波乱


 襲い来る騎士団を一掃したクンツァイトたちに、僅かばかりの安息が訪れていた。ひとまず追っ手は来ない。
 赤い絨毯の敷かれている通路に、クンツァイトはどっかと腰を下ろした。
「お前ら、少しは戦えよ………」
 クンツァイトが珍しく疲れた表情を見せていた。それもそのはず、追撃してきた騎士団の殆どを、クンツァイトがひとりでねじ伏せていたからだ。
「しょうがないでしょう! あたしたちは格闘は得意じゃないんだから………。それとも、こんな狭い通路の中で、ビシバシ光線技使ってもいいわけ? 同士討ちになっても知らないわよ」
 腰に手を当てたお得意のポーズで、美奈子は床に腰を降ろしているクンツァイトを見下ろした。
「お前、ぜんぜん戦ってないだろうが………」
 クンツァイトは溜息混じりに言う。もちろん、変身していない美奈子が戦えるはずがない。
「あたしはともかく、悪いけどアンテロスとマクスウェルは戦力外ね。城内では、ふたりは戦い辛いものね」
 ヒメロスが言った。アンテロスとマクスウェルは、光線技を得意とする戦士である。狭い通路では彼女たちの能力は発揮されない。そこら中破壊しても構わないと言うのなら話は別だが、どんな二次災害が起こるか分からない状況では、思い切った戦いができないのが、セーラー戦士を初めとするシルバー・ミレニアムの面々だった。結果的にクンツァイトに負担が掛かるというわけだった。
「しかし、妙ね………」
 訝しんだのはヒメロスだった。最重要人物である自分たちが逃亡を図っているにも拘わらず、敵の抵抗があまりにも少なかった。ヒメロスは通路の窓から、外を眺め見る。美しいエーゲ海が見える他は、何も変化がない。周囲には、敵の気配は感じられなかった。だから、クンツァイトがくつろいでいるのだ。
「逃げられないとでも思っているのかしらね………」
 美奈子が長いドレスの裾を邪魔臭そうにたくし上げ、ヒメロスに並んで外の様子に目を向けた。
ジェラール(あのおとこ)はそれ程自信過剰家ではないと思うがな。俺たちを二の次にしなければならないほどの事態が起こったと考えるべきだな」
 赤い絨毯の上であぐらを掻き、クンツァイトは窓から外を見つめるふたりを見上げるようにした。
「そう言えば確か、お偉いさんが来ていると言っていたな」
 クンツァイトは美奈子に目を向ける。膝の上までドレスの裾がたくし上げられ、美奈子の健康的な脚線が露わになっているにも拘わらず、彼はその部分には全く目を向けなかった。気を使っているのか、それとも興味が全くないのか分からなかったが、美奈子は少しばかり面白くない。ましてや後者の理由であったのならば、美の女神としてのプライドが許さない。
「若い騎士を捕まえて聞いた話によると、何でも、ブラッディ・クルセイダースの十三人衆とかいうやつの、トップが来たらしいわよ」
 言いながら美奈子は、ドレスの裾をほんの気持ちばかり上へと更にたくし上げた。クンツァイトに自慢の脚線美を見せるために行ったのだが、しかし、腕が疲れるだけだとすぐに気付き、掴んでいた裾から手を離した。
 美奈子の見事な脚線な釘付けになっていたのは、残念ながらクンツァイトの方ではなく、若いマクスウェルの方だったようだ。高揚したように、頬に僅かに赤みが差しているマクスウェルが視界に入った美奈子は、自分の行動がいかに愚かなことだったのか、今更ながらに気付かされた。
「アルテミス様と合流しないと………」
 不意に思い出したように、ヒメロスは言った。考えてみれば、ただ闇雲に逃亡していただけで、アルテミスと合流することや、ましてやこの後どうやってこの城塞を脱出するかなど、全く考えていなかった。行き当たりばったりもいいところである。
「美奈子の部屋に行ってみるか」
 クンツァイトは言いながら立ち上がった。
「やつとて、俺たちとの合流は考えているはずだ。だとすると、俺たちとやつとの接点は美奈子しかない。俺たちの軟禁されていた部屋にやつが現れなかったということは、やつはきっと美奈子の部屋に向かったに違いない」
「美奈子、美奈子ってねぇ、クンツァイト。そんなに親しげに呼ばないでよね! よく考えてみたら、転生したあんたとあたしは、初体験なんだからね!」
 突然、美奈子は場違いな不満を口にした。「初対面ですよ」と、ヒメロスが突っ込みを入れたが、美奈子は取り合わなかった。人差し指を立てたお得意のポーズで、つかつかとクンツァイトに歩み寄る。その迫力に一瞬たじろいだクンツァイトだったが、
「細かいこと気にすんなよ。それより、そのドレスをなんとかしろ! またさっきみたいに大根足出して走るつもりか!?」
 何と、逆に言い返していた。
「だ、大根………」
 この後、プライドを激しく傷付けられた美奈子の黄金の鉄拳が、クンツァイトの顔面に直撃したのは、言うまでもないだろう。美奈子はまだこのクンツァイトが、自分の何度めかの初恋の相手、斉藤であることを知らなかった。

 突然の爆発だった。
 美奈子に与えられた部屋で、しばしの休息を取りつつ、次の行動に対して思案を巡らせていたアルテミスたち三人は、爆風の煽りを受け、壁に激突することとなった。粉塵が巻き上がり、部屋の大部分が崩壊した。三人が瓦礫の下敷きにならなかったのは、ただの偶然でしかなかった。
 爆発は一度だけではなかった。轟く轟音と共に、二度三度と爆発は起こった。その度に、頑強を誇る騎士の城塞(クラック・デ・シュバリエ)は激しく振動した。
「くそっ! 何だってんだよ!!」
 粉塵を吸い込んでしまったアルテミスは、激しく咳き込みながら、辺りに向かって喚くように悪態を付いた。壁に激突した背中が痛む。目の前にあった障害物を、右手で押し退けた。
「ふたりとも大丈夫か!?」
 次いでアルテミスは、ふたりの女性の心配をした。
「あたしは大丈夫」
 アルテミスの左側二メートル程離れた場所に、ひっくり返ったソファーと壁に挟まれるような状態で、プレアデスの姿が確認できた。体勢が悪いらしく、ひとりではソファーを押し退けることはできないようだ。ひっくり返ったソファーが盾となって、続いた爆発からプレアデスの身を瓦礫から救ったようだった。
「エロスは?」
 アルテミスは首を巡らした。視界を確保しようと、自分にのし掛かっている障害物を更に遠ざけようと腕を伸ばした。
「ア、アルテミス様! ここです!」
 意外と近くでエロスの声がした。
「ん!? エ、エロス!?」
 アルテミスはここで初めて、自分にのし掛かっていた障害物の正体を知った。そう言えば、いやに柔らかい障害物だった。掌には温もりさえ感じる。
 ひっくり返った状態で、エロスがのし掛かっていた。アルテミスが押し退けようと右手を掛けていた場所は、エロスのお尻だったことが今判明した。
「すまん、エロス………」
「いえ、不可抗力ですから………。そ、それより早くその手をどけていただけませんか?」
 いつまでも自分のお尻を押しているアルテミスに、エロスは困ったような声を上げた。
「あ、ご、ごめん! 大丈夫か?」
 取り敢えずエロスのお尻を押し退け、ようやく起きあがることができたアルテミスは、顔を真っ赤にして恥ずかしがっているエロスを気遣った。
「あ、あたしは何ともありません。そ、それよりアルテミス様は………?」
 エロスは逆に自分の下敷きになっていたアルテミスの身を気遣う。
「い、いや。俺はなんともない」
「あのぉ〜。おふたりが怪我をしてないことは分かったからさ。いい加減、あたしを助けてくんない!?」
 お互い頬を赤らめながらお見合いをしているふたりに、未だソファーの下に埋もれているプレアデスは、申し訳なさそうに声を掛けた。
「あ! すまん、忘れていた!!」
 エロスのふんわりとしたお尻の感覚を忘れようと、アルテミスはわざと大きな声を出すと、ソファーの下敷きになっていじけているプレアデスを助け起こした。
「ほんと、あんたって奥手の割にはスケベよね………」
 プレアデスの嫌味は、真顔に戻って周囲に視線を走らせているアルテミスの耳には届かなかったようだ。
 部屋は見るも無惨な状態に崩壊していた。粉塵も収まり、視界もようやく落ち着いてきた。
「外側が破壊されています。恐らく、外からの攻撃………」
 エロスの神秘的な紫の瞳が破壊された壁に向けられたとき、再び間近で爆発が起こった。よろけるエロスをアルテミスが支える。足を踏ん張ってバランスを保ったプレアデスは、素早く壁際に移動すると、破壊された壁から外に視線を向けた。
「アルテミス、見て! 『船』だわ。あれが攻撃しているのよ!」
「なに!?」
 アルテミスには、プレアデスの言っている意味がまだ分かっていなかった。

 司令室でメインスクリーンと睨み合っているジェラールは、苦虫を噛み潰したような表情をしていた。彼が全く「予測」していなかった出来事なのである。イズラエルの訪問に関しては、ある程度予測はできていた。しかし、まさか「やつ」がこういった手段に出るとは考えていなかったのだ。しかも、今は時期が悪い。
「サラディアめ………!」
 ジェラールは吐き捨てるように呟いた。
 メインスクリーンには、十三人衆のサラディアの高速飛空艇〈ヴィルジニテ〉が映し出されていた。
「バリアの修復はどうか!?」
「第一波の攻撃で完全に沈黙! 二十四時間以内での修復は不能です。補助設備も第二波の攻撃の際に破壊されています!」
 オペレーターの上擦った声が響く。
「ちっ! 対空砲、第三波に備えろ! イズラエルの〈レコンキスタ〉は!?」
「今、ドックを出ました!」
「まずいな………」
 さしものジェラールも、表情が少しばかり青ざめていた。
 サラディアの攻撃は見事と言う他はなかった。騎士の城塞(クラック・デ・シュバリエ)が防護バリアを発生させる前に、そのシステムを破壊したのだ。しかも、バリアの予備装置までも完全に狙い撃ちされていた。
「さすがはサラディア………。いや、大司教の差し金か………」
 ジェラールの背後で声がした。振り向くと、一メートル後方にヴィクトールが立っていた。声を掛けられるまでその存在を気付かなかった自分に対し、ジェラールは薄い苦笑いを浮かべた。
「セーラー戦士はどうする?」
 ヴィクトールは尋ねた。
「今は構っている暇はない」
 ジェラールは短く答え、正面に向き直った。
「城塞の中で暴れられると厄介だぞ」
 言いながら、ヴィクトールはジェラールに並んだ。そう言うヴィクトールも、実は言葉ほどセーラー戦士を気にしていなかった。彼女たちを警戒しているのなら、のこのこと司令室に上がってくる前に、自分で対処をする。ジェラールもそれを知っているから、ヴィクトールの顔をちらりと見て小さな笑いを浮かべて見せた。セーラー戦士を二の次にしなければならないほどの事態が、今起こっているのだ。
「彼女たちも馬鹿ではない。今、戦うべき相手が誰なのかはすぐに分かる」
「機甲兵団降下します!!」
 ジェラールの言葉が終わるか終わらないかのタイミングで、レーダーを監視していたオペレーター騎士が叫んだ。
「来たか! ………ヴィクトール!」
「分かっている!!」
 ひらりときびすを返すと、ヴィクトールは司令室を駆け出していった。
 機甲兵団とは、サラディアの誇る武装兵団のことである。重武装された戦闘用アーマーを装備した強力な部隊である。重火器を標準装備としているため、ジェラールの騎士団と比べると遙かに攻撃力が高い。しかし、重武装のため全体の動きが鈍いという欠点があった。
「サラディアめ、本気で俺たちを潰す気らしい………。十三人衆も、もはや要済みと言うことか………」
 〈ヴィルジニテ〉から降下する機甲兵団を睨み据え、ジェラールはひとりごちた。

「イズラエル様。〈ヴィルジニテ〉より入電です」
 カーヒンが告げた。
 目を閉じ、シートに腰を下ろしていたイズラエルは、ゆっくりと瞼を開けた。
 メインスクリーンが二分割され、その右側に、獣を思わせる鋭い眼光を持った美女の顔が映し出される。サラディアである。完熟した女性の色香が、スクリーンを通してでも感じ取れることができる。猫科の、特に獰猛な肉食獣を思わせる表情は、有無を言わせぬ迫力があった。血のように赤い瞳が、じろりとイズラエルの顔を睨み据える。
「行方を眩ませていると聞いていたが、こんなところで会うとはな」
 低い威圧感のある声が、スピーカーから流れてきた。
「大司教の飼い猫か」
 イズラエルも負けてはいなかった。思い切り皮肉る。しかし、サラディアは表情を変えなかった。炯々と光る血色の瞳で、イズラエルを見据えたままだった。
「今ここで殺されたいのかい?」
 サラディアのその言葉が脅しでないことは、彼女の目を見れば分かった。彼女とやり合っても何の得にもならないことを、イズラエルは瞬時に悟った。
「あたしを支援すると言うのなら、今日のところは見逃してあげよう。坊や………」
 スクリーンがブラックアウトした。二分割されていたメインスクリーンが、通常の状態に戻った。
「………カーヒン。攻撃態勢に移れ。目標は、騎士の城塞(クラック・デ・シュバリエ)だ」
 呻くような声で、イズラエルは指示を下した。だが、カーヒンは納得していなかった。
「イズラエル様! この〈レコンキスタ〉を持ってすれば、〈ヴィルジニテ〉など赤子を捻るも同然。何故、あの女に荷担します!?」
「黙れ、カーヒン! お前は〈ヴィルジニテ〉の戦闘能力を知っているのか!? 見た目だけで判断するな!」
 イズラエルは一括した。確かに大きさだけを比べると、〈ヴィルジニテ〉は〈レコンキスタ〉の七分の一程の大きさしかない。ブラッディ・クルセイダースの保有する飛空艇の中では最も小型である。しかし、それ故に超高速での飛行が可能なのだ。〈レコンキスタ〉はその大きさ故、小回りが利かないという欠点がある。懐に潜り込まれると、非常に厄介なのだ。それに、〈ヴィルジニテ〉は小型のわりには大出力のビーム兵器を多数搭載していた。ヒット・アンド・アウェイを繰り返されては、〈レコンキスタ〉とて無事ではすまない。
「………承知いたしました」
 カーヒンは項垂れて返答すると、ブリッジに全体に戦闘準備を指示した。

 しばらく止んでいた爆音が、再び轟き始めた。先程より衝撃が激しい。
 美奈子たちは行き場をなくしていた。それと言うのも、先程の爆発の際、彼女たちの周囲が無惨に破壊されてしまった為である。壁が崩壊し、天井が崩れた。床も破壊されてしまった。
 爆発の中、ヒメロスとマクスウェルを見失った。爆風に煽られたふたりは、更なる衝撃によって、周囲の瓦礫と共に壁の外に吹き飛ばされてしまったのだ。
「もう! 何が何だか分からないじゃない!!」
 美奈子がヒステリックに叫んだ。邪魔なドレスの裾は、膝上五センチの辺りから引き裂いていた。もちろん、走るのに邪魔だからである。装飾品も今はない。豪華だったドレスは、もはや面影すらなかった。
「組織内部での紛争だな。ジェラールの部隊を潰しに来た連中がいる」
 クンツァイトはあくまで冷静だった。
「どうしてそう思うの?」
「ただの勘だ」
 唐突に爆音が静まった。
「攻撃が止んだようです」
 アンテロスは言った。崩壊した壁から、外の様子が確認できた。
 二隻の飛空艇が見える。大型の飛空艇と小型の飛空艇が一隻ずつだ。
「地上から何か来ます! 武装兵団!?」
 強固なアーマーを身に着けた兵士の一群が、城塞に向かって進行していた。百数十人はいると思われた。
 城塞から飛び出した騎士団が、それを迎え撃った。
 外は大乱戦となった。
「どうする!? このままじゃ、巻き添えを食うわよ」
 美奈子はクンツァイトに意見を求めた。判断をクンツァイトに委ねたのだ。
「脱出するにも既に時を逸した。まずはジェラールを探そう。この状況を把握するには、やつから事情を直接聞くのが手っ取り早い。美奈子、やつがいそうなところは分かるか?」
「たぶん、司令室にいると思うけど………」
「司令室の場所は?」
「この城塞の最上階よ。でも、さっきの爆発で吹き飛ばされたから、ここがどのフロアか分からないわ」
 崩壊された床と共に、階下に落とされたのは間違いなかった。しかし、一フロア分落とされたのか、それともそれ以上落ちたのか、皆目見当も付かなかった。
「とにかく階段を探そう。司令室が最上階だと言うのなら、上の階を目指せばいいということになる。行くぞ!」
 決断すると、行動は早かった。
 だが、美奈子たちは上の階へ行くことはできなかった。階段を探し、通路を駆け回っていた彼女たちの眼前に、サラディアの機甲兵団が出現したのだ。
「騎士団が突破された!?」
 勇猛を誇るジェラールの騎士団が、敵の突破を許してしまうとは、美奈子は全く考えていなかった。騎士団の強さを身を持って体験しているクンツァイトも、それは同じだった。
「アンテロス! 美奈子をガードしろ!!」
 そう叫ぶと、クンツァイトは眼前に現れた機甲兵団に、猛然と突っ込んで行った。現れた機甲兵団の数は、全員で七名。クンツァイトひとりだけでは、決して楽な戦いができる数ではない。だが、セーラーヴィーナスへ変身できない美奈子には、アンテロスを護衛に付ける必要がある。
「ヴィーナス・パワー・トランスフォーム!!」
 それでも美奈子は、コンパクトのパワーを借りれば、セーラーVへは変身できる。セーラーVへ変身しさえすれば、多少の攻撃はガードできる。
「アンテロス! クンツァイトを援護するわよ!!」
 セーラーVはコンパクトを翳した。
「クレッセント・ビーム!!」
 閃光が煌めき、一条の光の矢が突進する。セーラーVのクレッセント・ビームに僅かに遅れて、アンテロスもクレッセント・ビームを放った。
「フリーズ・ブレイド!!」
 クンツァイトは剣を出現させた。氷結の剣と呼ばれている彼の愛用の剣である。切断した部分を、その周囲を含めて凍てつかせる恐るべき魔剣だった。
「むん!」
 クンツァイトはフリーズ・ブレイドを横に薙いだ。絶対零度の波動が、瞬時に三人の兵士を氷のオブジェに変える。
 セーラーVとアンテロスのクレッセント・ビームに怯んだふたりの兵士も、同様に氷結の監獄に封じられた。
 瞬く間に五人の仲間を失った機甲兵団は、浮き足だった。そうなれば、クンツァイトの敵ではなかった。残りのふたりが戦闘不能になるのに、十秒と掛からなかった。
 ふたりを戦闘不能にしたクンツァイトの前に、真紅の鎧を着た騎士が爆風と共に飛んできた。
「オーギュスト!?」
 クンツァイトはその長身の騎士に見覚えがあった。マクスウェルを庇ったヒメロスに傷を負わせた騎士である。
「お、お前は………!?」
 壁に激突したオーギュストだったが、意識ははっきりとしていた。剣を杖代わりに体勢を整えると、クンツァイトの顔を見て驚きの声をあげた。
「押されているのか?」
 クンツァイトは尋ねた。爆音が耳を打った。城塞のすぐ外のようだ。外の様子がはっきりとは分からないが、戦闘は確実に激化していた。どうやら美奈子たちは、地上一階のフロアにいたようだった。
「こ、攻撃力が違いすぎる。一国の軍隊並の戦力だ。け、剣で戦う我らでは不利な状況だ」
 オーギュストも、今がどういう状態であるのか正確に把握していた。クンツァイトたちを捕らえるときではないと判断しての言葉だった。
「確かに、この辺一帯は身を隠す場所もないからな。重火器を使用する連中にとっては、お前たち騎士団は格好の的だろうさ」
 クンツァイトはオーギュストの肩を叩くと、彼が飛び込んできた壁の間から、外の様子を眺め見た。機甲兵団は、城塞の間近まで迫っていた。
「美奈子、そいつの手当をしてやれ」
 そう言うと、クンツァイトは疾風の如く駆け出した。

 クンツァイトの想像以上に、騎士団は苦戦していた。機甲兵団に比べ、騎士団の屍の方が圧倒的に多い。それが重火器の威力によるものであることは、遺体の状況を見れば明らかだった。
「ヴィクトール!!」
 前方で獅子奮迅の活躍を見せるヴィクトールを発見したクンツァイトは、彼へ向かって疾風の如く疾走する。ヴィクトールの背後から彼を狙い撃ちしようとしていた機甲兵をフリーズ・ブレードで一閃すると、息の上がっているヴィクトールの横に素早く並んだ。
「貴様が何故ここにいる!? とうに脱出したと思っていたぞ」
 ヴィクトールは言った。
「脱出できる状態なら、そうしている」
 ムッとした表情で、クンツァイトは答えた。本来なら、このどさくさを利用して脱出したいところなのだが、周囲にこれだけの数の敵がいるとなると、そうも言ってられなかった。脱出するための安全なルートをまず確保しなければならないのだ。美奈子がまともに戦えない今の状態では、強力な敵と戦うことだけは避けたかった。
「勇猛果敢なはずの騎士団が、随分と脆いじゃないか」
「火力が違いすぎる。こちらの間合いの外から攻撃されたのでは、戦い慣れしていない若い騎士たちが浮き足立つのも仕方がない」
 クンツァイトの皮肉に、ヴィクトールは素直に答えていた。他人のジョークに付き合っている余裕がないのだろう。それ程不利な状態だと言うことだ。
「遺憾ながら加勢する!」
「ありがたい」
 ヴィクトールの礼の言葉は、既に武装兵士に向かって攻撃に転じたクンツァイトの耳には届かなかった。

「傷は深くないようです。命に関わる程のものではありません。出血も止まりましたし、もう安心でしょう」
 オーギュストの応急手当をしたアンテロスは、看護婦のような口調で言った。若干の治癒能力を持つふたりによって、オーギュストはかなり回復していた。美奈子がセーラーVではなく、セーラーヴィーナスの状態なら、ほぼ完全に治療できるほどの傷だったのだが、能力の低い今のセーラーVでは、出血を止めるのが精一杯の治療だった。
「すまん」
 彼の象徴である真紅の鎧を治療のために脱ぎ、壁に寄りかかって休んでいるオーギュストが、不器用な口調で礼を述べた。傷を負った腹部にまだ違和感があるものの、動けないと言うわけではなかった。
「何故、俺を助ける?」
 オーギュストが疑問に思うのも当然である。お互い敵同士なのだ。
「成り行き上、仕方ないってところかしらね。ま、怪我をしてる人を黙って見過ごすわけにはいかないし………。正義の味方の辛いトコよ」
 セーラーVは戯けて見せた。
 そんなセーラーVを見て、オーギュストは僅かに表情を緩めた。
「ジェラール様がお前たちを丁重に持てなした理由が、分かったような気がする」
 そう言って、オーギュストは赤いマスクで覆われたセーラーVの瞳を見つめた。美しい輝きを持つ瞳だった。
(………女神)
 ふと、そんな思いが、オーギュストの心の中を巡った。
「くっ」
 動けると分かればすることは決まっていた。オーギュストは立ち上がると、傍らに置いてあった腹部の欠けた真紅の鎧を身に着け始めた。いつまでも休んでいるわけにはいかなかった。城外では、今も激しい攻防戦が繰り返されているはずなのである。
「まさか、その状態で戦う気!?」
 セーラーVが驚きの声を上げた。動けるとは言っても、戦える状態までは回復していないはずなのだ。その状態では死にに行くようなものだった。
「我らがここまで押されるとは思ってもいなかった。やつらの狙いは分かっている。この城塞は何としても死守しなければならん」
「やつらの狙いって?」
 セーラーVが尋ねるのと同時だった。間近で爆音が轟いた。周囲に再び粉塵が巻き上がる。
「捜し物をしていたら、思わぬ収穫があったな」
 粉塵の向こうにシルエットが浮かび上がる。身長は百八十センチくらいか。体型はほっそりとしている。声からして、男性のようだった。
「ちっ! もう、ここまで………」
 オーギュストは舌を鳴らした。
「? 貴様は先程の赤い鎧の男か。まだ生きていたのか………」
 歩み寄ってくる足音が響く。シルエットだけだった男の姿が、次第にはっきりと見えてきた。 金属製のブレスト・アーマーを装着している。右手は腕のアーマーと一体化した、ビーム砲のような兵器で武装されていた。年齢は三十代前半のような印象を受けた。冷酷そうな灰色の瞳が、じろりとセーラーVに向けられた。男の名はサンザヴォワール。十三人衆のサラディアの配下のひとりである。
「噂のセーラー戦士か」
 男―――サンザヴォワールは言った。
「逃げろ! お前たちでは勝てない!!」
 オーギュストがいきなり仕掛けた。剣を逆手に構え、一瞬にして間合いを詰める。
「………」
 男は無表情のままオーギュストを迎え撃った。足下から襲い掛かる鋭い剣を、左腕のシールドで受け止めた。
「!」
「先の戦いと比べると、随分とスピードが落ちたな。大人しく隠れていれば、死なずにすんだものを………」
 右腕の砲身の先端をオーギュストの腹部に密着させると、何の躊躇いもなくトリガーを引き絞った。
 放たれたビームはオーギュストの腹部を突き抜け、絶句するセーラーVとアンテロスの脇を素通りして彼女たちの後方へ消えていった。
 ビーム砲の衝撃によってセーラーVの足下まで吹き飛ばされたオーギュストは、無念そうな表情で彼女を見上げると、二‐三度痙攣したあとで息絶えてしまった。
 セーラーVもアンテロスも悲鳴を上げることもできなかった。アンテロスは驚きに目を見開いたまま呆然と立ち竦み、セーラーVは悔しげなオーギュストの死に顔を見つめたまま唇を噛んだ。
「声もないか………」
 オーギュストを死に至らしめた男が、ゆっくりと言った。その声に反応し、セーラーVは顔を上げた。静かなる怒りを込めた視線で、男を睨み据える。
「怒ったか、小娘。しかし、お前たちでは俺の足下にも及ばないぞ」
「戦ってみなければ分からないわ」
 セーラーVは一歩も退かない様子を見せた。今の状態では勝てる見込みはゼロに等しかった。例えセーラーヴィーナスであったとしても、互角な勝負ができるかどうか疑問だった。それ程サンザヴォワールから感じる“気”は強烈だった。
「美奈ぁ!!」
 その時、一陣の風の如く救世主が現れた。白銀の長髪を靡かせ、純白の皮鎧を身に着けた細身の男が、対峙するセーラーVとサンザヴォワールの間に割って入ってきた。
騎士(ナイト)の登場か。しかし、所詮は同じ事よ………」
 サンザヴォワールは眼球だけを動かして、突如視界に飛び込んできた純白の騎士の顔を睨め付けた。
「初めに言っておくが、俺は強いぞ」
 魔剣ヴァンホールを構えた純白の騎士―――アルテミスは不敵な笑みを浮かべていた。

「けっこう、しぶといねぇ」
 いかにも座り心地のよさそうなソファーに腰を沈め、優雅に足を組んでメインスクリーンを見つめていたサラディアは、それでも楽しげな口調で言った。なかなか攻め落とせないことに対し不満を持つどころか、予想以上の抵抗を見せている騎士団が、彼女の興味を誘っているようだ。彼女は楽しんでいるのだ。戦いを。
「サンザヴォワールが城塞内に侵入したようです」
 赤毛の見事な口髭と顎髭を蓄えた熟年男性が、サラディアの腰掛けているソファーのすぐ後ろに立っていた。がっしりとした体格と威厳のある顔付きが、この熟年男性がそれなりの地位にいるであろう事を容易に想像させてくれる。
「サンザヴォワールも落ち着かぬ男よ。ジェラールの所有する城塞の攻略如きで、何も自ら前線に出る必要もないだろうに。のう、バルバロッサ」
 サラディアは後方の赤髭の男を振り仰いだ。
「ジェラールの素首を取ってくると、息巻いておりました」
 赤髭の男―――バルバロッサは、ソファーのサラディアに視線を落とすことはなかった。
「だが、そろそろ飽きてきた」
「ならば、イズラエルに動いてもらいましょう。少しは退屈しのぎになるかもしれません」
 バルバロッサの瞳が、一瞬だけ残忍そうな光を放った。