泡より出し美の戦士
凄まじい砲火が〈クラック・デ・シュバリエ〉を襲う。城壁が吹き飛び崩壊する。
砲火は地上をも襲った。
セーラームーンがそのパワーで快復させた騎士たちが、爆発に巻き込まれ再び負傷する。
「くっ、くそぉ!!」
アルテミスはシールドを張って凌いだ。為す術がなかった。個人の力は、巨大な空中戦艦相手では無力に等しかった。
「だ、ダメ!! あたしだけでは防げない!!」
〈レコンキスタ〉の全砲門が閃光を発した時、セーラームーンは全てを悟った。
巨大な戦闘艦の全砲門一斉掃射―――。
「ノア! あたしの後ろに退がりなさい! これは命令よ!!」
叫びながらも砲弾をかいくぐり、セーラームーンはノアの「箱船」の前方に回り込む。
「銀水晶!!」
セーラームーンの胸元が、凄まじい銀の閃光を放つ。銀水晶の力を使って、〈レコンキスタ〉の攻撃を凌ぎきろうというのだ。
「やめろ、セーラームーン( ! それ以上のパワーの放出は!!」)
セーラームーンの様子を見ていたアルテミスが血相を変えた。セーラームーンは、アルテミスを含めた騎士団の全負傷者を快復されたばかりなのだ。その快復のために、かなりのパワーを消費しているはずだ。その上、更に銀水晶のパワーを使ったら、彼女は確実に死んでしまう。銀水晶のパワーは即ち、彼女の生命エネルギー―――。
「クンツァイト! セーラームーン( を止めてくれ!!」)
セーラームーンに接近しているクンツァイトの姿を視界に捉えたアルテミスは、矛盾を承知で叫んでいた。セーラームーンが〈レコンキスタ〉の攻撃を防いでくれなければ、この場にいる殆どの者が助からないだろう。しかし、ここでセーラームーンを失うわけにもいかないのだ。
「ダメだ! 間に合わん!!」
ありったけの力でセーラームーンに接近しようとするクンツァイトだが、間に合いそうもないと言うことが分かってしまった。
「ん!?」
その時、クンツァイトは美しいエーゲ海が閃光を放ったのを視界に捉えた。
「こ、この“気”は!?」
閉じこめられた結界の中で、ヴィクトールは顔を上げた。知っている“気”が、急速に近付いてくる。
「凄い力を感じるよ!」
ゾイサイトは、やや緊張した表情をエーゲ海側に向けた。ネフライトも無言のまま、ゾイサイトの視線を追うように、エーゲ海があるはずの方向に顔を向けた。
強烈な閃光が、視界を覆った。
セーラームーンは思わず目を閉じてしまった。
「あたしの仲間たちを、殺( らせるわけにはいかないわ!!」)
聞き覚えのある声が響いた。閃光に包まれた戦士が、眼前に迫ってきた。見覚えのある大きな赤いリボンが、頭の上に見えた。
「ヴィーナス( !?」)
「久しぶり、セーラームーン( 」)
懐かしい顔が、目の前でにっこりと笑った。
「後でゆっくり話そう。セーラームーン( は休んでて。あたしが何とかするから」)
「無茶よ、ヴィーナス( !」)
「だぁいじょうぶ! 今のあたしは、エネルギーが有り余ってるから!」
人差し指を立てたヴィーナスお得意のポーズで、得意げな顔をしながらそう言った。
確かに彼女が言うように、ヴィーナスからは凄まじいパワーを感じる。コスチュームもいつの間にか変化している。肩のパットは自分とほぼ同じデザインで、腰のリボンも自分のスーパー時のリボンとほぼ同型である。オレンジ色をした半透明の素材で、揺れるたびに光の粒子が舞っている。スカートはエターナル時と同じデザインであり、腰には二本のチェーンベルトが左右からクロスするように巻かれていた。リボンには変化がなかったが、星形のブローチの中央に、オレンジ色に輝く美しいオーブが填め込まれていた。
「じゃ、ちょちょいのちょいでやっつけて来るから!」
ヴィーナスは長い髪を靡かせて、〈レコンキスタ〉に向かって行った。
「なんだ!? なにが起こっている!?」
ブリッジの中央で、カーヒンが喚いた。艦全体が激しく震動をしているのだが、実際に何が起こっているのか全く分からないのだ。
「分かりません! 凄まじいエネルギーが………」
オペレーターが報告をするが、しかし、カーヒンはその報告全てを聞くことは叶わなかった。
何が起こったのか分からないまま、カーヒンは光の渦の中に飲み込まれていった。
凄まじい爆音が轟いた。耳の鼓膜が張り裂けそうだ。
何が起こったのか、理解ができない。
衝撃波で体が飛ばされる。それをクンツァイトが支えてくれた。
プレアデスはアルテミスが支えている。
「何て、無茶苦茶をやるんだ、あいつは………」
クンツァイトは呆れたように言ったが、口元には笑みが浮かんでいた。
光が終息した。
間近まで迫っていた巨大な飛空艇が、完全に消滅してしまっている。見えるのは、セーラーノアの「箱船」だけである。
「何が起こったのよ!? あの巨大な飛空艇はどうなったの!?」
セーラームーンは困惑気味にクンツァイトに尋ねた。
「美奈子のやつが、張り手一発でぶっ壊した」
「え゛!?」
本当に張り手一発で破壊したのかは疑わしかったが、どうやらセーラーヴィーナスの攻撃によって、巨大な飛空艇は跡形もなく消し飛んだようだった。
「死んだんじゃなかったのか? 美奈のやつ………」
「俺もそう思ったんだが、なんかピンピンしてるぞ」
怪訝そうに言ってきたアルテミスに、クンツァイトも納得がいかない口調で答えた。こんな軽口が言えるのも、美奈子の無事な姿を確認できたからに他ならない。
「説明は後でゆっくりと本人から聞きましょう。それより、今は彼女の援護を!」
プレアデスは言った。セーラーヴィーナスは、今イズラエルと交戦中だったのである。
「馬鹿な! お前は殺したはず!!」
イズラエルは動揺していた。完膚無きまでに叩きのめしたはずの相手が、目の前で対峙しているのであるから、当然である。しかも、たった一撃で〈レコンキスタ〉を沈めたのである。
「甘いわねぇ。正義のヒロインは、絶対に死なないのよ!」
ヴィーナスは人差し指を立て、「ちっちっちっ」とやった後、キュートなウインクをして見せた。
「悪いけど、そろそろ退場してもらうわよ!」
ヴィーナスは二本のラブ・ミー・チェーンで攻撃を仕掛けた。イズラエルは後方に退いて、それを避ける。
「残念でした!」
ヴィーナスは楽しそうに微笑んだ。罠に掛かったゴキブリでも見るような視線を、イズラエルに向けた。
「なっ!」
イズラエルは我が目を疑った。ラブ・ミー・チェーンが伸びてきたのだ。長さを見切って後方に退いたはずなのに、それが大きな判断ミスとなった。
「ぐっ!」
ラブ・ミー・チェーンが右肩を直撃し、イズラエルは大きくバランスを崩した。
「ヴィーナス・チェーン・エクスプロシブ!」
ラブ・ミー・チェーンがそのまま地面を叩く。凄まじいエネルギーの奔流が、足下からイズラエルを襲った。
「トドメよ! ヴィーナス・チャーミング・スマイル・インパクト!!」
「ぐぅわぁぁぁ!!」
強烈な必殺技の応酬に、流石のイズラエルも悲鳴を上げた。そのまま地面に向かって落下する。無様な状態で地面にこそ倒れ込まなかったが、片膝を付いて肩で大きく息をしていた。
「馬鹿な……。わたしがこうも簡単にやられるとは……」
信じられないといった風に、イズラエルは項垂れたまま頭を左右に振った。
「やっぱ、タフね………」
ヴィーナスは妙に感心して見せた。自分としては、今の攻撃でイズラエルを倒せると思っていたのだ。
「流石は、イズラエルと言ったところか………」
背後でヴィクトールの声がした。どうやら自力で結界を打ち破ったようだ。その後ろにクンツァイトとアルテミス。更にはネフライトとゾイサイトの姿も見える。セーラームーン、そしてプレアデスもいるようだ。
「トドメは刺さんのか?」
「いいわ。もう気が済んだから………」
ヴィクトールの問い掛けに、ヴィーナスは答えた。イズラエルは既に戦闘不能である。ヴィーナスの性格では、そんな相手にトドメなど刺せるわけがない。
「ならば、俺がトドメを刺してやる」
ヴィクトールが大剣を構えた。
「くっ」
イズラエルは顔を上げると、悔しげに呻いた。どうやら躱す力も残っていないようだった。もとより、躱す力が残っていたとしても、これだけの人数を相手に戦うのは、今のイズラエルの状態では無謀だと言えた。
「イズラエル、覚悟!」
ヴィクトールが大剣を振り上げた。その時だった。
強烈な衝撃波に、ヴィクトールは後方に弾き飛ばされた。
イズラエルの前方に、小柄でほっそりとした体型の女性が現れる。陽炎のように揺らめいていて、よく見ると後ろが透けて見える。
「ファティマだと!?」
ヴィクトールは驚きに目を見開いた。ヴィクトール以外の者は、彼がそれ程までに驚く理由が分からない。
「お兄さまをこれ以上傷付けることは、わたしが許しません!!」
「ファ、ファティマ………?」
「お迎えに参りました。さあ、〈カテドラル〉に戻りましょう」
ファティマと呼ばれた女性は振り返ると、イズラエルの手を取った。
「しまった!」
クンツァイトが攻撃を仕掛けるが、僅かに遅かった。イズラエルの姿は、ファティマ同様陽炎のように揺らめくと、ふっと消滅してしまった。
静寂が戻った。
イズラエルが最後の敵だったのだ。機甲兵団も早々に引き上げ、サラディアは撤退していた。〈レコンキスタ〉も撃破している。周囲に敵の気配は、もうなかった。
「うわぁ〜ん。ヴィーナス( ぅ、会いたかったよう!」)
緊張がほぐれたセーラームーンが、ヴィーナスに抱き付いて再会を喜んだ。
「そう言えばヴィーナス。なんか、印象が違うんだけど………」
ヴィーナスのコスチュームが違うことを、セーラームーンは言っているのだ。
「いろいろあってね。お色直しってトコかな」
ヴィーナスはキュートに肩を竦めながら、チロリと舌を出した。
「で、でもセーラームーン( が何でこんなところにいるの? みんなは?」)
久しぶりの再会で嬉しい反面、ヴィーナスとしてはセーラームーンがロードス島に来ている理由が分からなかった。それに来ているのはセーラームーンだけのようだ。マーズもジュピターも姿が見えない。
「話すと長くなる。後で改めてと説明しよう」
ネフライトだった。
「でも、その前にやらなきゃいけないことがあるわね」
ヴィーナスは言いながら、後方の〈クラック・デ・シュバリエ〉を振り向いた。地面には、再び負傷した騎士たちが、無惨な姿で横たわっていた。
「セーラームーン( には、これ以上無理をさせられないモンね」)
ウインクをし、両手を頭上に翳した。
「エターナル・ハネムーン・美奈Pぃ・キーッス!!」
チュパッ、とばかりに、ヴィーナスは投げキッスを放った。淡い閃光が負傷者の傷を癒す。
「ヴィーナス( 。それってあたしの技のパクリじゃないの?」)
「堅いこと言わないの!」
セーラームーンの突っ込みに、ヴィーナスは戯けてみせた。
「………と、言うことは、セーラームーン( たちは衛を捜しているうちに、セーラーノアに出会ったってわけだな?」)
ネフライトの説明を聞き終えたアルテミスが、念を押すように訊いていた。
彼らはセーラーノアの「箱船」のブリッジにいた。主要メンバーの殆どがこの場に集結している。もちろん、ジェラールとヴィクトールも同席していた。
「出会えたのは、偶然だけどね」
答えたのはゾイサイトだった。
「偶然でも何でも、あたしとしてはラッキーだったわ。捜していたセーラーノアに会えたんだから」
プレアデスが口を開いた。全員の視線が、セーラープレアデスに向けられる。
「ところで、何故お前はセーラーノア( を捜していたんだ?」)
「わたしもそれが知りたいです。申し訳ありませんが、わたしはあなたのことを存じません」
アルテミスに続いて、ノアが尋ねてきた。ノアにしてみれば、見ず知らずのセーラー戦士が自分を捜していることが、意外でならなかったのだ。
「ゴメン、まだ言えない。話がややこしくなるから」
プレアデスはかぶりを振った。
「我らが邪魔なら、席を外すが………」
「いえ、そう言うことじゃないわ」
気を利かせて退席しようとしたジェラールだったが、プレアデスがそれを止めた。彼女が話せないと言う理由は、どうやら他にあるようだった。
「いいじゃない、言いたくないんなら。話がややこしくなると、いろいろ困る人たちもいるしさ………」
「そこで、どうしてあたしを見るわけ? ヴィーナス( 」)
セーラームーンは不満げにヴィーナスを睨んだ。ヴィーナスはいつもの如く、笑ってその場を誤魔化す。
アルテミスは渋い顔をしている。
「まぁ、いいさ。おいおい話してくれるだろう」
クンツァイトが諦めたような表情で言った。問い詰めたとしても、プレアデスは答えてくれそうになかったからだ。
「その時が来たら、必ず話します」
プレアデスは申し訳なさそうに言った。誰もそれ以上は、彼女に質問を投げ掛けなかった。
「………で、これからどうするの?」
ややあって、ヴィーナスが口を開いた。セーラーノアと言う移動手段ができたのなら、ここに留まる必要はないし、彼女たちにはやらなければならないこともある。
「まずは、日本に行こうよ。みんなと合流した方がいいと思うんだけど………」
セーラームーンが言った。しかし、彼女は日本のいるはずの仲間たちが、行方不明になっていることを知らない。
「いや、このまま『ラピュタ』を探そう。貴公らなら、『ラピュタ』の意味を知っていると思うが………?」
ネフライトが話の舵を取った。まだ、セーラームーンに仲間たちの動向を伝えるべきではないと判断してのことだ。それに、「ラピュタ」に行けば、おのずと合流できるような気もしたからだ。
「………何故、貴殿が『ラピュタ』のことを知っている? あの存在を知っているのは、ブラッディ・クルセイダースの内部でも、ごく限られたメンバーだけのはずだ」
ネフライトからの問い掛けに、ジェラールが表情を険しくした。
「イシスと言う女が教えてくれた」
「イシスが………? 簡単に教えるとも思えないが」
ジェラールは益々、怪訝そうな表情を見せた。
「死の間際に、教えてくれたのだ」
「そうか………」
ようやく納得したように、ジェラールは肯いた。
「『ラピュタ』は我々が発見した、太古の巨大な飛空艇だ」
「それって、そのまんまじゃない………。もう少し捻ってくれないと、困るなぁ」
セーラームーンが横槍を入れた。アルテミスが慌ててその口を押さえる。
「つ、続けてくれジェラール」
多少気分を害したようだったジェラールだが、気を取り直して話し出した。
「『ラピュタ』は古代文明の遺産だ」
「『ラピュタ』はマザーシップです」
ジェラールの言葉に被せるように、セーラーノアが言った。一同の視線が、セーラーノアに向けられた。
「マザーシップ………母艦と言うことか?」
確認するように問うたのは、ネフライトだった。セーラーノアは肯く。
「『ラピュタ』はわたしたち、セーラーシップの母艦です。わたしたちは、太古の昔、この星の生物を生きながらえさせるために、クイーン・セレニティによって召還されました。あなたは、セーラーラピュタに会ったのですか? 彼女は元気なのですか?」
セーラーノアは期待を込めた瞳で、ジェラールに目を向けた。だが、ジェラールは首を横に振った。
「その言い方からすると、『ラピュタ』にもあなたのような『管理』をするセーラー戦士がいると言うことになるが、残念ながらわたしは会ったことがない。もっとも、一度しか行っていないのでね」
「そうですか………」
セーラーノアは肩を落とした。
「セーラーヴィルジニテとやったように、交信はできないの?」
「できません」
セーラームーンの問い掛けに、セーラーノアはかぶりを振った。
「この時代にわたしが覚醒したとき、真っ先に『ラピュタ』との交信を心得ましたが、彼女は沈黙したままでした。太古の戦いで失われたのかとも思いましたが、今の話を聞く限りでは、『船』そのものは健在のようですね」
「太古の戦い………それも、今はシークレットか?」
「申し訳ありません」
やや嫌味ともとも取れるネフライトの問いかけだったが、ノアは深々と頭を下げて詫びた。
「ジェラール、ひとつ聞きたい」
クンツァイトがじろりとジェラールに目を向けた。なんだ?、と言う視線でジェラールはクンツァイトを見る。
「ブラッディ・クルセイダースの背後に、何がいる?」
「!」
クンツァイトのその問い掛けに、ジェラールだけではなくヴィクトールも表情を変えた。何もかも分かっていると言う風に、アルテミス、ネフライト、ゾイサイトの三人は口元を僅かに歪めた。
何か言いたげなヴィーナスを、アルテミスは手で制した。
クンツァイトは続けた。
「ブラッディ・クルセイダースとか言う組織の目的には、俺はあまり興味がないし危機感もない。地球人が行える範囲のことは、俺たちが本気になればすぐにカタは付く。しかし、問題は組織の背後に潜む者の存在だ。恐らく、そいつの野望の方が厄介だろう。貴様は知っているはずだ、その者の存在と目的を」
「敵わんな貴様には………」
ジェラールは諦めたように笑った。
「全ての鍵はあの男、ホーゼンが握っている」
「ホーゼン!? 大司教ホーゼンのこと!?」
突然知っている名前が出てきたので、セーラームーンは思わず会話に割り込んだ。
「ホーゼンを知っているのか!?」
「知ってるもなにも、あたし会ったもの」
「会っただと?」
「あの妖怪じじい、今度会ったらケチョンケチョンにしてやるんだから!」
セーラームーンは額に青筋を立てながら、拳を握り締めた。
「何かされたの?」
ヴィーナスが訊いた。
「別に何をされたってわけじゃないんだけどね………。とにかく、あたしのことイヤらしい目で見たことが許せないわ!!」
「話が変な方向に行きそうだ。構わないから、そっちの話を進めてくれ」
アルテミスが話の舵を取り直した。このままセーラームーンとヴィーナスに漫才をされていたら、どんどん話が脱線して行ってしまう。
「ホーゼンは“奈落”を呼び起こそうとしている。恐らく、セーラームーンに目を付けたのは、“種”を植え付けるつもりだったのだろう」
「“種”?」
ネフライトが眉根を寄せる。
「“奈落”の“種”だ。人間の女性の体内に植え付け、その人間のエナジーを喰いながら成長する」
ヴィクトールが答えた。何やら雑談を始めていたセーラームーンとヴィーナスが、電池の切れたおもちゃのように、ヴィクトールに顔を向けたまま固まってしまった。
「詳しい話は、おいおい聞くとしよう。ところで、貴公らはどうする? もうここに留まるわけにはいかないと思うが?」
何か言いたげなセーラームーンとヴィーナスを差し置いて、クンツァイトが口を開いた。
「我々の反旗は組織の知るところとなった。それに、このまま〈クラック・デ・シュバリエ〉に居続けても、防戦一方だ」
「回りくどい言い方は、なしなし!」
クンツァイトとジェラールの間に、ヴィーナスがずいっとばかりに割り込んできた。
「ジェラール。あたしの僕( になりたいのならそう言って!」)
「誰が僕( だ!?」)
「せめて、『味方』と表現できないのか!?」
「ジュークよ、ジョーク! そんなマジになって怒んなくたっていいじゃない!」
ヴィーナスに掛かると、ジェラールもヴィクトールも形無しだった。
「おい、アルテミス。美奈子のやつ、死んでから馬鹿がパワーアップしたんじゃないのか?」
「俺もそう思う」
「そこぉ! 聞こえてるわよ!!」
ヴィーナスはビシッと音を立てて、クンツァイトとアルテミスを指差す。
「だいたいクンツァイト! アンタちょっと馴れ馴れしいわよ! 昔はどうであれ、今の時代では、あたしたちは初体験なんだからね!」
「初対面だよ、美奈ぁ………」
「ニブイやつだな、お前は!」
アルテミスの嘆きは、クンツァイトの声に掻き消されてしまった。ヴィーナスにズンと一歩歩み寄ると、クンツァイトは変身を解いた。
「え!? え!? え!?」
ヴィーナスは目を丸くしている。
「さ、斉藤先輩!?」
もう顔が真っ赤である。
「因みに今は、『清宮』と名乗っているがな」
「思い出したっ! サイトー先輩って言ったら、美奈Pの初恋のカレじゃん!!」
「え、あ、あ、あ、え〜と、あの、そのぉ」
耳まで真っ赤になってしまったヴィーナスは、言葉もしどろもどろである。何を言おうとしているのかも分からない。
「あ、もうダメ………」
ヴィーナスはそのまま卒倒してしまった。セーラームーンが慌てて駆け寄ってくる。
「美奈Pぃ〜〜〜。しっかり〜〜〜」
「いい。そのまま寝かしておけ。うるさかったからちょうどいい」
「素直じゃないね………」
クンツァイトは冷たく言い放ったのだが、その言葉の真意をゾイサイトは見抜いていた。ヴィーナスも疲れている。だから、そのまま寝かせておきたい。クンツァイトは、心の中ではそう考えていたのだ。
クンツァイトはバツが悪そうに笑うと、
「すまん、とんだ茶番だったな」
ジェラールに向き直った。
「本題に戻ろう。貴公らは、どうするつもりだ?」
「決着は付けなければならない」
重いものを吐き出すように、ジェラールは答えた。ヴィクトールは無言で、クンツァイトに顔を向けた。
「『ラピュタ』か」
クンツァイトのその言葉には、誰もが無言だった。視線だけ、クンツァイトに向ける。全員、思いは同じだった。
「我々が案内をする」
ジェラールは言った。
「信用していいのか?」
しかし、ネフライトは慎重だった。ジェラールはブラッディ・クルセイダースの十三人衆なのだ。簡単に信用していい相手ではない。
「大丈夫だ」
余計な説明はしなかった。クンツァイトは短く答えると、床に寝転がって寝息を立てているヴィーナスをチラと見た。
「プリンセス?」
ネフライトは意見を求めるように、セーラームーンに目を向けた。最終的な判断を任せると言う意味だった。
セーラームーンは小さく肯く。
「うん。行こう。『ラピュタ』に」
そう皆に告げるセーラームーンの表情は、戦士の顔に戻っていた。傍らのヴィーナスは、何やらごにょごにょと寝言を呟いていた。
※作中でヴィーナスが使用した「エターナル・ハネムーン・美奈P・キッス」は、以前某所のBBSにおいて、北原さくら(当時OAクリーナーさくら)さんが考案したものです。ご本人の許可(当時)をもらい、作品中に使用させて頂きました。