑を身に纏った、ひょろりと背の高い男だった。
「事が解決するまで、〈モンレアル〉を守っていてくれ。頼むぞ、オーギュスト」
 ジェラールは男の細長い顔を見上げた。頭上に生い茂る密林の葉の間から、男の肩越しに美しい星々の煌めきが見える。
「はっ。我が命に替えましても、〈モンレアル〉をお守り致します」
「無理はするなよ」
「承知しております。この命、大事に使わせて頂きます。無駄に使っては、美奈子殿に叱られてしまいます」
 オーギュストは薄く笑うと、もう一度深々と頭を下げた。
 パワーアップした美奈子の能力は凄まじかった。冗談で放ったような治癒の技―――エターナル・ハネムーン・美奈P・キッス―――だったが、負傷した騎士たちの傷を全て癒したばかりではなく、命を落とした騎士たちを全員甦らせてしまったのだ。銀水晶に匹敵する再生のパワーだった。
「エロスとヒメロスを置いていくわ。彼女たちをよろしくね」
 顔を上げたオーギュストに向かって、美奈子は言った。
「宜しいのですか? おふたりは、美奈子殿の側近ではないのですか?」
「だから置いていくのよ」
 美奈子は急に小声になる。
「小姑アルテミスだけでもうるさいのに、ふたりも一緒だったら、好き勝手できないでしょ」
 言い終えてから、小さくウインクをした。
「あまり好き勝手されても困るのだが………」
 ジェラールが本当に困ったような表情をして見せると、オーギュストも苦笑せざるを得ない。
「彼女たちをお願いね」
 美奈子は密林の中、緻密に隠されている〈モンレアル〉をチラリと見た。
〈モンレアル〉の中には、“毛むくじゃら”にされた女の子たちが、コールドスリープの状態で収容されていた。フランスを中心に、ジェラールやヴィクトールたちが捕らえていた“毛むくじゃら”たちだった。その数はざっと五百人。美奈子が〈クラック・デ・シュバリエ〉を守るために戦ったのは、彼女たちの存在に気付いたからなのだ。
「初めから言ってくれれば、面倒くさくなかったんだけどね」
 やれやれといった風に、美奈子はふうっと息を吐き出した。
「いろいろと事情があった」
「はいはい。分かってますよ」
 美奈子は今度は、肩を竦めた。その美奈子の元に、エロスとヒメロスがやってくる。
「アンテロス、マクスウェルの両名をマゼラン・キャッスルに帰還させました。アクタイオン殿と協力して、“追放されし者”の調査をさせます」
 エロスが事務的な口調で報告してきた。
「“追放されし者”………。我々の敵となる相手か?」
 ジェラールは「我々」という言い方をした。つまり、美奈子たちの敵は自分たちの敵でもあるという意思表示だった。
「まだ分からないわ」
 慎重に、美奈子は言葉を選ぶ。
「うさぎの話だと、あたしたちの仲間のひとりが、謎の天体の調査のためにNASAに向かったって言うことだから、それが“追放されし者”の可能性が高いわね。他の仲間が出会ったって言う、ブラッディ・クルセイダースとは全く別の勢力だと思われるハスターってやつの一味の存在も気になるわ。ブラッディ・クルセイダースの一員じゃないんでしょ?」
「ああ、そんなやつの名前は聞いたことがない。セーラー戦士らしき女性が混じっていたと聞いたが………。うさぎ殿が言っていた、セーラーヴァルカンの一味ではないのか?」
「そうなのよねぇ………。謎の勢力が多すぎて困っちゃうわ。敵となる勢力がひとつだけって図式が分かり易くていいんだけど、現実はそんなに甘くないってことなのよね」
 はぁと息を吐きながら、美奈子は大袈裟に肩を落としてみせた。
「………それより俺は、“ラピュタ”にあると言う聖櫃(アーク)のことが気になるな」
 清宮だった。闇の中からガサガサと大きな音を立てて、存在感を示しながら歩み寄ってきた。
「『ある』とは言っていない。『あった』と言ったはずだ」
 ジェラールは清宮の言葉を訂正してきた。
「過去形だったか? ………じゃあ、どこにあるんだ?」
「仲間のディールが持ち出した。同じく我々の仲間のノスフェラートを経由して、現在はヨーロッパのどこかに隠されているはずだ。正確な場所は、俺も知らん」
「なんで、聖櫃(アーク)のことが気になるの? タッくん」
 美奈子は清宮を見た。「タッくん」とは清宮のことだ。清宮聖人(たかと)の「タ」で「タッくん」と言うことらしい。
「様々な情報を整理すると、その聖櫃(アーク)の中にセーラーヴァルカンが眠っている可能性が高いからだ」
「へぇ、そうなんだ………。さっすがあたしたちの玉袋(・・)。タッくん、あったまいい!」
「知恵袋だ! ち・え・ぶ・く・ろ!! それと、その呼び方はやめてくれ。脱力する」
 清宮はあからさまに嫌そうな顔をした。
「夫婦喧嘩は、俺たちのいないところでやってもらいたいのだが………」
「夫婦じゃない!!」
 美奈子と清宮の同時の突っ込みに、さしものジェラールも仰け反って退いた。
 最早蚊帳の外となってしまった感のある、エロス、ヒメロス、オーギュストの三人は、お互い顔を見合わせると大きく肩を竦めた。

 うさぎは「方舟」のブリッジにいた。ブリッジの中には、アルテミスと三条院、美園、そして昴の姿があった。セーラーノアの姿は、見える範囲にはなかった。
 うさぎは口を真一文字に結んだまま、小刻みに体を震わせていた。アルテミスは沈痛な表情をし、美園は申し訳なさそうに俯いている。三条院はうさぎの顔を真っ直ぐに見つめたまま、無言だった。昴は少し距離を置いた場所で、四人の様子を見つめていた。
「………みんなは、“ラピュタ”にいるような気がする。レイちゃんやまこちゃんたちも、そしてきっとまもちゃんとパパも………」
 俯いたうさぎは、独り言のように呟いた。
 重大な事実を今まで隠していた三条院と美園のふたりを、うさぎは咎めなかった。ふたりが何故、自分に対してその事実を伏せていたのか、その理由が分かるからだ。そんな彼らの心遣いに対し、腹を立てることはできない。
「全てが“ラピュタ”に集まっているってことか………」
 深く息を吸い込みながら、アルテミスは言う。
「ジェダイトとはいつ合流するんだ?」
「やつは今、日本を離れられん。“ラピュタ”突入前の合流は、難しいな」
 三条院は意外にもあっさりとした表情をしていた。初めから、アテになどしていないといった感じだ。
「ブラッディ・クルセイダース………と言うより、ホーゼンのやろうとしていることが、あたしにも分かってきた。今はホーゼンの野望を食い止めよう。あいつはきっと、その為にセーラーカロンをあんなひどい目に遭わせたんだんと思う」
 誰も異を唱える者はいなかった。うさぎの考えは、たぶん正解なのだろう。
「昴さん。あなたの目的とは違うけど、協力してもらえますか?」
 うさぎは視線を昴に向けた。突然話を振られた昴は、少し驚いた表情をしたが、すぐに柔らかい笑みを浮かべた。
「もちろんよ。あたしはプリンセスの力となるために、この星に来たんだから………。それと、昴でいいわ。いいかしら? うさぎ」
「うん。よろしくね」
 うさぎは小首を僅かに傾げ、可愛らしく笑った。