野獣の群れ
「全く、面倒な役目だぜ」
眼下の村落を見やりながら、サン・プールは毒突いた。
「身から出た錆だろうが。巻き込まれた俺の方がいい迷惑だ」
「友だちだろ? 仲良くやろうぜ、ル・グロ」
「お前と友だち付き合いしているつもりはねぇ」
サン・プールの後ろで仏頂面をしているル・グロは、ぶっきらぼうに言った。
ル・グロはアメフト選手並に、がっしりとした体格をしていた。背はそれ程高くない。百七十センチないだろう。だが肩幅は異常に張り、胸板も厚い。肌は浅黒いが、北欧系の顔立ちをしていた。
「本当にここにあるんだろうな? サン・プール」
ル・グロは、疑わしげな視線をサン・プールに向けた。
「俺の情報を信じろよ。抜かりはない」
「お前の仕事は抜かりがありすぎる。この目で見るまでは、信用できねぇな」
「友だち甲斐のないやつだ」
「だから、友だちじゃねぇって言ってるだろがっ」
ル・グロは不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「それに、これだけの兵隊を持ってきたんだ。ありませんでしたじゃ、姐さんにぶっ殺されるぜ」
「心配すんなって! それよりも俺は、お前の持ってきた兵隊の方が心配だ。なんとかってマッド・サイエンティストの失敗作なんだろ? 脳味噌の足りない、ボンクラどもだって言うじゃないか。使いモンになるのか?」
「プロフェッサー・イワノフな」
「そうそいつだ」
「いけ好かねぇじじいだが、面白いモンを作る。単純な命令しか聞けないような連中が、今回のような作戦には適してるのさ。小難しいことを考えないから、無差別に殺戮ができる」
ル・グロはクククッと喉を鳴らした。
「おぉ、やだやだ。俺はもうちょっとクリーンにやりたいんだがね」
サン・プールは大仰に肩を竦めて、わざとらしく身震いして見せた。
「お前の方の兵隊たちはどうしたよ?」
「………」
ル・グロの問い掛けに対し、サン・プールは無言で右手の親指を突き立て、自分の肩越しに後方を指し示して見せた。
ル・グロは自分の後方を振り返る。体にジャストフィットした真っ赤なエナメル素材のような服を着込んだ、三人の女性が無表情で佇んでいた。
「三人だけか?」
「うるせえ! こっちにも、いろいろと事情があんだよ!」
「あ、そっか。やられちまったんだけっけな。姐さんに補充させてもらえなかったわけだ」
「その三人が補充だよ。だけど、能力は前のやつらより高い」
「期待してるぜ」
「赤い三連星と名付けた」
「………時間だ。やるぜ」
サン・プールの軽口を苦笑でやり過ごすと、ル・グロは鋭い目を眼下の村落に向けた。神殿を見つめて、ニタリと笑った。
何か異様な気配を感じた。
与えられた部屋で仮眠を取っていた新月は、肌を逆撫でするようなその気配にハッとなって身を起こした。
外がにわかに騒がしい。
「新月!」
亜美が部屋に飛び込みようにして入ってきた。その表情が強張っている。
「何事?」
それでも新月は、冷静な口調で亜美に尋ねた。
「敵が攻めてきたわ」
亜美は早口で答えた。
「敵?」
そう言われても、新月はピンと来なかった。新月にとっての「敵」は、ヴァンパイアだったからだ。そのヴァンパイアが「身内」と分かった以上、敵など存在しないと思っていた。だが、襲ってくる可能性のある「敵」が、ひとつだけ考えられる。
「ネフィルム・エンパイアか!?」
セーラーヴァルカンの眠る聖櫃( を狙って、次々とヴァンパイアの村を襲ったあの連中なら、ここを襲う可能性もあった。)
「分からない! 凄い数の猛獣が暴れているのよ!」
「猛獣だって!?」
新月は眉根を寄せた。ネフィルム・エンパイアの連中が、そんな部隊を率いて来るだろうか。
「ここにいたか!」
廊下から首だけを部屋の中に入れてきたのは、ノスフェラートだった。
「人手が足りねぇ! 戦えるんだったら、手を貸せ。厄介な連中が来た」
「待て!」
言うだけ言って立ち去ろうとしたノスフェラートを、新月が呼び止めた。
「何だよ!? 俺は忙しいんだ」
ノスフェラートは、あからさまに迷惑そうな顔をした。新月は、それは無視をする。それよりも、訊きたいことがあるからだ。
「お前、襲ってきた連中のことを知ってるな?」
「あ? ああ、知ってるが、それがどうかしたのか?」
「連中は何者だ? ネフィルム・エンパイアか?」
「違う。ブラッディ・クルセイダースだ。十三人衆のサラディアってやつの配下がふたり、イカレたケモノの大群を率いて襲って来やがった。早くしろ。お前たちの仲間は、既に外で戦ってるぜ」
ノスフェラートは早口でそう言うと、その場から駆け出していった。やる気のなさそうな男だと思ったが、仲間の危機には最前線で戦う頼れる男らしい。亜美は少しばかり、ノスフェラートのことを見直した。
「新月。あたしたちも行くわよ」
走り去るノスフェラートの背中を見ながら、亜美は言った。
「女子供は、神殿に避難じゃ! 戦える者は武器を取れ!!」
レイノールの喉は、既にガラガラに枯れている。ヴァンパイアモードに変身したレイノールは、機敏な動きで襲ってくる猛獣の爪を躱( す。)
凄惨な状況となっていた。如何せん「戦士」の数が少ないため、怒濤の如く攻め入ってきた猛獣の群れに、まともに対抗ができない。
「状況はどうか?」
ドラクルのその屈強な体が、レイノールの視界に飛び込んできた。
「寝込みを襲われたため、対応が遅れました。半数の民が犠牲になったものと………」
「警備が甘かったと言うわけか………」
ドラクルは唇を噛む。
「“星の戦士たち”はどうした?」
「ウラヌス殿とネプチューン殿の両名は、逃げ遅れた民の救出に向かってくれております。マーキュリー殿とアスタルテ殿は、先程神殿の裏手の方に回ってゆかれました」
「ブラッディ・クルセイダース………。地球人の組織だと思って、甘く見過ぎたか………」
周囲の状況を見やりながら、ドラクルは呻くように言った。
「お! なんか、偉そうなやつがいやがるな」
そのドラクルに声が投じられる。二メートルはありそうな長剣を右手に持った長身の青年が、その声の主だった。ブロンドの髪をきっちりと固め、前髪は角のように形作っている。サン・プールだった。
「しかし、分かり易いな。神殿に人が集まってくれば、ここに重要な物があるって、教えているようなもんだぜ? あるんだろ? そこに」
「単純に守りやすいからだ。探し物がここにあるとは限らんぞ?」
「ふん! まぁ、いいさ。皆殺しにしてから、ゆっくり探すさ」
サン・プールは、長剣を構えた。
「こやつの相手は、わたしがする。民の避難を急がせろ」
「畏まりました」
レイノールは深々と頭を下げると、その場から風のように消えていく。ドラクルは腰の鞘から幅広の剣を抜き捨てた。
「お偉いさんが自らお相手とは、恐れ入ったぜ」
「適材適所と言う言葉がある。効率の良い方を選んだまでだ」
「そうかい!」
サン・プールが斬り掛かってきた。ドラクルはその場で剣を受け止めた。ドラクルがいるのは、神殿の入り口だ。下手に動くと、サン・プールに神殿内に侵入されてしまう。ドラクルはその場に留まりながら、サン・プールと戦わなければならないのだ。
サン・プールの動きは素早い。加えて二メートルもの長剣のリーチがある。ドラクルの剣では、踏み込まなければサン・プールの体に届かない。しかし、動いてはやつの思う壺だ。
「ちっ! なかなか守りの堅いおっさんだ」
サン・プールは舌打ちする。素早い動きで攪乱しながら斬り付けているのだが、ドラクルはその剣をことごとく受け止めていた。
「そうそう遊んでもいられないか………」
サン・プールは指笛を吹いた。その指笛に引き寄せられるかのように、数頭の猛獣がサン・プールの背後に現れる。
「さぁて………。どこまで耐えられるかな?」
ドラクルの顔を睨め付け、サン・プールは残忍そうな笑みを浮かべた。
ウラヌスとネプチューンは、周囲を野獣に囲まれていた。野獣の大半は食肉類だ。その中でも、集団で狩りを行う雌ライオンの群れに、ふたりは囲まれていた。
「潜んでいたのが、分からなかった」
「さすがは、狩りの名手だけのことはあるわね」
ネプチューンは感心したように言うと、腕を組んだ。囲まれているからといって、慌てている様子はない。余裕の笑みさえ浮かべている。ふたりが気付いた時には、ぐるりを雌ライオンの群れに囲まれていた。逃げ場はない。地上には。
「だけど、あたしたちをナメてもらっちゃ困る」
「あたしたちを、バッファローやインパラと一緒にしないで欲しいわよね」
「インパラはどっち?」
「もちろん、あたし」
ふたりが笑い合うと同時に、雌ライオンの群れが仕掛けてきた。時間差で三頭が一直線に襲い掛かってくる。
「だから、その手には乗らないんだってば!」
ウラヌスとネプチューンは、空中に退避した。上に逃げるとは夢にも思っていなかったのだろう。雌ライオンたちは、困惑して右往左往している。
「お馬鹿さん。あたしたちは、飛べるのよ」
ネプチューンは、ほんの少し首を傾げて、愛嬌を振りまいてみせた。
「天界震( !!」)
ウラヌスの一撃で、雌ライオンたちは一瞬で塵となった。
「おみごと」
何もすることがなかったネプチューンは、少しばかり悔しそうにウラヌスを労った。が、次の瞬間にその表情が曇る。
「ある意味、あれも野獣かしら………」
「こりゃまた、ごっついのが………」
ネプチューンの視線の先には、アメフト選手並の体格をした男が、忌々( しげに顔を歪めて、こちらを見据えていた。ル・グロである。)
「とんだ計算違いだ。セーラー戦士が、こんなところにいるなんてな」
「あたしたちを見てセーラー戦士だと分かるとは」
「あたしたちも、有名になったものね」
「ネプチューン( 。そう言う問題じゃ………。」)
ウラヌスは苦笑するが、ネプチューンは表情を変えなかった。自分から軽口を叩いておきながら、ウラヌスの軽口に答えている暇はないということらしい。ウラヌスはもう一度苦笑する。
「あんたかい? この野獣の群れを放ったのは………」
「そうだ。なかなか楽しい趣向だろう?」
「趣味が悪すぎる。あたしは頭に来ている。手加減できないから、覚悟しておけ」
「セーラー戦士のお手並み拝見と行こうか。聖櫃( の他に、セーラー戦士も土産に持って帰れば、俺の評価も上がる」)
「残念だが、それは無理だな」
先に仕掛けたのはウラヌスの方だ。空を蹴り、猛加速でル・グロに突っ込んだ。
「ふん!」
ル・グロは素早く左横に移動すると、豪快なショルダータックルをウラヌスに見舞った。体を縮め、弾丸のようにウラヌスの懐に迫る。
「はっ!!」
ウラヌスは両手で衝撃波を放つと、その反動で後方に飛び退いた。
「お、お前、女性の胸を狙って突っ込んで来るなんて、ヘンタイか!?」
「胸を狙ったつもりはない。肋( を狙ったんだ。勘違いをしてもらっては困るな」)
ウラヌスの軽口のような言葉に、ル・グロは真顔で答えた。目は鋭くウラヌスを捉えている。ネプチューンの動きも牽制しつつ、次の一撃のタイミングを狙っているようだった。
(あんな体当たり、確かに食らうわけにはいかないな)
ウラヌスは心の中で呟く。直撃を食らったら、一撃で戦闘不能に陥りかねない。
「だけど、その程度のスピードじゃ、あたしを捉えることはできないよ!!」
ウラヌスの体が、ル・グロの視界から消えた。いや、実際に消えたのではなく、あまりにもの素早いそのウラヌスの動きを、目で追うことができなかったのだ。
「ここだ!」
ウラヌスはル・グロの右横まで迫ってきていた。
「むうっ!」
渾身のウラヌスの右ストレートを、ル・グロは両手でブロックした。
「ちっ!」
ウラヌスの次の判断は素早かった。ガードされたと分かった瞬間、反撃を受ける前に、ブロックするために突き出したル・グロの両手を蹴って、華麗に反転して飛び退いたのだ。反撃に放ったル・グロの回し蹴りが、虚しく空を切る。
「スペース・ソード・ブラスター!」
ル・グロがミスを犯したとすれば、回し蹴りで反撃を行ったということだ。空振りしてしまったが為に、ウラヌスに無防備な背中をさらしてしまったのだ。その隙を、ウラヌスに突かれた。
「ぐあっ!!」
スペース・ソード・ブラスターの直撃を受けたル・グロは、そのまま地面に真っ逆さまに落下する。激突し、土煙が舞った。
「天界震( !!」)
間髪を入れずに、トドメの天界震( を放った。土砂が巻き上がる。)
「また、あたしの出番はないみたいね」
「一対一で、ネプチューン( の手を借りるわけにはいかないよ」)
事も無げに、ウラヌスは言った。息も乱れていない。
ル・グロの“気”は、完全に消滅していた。ウラヌスの完全勝利だった。
ゴーグルを装着したマーキュリーは、周囲を索敵する。
「虎が五頭、狼が十頭、豹が三頭、そしてライオンが一頭」
素早く敵の数を確認した。
「頭が三つあるが、あれもライオンと言うのか?」
アスタルテは五頭の虎の背後にいる一際大きな雄ライオンを顎をしゃくって示した。
体長は三メートルあまり。その雄ライオンを守るように並んで陣取っている五頭の虎より、二回り程も大きい。そして何より異質なのは、獅子のruby>鬣( ) を持った頭が、三角形を形作るように三つ存在するというところだった。
「三つの頭を持っている生物なんて、空想上のケルベロスくらいしか浮かばないんだけど、頭がライオンだから、便宜上ライオンでいいんじゃない?」
「確かに、呼び方で議論しても仕方ないな。………やるか?」
アスタルテは、セマエルの剣を手にした。
「もちろん」
マーキュリーは肯く。
三頭ライオンの三つの頭が、同時に咆吼を上げた。それが合図だったのか、狼が五頭ずつ左右に分かれた。二頭の豹が真っ直ぐに突っ込んでくる。
「空中に行くわよ!」
マーキュリーは指示すると、ふわりと身を躍らせた。アスタルテもそれに続く。
幾ら獰猛な肉食獣の群れでも、空中の敵にはどうすることもできない。地上では彼らの方に分がある。何も彼らに付き合って、地上戦を挑む必要はない。
「ソロモン・ジハード!!」
「 水蜃気楼( ) !!」
アスタルテが右の一群を、マーキュリーが左の一群を攻撃する。肉食獣たちは反撃もできない。
「ゆくぞ、セマエルの剣! セマエル・ジ・ハード!!」
アスタルテがセマエルの剣を翳すと無数の光線が放たれ、豹と虎の一群に降り注ぐ。猛獣たちは断末魔の悲鳴を上げて、次々と光線に撃たれた。残すは三頭ライオンのみだ。
三頭ライオンが、上空のアスタルテとマーキュリーを睨み付ける。
「!?」
ガバリと開けられた三つの口から、同時に火の玉が吐き出された。
「悪い、 マーキュリー( ) 。地球人としてのあたしの記憶の中には、火の玉を吐くライオンの存在がないんだが、記憶が完全に戻っていないからか?」
「失われたあなたの記憶の中に、火の玉を吐くライオンの存在がないとは言い切れないけど、少なくてもあたしは知らないわ。今まで、見たことも聞いたこともない」
「それを聞いて、少し安心した」
アスタルテは軽く笑む。三頭ライオンの思わぬ攻撃に一瞬驚いたが、脅威に感じる程ではない。
「お前なんかに使うのは勿体ないが、今日のあたしは機嫌が悪いんだ。不幸だったと思って諦めてくれ」
不敵な笑みを浮かべて、アスタルテは三頭ライオンを見下ろした。セマエルの剣を逆手に持ち直す。
三頭ライオンが再び火の玉を吐き出してきた。
「セマエル・カイン・ザ・ソロモン!!」
アスタルテの最大奥義のひとつだった。イギギを倒した時は不完全だったが、セマエルの剣を得て、その威力は最大限に引き出された。
凄まじい光圧は火の玉を飲み込み、三頭ライオンおも一瞬で押し潰してしまった。
「凄い………」
思わず、マーキュリーも驚きの声を漏らした。
凄まじい衝撃が、立て続けに二度発生した。
全身傷だらけのドラクルは、ニタリとほくそ笑んだ。
「運がなかったな」
「確かにな。俺と出会ったのが、あんたの運の尽きだ」
「馬鹿め。貴様に対して言っているのだ」
「何だと!?」
サン・プールの眉が跳ね上がる。
「そんな状態で、よく冗談が言えるものだ」
「自分の回りを、よく見てみろ」
「ん? ………なっ!?」
周囲に視線を走らせたサン・プールは、途端に顔色を変えた。四人のセーラー戦士に、囲まれていたのだ。
「セーラー戦士が、何故ここに!?」
「さっきのごついヤツも言っていたが、あたしたちがここにいるのが、そんなに不思議かね?」
腕を組んだウラヌスは、ひょいと首を傾げた。
「ル・グロに会ったのか!?」
「へぇ、あいつ、そんな名前だったのか。名前聞く前に倒しちまったからな」
「ル・グロを倒しただと!?」
「とっても弱かった」
「ぐぬ………」
サン・プールは呻くしかない。今の会話の間に、雌ライオンたちは一掃されてしまった。猛獣たちの唸り声が、全く聞こえなくなっている。いつの間にか、全滅してしまったらしい。
「残るはお前だけだ」
セマエルの剣の剣先を向け、アスタルテが鋭く言い放った。
「どうなさいますか? 捕らえますか?」
アクア・ヒーリングでドラクルの傷を治療しながら、マーキュリーは尋ねた。
「捕らえたとて、この男から何一つ情報は得られないだろう」
「………だそうだ」
チラリとドラクルを見てから、アスタルテはサン・プールに言った。生かしてはおかない。目がそう語っている。
「おのれ!」
だが、サン・プールもただで倒されるつもりはないらしい。長剣を振り翳し、最後の抵抗を試みた。標的となったのは、空中に佇んでいたネプチューンだ。
「馬鹿にしないで!」
サン・プールが自分を狙ったのは、一番狙いやすかったということと、一番弱そうに見えたからだということに気付いていたネプチューンは、プライドを傷付けられて激高した。一撃で屠ってやろうとパワーを溜めたその刹那―――。
「!?」
両腕両足を拘束された。左右の腕にひとりずつ。両足をひとりの女性に、完全に固められてしまっていた。サン・プールの三人の部下―――「赤い三連星」だった。
「奥の手は最後まで取っておくもんだぜ!」
サン・プールが勝ち誇ったように笑った。
「 ネプチューン( ) !」
「 ネプチューン( ) !!」
あの程度の攻撃なら、ネプチューンは 躱( ) せると高をくくっていたウラヌスとマーキュリーは、思わぬ事態に表情を凍り付かせた。今から援護に回っても間に合わない。
「くっ!」
ネプチューンは「赤い三連星」を振り解こうと藻掻く。
「死ぬ! セーラー戦士!!」
サン・プールは長剣をネプチューンに突き立てた。
「生憎だったな」
「なに!? ぐふっ!」
ノスフェラートだった。闇の中に潜んでいたのだ。サン・プールが動いた瞬間、死角から懐深くに飛び込んできたノスフェラートは、サン・プールのその胸に手刀を突き立てた。
「き、貴様、ノスフェラート………」
「へぇ、俺の顔を覚えていてくれたなんて、光栄だな」
「そ、そうか………。 聖櫃( ) を奪ったのは、貴様やディールだったのか………」
「そう言うことだ。ル・グロがあの世で待っている。早く行ってやれ」
そう言いながら、ノスフェラートは手刀を更に深々と差し込む。サン・プールは僅かに痙攣し、そして絶命した。
「はっ!」
サン・プールが倒れたことで動揺した「赤い三連星」を、ネプチューンは気合いで弾き飛ばした。
「 深水没( ) !!」
左右の掌から、同時にふたつの 深水没( ) を放ってふたりを一瞬で消滅させた。足を掴んでいた残りのひとりは、ネプチューンの気合いで弾かれて地面に落下したが、激突せずに着地して、もう一度ネプチューンに迫ってきた。姑息にも、 深水没( ) を放って隙が生じたネプチューンの真下から攻撃を仕掛けようと試みたのだ。
「甘いわよ!」
しかしネプチューンは、そのひとりの行動に気付いていた。僅かに身を引いて、攻撃を避ける。
「!?」
「こんばんは」
女性と目が合った。攻撃が空振りした女性は、ネプチューンの目の前に無防備な体をさらしていた。ネプチューンは愛らしく微笑んで、挨拶を送る。
「ドラゴン・ライズ!!」
全身に水流を纏い、正に水の龍の如く唸りを上げてネプチューンは迫ると、超水圧の右の拳で女性の 懐( ) を 抉( ) る。勝負はそれで付いたが、トドメとばかりに 深水没( ) を放った。
「 ネプチューン( ) を怒らせた報いね」
ネプチューンの戦う様を見て、ウラヌスは呟いた。
夜のうちに犠牲者の遺体は一箇所に集められ、明け方 蛇尾( ) に 付( ) された。
「この場所の情報が、そう簡単に漏れるとは思いません………」
天に昇っていく煙を見つめながら、レイノールはポツリと呟いた。ドラクルは無言だった。腕を組んだままの姿勢で、赤々燃える炎をじっと見つめている。
「メディアが絡んでいるのやもしれませんな」
ドラクルはその言葉に対しても無言だったが、その無言は肯定の意だと思われた。
背後で複数の足音が聞こえた。ドラクルは振り向かなかったが、気配だけで誰がやって来たのかを感じていた。レイノールはドラクルの後方に顔を向けると、小さく肯いた。
「発つのか?」
彼女たちが声を掛けるより先に、ドラクルは問うた。
「はい。お弔いの途中ですが、事は一刻を争うことですので、出発しようと思います」
代表して答えたのは亜美だった。
「あたしたちが発てば、ここの守りが手薄になる。それでも構わないのか?」
「心配は無用だ」
新月の問い掛けに、ドラクルは低い声で答える。
「昨夜襲ってきた連中は、手柄を焦っているように感じられた。他の仲間には、この場所の情報は伝えてはおるまい」
「そうじゃない。あんな連中に、あなたが負けるとは思えない。あたしが心配しているは、ネフィルム・エンパイアの連中がここを嗅ぎ付けたら、どうするのかと言うことだ」
「ありがたいな。心配をしてくれるのか」
「別に、あなたの身を心配しているわけじゃない………」
新月は言葉を濁し、俯いてしまった。新月の背後にいるはるかとみちるは、顔を見合わせて「素直じゃないな」という風に苦笑し合った。
「ノスフェラートがイライラして待っている。早くゆけ」
ドラクルは突き放すようにそう言った。
亜美、はるか、みちるの三人は深々と一礼すると、踵を返した。
「………もう一度、会えるな?」
そう問い掛けた新月のその声からは、今までのような険は感じられなかった。
「全ての決着が付いたら、昔話でもしよう」
「ああ、そうだな」
笑みを浮かべて新月はくるりと背中を向けると、亜美たちの後を追った。
「ふ〜ん。これが『飛空艇』か………」
神殿の地下に天然の空洞があった。ドラクルの言う飛空艇は、その空洞の中で沈黙を保っていた。………「沈黙を保っていた」と表現するとかっこいいのだが、どちらかと言うとちょっと不釣り合いな表現だった。と、言うのも、その飛空艇のデザインが遊園地の乗り物のように派手で、子供っぽかったからである。
「これに乗れって言うのか?」
新月はあからさまに嫌そうな顔をする。確かに緊迫感がない。
「あの親父、ぶっ飛ばしてくる! こんなふざけた乗り物を用意するなんて………。あたしたちは、幼稚園のガキじゃない!!」
「まぁまぁ、新月。落ち着いて」
拳をぷるぷる言わせ、本当に引き返してドラクルを殴ってきそうな勢いの新月を、亜美が宥めた。
「だけど、こんなもの誰が動かすの?」
飛空艇を見上げているはるかの背中に、みちるが問い掛けた。これが乗り物である以上、誰かが操船必要があるはずだ。
「ハンドルとペダルが付いていれば、あたしでもどうにかなると思うよ」
はるかが言うと、とても冗談に聞こえない。ハンドルとペダルが付いていたら、本当に操船しかねない。しかし、はるかは運転が荒い。できれば別の人にお願いしたいと、亜美は心の中で思う。
「どうなんだ?」
お前が操船するんだろ? と、新月の目はノスフェラートに向けられる。だが、ノスフェラートはお手上げのポーズをしてみせた。
「俺より適任者がいるよ。ってゆうか、そいつしか、この船は操れねぇ。………おうい、出てこいよ! 隠れてんじゃねぇ!」
ノスフェラートは、飛空艇に向かって怒鳴った。飛空艇の船尾に、チラリと小さな人影が見えた。船体に身を隠しながら、少しだけ顔を覗かせて、こちらの様子を窺っている。
「子供?」
小さな子供のように見えた。怖がっているのか、それとも恥ずかしがっているのか、船体の影でモジモジしている。
「あーーー、イライラする!! 取り敢えず出てきて、こいつらに挨拶をしろ!! グズグズしてると、取って食うぞ!!」
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!!」
空洞全体がビリビリと震えるようなノスフェラートの怒声を浴び、小さな影は掛け値なしに十メートルは飛び上がって驚き、半泣きの状態でこちらにすっ飛んできた。小さな女の子だった。せいぜい十歳くらいか。お下げ頭に真ん丸の眼鏡を掛けた純日本風の顔立ちに、とっても不釣り合いなフランス人形のような服を着ている。腰には身長程の大きなリボンを結んでいた。
「こんな小さな子に怒鳴らなくても!」
「小さいのは見た目だけだ」
目くじらを立てる亜美に、ノスフェラートはさらりと言ってのけた。
「こいつはセーラータンプリエ。この飛空艇の頭脳体だ」
「ずのうたい?」
四人の額に、大きなクエスチョンマークが浮かぶ。
「セーラーって………セーラー戦士なの?」
「特殊なセーラー戦士らしいぜ。お前たちとは違い、星の守護を受けてねぇ。このタンプリエと飛空艇は一心同体なんだとさ。ようは、こいつの意志で、この飛空艇は飛ぶことができるって寸法らしい」
「なんとなく分かった。似たような設定の漫画を、以前読んだことがある」
はるかは腕を組んで、したり顔で肯いた。頼むから、ネタバレはやめてくれ、はるか。
「タ、タンプリエです! シ、シルバー・ミレニアムのお、お姉様方。お、お会いできてこ、こ、光栄です。よ、よ、よ、よろしく、お、お願いしまっす!!」
顔を真っ赤にし、オドオドとした口調でセーラータンプリエは名乗ると、猛スピードで四回お辞儀をした。一応、四人に対して一回ずつお辞儀をしたという計算らしい。意外と律儀である。四回目のお辞儀の際に勢いで眼鏡が外れてしまって、慌てて掛け直している姿が、とってもお茶目である。
「めっちゃくちゃ、照れ屋なんだよこいつ。一度見失うとどこにいるのか分からなくなるから、気を付けろよ」
確かにノスフェラートの言う通りだった。飛空艇に乗り込んだのはいいが、いつの間にかセーラータンプリエは、姿をどこかに隠してしまった。
「あれ? タンプリエちゃんは?」
いなくなったことに気付いた亜美が、キョロキョロと回りを捜した。
「ほっとけ! どっかにいる」
ノスフェラートはウンザリしたような声を投じてきた。
そうこうしているうちに飛空艇は突然動きだし、気が付いた時には空に浮かんでいた。
「え!? なに!?」
「動いたの!?」
亜美とみちるは大慌てである。新月は格好悪く、その場で四つん這いになっていた。
「発進する時は、一声掛けろ!!」
さすがのはるかも、これにはやはり、怒らずにはいられなかった。動き出した際にバランスを崩して尻餅を付き、お尻をしたたかに床に打ち付けたのだから怒りたくもなる。
「えぇぇぇん、ごめんなさいーーーーー!!」
どこからともなく、セーラータンプリエの泣きながら詫びる声が聞こえてきたと思うと、今度はぴゅうとばかりに猛加速で前進する。
「あ、安全運転で頼むぅぅぅ!!」
床に投げ出された四人の方に、泣きが入ってしまった。亜美などははるかにしがみついたまま、硬直している。慣れているのか、ノスフェラートは直立したまま涼しい顔をしていた。
彼女たちの向かう先は、バベルの塔。そこで何が待っているのか、彼女たちには分かるはずもなかった。
ただ、無事に辿り着ければいい―――。
それが彼女たちの素直な意見だった。