新たなる仲間、その名は……
「亜美、亜美………!」
体を揺り起こされ、亜美は意識を取り戻した。ゆっくりと瞼を開けると、みちる、いやネプチューンの顔があった。
周囲は薄暗かった。自分を覗き込むネプチューンの顔がはっきりと見えない。
「気が付いたようね」
ネプチューンは安堵の溜め息を漏らした。亜美はゆっくりと状態を起こした。自分の下半身が視界に入る。ぼんやりと、水色のミニスカートが瞳に映った。どうやらネプチューン同様、自分も変身したままの状態のようだ。
「ポケコンは使える?」
ネプチューンが訊いてきた。マーキュリーはすぐさまポケコンを実体化し、キーを叩いた。ゴーグルを装着して周囲を探る。
コンクリート製の壁が、周囲を取り囲んでいた。ドアのようなものは見当たらなかった。天井は以外と高い。窓もなかった。
「分かりませんね………」
亜美、いやマーキュリーは首を横に振り、小さく溜め息を付いた。
「あたしたち、敵に捕まったのは間違いありませんよね?」
マーキュリーの言った「分からない」は、周囲を探って出た言葉ではない。自分たちの今の状況を差して言った言葉だ。
「そのはずよ」
ネプチューンは肩を竦める。
確かに理解しがたい状況だった。周囲はコンクリート製の壁。そして、自分たちは手足を拘束された状態ではない。
「逃げていいってことでしょうか?」
そう考えたくもなる。コンクリート程度の壁なら、破れないことはない。
「いえ、たぶん、あたしたちの技では破壊できないのかもしれないわ」
「試してみます」
マーキュリーはアクア・ミラージュを放った。彼女の攻撃技としては、中程度の破壊力を持つ技だ。しかし、アクア・ミラージュの水泡は、壁の手前で霧散してしまった。
「耐水防御のシールドね」
ネプチューンが嘆息する。
「敵さんは、あたしたちのことを随分と研究してるみたいだわ」
他人事のように言った。困惑しているときのネプチューンの口調だ。
「あたしたちの技では破れないってことですね」
諦めたようにマーキュリーは言った。それならば、わざわざ手足を拘束する必要はない。
「!」
亜美は慌てて首筋に手を当てた。だが、予想していたような傷の感触はなかった。
「あたしも真っ先に心配したわ」
ネプチューンが苦笑する。敵はヴァンパイアだ。捕らわれたとなると、首筋が心配になるのも無理はない。
「どういうこと?」
合点がいかないといった風に、マーキュリーは呟いた。無事だからいいと言う問題ではない。敵の意図がさっぱり分からない。
「ヴァンパイアじゃなかったのかもね」
ホテルで遭遇した敵―――あれの“気”はヴァンパイアではなかったと、ネプチューンは感じていた。マチュアの村を襲った相手が、そのまま逃亡した彼女を追ってきて自分たちと出会したとも考えられる。
「なるほど、セーラー戦士が絡んでいたのか………」
その時遭遇した敵はそう言っていた。自分たちの姿を見て、セーラー戦士と断定できる者は多くはない。ヴァンパイアたちは自分たちのことを「セーラー戦士」とは言っていない。それに、自分たちが関わっていることは既に承知のはずだ。ホテルで遭遇した敵は、自分たちのことを初めて知ったような口振りだった。判断する材料は決して多くはないが、ホテルで自分たちを襲ってきた敵は、やはりヴァンパイアとは別の敵と考える方が妥当だと思えた。
「古城の地下のようですね………」
ゴーグルで周囲を探索していたマーキュリーが言った。ネプチューンは思考を中断してマーキュリーの方に目を向けた。ネプチューンがあれこれと思案を巡らせている間、マーキュリーは自分の出来る仕事を黙々とこなしていたのだ。
「監視カメラのようなものはありません」
マーキュリーは自分たちの閉じこめられている部屋を、既に十二分に確認しているようだ。監視カメラや隠しマイクの類などはないらしい。地下牢と言うより、城に侵入した賊を閉じこめるための一角ではないかと推測した。要は落とし穴の底に、ふたりはいるようなのである。
「敵さんはあたしたちを、ここで餓死させる気かしらね」
高い天井を見上げながらネプチューンは言った。天井までは、二十メートルくらいはありそうだった。ジャンプすれば届く距離ではあるが、到達したからと言って脱出できるとは限らない。
「天井には電磁バリアが張られています。かなり強力です。接触したら、いくらあたしたちでも無傷と言うわけにはいかないでしょう」
素早くマーキュリーが説明する。ネプチューンは肩を竦めるしかない。
はっきり言ってしまうと、どうにもならない状態だ。
「このままここでミイラになるのだけは避けたいですね」
冗談とも本気ともつかぬような口調でマーキュリーが言った。そう言う言い方を彼女がするのは珍しい。
「破れるとしたらここです」
次いでマーキュリーは足下を示した。どうやら床にはバリアもシールドも張られていないらしい。だが、例えコンクリートの床を破壊できても、次ぎに地面が待っているのでは意味がない。地中を掘り進む能力は、生憎とふたりとも持ち合わせていない。
「はぁ………」
ふたりが揃って溜め息を付いた時、激しい震動が部屋を揺さぶった。
「なに!?」
ふたりは同時に困惑する。と、同時に天井がガラガラと崩れてきた。
「ちょっと、どういうこと!?」
普段は冷静なネプチューンも、かなり慌てていた。いきなりのこんな展開など、誰が予想するだろう。
天井が崩れると、太陽の光が射し込んできた。暗闇に慣れていた目には、痛いほどの光だった。
「よ! 元気そうね、ふたりとも」
天井のぽっかりと空いた空間から、聞き覚えのある声が降り注いできた。
「今の声は、まさか!?」
「はるか!?」
ネプチューンとマーキュリーは、同時に驚きの声を上げた。
「上がってらっしゃい、ふたりとも」
ふたりは、はるかの声に促され、崩れた天井から外へと飛び出した。
「やっぱり、はるかなのね………」
外へ脱出したふたりを待っていたのは、ヴァンパイアに捕らわれたはずのウラヌスだった。
「何で、ウラヌス( かここにいるわけ!?」)
「本当にウラヌス( なんですか!?」)
ふたりが驚くのも無理はない。ふたりは、捕らわれたウラヌスを捜していたのだから当然である。救出しようとしていた相手に逆に助けられるなどとは、まかり間違っても考えないことだった。
「大丈夫よ。ヴァンパイアにされているわけじゃないから。ほら!」
ウラヌスは自分の首筋をふたりに見せた。確かにヴァンパイアの吸血による牙の痕はない。
「どうもよく分からないのよね………。なんで血を吸われなかったのかがさ」
他人事のようにウラヌスは言うと、大きく肩を竦めてみせた。
「どう言うこと?」
「あたしたちがセーラー戦士だってことに関わりがあるらしいんだけど、その辺はあたしも理解してないんのよねぇ。こいつがしゃべってくれれば、何か分かると思うんだけどねさ」
ウラヌスは自分の背後を指し示した。彼女の背後に隠れるように身を潜めていた年老いた貴族が、ヌッと顔を伸ばしてきた。
「レイノールと申します。お見知りおきを」
老貴族は名乗ると、慇懃に頭を下げた。
「誰? この方………」
「レイノール子爵様。ヴァンパイアのおっさん」
「そう、ヴァンパイアの………。えぇっ!?」
「ウラヌス( 、今なんて………」)
ネプチューンだけではなく、マーキュリーも驚きの声を上げた。
「ま、驚くわな。普通………」
ウラヌスは右耳をポリポリと掻いた。
「諸々の事情がありまして、このお嬢さんと行動を共にすることとなりました」
レイノール子爵は、ニッと笑って見せた。笑うと確かに、牙のようなものが見える。
「きゃあ!!」
ネプチューンは右隣りに並んでいるマーキュリーの左の頬を、思い切り抓った。驚いたマーキュリーは悲鳴を上げる。
「な、何するんですかっ!? いきなり!!」
ヒリヒリと痛む頬を撫でながら、マーキュリーは怒鳴った。
「夢じゃなさそうね………」
「自分のほっぺたでやってくださいよ!!」
額に青筋まで立てて激怒するマーキュリーを無視して、ネプチューンは右手を顎に当てて考え込む仕草をする。
「相変わらず疑い深いね。まぁ、ヴァンパイア( のところを脱出できたのは、半分は彼女のお陰だけどね」)
そう言って、ウラヌスはネプチューンとマーキュリーの背後を顎で示した。ふたりは同時に背後を振り向く。セーラー戦士がいた。自分たちと同じタイプのセーラースーツを着込んでいるところから推測すると、シルバー・ミレニテムの戦士なのだろうが、知らない顔だった。
「彼女は?」
「セーラーアスタルテよ」
ネプチューンの問いに、ウラヌスは答えた。
「お久しぶりです。みちるさん、亜美さん」
「え!?」
アスタルテと紹介されたセーラー戦士は、ネプチューンとマーキュリー―――いや、みちると亜美を知っている。ふたりが驚くのも無理はない。
「あ、あなた、まさか新月!?」
「そうです。みちるさん」
「なんだかもう、訳が分からなくなってきちゃったわ」
ネプチューンは深い溜め息を付くと、ゆっくりと頭を左右に振った。マーキュリーとて同じ気持ちである。
「地球の影星―――太陽を挟んで地球とはほぼ正反対の位置にある為、地球からではあたしの守護星は見えません。発見されるのは、まだまだ遠い未来のことでしょう」
「まぁまずは、どうしてあたしたちがここに来れたのかを話さないといけないわね」
ウラヌスがやっとその気になってくれた。
真っ先に説明して欲しかったと、ネプチューンが嘆いたのは、わざわざ言うまでもない。
両手両足を鎖に繋がれた状態で、もう何日過ごしただろう。窓もない冷たい地下牢では、昼夜の区別もできない。
食事は日に二度(恐らくだが)、メイド服を着た女性―――ヴァンパイアらしい―――が、運んできてくれて、丁寧に食べさせてくれるので飢えることはない。しかし、健康な状態で他人に食事を食べさせてもらうというのは、かなりストレスが溜まる。味は悪くはないし、食材も上等の品だったが、それとこれとは話が別である。
何日か前に、一度だけ両手の拘束具を外してもらい、自分で食事を取らせてもらったのだが、自分のその願いを聞き入れてくれたメイドは、もう二度と食事を運んでくることはなかった。今は無口で無愛想なメイドが、食事を事務的に運んできて食べさせてくれる。
逃げ出すチャンスは幾らでもあった。両手両足の拘束具なら、その気になれば破壊できるのだ。なのにウラヌスが脱出を試みないのは、もちろん理由があった。今後の戦いのために、ヴァンパイアたちの内情を知っておく必要があったからだ。
現代社会においてなりを潜めていたヴァンパイアが、何故今頃になって活動を活発化させたのか?
それには何か理由があるはずだと考えたのだ。それを調べるためには、敵中深く潜り込まなければならない。
ウラヌスは不覚にも捕らわれてしまったことを逆手にとって、敵の内情を探ろうと考えたのだ。
しかし、このまま地下牢にいたのでは、何ひとつ調査はできない。だが、派手に脱出したのでは敵も警戒してしまう。第一、自分のいる場所がどういう類に属するところなのか分からない。
不気味な気配がした。空気が凍り付くような冷気が、ウラヌスのいる地下牢に充満した。
「何しに来た?」
誰の気配なのか、ウラヌスは分かっていた。ウンザリしたような口調で、低く問う。
「あなたの様子を見に来ました。これも仕事のうちです」
暗闇から、壮年の紳士が音もなく姿を現した。北欧の貴族で、レイノールと自己紹介を受けていた。
「ご苦労様、子爵。異常はありませんよ」
「異常がないかどうかは、わたくしが自分目で確かめます」
ウラヌスの精一杯の皮肉を、レイノール子爵は軽く受け流した。
「脱出されたいのでしたら、すれば宜しいでしょう。あなたには、その力がある。いつまでも、こんな屈辱を味わっていることはないと存じますが?」
ウラヌスを拘束している四つの金具を入念にチェックしたレイノール子爵は、彼女の正面に立つとそう言った。
「なんだ、バレてたんだ」
「はい。あなた様の御力は地球に住む人々とは異なります。このような拘束具が無駄なことは、初めから分かっておりました」
「今日はいつになくお喋りなのね」
意外そうにウラヌスは言った。脱出できるのにそうしないことを悟られるより、普段はあまり喋らないレイノール子爵が、いつになく饒舌( なので驚いたのだ。)
「我々の何を知りたいのです?」
「訊いたら、教えてくれるのかい?」
「お答えできることでしたらね」
愉快そうな笑みを浮かべて、レイノール子爵はウラヌスの瞳を見た。その目は笑っていなかった。もちろん、声を出して笑っているわけでもない。
「何故、血を吸わない? あんたたちは、ヴァンパイアだろ?」
「はい。地球人からは、そう呼ばれております」
「おいおい。意味深な言い方をするじゃないか………」
ウラヌスは苦笑する。さも、自分たちが地球外から来た生命体であるようなことを仄めかされると、更に追求したくなる。
「全く、一部の不届き者が大変なことをしてくれたものです。神祖様がお怒りになっております」
独り言のように、レイノールは言った。
「我々は、あなた様の敵ではございません」
「敵じゃないって!?」
ウラヌスは驚きのあまり声を張り上げた。
「神祖様の元へ参りましょう。今、拘束具を………」
ウラヌスを縛る拘束具に伸ばしたレイノールの手が、寸前で止まった。
「何やらお客人がいらしたようです。しばし、このままでお待ちを………」
そう言い置くと、レイノールは足早に地下牢を後にした。
「お、おい! 外してけって!!」
どうせ拘束具を外すつもりなら、外してから去って欲しかった。まぁ、自分で外せるのだが………。
「ん? なんだ?」
ウラヌスは耳を澄ました。外の様子が騒がしい。
「みちるたちが来たの?」
自分が捕らわれたことを知っているのだから、みちるたちが行方を追ってくれているはずだとは思っていた。捕らわれてから、かなりの日数が経過しているだろうから、そろそろ救出に来てくれても不思議ではないと思う。確かに、レイノールは「お客人が来た」と言っていた。
「爆音………。やはり、何者かと戦っているようね」
外から爆発音が響いてきた。地下牢も僅かに震動する。かなり大規模な戦闘を行っているようだ。
「あたしに構っている暇がない程の敵が来ている?」
直感でしかなかったが、そう考えた。みちる、いやネプチューンたちが救出に来たのだとしたら、ヴァンパイアたちは自分を盾にしてネプチューンたちの動きを封じるだろう。だが、ヴァンパイアたちが自分を連れだろうとする気配が全くない。戦っている相手は、ネプチューンたちではない可能性が強い。
だしぬけに背後の壁が吹き飛んだ。ウラヌスは爆風に煽られる。
「くっ!」
鎖を断ち切った。
二体のウェアバットが、自分の方に向かって吹っ飛んでくる。ウラヌスは恐るべき反射神経で、それを躱した。
床に倒れているウェアバットに目を向ける。既に二体とも絶命していた。
凄まじい殺気を前方から感じた。
味方ではない。
直感だった。
爆煙が薄れてきた。
人影が見えた。
ひとつだった。
新月は意識を失った状態で運ばれていたのだが、異様な“気”を感じて意識を取り戻した。
身の丈二メートルはあろうかという大男の肩に担ぎ上げられ、新月はまるで荷物のように運ばれていた。
大男は意識を取り戻した新月に、気付いていないようだった。いや、それとも気付いていないフリをしているだけなのか。
どちらにしても、意識を取り戻したからと言って、事態が好転するわけではなかった。自分は戦う術を持たないのだ。みちるや亜美ならば、セーラー戦士に変身して自らの危機を脱するだろうが、自分にはそんな能力はない。
それでも新月は、逃げ出すチャンスを探っていた。周囲に視線を走らせて、状況を探り始める。
しばらく周囲を探っていた新月は、可笑しくなって、声を上げずに小さく笑った。こんな状況下であるにも拘わらず、冷静に状況を把握しようとしている自分が、不思議でならなかった。自分は、こんなにも度胸が据わっていただろうかと、思わず考えてしまう。
(おかしくもなるか………)
新月は、ひとり思う。信じられないことの連続に、自分の精神が冒されてしまっていても、無理もないのかもしれない。
移動しているのは石造りの通路のようだった。薄暗く、明かりは蝋燭の火だけだった。その数も、けっして多いとは言えない。
(どこかの城の中だろうか………)
新月は推測する。この地方で石造りの建物と言ったら、中世に建造された城くらいのものだろう。恐らく、ヴァンパイアの居城のひとつなのだろう。
(あたしは餌になるのか………)
そう考えたが、何故は絶望感はなかった。
自分は死ぬことはない。
根拠のない、妙な自信だけはあった。何故そう思えるのかは分からないが、どんなことが起きようとも、自分は生き残れるという確信だけはあった。
急に視界が開けた。玄室にでも入ったようだ。
「ようこそ、お嬢さん」
声が響いた。と同時に宙が一転する。大男が自分の肩から新月を降ろしたのだ。意識を取り戻していることは、気付かれていたようだ。
新月は自らの足で床に立ち、前方を見据えた。予想通り、目の前には玉座があった。
紳士が優雅に足を組み、玉座に腰を下ろしていた。見た感じでは五十代前半だ。しかし、ヴァンパイアであれば、見た目だけでは判断できない。
「素晴らしい」
新月を見るなり、紳士は目を細めた。ゾクリとするほどの冷たい視線なのだが、新月は顔色を変えなかった。
「なんか、嫌な感じね。その目、好きになれない」
こんな状況にも関わらず落ち着いている自分に内心驚きながらも、新月は堂々と紳士と渡り合う。
「いい度胸をしている」
紳士は苦笑した。
「こんなところに連れてこられているというのに、顔色ひとつ変えない。わたしの妖気を受けても、平然としていられるとわな………」
「あたしの血を吸うのか?」
「もちろんだ」
紳士は玉座から立ち上がった。当然だと言わんばかりに、口を広げて鋭利な牙を誇示する。大股で新月に歩み寄ってきた。
新月は大男に両腕を押さえられているので、逃げることはできない。もとより、逃げようとは思わなかった。
「恐れを知らぬその目、気にいらんな」
紳士は不満そうに鼻を鳴らした。新月が泣き叫ぶ姿でも想像していたのだろう。だが、新月は無言のまま、紳士の顔を見据えるだけだった。
「このヨハネス・ビバリーの下僕となってもらおうか」
ニタリと笑うと、紳士―――ヨハネスは新月の首筋にその牙を立てた。だが、首筋に牙を近付けた途端に、新月の体から白い光が発せられた。
「ぐっ。ぐぁぁぁ!!」
ヨハネスは両目を覆って大きく仰け反った。
「いかがなされました!? ヨハネス様!」
苦しむ主人に慌て、大男は新月の腕を放してヨハネスに駆け寄った。
「こ、この光! この娘は星の守護を持っている。お前はミレニアムの戦士か!?」
「あたしが戦士?」
「違うのか? いや、違うはずがない! 今の光は、正しく星の守護を持つ者の印」
「星の守護? あたしが?」
にわかには信じられなかった。それにしても、このヨハネスの狼狽えぶりは尋常ではない。
「馬鹿な………。ミレニアムのお方ならば、我らは手は出せぬ」
未だ両目を押さえたまま、ヨハネスは言った。
「あのお方はご存じなのか!? お前たちは何者と戦っているのだ!?」
「ヨハネス様? 仰る意味がよく分かりませぬが? この娘の仲間と戦ってはいけないとでも?」
大男の方が面食らってしまっている。ヨハネスの言葉の意味が、理解できていないのだ。と言うより、ヨハネスが何故そんなことを言い出したのかが分からないと言った風だ。
「末端の者までは知らぬのか………。メディアのやつめ、戦う相手を間違うておる」
両目の痛みが治まったヨハネスは、新月に再び歩み寄る。しかし、今度は首筋に牙を立てるようなことはしない。新月の前で、片膝を付き右手を自らの胸に添えると畏まって頭を垂れた。
「シルバー・ミレニアムの乙女よ、申し訳ございません。気付かぬこととは言え、大変なご無礼を」
「あたしには理解のできない展開なのだが………」
今度は新月が困惑してしまっている。ヴァンパイアに敬われるなど、とても信じられないし、気持ちのいいものでもない。
「こ、この娘の仲間を捕らえているのですが………」
恐る恐る大男が報告をする。もともと青白いヨハネスの顔が、血の気を失って更に白くなる。
「ば、馬鹿な! どこにおる!?」
「今はレイノール子爵の城にいるはずです」
「今すぐに向かう。ベラ、支度をせい!」
ヨハネスは怒鳴った。
「も、申し上げます!!」
室内に別の男性の声が響いた。かなり慌てている様子が伺える。
「何事か?」
ヨハネスはあからさまに不快な表情をした。すぐにでも出立をしたいのだ。気を削がれてしまったので、不快になったのだ。
「れ、レイノール公の居城が、何者かの襲撃に遭っているようです!」
「なんだと!?」
「賊の正体は不明です。ですが、かなり強力な敵のようです。周辺の同胞に、緊急の救援要請を行っております!」
「なんと!?」
あまりの事態に、ヨハネスは言葉を失ってしまった。