ジェラールの対立


 イズラエルとジェラールは、既に司令室を後にしていた。賊の追跡は、ヴィクトールに任せておけばいいとのジェラールの意見を聞き入れ、イズラエルは来賓専用のリビングへと移動する形となった。フロアは同じだったが、先程とは別のリビングだった。幾分広めの印象を受け、造りにも若干の違いがある。部屋を彩る装飾品や絵画、骨董品などはもちろん全く違うものである。しかし、美術品などには興味を示さないイズラエルにとっては、部屋が変わったからといって何が変わるというわけではなかった。むしろ、ソファーの座り心地がよかった分、先程のリビング方が気に入っていた。この部屋のソファーは柔らかすぎる。
「何故、警報を出さん」
 警報を発することを制したジェラールを、イズラエルは改めて(とが)めた。本来なら、城塞に待機している騎士団を動かして賊を捉えるべきなのだ。ましてや、相手はただの賊ではない。大司教ホーゼンから捕獲しろと厳命を受けているセーラー戦士なのだ。その命を忠実に守ってもらっては逆に困るのだが、自分の腹を探られないようにするには、聞いておく必要があると思った。
「あやつは、貴様が先頃捕らえたセーラー戦士を、救出に来たのではないのか?」
 無言のまま返答のないジェラールに対し、イズラエルは再び尋ねた。
「特に気にすることではあまりせんよ。ひとりでは、何もできません。ヴィクトールを向かわせましたので、それで充分でしょう。騎士の城塞(クラック・デ・シュバリエ)からは逃げられませんよ」
 ジェラールは嘘を付いた。美奈子を救出に現れたのは、エロスひとりではない。クンツァイトら四人も来ているのである。ただし、クンツァイトら四人は密室で軟禁状態のはずだった。彼らがあの部屋で、いつまでも大人しくしているとは思えないが、それはイズラエルには言う必要はなかった。
「司令室で感じた振動の件は、調べさせているのか?」
 荒々しく不満げな態度でソファーに腰を沈め直すと、イズラエルは射るような視線をジェラールに向けた。ジェラールはドアの脇に立ったままだった。部屋の奥に進む気配がない。そのジェラールの態度も気に入らなかった。ドアの脇に立ったままということは、ジェラールはすぐに退室するつもりでいるということである。自分とは落ち着いて話をする気はないと、彼は態度で示していることになる。
「どうした? 座らんのか?」
 イズラエルは眉を(しか)めた。ジェラールはゼスチャーで、座る意志のないことを伝えた。
「俺は歓迎されていないようだな………」
 足を組み直して、ジェラールを見た。相変わらず、ジェラールは表情を顔に出さない。
「あなたがここに来る意味がない」
 ジェラールは言った。ぶっきらぼうな口調だった。
 イズラエルは苦笑する。
「視察に来たと言うのでは、理由にならんと言うわけか」
「もともと、あなたがそういう人物ならば、それでも納得できましょう。しかし、あなたはそういう人物ではない」
「心外だな」
「ですが、言葉ほど気分を害してはいらっしゃらない」
「………」
 ジェラールの考えは、全てにおいてイズラエルの上をいっていた。さしものイズラエルも言葉をなくした。自分の考えを全て見透かされているような気がしたからだ。
(この男、やはり一筋縄ではいかん………)
 イズラエルは心の中で舌打ちをした。ジェラールの真っ直ぐな視線は、その心の中の動きまでも見透かしているようでもあり、気分が悪かった。
「話を変えよう」
 小さく嘆息した後、イズラエルは話を切り出した。自分の目的のため、ジェラールを利用するという、当初の目的を遂行するためだった。ジェラールの騎士団を傘下に加えることができれば、大司教を討つのは容易いと思えた。敵に回したくない男なのである。味方に引き込めば、これ程強力な手駒はない。
 ジェラールは僅かに眉を動かしただけで、相も変わらずドアの前から動こうとはしなかった。
「〈カテドラル〉が動いたのは知っていると思う。先にも、貴様が口にしていたからな」
 大司教ホーゼンが保有する巨大な浮遊戦艦のことである。もちろん、その事実を知っているジェラールは、無言のまま顎を深く引いた。
「先も言ったかと思うが、聖地の割り出しは、ほぼ完了していると言える」
 話題を繰り返すことになった。話術にそれ程長けているわけではないイズラエルとしては、難物のジェラールを言いくるめるということは、実のところ大変な仕事なのである。仕方なく、先程のリビングで軽く触れた話題を、再び切り出したのである。
「『指輪』は全て揃ってはいないのでは?」
 五種類の指輪が、聖地を開くための鍵とされている。各支部に散らばっている十三人衆は、その指輪を探索するという任務も兼ねていた。
「『指輪』はなぞは、そもそも初めから必要はなかったのだ。そんなものはなくても、聖地の割り出しをすることはできる。我々はとんだ茶番に付き合わされただけだ」
「我々十三人衆にさして必要もない『指輪』を探させている間に、大司教はクルセイダース内において、その本来の目的のために行動する。………そうお考えなのですね?」
「貴様、とうに気付いていたのか?」
 さしものイズラエルも表情を変えた。
(この男、既に大司教の思惑に気付いていたと言うのか?)
 平然としているジェラールの様子から、自分が知るかなり以前に、大司教ホーゼンの真の目的に気付いていたことが伺い知れる。
「貴様は何でも知っているのだな。では、本題に移ろう」
 イズラエルは大袈裟に肩を竦めて見せた。努めて平静を装った。自分の動揺をジェラールに悟られないためだ。
「もう少し、できる方だと思っておりましたが、どうやらわたしの見込み違いだったようですね」
「何のことだ?」
 何を言われているのかが分からず、イズラエルは表情を曇らせた。
「『指輪』は聖地を割り出すことに必要なアイテムではない。あるものの封印を解くために必要なアイテムなのですよ」
「あるものの封印だと?」
「それが何なのかは、わたしは存じませんが」
 知っているけど教えない。ジェラールの言葉には、そんなニュアンスが含まれていた。
「食えないやつだな、貴様は………」
 イズラエルは頬を強張らせたまま笑った。
 ジェラールは表情を変えなかった。真っ直ぐにイズラエルを見据えている。
「まぁいい。とにかく今は別の話がしたい」
「何をおっしゃりたい? 我々騎士団に、あなたが反旗を翻すための手駒になれと言われるのか?」
「!?」
 イズラエルは今度は顔色を変えた。自分の行動をそこまで読んでいて、しかも平然と口に出すジェラールが恐ろしかった。
「ふ………。ふはははは………」
 だから、イズラエルは笑った。ジェラールに見透かされているということは、彼ほどの器を持つ者なら同様に読まれているということである。綿密な作戦を練ったつもりだったが、全ては無駄骨だったというわけだ。愚かな行動を取っていた自分が腹立たしくもあり、情けなくもあった。
「そこまで読んでいるのなら、今更隠し立てする必要はないな」
 ひとしきり笑った後、イズラエルは真顔になった。
「大司教ホーゼンを倒す。貴様の力を借りたい」
「ホーゼンを倒してどうします?」
「ブラッディ・クルセイダースの真の目的を成す」
「特殊な能力を持った者たちによる、凡人の支配ですか?」
 ジェラールは嘆息する。
「支配ではない。管理だ」
 イズラエルはジェラールの言葉を訂正した。沈黙があった。僅か数秒の沈黙ではあったが、ふたりにとっては数分にも感じられる時間だった。
「どちらにしても、わたしには興味のないことだ」
 沈黙を破ったのは、ジェラールだった。鋭い眼差しで、イズラエルを見据えた。その言葉は、言葉以上にイズラエルを不愉快にさせた。
「興味がないだと? 本気で言っているのか?」
「もちろん、本気ですよ………。しかし、薬物投与と強化手術で特殊な能力を持ったあなたが、よくもそんな台詞を吐くことができる。あなたとて、凡人に毛の生えた程度の存在でしかないではないか」
「なんだと!?」
 イズラエルは眉を吊り上げた。ソファーから腰を浮かして、ジェラールを睨み付けた。
「中途半端に強化された奴らの末路は、あなたがよく知っているはずだ。自分の能力を完全に制御することができない。だから、ザンギーやタラントは破れた」
「………貴様は違うと言うのか? 貴様も強化された能力者ではないのか?」
「わたしは違うよ。イズラエル」
 ジェラールはそこで初めて、イズラエルを名指しで読んだ。鋭く突き刺さるような視線を、イズラエルに向ける。
「わたしもヴィクトールも、強化手術は受けていない。もちろん、いかがわしい薬物なども服用していない。それを拒んだ者も、今ではわたしとヴィクトールのふたりだけになってしまった。ディールは行方を眩まし、セントルイスはお前に殺された。いや、もうひとりいるか。だが、やつのことはわたしはよく知らない」
「!? 貴様が何故セントルイスの件を知っている!?」
「あいつを見くびっていたようだな。間抜けな男だよ、お前は………。もはや、組織にお前に従うような者はいない」
「貴様………!」
 イズラエルの“気”が爆発した。衝撃が広間を激しく振動させる。
「手に入らぬ力ならいらぬ!!」
 遂にイズラエルは、怒りを爆発させた。凄まじい衝撃波が周囲に放たれる。
 ジェラールはそのままの位置で、衝撃波をシールドした。広間が崩壊するほどの衝撃だったが、彼には傷ひとつ付けることはできなかった。
「幾ら強化されようと、それは偽りの能力にすぎぬ。純粋な能力者である我々に、お前たちが束になったところで、傷ひとつ付けられんよ」
 イズラエルはジェラールを凝視したまま、唇を噛んだ。
 突然の爆発に驚いた騎士たちが、慌てて走ってきた。ジェラールの後ろに、三名の騎士が走り寄る。二名が前方に出て、彼を守る陣形を取った。戦う相手が誰だろうが、騎士たちは確かめる必要はなかった。自分たちの長はジェラール唯ひとりなのだ。
「賊を始末しろ」
 ジェラールの命に、騎士たちは躊躇(ためら)わなかった。それが例え、自分たちが属する組織の重要人物であろうが、自分たちの主に仇なす者ならば、それは即ち「敵」なのである。
 五人の騎士が一斉にイズラエルに襲い掛かった。だが、イズラエルも十三人衆の端くれである。瞬時に五人の騎士を塵に変えた。
「俺と完全に(たもと)を分かつと言うのだな!?」
「心外だな。わたしはお前に同調したことなぞ、一度もないぞ」
「そうか! ならば消えるがいい! 限界を超えて強化調整された俺の能力、あの世で悔やむががいい!!」
 イズラエルはエネルギー波を放った。その凄まじい威力に、シールドをした状態のままジェラールは吹き飛ばされた。
「くっ! 更にもう一段階の強化を受けていたのか!?」
 イズラエルのパワーに圧倒されたジェラールは、後退を余儀なくされた。

 騎士の城塞(クラック・デ・シュバリエ)が揺れた。
 強固の守備力を持つ城塞も、内部からの衝撃には以外に(もろ)かった。イズラエルの放った強烈な衝撃波は、マグニチュード9の地震にも耐えるはずの城壁に、幾筋もの(ひび)を走らせた。
「な、なんなのよ!? この衝撃は………!?」
 クンツァイトらとともに、脱出のための行動に移っていた美奈子は、突如襲ってきた衝撃にバランスを崩した。
「アルテミスのやつか!?」
 倒れそうになる美奈子を支えながら、クンツァイトは言った。アルテミスの工作ではないかと考えたためだ。
「違うと思う。アルテミスはこんな派手なことはしないわ」
 そのクンツァイトの考えを、美奈子はあっさりと否定した。地道な作業を得意とするアルテミスが、これ程派手な演出を行うとは、彼との付き合いの長い美奈子には考えられないことだった。
「じゃあ、潜入しているもうひとりの仲間の仕業か?」
「エロスのこと? それも違うわね」
 美奈子は再び首を横に振った。衝撃は一度だけではなかった。断続的に何度も起こっている。
「この揺れ方………。爆発かも………」
 ヒメロスは表情を堅くしている。状況が分からないだけに、対処のしようがない。
 ズズーン!
 突き上げられるようなショックがきた。今度のは、今までの中で一番大きな衝撃だった。床に亀裂が走った。
「なんだかよく分からんが、早いところ城塞(ここ)を脱出した方がよさそうだ」
「そんな簡単に言うけど、脱出の方法なんて、まだ決めてなかったじゃない!」
 予想外の事態に、彼女たちも対応に困っていた。この状態では、右に行くことも左に行くこともできない。下手に動けなくなってしまったのだ。
「のんびり休ませてくれそうにないわよ」
 ヒメロスが前方を指し示した。彼女たちを発見した騎士たちが、脱走者を捕らえんと、剣を抜いて走り寄ってくるのが見えた。

 騎士の城塞(クラック・デ・シュバリエ)は十ニの階層からなっていた。最下層部のドックを含め、地下に三層。地上部は九層の造りになっている。一フロアの空間が、かなり広めに設計されているため、窓から見下ろした景色が、地上十階建てのビルの屋上から覗いた景色のような印象を受けたクンツァイトたちだったが、実際彼らがいたフロアは、地上七階の部分だった。
 司令室は最上階に位置する。イズラエルとの戦闘を退却という形で中断したジェラールは、司令室に戻ってきていた。しかし、司令室の被害は甚大だった。ジェラールとイズラエルが交
戦したフロアは地上八階部―――即ち司令室のフロアのすぐ下の階で戦闘が行われたということになる。
 激しい振動と衝撃によって、司令室に設置されている幾つかの計器が修理の必要な状態となり、メインモニターも亀裂が入ってしまったため、今はその役を全く果たしていない。
「ヴィクトールはどうした?」
 ジェラールは手近な騎士に尋ねた。エロスを追っていたはずのヴィクトールは、既にイズラエル追撃に回っている。イズラエルの向かう先は、当然彼の飛空艇を係留しているドッグである。
「イズラエル殿を追って、ドッグに向かわれました。ハッチはどういたしますか?」
「開けてやれ。イズラエルには、迅速にお帰り願おう。これ以上城塞を壊されてはたまらん」
 ジェラールとの戦いでひと暴れしたイズラエルだったが、意外にあっさりと引き下がった。ジェラールが後退したことを確認すると、自身は城塞を後にすべく、ドッグへと向かった。計画が失敗に終わったイズラエルとしては、既に敵地と化した騎士の城塞に長居するつもりはないようだった。
 ヴィクトールはイズラエルが出ていくのを見届けるために、ドッグへと赴いたのだ。交戦するつもりはなかった。
「イズラエルめ。存外、あっさりと引き上げるのだな………」
 発進のための準備を始めたイズラエルの大型飛空艇レコンキスタを見上げて、ヴィクトールはひとりごちた。イズラエルには彼なりの事情があり、あっさりと引き上げるのだが、そんな事情をヴィクトールが知るはずもない。
 ヴィクトールにしてみれば、イズラエルを警戒してドックに来ているわけではない。結果的に引き下がるイズラエルを確認しているような格好になっているだけで、彼の真意は別のところにあった。
「セーラー戦士、遅いではないか………」
 城塞内にいるセーラー戦士たちは、必ず脱出のためにドックへ来ると睨んでいた。ここには、彼女たちが逃亡するために必要な乗り物がある。即ち、飛空艇である。
 ジェラールの保有する〈シャトー・ブラン〉と、新造艦の〈モンレアル〉の二隻が係留されている。新造艦の〈モンレアル〉は、ブラッディ・クルセイダースの本部も知らない高性能の飛空艇だった。これを奪われるわけにはいかない。
「この騎士の城塞(クラック・デ・シュバリエ)と二隻の飛空艇。我らの理想のためには必要不可欠な駒だ………」

 足取りも荒々しく、イズラエルはブリッジに上がってきた。副指令のカーヒンが深々と頭を下げて、腹立たしげな司令官を出迎えた。
「ハッチは開けられています」
 専用のシートに乱暴に腰を下ろしたイズラエルに、カーヒンは努めて柔らかい口調で報告をした。
「ジェラールめ、俺にとっとと帰れと言うわけか………」
 戦力として利用してやろうと考えていたイズラエルの目論見は、見事に外れる結果となった。そればかりか、余計な敵を増やしてしまったようでもあった。
「〈レコンキスタ〉の主砲を使えば、幾ら強固な守りの騎士の城塞(クラック・デ・シュバリエ)といえど、陥落せしめるのは容易いと考えますが」
「事を大袈裟にするわけにはいかん。ジェラールはあれでいて、本当に何を考えているのかさっぱり分からん。恐らく、俺の計画についても〈カテドラル〉に知らせるつもりはないだろう。だが、ジェラールと事を構えるともなると、必ず〈カテドラル〉の耳に入る。それでは俺の計画が丸潰れだ」
 カーヒンと話している間に、平静さを取り戻したジェラールは少しばかり口数が多くなっていた。だからと言って、彼の不満が解消されたわけではない。計画が失敗したばかりか、彼のメンツも丸潰れなのである。プライドを激しく傷付けられたと言っていい。尻尾を巻いて逃げ帰るような真似だけは、できるならしたくなかった。
「しかし、やつめ。先程の司令室で感じた振動は、セーラー戦士によるものだと思えるのだが、何故捨て置くのだ………?」
 イズラエルは顎を撫でた。賊がセーラー戦士と分かった時でも、すぐに捕らえようとはしなかったことも解せない。
「やつは何を企んでいる………?」
 ジェラールが何事かを企てていることは明白だったが、その企みまでは推測できなかった。ただ、今となっては、自分と完全に敵対したということだけは明らかだった。
「イズラエル様!!」
 ひとり考えを巡らせていたイズラエルの耳に、カーヒンの上擦った声が飛び込んできた。
「何事だ!?」
 思考を中断された形となったイズラエルは、怒鳴るように訊いていた。
「これをご覧ください」
 カーヒンが示したメインスクリーンの映像を見たイズラエルは、思わず顔を強張らせていた。

 周囲に人の気配はなかった。
 エロスは赤い絨毯が敷かれている通路を足早に移動し、目的の部屋の前までやってきた。
 美奈子に与えられた専用の部屋である。普段なら形ばかりの監視の騎士がひとり、ドアの脇に待機しているのだが、今のその姿も確認できなかった。
 追っ手が迫っている気配も感じなかった。
「何か緊急事態が起こった? あたしなどに関わっている暇はなくなったということ?」
 追っ手が来ないということで、これ程不安な気持ちにさせるとは思ってもいなかった。本来なら、追っ手が来ないことが望ましいのだが、無視されるのはそれでいて気になるものなのだ。
「しかし、ヴィクトールが待ち伏せしている可能性はある」
 追っ手が来ないということで、油断をするわけにはいかなかった。ヴィクトールほどの男ならば、エロスの逃亡先は容易く推測できるだろう。
 エロスは慎重にドアを開ける。部屋の中に人の気配は感じない。だからと言って、人がいないという保証はない。戦いのプロなら、自分の気配を消すことぐらいは造作もないことなのだ。 素早く中に飛び込み、戦闘態勢を取る。
「やぁ! エロスじゃないか!」
 身構えたエロスに、親しげな声が掛けられる。
「ア、アルテミス様………!」
 ソファーに腰を沈め、何だかやけに落ち着いたアルテミスがそこにいた。愛用の白い鎧を着込み、ソファーの前のテーブルの上には、見事なひと振りの剣が置かれていた。そのアルテミスに向かうような形で、面識のない女性が腰を下ろしていた。その女性はエロスに目を向けると、にっこりと微笑んで見せた。
「よかったよ、知り合いが来てくれて………。待った甲斐があったというもんだ」
 アルテミスがソファーから立ち上がる。
「一向に美奈が帰ってこないんで、困っていたところだ」
 アルテミスは白い歯を見せた。そのあまりにもの緊張感のない態度に、エロスは呆れてしまった。
美奈子(ひめさま)は恐らく、ヒメロスたちの部屋に行ったのでしょう………。ところで、先程の振動はアルテミス様の仕業ですか?」
「え!? ああ、アレか………」
 アルテミスは心当たりがあるようだった。エロスが司令室で感じた振動に、アルテミスが関わっていることは間違いないようだった。
 アルテミスは全てを語ろうとはせず、肩を竦めて苦笑するだけだった。
「行動を起こす前に、紹介をしておかないとな………」
 アルテミスは未だソファーに腰を沈めたままの美女に、視線を向けた。すらりと伸びた美しい脚線が目に眩しい。露出度のかなり高いコスチュームを身に着けているその女性は、一見してただ者ではないと分かる。スター・シードの輝きを感じた。
「彼女はセーラープレアデスだ」
「よろしく。セーラーエロスさん」
 アルテミスに紹介されたことで、プレアデスはようやくソファーから腰を浮かせた。